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この度の初旅行では、歓迎のサービスが予約してあるホテルからは受けられなかった。<br />Karassa Hotelに予約の確認の連絡まで取り合っていたのに、客を無視の姿勢なのだろう、と不安な気すら起こりそうもない、のんびりとした雰囲気が空港ロビーに漂っていた。<br />そこで、あたり構わず、Kurassa Hotelに滞在予定で、尚且つ、レンタカーを予約しているものだ、と大声をで出迎えの人たちの注意を喚起した。<br /><br />ゆったり、のんびり、安全を旨とした人生館の人たちには、驚くほどの親切さが備わっていた。<br />携帯電話でKurassa Hotelに電話をし、私の予約を確認してくれたひとがいた。<br /><br />Kurassaには人手が足りず、rental carを空港まで以て来れない云々、やり取りしていたようだ。そこで俺がホテルに連れて行ってやるからそこに駐車してある俺の車に乗ってくれと言われた。<br />ホテルは空港から5分ほどの距離、到着したところ、ホテルの扉は開け放たれていたが、人が居ない。<br />しばらくすると、Evangelist用のrental car で迎えに行ったが、既にホテルに向かったと聞き、急いで戻ってきたところとの説明があった。<br /><br />なぜ、ホテルからの迎えを待たずに、空港でたむろしている人の車に乗ったかというと、優しい目で、島の事情を説明してくれたからだ、問題が生じても、タクシーの料金程で解決するだろうと思ったからだ。<br /><br />到着時間が現地時間午前3.25分、午前5時前後にチェインすると丸一日の宿泊費が掛かる、そこで、rental carで午後のチックイン時間なで島内を周遊する旨を伝えたら、運転手が割り込み、寝るだけだからお金を取るなと交渉してくれた。<br />想像を超える親切な人たちだ。運転手に20米ドルを差し出したら、要らないと②度目も要らないと、3度目に受け取ってくれた。<br />運転手曰く、殆どのチューク人は日本人の血が混じっているとのこと。親切心は祖国への郷愁からなのか、と勝手に想ってみたものだ。<br /><br />ホテルの部屋を指定され、荷を紐解き、ドライブだ!<br />外は小雨降り続く<br /><br />続く、<br />

時間が止まっている理由

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2018/09/01 - 2018/09/05

231位(同エリア239件中)

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MasaakiJTP

MasaakiJTPさん

この度の初旅行では、歓迎のサービスが予約してあるホテルからは受けられなかった。
Karassa Hotelに予約の確認の連絡まで取り合っていたのに、客を無視の姿勢なのだろう、と不安な気すら起こりそうもない、のんびりとした雰囲気が空港ロビーに漂っていた。
そこで、あたり構わず、Kurassa Hotelに滞在予定で、尚且つ、レンタカーを予約しているものだ、と大声をで出迎えの人たちの注意を喚起した。

ゆったり、のんびり、安全を旨とした人生館の人たちには、驚くほどの親切さが備わっていた。
携帯電話でKurassa Hotelに電話をし、私の予約を確認してくれたひとがいた。

Kurassaには人手が足りず、rental carを空港まで以て来れない云々、やり取りしていたようだ。そこで俺がホテルに連れて行ってやるからそこに駐車してある俺の車に乗ってくれと言われた。
ホテルは空港から5分ほどの距離、到着したところ、ホテルの扉は開け放たれていたが、人が居ない。
しばらくすると、Evangelist用のrental car で迎えに行ったが、既にホテルに向かったと聞き、急いで戻ってきたところとの説明があった。

なぜ、ホテルからの迎えを待たずに、空港でたむろしている人の車に乗ったかというと、優しい目で、島の事情を説明してくれたからだ、問題が生じても、タクシーの料金程で解決するだろうと思ったからだ。

到着時間が現地時間午前3.25分、午前5時前後にチェインすると丸一日の宿泊費が掛かる、そこで、rental carで午後のチックイン時間なで島内を周遊する旨を伝えたら、運転手が割り込み、寝るだけだからお金を取るなと交渉してくれた。
想像を超える親切な人たちだ。運転手に20米ドルを差し出したら、要らないと②度目も要らないと、3度目に受け取ってくれた。
運転手曰く、殆どのチューク人は日本人の血が混じっているとのこと。親切心は祖国への郷愁からなのか、と勝手に想ってみたものだ。

ホテルの部屋を指定され、荷を紐解き、ドライブだ!
外は小雨降り続く

続く、

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この旅行記へのコメント (1)

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  • MasaakiJTPさん 2018/09/25 08:41:10
    時間を始動させなければならい時機がすぐそこに
    フランシスコ・ザビエルの来島依頼、スペインに統治され長い年月を、パンの木、タロイモ、ココナッツ、バナナなどの熱帯の果物と魚介を採取し、生活を営んでいたようだ。幾つも集落は酋長の裁量により、収穫は公平に、平等に分配され、種族間の争いも無く、スペインからドイツへ引き継がれていったようだ。多くの島々にはカソリック教会が創られ宣教師が赴任し、布教活動を通じてスペインの文化が他の南洋の島々と同じく生活様式に影響を与えていったようだ。ドイツは学術的な意味合いで文化人類学の観点でミクロネシア諸島を捉え、統治をしていたようである。
    第二次世界大戦の勃発で、ドイツの同盟国である日本に統治を譲り渡し、日本は、太平洋の制覇の拠点として海軍の軍事基地をこのトラック島(現チーク島)に設営し、多くの軍人を駐屯させ、その家族まで伴わせ、結果として5万を超える日本人が住んでいた、と記されている。
    太平洋戦争の終了を迎え、アメリカへの統治が移ったが、住民たちは、アメリカの軍事制圧は受けていない、代わりに、近代化への発展の支援を受けているとのこと、もちろん連合軍の一国であったオーストラリアからも支援を受けているとのことだ。それに加え、日本からも援助金という名目だが、実質は戦後補償として、この連邦州国に支払い続けているとのこと。

    支援した金で、なにをどうしろという特別な指示も無く、この国に、使い道を任せているようだ。

    島を取り巻く海岸線の道路は、いくつかの有名ホテル、官庁の一部、港湾と飛行場を結ぶ片側だけが、舗装されているだけで、湾というか入り江が続く海岸線は一部の借地人たちの生活に使われているが、でこぼこが激しく、パジェロのような床高の車がやっと通過できるほどの未開拓だ。15kmで草稿できれば由。
    60年前の日本の田舎の道ですら、あんなでこぼこは無く、晴らされていた。

    食生活はアメリカからの冷凍肉、軍人達の携行の缶詰食品が主流のようだ。

    インフラが全く整備されていない、時間が止まっているとしか思えない国。

    接する人、接する人からは、生活に困っているとは思えない、心の豊かさを感じる。

    電化された生活を望む家族は、高校卒後、ハワイやグアム島。ないしは米軍に志願し、給金を仕送りすれば、日本人の感覚で文化的生活が可能ということのようだ。
    アメリカの統治後、プロテスタント系の教会が作られ、学校運営もされ、子供達は、英語で教育を受けているので、私、旅のevagelistとの会話は英語となる。

    英語でお祈りをする、敬虔なクリスチャン。

    フィリピンの一般の人たちより、スムーズな会話だ。

    さて、支援の話に戻るが、2023年、アメリカからの支援が打ち切られることになっている。
    そこで、自活する為の産業を立ち上げなければと焦りだしたようだ。

    日本はどうするのだろうか?

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