2018/06/30 - 2018/06/30
7位(同エリア192件中)
かっちんさん
留萌本線の恵比島(えびしま)駅と秘境駅の真布(まっぷ)駅を訪れます。
恵比島駅は昭和5年~昭和46年まで、留萌炭田から石炭を運ぶ民間の「留萠鉄道」の接続駅となりました。これが一つ目の歴史です。
採掘された良質な石炭は恵比島から国鉄留萌本線を経由して留萌港へ運ばれました。
昭和40年代になると沿線の炭鉱が次々と閉山し、留萠鉄道も廃止になりました。
現在、露天掘りの吉住炭鉱では奈井江火力発電所用の石炭が採掘され、恵比島の留萠鉄道跡地に貯炭場が作られ、トラックで石炭が運ばれてきます。
留萠鉄道で走っていた気動車キハ2004は、「ひたちなか海浜鉄道」に譲渡され、最近まで乗ることができました。
留萠鉄道の子会社だった「三和興業」は、昭和33年(1958)にロータリー式除雪用ディーゼル機関車を開発、その除雪技術が札幌のNICHIJO(日本除雪機製作所)に成長しています。
二つ目の歴史は、NHK連続テレビ小説「すずらん」の舞台になった「明日萌(あしもい)駅」。当時作られた駅舎や中村旅館が今でも残っています。
最後に訪れた真布駅は国鉄時代に仮乗降場だったところ。板張りのホームにある小さな待合室で北海道ローカル線の雰囲気を味わうことができます。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・しまむーさんの「街道の行く先へ、留萌鉄道(恵比島駅~昭和駅)」2017-12-10
・M&Aニュース「朝日インテック、フッ素樹脂コーティング開発の日本ケミカルコートを買収」2017-8-17
・ひたちなか海浜鉄道「車両情報」
・北海道沼田町「明日萌(あしもい)の里」
・furutoriさんの「羽幌炭鉱」2012-11-10
・歩鉄の達人「廃線探索 留萠鉄道炭鉱線」2015-11-8、「境界杭」2017-10
・朝日新聞「石炭火力の奈井江発電所」2018-3-5
・牛山隆信氏「秘境駅ランキング2018年度版」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
まもなく恵比島駅(車窓)
明治43年(1910)鉄道院留萠線深川~留萠間開通に伴い開業した「恵比島(えびしま)駅」です。
恵比島駅で列車を降ります。 -
列車のお見送り
ルピナスの咲く駅構内に、かつて恵比島と留萌炭田の炭鉱を結ぶ留萠鉄道の線路やホームがあったとは想像ができません。
留萠鉄道炭鉱線は、昭和5年(1930)恵比島~太刀別・昭和間17.6kmが開業し、沿線の炭鉱から産出される石炭を国鉄留萌本線を経由し留萌港へ輸送していました。
昭和44年には第4次石炭政策答申で国内炭鉱の整理統合政策が明確となり、沿線の炭鉱が次々と閉山に追い込まれ、留萠鉄道は昭和46年(1971)に廃止となりました。 -
日本ケミカルコートの煙突
かつて留萠鉄道本社だった建物が、日本ケミカルコートの工場となり、現在は廃墟です。(詳細不明)
現在の日本ケミカルコートは、医療用機器フッ素樹脂コーティング専門メーカーです。 -
留萠鉄道を走っていたディーゼルカー「キハ2004」(左手前の車両)
キハ2004は、床が板張りで、正面のヘッドライト脇のタイフォンが特徴です。
昭和44年(1969)に茨城交通(現、ひたちなか海浜鉄道)に譲渡され、旧国鉄準急色に塗装し直されました。
写真はかっちんが平成18年(2006)3月12日に茨城鉄道を訪れたときのもの。 -
留萠鉄道の除雪技術は生きている
留萠鉄道の子会社だった三和興業は、昭和33年(1958)にロータリー式除雪用ディーゼル機関車を開発(新潟鐵工所が製造)しています。
その技術は継承され、昭和37年(1962)札幌に日本除雪機製作所(現、NICHIJO)が設立され、除雪機、特殊車両等のメーカに成長していきます。
写真は軌道モーターカー・ロータリーのチョロQ。かっちんが現役時代に、鉄道技術展のNICHIJOブースでいただき、現在宝物になっています。 -
駅構内を彩るルピナス(恵比島)
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1面1線のホーム(恵比島)
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貨車駅舎(恵比島)
昭和61年(1986)11月に当初の駅舎が取り壊され、車掌車を改造した貨車駅舎が置かれ無人駅となりました。
その後、テレビドラマを撮影するにあたり、貨車駅舎が古材で覆われました。 -
貨車駅舎の内部(恵比島)
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明日萌駅
恵比島駅は、NHK連続テレビ小説「すずらん」の中では「明日萌(あしもい)駅」となりました。(平成11年(1999)放送)
明日萌という地名は、物語につけられた架空の地名で、アイヌ語のアシリ・モイ(新しい淀み・新しい淵)に由来しています。
主人公の「萌」が少しでも明日への希望を持ち、前向きに生きていく様子がこの駅名に表れています。
駅名標の「あしもい・ましべつ・ほろなか」は、当時留萌本線にあった駅名「留萌、増毛、秩父別、幌糠」から考え出したものでしょう。 -
明日萌の改札口
昭和初期の駅舎がドラマのために造られました。 -
ようこそ明日萌へ
物語の舞台となる恵比島駅が選ばれたのは、線路がどこまでも一直線であること。
昭和初期にあっては困るような現代的なものが駅周辺にないこと、駅前の広場と道路がメインストリートとして雰囲気がある、といった理由からでした。 -
待合室を自分の家のようにしていた「萌」
主人公の「萌」は明日萌という小さな駅で駅長に拾われ、様々な逆境を乗り越えて成長していきます。 -
薪ストーブのある待合室(明日萌)
看板を見ると昭和初期の雰囲気を感じます。 -
きっぷ売場(明日萌)
運賃表には架空の駅「増別」「幌中」がちゃんとあります。
稚内港駅は昭和14年(1939)から稚内駅に改称されており、ドラマの時代考証が適切です。 -
時刻表(明日萌)
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驛長事務室(明日萌)
中に入れます。 -
駅長(明日萌)
常盤次郎駅長(橋爪功)が勤務しています。 -
イチオシ
木造の駅舎(明日萌)
土管の煙突を初めて見ました。
重い土管なので梯子で支えているのですね。 -
駅長 常盤次郎宅(ロケセット)
駅前にある駅長官舎では、駅長が男手ひとつで「萌」を育て、親子の情愛・葛藤のドラマが繰り広げられました。 -
馬小屋(ロケセット)
ドラマの舞台となった昭和初期は「馬車」が生活に欠かすことの出来ないもので、町中の所々に馬の飼料を置き、馬が休憩する小屋がありました。 -
中村旅館(ロケセット)
松吉(石倉三郎)と幸子(萬田久子)が営む中村旅館。
明日萌駅での列車の乗り換えや待ち合わせの人々で中村旅館はいつも賑わっていました。 -
空き地に咲くルピナス
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恵比島駅前バス停
駅から6km程離れたところに幌新温泉ほたる館があり、日帰り温泉や宿泊、夏にはほたる鑑賞ができます。
また、炭鉱資料館や昭和炭鉱で使用されていた日本最古の小型蒸気機関車「クラウス15号」の展示もあり、留萌炭田の歴史を知ることがでます。 -
火の見櫓(駅前)
では、旧留萠鉄道本社の建物まで行ってみます。 -
ピカゾー君とスノンちゃん(沼田町のキャラクター)
雪の妖精の仲良し兄弟はいつも一緒にいて、ふわふわと漂っています。
二人がステッキを振ると、雪のエネルギーがはたらいて町がとても元気になります。 -
シラカバを模した街路灯
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奈井江開発
駅の石狩沼田寄りの踏切を渡ると、奈井江開発の貯炭場があります。
留萠鉄道沿線の炭鉱はすでに閉山していますが、小平町の吉住炭鉱では現在露天掘りによる石炭採掘が行われています。
この石炭は奈井江の火力発電所で使われており、恵比島はその中間地点に位置しています。
吉住炭鉱を地図で確認すると道道867号線沿いにあり、留萠鉄道の昭和炭鉱手前からさらに9km程奥に入ったところにあります。 -
黒いダイヤの石炭
奈井江火力発電所は稼動から50年経過しているため、来年3月に休止すると北海道電力が発表。
その後、液化天然ガス(LNG)火力発電所に切替ます。
露天掘りによる石炭採掘の将来はどうなるのやら・・・ -
農作地
駅の東側に来ると、一面畑が続いてます。 -
道端に咲くジギタリス(駅の東側)
ベル形をした花です。 -
ムギ畑(駅の東側)
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イチオシ
旧留萠鉄道本社(駅の東側)
屋根が抜け落ちています。 -
イチオシ
ローカル線を走るディーゼルカー
恵比島駅に戻り、留萌行き列車の写真を撮ります。
この後、列車で秩父別駅へ移動し(次の旅行記)、さらに真布駅へ向かいます。 -
秘境駅の「真布」
秘境駅ランキング(2018)60位の「真布(まっぷ)」駅です。 -
イチオシ
仮乗降場の面影が残る真布駅
板張りのホームに小さな待合室があります。
1両分の長さしかないホームですが、列車は「前乗り前降り」なのでこれで十分です。 -
線路脇に残る「国有鉄道」の境界杭
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待合室の入口
待合室のベンチに座り、ホームをのんびり見ているところです。 -
天井の高い待合室
壁も天井(屋根)もすべて板張り。 -
真布駅に停車する列車
この列車で深川へ戻ります。
ローカル線の雰囲気をたっぷり味わえる真布駅です。 -
イチオシ
あれっ、キリンがいる(車窓)
留萌本線沿線には熊や鹿だけではなく、キリンがいます・・・
恵比島駅はかつて炭鉱の鉄道拠点として栄え、明日萌駅で再び人気となった不思議な駅です。
留萠鉄道が走っていたことを知っている人は少ないのですが。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 横浜臨海公園さん 2018/09/03 13:28:53
- 留萌鉄道
- かっちんさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
戦後、留萌鉄道は全国でも珍しく、国鉄が委託管理していた私鉄で、通常であれば乗車券類など刑務所に発注印刷していたものが、留萌鉄道では、乗車券類も国鉄札幌印刷所で印刷していた為に、今日現存する券類は民鉄地紋では無く、国鉄青地紋券だったりと特異な私鉄でした。
戦時中に国家買収され、国鉄留萌本線支線となった可能性すらあった様です。
今や恵比島駅構内も雑掌が覆い茂り、嘗ての繁栄が嘘みたいな感じがしてなりません。
横浜臨海公園
- かっちんさん からの返信 2018/09/03 15:23:17
- RE: 留萌鉄道
- 横浜臨海公園さま こんにちは
留萌鉄道の資料はなかなか探し出せなかったのですが、乗車券類は国鉄青地紋券だったのですね。参考になりました。
恵比島駅のまわりを一周してきたのですが、留萌鉄道があった形跡は廃墟となっている本社建物だけでした。
踏切近くで見つけた貯炭場は、露天掘りの吉住炭鉱から採掘されたものですが、かつて炭鉱で栄えた当時の様子が蘇ってきたようです。
かっちん
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