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続日本百名城の小牧山城の紹介です。天守閣に相当する小牧市歴史館に収蔵・展示されている旧石器時代からの展示品の紹介です。小牧山の地層自体は2億5千万年前の海底とされます。(ウィキペディア、続日本百名城・公式ガイドブック)

2017夏、続日本百名城の小牧山城(4/8):銅鐸、銅製品、焼物、軒丸瓦、軒平瓦、石器

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2017/07/07 - 2017/07/07

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旅行記グループ 2017夏、尾張の続百名城巡り

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旅人のくまさん

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続日本百名城の小牧山城の紹介です。天守閣に相当する小牧市歴史館に収蔵・展示されている旧石器時代からの展示品の紹介です。小牧山の地層自体は2億5千万年前の海底とされます。(ウィキペディア、続日本百名城・公式ガイドブック)

交通手段
私鉄 徒歩

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  • 2階展示室の紹介です。『狩猟から稲作へ』のタイトルがあった展示パネルです。小牧に人が住み始めたのは約8千年前と紹介されていました。(小牧)市内では、約1万2千年前の旧石器時代の石器が出土していることも紹介されていました。(同上)

    2階展示室の紹介です。『狩猟から稲作へ』のタイトルがあった展示パネルです。小牧に人が住み始めたのは約8千年前と紹介されていました。(小牧)市内では、約1万2千年前の旧石器時代の石器が出土していることも紹介されていました。(同上)

  • 『旧石器・剥片』のタイトルがあった石器の展示です。『小牧山遺跡』からの出土品です。出土した石器は、弓矢の先につけた石鏃やものを薄く削りとる削器等です。狩猟を中心とした生活を営んでいたことが窺える出土品です。(同上)

    『旧石器・剥片』のタイトルがあった石器の展示です。『小牧山遺跡』からの出土品です。出土した石器は、弓矢の先につけた石鏃やものを薄く削りとる削器等です。狩猟を中心とした生活を営んでいたことが窺える出土品です。(同上)

  • 右端は、打製石斧(各務ヶ原出土)、左の一群は、上段が11個の石鏃、下段の右が2個の石匙、左が石錘です。いずれも津田コレクションで、出土場所は不明です。(同上)

    右端は、打製石斧(各務ヶ原出土)、左の一群は、上段が11個の石鏃、下段の右が2個の石匙、左が石錘です。いずれも津田コレクションで、出土場所は不明です。(同上)

  • 下段は、右から磨製石斧(小牧出土)、磨製石斧(小木出土)、磨製石斧(春日井出土)です。上段は、右から石棒(小木出土)、石剣(小木出土)、石槍(小牧山出土)です。(同上)

    下段は、右から磨製石斧(小牧出土)、磨製石斧(小木出土)、磨製石斧(春日井出土)です。上段は、右から石棒(小木出土)、石剣(小木出土)、石槍(小牧山出土)です。(同上)

  • 『小木一・二丁目 縄文時代~中世』のタイトルがあった説明パネルです。織田井戸遺跡の西側にある、南北に走る段丘崖から出土した縄文時代から弥生時代にかけての土器や石器などの出土遺物についての説明です。縄文時代早期の住居跡も発掘されています。(同上)

    『小木一・二丁目 縄文時代~中世』のタイトルがあった説明パネルです。織田井戸遺跡の西側にある、南北に走る段丘崖から出土した縄文時代から弥生時代にかけての土器や石器などの出土遺物についての説明です。縄文時代早期の住居跡も発掘されています。(同上)

  • 縄文時代早期<br />織田井戸遺跡<br />土器<br />右の2列が『撚糸文土器』、左の2列が『押型文土器』の出土品です。(同上)<br />

    縄文時代早期
    織田井戸遺跡
    土器
    右の2列が『撚糸文土器』、左の2列が『押型文土器』の出土品です。(同上)

  • 縄文時代早期<br />織田井戸遺跡<br />石器<br />右列の9個は石鏃(せきぞく)です。中央列の上は、垂飾(すいしょく)、下が石錘(せきすい)です。左列の上は異形磨製石器、下が3個の削器(さっき)です。(同上)<br />

    縄文時代早期
    織田井戸遺跡
    石器
    右列の9個は石鏃(せきぞく)です。中央列の上は、垂飾(すいしょく)、下が石錘(せきすい)です。左列の上は異形磨製石器、下が3個の削器(さっき)です。(同上)

  • 縄文時代早期<br />織田井戸遺跡<br />石器<br />上段は、右から砥石、石皿(破片)と磨石です。下段は、右から礫石錘、たたき石、打製石斧と礫器です。(同上)<br />

    縄文時代早期
    織田井戸遺跡
    石器
    上段は、右から砥石、石皿(破片)と磨石です。下段は、右から礫石錘、たたき石、打製石斧と礫器です。(同上)

  • 弥生時代<br />土器・石器<br />右の石器は、小木出土の石包丁です。左の3個の土器は、左から弥生時代後期の丹塗広口壷、弥生時代後期のひさご型壷と、広口壷(春日井出土)です。(同上)<br />

    弥生時代
    土器・石器
    右の石器は、小木出土の石包丁です。左の3個の土器は、左から弥生時代後期の丹塗広口壷、弥生時代後期のひさご型壷と、広口壷(春日井出土)です。(同上)

  • 銅鐸<br />弥生時代後期<br />北外山出土<br />弥生時代、収穫を感謝する祭で使われたとされる銅鐸と紹介されていました。小牧市指定の有形文化財です。(同上)<br />

    銅鐸
    弥生時代後期
    北外山出土
    弥生時代、収穫を感謝する祭で使われたとされる銅鐸と紹介されていました。小牧市指定の有形文化財です。(同上)

  • 『浜井場遺跡・大字北外山・縄文時代~弥生・古墳時代』のタイトルがあった説明パネルです。大山川右岸の洪積台地に位置する遺跡です。愛知県下で2例しか見つかっていない、縄文時代の燻製を造る煙道式炉穴が見付かっています。(同上)

    『浜井場遺跡・大字北外山・縄文時代~弥生・古墳時代』のタイトルがあった説明パネルです。大山川右岸の洪積台地に位置する遺跡です。愛知県下で2例しか見つかっていない、縄文時代の燻製を造る煙道式炉穴が見付かっています。(同上)

  • 浜井場遺跡出土品<br />弥生時代中期<br />土器<br />右から、台付甕、広口壷、台付甕、台付甕です。(同上)<br />

    浜井場遺跡出土品
    弥生時代中期
    土器
    右から、台付甕、広口壷、台付甕、台付甕です。(同上)

  • 『古墳が築かれた時代・昔のお墓』と題された説明パネルです。少し分かり難いようですから、代表的な区分と古墳例を示しておきます。一般的には、古墳時代は3世紀半ば過ぎから7世紀末頃までの約400年間を指すことが多いようです。<br />①古墳時代出現期(3世紀半ば過頃~)<br /> 女王卑弥呼の墓と目される石塚山古墳等。<br />②古墳時代前期(3世紀後半~)<br /> 女王卑弥呼の墓と目される箸墓古墳等。<br />③古墳時代中期(5世紀初頭~)<br /> 伝仁徳天皇陵とされる大仙古墳等。<br />④古墳時代後期(6世紀前半~)<br /> 継体陵と伝わる今城塚古墳等。<br />⑤古墳時代終末期(~6世紀末)<br /> 高松塚古墳、キトラ古墳等。(同上)<br />

    『古墳が築かれた時代・昔のお墓』と題された説明パネルです。少し分かり難いようですから、代表的な区分と古墳例を示しておきます。一般的には、古墳時代は3世紀半ば過ぎから7世紀末頃までの約400年間を指すことが多いようです。
    ①古墳時代出現期(3世紀半ば過頃~)
     女王卑弥呼の墓と目される石塚山古墳等。
    ②古墳時代前期(3世紀後半~)
     女王卑弥呼の墓と目される箸墓古墳等。
    ③古墳時代中期(5世紀初頭~)
     伝仁徳天皇陵とされる大仙古墳等。
    ④古墳時代後期(6世紀前半~)
     継体陵と伝わる今城塚古墳等。
    ⑤古墳時代終末期(~6世紀末)
     高松塚古墳、キトラ古墳等。(同上)

  • 『小牧の古墳』と題された説明パネルです。弥生時代に続く、4世紀から6世紀の古墳時代に作られたとされる、小牧の古墳についての説明です。主な古墳を列挙しますと、<br />①小木(こき)古墳群<br /> 小牧で最も規模の大きな古墳群です。古墳時代前期に作られた宇都宮神社古墳などです。<br />②三ツ山(みつやま)古墳群<br /> 5世紀初めに造られたとされる古墳群です。<br />③野口・大山地区の古墳群<br /> 標高200メートルほどの山に築かれた横穴式の小規模古墳群です。(同上)<br />

    『小牧の古墳』と題された説明パネルです。弥生時代に続く、4世紀から6世紀の古墳時代に作られたとされる、小牧の古墳についての説明です。主な古墳を列挙しますと、
    ①小木(こき)古墳群
     小牧で最も規模の大きな古墳群です。古墳時代前期に作られた宇都宮神社古墳などです。
    ②三ツ山(みつやま)古墳群
     5世紀初めに造られたとされる古墳群です。
    ③野口・大山地区の古墳群
     標高200メートルほどの山に築かれた横穴式の小規模古墳群です。(同上)

  • 『古墳の副葬品』と題された展示です。左側の三つの銅鏡は、左から内行花文鏡(出土地不明)、三角縁神獣鏡(甲屋敷古墳出土)、内行花文鏡(小木出土)です。右側の展示は、右上から時計回りに管玉、金環・銀環、勾玉、小玉、なつめ玉と土鍾です。(同上)

    『古墳の副葬品』と題された展示です。左側の三つの銅鏡は、左から内行花文鏡(出土地不明)、三角縁神獣鏡(甲屋敷古墳出土)、内行花文鏡(小木出土)です。右側の展示は、右上から時計回りに管玉、金環・銀環、勾玉、小玉、なつめ玉と土鍾です。(同上)

  • 『古墳時代の須恵器』と題された展示です。左側の四つの容器は、左上から時計回りに平瓶、提瓶、坩、(不明)です。右側の四つの破片は、下末古墳の円筒埴輪です。(同上)

    『古墳時代の須恵器』と題された展示です。左側の四つの容器は、左上から時計回りに平瓶、提瓶、坩、(不明)です。右側の四つの破片は、下末古墳の円筒埴輪です。(同上)

  • 『三ツ山古墳群・大字東田中・古墳時代』のタイトルがあった説明パネルです。一辺20メートル、高さ4メートル前後の方墳三つからなる三ツ山古墳群からは、銅鏡や鉄製品が出土しています。4世紀末から5世紀初頭の古墳とされます。(同上)

    『三ツ山古墳群・大字東田中・古墳時代』のタイトルがあった説明パネルです。一辺20メートル、高さ4メートル前後の方墳三つからなる三ツ山古墳群からは、銅鏡や鉄製品が出土しています。4世紀末から5世紀初頭の古墳とされます。(同上)

  • 三ツ山古墳群<br />古墳時代<br />4世紀末~5世紀初頭<br />下の列は、左側が2号墳から出土した『六頭式神像鏡、右側が1号墳から出土した禽獣文鏡です。上の列は、左から1号墳から出土の刀子(ナイフ)、同じく1号墳から出土の釜と、手斧です。(同上)<br />

    三ツ山古墳群
    古墳時代
    4世紀末~5世紀初頭
    下の列は、左側が2号墳から出土した『六頭式神像鏡、右側が1号墳から出土した禽獣文鏡です。上の列は、左から1号墳から出土の刀子(ナイフ)、同じく1号墳から出土の釜と、手斧です。(同上)

  • 三ツ山古墳群<br />古墳時代<br />4世紀末~5世紀初頭<br />下の列は、左から2号墳から出土の鉄鏃(1個)、2号墳から出土の鉄鏃や短剣(4個)と鍬先です。(同上)

    三ツ山古墳群
    古墳時代
    4世紀末~5世紀初頭
    下の列は、左から2号墳から出土の鉄鏃(1個)、2号墳から出土の鉄鏃や短剣(4個)と鍬先です。(同上)

  • 『古天王遺蹟・大字間々原新田・古墳時代~中世』のタイトルがあった説明パネルです。古天王遺蹟からは、縄文時代、古墳時代、奈良時代と平安時代の四つの時代に亘っての出土があったことが紹介されていました。集落、または墓地だった遺跡と紹介されていました。(同上)

    『古天王遺蹟・大字間々原新田・古墳時代~中世』のタイトルがあった説明パネルです。古天王遺蹟からは、縄文時代、古墳時代、奈良時代と平安時代の四つの時代に亘っての出土があったことが紹介されていました。集落、または墓地だった遺跡と紹介されていました。(同上)

  • 古天王遺蹟<br />平安時代<br />(10世紀前半)<br />木棺墓出土品<br />右上が灰釉陶器の長首瓶、中央下が灰釉陶器の碗、左上が灰釉陶器の手付瓶です。(同上)

    古天王遺蹟
    平安時代
    (10世紀前半)
    木棺墓出土品
    右上が灰釉陶器の長首瓶、中央下が灰釉陶器の碗、左上が灰釉陶器の手付瓶です。(同上)

  • 『律令国家の時代・古い焼き物と幻の大山寺』のタイトルがあった説明パネルです。『律令国家の時代』は、日本では、大化の改新後の7世紀後半から10世紀頃までをさします。この時代のこの地方の焼き物は、篠岡古窯跡群で代表されることが紹介されていました。篠岡大山の中腹に、幻の大山寺はあったようです。奈良時代の直前に創建されたとされます。(同上)

    『律令国家の時代・古い焼き物と幻の大山寺』のタイトルがあった説明パネルです。『律令国家の時代』は、日本では、大化の改新後の7世紀後半から10世紀頃までをさします。この時代のこの地方の焼き物は、篠岡古窯跡群で代表されることが紹介されていました。篠岡大山の中腹に、幻の大山寺はあったようです。奈良時代の直前に創建されたとされます。(同上)

  • 大山廃寺出土瓦<br />白鳳時代~奈良時代<br />下段は、右から素弁八弁蓮華文軒丸瓦(白鳳~奈良時代)、均整唐草文軒平瓦(奈良時代)、均整唐草文軒平瓦(奈良時代)の三つです。上段は、素弁八弁蓮華文軒丸瓦(白鳳時代)です。(同上)<br />

    大山廃寺出土瓦
    白鳳時代~奈良時代
    下段は、右から素弁八弁蓮華文軒丸瓦(白鳳~奈良時代)、均整唐草文軒平瓦(奈良時代)、均整唐草文軒平瓦(奈良時代)の三つです。上段は、素弁八弁蓮華文軒丸瓦(白鳳時代)です。(同上)

  • 大山廃寺出土瓦<br />白鳳時代~奈良時代<br />下段の中央二つは、右が偏行唐草文軒平瓦(奈良時代)、左が細弁十六弁蓮華文軒丸瓦(奈良時代)です。上段の中央二つは、右が素弁八弁蓮華文鬼板(白鳳~奈良時代)、左が複弁十六弁蓮華文軒丸瓦(奈良時代)です。(同上)<br />

    大山廃寺出土瓦
    白鳳時代~奈良時代
    下段の中央二つは、右が偏行唐草文軒平瓦(奈良時代)、左が細弁十六弁蓮華文軒丸瓦(奈良時代)です。上段の中央二つは、右が素弁八弁蓮華文鬼板(白鳳~奈良時代)、左が複弁十六弁蓮華文軒丸瓦(奈良時代)です。(同上)

  • 大山廃寺出土瓦<br />白鳳時代~平安時代<br />下段の中央二つは、右が細弁十六弁蓮華文軒丸瓦(奈良時代)、左が細弁十六弁蓮華文軒丸瓦(平安時代)です。上段の中央二つは、右が記銘瓦・山寺(奈良時代)、左が記銘瓦・山寺(奈良時代)です。(同上)<br />

    大山廃寺出土瓦
    白鳳時代~平安時代
    下段の中央二つは、右が細弁十六弁蓮華文軒丸瓦(奈良時代)、左が細弁十六弁蓮華文軒丸瓦(平安時代)です。上段の中央二つは、右が記銘瓦・山寺(奈良時代)、左が記銘瓦・山寺(奈良時代)です。(同上)

  • 大山廃寺出土土器<br />白鳳時代~平安時代<br />一番右列は、下が須恵器の杯蓋(白鳳時代)、上が灰釉陶器の碗(平安時代)です。二列目の下は、緑釉陶器の破片(平安時代)、上は灰釉陶器の輪花碗(平安時代)です。三列目の下は、灰釉陶器の香炉蓋(平安時代)、上が古瀬戸の花器(鎌倉時代)です。<br />

    大山廃寺出土土器
    白鳳時代~平安時代
    一番右列は、下が須恵器の杯蓋(白鳳時代)、上が灰釉陶器の碗(平安時代)です。二列目の下は、緑釉陶器の破片(平安時代)、上は灰釉陶器の輪花碗(平安時代)です。三列目の下は、灰釉陶器の香炉蓋(平安時代)、上が古瀬戸の花器(鎌倉時代)です。

  • 大山廃寺出土土器<br />白鳳時代~平安時代<br />中央から三列の紹介です。右側の列は、既に紹介した、下が灰釉陶器の香炉蓋(平安時代)、上が古瀬戸の花器(鎌倉時代)です。中央の列は、下が青磁(鎌倉~室町時代)、上が古瀬戸の花瓶(鎌倉時代)です。左側の列は、下が古瀬戸のおろし皿(室町時代)、上が古瀬戸の水指(室町時代)です。(同上)

    大山廃寺出土土器
    白鳳時代~平安時代
    中央から三列の紹介です。右側の列は、既に紹介した、下が灰釉陶器の香炉蓋(平安時代)、上が古瀬戸の花器(鎌倉時代)です。中央の列は、下が青磁(鎌倉~室町時代)、上が古瀬戸の花瓶(鎌倉時代)です。左側の列は、下が古瀬戸のおろし皿(室町時代)、上が古瀬戸の水指(室町時代)です。(同上)

  • 大山廃寺出土土器<br />白鳳時代~平安時代<br />下列は、右から古瀬戸のおろし皿(室町時代)、東農型の小皿(鎌倉時代)、古瀬戸の平碗(室町時代)と古瀬戸の天目茶碗(室町時代)です。上列は、右から古瀬戸の水指(室町時代)、常滑の甕(室町時代)、東農型の山茶碗(室町時代)と東農型の山茶碗(室町時代)です。(同上)

    大山廃寺出土土器
    白鳳時代~平安時代
    下列は、右から古瀬戸のおろし皿(室町時代)、東農型の小皿(鎌倉時代)、古瀬戸の平碗(室町時代)と古瀬戸の天目茶碗(室町時代)です。上列は、右から古瀬戸の水指(室町時代)、常滑の甕(室町時代)、東農型の山茶碗(室町時代)と東農型の山茶碗(室町時代)です。(同上)

  • 『小牧の年表』のタイトルがあった説明パネルです。旧石器時代から始まり、平成時代までが年表になっていました。大山寺は西暦800年頃に創建、1152年(仁平2年)に焼失(伝承)と紹介されていました。(同上)

    『小牧の年表』のタイトルがあった説明パネルです。旧石器時代から始まり、平成時代までが年表になっていました。大山寺は西暦800年頃に創建、1152年(仁平2年)に焼失(伝承)と紹介されていました。(同上)

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