2017/07/07 - 2017/07/07
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続日本百名城の小牧山城の紹介です。ボランティアガイドさんが見えましたので、色んなお話を伺うことができました。その中でも、小牧山城からの見晴らしの良さが一番の話題になりました。(ウィキペディア、続日本百名城・公式ガイドブック)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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展示室として使われている『小牧市博物館』の室内光景です。障子なども取り入れた、落ち着いた雰囲気の室内でした。(同上)
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天保11年(1840年)の『寺方連判帳』です。右側の開かれたページに寺名と押印がありました。何を誓約したものかなどは分かりませんでした。庄屋の岸田家で保管された公的資料のようでした。(同上)
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左の展示品は、天保15年(1844年)の『御触状書留』、右が安政3年(1856年)の小牧村高人馬宿役之訳書上帳』です。どちらも岸田家で記述、保管された公的資料のようです。(同上)
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『小牧の近代産業・大山で焼かれた大山焼』のタイトルがあった説明パネルです。篠岡大山では、明治の初め大山窯が開かれ、犬山焼に似た大山焼が焼かれたと紹介されていました。江戸時代までは藩の許可がないと精算できませんでしたが、自由化により拓かれた窯の一つと紹介されていました。(同上)
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『大山焼・大字大山・明治時代』のタイトルがあった説明パネルです。大山焼は犬山焼に文字が似ているので、『点なしケンザン』と呼ばれていたようです。篠岡村史によれば、明治4年に開窯し、同43年に廃業したとされます。下の写真は発掘された窯跡と、その説明図などです。(同上)
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大山窯からの出土品の大山焼の紹介です。いずれも明治時代の製品です。
上の段は、左から青地に紅葉が描かれたクロム絵磁器の蓋、赤絵磁器の湯呑、赤絵磁器の香炉、赤絵磁器の徳利です。
下の段は、左から染付磁器の仏飯具、染付磁器の湯呑、染付磁器の湯呑、染付磁器の徳利、染付磁器の碗(銘:倉勝)、染付磁器の碗です。(同上) -
イチオシ
大山窯からの出土品の大山焼の紹介です。いずれも明治時代の製品です。
上の段は、左から陶器の急須、陶器の茶碗蒸し、陶器の鉢、陶器の徳利です。
下の段は、左から陶器の湯呑(大山刻印)、陶器の急須(大山刻印)、陶器の急須蓋(大山刻印)、陶器の急須蓋(大山刻印)、陶器の蓋置き(大山刻印)です。(同上) -
大山窯からの出土品の大山焼の紹介です。いずれも明治時代の製品です。
上の段は、左から陶器の湯呑、陶器の碗、陶器用の窯道具・色味、窯道具・色味、施釉鉢(明治2①年5月)です。
下の段は、左から陶器の湯ザマシ、陶器の皿、染付磁器(摺絵)の皿です。(同上) -
イチオシ
『小牧長久手合戦図屏風』です。原本は、徳川美術館にあります。その複写の写真パネルです。(同上)
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『小牧長久手合戦図屏風』のタイトルがあった説明パネルです。豊臣秀吉と徳川家康が、その生涯で直接他決した戦いです。小牧・長久手の戦いは、天正12年(1584年)3月から11月にかけて、羽柴秀吉(1586年、豊臣賜姓)陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦いです。尾張北部の小牧城、犬山城、楽田城を中心に、尾張南部、美濃西部、美濃東部、伊勢北部、紀伊、和泉、摂津の各地で合戦が行なわれました。また、この合戦に連動した戦いが北陸、四国、関東でも起きていますから全国規模の戦役でした。(同上)
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『小牧長久手合戦図屏風』の部分開設のパネルです。三分割された上から説明します。小牧山城で秀吉軍と対峙していると思われた家康が突如、長久手に出現した場面です。『金字に日の丸扇』が家康の馬印です。
中間部分は、モノクロの合戦図に、主な武将や地名などが記してあります。家康の鉄砲隊、井伊直政隊や、対する森長可隊、安藤直次、池田元助などです。
三分割の最下部の解説は、秀吉軍の池田勝人(恒興)の討ち死の場面です。討ち取ったのは長田伝八郎です。永井直勝(伝八)と記述した資料も目にしました。(同上) -
『森長可禁制札(複製)』
天正12年(1584年)
原資料小松寺蔵 (同上) -
『池田恒興軍陣制札(複製)』
天正12年(1584年)
原資料小松寺蔵 (同上) -
『豊臣秀吉の朱印状(複製)』
文禄4年(1595年)
原資料小松寺蔵 (同上) -
『織田信雄安堵状(複製)』
天正10年(1582年)
原資料小松寺蔵 (同上) -
『小牧長久手の戦い・西軍の主な武将』の紹介パネルです。上が総大将の羽柴秀吉(1536~1598年)、下段は左から秀吉の姉の子の三好秀次(1568~1595年)、池田恒興(1536~1584年)、恒興の娘婿の森長可(1558~1584年)、恒興の長男の池田元助(1559~1584年)です。(同上)
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『小牧長久手の戦い・東軍の主な武将』の紹介パネルです。上段の左が総大将の徳川家康(1542~1616年)、右が信長の子の織田信雄(1558~1630年)、下段は徳川四天王の四武将です。左から酒井忠治(1527~1596年)、榊原康政(1548~1606年)、本多忠勝(1548~1610年)、井伊直政(1561~1602年)です。(同上)
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二丁の火縄銃の展示です。『小牧長久手合戦図屏風』には、徳川家康の鉄砲隊が、森長可の長槍隊に撃ち掛ける場面があり、その当時の火縄銃かもしれません。(同上)
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小牧山の自然を紹介した花の写真展です。最初の写真は、右のパネルの左上のアセビ、右上のサクラ(ソメイヨシノ)、中央のアオキの雌花と雄花、左下のカタクリ、右下のユキヤナギです。カタクリの花が咲くとは、意外でした。(同上)
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左側のパネルは、左上がハナカイドウ、右上がシャガ、中央がヤマブキ、左下がツツジ(オオムラサキ)、右下がムラサキケマンです。
右側のパネルは、左上がエゴノキ、右上がセンダン、中央左がタニウツギ、中央右がドクダミ、左下がヤマボウシ、右下がアオギリです。(同上) -
左側のパネルは、左上がネズミモチ、右上がナツツバキ、中央左がアジサイ、中央右がサカキ、左下がクチナシ、右下がリョウブです。
右側のパネルは、左上がツユクサ、右上がイヌタデ、中央左がハギ、中央右がクズ、左下がムクゲ、右下がベニバナボロギクです。(同上) -
左側のパネルは、左上がサルスベリ、右上がマブミョウガ、中央がヒガンバナ、左下がキンモクセイ、右下が桜(シキザキラ)です。
右側のパネルは、上段は左上から右に、サザンカ、ツワブキ、ウメ、中段は左から右に、ツバキ(ヤブツバキ)、ハナモモ、ジンチョウゲ、最下段に花の撮影場所が紹介してありました。(同上) -
天守からの眺望を紹介する前に、その方角の目印になる説明写真を紹介しておきます。最初は東方面の光景です。中央奥に見えるのが標高629メートルの猿投山です。中央手前に小牧神明社、右端に長久手古戦場址、左端に高蔵寺ニュータウンが見えています。(同上)
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次は、反時計回りに北方向の光景です。中央やや左奥に見えるのが犬山城、中間付近を東西に走るのが東名高速道です。右端近くに本宮山(293メートル)や尾張富士(275メートル)、右端が中央アルプス、左端が白山(2702メートル)、その中間に乗鞍岳と御嶽山が見えています。(同上)
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次は、西方面の光景です。岐阜城がある金華山(329メートル)は右奥です。中央奥が伊吹山(1377メートル)、左端には養老山脈と鈴鹿山脈が見えます。関ヶ原は、北から伊吹山地が、南川養老山地が迫る要害の地です。手前に南北に伸びているのは名古屋高速道(小牧線)です。(同上)
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最後は南側方面の目印の紹介です。やや斜めに東西を走るのが名古屋高速道(小牧線)です。清州城は、右寄りの奥の方です。中央やや左手奥には名古屋市中心街の高層ビルや名古屋城が見えます。合瀬川が左下から西南に向かって伸びています。(同上)
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ここからは、実際に眺めた天守からの光景です。先に紹介した4枚の目印用の写真では、北方向に近いようです。左側の奥近くが青塚砦跡(青塚古墳)辺りのようです。(同上)
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同じく、北方向のズームアップ光景です。肉眼では確認できませんでしたが、犬山城方向を目標にしました。残念ながら、犬山城はもう少し左側(西側)のようでした。(同上)
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同じ場所を更にズームアップした光景です。残念ながら、犬山城は外れでした。犬山城と小牧山城は、現在の道路では国道41号線を南北に移動して、約12.2キロの距離です。その中間地点辺りが楽田です。(同上)
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イチオシ
続いて、こちらは東方面の光景になるようです。中央付近に見える樹林が小牧神明神社になるようです。名鉄小牧駅もこの方角です。遠くの山は猿投山(629メートル)などです。(同上)
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