2018/05/02 - 2018/05/06
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satoshiさん
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2018年GWに南奥駈道を縦走したときの記録になります。
前年の2017年に北半分(吉野から前鬼)まで縦走して、今年は残り半分の南奥駈道を北から縦走しました。
南奥駈道は以前、各所からピストン(往復)で一応全コース歩いてますが、今回は南半分の縦走に挑戦します。
前年の北奥駈道は食事付きの山小屋や宿坊が1日分の距離ごとにある為、テントや食料を持っていく必要がないのですが、南奥駈は逆に道中食事がとれるところと言ったら最の前鬼小仲坊のみ。食料を持参しなくてはいけない。山小屋も間隔が少し合わず、どこかでテント泊を入れるか1日予定を増やすかなかなか計画が難しかった。
旅程
5月2日 業務終了後名古屋から新幹線で京都まで移動。京都から近鉄で近鉄奈良へ移動。近鉄奈良駅前の東横イン宿泊
5月3日 早朝近鉄電車乗り継ぎにて大和上市駅まで移動。大和上市駅から8:30発のコミュニティバスにて前鬼口まで移動。8:29前鬼口到着。前鬼口から前鬼小仲坊経由で太古の辻まで上がり、そのまま南奥駈道を南に進み奥守岳でテント泊。
5月4日 テント撤収後5:40頃出発。持経宿、平治宿を経由して行仙宿泊
5月5日 行仙宿5:00出発。笠捨山、地蔵岳、香精岳を経由して玉置神社泊
5月6日 玉置神社5:00発 熊野本宮大社13:40着。参拝後14:20の熊野交通バスにて新宮駅まで移動。新宮駅から15:31の普通にて津まで移動。津から近鉄特急で名古屋まで移動しました。
宿泊施設の予約は、東横インはWEBにて予約。行仙宿は連休中と多人数は必ず予約と管理をしている新宮山彦グループのHPにある為、1週間目にHPを参照に受付窓口の会員様に電話して予約。玉置神社は1ヶ月くらい前にHPで参籠(宗教施設の為、宿泊ではなく宗教行為を行うこととして参籠)の申し込み。その後誓約書や参考計画書の書類が郵送されてくるので2週間前までに玉置神社に到着するよう返送するといった手続きをしました。
旅行記を書くにあたって参考のコースタイムとして昭文社、山と高原地図51大峰山脈を参考に、各地のいわれ等の資料としてナカニシヤ出版、大峯奥駈道七十五靡(森沢義信著)(以下大峯奥駈道の本と記載します)を参考にしてます。
3日目(実際は4日めですが)として行仙宿から玉置神社までまとめました。
3日目は朝5:00に行仙宿を出発。相変わらずのゆっくりペースで他の登山者に抜かれまくります。中間地点と設定していた香精山の下りで下り対策用にとっておいたダブルストック装備。少しは楽になる。15:20に玉置神社に到着。玉置神社には15:30到着予定と伝えてあったのでギリギリ間に合いました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4:00に起床、山彦グループの方たちにお世話になりましたとご挨拶して5:00に出発。
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こちらは行者堂です。
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5分程度歩くと、から池と書かれた碑があります。多分道の左手になる窪地をさすと思われます。
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5:23大峰八大金剛童子の碑が見えてきました。
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L字型に曲がったヒメシャワの木が見えてきます。
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笠捨山が正面に見えてきました。この辺までは周りには誰もいませんでしたが、この辺で行仙宿で一緒になった登山者に次々抜かれていきます。私は足が恐ろしく遅いので早出したのですが、皆さんかなり早いペース。そんなに早く進んで今日どこまで行く気なのだろうか?
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笠捨山の激登り後、6:42第18番靡笠捨山の頂上到着。すでにコースタイムの20分遅れ。先に到着した登山者の方たちも休憩されてましたが、次々出発されていきました。私は荷物をまとめながら5分の休憩をいれます。
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行場の様子。後から思い返すとこの笠捨山の登りがこの日一番の登りでした。6:47出発。
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笠捨山からの激下り後、7:13葛川辻到着。コースタイム通りの25分で来れました。
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葛川辻を進むと高圧線の鉄塔が見えてきます。こんな山奥まで鉄塔を立てる電力会社の努力には頭が下がります。
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槍ヶ岳に向かう途中鎖場が出てきました。しばらく鎖が続きます。
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7:50頃第17靡槍ヶ岳を廻りこんだ先にある碑。頂上まで数分で上げれますが今回はパス。
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槍ヶ岳の西から見た全景。逆光になってうまく撮影できませんでした。
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槍ヶ岳から地蔵岳まで鎖場の連続ですが、尾根や頂上に上がると北側に素晴らしい展望が広がります。
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8:00丁度。地蔵岳頂上到着。金色の可愛らしいお地蔵さんが置いてあります。岩場を廻った先に石造りのお地蔵様が安置されてます。
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頂上裏のお地蔵様。
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頂上から10分程度進むと地蔵岳名物の6m直下の鎖場に突然出ます。右の銀色の鎖は荷物(バックパック)用。左の鎖が人用です。今回50Lバックだったので荷物用の鎖で先に荷物を降ろしてから降りました。
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6m直下の鎖場を下から見ます。ここは2度目ですが、実は足掛かりがある為そんなに難しくない。一山先の下りの鎖の方が足掛かりがなくて難儀しました。この先で行仙宿で一緒になった方が追い付いてこられました。しばし一緒に歩く。
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道端に不動明王の像がありました。
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第16靡四阿宿到着。一緒になった方から柑橘系の果物を一切れ頂く。久しぶりの果物。すごく美味しい。
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9:00、第15靡菊ヶ池到着。この菊ヶ池の碑は現在の奥駈道沿いではなくわずかに東に平行に走っている道沿いにあります。菊ヶ池の碑を通り過ぎて拝み返しの碑に出たら、もう一本東に平行に走っている道を1分程度戻れば出会えます。
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9:01第14靡拝み返し到着。
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やがて檜之宿跡の碑があります。醍醐三宝院派の靡きとなるそうです。
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9:32、第13靡香精山到着。地蔵岳からのコースタイムで20分遅れ。一応目標の9時台に香精山に到着。まあ、ところどころ休憩したし、こんなもんか。ここでも10分休憩。9:42出発
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香精山からの長い下り。滑りやすい激下りだったかと思えば膝に来る長く緩い下りになったり結構しんどい。途中で下り用にとっておいたダブルストック装備。意外と登り返しでも活躍。ストックもっと早くから出せばよかった。
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滑り落ちそうな激下りのあと、岩のたもとに貝吹之野の石碑がありました。10:20頃
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10:27、塔の谷峠着。コースタイム35分のところ10分遅れ。石碑には金剛童子塔ノ谷とあります。
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塔の谷から少し登り返してしばらく進むと古屋の辻に出ます。西の麓にある21世紀の森への分岐になります。11:18
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しばらく水平な尾根道が続きます。この辺は古道っぽい。
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11:24、第12靡古屋宿跡です。
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しばらくすると上り坂になり、頂点で右手に一旦迂回するように道が区切られてます。そこが第11靡如意法珠岳です。標識には如意法珠岳とありますが、石碑には千眺之森とあります。11:36
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しばらく狭く緩やかな道を進むと蜘蛛の口到着。上葛川集落への道の分岐になります。11:50。塔ノ谷峠から80分。コースタイムより10分遅れ。
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11:58頃稚児の森到着。
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やがて奥駈道は京の谷大谷林道に接続。3日ぶり文明との再会。
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一旦アスファルトの道に出て再度山道に入ります。奥駈道を解説する看板が下界に降りてきた感をかもし出してくれます。花折塚まで何度かアスファルトとの接続がありました。
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再び山道に入り斜面を延々トラバースしながらダラダラした登りが続きます。12:30頃、水呑金剛の碑がありました。
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斜面を登りきり林道を横切り少し進むと花折塚に到着しました。後醍醐天皇の長男、大塔宮の家臣の片岡八郎の墓所だそうです。すっかりバテてここで10分休憩。13:20着。蜘蛛の口からのコースタイムで10分遅れ。13:32出発。
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5分位歩いたら再び車道と接続。今度はしばらく車道を歩きます。
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更に5分位歩くと右手に展望台が見えてきます。
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展望台です。こちらには公衆トイレもありました。
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展望台からの眺め。谷間に見える集落らしいところは多分折立の集落。遠くには伯母子岳まで見えるようです。
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こちらは北東方向の眺め。一番高い山はこの日の早朝歩いた笠捨て山。左の2つの尖りの右手が地蔵岳。ずいぶん歩いてきました。
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展望台を出た先、本当はしばらく車道を進むのですが、車道の左手の林の中に踏み跡とピンクのテープ(通常ルートを示す)があり間違って林の中に進んでしまいます。ピンクのテープ通り進むとそのうち植樹が伐採されてとてもじゃないが歩けない状態。どうもピンクのテープは植林の所有者がマーキングに使っているようだ。紛らわしい。地図をよく見ると車道を歩くとなっている。同様にミスリードされた登山者に道が間違っていると説明。車道に戻ります。時間を無駄にした。
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14:33世界遺産碑到着。道間違いの為に20分近くロスしたようです。ここまでくると里山に戻ってきたような感じがします。
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世界遺産碑の裏から山道になります。かつえ坂(飢え坂)というあんまりうれしくない名前の坂を玉置山山頂まで登っていきます。
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かつえ坂です。途中踏みしろが分からなくなったり道に迷うことが多かった。
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15:00頃玉置山山頂到着。コースタイムの比較はこの区間は意味ないんでしません。普段着の観光客が何組か見えてました。ここ数日登山者スタイルの人しか見てなかったので新鮮です。
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玉置山山頂にある沖見地蔵です。
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山頂から下って玉置神社に向かいます。急坂ですが、観光客の方たちは革靴とかで登ってきてます。
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玉置神社まで下っていく途中、霊石三ツ石神祠という祠がありました。
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その直ぐ下に玉石社があります。古代の信仰様式を残しているそうです。玉置という名はここから来たそうです。
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境内に入り、まず摂社三柱神社をお参りします。
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坂を下りて社務所前に来ました。
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お神酒を頂きます。玉置神社は何度か訪れてますが、お神酒を頂くのは初めて。奥駈道歩いてきたし御褒美として頂きました。
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社務所を南側から撮影。玉置神社は社務所と台所が重要文化財に指定されており、その関係で世界遺産の構成資産の一つとされています。
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そして本殿に御挨拶と世界平和を祈っての祈願。なにかここって霊験ありそうな雰囲気で一杯ですね。好きな神社の一つです。このあと社務所に行き参籠(宿泊)の手続きをします。概要にも書きましたがここの参籠(宿泊)は宗教行為を目的として山行計画書と誓約書を提出。最低でも前鬼から縦走することが条件となります。又、誓約書にブログ等にアップする場合神社の許可がいるそうです。許可を貰うのにどうすればよいか伺ったら、簡単に泊まれる宿泊施設と勘違いされる方がいるので誤解が無いよう記載してほしいとの事でした。というわけでクドクド書きました。あっ第10靡でした。
玉置神社 寺・神社・教会
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部屋に案内されたら行仙宿でご一緒した行者さんと同室になりました。この方は笠捨山で私をぶち抜いていった方たちのお一人です。何時に玉置神社に到着したか伺ったら12:45頃との事でした。やっぱり速いなあ。一服して16:00頃ジュースと食べ物が欲しくなり駐車場の売店へ向かいます。写真は神代杉です。玉置神社もゆっくり見学したいのですがとりあえず現世利益追求でジュースゲットを目指します。
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駐車場で地蔵岳でご一緒した方と再会。この方は新宮山彦グループにも入っておられたそうで、いろいろこの辺の事を教えていただきました。この日は駐車場でテントを張るそうです。ジュースの自販機を見るとほとんど売り切れ。仕方ないのでリンゴジュース購入。食堂も名物のサンマ寿司やめばり寿司は売り切れ。シイタケうどんを頂きました。
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駐車場からの入口の鳥居。このあと社務所の中の見学をお願いしたら本日終了ですと言われました。残念。
玉置神社ですが、以前は食事が出たらしいのですが、今は出ません。頂いた手紙には「食中毒の危険をかんがみ・・・」云々書かれてましたが、聞いた話では賄いを作る人がいないそうです。又、境内では火器使用厳禁となっており、食事はどうすればよいか気になっていたのですが、お湯はポットに入ったものが貰えました。 -
部屋です。隣の部屋は団体の行者さん6人です。掛湯のお風呂を頂いて持参のアルファ米で食事を頂きます。消灯時間20:00まで行者さんと楽しいお話をさせていただく。宗教のお話をさせていただき勉強になりました。南奥駈道4に続きます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Takashi_SKさん 2018/11/07 13:42:46
- 行仙宿と翌日、東屋岳、玉置神社でお会いしました
- たまたまWEB で南奥駈道の記録を拝見しました。半年前のことを懐かしく思い出します。あの後、6月、7月は大日岳の大日如来像の修復、8月は小辺路・果無峠越から持経宿、平治宿の点検、9月は行仙宿の整備など山彦ぐるーぷと一緒に大峯へ行ってきました。12月は前鬼から行仙宿まで歩きたいと思っています。 by Shiki
- satoshiさん からの返信 2018/11/09 22:29:30
- RE: 行仙宿と翌日、東屋岳、玉置神社でお会いしました
- ご返事遅くなりました。その節は色々教えていただきありがとうございました。実は新宮行のバスの車窓からShikiさんが本宮に向かわれて歩いている御姿をお見掛けしていました。暖かくなったら又奥駈道を訪れてみたいと思います。またどこかでお会いできるといいですね。
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旅行記グループ 2018年5月大峯南奥駈道縦走
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