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新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。<br /><br />平成30年元旦 <br />たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。<br /><br />いきなり夏モデルです(汗)。<br /><br />《2017 Aug》Capter Ⅰ,12th 2day driving of visit to Post Office,without sightseeing.<br /><br />お盆の法事がズレてしまい、予定より前に代わってしまいました。粗方こんなもんだろうこの辺りだろう…という感じで取っていた8月6日からの3連休が『意味な~い』ことになってしまいました。ただこの日言うまでもなく広島と長崎の原爆忌に他なりません。両方まとめて訪れることはなかなかできない事だろう…と思っていたので、これは『行くしかない!』と思っていたらまさかの台風直撃。自称〝晴れ○○○〟とは豪語してきた者としては、どうも最近予定日に天候が荒れてしまい『計画倒れ』に終わってしまうことも多くなりました(泣)。そんな休みを送るはずだった3日間でしたが、オヤジ殿から『付き合え~』と声が掛かり、岐阜県への1泊2日の〝郵便局巡り〟の旅につくことになりました。ただ最近の行程は、宿泊先を事前に決めることができないものとなってきており、今回も『行って決める』ものとなってしまいました。さあどんな二日間になったのやら…。それでは初日が始まります。<br /><br />平成29(2017)年8月8日火曜日<br />準備の意味も込めて6時過ぎに起床します。良い天気とまでは言えなくても悪くはありません。出発時にはいつもオヤジ殿に急かされますが所詮マイペースなB型ゆえ自分のペースでしか動きません(笑)。結局出発は7:11となりますが、普段昼から仕事のみゆえ十分に朝早い行動開始です。一度栗東まで下道を走ってえらい時間のロスをした教訓から、瀬田東インターから名神高速を利用します。なんかもう見慣れてしまった景色を横目に走って行き、多賀サービスエリアで一服します。最近の与えられる行程では『東海北陸自動車道』を利用するコースが多かったのですが、今回は多治見から回って行くため中央自動車道を走ります。名神高速道路が名古屋市内を大きく迂回するように走る区間にある小牧ジャンクションから走る中央自動車道は、その昔学生時代に東京に住んでいた頃に帰省の際に利用していた思いである道になります。しかしそれから既に数十年、その時の面影はほとんど残っていません。そんな思いを持ちながら走って行き、珍しく行きに二回目の休憩を内津峠パーキングエリアで取ります。そして多治見インターチェンジで高速を下りて下道を走ること数分で今回の最初の目的地である多治見ホワイトタウン郵便局に到着します。多治見市と言っても太多線が隣りを走っているエリアだということは、中心部からズレていることに他なりません。このあたり目的地を選び出しているのはオヤジ殿であって私ではありません。私的には市町村くくるよりも〝走る道〟で選択した方が効率良いと思うのですが、その行先を決めることも楽しみだろう…との考えから敢えて意見はしないことにします。<br /><br />多治見市はこれ1局が残っていたようで、次からは土岐市に入ります。土岐市と言えば焼き物で有名ですが、岐阜県の中でも田舎のひとつであり、当然の如く局間が開いています。<br /><br />次局の下石までは11km、妻木までは1kmほどだったものの土岐鶴里・曽木・駄知・肥田局とそれなりの距離を走ります。今回の郵便局巡りが始まってから1時間半が経過し、ディスカウントストアのゲンキー土岐肥田店で一休みします。そして再び走り出し、土岐市中心部の土岐・土岐駅前・土岐泉西・土岐定林寺局と街中を走って行きます。そして場所は瑞浪市へと移り、和合・瑞浪一色簡易局を訪れます。<br /><br />この瑞浪一色簡易郵便局でひとつ新たな発見がありました。たまたま簡易書留を出すのにこちらで差し出したのですが、受領書には確かに瑞浪一色簡易の日付印(にっぷいん)が押されていたものの、追跡サービスでは集配局である多治見郵便局の扱いになっていました。まあ興味のない方からするとどうでもいいことなのかも知れませんが、願書提出などで〝消印有効〟とされているものだと、集配を行なっていない特定局や簡易局で差し出した場合、当日の集荷が終わっているときはどうするのだろう・・・ということになってしまいます。以前に鹿児島県の離島喜界島の喜界郵便局からレターパックライトを差し出した時に、たまたま鹿児島空港行きの飛行機に搭載する荷物が空港に持ち込まれた状態を目にしたことがあり、その時に消印が付かれていませんでした。結局どこの消印が付かれていたのかまでは確認しませんでしたが、こんなこともあるんだ・・・なんて細かいことを気にする性分の私は思ってしまいました。<br /><br />まあ後日談も言っても仕方がないので先を急ぎます。これからはまた局間が離れる田舎道をドライブすることになり、瑞浪鶴城・日吉・瑞浪細久手簡易と快調に走り、順番では後に来ていた釜戸局に立ち寄って瑞浪局に辿り着きます。この後はどんどん山手へと走るかたちになり、瑞浪稲津・水上簡易・陶局間で瑞浪市は終わります。そして平成の大合併によってとんでもなく大きくなった恵那市へと入り、吉良見・田代簡易・鶴岡・下手向簡易・山岡・明智局で時間切れ終了になりました。<br /><br />何気に走って来た現恵那市で旧恵那郡山岡・明智の両町ですが、戦国時代には大変興味深い歴史を持つ町でもあります。今では間違いだろうとされてはいるものの、あの明智光秀の生誕の地とも言われています。またテレビでも有名な南町奉行遠山金四郎は、この辺り一帯を拠点としていた遠山氏の一族の出身です。また今年平成29(2017)年の大河ドラマで一躍有名になった〝女城主直虎〟と同時期に岩村城主となった〝お艶の方〟を取り上げた街おこしでも知られています。岩村醸造の日本酒〝女城主〟をはじめとして平成3(1992)年から〝女城主〟をうたったイベントや物品の販売が行われています。実際の存在も含め疑問がある井伊直虎に対し、織田信長の叔母であるにもかかわらず、武田信玄に付いたことを信長から恨まれており、騙し討ち同然で岐阜へ引きづり出された挙句、長良川近くで逆さ磔の刑に処せられて亡くなった悲劇の女性でもありました。日本人の好む判官贔屓で、東濃エリアのローカルな話題ではあるものの、やはり地元では〝悲劇のヒロイン〟として今にその存在感を発揮していることはわかる気がしました。<br /><br />そんな思いに浸りながら街中をしばらく走り明智駅に到着します。現在の明知鉄道明智線の終着駅であり、本社がある駅でもあります。昭和期の国鉄赤字83線のひとつとなり、昭和60(1985)年11月16日に三セク鉄道化されたローカル線のひとつです。三セク化されたものの所詮は赤字路線で廃止対象になった路線。その多くは引継いだ民間・三セク会社の努力の甲斐なく廃止されました。その中に於いて沿線住民の方々の協力も得ながら新車両も導入している成功例のひとつである明知鉄道は、廃止を間近に控えた国鉄明知線に乗るために訪れた経験のある〝元乗り鉄〟約1名の心をウキウキさせてくれます♪当時の写真があればいいのですがどうも見つからない様子・・・。ただ意外だったのは住まいが明智で恵那等市街地の学校に行く生徒が多いと思いきや、実は明智や岩村は文教地区でもあり旧明智商業と岩村高が統合してできた〝恵那南高〟があり、ここに通学している生徒が帰宅するために明知鉄道を利用することの方が断然多いということでした。商業高校の流れなので女の子が多く、大して遊ぶところもない明智の街で笑い声を絶やさない〝若さ〟に完敗(泣)感を覚えながら、そろそろ現実に戻ります。地元発のスーパー〝バロー〟のラッピングされた車両〝アケチ10〟がこの娘らを乗せ、いきなりの急坂に挑んで出発していく姿を見送りながら、こんな姿がずっと見られるように願いを込めて・・・。<br /><br />小雨もぱらついてきたので、本日の宿泊のことを考えます。ここらがツアープランニングのいい加減さが露見するところ、本来ならば明智局から次の目的地である串原局までは11kmあるもののこのエリアであることには違いありません。しか~し田舎ゆえ〝飛び込み〟で泊まれるビジネスホテルの類は皆無です。民宿や旅館の多くは夕食の絡みで、当日予約は取っていないようです。行き当たりばったりの旅には付きもののオチですが、今に始まったことではないため、大人しく恵那市街で泊まれるビジネスホテルを検索します。そして当日プランなのか比較的安い値段で見つけた〝ルートイン恵那〟の一泊二食付きプランを手配し、フェリー走行となる明智から恵那市街まで約22kmを走ります。通勤時間帯ではあるものの方向は逆のため道は空いており、快走すること30分。恵那市街に聳えるルートイン恵那に到着します。本日の走行距離305km、以外に走ったな~と思います。<br /><br />じゃらんで手配したルートイン恵那。部屋指定なしのツインルームのはずですが、どうやら最上階のデラックスツインにグレードアップしてくれたようです。まあ眺望はシティビューのためどうなのかなあ~とは思うものの、あくまで寝るだけの場所としては良い部屋です♪ただベットはダブルのツインですが、部屋の大きさはツインと同じなのかも知れません。私自身ひとり旅が板についているため、同行者ありのツインルーム利用時にはなんとなく〝圧迫感〟を覚えて仕方がありません。やはり今回もオヤジ殿が椅子に座ると通れないため、ベッドを闇雲に大きくするより、少しでも部屋を大きくした方が快適なのに・・・と改めて思います。まぁルートインチェーンにハズレはないのでまあ良しとし、食事前に飲み物を仕入れにスーパーバローへと往復し、今日のドライバーは無事終了です。<br /><br />1階のレストランで夕食を頂きます。相変わらずのグルメでない2人ゆえ、メニューは似通ったものになるのは当たり前です。ハンバーグという響きに惹かれて、私が〝和風〟をオーダーするとオヤジ殿は〝デミグラス〟をオーダーします。こんなところ〝だけ〟意見があってしまう不思議な親子約2名でした(笑)。<br /><br />レストランと言っても居酒屋風ではなく、テレビ以外に時間を潰すものがないこともあり、夕食を終えた方々はすぐに出て行かれます。うちらもそれに倣い出て行きます。1階喫煙室前にはコーヒーサービスがあり、碾きたてが味わえます。部屋に持って行くこともできるように〝フタ〟も備えられていることはなかなかです。自分の分だけ持って行くと必ず欲しがる同行者ゆえ、先を読んでふたつ頂いて部屋へと戻ります。反応は案の定でした(笑)。<br /><br />ユニットバスも付いていますが、このルートイン恵那には大浴場もありました。それも選択の理由のひとつにはなっているのですが、こういう時に厄介なのが〝鍵の管理〟です。別にパクられて困るものは持ち合わせていませんが、鍵の紛失だけには注意しなければならないので、いつも時間をずらします。そんな時にマイペースな私はいつも後から行くことを選びます。普段の生活リズムがそのまま出先でも出てしまう悲しい現実です・・・(泣)。<br /><br />先に向かったオヤジ殿が戻って来たため、私も行くことにします。人工のラジウム泉ですがなかなかのものでした。ただ夏の時期にのんびり湯船に浸かるほど大人ではないので、程々にしてお湯から上がります。そして湯上りの一服を済ませ、10階の1007号室に戻るとまさかの出来事に出会します。鍵の紛失対策で二枚のカードキーは部屋に置いたままにしてあります。当然のことながら鍵がないためオートロックの部屋に入るには中から開けて貰わないといけません。しか~し、ノックをしても反応はありません・・・。嫌~な予感は的中しまさかの睡眠中・・・。以前台湾で同じ目にあったことがあり、朝の4:00にフロントに頼んで開けてもらったらことがありました。またかよ~と思ってもケータイもないし、内線電話も見当たらない。最後はフロントに頼むしかないと腹を括って先ずは落ち着け~と一服します。もう一回ノックしてダメだったら~と思っていたところ、気付いた様子。これをやられるとホントひとり旅の良さを改めて感じます。<br /><br />別に何かをしてやっているという考えを持ちながら行動することは、私の性分ではできないことなので、敢えてどうこう言うつもりはありませんが、ハンドル握りながら要領悪いと罵ってこれかよ~ってことだとドッと疲れが出てきます。それでも明日の行程の再確認も私の仕事。念のためタブレットナビに目的地を入力し、立ち寄りは道の駅位かな・・・と思いながらいつのまにか寝ていたようです。そんなこんなで恵那の夜は更けて行きましたzzz。<br /><br />《翌日に続く》

《2017Aug》Capter Ⅰ,12th 2day driving to P.O in GIFU,without sightseeing

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2017/08/08 - 2017/08/08

89位(同エリア330件中)

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

平成30年元旦 
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

いきなり夏モデルです(汗)。

《2017 Aug》Capter Ⅰ,12th 2day driving of visit to Post Office,without sightseeing.

お盆の法事がズレてしまい、予定より前に代わってしまいました。粗方こんなもんだろうこの辺りだろう…という感じで取っていた8月6日からの3連休が『意味な~い』ことになってしまいました。ただこの日言うまでもなく広島と長崎の原爆忌に他なりません。両方まとめて訪れることはなかなかできない事だろう…と思っていたので、これは『行くしかない!』と思っていたらまさかの台風直撃。自称〝晴れ○○○〟とは豪語してきた者としては、どうも最近予定日に天候が荒れてしまい『計画倒れ』に終わってしまうことも多くなりました(泣)。そんな休みを送るはずだった3日間でしたが、オヤジ殿から『付き合え~』と声が掛かり、岐阜県への1泊2日の〝郵便局巡り〟の旅につくことになりました。ただ最近の行程は、宿泊先を事前に決めることができないものとなってきており、今回も『行って決める』ものとなってしまいました。さあどんな二日間になったのやら…。それでは初日が始まります。

平成29(2017)年8月8日火曜日
準備の意味も込めて6時過ぎに起床します。良い天気とまでは言えなくても悪くはありません。出発時にはいつもオヤジ殿に急かされますが所詮マイペースなB型ゆえ自分のペースでしか動きません(笑)。結局出発は7:11となりますが、普段昼から仕事のみゆえ十分に朝早い行動開始です。一度栗東まで下道を走ってえらい時間のロスをした教訓から、瀬田東インターから名神高速を利用します。なんかもう見慣れてしまった景色を横目に走って行き、多賀サービスエリアで一服します。最近の与えられる行程では『東海北陸自動車道』を利用するコースが多かったのですが、今回は多治見から回って行くため中央自動車道を走ります。名神高速道路が名古屋市内を大きく迂回するように走る区間にある小牧ジャンクションから走る中央自動車道は、その昔学生時代に東京に住んでいた頃に帰省の際に利用していた思いである道になります。しかしそれから既に数十年、その時の面影はほとんど残っていません。そんな思いを持ちながら走って行き、珍しく行きに二回目の休憩を内津峠パーキングエリアで取ります。そして多治見インターチェンジで高速を下りて下道を走ること数分で今回の最初の目的地である多治見ホワイトタウン郵便局に到着します。多治見市と言っても太多線が隣りを走っているエリアだということは、中心部からズレていることに他なりません。このあたり目的地を選び出しているのはオヤジ殿であって私ではありません。私的には市町村くくるよりも〝走る道〟で選択した方が効率良いと思うのですが、その行先を決めることも楽しみだろう…との考えから敢えて意見はしないことにします。

多治見市はこれ1局が残っていたようで、次からは土岐市に入ります。土岐市と言えば焼き物で有名ですが、岐阜県の中でも田舎のひとつであり、当然の如く局間が開いています。

次局の下石までは11km、妻木までは1kmほどだったものの土岐鶴里・曽木・駄知・肥田局とそれなりの距離を走ります。今回の郵便局巡りが始まってから1時間半が経過し、ディスカウントストアのゲンキー土岐肥田店で一休みします。そして再び走り出し、土岐市中心部の土岐・土岐駅前・土岐泉西・土岐定林寺局と街中を走って行きます。そして場所は瑞浪市へと移り、和合・瑞浪一色簡易局を訪れます。

この瑞浪一色簡易郵便局でひとつ新たな発見がありました。たまたま簡易書留を出すのにこちらで差し出したのですが、受領書には確かに瑞浪一色簡易の日付印(にっぷいん)が押されていたものの、追跡サービスでは集配局である多治見郵便局の扱いになっていました。まあ興味のない方からするとどうでもいいことなのかも知れませんが、願書提出などで〝消印有効〟とされているものだと、集配を行なっていない特定局や簡易局で差し出した場合、当日の集荷が終わっているときはどうするのだろう・・・ということになってしまいます。以前に鹿児島県の離島喜界島の喜界郵便局からレターパックライトを差し出した時に、たまたま鹿児島空港行きの飛行機に搭載する荷物が空港に持ち込まれた状態を目にしたことがあり、その時に消印が付かれていませんでした。結局どこの消印が付かれていたのかまでは確認しませんでしたが、こんなこともあるんだ・・・なんて細かいことを気にする性分の私は思ってしまいました。

まあ後日談も言っても仕方がないので先を急ぎます。これからはまた局間が離れる田舎道をドライブすることになり、瑞浪鶴城・日吉・瑞浪細久手簡易と快調に走り、順番では後に来ていた釜戸局に立ち寄って瑞浪局に辿り着きます。この後はどんどん山手へと走るかたちになり、瑞浪稲津・水上簡易・陶局間で瑞浪市は終わります。そして平成の大合併によってとんでもなく大きくなった恵那市へと入り、吉良見・田代簡易・鶴岡・下手向簡易・山岡・明智局で時間切れ終了になりました。

何気に走って来た現恵那市で旧恵那郡山岡・明智の両町ですが、戦国時代には大変興味深い歴史を持つ町でもあります。今では間違いだろうとされてはいるものの、あの明智光秀の生誕の地とも言われています。またテレビでも有名な南町奉行遠山金四郎は、この辺り一帯を拠点としていた遠山氏の一族の出身です。また今年平成29(2017)年の大河ドラマで一躍有名になった〝女城主直虎〟と同時期に岩村城主となった〝お艶の方〟を取り上げた街おこしでも知られています。岩村醸造の日本酒〝女城主〟をはじめとして平成3(1992)年から〝女城主〟をうたったイベントや物品の販売が行われています。実際の存在も含め疑問がある井伊直虎に対し、織田信長の叔母であるにもかかわらず、武田信玄に付いたことを信長から恨まれており、騙し討ち同然で岐阜へ引きづり出された挙句、長良川近くで逆さ磔の刑に処せられて亡くなった悲劇の女性でもありました。日本人の好む判官贔屓で、東濃エリアのローカルな話題ではあるものの、やはり地元では〝悲劇のヒロイン〟として今にその存在感を発揮していることはわかる気がしました。

そんな思いに浸りながら街中をしばらく走り明智駅に到着します。現在の明知鉄道明智線の終着駅であり、本社がある駅でもあります。昭和期の国鉄赤字83線のひとつとなり、昭和60(1985)年11月16日に三セク鉄道化されたローカル線のひとつです。三セク化されたものの所詮は赤字路線で廃止対象になった路線。その多くは引継いだ民間・三セク会社の努力の甲斐なく廃止されました。その中に於いて沿線住民の方々の協力も得ながら新車両も導入している成功例のひとつである明知鉄道は、廃止を間近に控えた国鉄明知線に乗るために訪れた経験のある〝元乗り鉄〟約1名の心をウキウキさせてくれます♪当時の写真があればいいのですがどうも見つからない様子・・・。ただ意外だったのは住まいが明智で恵那等市街地の学校に行く生徒が多いと思いきや、実は明智や岩村は文教地区でもあり旧明智商業と岩村高が統合してできた〝恵那南高〟があり、ここに通学している生徒が帰宅するために明知鉄道を利用することの方が断然多いということでした。商業高校の流れなので女の子が多く、大して遊ぶところもない明智の街で笑い声を絶やさない〝若さ〟に完敗(泣)感を覚えながら、そろそろ現実に戻ります。地元発のスーパー〝バロー〟のラッピングされた車両〝アケチ10〟がこの娘らを乗せ、いきなりの急坂に挑んで出発していく姿を見送りながら、こんな姿がずっと見られるように願いを込めて・・・。

小雨もぱらついてきたので、本日の宿泊のことを考えます。ここらがツアープランニングのいい加減さが露見するところ、本来ならば明智局から次の目的地である串原局までは11kmあるもののこのエリアであることには違いありません。しか~し田舎ゆえ〝飛び込み〟で泊まれるビジネスホテルの類は皆無です。民宿や旅館の多くは夕食の絡みで、当日予約は取っていないようです。行き当たりばったりの旅には付きもののオチですが、今に始まったことではないため、大人しく恵那市街で泊まれるビジネスホテルを検索します。そして当日プランなのか比較的安い値段で見つけた〝ルートイン恵那〟の一泊二食付きプランを手配し、フェリー走行となる明智から恵那市街まで約22kmを走ります。通勤時間帯ではあるものの方向は逆のため道は空いており、快走すること30分。恵那市街に聳えるルートイン恵那に到着します。本日の走行距離305km、以外に走ったな~と思います。

じゃらんで手配したルートイン恵那。部屋指定なしのツインルームのはずですが、どうやら最上階のデラックスツインにグレードアップしてくれたようです。まあ眺望はシティビューのためどうなのかなあ~とは思うものの、あくまで寝るだけの場所としては良い部屋です♪ただベットはダブルのツインですが、部屋の大きさはツインと同じなのかも知れません。私自身ひとり旅が板についているため、同行者ありのツインルーム利用時にはなんとなく〝圧迫感〟を覚えて仕方がありません。やはり今回もオヤジ殿が椅子に座ると通れないため、ベッドを闇雲に大きくするより、少しでも部屋を大きくした方が快適なのに・・・と改めて思います。まぁルートインチェーンにハズレはないのでまあ良しとし、食事前に飲み物を仕入れにスーパーバローへと往復し、今日のドライバーは無事終了です。

1階のレストランで夕食を頂きます。相変わらずのグルメでない2人ゆえ、メニューは似通ったものになるのは当たり前です。ハンバーグという響きに惹かれて、私が〝和風〟をオーダーするとオヤジ殿は〝デミグラス〟をオーダーします。こんなところ〝だけ〟意見があってしまう不思議な親子約2名でした(笑)。

レストランと言っても居酒屋風ではなく、テレビ以外に時間を潰すものがないこともあり、夕食を終えた方々はすぐに出て行かれます。うちらもそれに倣い出て行きます。1階喫煙室前にはコーヒーサービスがあり、碾きたてが味わえます。部屋に持って行くこともできるように〝フタ〟も備えられていることはなかなかです。自分の分だけ持って行くと必ず欲しがる同行者ゆえ、先を読んでふたつ頂いて部屋へと戻ります。反応は案の定でした(笑)。

ユニットバスも付いていますが、このルートイン恵那には大浴場もありました。それも選択の理由のひとつにはなっているのですが、こういう時に厄介なのが〝鍵の管理〟です。別にパクられて困るものは持ち合わせていませんが、鍵の紛失だけには注意しなければならないので、いつも時間をずらします。そんな時にマイペースな私はいつも後から行くことを選びます。普段の生活リズムがそのまま出先でも出てしまう悲しい現実です・・・(泣)。

先に向かったオヤジ殿が戻って来たため、私も行くことにします。人工のラジウム泉ですがなかなかのものでした。ただ夏の時期にのんびり湯船に浸かるほど大人ではないので、程々にしてお湯から上がります。そして湯上りの一服を済ませ、10階の1007号室に戻るとまさかの出来事に出会します。鍵の紛失対策で二枚のカードキーは部屋に置いたままにしてあります。当然のことながら鍵がないためオートロックの部屋に入るには中から開けて貰わないといけません。しか~し、ノックをしても反応はありません・・・。嫌~な予感は的中しまさかの睡眠中・・・。以前台湾で同じ目にあったことがあり、朝の4:00にフロントに頼んで開けてもらったらことがありました。またかよ~と思ってもケータイもないし、内線電話も見当たらない。最後はフロントに頼むしかないと腹を括って先ずは落ち着け~と一服します。もう一回ノックしてダメだったら~と思っていたところ、気付いた様子。これをやられるとホントひとり旅の良さを改めて感じます。

別に何かをしてやっているという考えを持ちながら行動することは、私の性分ではできないことなので、敢えてどうこう言うつもりはありませんが、ハンドル握りながら要領悪いと罵ってこれかよ~ってことだとドッと疲れが出てきます。それでも明日の行程の再確認も私の仕事。念のためタブレットナビに目的地を入力し、立ち寄りは道の駅位かな・・・と思いながらいつのまにか寝ていたようです。そんなこんなで恵那の夜は更けて行きましたzzz。

《翌日に続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
交通
5.0
同行者
家族旅行
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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この旅行記へのコメント (1)

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  • まむーとさん 2018/01/01 15:02:45
    あけましておめでとうございます!
    あけましておめでとうございます!

    いつも思いますがたかティムさんは親孝行ですね!
    自分が幸せなのが親孝行だと勝手に信念を持ち、4トラのなかでも一番の親不孝者だと思います。。

    クチコミでDMZ 板門店をみました。
    私も子連れで行きました。
    たかティムさんは知識が豊富なので、今後の旅行記での発信が楽しみです。

    今年もよろしくお願いいたします!
    滋賀観光情報発信よろしくです!

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのトラベラーページ

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