2017/12/01 - 2017/12/01
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belleduneさん
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久し振りに来た熱海で、海岸沿いの道から海を眺めている間に起雲閣」に着きました。ここは、大正8年(1919)に内田信也が母の静養の場として建てた別荘でした。その後、根津嘉一郎が洋館を建てましたが、昭和22年(1947)に櫻井兵五郎が買い取って、旅館「起雲閣」を創業。平成11年(1999)に廃業後、熱海市の所有になり、現在一般公開されています。2017年に2度目の改築が行われています。熱海の非公開の岩崎家別荘、今は存在しない住友家別荘とここが熱海の三大別荘と言われています。
- 旅行の満足度
- 4.5
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表門は薬医門で、大正8年(1919)に建てられました。
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2本の本柱と2本の控柱で、女梁(肘木)と男梁(腕木)を受けて、冠木を貫いて、その上で切妻、入母屋の屋根を架けています。当初は、桧皮葺でしたが、現在は瓦葺になっています。
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玄関までの道も遊び心いっぱいの敷石模様。
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ここに別荘が建てられる以前からあったとされるお蔵です。現在は資料展示やお土産などを売っています。
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玄関。内田汽船の内田信也は、山下汽船の山下亀三郎、勝田汽船の勝田銀次郎と並ぶ三大船成金と言われています。船舶事業で財を成し、海運王と呼ばれた後、政界に進出し、宮城県知事、鉄道大臣、農商務大臣、農林大臣などを歴任しました。
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1階の「麒麟の間」は、内田信也が車椅子生活の母を思って、入側造りという、この座敷を囲む三方が広い畳廊下となっていて、段差がありません。現在のこの壁は、桜伊兵五郎が買い取って、旅館にする際の改築で、出身地の加賀藩を象徴する「加賀青漆喰」に塗り替えたものです。
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天井は高くとられています。
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広い畳廊下から、千坪の庭園を臨むことができます。
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向かいには根津嘉一郎が建てた洋館のサンルームがあります。
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根津嘉一郎が建てた洋館の「玉姫」のサンルーム部分で、昭和7年(1932)に完成しました。根津嘉一郎は、故郷山梨から明治29年(1896)、東京へ本拠地を移し、実業家、政治家として手腕を振るうことになります。東武鉄道、南海鉄道など国内の多くの鉄道施設や再建事業に関わっています。そのため鉄道王と言われています。2代目が、昭和15年(1941)に代々の収蔵品を公開するため、根津美術館を造って居ます。
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ステンドグラスは、宇野澤辰雄の作品。ちらっとしか見えていませんが、床のモザイクタイルは、池田泰山の作品です。こんなに贅沢なサンルームは今は作れないでしょうね。
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ガラス越しに見えるのは、先程の和室です。2階は後ほど周ります。
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サンルーム続きの「玉姫」。「喜」をデザイン化した中国風の彫刻や唐草模様の彫刻が施してあります。
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折り上げ天井になっています。
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隣の「玉渓」は、暖炉のあるチューダー様式に、名栗仕上げを施した山荘造りです。名栗仕上げとは柱や梁の材木表面を写真で見えるように綺麗に模様をつけるように削る仕上げのことです。
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出窓部分の天井。
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暖炉脇のステンドグラスの窓から入る光で本を読んだりできる造り付けの椅子があります。
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一番面白いのは、この柱ですが、古い寺社の柱か、江戸時代の帆船の帆柱とも言われているようです。暖炉辺りを床の間とこの柱が床柱のように見せているかのようです。
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絨毯の上に建っているので、この絨毯は相当古いものですね。
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暖炉にはサンスクリト語の飾りが付いています。
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間近に見るとかなり凝った造りになっています。
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暖炉の上部、天井の際の石には、模様が刻んでありますが、これもサンスクリット語のデザイン化したものでしょうか。
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暖炉の薪などを焼べる奥の壁にも模様が描かれていますね。
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「初霜・文豪の間」に展示してあった当初の写真。
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旅館として営業していた頃の和室。
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ガラス窓には其々宿泊していた文人の歌や文が書いてあります。写真ではよく見えません。
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「春風・尾崎紅葉の間」
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この部屋のガラス窓にも小説の一節が書いてあります。
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「松風・坪内逍遥の間」
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「金剛」も根津嘉一郎の建てた洋館で、格調高い迎賓室となっています。先ほどの玉渓とは暖炉も仕上げみ全て異なっています。
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暖炉脇の部分のステンドグラス。中央に喜を中国風にデザインしたものでしょうか。
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扉が開いていて、見えませんが、後ろの嵌め込みガラス部分は、ステンドグラスになっています。
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「金剛」の続きの間の天井部分も凝っています。
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床はタイル張りです。和洋折衷の当時としては、モダンな造りで面白いです。
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ローマ風浴室で、ステンドグラスの窓、真鍮の蛇口は当時のものだそうです。
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テラコッタの湯出口も当初のままです。
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1989年の改築で、ローマ風浴室の位置が変えられています。
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着替えの間の壁に付けられたステンドグラスの丸窓。向こう側は浴室です。
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櫻井兵五郎は、金沢の湯涌温泉がアメリカ進駐軍に接収されたので、昭和22年(1947)にここを買い取り、旅館を営業しました。昭和24年(1924)に金剛の棟を改築し、その後、音楽サロンの棟、展示室棟、貸出部屋の棟を新築しています。
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旧大浴場。
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窓からの眺め
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離れ「孔雀の間」に来ました。ここも畳廊下の入り側造りとなっています。
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2間続きの広い離れです。
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床の間、付け書院のある和室部分。
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庭から見た離れ「孔雀の間」です。
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外から見ても広い離れです。
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最初に見た1階の「麒麟の間」の2階「大鳳の間」にやって来ました。
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ここも畳廊下なので、足が冷たくありません。手入れが大変ですが、畳廊下は良いものですね。
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階下に見える洋館のサンルームの屋根部分のガラス屋根がよく見えます。
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襖を開け放つと広いですね。ここで、谷川浩司と羽生善治との竜王戦のタイトル戦が行われました。
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1階に下りて、最初に見た「「麒麟の間」を開け放してある障子から見たところです。
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庭園に出ます。
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中央の大きな石は、根津の大石と言われ、20トン程ある巨石で、20人の庭師が2ヶ月掛けて運び据えたというほどです。地中に岩の8割が埋めらえれています。
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池泉回遊式庭園となっています。
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