1999/08/10 - 1999/08/11
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itaruさん
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マチュピチュ。ペルーに足を運んだのなら外すわけにはいかない。インカの末裔の隠れ家だったともいわれる空中都市。曲がりくねった山道をバスで登った後、目の前に広がる光景は何度も写真などで見たことがあるにもかかわらず、その美しさに目を奪われ、「マチュピチュに来た」という思いを強くさせる。そんなペルー観光のハイライトの翌日はチチカカ湖のあるプーノへの列車旅。4000mを超える高原を走る旅もまた格別なものでした
8月7日 AA26便 成田17時30分発→シアトル10時着
AA26便 シアトル12時30分発→マイアミ21時15分着
AA2111便 マイアミ23時30分発→リマ翌4時3分着
8日 リマ市内観光
9日 N6便 リマ9時30分発→クスコ
クスコ観光
10日 ★マチュピチュ観光
11日 鉄道 ★クスコ→プーノ
12日 チチカカ湖観光後、ローカルバスでラパスへ
13日 AA2992便 ラパス19時55分発→マイアミ翌5時5分着
14日 AA27便 マイアミ7時45分発→シアトル11時2分着
AA27便 シアトル13時5分発→成田翌15時着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- アメリカン航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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マチュピチュへは直通列車のアウトバゴンや駅から遺跡までのバス、入場料などがセットになった旅行会社のツアーで。ツアーといってもガイドがいるわけじゃないけど、必要なものがセットで入っているので楽ちんですローカル列車やバスを乗り継げば安くマチュピチュまで行くこともできるけど、休みの短い社会人は効率的なツアーを選択することに
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列車の出発は午前6時。眠い目をこすりながら駅に向かい、3時間超かけてプエンテ・ルイナスへ
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駅前に止まっているバスに乗り込み、山道を登る。バスを降りて人の流れに従ってすすんでいくと
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日本人の行ってみたい世界遺産ランキング1位の空中都市マチュピチュが目の前に
マチュピチュの歴史保護区 史跡・遺跡
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こんな斜面のわずかな空間に段々畑が
段々畑 (アンデネス) 史跡・遺跡
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見渡す限りの段々畑に圧倒されるばかり
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アルパカとマチュピチュの段々畑
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ワイナピチュとリャマ?かな。のどかなだなあ
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この光景を見るために地球の裏側までやってきたって、ちょっと大げさかな
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さて遺跡をゆっくり観光する前に
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一気にワイナピチュに登ります。当時は時間制限のみ
ワイナピチュ 山・渓谷
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ワイナピチュからマチュピチュの絶景。登って良かったと思う瞬間
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そこそこ駆け足でワイナピチュを往復して再び遺跡観光へ
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クスコを追われたインカの人々が暮らしていた隠れ里
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スペインの迫害を逃れ、山間のこんな土地に1万人を超える人々が暮らしていた
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400年ほど昔、ここにはどんな人々の営みがあったのでしょうか
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段々畑に佇むアルパカ
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「最近、人が増えてうるさいなあ。何を騒いでいることやら」。なんて考えてる?
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アウトバゴン日帰り旅のマチュピチュ滞在時間は4時間強ってところ。ワイナピチュ登頂で時間を費やしたので残り時間は多くない。効率的にまわらないと
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神聖な広場と3つの窓の神殿なんですが、なんて罰当たりな格好で……。申し訳ありません、当時は規制が緩くて。座っている人も多かったし。反省しています
神聖な広場と3つの窓の神殿 史跡・遺跡
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当時もそこそこ観光客はいたけれど
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遺跡の中が観光客でごった返すということもなく、自分のペースで観光できた。いい時期に訪れることができたのかな
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時間があればマチュピチュに1泊して、インカ道トレッキングなどもしたいところ
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残念ながらタイムオーバー。後ろ髪を引かれつつクスコに戻ります
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慌ただしい旅は続きます。今度は列車でチチカカ湖のあるプーノへ。この路線、人気だったらしくてチケットの購入に苦労しました。旅行社の人には「バスを使わないの。便はたくさんあるよ」と言われたものの、せっかくだから世界一高いところを走る鉄道(当時)に乗りたい。バスは道路も悪くて大変という話もあったし。それでも、何とか日系の金城旅行社でチケットを購入、プーノに向かいます
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マチュピチュの時と同じく、朝早くに駅に向かいます。まあ、街の南にあるマチュピチュ行きのサン・ペドロ駅ではなく、街の東のワンチャック駅ですが
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クスコ~プーノ間は385キロ。日本なら東京から名古屋くらい。新幹線なら2時間かからないところですが、11~12時間ののんびり旅
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あとで知ったことだけど、ちょうどこの頃クスコからプーノへの道路が整備された。バスでのアクセスは格別に良くなり、5~8時間くらい鉄道よりはるかに使い勝手が良くなっていた
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とはいえ、鉄道にはバスにはない旅情がある。標高4000m前後の高原を悠然と走る。車窓から今まで見たことがないような深く青い空が広がっている
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ただ4000mってことは富士山より高い場所。高山病が心配だったので、車内販売の高山病予防の効果があるというコカ茶を飲んで対策を
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線路沿いに積み上げられた石積みの壁。これもインカの名残りだろうか
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列車は途中、4314mのラ・ラヤ駅を通過。チベット鉄道が開通するまでは世界で一番標高が高い場所を走っていたこの鉄道。考えてみれば富士山より高い場所の平原を列車が走り、そこに住んでいる人々がいる。世界は広いなあと改めて感じる
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しばしの停車時間にはホームに降りてみる。ほんの少し前までは泥棒列車というありがたくない異名もあったこの鉄道。何しろ南米を卒業旅行の地に選んだ友人は、荷物から片時も目を離すことができなかったという。乗客もほとんどが地元の人たち。旅行者は泥棒たちから狙われまくりだったのだとか
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それがこの時には完全に様変わり。私が乗ったインカクラスは食事を席まで運んでくれる。地元の人たちが利用するような雰囲気はまるでなし。観光列車の趣が強かった
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想像以上に快適な列車の旅だったのだけれど、一つ大きな失敗をしてしまった。というのも、写真を撮りきっていないのに開けかけてしまったこと。一瞬だったけど、フィルムが露光してしまい、ダメージを受けてしまった。この写真の白いところも露光した結果。トリミングや色調補正などの画像ソフトで修正はしたのだけれど
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アルパカの放牧かな。のんびり草を食んだりしている
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万年雪をたたえるアンデスの山が見える。それほど高い山に見えないけれどここは4000m。ちょっとした山でも5000m級か、奥の山は6000mを超えている
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平均時速は30キロちょっとの鉄道の旅。停車時間は客車から降りて羽を伸ばそう
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走る列車の連結部で。実は地元の人たちの足として使われている一般車両は1両しか連結されていなかった。その乗客たちも途中のフリアカですべての客が降りてしまったようで、一般車両には一人の乗客も残っていなかった
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幸いなことに4300m超えの高地でも高山病の症状は出なかった。その一方で同じ車両に乗り込んでいたフランス人のグループ。昼からワインを何本も開けていてびっくり。高山病予防のため、アルコール類は控えた方がいいはずなんだけど大丈夫かな、と余計な心配をしたのを思い出す
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アンデスの山々を眺めつつ、列車はプーノに向かって走り続けます
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10時間を超える長旅だけれど、飽きることもなく楽しめた。プーノに到着した時には日も暮れて夜が街を覆っていた
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