2017/12/02 - 2017/12/12
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azianokazeさん
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2017年12月6日 シェムリアップ三日目
この日は、シェムリアップ郊外のベン・メリア、コー・ケー(表紙写真)、更にタイ国境のプリア・ヴィヘアを1日で回るという、大遠征メニューです。早朝に出発して、帰着は夜です。
本編は、前半のベンメリアとコーケーの記録です。
カンボジアも道路整備が進み、思ったよりは難行ではなく、予定よりかなり早く帰着しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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いきなりですが、「ベン・メリア」遺跡の参道のナーガです。
シェムリアップ三日目の12月6日は、シェムリアップ郊外のベン・メリア、コー・ケー、更にタイ国境のプリア・ヴィヘアを1日で回るというコース。
ゲストハスの方に話すと「ほとんどが移動時間ですね・・・」という大遠征コースです。
「ベルトラ」の現地ツアー(日本語ガイド 昼・夕食つき)で1万5千円ほど。
参加者は私一人で、個人貸し切りツアーとなりました。
早朝6:30のピックアップですので、ベン・メリア着はかなり早い時間。まだ、ひと気はほとんどありません。 ベン・メリアも貸し切りです。 -
内戦当時の地雷は除去されています。
15年前にも来たことがありますが、そのときはまだ地雷は完全には除去されえおらず、遺跡内あちこちに地雷を表示する看板が立っていました。 -
アンコール・ワット遺跡群チケットとは別枠で、5ドル必要です。
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正門付近
ベン・メリアはほとんど廃墟です。それが、この遺跡の魅力でもありますが。
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アンコールワットから東へ直線距離で約40km東方に位置し、現在も修復が施されないままに放置され、密森の中にひっそりと眠り静かな佇まいを見せる平面展開型の巨大寺院。原形をとどめないほど崩壊がひどく、苔むし、ほとんどが瓦礫の山のと化し廃墟の感を強く漂わせる。
アンコール・ワット建造前の11世紀末-12世紀初頭の造営と推測されている。
環濠幅約45m、周囲4.2kmと規模はやや小さいものの、アンコール・ワットとの類似点が多く「東のアンコール・ワット」とも称される。
アンコール・ワットに先立ち、そのモデルとして計画されたといわれている。
ヒンドゥー教寺院として建造されたが、仏教のモチーフをあしらった彫刻が多く確認できる。材質は主に砂岩である。【ウィキペディア】
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廃墟を背に瞑想にふけっている・・・・訳ではなく、ただ目を閉じただけです。
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以前は遺跡内部に踏み込むことができましたが、今は整備された遊歩道以外は立ち入り禁止です。
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「タ・プローム」同様に、生命力あふれる自然が人間のつくったものを破壊していきます。
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歩きやすい木製の遊歩道が整備されていますが、その分、野趣は薄れた感も。
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何の実だったか・・・忘れました。
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「ラーマーヤナ」の一節 身の潔白を証明するために火の中に飛び込むシータ姫を描いた破風
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この日のガイド氏
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苔むした石材が美しいそうですが、時期的なものか、失われたのか、この日はいまひとつの感も。
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乳海攪拌
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手前 何かの足だけが。
朝早い、涼しく、人もほとんどいない時間帯の観光は気持ちがいいものです。
日差しがきつく、観光客が溢れているようだと、印象は大きく変わるでしょう。
早朝のベン・メリアを満喫して、次の遺跡コー・ケーに向かいます。 -
bベン・メリアからコー・ケーは1時間ほどだったでしょうか。
途中、道路わきのお店で買った揚げバナナ(手前)と甘いおやつ -
ほどなく、コー・ケーに到着
コー・ケーは広いエリアに遺跡が点在していますが、最初に訪れたのはプラサット・プラム
****コーケー遺跡*****
コーケー遺跡は、シェムリアップから北東へ100kmほどのところにある、約30の寺院遺跡や塔の遺跡からなる遺跡群です。
アンコール王朝の中でもわずかな年数しか都として使われず、長い間ひっそりと放置されたままだったことから、幻の遺跡とも言われます。
奥地に建っているということもあり、手つかずのまま残された遺跡です。
地雷撤去が進み、観光客も訪れることができるようになりましたが、まだアクセス手段が確立されていないので、観光客は少ない遺跡でもあります
歴史
コーケーの有力者だったジャヤーヴァルマン4世は王位につくと、アンコールからコーケーに都を遷しました。その息子のハルシャヴァルマン2世もコーケーの都を継ぎました。
次のラージェンドラヴァルマン王がアンコール地域に都を戻したため、コーケーに都があったのは928年から944年頃までの間です。【VELTRA】
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「歩き方」では、コー・ケーが都としてしようされたのは921年から941年、遺跡数は60とも言われているされています。
入場料は10ドル。 -
三つの祠は、それぞれヒンズーの三神を祀ったものとか。どれが誰だかは忘れました。
“プラサット・プラムには木の根が血管のように巻きついている”【歩き方】 -
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内部のリンガ台などは破壊・盗掘されています。
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壁に残るリンガ
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次の遺跡はプラサット・リンガ
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祠の中には、直径1mほどの巨大なリンガが。
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リンガ(男性器)の周囲はヨニ(女性器)
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リンガにかけられた水はヨニを通じて祠の外部に“聖水”として流れ出ます。
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コー・ケー遺跡群のメイン遺跡であるプラサット・トム入口付近
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倒壊が進んでおり、修復・補修作業も行われています。
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参道は一直線に奥に向かいます。途中の建物。
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同上
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補修作業
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参道両脇の石柱は、片側は倒壊しています。
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なにかの動物 なんだったか忘れました。
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更に奥へ。
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デバター
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ようやく目指す階段ピラミッドが見えてきました。
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プランと呼ばれる、高さ35mの7段ピラミッド。
なかなかりっぱなピラミッドです。
建設当時は頂上に中央祠堂が建っていたと思われています。 -
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ガイド氏おすすめの構図
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プランは階段が取り付けられており、上まであがれます。
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頂上です。
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中央祠堂跡
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360度遮るものもないカンボジアの大地
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東西南北、どの方向を撮っても同じような写真になってしまいます。
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プランの隣には「白い象の墓」もあって、その前には、国王が訪問した際か何かに最近作られた象の像も。高価そうな石です。
以上でコー・ケー遺跡観光を終えて、いよいよタイ国境のプリア・ヴィヘアへ向かいますが、それは次編で。
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