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例年6月23日に沖縄県糸満市の沖縄県営平和記念公園で挙行される〝沖縄戦全戦没者追悼式〟式典。戦後72年となった今年も訪れることができました。<br /><br />3回目となった〝戦後72年沖縄戦全戦没者追悼式〟には、午前中に野暮用を済ませてから向かったこともあり、開演には間に合わず正午の黙祷はシャトルバスの車内で行うことになりました。それから会場入りし式典を見学するも、例年に比べ式典会場が広く取られていたこともあり、結構見辛い場所にしか陣取れません。プログラムそのものは変わり映えがなく、流れるプログラムに耳を傾けていました。<br /><br />来賓の平和宣言も翁長沖縄県知事・安倍首相の的外れではないにしろ、建設的な内容とは到底思えないものでした。その安倍首相の平和宣言の最中にちょっとした事件が起こります。私の立ち位置から少し離れた場所に於いて、戦争を経験しただろうおじいが声を張り上げます。これはメディアでも取り上げられていたので既に知られていることかも知れません。戦後生まれの私には理解できるものだとは到底思えませんが、この出来事には少し違和感を感じました。<br /><br />式典の進行を妨げるものという判断はされるものではないにしろ、このシュプレヒコールには〝前座〟がありました。それまで緑地帯に座っていた数十人の子供達が申し合わせたように急に会場に近付き、それによって周りの目が安倍さんからそちらに移った後に行われたもの。言っている内容はともかくどう考えても〝作為的〟にしか思わない出来事でした。その後式典の進行とは別にインタビューを受けていたおじいですが、正直〝これで良いのか?〟と疑問にしか思えませんでした。<br /><br />沖縄戦を経験しその悲惨さを伝えることが年々難しくなっている中でのこの一件、わからないでもない出来事ではありました。しかし私が許せないのは子供達を使った〝演出〟のことについてです。沖縄戦の凄惨さを物語る出来事として、窮地に追い込まれた大人が子供を手に掛けた事実があります。自発的なものではないにしろ結果としては事実です。そのことがダブってしまうことが私がそう思った理由でもあります。<br /><br />子供を守れなかった〝史実〟がわかっていながら利用した今回の出来事には憤りすら感じずにはいられません。そんな残念な一幕があった本年の〝沖縄戦全戦没者追悼式〟の式典でした。<br /><br />平和祈念公園での式典の後、即座に場所を変えて〝白梅之塔〟へと向かいます。<br /><br />第71回白梅之塔追悼式典。学徒看護隊として従軍を余儀なくされ戦没された沖縄県立第二高等女学校生徒の追悼を目的としていますが、21校あった学徒隊のうち高齢化が進んだことによってほとんどの追悼式典が遺族や同窓生が直接的に関与を取りやめる時代に於いて、唯一同窓会が直接挙行されている慰霊式典でもあります。白梅学徒を知る人に知らない人はいない位有名な中山きく氏御年88歳。16歳の時に白梅学徒として従軍され、数少ない〝生き残られた〟おひとりで、現在白梅同窓会長を務められておられます。同じく同窓会副会長を務められている武村豊氏御年88歳、その他元白梅学徒隊の皆様がお元気にされておられるお姿を見に行くことが、私の白梅学徒慰霊祭を訪れる〝ひとつの理由〟でもあります。71回目の今回、ついに中山会長より重大な発表がありました。<br /><br />『今のような儀式にせず、もっと若者中心にやってほしい』と。つまり同窓会員の高齢化に伴うことに加えて、慰霊祭そのものの『具体化』を取り入れるとのお考えにより、本年を持って同窓会主催の慰霊祭は終了とし、来年からは学徒隊に関心を持ってくれる人たちとの〝平和を願う集い〟として開きたいというものでした。慰霊祭が儀式化していることは確かに否めませんが、やはり〝伝承〟を考えることは必要不可欠なものに違いありません。一方的に大人の感情や考えを子供達に〝押し付ける〟のではなく、討論会的なものにするのであれば、ここが持つ考えは例え違っても思う気持ちが〝同じ〟であることは、付け焼刃の平和主義とは違う建設的なもののように思えます。<br /><br />一昨年・昨年と3度目の慰霊の日となったこともあり、今年を最後に考えていた思いはありました。しかし色々な意味で〝沖縄戦〟を後世に伝えるやり方が大きく変わりつつあることを知りました。慰霊の日に纏わる〝追悼式〟の情報は、事前にわかるものが少ないため、来沖してから情報収集に走らなければならないため、効率が悪いことも指摘はされています。<br /><br />内地から徴兵され沖縄の地で戦死した兵士、そして住む場所が戦場となり若くして学徒隊として従軍され亡くなった少年少女。そして戦争に巻き込まれて亡くなった沖縄の人々。置かれる立場は違えど、多くの考えは一緒だったのではないでしょうか?そんな思いを強く感じた平成29(2017)年6月23日金曜日の慰霊の日でした。

3回目の沖縄の一番長い日を辿る旅~戦後72年全戦没者追悼式と慰霊の日:平成29(2017)年6月23日金曜日~

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2017/06/23 - 2017/06/23

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

例年6月23日に沖縄県糸満市の沖縄県営平和記念公園で挙行される〝沖縄戦全戦没者追悼式〟式典。戦後72年となった今年も訪れることができました。

3回目となった〝戦後72年沖縄戦全戦没者追悼式〟には、午前中に野暮用を済ませてから向かったこともあり、開演には間に合わず正午の黙祷はシャトルバスの車内で行うことになりました。それから会場入りし式典を見学するも、例年に比べ式典会場が広く取られていたこともあり、結構見辛い場所にしか陣取れません。プログラムそのものは変わり映えがなく、流れるプログラムに耳を傾けていました。

来賓の平和宣言も翁長沖縄県知事・安倍首相の的外れではないにしろ、建設的な内容とは到底思えないものでした。その安倍首相の平和宣言の最中にちょっとした事件が起こります。私の立ち位置から少し離れた場所に於いて、戦争を経験しただろうおじいが声を張り上げます。これはメディアでも取り上げられていたので既に知られていることかも知れません。戦後生まれの私には理解できるものだとは到底思えませんが、この出来事には少し違和感を感じました。

式典の進行を妨げるものという判断はされるものではないにしろ、このシュプレヒコールには〝前座〟がありました。それまで緑地帯に座っていた数十人の子供達が申し合わせたように急に会場に近付き、それによって周りの目が安倍さんからそちらに移った後に行われたもの。言っている内容はともかくどう考えても〝作為的〟にしか思わない出来事でした。その後式典の進行とは別にインタビューを受けていたおじいですが、正直〝これで良いのか?〟と疑問にしか思えませんでした。

沖縄戦を経験しその悲惨さを伝えることが年々難しくなっている中でのこの一件、わからないでもない出来事ではありました。しかし私が許せないのは子供達を使った〝演出〟のことについてです。沖縄戦の凄惨さを物語る出来事として、窮地に追い込まれた大人が子供を手に掛けた事実があります。自発的なものではないにしろ結果としては事実です。そのことがダブってしまうことが私がそう思った理由でもあります。

子供を守れなかった〝史実〟がわかっていながら利用した今回の出来事には憤りすら感じずにはいられません。そんな残念な一幕があった本年の〝沖縄戦全戦没者追悼式〟の式典でした。

平和祈念公園での式典の後、即座に場所を変えて〝白梅之塔〟へと向かいます。

第71回白梅之塔追悼式典。学徒看護隊として従軍を余儀なくされ戦没された沖縄県立第二高等女学校生徒の追悼を目的としていますが、21校あった学徒隊のうち高齢化が進んだことによってほとんどの追悼式典が遺族や同窓生が直接的に関与を取りやめる時代に於いて、唯一同窓会が直接挙行されている慰霊式典でもあります。白梅学徒を知る人に知らない人はいない位有名な中山きく氏御年88歳。16歳の時に白梅学徒として従軍され、数少ない〝生き残られた〟おひとりで、現在白梅同窓会長を務められておられます。同じく同窓会副会長を務められている武村豊氏御年88歳、その他元白梅学徒隊の皆様がお元気にされておられるお姿を見に行くことが、私の白梅学徒慰霊祭を訪れる〝ひとつの理由〟でもあります。71回目の今回、ついに中山会長より重大な発表がありました。

『今のような儀式にせず、もっと若者中心にやってほしい』と。つまり同窓会員の高齢化に伴うことに加えて、慰霊祭そのものの『具体化』を取り入れるとのお考えにより、本年を持って同窓会主催の慰霊祭は終了とし、来年からは学徒隊に関心を持ってくれる人たちとの〝平和を願う集い〟として開きたいというものでした。慰霊祭が儀式化していることは確かに否めませんが、やはり〝伝承〟を考えることは必要不可欠なものに違いありません。一方的に大人の感情や考えを子供達に〝押し付ける〟のではなく、討論会的なものにするのであれば、ここが持つ考えは例え違っても思う気持ちが〝同じ〟であることは、付け焼刃の平和主義とは違う建設的なもののように思えます。

一昨年・昨年と3度目の慰霊の日となったこともあり、今年を最後に考えていた思いはありました。しかし色々な意味で〝沖縄戦〟を後世に伝えるやり方が大きく変わりつつあることを知りました。慰霊の日に纏わる〝追悼式〟の情報は、事前にわかるものが少ないため、来沖してから情報収集に走らなければならないため、効率が悪いことも指摘はされています。

内地から徴兵され沖縄の地で戦死した兵士、そして住む場所が戦場となり若くして学徒隊として従軍され亡くなった少年少女。そして戦争に巻き込まれて亡くなった沖縄の人々。置かれる立場は違えど、多くの考えは一緒だったのではないでしょうか?そんな思いを強く感じた平成29(2017)年6月23日金曜日の慰霊の日でした。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JRローカル 自家用車 徒歩 ジェットスター
旅行の手配内容
個別手配

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