2018/06/10 - 2018/06/17
859位(同エリア1501件中)
ひよどりさん
鳥栖に所用があり、4泊。
東京への帰り道、下関で途中下車、物見遊山で3泊。7泊8日の道中となりました。
下関では、唐戸セントラルホテルに3泊、唐戸市場、赤間神社、レトロな洋館を巡り、関門トンネル人道を通り、対岸門司港を散策してきました。
今回の旅行記は、神社仏閣を中心に下関の昼と夜の景色を、西から東の順で紹介してみたいと思います。
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4泊5日過ごした鳥栖を発ちます。
出発前にもう一度、「八起のアイスキャンデー」を食べ、更に、鳥栖駅ホームで「かしわうどん」も食べました。どちらも、途中下車して食べてもいいかなって思える懐かしい味です。
お昼過ぎの門司港行きの鹿児島本線に乗り、小倉で乗り換え、下関に着きました。 -
大歳神社 1
JR下関駅から300m程の所、駅近くのビル街の中にあります。
鳥居脇の説明板によると、奇兵隊を支えた豪商白石正一郎が攘夷必勝を祈願して奉納した大鳥居だそうです。 -
大歳神社 2
118段の階段を上ると、ビルの合間から、関門海峡が見えました。
案内板には、巌流島が望めるとありましたが、はっきり、確認できませんでした。
明治維新にゆかりのある場所に立ち、関門海峡を眺めていると、「ああ、下関に来たんだ」「ここが下関なんだ」って言う旅先ならではの到達感が湧いてきました。 -
大歳神社 3
階段は、下りの方がきついですね。
石段が波打ったように見えて、足が止まります。
鳥居の前は、旧山陽道、唐戸に繋がる道、宿泊先の唐戸セントラルホテルまで、歩いて行きます。 -
唐戸セントラルホテル 1
ここに3泊泊まります。
ちょっと変わったホテルです。
URの集合住宅の2階の一部がビジネスホテルとなっています。
更に、同じ建物内に、高齢者デイサービス施設もあります。
写真、緑の庇のある部分だけがホテルエリアです。
不思議と落ちつくホテルです。 -
唐戸セントラルホテル 2
末廣稲荷の裏手の為、窓の外は、緑だけ。
猫が散歩していました。
静かです。
フロントで、高校生の団体が泊まっているので、ご迷惑をかけるかもと言われましたが、気配も感じませんでした。 -
末廣稲荷神社 1
ホテルの窓から見えていた稲荷神社に行ってみました。
創建は平安時代、下関最古の稲荷神社、昭和20年の空襲で全焼、昭和28年に復興されましたが、損傷激しく、昭和61年に現在の社殿が造営されたそうです。
またこの辺りは稲荷町と呼ばれ、かつては、全国的に有名な花街でもありました。
壇ノ浦で滅んだ平家の女官が春をひさいだことに始まり、遊廓発祥の地でもあるそうです。
稲荷神社の正面に、現在は、第一ホテルになっておりますが、ここには、町最大の妓楼「大坂屋」がありました。遊びだけではなく、高杉晋作と伊藤博文との会談、イギリス高官の接待等が行われ、幕末期の歴史を動かしていた場所でもあります。
参考:「末廣稲荷神社」「大坂屋」説明板 -
末廣稲荷神社 2
朝、ホテルの窓から見た猫ちゃんが、最上段で寝そべっていました。 -
亀山八幡宮 1
稲荷神社から、海に向かって歩いて行きます。300m程で唐戸港です。
唐戸港一帯は、対岸門司への連絡船、巌流島クルーズの発着場、唐戸市場、商業施設カモンワープと賑やかなエリアであります。
亀山八幡宮は、その唐戸の海を見守る、下関の氏神様です。 -
亀山八幡宮 2
夜はライトアップされています。 -
亀山八幡宮 3
唐戸港、関門海峡が望めます。
右手の建物がカモンワープ、飲食店、土産物店、イベント会場等等からなる観光施設です。 -
亀山八幡宮 4
対岸、門司の灯りも見え、夜景も楽しめます。 -
亀山八幡宮 5
境内社、宮地嶽神社(左)と熊鷹稲荷神社(右)。 -
亀山八幡宮 6
夜の様子。 -
亀山八幡宮 7
夜間の熊鷹稲荷神社。 -
亀山八幡宮 8
稲荷神社の奉納鳥居。 -
亀山八幡宮 9
お稲荷様の前に、得体の知れない像。 -
亀山八幡宮 10
昼間見ました。
帽子をかぶり、着衣の像は何でしょう?
お顔は、狐?体は、人?
神様? -
亀山八幡宮 11
境内には、えびす宮もあります。 -
亀山八幡宮 12
おかめ明神もあります。
お亀明神です。 -
亀山八幡宮 13
亀もいます。 -
亀山八幡宮 14
ふぐもいます。
世界一のふぐの像です。
像の向こうに見える光が気になりました。 -
棒状に見えていた光は、テーマパーク「はい!からっと横丁」の観覧車でした。
光の色は、海を背景に何色にも変化してきれいです。 -
亀山八幡宮 15
玉垣には、この方の名前もありました。 -
亀山八幡宮 16
神社の掲示板です。
亀山八幡宮のお正月縁起物「大福梅」の梅酢でしょうか、6月ならではの貼り紙ですね。
夏越祭、楽しそうですね?
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引接寺三門 1
「いんじょうじ」と読みます。
亀山八幡宮の北東100m程の所にあります。
日清講和会議の際、李鴻章一行の宿舎となったことで有名です。 -
引接寺三門 2
両脇にも門が設けられ、内部の組み物も凝った造りです。天井には、龍の彫り物もあり、見応えのある門です。 -
引接寺三門 3
昭和20年の空襲は免れました。 -
引接寺三門 4
鏡天井の龍。
立派です。 -
引接寺三門 5
門右側の木立の中に藤原義江記念館があります。
また、木々に被われた崖の中に、李鴻章一行が春帆楼に向かって歩いた小径があり、李鴻章道と呼ばれています。
そして、春帆楼の隣が壇ノ浦に沈んだ安徳帝を祀った赤間神宮です。 -
赤間神宮 1
山陽道側から見上げた水天門。
関門海峡を見詰めるように建っています。
明治に至るまで、ここには、入水した安徳帝を供養するため、阿弥陀寺が建てられ、仏式で祀らわれておりました。
廃仏毀釈の際、赤間神宮に改められました。
戦災で堂宇が全焼し、再建時、海底に眠るの安徳帝の為に、竜宮城を模した門を建立したそうです。
この辺り一帯の町の名前は、今でも、阿弥陀寺町です。そして、東隣が壇ノ浦町です。 -
赤間神宮 2
平家終焉の地。
海を眺めてしまいますね。 -
赤間神宮 3
水天門から覗く、穏やかな海。 -
赤間神宮 4
拝殿。 -
赤間神宮 5
水天門から拝殿まで、赤間神宮は、日の光を受け、まぶしい程の明るさの中に佇んでおりました。
しかし、拝殿から、少し離れた南西の一角にある「耳なし芳一堂」と「平家七盛塚」は、薄暗く、湿っぽい空気が漂っていました。
平家の亡霊に取り憑かれた芳一を祀ったお堂、非業の死を遂げた教盛・敦盛・経盛等平家一門の供養塚・・・芳一の回りを飛び交った鬼火、船幽霊に柄杓の水で沈められた船の話・・・怪談の世界に足を一歩踏み入れたような気持ちになりました。 -
赤間神宮 6
七盛塚。 -
赤間神宮 7
14の墓石が整然と並ぶ平家一門の墓です。
後方には、供養塔(一石五輪塔)が無造作に置かれています。倒れているものもあります。
この墓所の成立は、石の形状から、江戸時代と言われています。
芳一堂から流れる、平家琵琶の音色と相まって、平家滅亡の物悲しさと、供養した者達の思いが伝わってきます。 -
赤間神宮 8
二位尼の墓石に抱かれたように置かれた小さな五輪塔。 -
赤間神宮 9
海峡守護『碇』
赤間神宮正面の海岸際のこの場所が、参道の入口です。雁木で海と繋がっています。
赤間神宮祭神のみたまを鎮め、海峡の安全を祈るために、昭和60年、源平合戦800年記念して
建てられました。
碇の形をしているのは、壇ノ浦で、滅びゆく平家一門の最後を見納めた知盛が、碇を背負い、海中に身を投じた話を所縁としている為です。 -
旅行記の最後に
春帆楼から、李鴻章道を歩いている時、見つけた墓石と五輪塔。
墓石には、江戸時代の年号と僧侶の名前が刻まれています。
赤間神宮七盛塚と似ており、阿弥陀寺に関連するのものでしょうか?
(説明板を見落としてしまったのかもしれません。)
平家滅亡と明治維新、講和条約の舞台となった下関、海峡の潮の流れや行き交う船舶を見ながらの史跡巡りは、歴史好きには至極の時間でした。
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