2017/12/30 - 2017/12/30
92位(同エリア3571件中)
こあひるさん
串カツを食べるために1泊した大阪から・・・いよいよ京都へ移動。
今日は、西陣あたりを歩いてみます。夜には、日中訪れることができない祇園を撮りに・・・。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- ANAグループ JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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お寺は閉門時間が早いので(特に冬は・・・)、わが家苦手の・・・できる限り朝早く出て、16時とか16時半の閉門までに、周りたいところをまわり切らなければなりません。
京都の美仏めぐりにあたって、連れ合いには、ランチやカフェでまったりしている時間がとれないので、ランチはとらず・・・その代わり、夕食を早めにとるので我慢する・・・ということで納得してもらっています。
朝、しっかり(といっても、朝一番ってお腹はなかなか空かない・・・)食べて、お出かけします。ハートンホテル西梅田 宿・ホテル
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10時過ぎに京都に着きました。ちっとも朝早くない・・・と思われるかもしれませんが、遅出のわが家にしては、これでもけっこう早出したんです。
関係ないけれど、べた塗りの可愛い電車を見かけたので撮りました。 -
まずはホテルに荷物を預けに行きます。
3泊するホテルは、京都駅からも歩けますが(1.2kmほど)、京都から地下鉄烏丸線で一駅の九条駅が最寄り(200mほど)のHotel She, Kyotoです。 -
1階にはフロントだけでなく、ラウンジや共用キッチンがあり、ちょっとした自炊ができるようになっています(わが家にはまったく関係ないですが)。
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年末年始だし、3泊するので、いつもはセミダブルとかが多いけれど、ツインにしました。
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お部屋・・・ツインにしては、狭めかな。でも、狭くて物がおけず困るってほどでもない。
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ホテルシー京都 Hotel She, Kyoto
https://www.hotelshekyoto.com/ -
ホテルから九条駅へ向かう通り。右手に烏丸通りが平行しています。とっても静かな住宅街にあります。
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九条駅から地下鉄で今出川駅へ・・・。
ただ今11時過ぎ。まずまずの出足ができました。 -
初京都・・・と言っていますが、実は子供時代の修学旅行で、奈良・京都を訪れたことはあるんです。でも当時、寺院仏閣や歴史に興味がなく、まったく記憶がないし、そもそも思い出せないほど昔なので・・・今回、初と宣言させてください(笑)。
ただ、八坂神社あたりのアーケードつきの商店街(←神社を参拝したか記憶はなし)のイメージと、三十三間堂の仏像が凄かった(←具体的な様子は覚えていない)・・・という2つだけ、頭の中にぼんやり残っています。 -
街を歩いていると、しばしばお地蔵さんなどの社を見かけます。
どこにでもよくあるのは、事故などがあった場所のお地蔵さんですが(そういう類のお地蔵さんには祈ったりしないで通り過ぎる方がいいと言われる)、京都で見かけるお地蔵さんのお社は、そういう曰くのものではなく、近所の方がキレイに守っていて、温かい気持ちになれるものでした。
あれ?でもこちらは大日如来って書いてあったわ・・・(笑)。 -
駅から、今出川通を西へ進んでいます。
途中に白峯神社がありました。
最強の怨霊・崇徳上皇を鎮めるために創建された(明治天皇が、讃岐から移した)というお話は興味深いけれど、計画通りに進行しないと、時間が足りなくなる恐れがあるので・・・。
今日は30日だけれど、もう初詣の準備ができています。 -
そして・・・いつもながら途中で道がわからなくなってしまったけれど、1つめの目的地「晴明神社」に着きました。
仏像を見たいのでお寺がメイン・・・神社の参拝を積極的にするつもりはないのですが、この後お会いしに行く仏さまのお寺から、ここは徒歩圏内なので、立ち寄ることにしたのです。晴明神社 寺・神社・教会
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堀川通に面した一の鳥居の額には、神社名や祭神ではなく晴明桔梗=五芒星がバシッと・・・五芒星は、陰陽道に用いられる祈祷呪符のひとつです。
晴明神社は、陰陽師・安倍晴明が住んでいた屋敷跡に建てられたと言われています。
晴明のお屋敷は、大内裏の北東(鬼門)にあったとされており、また、東寺の位置を考えると・・・
現在、御所のある場所が、大内裏のあった場所だったと、何となく思い込んでいたので(無知を笑ってやってください・・・)、京都に来るにあたって少し勉強したら、平安京とその後の京都(現在の京都も)とでは、中心がかなり(今は東へ)ズレているのを知り、驚きました。 -
一の鳥居をくぐると、旧・一條戻橋が置かれています。
このあと実際の戻橋の場所に行きますが、本物の戻橋は、平成7年に架け替えられ(もちろん、その前に何度も架け替えられていますが)、先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移し、昔の風情をそのままに再現しているそうです。だいぶミニサイズですが・・・。
橋の脇には、晴明によって橋の下に隠されていた式神の像もあります。
その向こうには売店があります。 -
小さな戻橋は、渡ることもできます。
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短い参道に色々置かれています。
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一の鳥居と二の鳥居との間には、日月柱があります。
石柱は、かつて四神門の門柱として使われていたものだそうです。柱の上にある日月石像は、篤志家によって奉納されたもので、南に「日」、北に「月」を配し、陰陽を表しています。 -
二の鳥居。
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新年に備えてか、植木のお手入れ中で・・・ブルーシートが・・・。
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二の鳥居をくぐると、すぐに四神門(しじんもん)。
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四神門の脇にある碑・・・江戸時代の茶書によれば、晴明神社の境内に当たる「葭屋町通元誓願寺下ル町」に、千利休の聚楽屋敷があったとされています。千利休はこのお屋敷で茶事を催し、境内にある「晴明井」の水を茶湯に用いたと言われています。
応仁の乱のあと、晴明神社は衰退した・・・ということなので、神社の敷地にお屋敷が建っちゃったり・・・平安時代の区画が失われていったのでしょうね。 -
四神門(しじんもん)を入ります。あら?思っていたより狭い・・・。
晴明の死後、一条天皇が偉業を讃え、寛弘4年(1007年)、晴明の屋敷跡に社殿を建てて祀りました。
ここに晴明が住んでいた時には、朝廷の使いなどが訪れると、この門がひとりでに開き(式神が開けた)、門から出るとまたひとりでに閉まったそうです。
現在でもそれにちなみ、電動で開閉します・・・(苦笑)。 -
晴明井。
晴明が、念力により湧出させた井戸と言われています。
病気平癒のご利益があるとされ、湧き出す水は現在でも飲めるそうです。
水の湧き出口は、その歳の恵方を向いていて、吉祥の水が得られます。恵方は毎年変わり、立春の日に向きを変えます。 -
古来、陰陽道では、桃は魔除け・厄除けの果物とされています。自身の厄や禍々しいものを、この桃に撫でつけると良いようです。
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晴明神社が所蔵する、安倍晴明の肖像画を元に造られた晴明像。
衣の下で印を結び、夜空の星を見て天体を観測している様子を表しています。 -
境内の最も奥に本殿があります。初詣仕様になっています。
晴明桔梗が随所にあしらわれています。現在の本殿は、明治38年に建てられたもの。
本殿北側(向かって右側)には、お稲荷さま他2柱の神様が祀られるお社「齋稲荷社」があります。齋(いつき)という言葉は、このお稲荷さまが、齋院(さいいん/鴨神社に仕える齋王がおこもりする場所)にあったことに由来します。
晴明が、お稲荷さまの生まれ変わりとする説もあり、各地で稲荷信仰と習合されます。 -
境内には、写真手前の桔梗苑を含めて、約2000株の桔梗が植えられており、毎年6月中旬から初秋にかけて、コバルトブルーと白の可憐な花が咲き誇るそうです。
晴明と桔梗・・・とっても似合っていますね。 -
本殿脇には、数多くある晴明伝説の中から、代表的な10の逸話を描いた顕彰板が掲示されています。
晴明の母親が狐だったというお話や、蘆屋道満との法力勝負などの伝説が描かれていますが、どれも、夢枕獏氏の陰陽師に出てくるエピソードです。
連れ合いのために、10枚とも読み聞かせてあげました。 -
樹齢推定300年の御神木(楠)。
楠は、虫除けなどに使われる樟脳の原料でした。樹皮に触れると独特の感覚があるので、両手をあてて大樹の力を感じとってください・・・とあるので、触ってみる人がたくさん。 -
ご朱印頂きました。
晴明神社
http://www.seimeijinja.jp/ -
実際の一條戻橋に行ってみます。
堀川通を渡り、堀川沿いに南下します。川沿いに降りると、遊歩道が整備され、お散歩によさげな公園になっています。 -
こちらが現在の一條戻橋です。
794年の平安遷都とともに架けられたと言われる橋で、何度も架け替えられており、現在の橋は平成7年に架け替えられたものとなります。晴明神社から100mほどのところ・・・とありましたが、もっと距離があるように感じました。
一條戻橋は、往時は都の外れに位置し、埋葬の地へ遺体を運ぶ際に通る橋でした。この世とあの世とをつなぐ異界への橋・・・と言われ、数々の奇譚を持つ興味深い橋です。
奇譚のひとつ・・・浄蔵という僧侶がいました(10世紀)・・・菅原道真の政敵であった三善清行(きよつら)の子で、7歳で出家し12歳で受戒するほど強い霊力をもっていました。
父・清行が亡くなった時、浄蔵は熊野におり、その知らせを聞いて京都に馳せ帰ってみると、その葬列がちょうど一條戻橋の上を通っていました。浄蔵が遺体にすがって祈ると、父は一時的に生き返り、父子の再会を果たすことができた・・・という伝説から、戻橋と名付けられたと言われています。
また、源頼光の四天王のひとり・・・渡辺綱が、深夜にこの橋で、美女に頼まれて馬に乗せたところ、女は鬼と化して襲ってきたため、渡辺綱が腕を切り落とした・・・というエピソードもあります。
中世には、豊臣秀吉により、島津歳久と千利休が戻橋でさらし首にされました。
現代でも、「戻る」ことがないように、嫁入りや葬式はこの橋を渡らないのが習わしだそうです。 -
説明板に、ひと昔前の戻橋の写真がありました。現在のように、川岸を切り拓いて整備する前の・・・普通の川といった感じです。
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一條戻橋の下をくぐり、もう少しだけ南下すると、とても趣きのある石橋が見えてきました。
この橋は、堀川第一橋(中立売橋)という道路橋で、江戸時代に幕府が設置しました。当時の橋は、擬宝珠高欄つきの木製の橋だったそうです。御所と二条城を結ぶ道筋に架かる重要な橋で、幕府が直轄で維持管理する公儀橋でした。
明治時代になって、中立売橋は京都府に引き継がれました。永久に壊れることのないように、明治6年に石の橋に架け替えられ、堀川で最初の永久橋として、堀川第一橋と名付けられました。
その後たびたび修理しているものの改造は少なく、建設当時の姿がよく残っているそうです。 -
現在とあまり変わらない姿・・・明治初期の堀川第一橋。
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堀川第一橋と並ぶように、明治7年に掛けられた石造りの堀川第二橋は、新しく拡幅されているため、その姿は橋の下からしか確認できなくなっています。
第一橋は鶴の橋、第二橋は亀の橋と呼ばれ、古くから人々に親しまれてきたそうです。 -
今でも残るレンガ積みの橋台は、日本で最初の電気鉄道(堀川線、通称・北野線)が堀川に沿って走っていた記憶です。
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明治34年ころの市電・堀川線。
このまま南下し続けると、次に行くスポットと反対方向に進むだけなので、堀川通に戻って、晴明神社前を通って今出川通まで戻ります。 -
京都では、抹茶パフェやわらびもち等も食べたかったし、わざわざ買いに行きたい和菓子店もあるけれど・・・閉門時間が早い寺めぐりが主役なので、その時間をとることも、わざわざ買いに行くこともできないけれど、通りがかりに気に留まるお店があったらお菓子を買おうね・・・と連れ合いと話していました。
・・・で、ちょうど通りがかった鶴屋吉信 京都本店。あちこちのデパートで見るので、今さらかしら?と思ったけれど・・・。
2階の茶寮は、年末年始でお休み・・・という貼り紙があったので、それじゃあ、店舗で何か買おうかな・・・と入ってみたら、イスに座ってお茶を飲んでいる人がいました。イートインできるのかな?と思ったら・・・お買い物の方にお茶をふるまっているだけでした~~(笑)。
わが家もいくつか和菓子を買って、お茶を頂いて、ちょこっと休憩させていただきました。
鶴屋吉信 京都本店
http://www.turuya.co.jp/tenpo/honten_top.html鶴屋吉信 グルメ・レストラン
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京都は、パンの消費量が日本一だそう・・・確かに、今出川通を歩いていると、何軒かパン屋さんが目に入りました。ただ、年末年始なので、このあたりの個人店舗は休みのところも多かったです。
通りがかりに、朝食のパンを買おうと、Pin de Blueというパン屋さんに入りました。
ここのパン、どれも安いよ~!って連れ合いに話しかけたのですが、どうやら100円パンのお店だったみたい。
Pin de Blue (パン・ド・ブルー)
http://www.pin-de-bleu.jp/ -
次の目的のお寺へ行く前に、ちょっと立ち寄ってみたいスポットがありますので、今出川通から、ちょっと裏の方へ入ります(方向音痴にとっては危険ですが・・・)。
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静かな住宅街を通って・・・。
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時おり混在するレトロな家屋が、落ち着いた雰囲気を醸し出します。
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古い家屋を改修しながら大切に住んでいる・・・。
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13時になります。
お昼は食べずに歩きまわる・・・一人旅なら、全然苦になりませんが、連れ合いが一緒だと、目が見えないのに連れまわされるだけで、ちょっと気の毒かな~なんて気持ちが芽生えちゃって・・・並ばずに、素早く食べられそうなお店なら・・・と、ちょうど見かけたおそば屋さんで、お昼を食べることにしました。
中に入ったら、意外とテーブルが埋まっていて(ひとつ空いていて座れましたが)ビックリしました。このあたり、お休みのお店もけっこうあるから・・・余計に混んだのかな。西陣 ゑびや グルメ・レストラン
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京都では、にしんそばが名物らしいよ・・・と、連れ合いに、にしんそばを食べてもらいました(どんな感じが知りたかったので)。わたしは、たぶんにしんそばは苦手なので・・・きつねそばです。
関西だと、厚めのお揚げが美味しいです。にしんそばは、想像通り・・・の味だったみたい。
西陣 ゑびや
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26007467/ -
まもなく13時半になります。探しているスポットはすぐ近くなんだけれど・・・見つかるかな?
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あ~!ありました~!「三上家路地」です。
西陣織が盛んだった紋屋町の中に、現在も紋屋(御寮織物司)=宮中に織物を納める織元・・・として残る家。 -
石畳の路地には10軒の長屋が並び、十軒長屋と呼ばれています。かつて、西陣織の職人を住まわせていた家屋で、築130年の歴史を持っています。
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現在もここで普通に生活する人の場所。
ここにあるハチミツ専門店も、年末年始でお休み。 -
路地から外の通りを見た画。
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三上家路地を無事に見つけることができたので、心置きなく次の目的地へ向かいます。
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なるべく迷わないために・・・五辻通をまっすぐ進むことにしました。
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連れ合いの好きなどら焼き・・・の文字が目に入り、買ってみることにしました。
かま八老舗
http://www.kamahachiroho.com/ -
こんな光景は・・・京都でなくても、どこにでもある日本の街並み・・・にしても・・・やけに電柱が多いような・・・?
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室外機も、格子で覆って隠す・・・。
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お目当ての・・・千本釈迦堂(大報恩寺)にやってきました。
大報恩寺は、千本釈迦堂という通称名が示す通り、東面が千本通に面した大伽藍だったそうです。千本通は、平安京を偲ぶのに重要な要素のひとつです。
平安京造営当時、メインストリートだった朱雀大路。しかし、平安京の西側(右京)は、もともと池沼地で水はけが悪かったため、遷都後まもなく、自然に人が住まなくなり、廃れていきました。
こうして、都の中心を通っていた朱雀大路も、10世紀ころから急速に寂れ、往時の面影は跡形もなくなってしまいます。大内裏も、政変や火災で荒廃し、平安時代末頃からは再建もされず、ついには内野と呼ばれる荒地となってしまいます。
朱雀大路は、荒廃した大内裏(内野)を貫いて北へ延び、船岡山に到達します。船岡山の西麓は、かつて蓮台野と呼ばれた葬送地(当時は風葬)でした。こうして朱雀大路は、都のメインストリートから、死者を蓮台野に運ぶ葬送ストリートとなってしまったのです。
葬送地に至る通りには、千本にも達する卒塔婆が立ち並んでいた・・・ということから、千本通と呼ばれるようになったという説もあります。 -
千本釈迦堂(大報恩寺)は、鎌倉初期の安貞元年(1227)、義空上人によって開創された寺です。
義空上人は、奥州藤原氏三代・秀衡(ひでひら)の孫にあたる人です。京都で、奥州藤原氏と関係するお寺を訪れることになるとは・・・ちょっと嬉しい。 -
お寺選びは・・・タイトルにもあるように、どの仏さまにお会いしたいか・・・という基準だけです。
京都ならではの美しい庭を持つお寺は、今回の候補には上がりませんでした。そもそも人工的に整えられた美庭は、平安時代頃の姿ではないですので・・・。 -
境内にある「北野経王堂」。
明徳2年(1391)、十一ヵ国の大領主・山名氏清は、足利三代将軍・義満に叛いて挙兵しましたが、果たせずに討滅されてしまいます。
翌年、義満は、叛いたとはいえ、かつての功労武勲を思い、氏清とその一族、あるいは戦に倒れた兵士たちの追福のため、北野天満宮のそばに大堂を建立し、経王堂成就寺と名付け、万部経会を行い供養しました。三十三間堂の2・5倍もあった大堂だったとか・・・。一切経の大部の経典5千5百余巻も、書写奉納されました。
この行事は「北野経会」と呼ばれ、京洛最大の行事となり、代々の幕府により引き継がれていきました。
しかし、江戸時代になると大堂は荒廃し、寛文11年(1671)に解体縮小されて小堂となってしまい、仏像や一切経5千余巻などは、大報恩寺に移されました。
境内にある現在のお堂は、廃仏毀釈で解体された小堂の木材をここに運んで、縮小復元したものとなります。 -
一番奥・・・松としだれ桜に隠れて、本堂があります。
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やや離れたところから眺める本堂全景。美しい形です。
本堂は、1227年の創建時そのままのものであり(修理は何度か行われていますが)、応仁・文明の乱の災火を奇跡的に免れて、京洛最古の木造建築として国宝に指定されています。
たとえ戦火を免れても、たいがいは火事になったりして、後の時代に再建された寺院伽藍が多い中で、よくぞこの西陣(応仁の乱・西軍の中心部だった)で残ったものだなぁ・・・と驚くばかりです。この本堂以外の伽藍は焼失しちゃったのに・・・。 -
まずは本堂の拝観から・・・。ここからは有料です。
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紅葉のころはキレイだったんだろうね。
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本堂に上がります。
千本釈迦堂(大報恩寺) 寺・神社・教会
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ぐるっと外廊下をまわると、参道から見た正面側。
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本堂内部は撮影禁止なので、正面側の窓から、参道を眺めた画だけ撮りました。
外陣と内陣とが格子によって仕切られ、内陣の様子は、暗いのでよく見えませんでした。ご本尊は、快慶の弟子・行快が作った釈迦如来坐像・・・のはず(どうやら秘仏のようです)。
外陣にある太い柱には、応仁の乱の時についた槍や刀の傷跡が多々残り、ボコボコになっています。これだけの傷跡を残すほどだったのに、よく無事だったなぁ・・・。 -
わたしの狙いは、こっちの霊宝館。
もちろん内部は撮影禁止。
売りは・・・快慶作の十大弟子(10体ぜんぶに快慶の署名があるわけではない)。大好きな快慶作とはいえ・・・坊さん像にはあまり興味がないのです(こら!)・・・ -
いくつもの仏像の中で、特に印象に残った美仏さまを2体ほど・・・
(写真は大報恩寺のパンフレットを写しました)
鎌倉時代に建てられた大報恩寺に、なぜか藤原時代の千手観音像。伝来は明らかでないそう。
鎌倉時代の仏像とは違う面立ち・・・身体のふっくらどっしり具合が優しく感じられます。 -
わたしが千本釈迦堂に来たのは・・・六観音像にお会いするため。
聖、千手、馬頭、十一面、准胝、如意輪の6つの観音さま。それぞれ、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六道を救うと説かれています。六体一同に安置されているのは、全国で唯一だそうです。運慶派の定慶作とされています。
各像の総高は2・7mあり、6体並ぶと、なかなかの壮観で、どの方も美しく・・・いつまで見ていても飽きません。
6人の中で、やっぱり如意輪さまが一番好きかなぁ~~(写真は、大報恩寺パンフレットを写しました)。
他にも仏像や、北野天満宮と神仏混合していた経王堂成就寺の遺物もありました。 -
本堂の横にある、大きなおかめ像。大報恩寺は、全国のおかめ信仰発祥の地として知られているそうです。
おかめ(阿亀)は、本堂建築で棟梁を務めた大工「長井飛騨守高次」の妻です。
高次が、柱の寸法を間違えて短く切り過ぎた際、枡組で補えば良いと助言して、窮地を救いながらも「専門家でもない女性の知恵で、棟梁が大仕事を成し遂げたと言われては夫の恥」と、上棟式を迎える前に自害してしまいました。
高次は上棟の日、妻おかめの冥福とお堂の無事を祈って、おかめの面を御幣につけて飾ったと言われています。
この話を伝え聞いた人々が、貞淑で才知に長けたおかめの菩提を弔うために、大報恩寺の境内に宝篋印塔(おかめ塚)を建てました。この言い伝えから、大工の信仰を集め、今日でも上棟式にはお多福の面を着けた御幣が飾られるようになりました。
結局、自害したものの・・・おかめの助言で本堂を立てることができたのが、世間にバレバレだし~~・・・(;^ω^)。
おかめ像の寄進者には、建築会社の名前がずらりと並んでいました。
本堂にも、全国から奉納された千余点のおかめ人形が展示されていましたし、このおかめ像のほかに、おかめ塚(宝篋印塔)もあったようですが、おかめ伝承にあまり興味はないし・・・ 。 -
千本釈迦堂のご朱印。
千本釈迦堂 大報恩寺
http://www.daihoonji.com/ -
千本釈迦堂まで来たら、京都らしい家並みを見られる上七軒へ・・・。
日中に、祇園や石塀小路など、京都らしい風景の場所を歩く時間はとれないけれど、千本釈迦堂のすぐそばに、ちょうど上七軒があるのでよかったです。
通りに入ってしばらくは、あまりそれらしい雰囲気じゃないんですね。 -
いい感じの横道を見かけました。
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京行燈が、京町屋の家並みを引き立ててますね~。夜、点灯したらステキだろうな~。
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玄関前もオシャレ。
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通りへ戻ります。
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どこもお正月仕様になっていて、年越しそばとかの貼り紙もあった・・・。
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西へ進むにつれて・・・いかにも~!の家並みになってきます。
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北野天満宮が見えてきました。
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室町時代、北野天満宮再建の残木を使って7軒の水茶屋を建てたことから、上七軒の名称が起こったと言われているようです。
花街として発展したのは江戸時代になってから・・・。 -
長屋みたいに隣とくっついている感じはないです。
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京町屋の特徴の・・・2階の窓を覆う簾・・・本来は、日差しを遮ったり、目隠しのため・・・だったようですが、今や季節に関係なく吊るされていて、京町屋らしいディスプレイのひとつとなっているようです。
国内のあちこちにさほど行っているわけではないけれど、装飾の簾がずら~っと並ぶ光景は、ほかで見たことがないな・・・と思いました。 -
なんとなく目について・・・お菓子を買ってみようと入ることに・・・。
老松 北野店 グルメ・レストラン
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芸舞妓さんの夏のご挨拶・・・京丸うちわが並んだ光景は、京都の花街らしいな~と感じさせてくれます。
老松
http://oimatu.co.jp/ -
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北野天満宮前まできちゃいました。
ただ今15:20頃・・・。今日お会いしたかった仏像は、千本釈迦堂だけだったのですが、もし時間が余ったら、釘抜地蔵や千本ゑんま堂などに寄ろうかな・・・と考えていました。
平安京の三大葬送地のひとつ蓮台野(船岡山麓周辺)へ至る千本通にあるそれらのお寺・・・この世とあの世をつなぐ冥途の入口・・・興味深いエリアです。 -
でも千本通りまで出るには、千本釈迦堂を超えて戻らなければならないので・・・もうすっかり歩き疲れてしまったふたりはその元気も失せ・・・神社なので行く予定にはなかったけれど、目の前なので、北野天満宮でもいいや・・・(こら!)となりました。
東門から入ります。
初詣に向けて、シートをかけた露店が準備されています。 -
菅原道真が怨霊となって、自分を陥れた藤原時平や醍醐天皇の皇子や孫などを死に追いやり、内裏の清涼殿に落雷させ死傷者を出し、洪水や疫病を流行らせ・・・ついには醍醐天皇の命まで・・・ここまでくると・・・も~う大変。朝廷は慌てふためいて、道真の名誉回復を計り、怨霊を鎮めようと、天満宮を造り、雷神として祀ることにした・・・ことは、誰もが知る有名なお話。
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戻橋で、蘇生した父親との再会を果たした浄蔵については、先ほどエピソードをひとつお話ししましたが・・・
藤原時平が菅原道真の怨霊に悩まされ、浄蔵に調伏の加持祈祷をしてもらいます。しかし祈祷中、時平の両耳から青龍(道真)が現れ、やめるように言ったため、浄蔵は調伏をやめて去ってしまいます。それからまもなく時平は死んでしまった・・・というエピソードもあります。
浄蔵伝説には、なかなか惹かれるものがあります。 -
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牛と・・・
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梅の木は、天満宮のシンボルですね~。
境内がけっこう広い・・・となんとなく知っていましたが、そこにたくさんの梅の木が植えられていて、シーズン中にはキレイだろうな~って思いました。
菅公を祀る本殿は、石の間という石畳の廊下で拝殿とつながり、本殿の西には脇殿を、拝殿の両脇には楽の間を備えた複雑な構造をしています。現在の本殿は、豊臣秀吉の遺命により、豊臣秀頼が慶長12年(1607)に造営したもので、国宝に指定されています。 -
社殿だけでもけっこうな広さでビックリ。
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拝殿前の白い玉砂利が、雪のようで美しいです。中庭の松と梅には、古風な趣きがあっていいですね。
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こちらもすっかり初詣仕様。いっぺんに多くの人が、どんどん参拝できないと捌けないですものね。
ものすごく混雑するんだろうね~。 -
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社殿をぐるっと周ってみます・・・桃山時代らしい極彩色が、壮麗で美しいです。
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本殿を取り囲むように、摂末社が50ほどあるようです。
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ぐるっと周って、三光門の前に出てきました。
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こっちが正面だったのね~と話しながら、三光門を背に、参道を戻ります。
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楼門には、来年戌年の大きな絵馬が飾られています。
参道にたくさん並ぶ露店は、今日は営業しておらず、みな準備に大忙しでした。 -
北野天満宮のご朱印。
帰りは・・・最寄りに地下鉄など列車の駅はないので・・・北野天満宮前からバスに乗りました。
まだ16時前で早かったので、お菓子も買い込んじゃったし、いったんホテルに戻ろう・・・さて、バスはどこで降りたらいいんだろう?と思いながら乗っていたら・・・西大路御池で、地下鉄駅乗り換えの案内もあったので、そこで下車して地下鉄に乗り換えました。
北野天満宮
http://www.kitanotenmangu.or.jp/ -
16:40頃、ホテルに戻ってきました。
鶴屋吉信で買った生菓子を食べて、休憩です。 -
18時頃・・・夕食に出かけます。フロントが妙な照明の色になっていました。
夕食後には、日中には訪れることができないエリアの夜景だけでも撮りに行こう・・・と考えていました。
京都では、食事も楽しみのひとつ・・・どこで夕食をとろうと、前もってチェックしたのだけれど・・・年末年始なので、ここが良いな・・・というお店は、お休みのところが多くて・・・。
お金をかければ、京都らしい雰囲気のお店で素晴らしいお料理を頂けると思いますが、わが家の場合、そこにあまりお金をかけられないな・・・と思っていました。
夕食後に夜景を撮りにいく・・・と計画しているので、行列に並んで待ったり、お店を探し回ったりする余分な時間を作りたくないな・・・と思い、3夜とも予約しておきました。 -
1日目の夕食は・・・先斗町。先斗町を歩いてみたかったので、地下鉄の三条で降りて、四条に向かって歩くことにしました。
夜の祇園や鴨川・・・さらに先斗町あたりを撮りたいな~と思い、ここを選びました。 -
写真を撮るには、意外と暗いみたい。ケバい電飾とかないからね~。
年末年始・・・週末・・・ということもあるのか、狭い通りは人であふれていました。もちろん、外国人も多かったですし。 -
木屋町通へとつながる横路地がいくつもあって・・・そこにもお店がひしめいています。
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小さなお店が軒を連ねているので、時間帯によっては、すぐに座れないお店が多そう・・・。予約がない場合、やや早めか遅めか・・・だったら大丈夫かな。
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横路地。
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こちらが19時に予約しておいたお店。
連れ合いが、京都で湯豆腐・・・とか言っていたのですが、湯豆腐の有名店は、どこも夕方くらいまで(あるいは20時くらいまで)と、早めに終わってしまうので、希望を叶えてあげることはできません。
なので・・・豆腐料理が売りの「豆八」というお店を選びました。京都豆八 先斗町北店 グルメ・レストラン
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2階は座敷だということで、靴を脱がなくてもいい1階のカウンター席を予約しておきました。
お疲れさま~~!1日お付き合いありがと~! -
お通し。白和えが美味しかったです。
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京生麩の二色田楽(写真左下)は、田楽味噌と柚子味噌で頂きますが、焼いた生麩が想像していたよりも美味しくて気に入りました。
変わり豆腐五種盛(写真左上)と、肉じゃがとごぼうの黒蜜和えも頼みました。 -
わたしは、ビールの後、京都のお酒を頂きながら・・・
おでんは、白味噌と豆乳を合わせた優しいお味。京生麩の豆乳クリームグラタンも食べました。
〆は、焼きおにぎりとちりめん山椒ごはんで・・・。
ひとつひとつお料理の出てくるのがゆっくりめ・・・なので、のんびりと飲食できました。
お酒も入れて8800円だったかな・・・まぁまぁの価格で収まったし、美味しかったのでよかったです。
豆八
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26021180/ -
豆八を出たのは21時。すっかりまったりして、日本酒も飲んだから、ちょっと酔ってるけれど、これから祇園に撮影に行くよ~!
犬矢来も京都らしい光景です。 -
横路地。
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この時間の先斗町・・・まだまだ賑やかです。
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先斗町を抜けると・・・四条通りに出ました。
鴨川の方に行きたいのだけれど・・・暗いから左右どっちが川なのか見えない。
四条大橋が始まるあたりにレトロな建物がありました。今知りましたが、東華菜館という北京料理のレストランなんですね~。大正時代のレトロな内装を見るために、食事してみたいかも~。 -
四条通の河原町駅方向。
飲食店以外でも、まだ営業しているお店があるんだね~。 -
鴨川・・・そうかなと予想はしていたけれど、やっぱり・・・けっこう暗いよね~。
川床のシーズンは、川面に多くの明かりが映り、キラキラと明るくてキレイな光景なんだけれどね(写真で見たことがあるだけですが)・・・。 -
四条大橋を渡った側から・・・やっぱり暗いわ・・・。
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橋のそばにあるレトロな建物。今知ったのですが、こちらも大正時代のもので、レストラン菊水という洋食レストランみたいです。
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飲食店やバー、クラブなどが並ぶとっても賑やかな通り・・・仙台なら国分町みたいな雰囲気の大和大路通を通って・・・白川南通にきました。
枝垂れ柳が・・・雰囲気いいなぁ~~。 -
石畳の道に沿って流れる細い白川・・・夏でも涼しげな・・・風情ある景色なんだろうね。
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京都のどこもそうだけれど、ライトアップしている時期でもないので・・・光は、家々から漏れる灯りや街灯だけ。
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川に沿ってお料理屋さんが並ぶ・・・このあたりで食事なんてのも、落ち着いた雰囲気で良さそうだな~。
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巽橋まで来ました。
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提橋を渡って、四条通りの方へ抜ける通りもとてもステキね~。
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でもそちらには行かず、白川南通へ戻って、すぐ北側にある新橋通へ。
あら!なんてステキな通り! -
日中には訪れる時間がない祇園・・・夜になっちゃったけれど、来てみてよかった~。
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格子、駒寄せ、2階窓の簾など、京都らしい家並みを堪能しました~!
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明るめにレタッチしてありますが、実際はもっと暗いので、連れ合いに1日中持ってもらっていた(リュックに入れていた)三脚も、大いに役立ちました。
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ほんの150mほどの通りなので、すぐに大和大路通が見えてきちゃいます。そちらに近づいたあたり・・・道の脇に行燈が置かれています。
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四条通りに戻ってきました。
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まだ歩きます~。
せっかくだから、花見小路通も見ておこう!と歩いていますが、案の定、いつものように道がわからなくなり、適当に歩いています。
どちらに行こうと迷いながら歩いていましたが、目的の西花見小路に、うまいこと当たったようです。 -
年末年始のお休みのところが多く、人通りもなく、ひっそりとした西花見小路でした。
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花見小路通に出ました。けっこう広い通りで、よく車も通るので、道の真ん中でモタモタ撮影していられません。
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横道。
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もう22時半です。
だいたい同じような雰囲気みたいだから、もう充分かな・・・。明日の朝も、なるべく早出したいので、そろそろホテルへ帰ります。
どんなお店があるのか・・・日中の祇園も歩いてみたかったけれど、とりあえず雰囲気を味わうことができて、とても満足しました。楽しかった~~!
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この旅行記へのコメント (10)
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- duc teruさん 2018/02/20 13:23:10
- いつもご訪問ご投票ありがとうございました
- お礼に参上いたしました。何時もながらの精緻な写真とコメントで楽しませていただきました。さすがでです。京都はいいですね。思い出してほっこりです。
拙作、相変わらずの愚作ですが、また来れるだろうかと思いながらの街歩き、老人の空元気と思召してお付き合いいただければ嬉しいです。
ducteru
- こあひるさん からの返信 2018/02/23 10:40:29
- RE: いつもご訪問ご投票ありがとうございました
- dec teruさま、こんにちは!
dec teruさんのパリ滞在旅行記を外出先で拝見して、書き込みしようと思っていたら、先に書き込み頂いてしまってありがとうございます(*^-^*)!!
ほぼ初京都・・・桜や紅葉シーズンとは違い、各お寺をゆっくり好きなように見て周ることができて、楽しかったです。
dec teruさんのパリ滞在旅行記は、さすがに旅慣れた・・・というか、旅というより短期滞在に慣れた・・・dec teruさんならではの情報が詰まったもので、読み応えがあります。コメントも多くわかりやすくて、もし同じように短期滞在する方には、とても参考になりそうですね!
dec teruさん流がいっぱいの旅行記、今後も楽しみにしています!
こあひる
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- るなさん 2018/01/22 08:14:48
- 京都堪能
- あひる殿、おはようさんです。
今日は都心でも雪予報。寒いわぁ~
京都に年末年始3泊とか、ヘタに海外行くより高くつきそうなイメージだが...( ;∀;)
若い時は京都の良さなんてあんまり実感出来ないものでは?京都に限らず古い物の持つ良さは大人になってからわかるんじゃないのか?(笑)
神社に☆マーク???なんて初めて見た私だが、五芒星っていうんだ?
しかも境内の結構あちこちに掲げてあるんだね。しかもあのデカイ桃の像にもちょっとびっくり( ゚Д゚)
そうそう、ダーリンはホントによくこあひるさんと一緒に歩いているよなぁといつも感心しちゃう!お昼ぐらいちゃんと食べさせてあげて下さい(笑)
京都に行くとやっぱりお蕎麦とか和菓子だよね。お蕎麦はよく食べるけど、和菓子は東京にいたらほとんど口にしないもん。
お目当てはきっと.....って思ったらやっぱり三上家路地だったね。私もここ行きたくてこの辺りに行ったんだ!
上七軒は私も歩きました。芸子さん達のうちわが印象的よね♪
家並みはちょっと金沢の東茶屋街みたいな感じだな~
風情ある京都の街を堪能出来て良かったね。
私もまた行きたいと思いつつ、ほんまに京都とか3泊すると高くつくんでなかなか足が向かない私である。
るなっちょ
- こあひるさん からの返信 2018/01/25 10:28:05
- RE: 京都堪能
- るなっちょ、こんちは!
東京も、今日はぐ〜っと冷えたみたいね〜。仙台も、今日で雪3日目・・・毎日、雪国のような景色が続いています。
そうなんだよね、国内旅行って、海外のアジア方面に行くのと変わらないくらいお金かかるんだよね〜。旅行って、ある程度、お金に余裕がないと行けないんだな〜と痛感します。連れ合いの休暇日程に合わせると、ヨーロッパへのエアチケットは高くなるので、叶わなくて残念・・・。
晴明神社は、祭神が陰陽師の安倍晴明だから、他の神社とはまたちょっと違く感じなんだろうね。私は、神社の中で、人間を神さまに祀りあげた神社ってあまり興味がわかないのだけれど、安倍晴明に関してはちょっとミーハー的な思いがあって・・・(笑)。
お寺って閉まるのが早いから、いかに頑張って周りきれるかが大事なので・・・一人旅なら、お昼抜きで全然OKなんだけれど・・・奈良や京都の仏像めぐりには、連れ合いはちょっと邪魔だわ〜。見えないのに拝観料とられるし(多少割り引いてもらったとしても)。
三上家路地や上七軒は、フォトジェニックポイントだよね〜。るなっちょも行ったってことは、わたしのセレクトもまんざらではない・・・ってことだね(*^-^*)!!
わたしも、普段は、どちらかというと洋菓子のほうが好きで・・・和菓子はたま〜に食べることもあるけれど。京都では、歩いている時、和菓子店のほうが目についたな。お土産で買って来た中では、やっぱり洋菓子の方が好きだったけれど(苦笑)。
京都の風情や見どころを存分に味わった・・・というほどでもなかったけれど、初めての京都は、自分なりに満足のできる旅でした。
こあひる
-
- aoitomoさん 2018/01/20 14:40:23
- 色々調べ上げてますね~ 私の知らない京都 トリップさせていただきました~
- こあひるさん こんにちは~
『初京都』
私は何度も京都には訪れているものの、紅葉とか桜のシーズンに誰もが行きそうなところを行くだけで、まだ京都を何も理解していないとも言えます。
美仏好きのこあひるさんが京都がほぼ初めてなんて信じられないのですが、言われてみればそうだったのですね~
でもなんか京都の仏像の旅行記もしっかり見たような。
私も京都の仏像と言えば、三十三間堂の千手観音だけインパクトがあって記憶に残ってます。
中学の修学旅行だったかも。
こあひるさんのように、美仏をテーマにしたり、一方で京都らしい景観も、しっかりシミュレーションして観光していたりと、いつもながらその計画に脱帽です。
『顕彰板』
晴明伝説の顕彰板、10枚全部アップしてもいいですよ。
こんなの好きです。
『御神木(楠)』
学生時代、楠があるとよく相方に触らせて写真を撮りましたよ。余計な虫が付かないようにと。(爆)
お陰で今があります。(爆)
『一條戻橋』
この橋のエピソードも面白いですね。
こんなエピソードを知ると興味が深まります。
『三上家路地』
こんな場所も事前チェックされて、見つかると嬉しいものです。何も知らないと通り過ぎてしまいそうな、そんな場所ですが、歴史を知るとのめり込みます。
自分の知らない古き良き京都を見ている気分にさせてくれます。
『千本釈迦堂』
霊宝館の六観音像、ネットでも確認しましたが確かに首を傾げる如意輪観音がクオリティが高い感じがします。
秘仏や写真撮影も不可な場所もパンフレットの写真で補い分かりやすくなって助かります。
『先斗町~祇園の夜景』
なかなか夜は撮影される人も少ないみたいですが、
これが人気が少なくていい感じです。
夜景も三脚必須の暗さですが、三脚しっかり役に立ってますね。
美しい京都の街並みの夜景も楽しませていただきました。
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2018/01/22 13:01:03
- RE: 色々調べ上げてますね? 私の知らない京都 トリップさせていただきました?
- aoitomoさん、こんにちは!
桜や紅葉シーズンだと、京都の歴史や建築物を楽しむ旅・・・というよりも、桜や紅葉そのものを見ることがメインになるので、目的が異なるんだろう・・と思います。
わが家は仙台に来るまでは、国内旅行と言えば、関東地方の近場限りで、歴史にも寺院仏閣にも興味がなかったので・・・ここ数年で色々行くようにななり、知識も多少ついてきました。
三十三間堂の仏像を見たのは、はるか昔の子供時代ですが、スゴイ!と感じた(でも具体的なシーンは覚えてないのですが)ので、やっぱり特別なインパクトがあるんでしょうね。
今回1回だけ乗ったタクシードライバーさんが、外国人にとって、普通のお寺は、いくつか見ると飽きてきちゃうだろうけれど、三十三間堂と伏見稲荷だけは、他にはない景観なので、新鮮で面白く見えるだろうね〜と言っていましたが、まさに的を得ていると思いました。
京都は、たいがいひとつのお寺がデカいし、道を歩けば寺や神社にすぐぶち当たる・・・ので、なにかテーマを決めてまわらないと、いったいどこから訪れたらいいのか・・・わからなくなっちゃいますね。
楠のことは、学生のころからご存知だったのですね。奥さまとは、学生時代からの気の知れたご縁なのですね〜。余計な虫がつかなくて、効果てきめんでした!!
一條戻橋は、この世とあの世の境目のあったせいか、奇譚がたくさんあって、興味深いです。
平安時代の京都ならではの怖いお話や不思議な話・・・がたくさんあるので、それをベースに色々たどってみるのも、遠野と同く、面白いだろうな〜と思うのですが、遠野と違って、お寺や庭園そのものや仏像など、見どころが多すぎて、一生通っても終わらないような気がします。
三上家路地は、思ったよりも入口がわかりづらくて、ふと通り過ぎちゃうような門構えでした。昔ながらの伝統的職業も、京都ですら風前の灯火のようで・・・家並みは頑張って残せても、中身はかなり変わってしまっていて、物寂しさもあります。
千本釈迦堂の六観音、ネットでご覧になられましたか〜(さすが)。好き好きがあるでしょうが、如意輪さまが一番色っぽい(って失礼ですが)かな〜。
先斗町は、思ったよりも暗いし、狭い路地に人が多すぎて、あんまりいい写真は撮れませんでしたが、祇園では思いっきり夜景撮影を楽しめてよかったです。舞妓さんの姿が欲しくなる街並みですよね〜。連れ合いに連日持ってもらった三脚も、大いに役立って、その甲斐ありました。記念撮影もできましたしね!
こあひる
-
- milkさん 2018/01/19 23:06:48
- 京都の街並み...
- こあひるさん、こんばんは☆
こちらにもお邪魔させて頂いています。
京都の街並みって、やっぱりいいですね~。
もう何年も行っていないので、今年は行かれたらいいな~って思っている所です。
花見小路は車が多いのが難点...。
折角風情ある街並みなのに、車が入り込んだら一気に現実に引き戻されてしまうんですよね。
ヨーロッパでもせっかく美しい中世の街並みなのに路上に車が陳列していたりして、雰囲気を壊されてしまうのが残念だな~って思います。
晴明神社、行ってみたいです。
阿部晴明についてはあまり詳しくないので、夢枕獏さんの本は読んでみたいな~。
千利休って切腹しているんですね!!
知らなかったです...。
おかめさんのお話はちょっと関心しました...。
でも、結局バレバレって、おかめさん浮かばれないですね(+o+)
milk
- こあひるさん からの返信 2018/01/22 12:36:19
- RE: 京都の街並み...
- milkさん
引き続き、書き込みいただいてありがと〜〜!
そうですね〜。京都の街並み、とっても風情があってステキだと思いました。まぁ、こういう保存地区のような街並みは、どこも江戸時代以降のものなので、もっともっと前の時代に興味のあるわたしは、いにしえの都を感じ取れたらな・・・と思うのです。
江戸時代の家並みはどこも雰囲気が似ていますが、商家とか武家屋敷とか宿場町とか・・・その町の歴史によって異なるのが面白いかな〜。
昼間の花見小路を歩いていないのですが、車、けっこう通るのでしょうね〜。川越でも、車が多すぎて、通りを渡るのすら面倒でうんざりでしたが、花見小路はどの程度なのかな〜。人が多すぎても、風情がないな・・・と感じてしまいますが・・・。
夢枕獏氏の陰陽師シリーズ・・・岡野玲子さんの陰陽師も、夢枕獏氏の小説をベースに忠実に描いていて(でも途中までですが)、美化しすぎですが、これらを読むと、晴明神社には必ず行きたくなるものです(笑)。
千利休は、豊臣秀吉に重用されていたのですが、だんだん関係が悪くなり疎まれて、切腹を命じられたんですよ〜。
おかめさんのお話、大工棟梁の旦那があまりに間抜けで・・・。実話なのかよくわかりませんが・・・死ぬことはないだろ〜〜って思っちゃいました。
こあひる
-
- たらよろさん 2018/01/18 23:52:32
- 歩いたねー
- こんばんは、こあひるさん
いやぁ、、、地元民もびっくりするほど歩かれて、
本当にびっくりよー
晴明神社のご朱印は、印なの??
以前は、直に書いてもらっていたような気がするんだけれど、年末で印になっていたのかな?
京都の年末って結構閉まっているお店が多いんだね。
それもまたびっくりしたわー
鶴屋吉信さんと老松さんの和菓子比べ。いかがでしたか?
私はどちらも好きですー♪
北野天満宮さんは、1番お世話になった神社かな。
やっぱり、学生時代はなんだかんだで、北野天満宮には何度も行っているので、
今までの人生で1番行ったことの多い神社だなぁ。
夜の通り、確かに明かりは少ないよね。
でも、昼間だと、今度は結婚式の前撮りとか、
記念撮影とかで、世界各国のカップルが写真を撮りまくっているので、
それはそれで今問題発生中です、、、
それに、仰る通り、車が通るのでちょっと興ざめなんですよねー
せめて、休日だけでも花見小路とか歩行者天国にすれば良いのにって思うのですが。
たらよろ
- こあひるさん からの返信 2018/01/19 13:47:57
- RE: 歩いたねー
- たらよろさん、こんにちは。
書き込みどうもありがとうございます(*´▽`*)
いやいや〜、地元民だからこそ、そんなにいっぱい歩かないでしょ〜。観光客は日にちが限られているから、けっこう必至で歩かないとならないので〜〜(笑)。
晴明神社のご朱印、土御門家34代目が江戸時代に書いたものを、版に起こした文字らしいですよ〜。なので手描きでなく、印になっちゃったのかもしれませんね。
年末年始・・・神社仏閣の周囲のお店は、わりと開いているのでよかったのだけれど、お料理屋さんや個人店舗なんかはお休みのところもけっこうありました。いいなと思うレストランとかも・・・。
和菓子店は、通る道だけでもたくさん見かけるので、ほんとに切りがないですよね〜、京都は・・・。どこのお店のを選ぼうか・・・なんて、個人的な好みがあるし、食べるものにもよるし・・・きっとご近所とか、ご縁のあるお店で買うことが多くなるのかな。
北野天満宮さん、さすがに大きくて立派な神社だった〜。連れ合いも、子ども時代からずっと大阪に住んでいたので、受験前に子ども同士で、八坂神社から天満宮まで歩いて祈願したって言っていました。
京都の桜や紅葉は有名すぎるけれど、天満宮の梅も、風雅でステキそうですね〜。
この時期・・・ライトアップや灯りイベントもないから・・・祇園あたりは暗くて〜〜(笑)。夜は閉まっているお店も多いから余計にかな・・・。
そっか・・・昼間は、フォト撮りが多いのね〜、わかるわかる〜〜。ストリートビューで見ても、巽橋でウェディングフォト撮ってる様子が写ってるもん・・・。ウェディングだけでなく、レンタル着物を着て歩く観光客も多いから、やっぱりビュースポットで撮りたくなりますよね。アジア系の外国人は、納得いくまで長々とそこから退かないことが多いし・・・。
観光客が増えるのはいいことなんだろうけれど、石塀小路が撮影禁止になったり(これで行く気が失せました)・・・芸舞妓さんをカメラマンが追っかけまわしたり・・・と、なんだか悲しくなりますね。市民の方も、市バスになかなか乗れなかったり、生活しにくくなっているとか・・・?
夜なので、花見小路や新橋通りを通る車は少なめでしたが、飲み屋さん街だからタクシーが多かったかな〜。ああいう雰囲気の通りは、せっかくなのでホコ天にしてほしいですよね〜。
夜景だけでも、祇園の雰囲気を味わえて楽しかったです。
こあひる
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