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名鉄小牧線小牧駅から西進徒歩約25分小牧山城(こまきやまじょう、愛知県小牧市堀の内)は尾張をほぼ統一し隣国美濃攻略を狙うため織田信長(おだ・のぶなが、1534~1582)が守護所として150年以上栄えた清洲から居城を移し尾張国北西部の標高85.9mの小牧山に初めて導入した石垣城です。<br /><br />小牧山に本拠を移した信長は尾張統一を果たすと共に果敢に美濃攻略を進め、永禄10年(1567)には美濃稲葉山城を攻略し岐阜城と改称し小牧山から居城を移します。これにより小牧山城は廃城となり城下町は衰えてゆきます。<br /><br />天正12年(1584)、小牧・長久手の戦いが起こると、徳川家康と織田信長遺児で二男織田信雄(おだ・のぶかつ、1558~1630)は犬山城に滞陣する羽柴秀吉軍に対抗するため廃城となった小牧山城に大規模な改修を施し堅固な陣城を築きます。<br /><br />然しながら小牧における秀吉軍と徳川・織田軍との戦いは小競り合いに留まりやがて交渉巧みな秀吉は単独に信雄と和議を結びます。これを知った同盟相手の家康は戦いの継続の意義を失い小牧山城より撤退しその結果終息となり小牧山城は再び廃城となります。<br /><br /><br />模擬天守の前に立てられた小牧山城説明板には次の通り記されています。(一部抜粋)<br /><br />「 歴 史<br />永禄6年(1563)織田信長が美濃(岐阜)に進出する大志のもとに、地の利を得たこの山に目を付け、清須(洲)から移ると共に山全体を要塞にするため、山頂から麓まで5段の塁濠をつくり、山頂に屋敷、南側に大手道、北側に搦手道をつくりました。中腹には馬場をつくったり、また要所に重臣の邸宅を置きました。<br /><br />当時は、北側は池沼で自然の要害であったため工事は省かれましたが、南側は原野であったため大工事であって、あちこちに堀をつくりましたが、それらは今なお山中にみられます。その後信長は美濃に攻め入って岐阜稲葉山に移り住んだので、この山は自然廃城となりました。そして小牧・長久手の戦いで再び歴史の舞台に登場してきます。<br /><br />天正小牧山合戦<br />天正10年(1582)の本能寺の変の後、信長の後継者問題で二男信雄と秀吉が対立、秀吉は信雄を懐柔しようとしますが、これに応ぜずかえって反逆したため北伊勢の居城を攻撃します。信雄は驚き家康に援助を求めたところ、信長に恩のある家康はこれを引き受け、自ら大軍を率いて清須(洲)に入り、地の利第一の小牧山に軍を集めました。一方秀吉は大坂(阪)城を出て犬山に入り、市内の岩崎山を中心にこの付近各地に巾広く砦を築いて、小牧山の家康・信雄軍と対峙しました。この時の両軍の兵力は10万余と言われます。<br /><br />しかし、戦いは小ぜり合いを繰り返し、長く膠着状態が続きました。秀吉は、部下の池田信輝の再三の進言によって家康の居城である岡?城を攻撃すれば一挙に解決するものと考え、軍の一部を密かに移動させますが家康軍に気付かれ、家康自ら秀吉軍を急進撃します。これが長久手を舞台に繰り広げられた長久手の戦いで、家康軍の緩完勝となりました。  小牧市  」                                 

尾張小牧 尾張を統一し美濃攻略を企てる信長が自ら手掛けた近世城郭の原点となる石垣を初めて主郭に巡らした『小牧山城』訪問

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2016/07/17 - 2016/07/17

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滝山氏照

滝山氏照さん

名鉄小牧線小牧駅から西進徒歩約25分小牧山城(こまきやまじょう、愛知県小牧市堀の内)は尾張をほぼ統一し隣国美濃攻略を狙うため織田信長(おだ・のぶなが、1534~1582)が守護所として150年以上栄えた清洲から居城を移し尾張国北西部の標高85.9mの小牧山に初めて導入した石垣城です。

小牧山に本拠を移した信長は尾張統一を果たすと共に果敢に美濃攻略を進め、永禄10年(1567)には美濃稲葉山城を攻略し岐阜城と改称し小牧山から居城を移します。これにより小牧山城は廃城となり城下町は衰えてゆきます。

天正12年(1584)、小牧・長久手の戦いが起こると、徳川家康と織田信長遺児で二男織田信雄(おだ・のぶかつ、1558~1630)は犬山城に滞陣する羽柴秀吉軍に対抗するため廃城となった小牧山城に大規模な改修を施し堅固な陣城を築きます。

然しながら小牧における秀吉軍と徳川・織田軍との戦いは小競り合いに留まりやがて交渉巧みな秀吉は単独に信雄と和議を結びます。これを知った同盟相手の家康は戦いの継続の意義を失い小牧山城より撤退しその結果終息となり小牧山城は再び廃城となります。


模擬天守の前に立てられた小牧山城説明板には次の通り記されています。(一部抜粋)

「 歴 史
永禄6年(1563)織田信長が美濃(岐阜)に進出する大志のもとに、地の利を得たこの山に目を付け、清須(洲)から移ると共に山全体を要塞にするため、山頂から麓まで5段の塁濠をつくり、山頂に屋敷、南側に大手道、北側に搦手道をつくりました。中腹には馬場をつくったり、また要所に重臣の邸宅を置きました。

当時は、北側は池沼で自然の要害であったため工事は省かれましたが、南側は原野であったため大工事であって、あちこちに堀をつくりましたが、それらは今なお山中にみられます。その後信長は美濃に攻め入って岐阜稲葉山に移り住んだので、この山は自然廃城となりました。そして小牧・長久手の戦いで再び歴史の舞台に登場してきます。

天正小牧山合戦
天正10年(1582)の本能寺の変の後、信長の後継者問題で二男信雄と秀吉が対立、秀吉は信雄を懐柔しようとしますが、これに応ぜずかえって反逆したため北伊勢の居城を攻撃します。信雄は驚き家康に援助を求めたところ、信長に恩のある家康はこれを引き受け、自ら大軍を率いて清須(洲)に入り、地の利第一の小牧山に軍を集めました。一方秀吉は大坂(阪)城を出て犬山に入り、市内の岩崎山を中心にこの付近各地に巾広く砦を築いて、小牧山の家康・信雄軍と対峙しました。この時の両軍の兵力は10万余と言われます。

しかし、戦いは小ぜり合いを繰り返し、長く膠着状態が続きました。秀吉は、部下の池田信輝の再三の進言によって家康の居城である岡?城を攻撃すれば一挙に解決するものと考え、軍の一部を密かに移動させますが家康軍に気付かれ、家康自ら秀吉軍を急進撃します。これが長久手を舞台に繰り広げられた長久手の戦いで、家康軍の緩完勝となりました。  小牧市  」                                 

交通手段
高速・路線バス 私鉄
  • 上街道・小牧宿・文化財案内板<br /><br />地下に配された名鉄小牧駅から西進して城郭の一部となった合瀬川を渡ると小牧山城に入ります。

    上街道・小牧宿・文化財案内板

    地下に配された名鉄小牧駅から西進して城郭の一部となった合瀬川を渡ると小牧山城に入ります。

  • 小牧山城<br /><br />小牧市市街地から小牧山頂上に建つ模擬天守(昭和48年竣工)を望みます。

    小牧山城

    小牧市市街地から小牧山頂上に建つ模擬天守(昭和48年竣工)を望みます。

  • 合瀬川<br /><br />小牧山城の東側を流れる合瀬川は自然を利用した堀となっています。

    合瀬川

    小牧山城の東側を流れる合瀬川は自然を利用した堀となっています。

  • 御幸橋<br /><br />合瀬川にかかる御幸橋は昭和天皇が渡られた橋として知られています。

    御幸橋

    合瀬川にかかる御幸橋は昭和天皇が渡られた橋として知られています。

  • 大手口<br /><br />小牧山南側の市役所前が大手口となっておりここから入ります。

    大手口

    小牧山南側の市役所前が大手口となっておりここから入ります。

  • 大手道<br /><br />写真の通り直線となった大手道はやがて右折して更につづら折りの坂を登って行きます。

    大手道

    写真の通り直線となった大手道はやがて右折して更につづら折りの坂を登って行きます。

  • 徳川源明公(宗睦)墓石<br /><br />尾張藩九代藩主徳川宗睦(とくがわ・むねちか、1733~1800)は小牧に代官所を設置して小牧発展の礎を築いたとされます。<br /><br />

    徳川源明公(宗睦)墓石

    尾張藩九代藩主徳川宗睦(とくがわ・むねちか、1733~1800)は小牧に代官所を設置して小牧発展の礎を築いたとされます。

  • 徳川源明公墓石<br /><br />従来は名古屋市東区の建中寺墓地にありましたが移転に伴い当所に安置されています。

    徳川源明公墓石

    従来は名古屋市東区の建中寺墓地にありましたが移転に伴い当所に安置されています。

  • 徳川源明公墓碑説明板

    徳川源明公墓碑説明板

  • 観音洞<br /><br />大手道を直進して小牧山城に向かいます。城内には小牧市歴史館が設置されています。

    観音洞

    大手道を直進して小牧山城に向かいます。城内には小牧市歴史館が設置されています。

  • 大手道の石積

    大手道の石積

  • 永禄期大手道の石積説明板<br /><br />平成16~19四次に亘る発掘調査では現在の大手道の地下に永禄期(信長築城当時)の大手道があったことが発見されています。道の形状は幅約5mで中央部には約20cmの溝(排水溝)が施され、溝の左右には自然石を三段に積んだ石積みが配されていたとのことです。<br /><br />

    永禄期大手道の石積説明板

    平成16~19四次に亘る発掘調査では現在の大手道の地下に永禄期(信長築城当時)の大手道があったことが発見されています。道の形状は幅約5mで中央部には約20cmの溝(排水溝)が施され、溝の左右には自然石を三段に積んだ石積みが配されていたとのことです。

  • 九十九折の大手道<br /><br />主郭寄りの大手道は九十九折(つづらおり)の形状に変化し意識的に敵の侵入を困難にしています。

    九十九折の大手道

    主郭寄りの大手道は九十九折(つづらおり)の形状に変化し意識的に敵の侵入を困難にしています。

  • 主郭寄りの大手道

    主郭寄りの大手道

  • 主郭周辺石垣<br /><br />元来小牧山城は美濃攻略のための土塁による暫定的な城郭という見方が一般的であったそうです。平成22年(2010)の発掘調査により主郭周辺から石垣の石材が出土したことからそれまでの調査結果と合わせると主郭の周囲を石垣で囲んだ本格的な城であったと指摘されています。(信長の居住期間は約4年間であった)

    主郭周辺石垣

    元来小牧山城は美濃攻略のための土塁による暫定的な城郭という見方が一般的であったそうです。平成22年(2010)の発掘調査により主郭周辺から石垣の石材が出土したことからそれまでの調査結果と合わせると主郭の周囲を石垣で囲んだ本格的な城であったと指摘されています。(信長の居住期間は約4年間であった)

  • 主郭を取り囲む石垣説明

    主郭を取り囲む石垣説明

  • 主郭の段築城石垣説明板<br /><br />初の石垣は近世城郭の石垣とは異なり、自然石の巨石を2~3個積み上げた低い石垣を段築状に築いた石垣であったと思われる

    主郭の段築城石垣説明板

    初の石垣は近世城郭の石垣とは異なり、自然石の巨石を2~3個積み上げた低い石垣を段築状に築いた石垣であったと思われる

  • 転落石

    転落石

  • 大手の花崗岩巨石説明

    大手の花崗岩巨石説明

  • 上段石垣と裏込石説明板

    上段石垣と裏込石説明板

  • 下段石垣説明板

    下段石垣説明板

  • 上段石垣(出隅部分)説明板

    上段石垣(出隅部分)説明板

  • 城下段の石垣(全景)説明板

    城下段の石垣(全景)説明板

  • 石垣の裏込石

    石垣の裏込石

  • 小牧山城(小牧市歴史館)模擬天守

    小牧山城(小牧市歴史館)模擬天守

  • 小牧山城主郭跡標柱

    小牧山城主郭跡標柱

  • 徳川義親氏立像<br /><br />小牧城は明治維新後も尾張徳川家の所有でしたが、昭和2年(1927)当主の徳川義親(とくがわ・よしちか)氏によって国家に寄付され国の史跡に指定されます。

    徳川義親氏立像

    小牧城は明治維新後も尾張徳川家の所有でしたが、昭和2年(1927)当主の徳川義親(とくがわ・よしちか)氏によって国家に寄付され国の史跡に指定されます。

  • 主郭跡広場

    主郭跡広場

  • 小牧山と歴史館の案内説明

    小牧山と歴史館の案内説明

  • 小牧山城

    イチオシ

    小牧山城

  • 入館案内<br /><br />開館時間 9:00 ~ 16:30<br />入館料  大人 100円

    入館案内

    開館時間 9:00 ~ 16:30
    入館料  大人 100円

  • 小牧山城玄関<br /><br />内部には郷土資料が展示され、4階は展望室となっています。名古屋市の実業家である平松茂氏により完成し小牧市に寄付されています。

    小牧山城玄関

    内部には郷土資料が展示され、4階は展望室となっています。名古屋市の実業家である平松茂氏により完成し小牧市に寄付されています。

  • 市街展望<br /><br />4階展望室から市街を一望します。<br />左前方に名古屋飛行場(旧名古屋空港)が認められます。中部国際空港開港までは国内・国際線が発着していました。

    市街展望

    4階展望室から市街を一望します。
    左前方に名古屋飛行場(旧名古屋空港)が認められます。中部国際空港開港までは国内・国際線が発着していました。

  • 市街展望

    市街展望

  • 山の岩盤に築いた石垣説明板

    山の岩盤に築いた石垣説明板

  • 東自然遊歩道

    東自然遊歩道

  • 青年の家

    青年の家

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