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青春18きっぷを買ってしまいましたが、9月は出かける暇もなさそうなので、8月に入って15日連続で雨が続いていますが、強硬実施。<br />ということで、あまり天気は良くありませんでしたが、何とかなるだろう!と出かけることにしました。この日、東京ではゲリラ豪雨が発生したとテレビでやっていましたが、帰ってくるまでしとしとと小雨程度の雨には降られたものの、傘も持って行ったので全然へっちゃらでしたよ~<br />そんな中、本日は31,598歩のお散歩でした。<br /><br />往路:山手線内→由比 151.6Km 2,590円<br />復路:興津→山手線内 157.5Km 3,020円<br />往復 309.1Km 5,610円<br />今夏の18きっぷ累計 1,209.3Km 20,341円分の移動となりました<br /><br />【表紙の写真】東海道五十三次 由比(さった峠・歌川広重)

アメニモマケズ 東海道 由比宿~さった峠~興津宿

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2017/08/15 - 2017/08/15

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かつのすけさん

青春18きっぷを買ってしまいましたが、9月は出かける暇もなさそうなので、8月に入って15日連続で雨が続いていますが、強硬実施。
ということで、あまり天気は良くありませんでしたが、何とかなるだろう!と出かけることにしました。この日、東京ではゲリラ豪雨が発生したとテレビでやっていましたが、帰ってくるまでしとしとと小雨程度の雨には降られたものの、傘も持って行ったので全然へっちゃらでしたよ~
そんな中、本日は31,598歩のお散歩でした。

往路:山手線内→由比 151.6Km 2,590円
復路:興津→山手線内 157.5Km 3,020円
往復 309.1Km 5,610円
今夏の18きっぷ累計 1,209.3Km 20,341円分の移動となりました

【表紙の写真】東海道五十三次 由比(さった峠・歌川広重)

旅行の満足度
4.0
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル

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  • もう少しだけ早く出れば良いのはわかっているのに、どうしてもできない。<br />結局今日もこの電車になってしまいました…

    もう少しだけ早く出れば良いのはわかっているのに、どうしてもできない。
    結局今日もこの電車になってしまいました…

    品川駅

  • そう、この6:16品川発の熱海行です。

    そう、この6:16品川発の熱海行です。

    JR東海道本線 乗り物

  • だから、今日も結局熱海でこの電車に乗換です。

    だから、今日も結局熱海でこの電車に乗換です。

    熱海駅

  • で、8:59 到着したのは静岡県の由比

    で、8:59 到着したのは静岡県の由比

    由比駅

  • 今日はここからスタートします。

    今日はここからスタートします。

  • 駅前の桜えび通りを歩いて行きますと…

    駅前の桜えび通りを歩いて行きますと…

  • 海側には国道1号線や東名高速道路

    海側には国道1号線や東名高速道路

  • 駅からおよそ1.7km、歩いて20分ほどで由比宿に到着です。

    駅からおよそ1.7km、歩いて20分ほどで由比宿に到着です。

    由比宿 名所・史跡

    東海道26番目の宿場町 by かつのすけさん
  • 宿場町に入ってすぐのところにある清水銀行由比支店本町特別出張所。<br />大正14年に庚子銀行本店としてできたイオニア様式の建物だそうです。<br />今でも現役の銀行として活躍中です!

    宿場町に入ってすぐのところにある清水銀行由比支店本町特別出張所。
    大正14年に庚子銀行本店としてできたイオニア様式の建物だそうです。
    今でも現役の銀行として活躍中です!

    清水銀行由比支店本町特別出張所 名所・史跡

  • すぐそばの街道沿いの水路とも池とも言えない水(馬の水飲み場とのこと)の中には多数の亀・亀・亀<br />そういえば、翌日ニュースで頻繁にやっていたニュースで逃げた亀に懸賞金!というのがあったっけ…この亀たちは大丈夫?

    すぐそばの街道沿いの水路とも池とも言えない水(馬の水飲み場とのこと)の中には多数の亀・亀・亀
    そういえば、翌日ニュースで頻繁にやっていたニュースで逃げた亀に懸賞金!というのがあったっけ…この亀たちは大丈夫?

  • 亀型の石も…

    亀型の石も…

  • ここは由比本陣公園<br />由比宿は東海道の16番目の宿場町。本陣1、脇本陣1、旅籠32と小規模な宿場町だったようで、由比宿唯一の本陣だったようですね。<br />由比の本陣を代々務めた岩邊郷右衛門家は今川家没落の後帰農し、慶長年間にここに邸を賜り本陣を営んだそうです。この本陣公園は平成元年にその子孫由比宏忠氏より由比町がこの敷地を購入し、整備しました。

    ここは由比本陣公園
    由比宿は東海道の16番目の宿場町。本陣1、脇本陣1、旅籠32と小規模な宿場町だったようで、由比宿唯一の本陣だったようですね。
    由比の本陣を代々務めた岩邊郷右衛門家は今川家没落の後帰農し、慶長年間にここに邸を賜り本陣を営んだそうです。この本陣公園は平成元年にその子孫由比宏忠氏より由比町がこの敷地を購入し、整備しました。

    由比本陣公園 名所・史跡

  • 入口を正面から見るとこんな感じ<br />御立派な門ですなぁ~

    入口を正面から見るとこんな感じ
    御立派な門ですなぁ~

  • 門を入ると右手に東海道由比宿交流館の建物。<br />観光案内所 兼 甘味処 という感じでしょうか。

    門を入ると右手に東海道由比宿交流館の建物。
    観光案内所 兼 甘味処 という感じでしょうか。

    東海道由比宿交流館 美術館・博物館

  • ちょっと中へ。

    ちょっと中へ。

  • 由比宿街並模型なんかもあります。

    由比宿街並模型なんかもあります。

  • そしてこれがここ(由比本陣)

    そしてこれがここ(由比本陣)

  • 公園内には江戸時代に本陣で使われていた本陣井戸があります。<br />

    公園内には江戸時代に本陣で使われていた本陣井戸があります。

  • 御幸亭とその付属の庭園松榧園(しょうひえん)<br />御幸亭は明治天皇が小休された離れを復元したもので、松榧園の名付け親は山岡鉄舟なんだそうです。

    御幸亭とその付属の庭園松榧園(しょうひえん)
    御幸亭は明治天皇が小休された離れを復元したもので、松榧園の名付け親は山岡鉄舟なんだそうです。

    由比本陣記念館御幸亭 美術館・博物館

  • こちらも公園内の、門を入って正面にある東海道広重美術館に入館します。<br />中は残念ながら撮影NG。<br />今年は歌川広重生誕220年のようで、これを記念して-雙筆五十三次と東海道五十三對-の展示がされていました。<br />表紙の写真にあるような東海道五十三次の浮世絵が展示されていた他、浮世絵の解説などがされていてなかなか興味深い展示でした。

    こちらも公園内の、門を入って正面にある東海道広重美術館に入館します。
    中は残念ながら撮影NG。
    今年は歌川広重生誕220年のようで、これを記念して-雙筆五十三次と東海道五十三對-の展示がされていました。
    表紙の写真にあるような東海道五十三次の浮世絵が展示されていた他、浮世絵の解説などがされていてなかなか興味深い展示でした。

    東海道広重美術館 美術館・博物館

  • 美術館を小一時間ほど鑑賞して、本陣公園を後にしました。<br />来たときはなんとかもってくれた雨もついにポツポツ…<br />さて、本陣公園とは道を挟んで目の前に正雪紺屋。<br />由比の正雪と言えば江戸時代慶安事件を起こした由比正雪。<br />その由比正雪の生まれた場所と言われているそうです。

    美術館を小一時間ほど鑑賞して、本陣公園を後にしました。
    来たときはなんとかもってくれた雨もついにポツポツ…
    さて、本陣公園とは道を挟んで目の前に正雪紺屋。
    由比の正雪と言えば江戸時代慶安事件を起こした由比正雪。
    その由比正雪の生まれた場所と言われているそうです。

    正雪紺屋 名所・史跡

  • 本陣公園の脇には神社の入口がありました。<br />鳥居の奥の石段を登っていくととかなりの高台に社殿があります。

    本陣公園の脇には神社の入口がありました。
    鳥居の奥の石段を登っていくととかなりの高台に社殿があります。

  • 高台にあるため、海や由比の街が眺められました。<br />晴れていればもっといい景色だったんでしょうけど…。

    高台にあるため、海や由比の街が眺められました。
    晴れていればもっといい景色だったんでしょうけど…。

  • 神社の裏からの眺めはこんな感じです。<br />走行中の新幹線も見えますよ~

    神社の裏からの眺めはこんな感じです。
    走行中の新幹線も見えますよ~

  • 続いて大法寺<br />

    続いて大法寺

  • こちらは天正13年光広の妻による開創です。

    こちらは天正13年光広の妻による開創です。

  • で、御本堂

    で、御本堂

  • 由比宿の入口に和紙と錦織の館という建物がありましたが、この日はお休み

    由比宿の入口に和紙と錦織の館という建物がありましたが、この日はお休み

  • その前に東海道由比宿おもしろ宿場館<br />博物館というか、学習施設のような感じです。

    その前に東海道由比宿おもしろ宿場館
    博物館というか、学習施設のような感じです。

    東海道由比宿おもしろ宿場館 美術館・博物館

  • お客さん誰もいませんでしたが、どんなものかとちょっと入ってみました。<br />人が近付くとセンサーでしゃべり始めます。<br />こちらは鍛冶屋

    お客さん誰もいませんでしたが、どんなものかとちょっと入ってみました。
    人が近付くとセンサーでしゃべり始めます。
    こちらは鍛冶屋

  • 寺子屋

    寺子屋

  • 旅籠

    旅籠

  • 地下に下りて目に入るのが本陣の様子<br />奥にいる御殿様は紀州藩主だそうです。

    地下に下りて目に入るのが本陣の様子
    奥にいる御殿様は紀州藩主だそうです。

  • 奥にはパネル展示など。<br />由比と言えば由比正雪

    奥にはパネル展示など。
    由比と言えば由比正雪

  • そして、こちらは先ほどの本陣の主である岩邊(由比)氏のコーナー。<br />由比の宿場町の中ではそれだけ本陣家の力が大きかったんですね。

    そして、こちらは先ほどの本陣の主である岩邊(由比)氏のコーナー。
    由比の宿場町の中ではそれだけ本陣家の力が大きかったんですね。

  • さて、由比宿を後にします。<br />小雨が降ってきましたが、川では子供たちが川遊びをしています。

    さて、由比宿を後にします。
    小雨が降ってきましたが、川では子供たちが川遊びをしています。

  • 途中の街道沿いの街並み。雨も止みました。

    途中の街道沿いの街並み。雨も止みました。

  • ここを左に曲がり、由比漁港へ

    ここを左に曲がり、由比漁港へ

  • そろそろ食事にしようと、浜のかきあげやに来ましたが、まだやっていない…?

    そろそろ食事にしようと、浜のかきあげやに来ましたが、まだやっていない…?

    浜のかきあげや グルメ・レストラン

  • いや、何だこの営業日は~<br />って思っている間に他にもかき揚げ丼を食べに来たお客さんがいまして、<br />「うそでしょ~」と言って帰って行きました。<br />ん~…、ちょっとひどいねぇ、これは。

    いや、何だこの営業日は~
    って思っている間に他にもかき揚げ丼を食べに来たお客さんがいまして、
    「うそでしょ~」と言って帰って行きました。
    ん~…、ちょっとひどいねぇ、これは。

  • 仕方なく、諦めて駅前まで来ましたが、ここまで来てしまうとあまり食べる場所がないので、仕方なくさった峠へと向かいます。<br /><br />途中寺尾倉沢地区ではご覧のような古い町並みが続きます。<br />寺尾地区は昔は海沿いにあったそうですが、たびたび津波の被害を受け、天和3年(1682年)高台に新道を造り東海道としたそうです。

    仕方なく、諦めて駅前まで来ましたが、ここまで来てしまうとあまり食べる場所がないので、仕方なくさった峠へと向かいます。

    途中寺尾倉沢地区ではご覧のような古い町並みが続きます。
    寺尾地区は昔は海沿いにあったそうですが、たびたび津波の被害を受け、天和3年(1682年)高台に新道を造り東海道としたそうです。

  • 掲示板の時計の上の彫刻も見事!

    掲示板の時計の上の彫刻も見事!

  • 道沿いにあった「東海道名主の館小池邸」<br />江戸時代の名主を務めた小池家のお邸。代々小池文右衛門を襲名した寺尾村の名主の家です。建物自体は明治の建立だそうですが、大戸・くぐり戸・ナマコ壁・石垣等に江戸時代の名主宅の面影を残しているそうですよ。

    道沿いにあった「東海道名主の館小池邸」
    江戸時代の名主を務めた小池家のお邸。代々小池文右衛門を襲名した寺尾村の名主の家です。建物自体は明治の建立だそうですが、大戸・くぐり戸・ナマコ壁・石垣等に江戸時代の名主宅の面影を残しているそうですよ。

    東海道名主の館小池邸 名所・史跡

  • 中にも自由に入れました。

    中にも自由に入れました。

  • 小池邸のお庭です。

    小池邸のお庭です。

  • ほぼその前には東海道あかりの博物館もありました。

    ほぼその前には東海道あかりの博物館もありました。

    由比宿東海道あかりの博物館 美術館・博物館

  • 寺尾の先の倉沢地区も

    寺尾の先の倉沢地区も

    寺尾 倉沢の町並み 名所・史跡

  • 古い町並みが続きます。

    古い町並みが続きます。

  • 望嶽亭藤屋まで来ました。<br />こちらは幕末官軍に追われた山岡鉄舟が座敷の地下から舟で清水に逃れて西郷隆盛と会談し、江戸城無血開城の道を開いたというエピソードが伝えらる有名なお茶屋さんなんだとか。

    望嶽亭藤屋まで来ました。
    こちらは幕末官軍に追われた山岡鉄舟が座敷の地下から舟で清水に逃れて西郷隆盛と会談し、江戸城無血開城の道を開いたというエピソードが伝えらる有名なお茶屋さんなんだとか。

    望嶽亭藤屋 美術館・博物館

  • その前にあった一里塚跡<br />由比宿から3.6Km・由比駅から2Km歩いてきました。さった峠まではあと1.3Kmです。

    その前にあった一里塚跡
    由比宿から3.6Km・由比駅から2Km歩いてきました。さった峠まではあと1.3Kmです。

  • ちょうどその一里塚の場所からこのようなかなりの急坂となります

    ちょうどその一里塚の場所からこのようなかなりの急坂となります

  • 海の方を見ると、所狭しと東名高速道路と国道一号線が通っている光景<br />東名の橋脚が海に建てられているところなんか、いかに山がぎりぎりまで海にせり出しているのかということを物語っています。<br />

    海の方を見ると、所狭しと東名高速道路と国道一号線が通っている光景
    東名の橋脚が海に建てられているところなんか、いかに山がぎりぎりまで海にせり出しているのかということを物語っています。

  • さった峠の山道沿は夏ミカンが栽培されているようで、途中に落ちた夏ミカンが沢山落ちていました。

    さった峠の山道沿は夏ミカンが栽培されているようで、途中に落ちた夏ミカンが沢山落ちていました。

  • ここが峠の最高点で、あとはほぼほぼ下りとなります。

    ここが峠の最高点で、あとはほぼほぼ下りとなります。

  • 峠越えのほぼ最高点に駐車場とトイレがあります。<br />結構高い峠なのかと思っていましたが、それほどでもありませんでした。<br />道は細いですが、ここまで車で登ってくることもできますし…

    峠越えのほぼ最高点に駐車場とトイレがあります。
    結構高い峠なのかと思っていましたが、それほどでもありませんでした。
    道は細いですが、ここまで車で登ってくることもできますし…

    さった峠 名所・史跡

  • 左の石碑は「薩堙峠山之神遺跡碑」<br />薩堙峠付近の山畑開墾の際に祀られた山神を昭和7年に他へ遷座したので、遺跡地に記念碑として建てたものということです。

    左の石碑は「薩堙峠山之神遺跡碑」
    薩堙峠付近の山畑開墾の際に祀られた山神を昭和7年に他へ遷座したので、遺跡地に記念碑として建てたものということです。

  • その脇の階段を下って行き、5分位歩いて行くと

    その脇の階段を下って行き、5分位歩いて行くと

  • こちらの展望台に到着。先ほどの駐車場に車を停めて、ちょっと歩いて来ることもできるような場所です。

    こちらの展望台に到着。先ほどの駐車場に車を停めて、ちょっと歩いて来ることもできるような場所です。

  • よく見る東名高速道路と国道1号線が錯綜するこの風景<br />残念ながら天気が天気なので富士山は見えませんでした( ;∀;)

    よく見る東名高速道路と国道1号線が錯綜するこの風景
    残念ながら天気が天気なので富士山は見えませんでした( ;∀;)

  • なので、さった峠からの富士山が見えるこちらの風景を。<br />この日は天気が悪く、富士山が見えなかったので、表紙の写真には歌川広重が描いた富士山が見えるさった峠を採用させていただきました。

    なので、さった峠からの富士山が見えるこちらの風景を。
    この日は天気が悪く、富士山が見えなかったので、表紙の写真には歌川広重が描いた富士山が見えるさった峠を採用させていただきました。

  • 多分↑の東海道五十三次に描かれている上の絵はこの辺ではないかと思われます。<br />絵に描かれている2本の松と思しき松もあるし…

    多分↑の東海道五十三次に描かれている上の絵はこの辺ではないかと思われます。
    絵に描かれている2本の松と思しき松もあるし…

  • で、そこに取り付けられている定点カメラ。<br />天気も悪いし、(この時点では全く渋滞していないですが)帰省シーズンのこの日もテレビに映し出されたであろうあのさった峠からの画像は、このカメラで撮られています。

    で、そこに取り付けられている定点カメラ。
    天気も悪いし、(この時点では全く渋滞していないですが)帰省シーズンのこの日もテレビに映し出されたであろうあのさった峠からの画像は、このカメラで撮られています。

  • 先に進みます。

    先に進みます。

  • 歩き疲れたら、途中にあった東屋で休憩することもできますが、本日はそのまま通過。

    歩き疲れたら、途中にあった東屋で休憩することもできますが、本日はそのまま通過。

  • この蝶々結構たくさん飛んでいました。

    この蝶々結構たくさん飛んでいました。

  • いつしか柵もなくなりました。落ちないように注意、注意…

    いつしか柵もなくなりました。落ちないように注意、注意…

  • いきなり道が分かれていて どっちへ行けば…?<br />(正解は←こちらです!)

    いきなり道が分かれていて どっちへ行けば…?
    (正解は←こちらです!)

  • 江戸時代の峠道ほぼそのままです…多分

    江戸時代の峠道ほぼそのままです…多分

  • しばらく進んで行くと階段があり、降りたところは墓地になっていました。<br />これでさった峠終わりのようです。

    しばらく進んで行くと階段があり、降りたところは墓地になっていました。
    これでさった峠終わりのようです。

  • 案内は「JR興津駅→」となっていますが…どう考えても方向的には左のはず…<br />→からも行けるようですが、画面左側の茂みに隠れて「←JR興津駅 3.0Km 55分」の標識も。危うくだまされるところでした(#^ω^)<br />

    案内は「JR興津駅→」となっていますが…どう考えても方向的には左のはず…
    →からも行けるようですが、画面左側の茂みに隠れて「←JR興津駅 3.0Km 55分」の標識も。危うくだまされるところでした(#^ω^)

  • 海岸寺百体観世音

    海岸寺百体観世音

  • 踏切を渡り国道沿いに歩いて行きます。

    踏切を渡り国道沿いに歩いて行きます。

  • 興津の薄寒桜

    興津の薄寒桜

  • その前に「女体の森 宗像神社」の入口

    その前に「女体の森 宗像神社」の入口

    宗像神社 寺・神社・教会

  • 女体の森という怪しげな名前が付けられていましたが、至って普通の神社でした。<br />実は女神が祀られているということで…

    女体の森という怪しげな名前が付けられていましたが、至って普通の神社でした。
    実は女神が祀られているということで…

  • 国道に戻り、しばらく行くと一里塚。<br />さった峠の入口望嶽亭藤屋の前にも一里塚あったから、多分あそこからちょうど一里なんですね~。ちょっと江戸時代の旅人気分…<br />

    国道に戻り、しばらく行くと一里塚。
    さった峠の入口望嶽亭藤屋の前にも一里塚あったから、多分あそこからちょうど一里なんですね~。ちょっと江戸時代の旅人気分…

  • 興津の駅まで来ました。<br />が、まだ時間もあるのでそのまま国道を進んで行きます。

    興津の駅まで来ました。
    が、まだ時間もあるのでそのまま国道を進んで行きます。

    興津駅

  • 興津宿公園

    興津宿公園

  • 興津宿の説明と名所案内

    興津宿の説明と名所案内

    興津宿 名所・史跡

  • 興津町役場跡

    興津町役場跡

  • 興津宿東本陣跡

    興津宿東本陣跡

  • 水口屋ギャラリー<br />無料で見学できます。

    水口屋ギャラリー
    無料で見学できます。

    一碧楼 水口屋ギャラリー フェルケール博物館別館 美術館・博物館

  • 興津駅から20分位の場所の清見寺に到着。<br />かなり立派なお寺です。

    興津駅から20分位の場所の清見寺に到着。
    かなり立派なお寺です。

    清見寺 寺・神社・教会

  • 山門前にある東海道線の線路との間の煉瓦造の柵がいい味出しています!

    山門前にある東海道線の線路との間の煉瓦造の柵がいい味出しています!

  • 山門も立派

    山門も立派

  • 臥龍梅<br />

    臥龍梅

  • 鐘楼

    鐘楼

  • 御本堂

    御本堂

  • 境内の五百羅漢

    境内の五百羅漢

  • その五百羅漢については、島崎藤村の小説「桜の実の熟する時」の最後の場面になっています。ここに、その一節が書かれています。

    その五百羅漢については、島崎藤村の小説「桜の実の熟する時」の最後の場面になっています。ここに、その一節が書かれています。

  • 途中、海岸へ伸びる道の入口にあった「大正天皇在東宮海水浴御成道碑」の石碑

    途中、海岸へ伸びる道の入口にあった「大正天皇在東宮海水浴御成道碑」の石碑

    大正天皇在東宮海水浴御成道碑 名所・史跡

  • 興津坐漁荘に来ました。<br />こちらの坐漁荘は総理大臣を務めた西園寺公望公が引退した後に住んだ別荘。<br />この興津には井上馨侯・伊藤博邦公などの明治元勲家、阿部正桓伯(旧福山藩主家)等の旧華族、川崎正蔵等の財閥総帥家等の別荘が多くあったそうで~

    興津坐漁荘に来ました。
    こちらの坐漁荘は総理大臣を務めた西園寺公望公が引退した後に住んだ別荘。
    この興津には井上馨侯・伊藤博邦公などの明治元勲家、阿部正桓伯(旧福山藩主家)等の旧華族、川崎正蔵等の財閥総帥家等の別荘が多くあったそうで~

    興津坐漁荘 名所・史跡

  • 元々こちらにあった坐漁荘は当時のものは明治村に移築されて、しばらくこの場所は記念公園となっていたそうですが、静岡市と清水市が合併した際の合併交付金を基に再建されたそうです。<br />なので、まだ新しく、とてもきれいです。

    元々こちらにあった坐漁荘は当時のものは明治村に移築されて、しばらくこの場所は記念公園となっていたそうですが、静岡市と清水市が合併した際の合併交付金を基に再建されたそうです。
    なので、まだ新しく、とてもきれいです。

  • こちらが玄関を入った所。<br />西園寺公はとても竹がお好きだったようで、邸のあちこちに竹がふんだんに使われています。

    こちらが玄関を入った所。
    西園寺公はとても竹がお好きだったようで、邸のあちこちに竹がふんだんに使われています。

  • 庭もお見事!

    庭もお見事!

  • 立派な応接室

    立派な応接室

  • 居間の床の間

    居間の床の間

  • 昭和15年11月24日西園寺公はこちらの坐漁荘の居間で息を引き取ったそうです。

    昭和15年11月24日西園寺公はこちらの坐漁荘の居間で息を引き取ったそうです。

  • こちらのお部屋は居間の隣にある次の間

    こちらのお部屋は居間の隣にある次の間

  • 湯殿。

    湯殿。

  • そろそろ駅の方へ。消火栓のマンホール、カラフルでした。<br />

    そろそろ駅の方へ。消火栓のマンホール、カラフルでした。

  • 生涯学習館・図書館があったのでちょっと立ち寄ります。

    生涯学習館・図書館があったのでちょっと立ち寄ります。

  • 16:30興津駅に到着。そろそろ帰ります。

    16:30興津駅に到着。そろそろ帰ります。

    興津駅

  • 静岡方面からくる電車は10分毎と地方にしては本数が多いですが、半分はここ興津止まりで静岡方面へと折り返していくため、ここから上り電車は20分に1本。どうやら電車は行ってしまったばかりのようです。

    静岡方面からくる電車は10分毎と地方にしては本数が多いですが、半分はここ興津止まりで静岡方面へと折り返していくため、ここから上り電車は20分に1本。どうやら電車は行ってしまったばかりのようです。

  • 16:45興津駅出発です。

    16:45興津駅出発です。

  • 熱海で17:51発の上野東京ライン深谷行に乗り換えて帰りました。<br /><br />今度また来る機会があったら、今度こそは桜エビのかき揚げ丼を食べてやるぞ~!

    熱海で17:51発の上野東京ライン深谷行に乗り換えて帰りました。

    今度また来る機会があったら、今度こそは桜エビのかき揚げ丼を食べてやるぞ~!

    熱海駅

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