2018/09/08 - 2018/09/17
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ねんきん老人さん
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妻を亡くしてから、行楽や旅行にまったく気が向かないまま1年4か月が経ちました。
その間、4トラ会員の方々から、「好きな旅行をやめて奥さんが喜ぶと思うか?」「これからも奥さんを連れて出かけて」等々、沢山のお叱りや励ましをいただきました。
そしてようやく自分なりに出した結論は、「死んだ人間は何も分からないかも知れない。だけど、たとえ分からなくても、お母さんを連れて出かけるのは俺しかいない。その俺が死んだら、そのあとは誰もお母さんを連れて出かけてはくれないんだ。だったら、俺が動けるうちに連れて出かけよう」というものでした。
我ながら詭弁もいいところですが、そう思った私は、確たるプランも練らぬまま、西に向かって走り出しました。
自分が楽しむ。 それを一番に心がけましたが、3か月前に75歳になった体に、連日の雨はちょっとばかりこたえました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
【 赤穂海浜公園 】
まず向かったのは赤穂海浜公園です。
以前、ここで旅を切り上げて帰路についたことがあったので、今回はここを起点に山陽を回ってみようかと思ってのことです。
写真はこの公園のシンボルともいうべき難破船。
ところで、初日の東名で私はヒッチハイクの若者を拾いました。
「僕は赤穂の手前のSAで車中泊するからね。君はそこで別の車を探しなさい」
「・・・アコー?」
「そう、赤穂浪士の赤穂だ」
「・・・アコーローシ?」
ああ、何ということでしょう! 赤穂浪士を知らない日本人がいたとは!
時代の変化というのは、かくも無常なものなのでしょうか。兵庫県立赤穂海浜公園 公園・植物園
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【 赤穂大石神社 】
となれば、私たちの世代を最後に、赤穂浪士は忘れられてしまうかも知れません。
行きましょう、大石神社へ!
海浜公園からは10分足らずです。赤穂浪士を実在の人物として意識することができます。 by ねんきん老人さん赤穂大石神社 寺・神社・教会
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【 参道 】
駐車場は無料。
参道両側には四十七士の像が整列し、参拝者を迎えてくれます。
向かって右側に討ち入りのときの表門隊、左側に裏門隊が並びます。 -
【 居並ぶ四十七士 】
あいにく朝からの本格的な雨が像に降りかかっていますが、浪士たちは表情ひとつ変えません。(そりゃそうですね)
私はといえば、肩からバッグを下げ、首には妻の骨が入った小さな袋をかけ、ビニール傘を持った手が風にあおられてカメラは安定せず、はたから見たらずいぶんみすぼらしい爺さんに見えたことでしょう。 -
【 寺坂吉右衛門像 】
おっ! 寺坂吉右衛門じゃあありませんか。
四十七士の中で一人だけ切腹を免れ、83歳まで生きたことから、とかくの悪評を浴びているようですが、浅野家300人の足軽からただ一人討ち入りに加わり、その後も逃げ隠れせず直属の主人吉田忠左衛門の遺族に誠心誠意仕えた立派な人物であったと、私は思っています。 -
【 不破数右衛門像・赤埴源蔵像 】
浅野内匠頭の逆鱗に触れて浪人となったものの、浅野家家臣が籠城するという噂を聞いて馳せ参じ、その後討ち入りに加わって獅子奮迅の活躍をした数右衛門(左)。
その波瀾万丈の生涯から、そこそこの年齢だと思っていましたが、切腹したときは34歳の若さだったそうです。
「徳利の別れ」で有名な赤埴源蔵。
私はずっと「赤垣」だと思っていましたが、この像に「赤埴(あかばね)」と書いてあるのを見て、社務所でその訳を尋ねました。
「赤垣」は後の芝居「忠臣蔵」の中で使われた名で、本当は「赤埴」だし、徳利の別れも作り話だとのこと。
まあ、作り話が多いことは分かっていますが、こうはっきりと言われると、なんだか面白くありません。 -
【 神門 】
神戸の湊川神社の神門を移築したものだそうです。
湊川神社は楠木正成を祀った神社。 後醍醐天皇の忠臣として名高い正成と、内匠頭の忠臣である大石内蔵助を重ねて見る民心に沿ったものでしょう。
日本人は、負けを承知で義のために働くことを限りなく讃美しますが、どうもそれは自分に類が及ばない勝ち負けに限られるようで、自民党総裁選などは、議員たちが我先に勝ち馬に群がり、シラけた選挙になるのが毎度の流れですね。 -
【 大黒様 】
神門の裏に大黒様の木像がありました。
なでたら夫婦円満? う~ん・・・。 直接本人をなでた方が円満になると思うのですが。 -
【 境内 】
話が前後しましたが、この大石神社の大石とは、あの忠臣蔵の大石内蔵助のことです。
赤穂藩浅野家の国家老であった内蔵助と、討ち入りに参加した浪士たち、それに主君の浅野内匠頭、さらにあれこれの人物が祭神として祀られて、まあ「忠臣蔵オールスターズ」が神様だと思えばいいでしょう。 -
【 拝殿 】
私がここに来るのは今回が初めてで、遅きに失したものの、来られてよかったと思いました。
なにしろ、赤穂浪士の話といえば、子どものころ読みふけった講談本に始まり、映画、テレビで繰り返し観ては感涙にむせんだ一大叙事詩のようなものですから。
月形龍之介の吉良上野介が憎らしかったこと、大友柳太朗の不破数右衛門がカッコよかったこと、長谷川一夫の「おのおのがた」が流行語になったこと・・・。
ハイ、3人とも知っている人は手を挙げてください。 後期高齢者認定証を差し上げます。
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【 一文字流し 】
水溶性の紙に悩み事を書き、水につけて消してしまおうという、なんとも都合の良い話です。
ただ、一文字しか書けないというのは厳しい条件ですね。
私の悩みを一文字で表すというと・・・、う~ん・・・、一文字かあ・・・「貧」かなあ? 「無知」かなあ? おっと、これじゃ二文字かあ。 -
【 玉垣奉納募集 】
お金を出して玉垣に自分の名前を書いてもらうという、アレですね。
多くの神社でやっていることで、別段抵抗もありません。 -
【 現実的 】
とはいえ、奉納するには大金が必要です。
「小」30万円というのと、分割も可というのが泣かせますね。 -
【 本殿横の通路 】
本殿には立ち入れませんので、横を通って裏に回ってみます。 -
【 本殿裏の通路 】
本殿の裏です。
通路にハート型の敷石が埋め込まれていました。 パワースポットだとか何だとか客寄せのネタにしたいのでしょうが、これはいただけません。
いやしくも主君の無念を晴らすために命を投げ出した浪士たちを祀った神社でしょう? こんな俗っぽい、安っぽい、チャラチャラした仕掛けで人を呼ぼうなんて、神社としての矜持はないんですかねえ? -
【 義士宝物殿 】
内蔵助が討ち入りの時に使ったという采配や呼子、浪士たちの書などが展示されています。
入館料は450円と、ちょっと高めです。 -
【 義士宝物館拝観券 】
「四ケ所共通」で450円ということですから、そんなに高くはないんじゃないか、と思うかも知れませんが、上段に書かれた3ケ所は普通の宝物館なら1ケ所に収まってしまうくらいの展示物しかありませんので、やっぱり安いとは言えないでしょう。
なんてセコいことでこだわっているのは、私が年々目減りする年金で生活している後期高齢者だからですので、どうぞお許しください。 -
【 記念写真用衣装 】
入館してすぐの所に、記念写真用の討ち入り衣装がぶら下がっています。 自由に着て写真を撮れるのですが、館内には、実際の討ち入りにはこういう衣装は着ていなかったと説明が書かれています。 ナニソレ? -
【 堀部安兵衛の木像 】
義士木像奉安殿というのがあり、さっきの450円券で入れます。
彫刻家たちが一人1体ずつを彫ったという義士の木像が展示されています。
なるほど、それぞれ作風が違っていますし、討ち入りのときではない、平素の姿を彫ってあるというところに興味を惹かれました。 -
【 大石主税の木像 】
単に内蔵助の嫡男であったというだけでなく、学力胆力とも抜群で、裏門隊の隊長を務めてめざましい働きをしたという大石主税。
切腹したときは16歳だったそうです。
16歳といえば、今だったらスマホを片手に「やばくね?」なんて素っ頓狂な大声を挙げている年頃でしょうに・・・。 -
【 大石邸庭園 】
大石神社は、赤穂城内にあった内蔵助の屋敷跡に建てられたそうで、その庭園は今も残っています。 -
【 大石邸庭園 】
赤穂5万石の城代家老ですから、家にこんな庭があっても不思議ではありませんね。
ちなみに大石邸の敷地は1900坪だそうです! まあ、赤穂5万石の城代家老ですから。
いえいえ、やっかんでなんかいませんよ。 赤穂5万石の・・・。 -
【 大石りく像 】
内蔵助は内匠頭の刃傷事件後、討ち入りに備えて、妻りくを実家に帰しています。
その旅姿と思われる像がありました。
ただ、何の説明もないので、どういう状況を表したものか確かではありませんし、そもそもこの像がりくであるかどうかも断言はできません。 -
【 大石邸長屋門 】
大石邸の正門です。
江戸後期に火災によって失われた内蔵助の屋敷で、唯一焼失を免れたのがこの門だそうで、現在は国の史跡になっているということです。
手前が庭ですので、写真は当然、門の内側(裏側)です。 -
【 急使到着の様子 】
内匠頭の刃傷と切腹を知らせる江戸表からの急使が持参した書状を読む内蔵助。
長屋門内の部屋が使われていますが、実際には母屋で使者を迎えたのだと思います。 母屋は先述の火災で失われています。 -
【 急使・萱野三平と早水藤左衛門 】
使者は、萱野三平と早水藤左衛門でした。
二人は討ち入りの同志として盟約に加わっていますが、三平は浅野家断絶後、父から吉良家と繋がりのある大島家に仕官するよう強く促され、内匠頭への忠義と父への孝徳の板挟みになって自刃しました。 -
【 早駕籠 】
二人は早駕籠に乗って、江戸から赤穂までの680kmをわずか4日半で走ったということです。
私は前日の朝9時に千葉県の家を出て、のんびり車中泊をして寄り道もし、それでもちょうど24時間でここに着いていますから、4昼夜も駕籠に揺られて来たという難儀は想像を絶します。 -
【 早駕籠 】
これは急使が赤穂城まであと10km弱の高取峠(現在の国道250号線)を越える様子を再現したもので、7年前に私がその峠を通ったときに撮った写真です。 -
【 早駕籠 】
その駕籠のレプリカが置かれていました。
改めて、その小ささに驚きます。 飛行機のエコノミークラスに慣れた私でも、この中では1時間ももたないでしょう。 -
【 絵馬 】
ゲーッ! これもまた、いただけません。
なんで合格を請け負うの? 四十七士が大学に合格したとでもいうの?
なんでリラックマ? クマなのに絵馬?
死んだ主君の無念を晴らそうと艱難辛苦の末に仇を討ち、幕府の命令で腹を切った浪士たちは、自分たちの大願成就が300年後にこんな形で利用されているのを知ったら、どう思うでしょうか? -
【 神門 】
それでは、そろそろおいとましましょう。
再び神門をくぐり、浪士たちの居並ぶ参道に出ます。
今度は表門隊の面々を見ていきましょう。 -
【 原総右衛門像と堀部弥兵衛像 】
切腹した46人の平均年齢が38歳と若かった中では高齢なお二人。
左の総右衛門は56歳、右の弥兵衛は77歳だったそうです。
これはこれは堀部うじ。
拙者も先日後期高齢者となり申したが、貴殿は既に立派な後期高齢者でござったな。 その御年で誰にも負けぬお働き、いやいやお見事、お見事! -
【 矢頭右衛門七像 】
これは、大石主税に次いで若かった18歳の矢頭右衛門七.
身分の軽さと歳の若さから、初めは討ち入りへの参加を断られたものの、その忠烈から特別に参加を許されたということです。
また父なきあと、討ち入りの足手惑いになるまいと母が自害したといわれていますが、これはどうも「忠臣蔵」の中で作られた話のようです。 こういう悲劇は「作り話」と言われた方がほっとしますね。 -
【 岡野金右衛門像 】
美男子ぶりを買われ、大工の娘お艶に吉良邸の図面を盗ませる役目を言いつけられ、苦悩したという金右衛門。
女心を射止めるには顔が良いか金があるか、どちらかが必要だと言われますが、そのどちらも持ち合わせていない私は、女にモテたということがありません。
そんな私と45年も一緒にいてくれた妻は、よっぽど目が悪かったのだと思います。 -
【 赤穂城跡 】
さて、赤穂浪士たちに別れを告げたあとは、内匠頭の居城であった赤穂城に行ってみます。
相変わらず雨は降り続いていますが、大石神社からは歩いて数分。 そもそも大石邸そのものが城内にあったわけですから、神社と城跡はセットで見学すべきところでしょう。赤穂城跡 (赤穂城跡公園) 名所・史跡
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【 常時公開の庭園 】
城跡というくらいですから、城郭は残っていません。
堀と土塁に囲まれた城域と庭だけが常時無料で公開されています。
その城域も、当時は先述のとおり内蔵助の屋敷を含む広大なものだったそうで、大石神社の前から三之丸の石垣や土塁を見ることができます。 -
【 本丸門 】
明治時代の廃城令で取り壊されたものを、平成4年の文化庁地域中核史跡等整備特別事業で復元したそうです。
6億7千万円の費用と4年の工期を要したということですから、明治政府の乱暴な政策が改めて恨まれます。
それにしても、「地域中核史跡等整備特別事業」って、いかにもお役所的な言葉ですね。 -
【 本丸門上階内部 】
本丸門の上階が期間限定で無料公開されていました。
松の廊下の刃傷から討ち入りまでのいくつかの場面が人形で紹介されていましたが、それが安っぽいプラケースに入っており、その他の展示もほとんど説明がなく、あまり積極的な公開とは思えませんでした。
ただ、建物自体の構造はよく分かり、作りも立派でした。 -
【 天守台 】
天守台に登ってみます。
天守台そのものはさして大きいものではなく、石垣も高くはありませんが、その階段は1段1段の高さがかなりあり、手摺りにつかまっても弾みをつけないと登れません。
傘をさして、首から下げたカメラを抑えてですから、後期高齢者にはなんともきつい登りです。 -
【 本丸門を遠望 】
天守台から本丸門の方角を見下ろします。
団体さんが来ていましたが、強い雨のため門から動けずにいるようです。 -
【 本丸門の団体さん 】
ズームアップしてみます。
討ち入り装束のガイドさんも、お手上げのようです。
粗い画像で見にくいと思いますが、激しい雨が写っているのが分かりますでしょうか?
ちなみに、この団体さんは日本人でした! そりゃそうですね。 中〇人が赤穂浪士に興味があるとは思えませんものねえ。 -
【 大池泉 】
城内には2つの池があり、これはその1つ。 大池泉と呼ばれているようです。
私も昔、ホームセンターで買ってきたひょうたん型の池を庭に埋めたことがありましたが、今思うと、あれは池ではなく、たらいですね。
「たらい」・・・わっかんねえだろうなあ。 後期高齢者なら知ってるんだけどなあ。 -
【 厩口門 】
城には3つの門があり、これは厩口門だそうです。 -
【 藩主御殿間取り 】
藩主が住んでいた御殿の跡で、その間取りが平台で示されています。 -
【 間取りプレート 】
間取りのあちこちに、そこが何の部屋だったのかというプレートがついています。
私はフンフンと思いながら写真を撮っており、てっきり押入れだと思っていたのですが、今こうして写真を見ると、「押入れ」ではなく「押込」でした。 -
【 本丸門から外へ 】
これで赤穂城跡の見学は終わりです。
本丸門にはまださっきの団体さんがいましたが、人数はだいぶ減っていました。 城内には誰もいませんでしたので、おそらくバスに戻ったのでしょう。
かくして赤穂浪士を祀った大石神社と浅野家5万石の赤穂城跡を見学した私は、感慨無量でした。
かつては四十七士全員の名前を空で言えたほど読んだり観たりしていた赤穂浪士が実際にいた場所に来て、改めてその息遣いを感じることができたというのは、いささかミーハーとはいえ、日本人としての血が騒ぐ体験でした。
降りやまぬ雨にたたられ、天守台の階段に体力の衰えを痛感したとはいえ、十分に満足した私は、次に岡山をめざします。
山陽を巡る旅はまだ始まったばかり。 高齢者による運転事故が社会問題になっていることでもありますから、後期高齢者になったことを自覚して、慎重な上にも慎重を期して運転をしてゆこうと思います。
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この旅行記へのコメント (16)
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- 旅姿さん 2024/04/30 14:48:08
- 赤穂浪士と言えば---- やはり!!
- ねんきん老人さん
旅姿です。 投票ありがとうございます。
赤穂まで行かれ、詳しく調べられ---こちらもいろいろ想い出しました。
想い出したと言っても、こちらは昔昔の東映の赤穂浪士の映画の世界です。
中学生?のころ、お正月に封切られる忠臣蔵映画が楽しみでよく見にいきました。
片岡千恵蔵、中村錦之助、月形龍之介(吉良上野介役がピッタリ)---- 。
また、最近では吉良邸から品川泉岳寺までの赤穂浪士の歩いた道(約12km)
を某年12月14日に歩いてみようと挑戦しましたが、途中の築地本願寺までで
あとは電車でした。昔の人は健脚でしたね!
- ねんきん老人さん からの返信 2024/05/01 09:57:38
- 12キロもあったのですか!?
- 旅姿さん、おはようございます。 昨夜は拙稿への書き込みをありがとうございました。
赤穂浪士の映画・・・どうして最近はこの題材の映画が作られないのか、疑問と義憤を感じています。 史実はこうだったというような「解説・外伝」が横行して人々の高揚感が減衰してしまったのかも知れませんが、忠臣蔵の物語の多くが講談の世界のものであることは誰もが承知の上で陶酔していたのですから、史実であろうとなかろうと、良くできた話であり、教訓に充ちた話でもあったと思うのです。
月形龍之介という名前を久しぶりに目にして、感慨ひとしおです。
吉良上野介が松の廊下で浅野内匠頭をいたぶる場面、よく覚えています。 上野介役としてはほかにも進藤英太郎、滝沢修、西村晃などが記憶にありますが、やっぱり月形龍之介さんは忘れられません。 その悪人がのちに水戸黄門という正義の味方になって一世を風靡したのですから、役者というのはたいしたものですね。
その月形龍之介さん、亡くなったのが68歳だったということは今でもはっきり覚えています。 自分が68歳だったころは元気いっぱいでしたから、そんなに若くして亡くなったのかと、今でも残念です。
さて、吉良邸から泉岳寺までの距離が約12キロだったということ、初めて知りました。 なんとなく、討ち入りのあと泉岳寺にということだけが頭にあり、その道のりまでは考えたことがありませんでしたので、今回旅姿さんのお話にびっくりしてパソコンの地図でなぞってみました。 確かに12キロありますね。 そんなに長い距離だったら普通に歩いて3時間。 その間、幕府は何もせずに行列を許していたのでしょうか?
旅姿さんが12月14日に踏破を試みられたというロマンに羨望を覚えました。 途中リタイアされたとのことですが、それによってさらに四十七士の並外れた心身の強さが実感できたことと思います。
私ももう少し若かったら・・・。 このセリフ、私の常套句です。
ねんきん老人
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- ひなちゃんさん 2019/09/27 10:20:05
- 赤穂海浜公園の難破船
- 現在 新しく改修されています
その改修工事を私が担当しました。
新しくなった 難破船を また見に来てください。
付随する アトラクションも増えました。
- ねんきん老人さん からの返信 2019/09/27 11:11:11
- 社会の縁、人の縁に気持ちが高ぶります。
- ひなちゃんさん、書き込みありがとうございました。
赤穂海浜公園には二度行きましたが、そこの難破船の改修工事を担当された方が拙稿をお読みくださったとは! 人はどこでどうつながるか、分からないものですね。
私は自分の年齢からして、どこに行っても「これが最後だな」と思っているのですが、今回不思議な縁であの難破船が改修されたことを知り、もう一度行ってみたくなりました。
ということは、まだ人生が終わりだと思ってはいけないということですね。
頑張ってもう一度行けば、あの難破船がこれまでとは違って見えることだと思います。
楽しみが一つ増えました。 ありがとうございました。
ねんきん老人
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- pedaruさん 2019/05/15 06:32:48
- すべて感心することばかり
- ねんきん老人さん ご無沙汰しております。
いちいち感想を入れたら、全てに入れなきゃならないほどの興味深い解説にはいつも感心させられます。
これほど人を引き付ける解説を書ける人はそういないでしょうね。ユーモアとウイット(この違いがいまいちわかりませんが)に富んだ文章、あまり面白くて写真の印象が薄れてしまうのが欠点です(笑)。
ここだけの話ですが、実は私も後期高齢者です、世の偏見を恐れて隠れキリシタンならぬ隠れ後期高齢者として何食わぬ顔で旅行記を書いています。しかしながら、たらい、はおろか脱脂粉乳、進駐軍、二百三高地、クロパトキン、等の言葉を発すると、踏み絵なくとも発覚するは必定です。
pedaru
- ねんきん老人さん からの返信 2019/05/17 08:20:57
- 勇気づけられました。
- pedaruさん、いつも書き込みありがとうございます。 望外のお褒めをいただいて、却って恥じ入る気持ちです。
後期高齢者? 嘘でしょう!
というのが私の偽らざる感想です。 なぜなら、いつもpedaruさんの旅行記を拝読して、その体力と軽快なフットワーク、さらに視点の若々しさに羨望を覚えていた私ですから。
嘘でしょう! と思ったあと、クロパトキンという人名が出てきてびっくり。 これはもしかしたら本当に後期高齢者かな? と思った次第です。
私の周りには1年365日、テレビを観るだけで過ごしている人が沢山いますが、そういう人たちにpedaruさんの旅行記を読ませたいものだと思いますが、そういう私自身、改めて自戒しました。後期高齢者になったことを、無精の言い訳にしている自分に気がついたのです。
行動的で意欲的なpedaruさんが後期高齢者であることを知って、下り坂になっていた自分の気持ちに喝を入れられた気分です。
おおいに勇気づけられたこと、重ねてお礼申し上げます。
では「ここだけの話」「隠れ後期高齢者」という文言を尊重して、歳の話は打ち止めにし、若々しいpedaruさんの旅行記を楽しませていただくことにします。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
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- nimameさん 2018/10/24 12:19:20
- 赤穂浪士の志士達・
- ねんきん老人さん・大変ご無沙汰いたしておりますm(__)m
ねんきん老人さん・如何しているかな?
あれから奥様連れて何処かに行ったかな?と、漠然と考えていましたら・
nimameの4トラに訪問・有難う御座います(^^)
早速お邪魔しましたら、赤穂浪士の大石神社・・
nimameも長谷川和夫の(おのおのがた)・12月になると、テレビで恒例でしたよね。
後タライも良く解ります(笑)
それにしてもnimameは漠然とテレビで見たりしてましたが、ねんきん老人さんの詳しい事・
素晴らしい~
色々読ませて頂いて勉強になります。
参道の両側に四十七士の像があるなんて、見応えありますね・・
知らない事だらけでした。
又ねんきん老人さんの面白い話&辛口トークでクスッと笑ったり、うんうんとうなずいたり・・
有難う御座います。
又次の旅楽しみにしています。 nimame
- ねんきん老人さん からの返信 2018/10/24 20:17:52
- おのおのがた・・・分かっていただいて感激です!
- nimameさん、こんばんは。
タイトルに「後期高齢者」の文字を入れた段階で、これからは誰も読んでくれないだろうなと思っておりましたのに、わざわざご訪問くださり、書き込みまでしてくださって、ありがとうございました。
nimameさんはいつも、おざなりな訪問ではなく、細かなところまで丁寧に読んでくださり、私が意識して書いた部分にちゃんと目を止めてくださるので、とても励みになります。
おのおのがた・・・たらい・・・笑っていただいて、書いた甲斐がありました。
赤穂浪士に関する私の知識はただ講談や映画から仕入れただけのもので、きちんと研究したわけではありませんので、実は冷や汗ものです。どうぞ忘れてください。
今回は、赤穂を皮切りに、岡山・呉・宮島・錦帯橋・周防大島に回り、帰りに京都の伏見神社と平等院、滋賀の彦根城を巡ってきました。 私としては妻を連れて行ったつもりですが、たぶん妻には分かっていないだろうと思います。
それでも、私が動けるうちは連れて行きたいと思っていますので、また少しずつ旅行記を書いていくつもりです。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- イメ・トラさん 2018/10/14 15:19:05
- 赤穂は懐かしいです
- 海浜公園は好きでジジババグループでよく遊びに行きました。
幼稚園児に交じって「おばちゃんにもやらせて」とか言いながら難破船のロープで滑り降りて突き指したり。
ドジは数え切れないぐらい踏みました。
懐かしい場所を思い出しました。
ありがとうございます
- ねんきん老人さん からの返信 2018/10/15 09:08:37
- 突き指とは!
- イメ・トラさん、お早うございます。
赤穂浪士に対する個人的な思い入れだけで書き綴った駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。
赤穂海浜公園は2度目ですが、そこで突き指をした方がいらっしゃったとは!
今回は唐船海水浴場の砂を採取したくて行ったのですが、「海水浴場へは潮の門から」という表示に従って行ったところ閉まっており、「海水浴場へは光の門から」と書いてあったので、そちらに行くとそこも閉まっており、仕方なくその先の海の門に行くと「海水浴場へは潮の門から」との表示が・・・。
うんざりして海賊船に行ってうろうろしていました。乗ろうとしましたが、雨で傘をさしていたため片手がふさがっており、板も滑って登れませんでした。
まあ、誰もいませんでしたので、転落して孤独死というのもサマになりませんから、良かったということにします。
遠い地の公園の遊具が、イメ・トラさんのおかげで急に身近なものになりました。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- エンドレスジャーニーさん 2018/10/04 13:26:18
- 年金先輩待ってました!
- 新シリーズ再開でしょうか。 相変わらず味のある旅行記楽しませていただきました。
それにしても、奥様のご遺骨を首から提げての旅行とは・・・絶句!
岡山編も楽しみにしていまーす。
- ねんきん老人さん からの返信 2018/10/05 15:17:48
- 言葉足らずでした。
- エンドレスジャーニーさん、こんにちは。
久しぶりの投稿でしたのに、早速読んでいただいて、ありがとうございます。また、書き込みもしていただき、重ねてお礼を申し上げます。
首から遺骨、というのは言葉が足りませんでした。
遺骨といっても、5cmほどの骨が1本で、それをケースに入れて下げていただけですから、見た目には御守りでもぶら下げているくらいにしか見えないと思います。
通常の行動では邪魔にもならず、どうということはありません。ただ、雨が降るとそれを濡らさないようにと気を使いますので、傘を差したりカメラを構えたりするのがやや不自由です。
ただそれだけのことなのに、言葉が足りずに驚かせてしまいました。申し訳ありません。
拙稿の冒頭にも書きましたが、自分が楽しむということを一番に心がけての旅でした。 岡山でも楽しんだつもりですので、また投稿しましたら、よろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- olive kenjiさん 2018/10/02 14:39:38
- 私 赤穂の子孫です
- 先輩 赤穂へ行かれたのですね。
それにしても、よく赤穂浪士の事をご存じで、その博学ぶりに頭が下がる思いです。
私も10年程前に、義士祭の見物と先祖の地を見たくて訪れたことがあります。
そう、私の先祖は江戸時代に赤穂から今の地に移住して来たと子供の頃から聞かされていました。
塩業の技師として来たとか・・真意の程は分かりません。単なる労務者として来たのかもしれませんが、子孫には聞こえのいいエンジニアにした方が都合が良かったのかもしれません。
私の住む近所には赤穂屋という地名が現在も残っています。
※ 一説には浅尾家と吉良家は共に塩業が産業で利害関係があったと何かで読んだ記憶があります。
先輩の書かれた俳優さんも、たらいもよく存じております。
という事は、私も後期高齢者なんでしょうか。
何だか悲しくなりました・・まだ若いつもりでいたもんで・・
これじゃ、先輩邸へ討ち入りしたくなりました・・・・・
赤穂の子孫 olive kenji
- ねんきん老人さん からの返信 2018/10/03 11:21:25
- 不敬の段、ひらにご容赦!
- olive kenji 殿
愚生儀、御貴殿を赤穂由来の御方とは露知らず、これまで数々の軽口を弄して参りました御無礼の段、まずもってお詫び申し上げ候。
赤穂屋なる地名の存する旨御教示賜り、歴史の深淵に触るる思いこれあり、改めて探訪の望み湧き起こり候。
拙稿に記したる古き俳優の名、さらに古具たらいをもご存知あるとは驚きを超えて強き味方を得た思い、感嘆これに過ぐるはなく候。
御貴殿の若くして古を知る才識を敬すること言を待たず、この上はますますの御親交を願い候はば、なにぶん拙宅への討ち入りはご容赦賜りたく、伏してお願い申し上げ候。
ねんきん老人拝
-
- しにあの旅人さん 2018/10/01 15:03:03
- 新シリーズ始まりましたね
- 薩摩大隅読んでいただいてありがとうございます。はじめの2本は渾身の力を込めて書いたつもりですが、だんだん力が抜けてきました。最近気力が続かなくて困ります。
新シリーズは瀬戸内編ですか。赤穂浪士を知らない日本人がいるのですね。年末はテレビ見ない人なのでしょうね。毎年忠臣蔵は必ずやるのですが。
岡山編たのしみにしております。
- ねんきん老人さん からの返信 2018/10/02 18:40:46
- 早速お読みいただいて、恐縮しております。
- 長いことサボっていた旅行記を久しぶりに投稿したところ、早速お読みくださり、さらに書き込みまでしていただいて、恐縮しながらも喜んでおります。ありがとうございました。
「だんだん力が抜けてきた」とのことですが、拝読している限りまったくそうは感じず、知らなかった世界に接しておおいに刺激を受けております。
ご自分としては前作の方が期するところがあったのかも知れませんが、それはあくまでもご自分の中でのこと。読ませていただく方としては羨望を交えて納得しております。
常々、若い人たちとのジェネレーションギャップは感じておりますが、赤穂浪士を知らない人がいるというのはショックでした。
この調子で社会が変っていくと、私などは邪魔にされたり同情されたりすることになるのではないかと不安でもあります。
内心では若い人たちが不勉強なだけだと思ってはいますが。
というわけで、これからも時代遅れな見聞を書いてゆくことになると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
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