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クルシュー砂州はバルト海とクルシュー・ラグーン(内海)を隔てる全長98 km の細長く湾曲した砂州で、島々が長い年月を経て砂で繋がり、紀元前3000年ほど前には現在のような細長い砂州になったものです。自然の造形による珍しい地形ですが、自然遺産ではなく、文化遺産として2000年にユネスコ世界遺産に登録されています。この砂州は、その独特の土地で浸食作用や森林破壊などに直面しつつも、数千年来、人々が暮らす中で作り上げてきた文化的価値が評価されたためです。<br /><br />砂州はリトアニア領内では大陸とは繋がっていませんので、車で訪問する場合、フェリーを利用する必要があります。クライペダ新港からフェリーが往復しています。前日に港の様子などを下調べをしておきましたので、新港からフェリーで砂州に簡単に渡ることができました。クルシュー砂州の主要な町ニダはフェリー港から50km南方にあり、ロシアの飛び地領カリーニングラードとの国境の近くです。ニダの町、そしてロシア国境にも行ってみました。

ユネスコ世界遺産、クルシュー砂州を訪問

4いいね!

2018/06/10 - 2018/06/10

13位(同エリア17件中)

0

35

AandMさん

クルシュー砂州はバルト海とクルシュー・ラグーン(内海)を隔てる全長98 km の細長く湾曲した砂州で、島々が長い年月を経て砂で繋がり、紀元前3000年ほど前には現在のような細長い砂州になったものです。自然の造形による珍しい地形ですが、自然遺産ではなく、文化遺産として2000年にユネスコ世界遺産に登録されています。この砂州は、その独特の土地で浸食作用や森林破壊などに直面しつつも、数千年来、人々が暮らす中で作り上げてきた文化的価値が評価されたためです。

砂州はリトアニア領内では大陸とは繋がっていませんので、車で訪問する場合、フェリーを利用する必要があります。クライペダ新港からフェリーが往復しています。前日に港の様子などを下調べをしておきましたので、新港からフェリーで砂州に簡単に渡ることができました。クルシュー砂州の主要な町ニダはフェリー港から50km南方にあり、ロシアの飛び地領カリーニングラードとの国境の近くです。ニダの町、そしてロシア国境にも行ってみました。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.5
グルメ
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
レンタカー 徒歩
航空会社
ルフトハンザドイツ航空 スイスインターナショナルエアラインズ ANA スカンジナビア航空
旅行の手配内容
個別手配
  • 6月10日<br />今日は、クルシュー砂州のニダを訪問し、その後、ラトビアのリガまで行く予定です。クライペダのホテル(Radisson Blu Hotel, Klaipeda)を朝早めの8時過ぎにチェックアウトしました。

    6月10日
    今日は、クルシュー砂州のニダを訪問し、その後、ラトビアのリガまで行く予定です。クライペダのホテル(Radisson Blu Hotel, Klaipeda)を朝早めの8時過ぎにチェックアウトしました。

    メルキュール クライペダ シティ ホテル

  • ホテルの駐車場に停めておいたレンタカーに荷物を積み込んで出発です。車はSUV(4WD)ですので、舗装状況が良くない道路でも走ることができます。未舗装の砂州道路でも何とかなります。

    ホテルの駐車場に停めておいたレンタカーに荷物を積み込んで出発です。車はSUV(4WD)ですので、舗装状況が良くない道路でも走ることができます。未舗装の砂州道路でも何とかなります。

  • 前日の夕方、クルシュー砂州に渡るフェリー乗り場の様子を調査してありますので、順調にフェリー乗船のための車の行列に加わることができました。

    前日の夕方、クルシュー砂州に渡るフェリー乗り場の様子を調査してありますので、順調にフェリー乗船のための車の行列に加わることができました。

    新港 (フェリー) 船系

  • フェリーに乗船しました。我々の車は前から2番目でした。乗船料には帰りの料金も含まれていました。砂州にフェリーで渡った殆どの車が、再びこのフェリーで戻ってくることが前提になっています。砂州ではリトアニアとロシア飛び地(カリーニングラード)が国境の部分で道路が繋がっていますが、ロシア側に進む車は殆どいないことになります。

    フェリーに乗船しました。我々の車は前から2番目でした。乗船料には帰りの料金も含まれていました。砂州にフェリーで渡った殆どの車が、再びこのフェリーで戻ってくることが前提になっています。砂州ではリトアニアとロシア飛び地(カリーニングラード)が国境の部分で道路が繋がっていますが、ロシア側に進む車は殆どいないことになります。

    新港 (フェリー) 船系

  • フェリー乗船時間は30分程です。車を降りてフェリー甲板を歩いてみました。バス乗車でフェリーに乗っていた小中学生のグループがカモメと戯れていました。沢山のカモメが飛び交っています。パンやクッキーの欠片を投げると、カモメが上手にキャッチしていました。

    フェリー乗船時間は30分程です。車を降りてフェリー甲板を歩いてみました。バス乗車でフェリーに乗っていた小中学生のグループがカモメと戯れていました。沢山のカモメが飛び交っています。パンやクッキーの欠片を投げると、カモメが上手にキャッチしていました。

  • 前方に砂州側の港が見えます。砂州側にビルや住居などは殆どありません。松の木が生い茂っています。

    前方に砂州側の港が見えます。砂州側にビルや住居などは殆どありません。松の木が生い茂っています。

  • 砂州側の港からクライペダの新港に向かうフェリーとすれ違いました。

    砂州側の港からクライペダの新港に向かうフェリーとすれ違いました。

  • 砂州の港に着きました。砂州を走る167号線を南に向かって走りました。ニダの町まで50kmほどあります。道路はしっかり舗装されていました。ただ道幅が狭く、曲がりくねっていますので、スピードを40 - 50 km/h程度抑える必要がありました。4WD(SUV)でない2WD普通車でも問題ありませんでした。<br />道幅が狭く見通しも良くないため車の追い越しも容易ではなく、皆さん一列に並んで車を進めていました。万一トラブルにあえば付近に町もありませんので、手助けを頼むのも容易ではありません。<br /><br />30分程走っていると突然前方に信号が現れました。何かの検問所かな?と思いました。砂州の保護地域に入る入場料の徴収ゲートでした。料金を払って、ひたすら松林の中の道路を進みました。海岸線が近いのですが、海岸沿いを走る部分は殆ど無かったように思います。

    砂州の港に着きました。砂州を走る167号線を南に向かって走りました。ニダの町まで50kmほどあります。道路はしっかり舗装されていました。ただ道幅が狭く、曲がりくねっていますので、スピードを40 - 50 km/h程度抑える必要がありました。4WD(SUV)でない2WD普通車でも問題ありませんでした。
    道幅が狭く見通しも良くないため車の追い越しも容易ではなく、皆さん一列に並んで車を進めていました。万一トラブルにあえば付近に町もありませんので、手助けを頼むのも容易ではありません。

    30分程走っていると突然前方に信号が現れました。何かの検問所かな?と思いました。砂州の保護地域に入る入場料の徴収ゲートでした。料金を払って、ひたすら松林の中の道路を進みました。海岸線が近いのですが、海岸沿いを走る部分は殆ど無かったように思います。

  • ニダの町に到着しました。この町からロシア国境まで約2kmです。この町はリゾート観光地で、沢山の訪問者がいました。町の中心部にある駐車場で何とかスペースを見つけて車を停めて、周囲を見学することにしました。

    ニダの町に到着しました。この町からロシア国境まで約2kmです。この町はリゾート観光地で、沢山の訪問者がいました。町の中心部にある駐車場で何とかスペースを見つけて車を停めて、周囲を見学することにしました。

    アジラ ツーリストインフォメーションセンター 散歩・街歩き

  • 観光案内所は、町の中心部で駐車場の横にありました。観光パンフレットが置いてあり、質問にも係員が答えてくれます。

    観光案内所は、町の中心部で駐車場の横にありました。観光パンフレットが置いてあり、質問にも係員が答えてくれます。

    観光案内所 (ニダ) 散歩・街歩き

    町の中心部にある観光案内所 by AandMさん
  • 広場でイチゴを売っていました。新鮮なイチゴで美味しそうな香りが漂っていました。売り子の女の子は英語を理解しました。キャンプなどでこの地を訪れている観光客が結構買ってくれる、とのことでした。

    広場でイチゴを売っていました。新鮮なイチゴで美味しそうな香りが漂っていました。売り子の女の子は英語を理解しました。キャンプなどでこの地を訪れている観光客が結構買ってくれる、とのことでした。

  • 町の中心部から砂州の砂丘の場所まで2kmほどありますが、車乗り入れはできません。仕方がないので、歩道を歩いて砂丘に向かいました。6月初旬で日差しが結構きつくて、往復4kmのトレッキングは大変です。<br />砂丘を見るだけにして、途中から引き返しました。ここが我々の引き返し点です。案内表示を見ると、砂丘の上に行くためには更に1km近く進んで、丘を登る必要がありそうでした。別ルートの車でアクセスできそうな場所を探すことにしました。

    町の中心部から砂州の砂丘の場所まで2kmほどありますが、車乗り入れはできません。仕方がないので、歩道を歩いて砂丘に向かいました。6月初旬で日差しが結構きつくて、往復4kmのトレッキングは大変です。
    砂丘を見るだけにして、途中から引き返しました。ここが我々の引き返し点です。案内表示を見ると、砂丘の上に行くためには更に1km近く進んで、丘を登る必要がありそうでした。別ルートの車でアクセスできそうな場所を探すことにしました。

    砂丘 自然・景勝地

  • 引き返し点の海岸部に奇妙なオブジェがありましたので、近くまで行ってみました。

    引き返し点の海岸部に奇妙なオブジェがありましたので、近くまで行ってみました。

  • オブジェのプレートには英語説明も書いてありました。「巨大なネリンガの肘掛け椅子に座って、静寂の谷の音に耳をすまして下さい」と書かれています。バルト海地域に伝わる神話に拠れば、クルシュー砂州は海岸で戯れていた屈強な少女ネリンガ(Neringa)によって形成されたとのことです。ネリンガは伝説少女の名前です。<br /><br />この記念碑は地元ライオンズクラブが寄贈したもので、オブジェはこの地方の芸術家の作品と思われます。椅子は伝説にちなんだ象徴のようです。

    オブジェのプレートには英語説明も書いてありました。「巨大なネリンガの肘掛け椅子に座って、静寂の谷の音に耳をすまして下さい」と書かれています。バルト海地域に伝わる神話に拠れば、クルシュー砂州は海岸で戯れていた屈強な少女ネリンガ(Neringa)によって形成されたとのことです。ネリンガは伝説少女の名前です。

    この記念碑は地元ライオンズクラブが寄贈したもので、オブジェはこの地方の芸術家の作品と思われます。椅子は伝説にちなんだ象徴のようです。

  • 砂浜の海岸が前方の砂丘まで繋がっていました。砂丘の向こうはロシア領になります。ここまで来て、やっと砂州らしい光景に出会いました。

    砂浜の海岸が前方の砂丘まで繋がっていました。砂丘の向こうはロシア領になります。ここまで来て、やっと砂州らしい光景に出会いました。

  • 砂浜には沢山の美しい花も咲いていました。北海道の海岸でも見られるハマナスと思われます。

    砂浜には沢山の美しい花も咲いていました。北海道の海岸でも見られるハマナスと思われます。

  • ハマナスの群落が砂浜沿いに広がっていました。この他にも色とりどりの花々が咲いていました。砂州の海岸は人影も少なく、静かで良い場所です。

    ハマナスの群落が砂浜沿いに広がっていました。この他にも色とりどりの花々が咲いていました。砂州の海岸は人影も少なく、静かで良い場所です。

    砂丘 自然・景勝地

  • ニダの町の近くにあった記念碑です。東西南北の方向が示されています。海の向こうに砂丘が見えます。砂丘の向こうはロシア国境になります。

    ニダの町の近くにあった記念碑です。東西南北の方向が示されています。海の向こうに砂丘が見えます。砂丘の向こうはロシア国境になります。

  • ニダの町でラグーン(内海)に近い場所に古風な家がありました。

    ニダの町でラグーン(内海)に近い場所に古風な家がありました。

    ネリンガ歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 昔の漁村の家が再現されており、小舟や漁具が展示されていました。博物館でした。家内部も公開され、当時の漁民生活の様子などが分かります。家の作りの豪華さや家具の状況から判断して、この家を所有していた漁民は裕福であったようです。クルシュー・ラグーン(内海)での漁業はこの地の住民に大きな富をもたらしていたようです。

    昔の漁村の家が再現されており、小舟や漁具が展示されていました。博物館でした。家内部も公開され、当時の漁民生活の様子などが分かります。家の作りの豪華さや家具の状況から判断して、この家を所有していた漁民は裕福であったようです。クルシュー・ラグーン(内海)での漁業はこの地の住民に大きな富をもたらしていたようです。

  • ニダ漁村博物館(Nida Fisherman&#39;s Ethnographic Homestead)です。この家は1927年の建設で、漁民が住居として使っていたものをクライペダ市が1973年に購入して、以降、博物館としてこの地の漁民の状況を説明展示しています。大きくはありませんが、面白い博物館だと思います。

    ニダ漁村博物館(Nida Fisherman's Ethnographic Homestead)です。この家は1927年の建設で、漁民が住居として使っていたものをクライペダ市が1973年に購入して、以降、博物館としてこの地の漁民の状況を説明展示しています。大きくはありませんが、面白い博物館だと思います。

  • 訪問時にニダの町でマラソン大会が行われていました。選手が次々とゴールしてきました。この行事のため、町中の道路の交通規制が行われ、車の通行が制限されていました。

    訪問時にニダの町でマラソン大会が行われていました。選手が次々とゴールしてきました。この行事のため、町中の道路の交通規制が行われ、車の通行が制限されていました。

  • 町の近くの高台の丘に行ってみました。丘の高さは海抜53mです。先ほど途中で引き返したため上方から見そこなった砂丘を見学するのが目的です。丘の上に石塔があり、多くの観光客が訪れていました。<br /><br />ただ、これは塔ではなく日時計だそうです。パルニディス・デューン(砂丘)の太陽時計(Parnidžio kopa)で、高さは13.8mです。以前からあった日時計が壊れたため、2011年に再建されています。

    町の近くの高台の丘に行ってみました。丘の高さは海抜53mです。先ほど途中で引き返したため上方から見そこなった砂丘を見学するのが目的です。丘の上に石塔があり、多くの観光客が訪れていました。

    ただ、これは塔ではなく日時計だそうです。パルニディス・デューン(砂丘)の太陽時計(Parnidžio kopa)で、高さは13.8mです。以前からあった日時計が壊れたため、2011年に再建されています。

    砂丘 自然・景勝地

  • 日時計の説明がリトアニア語と英語で書かれていました。

    日時計の説明がリトアニア語と英語で書かれていました。

    砂丘 自然・景勝地

  • この丘から見える砂丘の説明パネルです。林の部分が多くて、鳥取砂丘のような砂丘イメージとは大分異なっていました。

    この丘から見える砂丘の説明パネルです。林の部分が多くて、鳥取砂丘のような砂丘イメージとは大分異なっていました。

  • 丘から見た砂丘の様子です。どこにでもあるような海岸の砂浜のようにしか見えません。

    丘から見た砂丘の様子です。どこにでもあるような海岸の砂浜のようにしか見えません。

    砂丘 自然・景勝地

  • ニダ旧市街を少しだけ北に進むと、道路沿いに琥珀博物館(K. Mizgirio gintaro galerija-muziejus, Misko filialas)がありました。ドイツの団体さんが、この博物館に入って行きました。<br />1992年から開設されている博物館で、この地方で採れる琥珀が展示されれいます。大きな原石や加工した琥珀製品があり、この他、この地の芸術家による美術作品も展示されています。

    ニダ旧市街を少しだけ北に進むと、道路沿いに琥珀博物館(K. Mizgirio gintaro galerija-muziejus, Misko filialas)がありました。ドイツの団体さんが、この博物館に入って行きました。
    1992年から開設されている博物館で、この地方で採れる琥珀が展示されれいます。大きな原石や加工した琥珀製品があり、この他、この地の芸術家による美術作品も展示されています。

    琥珀美術博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 琥珀博物館の道路向かいの丘に教会がありました。ニダ福音ルーテル派教会で1569年に開設されたものだそうです。

    琥珀博物館の道路向かいの丘に教会がありました。ニダ福音ルーテル派教会で1569年に開設されたものだそうです。

    古いキリスト教徒の墓地 史跡・遺跡

  • 教会の隣に古いキリスト教徒のお墓がありました。墓地(ニダ族民族墓地)への入り口部分に説明パネルがありましたが、現地語(リトアニア語)のみで英語説明がないのは残念でした。

    教会の隣に古いキリスト教徒のお墓がありました。墓地(ニダ族民族墓地)への入り口部分に説明パネルがありましたが、現地語(リトアニア語)のみで英語説明がないのは残念でした。

    古い墓地 史跡・遺跡

    ニダに残るリトアニア古来の墓地 by AandMさん
  • トーマス・マン博物館(Thomas Mann Museum)です。町の北方高台にありました。トーマス・マンと家族が1930-1932年の夏をこの場所で過ごしています。1965年にクライペダ市が購入して博物館として公開されています。トーマス・マンに関連する物品や写真などが展示されており、ドイツを中心に沢山の国外観光客が訪問する場所となっています。

    トーマス・マン博物館(Thomas Mann Museum)です。町の北方高台にありました。トーマス・マンと家族が1930-1932年の夏をこの場所で過ごしています。1965年にクライペダ市が購入して博物館として公開されています。トーマス・マンに関連する物品や写真などが展示されており、ドイツを中心に沢山の国外観光客が訪問する場所となっています。

    トーマス マン博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 博物館入り口にあったトーマス・マンのレリーフ像です。

    博物館入り口にあったトーマス・マンのレリーフ像です。

  • トーマス・マンと家族が滞在していた当時の部屋の様子が展示されています。

    トーマス・マンと家族が滞在していた当時の部屋の様子が展示されています。

    トーマス マン博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 暖炉のある応接間です。滞在したのは夏季で暖炉は使用しなかったと思いますが、家の設備として立派な暖炉もありました。この家は丘の上にあり、家のベランダから内海と砂州が良く見えました。夏別荘として、とても良い場所にあり、トーマス・マンが気に入った理由も分かりました。

    暖炉のある応接間です。滞在したのは夏季で暖炉は使用しなかったと思いますが、家の設備として立派な暖炉もありました。この家は丘の上にあり、家のベランダから内海と砂州が良く見えました。夏別荘として、とても良い場所にあり、トーマス・マンが気に入った理由も分かりました。

  • ニダの町から167号線を南に2kmほど進むと、ロシア国境に到着します。この場所がリトアニア側の国境検問所です。今回の訪問ではロシア・ビザの取得はしていませんし、レンタカー会社もロシア領への乗り入れは禁止していましたので、ロシア訪問はできません。この場所で折り返さなければなりませんが、国境の様子に興味がありましたので、ここまで来てみました。<br /><br />暫く検問所手前にいましたが、国境線を通過する車両はありませんでした。リトアニア(ニダ)とカリーニングラード飛び地(ロシア)の車の出入りは殆ど無いようです。リトアニアでは結構の数の車が行き来していましたが、ロシア側を覗いてみても車の陰はありませんでした。国境検問所の職員も滞在しているだけで、実質的な検問作業は少ないのではないかと感じました。

    ニダの町から167号線を南に2kmほど進むと、ロシア国境に到着します。この場所がリトアニア側の国境検問所です。今回の訪問ではロシア・ビザの取得はしていませんし、レンタカー会社もロシア領への乗り入れは禁止していましたので、ロシア訪問はできません。この場所で折り返さなければなりませんが、国境の様子に興味がありましたので、ここまで来てみました。

    暫く検問所手前にいましたが、国境線を通過する車両はありませんでした。リトアニア(ニダ)とカリーニングラード飛び地(ロシア)の車の出入りは殆ど無いようです。リトアニアでは結構の数の車が行き来していましたが、ロシア側を覗いてみても車の陰はありませんでした。国境検問所の職員も滞在しているだけで、実質的な検問作業は少ないのではないかと感じました。

  • 検問所のリトアニア側道路沿いにクルシュー砂州のパネルがあり、観光場所の説明がされていました。観光スポットとして説明されているのはリトアニア側の砂州だけで、ロシア側の砂州には説明がありません。ロシア側からリトアニアを訪問する観光客向けのパネルのようですが、このパネルを見るロシア領経由の観光客は殆どいないのではないか、と感じました。<br /><br />今回訪問したクルシュー砂州は、地形的に特殊で大変珍しいと思います。ただ実際に訪問してみると、松林の中の道路が延々と続くだけで、砂州をドライブしている感じはありませんでした。「クルシュー砂州」の名称から、長大な砂丘が連続している光景を想像していましたが、期待は外れてしまいました。<br />ニダの町は、大陸の主要な町のクライペダなどから離れ、不便な場所にありますが、古くから人が住み、漁業や琥珀産業などで町として栄えていたことが分かりました。現在はリゾート地として発展しつつあります。以前は砂州の内海漁業が、今日では観光業の役割が大きくなっている、と感じました。

    検問所のリトアニア側道路沿いにクルシュー砂州のパネルがあり、観光場所の説明がされていました。観光スポットとして説明されているのはリトアニア側の砂州だけで、ロシア側の砂州には説明がありません。ロシア側からリトアニアを訪問する観光客向けのパネルのようですが、このパネルを見るロシア領経由の観光客は殆どいないのではないか、と感じました。

    今回訪問したクルシュー砂州は、地形的に特殊で大変珍しいと思います。ただ実際に訪問してみると、松林の中の道路が延々と続くだけで、砂州をドライブしている感じはありませんでした。「クルシュー砂州」の名称から、長大な砂丘が連続している光景を想像していましたが、期待は外れてしまいました。
    ニダの町は、大陸の主要な町のクライペダなどから離れ、不便な場所にありますが、古くから人が住み、漁業や琥珀産業などで町として栄えていたことが分かりました。現在はリゾート地として発展しつつあります。以前は砂州の内海漁業が、今日では観光業の役割が大きくなっている、と感じました。

    クルシュー砂州 海岸・海

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