2018/02/17 - 2018/02/17
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belleduneさん
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高山市内の古い町並みを歩きました。今日は天気がくるくると変わり、晴れたかと思うと、雪が舞うという目まぐるしさでした。表紙の写真は、町会長宅ですが、他の屋根と違って、ここは1階の軒が瓦ではなく、杮葺となっているように見えます。
江戸時代の飛騨高山初代藩主・金森長近は、城山に高山城を築き、小高い山の本丸に住み、城の周りに家臣たちの屋敷が置かれていました。商人町より約10mも高い場所にあり、その一部を空町、ソラなどと呼ばれていました。身分の違いを明確に表していることが分かります。この辺りは、江名子川、宮川の2本の川に囲まれています。
- 旅行の満足度
- 4.0
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まず古い町並みが続く三町店頭的建造物群保存地区を歩いてみます。三町とは、上一、二、三之町、片原町、神明町4丁目に跨る東西約150m、南北約420mの区域を言います。
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商人町は、繁栄を続け、かなりの財を築きましたが、身分制度が厳しく、豪華な町屋を造ることはできませんでした。商店を兼ねた質素な住宅が並んでいます。高山の町屋の特徴は、前側の屋根の高さが4mと低くなっていて、道路の溝に雨水が落ちるようになっていて、軒先は揃っていましたが、現在は、雨樋が付けられた家屋が増えたため、各家の軒先は不揃いになっています。80年~90年前から、商店を廃業したところが増え、正面に格子を取り付けた家屋を多く見るようになりました。この格子も高山町屋の特徴の一つとなっています。
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商店が並ぶ通りには、所々に神楽臺の屋臺蔵があります。ここは上一之町上組のものです。
屋台とは、山車や曳山のことを高山ではこう呼んでいます。屋台は、各町内の屋台蔵に保管されている貴重な文化財のため、雨天及び降雨が雨予想される日は、引き揃えが行われません。高山祭屋台は、「動く陽明門」とまで言われています。 -
4月14日、15日、日枝神社例祭「春の山王祭」と10月9日、10日の桜山八幡宮例祭「秋の八幡祭」の総称を高山祭と言います。
祇園祭、秩父夜祭と並んで、日本三大曳山祭りの一つです。高山祭屋台23台、高山祭の屋台行事は、重要文化財に指定されています。 -
これが、高山祭の時の神楽臺。三番叟です。
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こちらは祭りの時の石橋臺(しゃっきょうたい)です。上二之町上組のものです。
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しばらく歩くと、蔵本平瀬酒造の店舗がありました。
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飛騨民族考古館ですが、本日は閉館でした。
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煉瓦造のお蔵が現在レストラン「れんが館」になっていました。
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旧日下部味噌醤油醸造煉瓦館
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高山市政記念館前のあるイチイの木。
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高山市政記念館は、明治28年~昭和43年まで町役場、市役所に使われていました。総檜造りで、最高の管材が用いられています。ガラス障子が当時として、初めてこの建物で使われています。
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建物正面
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正面玄関
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川原町の石橋台
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市政記念館前にある石橋台の屋台蔵。
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中橋手前にある料亭。昔は商店だったのか。
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天分5年(1536)に造られた宮川に架かる中橋
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日枝神社御旅所
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木鶴大明神像
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川原町の青龍台
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このような雪除けを樋の上に取り付けた家屋もありました。
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この家屋の樋は、雪止めのようになっていますが、重みで大丈夫なんでしょうか。
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町会長宅
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1階の軒屋根が他の家とは少し異なっていました。柿葺のように見えます。
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高山陣屋は、金森長親の下屋敷の一つでした。全国で残っているのは、ここだけだそうです。江戸から来た代官や郡代がここで飛騨の政治(おふれや年貢の取り立て)を行いました。金森城主が山形県の上之山に移ってからは、ここは徳川幕府の直轄地となり、明治まで25代・177年間続きました。
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クレ葺屋根の門の扉に残る滲みは、梅村騒動で農民に殺された門番の血痕と言われています。
中央の梅は、問屋梅。その側に井戸があります。 -
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高山城三の丸から移した8戸前の御蔵(米蔵)は、昔のままです。蔵を戸前と数えました。年貢米を保存した蔵で、天領時代の歴史に関する資料が展示されています。大原騒動で打ち首になった本郷村の農民・善九郎g厚真に送ったという遺言状もあります。
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山岡鉄舟像
山岡鉄舟は、弘化2年(1845)、飛騨郡代になった父・小野浅右衛門と共に陣屋に来ました。ここで10歳~17歳まで書、剣道、禅、国学、漢学、絵画を学び、人間形成の基礎を培いました。父母の死後、江戸へ戻り、山岡家の養子になりました。慶応4年、西郷隆盛と会見して、江戸を戦火から救い、徳川家安泰を導きました。明治天皇の侍従を務め、52歳で子爵を賜りましたが、翌年、死去しています。勝海舟、高橋泥舟と共に、幕末の三舟に数えられています。 -
だんだんと雪が激しくなってきました。
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