2017/11/22 - 2017/11/25
3243位(同エリア4770件中)
まるなさん
かねてよりマカオに行きたいといっていた相方さん。
でもね、台湾に行ってきたばかりじゃない?
なんて渋っていたら、「連れて行ってあげる(お金は出してあげるよ)」
「あ、行く、行く。」
ということで、マカオに行ってきました。
11月22日 セントレア発 → 香港 → フェリーでマカオ
11月23日 1日中世界遺産を歩いて回る
11月24日 コタイのメガリゾートでへとへとになる
11月25日 フェリーで香港へ → セントレア着
たくさん歩いた旅行でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
PR
-
おなかも満たされたことだし、再び世界遺産めぐりです。
今度は半島の西側を歩くことにしました。
セナド広場から左手に坂道を登っていきますが、こちらはあまりメジャーではないのか人通りが少ないです。
まずやってきたのはドン・ペドロ5世劇場。
あらやだ、逆光だわ。 -
そんなにかわらないか。
<ドン・ペドロ5世劇場>
中国ではじめての西洋式劇場で、その名称はポルトガル国王ドン・ペドロ5世(在位1853年~1861年)に由来します。
設計はマカオ生まれのポルトガル人、ペドロ・ジェルマノ・マルケスが担当、中国最初の西洋式劇場です。
主要部分は1860年に建築され、正面は1873年に増築されました。
座席は276席あり、当時のマカオに住むポルトガル人の重要な社交の場でした。
建物は新古典様式で、前面にロビーがあり、観客は円形になっています。
両側の長い廊下で休憩することができ、階段で二階にあがればバルコニー席があります。
劇場の正面フファサードには幅が15.7メートルのローマ様式のアーチがあり、最上部は三角形の切妻になっています。
下にはイオニア様式の4本の柱が3つの空間を飾り、側面にはローマ式のアーチ窓が9つ配置されています。 -
では、中に入ってみましょう。
休憩ができる長い廊下の脇の階段で、まず二階へ。 -
あ~ステージが見える。
なるほど、円形だ。 -
ロビーもおされ。
着飾ってオペラとか見てみたい。 -
劇場を出て左手の建物の中がちらっと見えました。
素敵なアズレージョが見えました。 -
客室のような浴室のような。
改装中のような、修理中のような(一緒か)。 -
次に向かったのは、ロバート・ホートン図書館。
<ロバートホートン図書館>
1894年以前に建てられ、香港の豪商ロバート・ホートン(何東)が1918年に購入し、マカオ滞在の際に住居として利用した建物です。
1955年にホートン氏がこの世を去り、遺族は故人の遺志により建物と2万5千香港ドルをマカオ政府に寄付、公共の図書館へと姿を変え図書が購入されました。
1958年に正式に開放され香港・マカオで唯一の庭園を備えた図書館になりました。
二階は古書を所蔵し、貴重な古書としては嘉業堂の蔵書が16種類あります。古い宗教書籍や線装本という中国式の糸綴じ本や、中国語ポルトガル語辞書、中英辞書など5000冊を所蔵しています。
建物の前には広々とした庭園が広がり、噴水や小さな丘があり、静と動がバランスよくミックスされています。
後ろに広がる下段は静かで優雅、自然の大地が生かされた屋外の閲覧場所となっています。
今なお現役の図書館で、館内では静かに読書をしていらっしゃる方もたくさんいらしたので、写真は図書館の前だけで。
やわらかい光が差す、とっても居心地のいい図書館でした。
-
図書館のすぐ隣に聖ヨセフ修道院および聖堂がありました。
しかしこちらは裏門で、入ることはできません。
入ろうとしたら、警備員の方に「ここからは入れないよ。」とジェスチャーで言われました。
この一角に聖オーガスティン教会もありますが、残念ながら修復作業中で足場の中でした。 -
坂道を下って聖ローレンス教会に来ました。
あ、こちらも裏門です。
そして絶賛修復中。 -
門に近寄ったら開いていたので、入ってみました。
(ほかの観光客も入っていったし。) -
ガイドブックには、「聖ローレンス教会」って書いて歩けど、世界遺産の説明文には、「聖ローレンソ教会」って書いてあるんだよね。
このアーチには、St.Lawrence Churchって書いてあるから、聖ローレンス教会が正しいのかも。 -
<聖ローレンソ教会>
聖ローレンソ教会はもともと1560年以前にイエズス会によって建てられ、マカオでは最も古い3つの教会の一つに数えられています。
最初は簡素な木造建築で1618年に改修され、現在の規模のものは1846年マカオの建築家、トマス・アキノの設計に基づき修築されました。ブ
ライア・グランデ湾(南湾)が開発される前、この教会は浜辺に面していたためポルトガル人船乗りの家族は教会の石段に集まり、公開の無事を静かに祈ったといわれています。
「風順堂」といもうひとつの呼び名は順風順水を祈る、その故事に由来します。
教会は新古典様式建築で内部は優雅かつ品格を感じさせます。周りのステンドグラスは聖書をモチーフにした図案とモダンなデザインが融合し、複雑さと簡素さがマッチ、町の喧騒なかに静けさが感じられます。
と、とっても素敵な内部のようなんですが、外が修復中なら当然内部も修復中で、見事にブルーシートな景観でした。 -
ここで航海の無事を祈ったんでしょうね。
で、もと来た門から出ようとしたら、通行禁止の紙が貼ってありました。
やっぱり入っちゃいけなかった? -
裏から入って正面から出て、坂道を下ります。
先ほど裏から見た聖ヨセフ修道院の正面に来ました。 -
では、入ってみます。
-
<聖ヨゼフ(ジョゼフ)神学院と聖堂>
聖ヨゼフ神学院(修道院)は1782年にイエズス会によって設立されました。
神学院に連結した聖堂は1758年に落成しました。聖ヨゼフ神学院はかつての聖パウロ学院とともにイエズス会宣教師たちが、中国本土、日本、および近隣地区へ伝道に赴く際のマカオの基地を形成していました。
聖堂は聖母教会と同じように中国では稀なバロック様式です。主祭壇には聖ヨゼフが祭られ、左右の両祭壇にはキリストと聖母マリア像が祭られています。
聖堂の正面はギリシャ十字形で4つのヴォールトに支えられたドームは、直径が12.5メートルで高さは19メートル、風通しと採光のために2層の円環部に各々16個の窓が取り付けられています。聖堂内には聖フランシスコ・ザビエルの前腕骨が収められています。
それはかつて聖母教会に収蔵されていたものです。 -
中に入ってみます。
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主祭壇
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高さ19メートルのドームの天井。
-
西日が差して、ちょっと素敵な写真になりました。
派手さはないけど、なんか落ち着きます。 -
入り口の上にはパイプオルガンがありました。
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主祭壇の手前にあった、最後の晩餐(のように見える)
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ここにフランシスコ・ザビエルの前腕骨が収められています。
見学しているときに、日本人のグループが来ました。
そのグループにはガイドさんがついていたので、ガイドさんの説明も聞くことができました。
(だって、聖堂内って声が響くんだもん。) -
聖ヨセフ教会を後にして、リラウ広場を目指してまたまた歩き出します。
地図を見ながら歩いていたら、なにやらたくさんの警察官がいました。
なにかあったのかしら?
と思った場所が、リラウ広場でした。
でも、たくさんの警察官がいて、写真を撮ったらいけない雰囲気だったので、写真はなし。
そしてこの近くに鄭家屋敷があるのでそちらに行ってみました。
ら、ここでもなんかものものしい雰囲気でした。
「入ったらあかんのかよ?」的なオーラ(どんな?)を出しながら、「ここって入場料いるの?」なんて思いながら門をくぐったら、
「Where are you from?」
「(え?お金、いるの?)From Japan.」
「Japan? OK.」
そのまますんなり通してくれました。
どうやら入場者がどこから来たのか調べているみたいです。
と、思いたい。
もし、日本人じゃなかったら・・・何かあったんでしょうか?(^^;) -
<鄭家屋敷>
中国近代の著名な思想家で実業家、慈善家、鄭観応の旧居でその建築年代は1869年までさかのぼることができます。
彼の不朽の著作「聖世危言」もここで著されました。この著作は清の光緒帝や、孫文、毛沢東などに影響を与えました。
屋敷は父の鄭文瑞が建てた塀で囲まれた院落(中庭)式の大邸宅で、マカオで唯一の永禄大夫の住居です。
敷地は4000平米、奥行きは120メートルあまり、順番に大門、離れの居室、門楼とあり、門楼の後ろに領南の伝統的な院落式の建築様式で建てられた二棟の母屋があります。
居室同士は広く長い通路で結ばれ、門楼は母屋と離れを隔て秩序だったものになっています。母屋の南はもともと庭園に面し、若干の建物がありましたが惜しむらくは売却され住宅が建てられています。
この邸宅は中国嶺南地方様式ですが、普通の中国式住宅とは違っています。
特に梁が持ち上げられた大広間が二階に位置するのはほかにあまり例がありません。
このほか、建築の細部にわたって外来文化の影響が見られます。
天井のプラスター模様や、戸のかまち上部の窓枠の上部に見られるもよう、外壁の塗装などは西洋の影響を受けたと見られます。 -
どこまでも広い。
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この建物の左手奥がお手洗いでしたが、女性用は使えませんでした。
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豪華な調度品。
-
鄭家屋敷のあとは、ペンニャ教会に向かいます。
しかし坂が多い。
昔ながらの住宅の向こうに、近代的な建物が垣間見えます。 -
この坂を上り切ったところで、このまま坂道を登るか、公園から延びる階段を上るかしばし思案。
そこへ日本人じゃないアジア人がペンニャ教会の場所を聞いてきたので、指差しで教える。彼女らが坂道を選んだので、私たちも坂道を選びました。(これが後に幸いする。)
ペンニャ教会の入り口。 -
ここは高台にあるので、眺めがとってもいい。
マカオタワーが一望できる公園もあります。(このときは整備中) -
ペンニャ教会に到着。
-
<ペンニャ教会>
オランダ船の襲撃から逃れた船員や乗客により1622年に創設された教会。
海の聖人ノートルダム・ド・フランスを祭り、出航する船乗りたちが祈りを捧げた。
マカオの街並みを見渡す眺望もすばらしい。 -
ここからもグランドリスボアはよく見える。
そして、この木の下が先ほど道を聞かれた公園になりますが、公園から延びる階段は、教会の手前で通行止めになっていました。
坂道を選んでよかった~
グランドリスボアがみえるぅ~と喜んでばかりもいられない。
あそこからここまで歩いてきたわけだけども、ここからあそこまで歩いて帰らんといかんわけですよ。
ということで、坂道を下る。 -
かわいらしいピンクの建物は、ポルトガル領事公邸(だと思う)。 マカオ政庁政府總部。
マカオ政庁は19世紀にアントニオ・アレキサンドロ男爵の個人の邸宅として建てられました。
その後、1999年12月までマカオ総督府として活用されていました。 -
この辺はるるぶによると、夜景ウオッチングポイントらしい。
相方さんはマジックアワーの空とマカオタワーを撮りたいらしいが、ちょっと雲が多いねぇ・・・ -
さて、思えば遠くまで歩いてきたもんだ。
と思いながら歩いてきたらなんと、グランドエンペラーホテルまできてしまった。
思いのほか近かった。
グランドエンペラーというぐらいだから、馬車だってある。 -
衛兵さんだっている。
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いったんホテルに戻ることにして、ホテルのベーカリーへの通路で見つけた大阪のおばちゃんが好きそうな服はけーん。
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で、ベーカリーでエッグタルトを買おうと思ったら、ケーキがおいしそうだったのでケーキにしました。
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さて、これから夜景を撮りに行こうと思っていますが、思っていてもなかなか日が暮れてくれない。
明日はWYNNのシャトルバスでコタイに行くつもりなので、WYNNに下見にいきました。 -
小さいけどね、噴水もあるですよ。
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ちらっと中にも入ってみました。
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この奥がカジノの入り口です。
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