2017/11/22 - 2017/11/25
3435位(同エリア4959件中)
まるなさん
かねてよりマカオに行きたいといっていた相方さん。
でもね、台湾に行ってきたばかりじゃない?
なんて渋っていたら、「連れて行ってあげる(お金は出してあげるよ)」
「あ、行く、行く。」
ということで、マカオに行ってきました。
11月22日 セントレア発 → 香港 → フェリーでマカオ
11月23日 1日中世界遺産を歩いて回る
11月24日 コタイのメガリゾートでへとへとになる
11月25日 フェリーで香港へ → セントレア着
たくさん歩いた旅行でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
-
朝です。今回のツアーはホテルでの朝食がついています。
エレベーターでレストランへ向かいます。 -
グランドリスボアは朝からきらきら。
-
リスボアホテルの中のベーカリーのパンがおいしいと評判のようです。
自家製のFig Jam(いちじくのジャム)容器がかわいい。 -
おいしそうなペストリー。
-
エッグタルトもありました。
滞在中に食べる予定。 -
レストランが開きました。
開店一番に来るのは日本人と中国人。
でも、割と民度が高いのか、列に並んでいます。
中国人が殺到したので、人がいないところから撮影。
まずはパンコーナー。
マフィンがおいしそう。 -
ペストリーはベーカリーに並んでいたものと同じもの。
これはうれしい。 -
フルーツとヨーグルト。
ドラゴンフルーツが甘くておいしかった。
日本ではドラゴンフルーツなんてめったに食べないからたくさん食べました。 -
シリアル各種。
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ホットミール各種。
アメリカンなものからチャイニーズなものまで各種ありました。
ご飯ものはおかゆもありました。さすが中華圏。 -
野菜もフレッシュなものがありました。
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最近は見ているだけでお腹が満たされてしまう。
取り合わせがよくわからん。 -
卵料理は目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツを好みで焼いてくれます。
でも、オムレツというより卵焼き。おいしかったですけど。 -
パンとフルーツがおいしかったので、たくさん食べました。
あと私はおかゆも食べました。
これがなかなかにおいしい。 -
今日はこれから観光しながら食べ歩く予定なので、ほどほどにしておきます。
レストランの入り口近くにあった、泊まったホテルの模型。 -
入り口には怪しい雰囲気の噴水。
-
それでは世界遺産観光に出発します。
目印のグランドリスボアを眺めながら、大通りを歩くこと約10分でセナド広場に到着しました。 -
朝早い時間なので、まだ観光客の姿も少ないです。
しかし噴水のところには、クリスマスの準備をするのか柵がありました。
<セナド広場>
マカオを代表する広場で、さまざまな祝典や催事の会場としても使用される。
美しいモザイクタイルの石畳が有名だが、これは1993年にポルトガルの敷石職人が手がけたもの。 -
振り返ればレアル・セナド。
<民政総署大樓>
統治時代にはポルトガル議会として使われていた。
2002年1月1日から、マカオの地方自治局「民政総署」として設立。
中には美しいアズレージョがあるらしいですが、開館前だったので後で入ろうと思っていたら忘れました。 -
噴水のまわにりなにか設置するっぽいですね。
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歩き出す前にもう一回振り返ります。
左の足場で覆われている建物は、中央郵便局です。 -
中国圏なんだけど、ヨーロッパの雰囲気です。
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噴水の向こうまで歩いてみました。
みなさん向かう先は同じようです。 -
まだ早い(といっても8時ごろ)なので、観光客も少ないです。
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地面のタイルが美しい。
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<仁慈堂大樓>
1569年にマカオの初代司教D・ペルシオール・カネイロによって設立され、事前・救済事業で名を上げました。仁慈堂はz中国で始めての西洋医学を施す病院を設立しました。その白馬行病院は乳児質やハンセン病病棟、養老院や孤児院などを併設しました。仁慈堂の建物は18世紀中葉から建設が始まり、1905年にはアーケードが増設され現在の姿になりました。その建築様式は新古典主義で、堅牢な花崗岩の石柱が白い壁を支え、変化に富んだ列柱が目を引きます。
開館前だったので、中に入れず。 -
では、先に進みます。
そして相方さんが見切れる。
11月のマカオ、思いのほか寒かったです。
日本から着ていった服装のまま過ごしました。 -
セナド広場方面を振り返ってみました。
-
おお~なんか気になる路地。
忘れなかったら行ってみよう。 -
壁の案内板もタイル。
ドミンゴ大通りってとこかな。
青と白のタイルがきれい。 -
聖ドミニコ教会と聖ドミニコ広場。
ここも朝早いと人が少ない。
そして早すぎて中に入れない。
空の色はいいんだけど、建物の影になって下のほうが暗くなってしまいますね。 -
<聖ドミニコ教会>
1587年に建設され、ドミニコ修道会が中国で初めて建てた教会です。
最初は木の板を使って建てられたため、地元の人は「板障廟(板張りの廟)」または「板樟廟」と呼んでいました。
また、薔薇の聖母を祀っていたことから「?摩瑰堂(薔薇の教会)」との名前がつきました。
1929年からポルトガルのファティマの聖母があがめる教会とされ、毎年5月13日にはファティマの聖母の巡礼が行われて、マカオ・カトリックの重要行事になっています。教会の建築は威風堂々、4階建てで左右対称、3階はドミニコ修道会の紋章が中央に据えられ、荘厳かつ神聖さを感じます。内側の設計はパシリカ形式で、中央の身廊と側廊があります。
主祭壇は奥行き、幅ともに広く、重なり合う柱には見事なカーブを描く花が彫られ、美しく細やかなうねりを見せ、華麗なバロック様式を見ることができます。
教会は1997年に修復され、鐘楼に開設された「宗教美術館」には、300点あまりのマカオ・カトリックの貴重な文化財が所蔵・展示されています。 -
お昼近くになると全体がきれいに見えるかも。
そのときは人もたくさん写るかも。
人がいないのはいいけど、開館前でことごとく中に入れない。
早く来すぎるのもよくない。 -
お土産屋さんが並ぶ通りを進んでいきます。
時間が早いので、まだお店も開いていません。 -
ガイドブックにも乗っている有名なお店。
でも、まだ開店準備中。
帰りに寄ってみよう。 -
この道を突き当たったところに、ありました。
聖ポール天主堂跡
マカオで一番人気の場所。
ここまでくる道のりには余り人がいなかったので、そんなに混雑していないだろうと思っていましたが、なんのなんの。
大陸観光団が何台もの大型バスで乗り付けていました。
バスで来たからセナド広場にはいなかったんだな。
この日はいいお天気だったので、ファサードをバックに写真を撮る人が引きもきらず。
この写真は望遠で撮っているので、ファサードまではまだ距離がありますが、この人だかりを見ると近づくのもためらわれる。 -
なんか有名な像らしいですが、日陰になってしまって真っ暗です。
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とりあえず記念写真。
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私は一日一回のこのポーズ。
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もう少し近寄ってみましょう。
ここにいるのは9割がた大陸観光団です。 -
<聖パウロ学院教会(天主堂)前壁>
通称「聖パウロ天主堂跡」と呼ばれる教会前壁は聖パウロ学院教会(聖母教会)の一部です。
聖母教会は1602年から1640年にかけて建設されましたが、1853年の大火で教会も学院も消失しました。
地元での一般的な呼び名は「大三巴牌坊(だい さん ぱ ぱいふぉん)」です。これは中国式の牌楼によく似ているためで、「三巴」は「サンパウロ」の当て字で、前に「大」をつけてもうひとつの小三巴教会と区別したのです。
前壁は横23メートル、高さ25.5メートルでバロック様式に東洋的色彩が加えられた設計になっています。5段からなるファザード形態は独特です。一番下の段にはラテン語で聖母を意味する「MATER DEI」と彫られています。その上の段にあるのはイエズス会の4人の聖人(向かって左から、フランシスコ・ポルジャ、イグナチウス・ロヨラ、フランシスコ・ザビエル、ルイス・ゴンザガ)のブロンズ像です。
その上の段には聖母マリア像があり、、7つの首を持つ怪獣や帆船、漢字による警句が彫られています。同じ階の両端には中国風の獅子の怪獣(吐水口)が見られます。さらに上の段にはキリスト像、その両側には受難の際の拷問具の浮き彫りが配置されています。最上段の三角形の破風中央には、聖霊を表す一羽の鳩が見られ、その上にはカトリック信仰のシンボルである十字架が置かれています。
ファサードは全体として東洋と西洋の建築が融合した特長を持ち、世界のカトリック教会の中でもまたとないものになっています。 -
ラテン語で「聖母」を意味する「MATER DEI」
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フランシスコ・ポルジャと、イグナチウス・ロヨラ
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フランシスコ・ザビエルと、ルイス・ゴンザガ
ん?フランシスコ・ザビエルがいない? -
聖母マリア像
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7つの首を持つ怪獣や帆船
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横たわったガイコツの足元に、漢字による警句が彫られています。
なんて書いてあるのかちょっと不明。 -
同じ階の両端には中国風の獅子の怪獣(吐水口)が見られます。
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左右にちゃんとあります。
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さらに上の段にはキリスト像、その両側には受難の際の拷問具の浮き彫りが配置されています。
-
最上段の三角形の破風中央には、聖霊を表す一羽の鳩が見られ、その上にはカトリック信仰のシンボルである十字架が置かれています。
-
ちゃんとみると、なかなか興味深いです。
下にはたくさんの人が写り込むので、人を入れないようにするとこうなる。 -
できるだけいれないように。
黄色い服の人は、キメポーズ撮ってます。 -
近くまで来たので記念撮影。
日本人的記念写真。(面白みのない写真ともいう。)
後ろの女性はだぶん中華系。ポーズが決まるまでかなりの時間を費やしています。
左端の男性。先ほどから自撮りをしていました。 -
私はちゃんとファサードが全部入るように写真を撮りますが、相方さんが撮るとこうなる。
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ちゃんとてっぺんまでいれようよ。
そして、自撮り画像の確認中のこの男性。
ファサードの角度を確認してからの・・・ -
このポーズ!!
写真撮影とはかくありたい。(のか?)
そしてどんな写真が撮れたのか、見たかった。 -
正面から撮りたくてもこの人だかり。
まぁみんな撮りたいんだからしょうがないよね。 -
あ、帽子の人が写っちゃった。
-
<ナーチャ廟と旧城壁>
ナーチャ廟は聖ポール天主堂跡のすぐ横にある、1888年創建の小さなお寺。
ナーチャとは暴れん坊の男の子で、孫悟空にも登場します。
武芸の達人で、疫病退治の神様として有名です。
ナーチャ廟に隣接して、同じく世界遺産に認定された旧城壁があります。
この壁は17世紀初期にポルトガル人が外敵を防ぐために築いたもの。
材料はシュナンボーという、土砂、わら、牡蠣の貝殻を混ぜたもので出来ています。
こちらはるるぶの解説。
水平を合わせたつもりが曲がってる。
左肩が下がっているのか、右肩が上がっているのか・・・
大聖堂前はものすごい人でしたが、すぐ裏手にあるナーチャ廟には観光客がいませんでした。 -
<ナーチャ廟>(那咤廟)
清朝の光緒14年(1888年)に建てられ、光緒27年(1901年)に改築されました。
廟内には神話に登場する托塔大王・李靖の三男ナーチャが祀られています。
一種の民間信仰とも言え、地元色が色濃く見られます。
二進式のレンガと木材を使った建築で、非常に小さく、正殿とその前の入り口の間で形成されています。
中央には明り取りがなく、伝統的な中国式の廟建築としては珍しいものです。
部屋の三面はレンガを積んだものではなく、黒い木材で囲まれています。
屋根は正面から石柱と正殿の山形の壁の梁で支えられ、屋根の上には大海亀と両脇に宝物が向き合っており、屋根の両側は天の方に突き出しています。
飾りは素朴で質素、生活に密着したかわいらしい魅力の小さな廟です。 -
反対側は生活のにおいのする坂道。
-
<旧城壁>
17世紀当事にポルトガル人の建てた城壁の一部です。
ポルトガル人が築いた城壁としては最も古くは1569年(明朝の隆慶3年)までさかのぼることができます。
中国の官吏の反対に遭い、城壁は建てられては壊されました。
1632年、ポルトガル人は外敵(オランダ人)から守るとの理由でマカオ北部に城壁と砲台を再建し、マカオ全体は西部の内港以外の北・東・西に三面すべてを城壁を築いて囲いました。
そして各要塞に砲台を置き、強固な軍事要塞としたのです。
土を固めた壁は泥や砂、細かい石、わら、貝殻を砕いたものなどが層になっており、非常に堅固なものです。
現存するものは長さ18.5メートル、高さ5.6メートる、幅1メートル余で、壁にはアーチ状の門がひとつ開いています。 -
たぶん銘板もかねてんだろうな。
読めないけど。 -
これがアーチ状の門。
-
城壁をくぐるとちょっとだけマカオの人々の生活が見えます。
-
この先に何があるのか、ちょっと気になる。
-
迷子になりそうだったので、散策は止めにしてナーチャ廟に戻ります。
この渦巻きはお線香。
これひとつで1ヶ月だったかな、燃え続けるんだとか。 -
マカオおまいりの仕方がわからなかったので、とりあえず日本式に手を合わせてきました。
-
大聖堂前に戻ります。
ファサード、横から見ると本当に壁だけしか残っていない。
よくもまぁ、これだけ残ったねって感じです。
大聖堂も見たし。
せっかくここまで来たからモンテの砦に行ってみましょう。
ということで、モンテの砦に向かいます。 -
大聖堂の脇を抜けるときに、なにやらエコバック的なものを配っていたので、もらえるかしらん?と思って近づいたらどうやら大陸観光団御用達のお土産屋さんのようでした。
ファサードの裏側。 -
砦というからには高台にあります。
高台ということは階段または坂道を登らねばなりません。
登り始めたところにいらした銅像。 -
最初は緩やかな坂道を登ります。
登りながら振り返ると、違った雰囲気のファサードが見えます。 -
より薄さ際立つ。
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右端の照明らしきものがちょっと邪魔。
-
さっきより観光客、増えてないか?
-
けっこうな勾配で。
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どんどん増える。
どんどん登る。 -
そしてもうちょっとがんばると、都会的なマカオが見られます。
たぶん中国の広東省珠海市の方向。 -
もうちょっと大きくしてみましょう。
-
頂上までやってきました。
ファサードがかなり小さく見えます。
ファサードより高い高層ビル。 -
入り口から大砲。
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<モンテの砦>
海抜52メートルの丘の上に、1617年から1626年の間にイエズス会の修道士によって築かれた要塞。
敷地面積は8000平方メートルで、四方を防壁が囲んでいますが、中国に近い北側の部分は、中国人の要求によって低く改造されました。
1965年から1995年の間には、ここに気象庁の建物がおかれましたが、その後、1998年にマカオ博物館が完成しました。
これはるるぶの解説。 -
ここが入り口。
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みなさんおくつろぎのようですが、ここはトイレの入り口です。
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モンテの砦(大砲台)
聖パウロの砲台とも呼ばれ、1617年に着工し、10年の年月をかけて1626年に完成しました。
砲台は丘の上にあり、さほど高度はないものの、半島の中央に位置し地勢は抜群で、あらゆる方角を見渡すことができます。
面積はおよそ8000平方メートルで、砲台内には貯水池、火薬貯蔵庫、武器貯蔵庫や官兵の兵舎など設備も整っており、当事のマカオの防衛の中心でした。
砲台は32門の大砲が設置でき、ほかの砲台と合わせ海岸の東西に渡って広い防衛網を敷くことができました。長
期にわたり軍用の立ち入り禁止地区でしたが、1965年にもと兵舎のあった場所に気象台が建てられ、1976年からは観光地として開放されました。
1996年9月、マカオ博物館の建設工事が始められ、1998年竣工、一般に開放されました。 -
グランド・リスボアを狙っているんじゃなく、あとからグランド・リスボアができた。
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昔は海まで見渡せたんでしょうね。
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写真撮ろうと思ったら、日陰だったので反対側に移動。
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記念撮影。
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一日一回このポーズ(本日2回目)
っていうか、グランド・リスボア、隠れてるし。
なんでアングル考えないかな~。 -
眺めはいいよね。
公園では、アップテンポな太極拳(があるのか?)のような、体操をしているグループがいました。
お天気もいいし、風が吹き抜けるから気持ちいいよね。 -
マカオタワーよりランドマーク的な、グランド・リスボア。
目印になっていい。 -
ファサードの薄さが実感できる場所でもあります。
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ああ、いい眺めだ。
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さてここからどうしよう?戻ってもいいけどせっかくここまで歩いてきたから、聖ラザロ教会のほうへ行ってみることにしました。
マカオ博物館の入り口。
モンテの砦に上るには、マカオ博物館のエスカレーターが便利とかかれていましたが、なんせ時間が早くて開いていなかった。
朝早くから行動を始めるのもどうかと思う。
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