渡辺崋山の田原から岡崎・刈谷・鳴海と常滑、犬山祭りまで四日間の旅(一日目)~三河田原駅は渥美半島のまだまだ中ほど。先端の伊良湖岬をバスで訪ねた後は改めて田原の市街をじっくり散策します~
2018/04/05 - 2018/04/05
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たびたびさん
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今回の旅は愛知県内を回る四日間。最終日の犬山祭りまで、未知のゾーンをつないでいくんですが、例によって愛知県のエリアは地域のテーマというか全体像がなかなか見えてこない。いろんな要素がありすぎて総括しにくいんですよね。ただ、どこかでパッと視界が広がるのはよくあること。今回も含めて、しばらくは賽の河原の石積みたいなことを続けていくしかないかなと思います。
さて、初日は渥美半島から。まずは、豊橋から豊橋鉄道で終点の三河田原駅まで向かいます。
そして、先端の伊良湖岬まではまたバスに乗り換えて。伊良湖岬灯台から沖を眺めるとそう遠くないところに陸地が見える。それは知多半島。つまり、その間が三河湾なんですね。右手の方が湾の奥になるんですがそっちは遠くて、先はもうはっきりと見えないくらい。地図を頭に想像しながら眺めないと、ちょっと混乱してしまいそうな眺めです。
そして、田原市街まで帰ってきての散策では、どうしても渡辺崋山を強く意識せざるを得ない。
譜代の田原藩の重鎮でありながら幕府の政策である異国船打払令の無益を説くと、蛮社の獄でお咎めを受け、最後は自害に至る崋山ですが、一方では、国宝、鷹見泉石像でも知られる一級の文人画家。田原藩の家老も務め、天保の飢饉では藩を救うなど、実務家としての手腕も優れています。田原藩という田舎の小藩にあって、天下にその名を轟かした人物となれば、やはり地元のヒーローであることは間違いない。そんな空気が今でも残っていることもしっかり感じることができました。
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渥美半島へはこの新豊橋駅から。
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豊橋から三河田原までは、豊鉄渥美線。渥美半島をトコトコと走るローカル線。少し高いところを走るのもあって、平坦でのどかな渥美半島の地形を楽しみながらの旅になりました。
一方で、沿線は学校がいくつかあって、朝とかは学生の利用が意外に多い。そうした生活感のあるのも特徴の一つかなと思います。 -
終点の三河田原駅に到着。モダンな建物です。
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今日は、ここで一日を予定しているんですが、余裕はそれほどないような。。
効率を考えて、そのままバスで渥美半島の先端、伊良湖の方に向かいます。 -
バスの終点は、道の駅 伊良湖クリスタルポルト。
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大きな施設なんですが、行き止まりにあるので、なにかのついでに来るという人はいないでしょう。それもあって、正直言えば、あまり賑わってはいないような。レンタサイクルがあってどうしようか迷いましたが、結局、歩くことに。
後で知ることになりましたが、けっこう坂道が多いので、レンタサイクルはそれなりに覚悟が必要だと思います。 -
このフェリーは向かいの鳥羽へ向かうもの。伊勢湾を横断する航路です。
確かにかなりのショートカットなんですが、遠くから来た人間には位置関係がすぐには理解できませんね。 -
さて、目指す伊良湖岬は、伊良湖クリスタルポルトから。
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岬の外周、海沿いに整備された遊歩道を歩いて向かいます。かつてはこの道がなくて、伊良湖岬灯台までは山越えの道だったんだそう。それを考えると、この遊歩道はなんともお気楽。敷石の平坦な道なので、お年寄りでも安心して歩けます。
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入口に建つのは糟谷磯丸の像。伊良湖村の漁夫歌人だそうですが、
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この先の遊歩道沿いにもいくつもの歌碑がある。
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イチオシ
文化的な遺産があるのも人のたぶん往来があったから。陸地伝いに来ると辺境のようでも、海を考えると交通の便はそこまで悪いわけではなかったんでしょう。
現代は鉄道を中心にして交通の便、不便を考えてしまうので、その辺りは修正する必要があることが多いです。 -
伊良湖岬灯台は、渥美半島の先、伊良胡岬の突端。道の駅クリスタルポルトから海沿いの平らな遊歩道を歩いて15分くらいでした。
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イチオシ
向かいは知多半島を望む伊良湖水道。長閑な眺めです。
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ここから背後の山の方に急な石段を上がります。
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振り返って。
この灯台は日本の灯台50選にも選ばれた灯台ですが、灯台自体は意外に普通。あっさりした印象しかありません。 -
万葉の歌碑は、この先。海を見下ろす場所です。
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歌は、天武朝の皇族で三位の位だった麻績王(おみのおおきみ)が罪をえて、ここ伊良湖に流された時に詠まれた歌。流されたのは天武4年(676年)。壬申の乱は672年ですから、乱後の信賞必罰の中で流されたのでしょう。
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渥美半島がそのような地であったことにも少し驚きました。
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伊勢湾海上交通センターは、伊良湖岬灯台から万葉の歌碑を過ぎて、さらに上の方に上がったところ。
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中央に展望塔を持つずいぶんと立派な建物です。ただ、内部が公開されるのは限られた時だけのよう。結局、建物の外観だけを確認しておしまい。正面の電光ボードが何か信号の発信をしていて、この建物自体も灯台のような役割を持っているように思います。
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そこからさらに進んで恋路ヶ浜。
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背後はウバメガシの森。
こんな姿は室戸岬みたいですが、かつては知多半島辺りも同じだったとか。こちらはなんとか昔の姿が残っていて、これが本来の姿です。 -
ここは、伊良湖岬の南側。道の駅クリスタルポルトの反対側になります。
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単なる砂浜なんですが、けっこう長い海岸線。
この後ですが、伊良湖ビューホテルの方から眺めるとそれがよく分かりました。 -
大きな駐車場には、食堂が何軒も軒を並べていて、たぶん伊良湖岬ではここがかつては表玄関。車で伊良湖岬を目指すなら、道の駅クリスタルポルトではなくて、ここになるのではないかと思います。
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伊良湖亭は、恋路ヶ浜の前に並んだ食堂群の中の一つ。
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まだ朝早めですが、
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ここで渥美の貝は日本一という大あさりの定食をいただきます。
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イチオシ
皿には大きさは10cm近くあるような巨大なあさりを焼いたのが二つ。あさりのプリプリ食感を楽しんだ後は、ちょっときつい塩味のあさりのエキス汁を飲み干して。うーん、濃厚です。
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これが水槽のあさり。渥美半島の内海の沖合いで採れる貝なんだそうですが、見た目では誰もこれがあさりとは思わないでしょう。やっぱりあさりとは別物の貝だと思います。
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伊良湖岬の恋路ヶ浜からは、日出の石門、片浜十三里に続く自動車道と並行して整備された渥美サイクリングロードをたどります。
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イチオシ
眺めは雄大ですが、けっこうな坂道も。それなりの健脚でないと自転車ではしんどいかもしれません。ただ、歩きだと距離はそうは稼げない。こちらの側はバスも走っていないので、なかなか大変です。
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上がりきったところから海の方に下っていくと日出の石門に出るはず。
なんか危なっかしそうに岩にへばりついて下を眺めています。たぶん、日出の石門を見ているんでしょうが、私はこんな危ないことはしませんよ。 -
椰子の実記念碑は、伊良湖ビューホテルの方から日出の石門に向かって降りて行く、その途中。
これは、「名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ」の島崎藤村の歌がここで生まれたことを記念する碑。黒っぽい石に楽譜のデザインが入ったものと -
こちらの歌詞をひたすら刻んだ碑の二つがありますが、どっちがどうなんだかはよく分かりません。
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イチオシ
片浜十三里は、日出の石門から恋路ヶ浜の反対の方向に広がる砂浜。しょせん渥美半島の砂浜なのでたいしたことないだろうと思うとそうでもない。見渡す限り砂浜が続いているといった感覚があって、むしろこれから見る日出の石門よりインパクトがあったかもしれません。
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さて、これが日出の石門。
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イチオシ
石門というか小山のような大きな岩石。
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下部にわずかに隙間があって、
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それが門になっているといえばなっているというくらいです。
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この先は片浜十三里が続いていて、
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それとセットで楽しむ景色かなと思います。
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ではでは。先に進みましょう。
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伊良湖菜の花ガーデンは、恋路ヶ浜から歩いてくると、けっこう遠い。それに菜の花だけなら、その途中の道沿いでもそれなりに咲いていて、ここでしか見れないというものでもないですしね。
ただ、ガーデンは見晴らしがいいので、一面の菜の花を観たいならやっぱりここになるのかもしれません。近くにはイチゴ狩農園もあるので、それとセットもいいかなと思います。 -
伊良湖岬美術館は、いちご農園、日研農園の裏手の集落。黄色い建物に渥美千景と銘打った風景画が描いてありましたが、施設そのものはもう閉館したような。よく見ると周囲は草ぼうぼうだし、再開する気配もありませんでした。全体が過去の遺物となっています。
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この辺りでほっとするのは、やっぱり日研農園。いちご狩りの農園ですが、いちごジュースもあると聞いて訪ねました。
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一杯が400円。季節が違うとメロンジュースもあるようです。
店の前のテーブル席でいただきましたが、期待したほどの特別感はないような。まあ、普通の飾らないいちごジュースです。 -
ここまでも相当歩いたんですが、もう後戻りはできないし。。
伊良湖東大寺瓦窯跡まで行ってみます。ここは、かつて東大寺に使う瓦を焼いていたという窯跡。斜面を利用した窯は、限られたエリアでしたが、たぶんこれは一部の発掘なのでしょう。こうした窯が一帯あちこちにあったのではないか。また、渥美半島だけじゃなくて、知多半島や特に常滑の方にもこんな風に窯があったのではないか。想像が大きく膨らむ遺跡です。 -
気が付くと背後に大きなダム湖があって、その周辺がきれいに整備された公園になっていました。
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それが初立池公園。けっこうな広さがあって、見晴らしもいい。観光スポットとしてあまり知られていない場所ですが、なかなかいい眺め。隠れた名所だと思います。
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さて、伊良湖はこの辺にして、田原の町に戻ってきました。
最初に訪れた田原まつり会館は、田原の市街中心部。 -
田原の城下町に伝わる秋祭り「田原祭り」の豪華な山車を展示しています。
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漆に金箔を多用した屋根付の山車は尾張の職人に造らせたものなのだとか。
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一見して金がかかっているなという感じです。
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からくり人形が付いているのも名古屋辺りの特徴ですね。
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一方で、けんか凧と言われる田原の凧の展示も圧巻。
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天井までたくさんの凧が展示してあって、
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たぶん、子供の成長を願ってとか
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イチオシ
思いもいっぱい詰まっている凧。
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それぞれ個性があるし
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ワクワクするような躍動感があって、こちらもかなり楽しめます。
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さらに、市内の散策。
城宝寺は、田原市街のメインストリートから少し住宅地に入ったところ。 -
渡辺崋山の菩提寺として知られますが、山門入ってすぐに小山があって、それが城宝寺古墳。
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横穴式の広い石室も備えているようですが、古墳には弁財天が祀られていて、今ではそっちの方が目立っていると思います。
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イチオシ
そして、これが崋山の墓。多くの花が手向けられていて、今でも田原では愛されていることが感じられます。
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長栄軒は、大きな看板からして、元気を感じるパン屋さんです。
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ちょっと迷いましたが、カリカリのフランスパンのトーストを買いました。期待通りの香ばしい仕上がり。こうした地元の密着のパン屋さんはリピータを意識しますから、あんまり当たり外れはないでしょう。
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そして、こちらは、菓子蔵 せき。田原を代表するお菓子屋さんで、看板商品は、あさりせんべい。
立派なビルの店内には、あさりだけじゃなくて、海老や海藻類なども含めたけっこうな種類のせんべい。塩味の効いた煎餅は大きく言えば駄菓子のジャンルでしょうか。高級感はありませんが、安心していただけるといった煎餅かなと思います。 -
菓子蔵せきのはす向かいにある冨貴屋さん。こちらもなかなか大きな店構えです。
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いただいたのは、崋山饅頭。崋山は田原のヒーローですから、それを冠するにはそれなりの自信もないといけないでしょう。いただくとこれは上用饅頭ですね。それももっちり加減に薯蕷の香り、餡子の滑らかな甘み。ちょっとくっきり感のある個性もあるし、これは完璧です。
崋山に因んだの見どころの話を少し聞けたりして、これもなにげに気持ちがほぐれました。 -
田原城址は、田原市街から山手の方に少し歩きます。
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イチオシ
田原藩1万2千石の藩庁だったという田原城ですが、堀から大手門にかけての外観は、とてもそのように小さな藩のものとは思えない立派な構えです。
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ただ、内部では復元された櫓と田原市博物館があって、それを見るくらい。やっぱり規模は限られます。
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ただ、楽しみにしていた田原市博物館は、本日休館。あーれー。
連休だとこんなことが時々あって、これは痛い。さっきの祭りも気になるし、後日再チャレンジをすることにします。
ところで、田原城の始まりは戦国時代の戸田氏の築城。この戸田氏ですが、宗光の時代に今川氏に人質として送られる後の家康、竹千代の護送をする役目を負っていたにもかかわらず、竹千代を織田信秀(信長の父)に売り渡すという愚挙をしてしまう。今川義元は激怒。戸田氏を攻めて田原城を落とします。
竹千代はその後、人質交換で再び今川氏のもとに人質となるのですが、2年間織田家の人質となることで、家康、信長の不思議な縁が始まることになる。これがその後の二人の関係にどれだけ影響を与えたかはわかりませんが、小さなことでもなかったように思います。歴史の面白いハプニングです。 -
気を取り直して、崋山の最期の地へ。途中に立派な崋山神社もありました。ただ、これはスルーして。。
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池ノ原公園は、田原の市街の端っこ。田原城址から崋山神社を過ぎてさらに先です。
ここは、崋山の最期の地。園内には池ノ原会館という茶席を設けた施設があったりするのですが、散策エリアは限られる。 -
会館の裏手に崋山の最後の住まいが復元されていて、それがメインだと思います。
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それがこの渡辺崋山幽居跡。崋山が最期を迎えた住まいが復元されています。
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外国船打ち払いの無法を論じたことで、幕府から国政批判の罪を受け、ここで蟄居を命ぜられる。最期は、ここで切腹するという自害だったようですが、
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イチオシ
かたわらには崋山の銅像もあって、先覚者としての崋山の威徳をとどめています。
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その先に岡田虎二郎邸宅跡というのもありまして。
田原の旧藩士の家に生まれ、渡米した後に静坐法という健康法を創案・普及した人なのだとか。それでも49歳の若さで亡くなってしまうのですが、その精神的な探求力もあいまって、多くの人に影響を与えたのがすごいところということでしょう。邸宅跡はきれいに整備されていて、今でも大事にされているようでした。 -
市街に帰ってきて、これは日米堂もちだんご店。
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レトロな団子屋さんで、
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団子をひと串。しょうゆ味の素朴な味わい。子供たちがちょいちょいやってきて、なんか懐かしい風景を見たような気がしました。
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そろそろ晩飯も気になりだして。
道の駅 田原めっくんはうすを訪ねます。しかし、結果としては無意味に遠かっただけという感じかな。 -
生鮮品は柑橘系や野菜などの農産物がまあまあ。
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わざわざ行くというほどのものではないような気はします。車で通った人がちょこっと寄るところです。
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せんりきは、道の駅めっくんはうすの中。今は、「いか焼工房」ではなくて「手づくり工房」に変わっています。
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せめてもと思ってめっくんはうす名物のメロンのソフトクリームをいただきました。このメロンの香りは本物なのか、人工的なものなのか。まあ、味わいはその中間といった感じでしょうか。安いし、あんまり、こだわらずに味わうソフトクリームかなと思います。
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実は、三河田原駅周辺で予定していた食堂がどこも都合がつかなくて、これは困った。仕方がないので、お好み焼きですが、評判がよかったなんじゃもんじゃにしてみました。
意外にちゃんとした店構え。普通の料理屋さんぴ感じですね。 -
ここは海の近くだし刺身定食もできるということだったので、それにしてみましたが、ただ、正直ちょっと不発。期待値が高かったのもあるんでしょうが、やっぱりここは揚げものとか、炒めものとかの方があっているのではないかと思います。
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明日のこともあるので、今日の泊りは岡崎です。
グリーンホテルリッチ 徳川園は、地図で見ると岡崎駅から近いように見えたのですが、途中の坂道はひと山越えて行くような感じでアクセスはさほどいいとは言えない。
ただ、オンボロ自転車の無料レンタルをやっていて、翌日の岡崎観光では、これがけっこう役に立ちました。岡崎の市街はけっこう広いので、自転車があると途端に視野が広がります。
さて、まだ旅は始まったばかり。早めに体を休めます。
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