2017/04/24 - 2017/04/24
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カメちゃんさん
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22日に横浜を出港してから、昨日の一日航海日を経て、きょうは午前10時に長崎入港の予定です。一日航海日というのは、船内生活を満喫する日ですから退屈することはありません。
長崎に来るのは今回で3回目になりますが、過去2回では、真面目に長崎を見たという印象はありませんでした。
半世紀近くも前には、長崎ユースホステルで流し台に並んでお話をしながら食器を洗ったこと、平和公園を見たこと、龍踊りを見たことの記憶があるだけです(=_=) 11年前では、グラバー邸に行ったこと、市電に乗ったこと、平和公園へ行ったこと、長崎チャンポンを食べたことが思い出にある程度でした。(-_-;)
きょうの長崎では、稲佐山と平和公園に長崎原爆資料館のコースを予約しております。稲佐山と長崎原爆資料館は初めてですので、楽しみです。
それでは、長崎での私たちの一日をご覧下さいね~(^_^)v
(Kさんご提供の写真です)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
4月24日午前5時8分、船は長崎を目指して九州・鹿児島県の西側を北上中かと思います。
東の方から、明けの明星を伴って三日月が昇ってきました。太陽の「日の出」時刻よりだいぶ早いご出勤ですね。マジメなんだね~(^^)
(Kさんご提供の写真です) -
船は横浜出港以来、昼夜別なくズーッと真面目に航行してきました。クルーズ船は、(短距離移動は別として)夜の航行が多いです。夜に移動して、昼間は寄港地で停泊しますからね。
航海員・機関員をはじめ、航海関係に携わる人たちは年から年中「夜勤」をしているという感じになりますね(もちろん、交代、休憩、休暇がありますけど)。そういう方々に「ご苦労様」と申し上げたい気持ちになりますね。
(Kさんご提供の写真です) -
「♪ 真赤に燃~えた
太陽だ~けど~
私の年齢(トシ)は~
恋にゃ無縁なの~♪♪」
美空びばりさんの歌でしたかね。
恋の季節かどうか知らないけど、高齢・体力低下の私には、そんな季節はとうの昔に終わったよ・・(=_=)。
真っ赤に燃えた太陽さんは、三日月への恋に狂っておよそ30分ほど遅れて顔を出してきたのでした(^^)
きょうも良いお天気のようで、有り難いです!!
(Kさんご提供の写真です) -
太陽が煌々と輝いて海面を照らす・・(^-^)
こういう光景は大好きです!!
最近、私のアタマも光々と光を放つようになったのです(^^) 嬉しいことですね。
でも、電気代の節約にまで役立つことはないのです(-_-;)
(Kさんご提供の写真です) -
朝日を浴びるお二人さん。
眩しそうですね。
(Kさんご提供の写真です) -
そして、11階のデッキを散歩します(^o^)
(濃紺の大きな構造物は、煙突です)
(Kさんご提供の写真です) -
7時20分頃、私も来てビュフェで朝食です。
きょう一日の元気のもとですね~。
(Kさんご提供の写真です) -
現在時刻8時14分。
「あれって、ヒョッとして軍艦島??」
初めて見る島なので、ちょっと迷いました(^^)
で、いろいろ話している内に
「やっぱり軍艦島だね」
という話になって、「軍艦島」と決定したのでありました(^^)
(どうやら正解のようでした)
軍艦島の長さは約480mですから、昔の重巡洋艦の2倍程度の長さかもね。 -
そんなら、世界遺産をバックに記念写真を!!
ありゃ~(*^_^*)。お顔が逆光で真っ黒になってしまったよ~(T_T)
(左の島は、「中之島」です。
軍艦島へは、長崎港内の元船桟橋から船で行けるようです。
距離は約19Kmで、所要時間は約15分のようです(船は約20ノットの高速船)。 -
遙か後方の軍艦島をバックに、記念写真を!!
ミレニアム号は長崎港へ伊王島を迂回していきますので、接岸まであと一時間少々かかります。 -
あの灯台は、伊王島の北端にある「伊王島灯台」のようですね。
明治元年の2年前(1866年)に結ばれた江戸条約に基づいて、8ヶ所の灯台がお雇い外国人の指導の下に関東から九州にかけて設置されたのですが、伊王島灯台はその中の一つです。
それまでの日本には、常夜灯はあっても航路標識としての灯台はなったとのことです。他の7つの灯台と共に、日本最初の灯台だったのですね。
右の方の白い小さい建物は、「伊王島展望台」かも知れません。
ちなみに、8ヶ所の灯台は以下の通りです
観音埼灯台(神奈川県) 野島埼灯台(千葉県) 樫野埼灯台(和歌山県)
神子元島灯台(静岡県) 劔埼灯台【神奈川県】) 伊王島灯台(長崎県)
佐多岬灯台(鹿児島県) 潮岬灯台(和歌山県)
ミレニアム号が伊王島の北端を迂回し終え、長崎湾の方へ向かっているような感じですね。
★↓をクリックされますと8ヶ所の灯台名が表示されます。そして、灯台名をクリックされますと、関連するサイトが表示されます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%9D%A1%E7%B4%84%E3%81%AE%E7%81%AF%E5%8F%B0
(Kさんご提供の写真です) -
長崎港へ向かう途中、船の進行方向の右側(右舷側)に見える、伊王島方面です。
右の大きい島が伊王島で、以前には炭鉱があったと言うことです。此島には温泉があるそうです。 写真左に見える橋は、2011年3月に開通した「伊王島大橋」です。
★伊王島大橋のことは↓をご覧下さい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E7%8E%8B%E5%B3%B6%E5%A4%A7%E6%A9%8B
(Kさんご提供の写真です) -
貨物船がおりました。どこかへ出港していくのでしょうかね。
そう思っていましたら、この船は福岡造船長崎造船所で建造された新造船のようで、長崎周辺でテストを繰り返しているようです。
おもな仕様は、総トン数15600トン 重量トン数25000トン 全長159m 幅27mなどです。オイルタンカーと較べると、かなり小さいですね。
向こうに見える橋は、伊王島大橋です。船のブリッジの向こうに見えるのは、昔、香焼島と言われていたところで、現在の香焼町の岬です。遠くに薄く見えるのは、長崎半島かと思います。
★ケミカルタンカーの詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC
★福岡造船のことは↓にて
http://www.fukuzo.co.jp/release/
(Kさんご提供の写真です) -
造船所のクレーンが見えてきましたね。
ここは香焼町の北端にある、三菱重工長崎造船所 香焼工場です。クルーズ船らしい船が一隻見えますね。 どこの船か?ちょっと分かりません。 -
もうちょっと近づいたところで、写真を撮ってみました。
これはクルーズ船だな?と思いましたが、この段階ではどういう船なのかまでは分かりませんでした。
帰宅して写真を拡大してみますと、船体前部に目玉模様とそこからの波線が確認出来ました。 -
今度は左舷側の風景を見てみました。
写真手前の、左の方に伸びている半島のあたりは(この付近は神の島公園になっている)、長崎湾入り口にかかる「女神大橋」から直線で2.7kmほど西の方になるところです。
写真奥の山が2段になっている岬は福田岬です。その手前右の湾の奥に「福田」という町があり、その前の湾は福田浦と言われています(この写真では見えません)。
オランダ船は最初から長崎湾の奥の「出島」に来港したのではなく、出島付近が開港されるまでは、この福田崎の近く寄港していたとのことです(↓に地図を掲載します)。
これを知って改めて分かったことは、オランダ船は最初から長崎湾の奥に行ったのではなく、先ずは1549年に鹿児島へ行ったというのです。しかし鹿児島の領主は消極的だったので、結局交易港にならず。
それで最初の交易港になったのが平戸で、1550年から。平戸で色々あって1562年6月横瀬浦に変更したものの、また戦い巻き込まれたりします。それから、一旦平戸に戻ったり横瀬浦行ったりしながら、かねて物色していた福田浦の港へ1565年に移動したようです。ここでも色々あった上、福田浦は外海(東シナ海)に面しているのが良くなくて、島原半島南端の口之津を勧められたようです。
オランダ人たちは長崎への希望を捨てなかったため、長崎港の調査をして、1570年にイエズス会と大村純忠が長崎開港の協定が結ばれました。1571年ポルトガル船が現在の長崎港に初入港したというのです。
以後、種々問題が起こったりしたものの、近代に至るまで日本でただ一つの国際港として維持され、世界の文化・科学・情報の「吸い込み口」の役割も果たしてきたのですね。
現在の長崎繁栄の基礎はこの時に据えられたと言うことになるでしょうか?
このほかにも、オランダ船が1600年頃オランダ船が大分県に漂着し、それが機会となって交易があったという話もありますが、ここでは触れません。
【※】以上の話は、沢山の情報に基づく私の作文ですので、正確さのほどは保証出来ません(^_^;) -
写真の順序が前後しますが、稲佐山展望台から撮影したものです。
手前の湾が1565年頃から、オランダ船との交易港となった「福田浦」です。当時は、このどこかに接岸地があったのですね。
福田浦からですと、道なりに行って長崎の街に出るには5km前後はあります。1570年代の時を想像すれば、貨物などは大八車で曲がりくねった山道を越えて行かねば、長崎の町にたどり着けません。
そこで、オランダ人は湾の奥にあって波静かな長崎港入港を切望し、大村純忠と話し合ったのでしょう。大村純忠は既にキリシタンとなっており、彼らの希望を理解し受け止めたのでしょう。1570年の長崎港開港協定の成立は、日本の歴史上の重要な出来事でしたね。
もし、長崎が開港されず、日本が明治に至るまで西洋との接点を持たずにいたら、世界史の流れからさらに遅れていたかも知れませんね。 -
【掲載追加です】
長崎開港までの年代と港の場所とを、地図にまとめてみました。
五島とか、臼杵あたりでのことは省略しています。 -
女神大橋から直線で2Km余ほどのところから見た、長崎市神ノ島町です。
街の左の方には「カトリック神の島教会」などがあります。右端に少しだけ写っているのは、高鉾島です。 -
先ほどから見えていたクルーズ船の後ろ半分が見えてきました。
この船は「アイーダ・クルーズ(AIDA Cruises)」の船で、既に引き渡した「アイーダ・プリマ」の同型2番船で、「アイーダ・ペルラ(約12万4500トン)」のようですね。
この時点では艤装も終え、最終段階の点検・調整の時期だったようで、この写真を撮った3日後の4月27日には、引き渡されたとのことです。
三菱造船がこの船を受注したのは2013年11月2日で、ダイヤモンド・プリンセスとサファイア・プリンセス(共に約11万6000千トン)に続く大型クルーズ客船の受注として、話題になったものです。
三菱造船はこの2隻の船の建造に当たって、受注者のアイーダクルーズからの細部仕様をしっかり確認していなかったのか、建造途中でアイーダ社の求める仕様と合わない点が確認され、船客がよく利用するパブリックエリアとかホテル部分で設計をやり直すという、大失策を犯してしまったのです。このことは私もニュースを見ており大きな関心を持ったものでした。
年齢のせいか?そのことはすっかり忘れていました。まさか、ここでそのアイーダから受注の船を見るとはビックリでしたね。それも、引き渡しの3日前に。
2隻分の受注価格は、およそ1000億円余とか。設計のやり直し(建造工事のやり直し)とかで結局は1500億円の赤字を出したそうです。そのため、三菱重工では合理化・リストラが断行されて、長崎の雇用は大変なことになったと言う話もありましたね。
どこの企業でも時には失敗があるものですが、戦前からの財閥と言われている企業では情報の流れが悪いようですね。 「忖度大国」と言われる日本社会では、少数の人々の真剣な心配も表面化しにくくて、大問題になってから大騒ぎする傾向があるようですね(-_-;)
(Kさんご提供の写真です) -
女神大橋に近づいてきました。
この橋は2005年12月に開通しています。
両側が小高い山になっていることと、長崎港内に大型船を建造する造船所があることから、高めの橋を作っていますね。
そうです、海面から橋の下面(桁下)までの高さが65mあるとのことです。横浜のベイブリッジより10m高いですね。 ですから、最近アジアに配船されてきている16万7800トンのクァンタム・オブ・ザ・シーズ号も、何とかこの橋の下を通過出来るのです。
私が関心を持っていることの一つに、橋の仕様を調べる際の「桁下の高さ」があります。海でも川でも運河でも、船が通れそうな橋では、年間最高潮位での海面から「桁の下面」までの高さが重要になってくるからです。橋の高さは一般に桁下高さが基準のようですが、それを「桁下」と書かずに「橋の高さ」と書いているために、分かりにくかったり誤解される面もあるのです。
実際に、船舶などが使う海図と個々の橋の説明とで、違っていることが指摘される事例があるのですから、専門家自身も橋の測定基準が曖昧になっているのです。下のWikipediaの資料でも、「桁下高さ」が明確に書かれている場合が少ないですね。おそらくは、橋の機能のみに関心が向いて、港湾としての機能・役割とか、船の通航に関しての関心が薄いのでしょうね。
★女神大橋の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E5%A4%A7%E6%A9%8B -
ここまでお話したところの地図を出しておきますね。
-
女神大橋を通過し手間もない頃、右手に見えてくる様子です。
長崎市戸町というところですが、大小のドックが5ヶ所前後もあって、活気のありそうな感じのする港ですね。
すぐ前には二つの「浮きドック」があります。右の浮きドックは海側の方が沈んでいますが、船をドックから出すのか?ドックに入れるのか? 浮きドック上で見守っている人が見えますよ。 -
この人、誰??
カメラをもって船内をあちこちし、皆さんの写真を撮っているカメラマンですよ!!
いつもは、カメラマンに撮られてばっかりだけど、たまには私からカメラマンを撮ってあげます。
写すのが本職なのに、撮られてしまう(^O^)(~o~)
たまには、こういうことも良いですよね。
以前、山中湖沿いのホテルに泊まった時、カメラマンのオッちゃんを撮らせて頂きましたが、ずいぶん照れてしまわれたようです。カメラマンでも、自分が撮られるとなると照れるんですね(^o^) -
また大きな造船所が見えてきました。
長崎へ来ると、造船所の見られるのも一つの楽しみですね。
こういうところで大きな船がどんどん作られる。想像するだけでも嬉しくなってきます。私にとって、船は(たとえ貨物船でも)夢のある乗り物ですからね。
船を作るって大変な仕事だけど、やりがいのある仕事だよね。
あの大きなクレーンの運転室はどこにあるのでしょうか? それともガーダー(三菱マークのある水平の鉄骨)の中に隠れているのでしょうか?
私は27歳頃から時々クレーンを運転していました。高い階段を上り、ガーダー上を少し歩いて運転室に入って運転したものです。大小二つの巻き上げ機があって、大きなプレス型を運んだり反転することも良くありました。早い時期の免許取得でしたので、移動式クレーン以外のいろいろなクレーンを運転出来るのですよ。
でも工場内のクレーンしか運転したことがなかったので、あのようなクレーンを見ますとつい気持ちがたかぶって、一度でも良いから乗ってみたい、運転してみたい!!と思います(^o^) -
船が一隻建造中のようです。
いや、船体を見ますと塗装してあるし汚れもあるので、修理?分解?なのかも知れませんね。
このドックの長さをGoogle mapで測定してみますと、今時としてはチョット小さくて、長さが190mもないようです。ということは、この船も小さいってことだね~(^o^)
当家のカミさんに言わせると、飛鳥Ⅱでも「小さい」のだそうです(-_-;) -
ありゃ~(-_-;) こっちのドックは空っぽだがね。
大きなドックが空っぽだなんてモッタイナイね~。
左のドックは全長が約370m、幅は約55mもあり、右のドックは長さが約350程。幅は約55mもあるのですよ(Google mapで測定)。
このサイズのドックなら20万トンクラスのタンカーも建造可能かも知れませんね~。そういう、超大型のタンカーの建造風景を見てみたいですね。30万トンタンカーだとドック幅が少し狭くて、無理かも?だね~。
全長360m、幅47の世界一のクルーズ客船、 「アリュール・オブ・ザ・シーズ号」なら、この左側のドックで建造可能かも知れませんね(長さがギリギリだけど・・(>_<))
あのアイーダクルーズの「アイーダ・ペルラ」が入渠していた、香焼工場のドック(全長400m、幅100m)なら大丈夫だね(^^)
それが、経済性をトコトン求める競争社会のことですから、船のサイズもどんどん大きくなり、全長が400mを越す船も増え続けています。長さ400mのドックでも、今では小さい!!(>_<)なんてことになってきましたね~。
話がちょっとズレますけど(^^;) 船が大きくなれば港もそれに対応しなければなりません。
日本の港は、クルーズ船でも貨物船(特にコンテナ船)でもその対応が遅れ、貨物が韓国や中国経由で運ばれてくることが日常化してきています。
★「世界最大のコンテナ船は、二度と日本に寄港しない」で検索されてみて下さい。
【※】追記します(2017.6.7)。
香焼工場のドックには、全長約1Km、幅約100mほどのドックも一本ありました。長さ500mを越す船も建造可能ですね。通常は二つに仕切って使用しているようです。 -
こちらには2隻の軍艦がいます。
この2隻の船は海上自衛隊の新しい船で、艦N.0 119の船は、護衛艦の「あさひ」だそうです。昨年10月に進水していますが、全ての工事が終わって「竣工」 までにはまだまだ月日が掛かり、就役するのは来年の3月頃という話です・
艦N.0 115の船は、護衛艦「あきづき」だそうで、2012年3月14日に竣工しており、既に就役しています。長さ150m、幅18.3m、吃水10.9m、機関出力64000馬力、速力30ノットのようです。 建造費はおよそ750億円とか(護衛艦の「あさひ」も、だいたいこのサイズ、性能、建造費だと思います)。
このミレニアム号は450~500億円くらいと言われていますから、軍艦は非常に高い買い物ですね。当家のカミさんだったら、買わないと思いますよ(^O^) -
次はこの船が見えてきました。
ちょっと変わった形をしていますねぇ。これはLNGタンカーだと思いますよ。
LNGタンカーと言いますと、丸い大きなタンクが並んでいる姿が記憶にありますので、この船をLNGタンカーと言い切るにはちょっと戸惑いますね。でも、何かを覆っているような気がします(^o^)
そこで調べてみますと、やっぱりLNGタンカーでした(^^) あの大きな丸いタンクを覆っているのですね。あの覆いを剝がすと丸いタンクが出てくるので、「サヤエンドウ型」と言われているようです。最近ではタンクの形がリンゴに似てきたというので、「サヤリンゴ型のLNGタンカー」なのだそうです(^^)
タンクと船体を一体化し、船体を小さくしながらも多くのガスを運べるように、知恵を絞って作られた新型のLNGタンカーです。ですから、LNGタンカーにしてはちょっと小ぶりで、私たちが乗っているミレニアム号よりは全長が短いと思いますよ。
写真右の高い山は、稲佐山だと思います。 -
接岸する岸壁に近づいてきました。
私たちはこの岸壁に来たのは、2度目です。
1度目は、サファイヤ・プリンセス号(約11万6000トン)で東アジアを回る「オリエントクルーズ」の途中、2006年10月16日に長崎に寄港した時です。
あの時は、私にとって37年ぶりの長崎でしたが、独身時代の昔に長崎を訪れた時の詳しいことはだいぶ忘れていましたので、初めて来たようなトキメキがありましたね。
この岸壁は全長が400m近くもあって、22万トンの「アリュール・オブ・ザ・シーズ号」でも余裕で着岸出来ますよ。固定設備を建設する時は、このように大きく構えることがいつの場合も大事ですね。
(Kさんご提供の写真です) -
「おかあさん、帆船がいるよ!」
と言おうとしたけど、となりにカミさんはおらず(-_-;)
帆船を近くで見るのは久しぶりです。どこの帆船かと思えば日本の帆船で「日本丸(にっぽんまる)」でした。2代目の日本丸です。
船のサイズは、 総トン数…2570 トン 全長…110.09m 幅…13.80m 喫水…6.57m 主機関…ダイハツディーゼル 6DSMB-28NS 2基・3000馬力 搭載人員…190名のようです。ほぼ同じサイズの練習船に「海王丸」がありますよ。
横浜では初代の日本丸が係留されて、展示・公開されていますね。大きさは、総トン数…2278 トン 全長…97m 幅…13m と、2代目日本丸より少し小さめです。
この船は商船高等専門学校とか商船大学、海洋大学などの学生の航海訓練に使われるということらしいですね。航海訓練船には帆船が向いているという方もおられるようです。
このような船で訓練する人々は、学校卒業後には商船(客船や貨物船)の高級船員(航海士、機関士、通信士など)になれる道が開けていると思いますよ。 -
私たちの船室の正面に、グラバー邸が見えました。
建てられたのは1863年(明治なる5年前)のようで、その後色々あったけれど、元の形に修理されて、日本にある木造洋館としてはもっとも古いんだとか。
私たちは2006年に来港した際、このグラバー邸を見にいきました。今では道路からグラバー邸までエスカレーターがあって、斜面を登る苦労もなく行くことが出来ますよ。行ってみますと、見晴らしが良いです。
★グラバー邸の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%90%E3%83%BC%E5%9C%92#.E6.97.A7.E3.82.B0.E3.83.A9.E3.83.90.E3.83.BC.E4.BD.8F.E5.AE.85 -
グラバー邸の少し左の方には、大浦天主堂とその関係施設が見えます。
グラバー邸と大浦天主堂とは直線距離で100mチョットしか離れていないのですね。
天主堂のまわりには、大浦天主堂司祭館、旧羅典神学校、カトリック大浦教会、長崎南山手美術館などがありますよ。
長崎に3~4泊して、ゆっくり見物したいですね。 -
セレブリティ・ミレニアム号の長崎寄港を歓迎してくれていますね。
長崎の歓迎姿勢の良いところは、ちゃんとした和装で迎えてくれることです。
以前の「オリエントクルーズ」の時には、下船口で刀を差した侍姿で迎えてくれましたよ。
メキシコでも、民族衣装で迎えてくれましたからね。 -
只今、9時29分。
本船からロープが投げられて、いよいよ接岸です。 -
船の後ろの方を見ましたら、巡視船が見えました。
船名は「ほうおう」で、2005年に完成した「つるぎ型」の高速巡視船です。40ノット(時速:約74km)以上の高速性能があるようです。
40ノットの高速船!!(^^) 是非乗って、そのスピードを味わってみたいよね~!(^^)!
船のスペックは↓の通りです。
総トン数…220トン 全長…50.0m 全幅…8.0m 深さ…4.0 m 機関出力…15,000馬力以上 推進器…ウォータージェット×3軸 速力…40ノット以上 武器・レーダーも装備しています。 -
私たちの長崎観光ツアーは11時出発でしたので、10時半を過ぎてからの遅い下船でした。
下船チェックが終わって広場に出たところ、外人さんたちが先ほどの美人と侍の4人の方たちと写真を撮っていました!(^^)!。先ほどの入港時の歓迎も、下船客のお出迎えも、とても良い感じですね。
私たちも立ち止まって見てしまいました。 -
じゃあ、私たちも写真を撮らせてもらおうよ!!
ホント!!綺麗にしている彼ら彼女らと、写真を撮らない手はないよね~。
早速お二人さんが入ってくれて、記念写真を撮らせて頂きました(*^_^*)
こういう写真は一生の記念になるもんね~!(^^)! -
長崎港・松が枝(まつがえ)岸壁に接岸中の「セレブリティ・ミレニアム号」です(前部)
(Kさんご提供の写真です) -
こちらは後部です。
近くで見た9万トンサイズって、こんなモンです(^o^)
(Kさんご提供の写真です) -
ここまでお話したところの地図をご覧下さい。
-
私たちが行くツアーの行き先は、稲佐山展望台と長崎原爆資料館です。
近いところなので走る時間も短くて、オシッコの近い私にも行けそうなツアーです(^^)
バスが走り出して、早速ガイドさんのご挨拶が始まりました。
美人で優しそうな感じの、ベテランのガイドさんのようですね。 -
バスは長崎駅前を北上して宝町交差点を左に曲がり、浦上川に架かる稲佐橋に差しかかりました。橋を渡りはめる頃に河口方向を捉えた写真です。あの赤い橋は浦上川の河口近くに架かる「旭大橋」です。
クレーンが見えるところは、浦上川河口左岸川でのビル建設工事のようです。 -
あれ??
これから、稲佐山のロープウェイに乗るというのに、先ずは神社参拝ですか?
こちらは「淵神社」。
「ふち神社」?「えん神社」? そんなことは、ここで考えても無駄だよ。帰ってから考えたら??(^O^) -
右手には、こんなお宮さんがありました。
-
近くに、こんな石碑がありました。
「御製
我が庭の
宮居に参る 神々に
世の平らぎを
いのる 朝々
九十四死 蓮沼門三 謹書」
と書いてあるようですね。
察するに、日々の暮らしの安泰を願ってこられた方が、94歳の最後を迎えられた時に詠まれた詩かも知れませんね。
誰しもが平和を願いながら、時として欲と権威に溺れ、また引きずられて、争いが起こるのですね~(-_-;) -
こっちには「川柳碑」がありましたよ(^^)
読めそうなやつを拾って、ちょっと書きだしてみますね。
☆ 知らん顔 しておくそれも 恩のうち
☆ 稲佐山 から長崎を 褒めなおし
☆ 西坂の 丘に聖者が 甦えり
☆ 友情に 国境はなし 菊薫る
☆ ゴンドラで 名乗り稲佐へ 手をつなぎ
☆ 釣り上げた 鮒の目付きの いじらしさ
☆ 打明けて いっそ稲佐の 灯がきれい
☆ 船造る 音長崎を 朝にする -
もう一つ「川柳碑」がありました(^^)
こちらも読める川柳を拾って、書きだしてみますね。
☆ 花嫁の 試験に袴 たたまされ
☆ 母います ふるさとの灯は あたたかい
☆ 海ゆかば 海の広さに なる心
☆ 旧友と 一夜語れば 若返り
☆ 殉教の 少年像は 清く浮き
☆ 広重の 絵も懐かしい 稲佐山
☆ 愛すれば 愛に応える 花の色
☆ 幸せは 身近にあった 子の寝顔 -
稲佐山へ登るロープウェイに乗りました。
「オイオイ!! 人家の上を通るのかよ!!(@_@)」
これには、ビックリしたね~。
でも、ご安心下さい(^^) Google mapの航空写真で確認しましたら、ちゃんと人家のないところを通っていました。
それにしても、ロープウェイのワイヤーと人家の水平間隔は5mほど(-_-;) チョット人家に近すぎるよね。 -
山頂駅から展望台近くまでやってきました。
「おかあさん 鶴がチュッチュしているよ(*^_^*)」
これは恋人同士かも知れないね(^o^)
ナニナニ?
「ながさき鶴のみなと
2012.10.05 世界三大夜景認定記念」
だって?? 函館はどうなったの??
どうやら、長崎の方は「世界新三大夜景」であって、「新」というところが違うんだね。
ちなみに、日本三大夜景は、函館・神戸・長崎とのこと。
新日本三大夜景は、北九州・奈良・山梨県笛吹市のようです。
夜景の美しさを決めるのは、その人その人の感覚によりますから、選者によって変わりますよね~。ニューヨークとかのビル群や、新宿のビル群の夜景なんかも良いじゃないの??
名古屋駅周辺の高層ビル群の夜景もチョットだけ良くなったよ(^o^) -
ここには円筒形の3階建てのビル「ビュータワー」があり、その屋上が展望台になっています。先ずは、その展望台に行って見晴らしを楽しみましょう(^^)
稲佐山展望台から見た「セレブリティ・ミレニアム号」です。
グラバー邸や大浦天主堂なども見えますよ。
こうしてみますと、長崎も結構「坂の町」ですね。 -
長崎港北部の全景です。
江戸時代初期に建設された「出島」は、今でも若干の雰囲気が残っているような感じです。一方、唐人屋敷の方には、現在「唐人屋敷通り」という街路がありますが、同じ東洋文化同士のせいか、当時の面影がどの程度残っているのか?チョット分かりにくいですね。
★出島の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%B3%B6#.E6.98.8E.E6.B2.BB.E4.BB.A5.E9.99.8D
★唐人屋敷の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E4%BA%BA%E5%B1%8B%E6%95%B7 -
浦上川河口付近の長崎の街です。
-
浜口町付近から、浦上川上流方向の眺めです。
平和公園や、長崎原爆資料館、浦上天主堂はこちら方面にあります。
(Kさんご提供の写真です) -
写真中央が平和公園です。
その少し右下の緑のあるところが原爆落下中心地です。 -
ビュータワー内に掲示してあった「龍踊り(じゃおどり)」の写真です。
この龍踊りは、10月の7日~9日に催される「長崎くんち(長崎市の諏訪神社の祭礼)」での、奉納踊りの一つのようです。
詳しくは分からないのですが、この龍を操る人は指揮者その他を含めて、40人前後のようです(Wikipediaでは、交代要員も含めて80人とか)」。実際に龍の下に入って、あの棒で一匹の龍を支えながら龍の舞を演じている人は8人~10人程度かと思います。
実は私も、独身時代に長崎を観光した際、この龍踊りを見ています。お祭りの時だけでなく、観光客のためにも随時龍踊りを披露しているようですね。
龍踊りの詳しいことは↓にて(龍踊りの項をご覧下さい)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E3%81%8F%E3%82%93%E3%81%A1 -
これは、「帆船祭り」の際の写真かと思います。
長崎では、毎年4月に「長崎帆船祭り」をしているようです。
なんか、2000年から始めたとか。何隻ほどの帆船が集まるのか分かりませんが、帆船が来て暮れるのは嬉しいですね。
あるサイトの記事では、今年は5隻の帆船が集まったみたいです。そのうち4隻は日本の船で、一隻は韓国から来てくれたようです。韓国から派遣してくれたのは嬉しいことです!!
今朝、前方に見えた日本丸は、帆船祭りに参加していたのかも知れませんね。 -
こんな石碑もありましたよ。
「おほらかに 稲佐の嶽ゆ 見はるかす 海もはろばろ 山もはろばろ」
あまりに達筆なので、読むのに一苦労(-_-;)
「はろはろ」なのか?なんなのか?
我々のようなボンクラな大衆にも見てもらいたいから、お金を掛けてこんな碑を建てたんじゃないの??ちゃんと濁点を書いて欲しいよね~。 それとも、自分の才能を自慢したかったのか??
学のない私なんか、大いに僻んでしまいますよ(/_;)
それにしても、雄大な眺めに感動するだけですか?
そこには人々の暮らしがあって、この沖を外国船が400年以上も行き交った歴史があるのにね~。 -
山を下りますよ~。
(Kさんご提供の写真です) -
ロープウェイの麓の駅前では、こんなに綺麗なツツジが綺麗に咲いていました。
次々と花の咲くこの時期の旅は良いですね。
(Kさんご提供の写真です) -
また浦上川をわたって、平和公園の方へ向かいます。
今度は、橋から上流方向を撮ってみました。
大きな工場がありますね。ちなみに、長崎市の製造品出荷額はおよそ4000億円(2014年)前後かと思います。 -
なんか変わった建物がありましたので、チョット写真を撮ってしまいました。
調べてみますと、学校みたいです。それも、キリスト教系の女子教育専門の学校とのこと。
でも、ここの学院長さんは男性のおじさんです。だったら、私は今からでも頑張りますので、コッソリ入れてもらえないでしょうか?(*^_^*)
最初にこの学校を作った方は、米国から来日した女性宣教師のエリザベス・ラッセルさんとのことで、明治12年に「活水女学校」を創立されたとか。それから140年近い歴史を持つ伝統ある学校なんですね。中学から大学まで、この長崎市内にあるようです。
★活水学院(かっすいがくいん)の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%BB%E6%B0%B4%E5%AD%A6%E9%99%A2 -
平和公園にやってきました。
この平和祈念像を見るのは、私の独身時代を含めて3回目になります。
この像の建立は昭和二十六年春に始まり、5年の歳月がかかったようです。
原爆で災難にあった方々には大変失礼ですが、私はこの像がどうも好きになれないんです。
この像を制作した北村西望は下のように述べておられたとか。
「あの悪夢のような戦争 身の毛のよだつ凄絶悲惨 肉親を人の子を かえり見るさえ堪えがたい眞情 誰か平和を祈らずにいられよう 茲に全世界平和運動の先駆として 此平和祈念像が誕生した 山の如き聖哲それは逞しい男性の健康美 全長三十二尺余 右手は原爆を示し左手は平和を 顔は戦争犠牲者の冥福を祈る 是人種を超越した人間 時に佛時に神 長崎始まって最大の英断と情熱 今や人類最高の希望の象徴」
作者の観念は色々あると思いますが、あの像はどう見ても西洋人に見えてしまうのです。原爆の災難を受けた人々は、続く戦争で生活難を抱えた日本人、長崎で働き暮らしていた朝鮮の人、そして捕虜で働かされていた人々です。どうして「是人種を超越した人間」でなければならなかったのか?
平和は確かに世界共通の願いですが、その願いは具体的な苦難の中から生まれてくるのです。各地での様々な苦難から発せられる声が集まり大きくなって、「力」になっていくのです。それなのに、その苦難に苦しんでいる場・人々の叫び越えて、「是人種を超越した人間」に置き換えてしまっては、長崎の人々の苦難は何だったのかと思います。「超越」するのではなく、具体的な苦難に立脚することが大事だと思うのです。
実際、この像からは肉体美豊かな西洋人男性のカッコ良さが印象的で、長崎の苦難の声は聞こえてきません。
せめて、日本的な「平和観音」とか、廃墟に佇む母子像とか、原爆に怒りを表す「金剛力士」に似た像とか・・、もうチョット考えて欲しかったね~。物事の本質を曖昧にし、主体的な意志表現を避ける日本人の悪いところが出ているように思います。
上手には言えないけど、そんな想いがします。
★平和祈念像の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%A5%88%E5%BF%B5%E5%83%8F -
ガイドさんの誘導に従って、稲佐山を仰ぎ見ながら噴水の方へと歩き出しました。
稲佐山展望台が、平和公園の真ん中の通路の丁度延長線上にあるんです。先ほど展望台からも平和公園と平和祈念像を見たのですが、ここから見るのとでは印象が違いますね。 -
噴水へ行く途中、左手に「長崎の鐘」がありました。
「長崎の鐘」とは、この鐘だったのか!!
今さらながら、気付いている私です。
長崎市のサイトによれば、この鐘は、1977年(昭和52年)に「33回忌にあたる1977年にここで亡くなった方々の冥福を祈るためにつくられたものです。」とのことです。
ところで、藤山一郎さんが歌った「長崎の鐘」も1977年(昭和52年)頃の歌だったかな?と思いますと、ちょっと違うような気がします。調べてみますと、藤山一郎さんの歌の方は 1949年8月に発売されているんですね。この鐘の方が約28年も遅かったというわけでした(^^;)
★「長崎の鐘 藤山一郎 歌」で検索されますと、歌を聴くことが出来ますよ。 -
右側の柱に掲示してあった、絵と文です。
-
↑の写真の絵を拡大しました。
被爆者の悲惨な様子が描いてありますね。 -
↑の写真にも写っていた、原爆殉難者の碑です。
-
先ほどから見えていた噴水は「平和の泉」だったのです。
-
そして、その正面には、このような碑があの平和祈念像が見える方向に設置してありました。
-
ここで、記念の写真を!!
-
平和の泉と平和祈念像です。
(Kさんご提供の写真です) -
平和祈念像に向かう途中、左側に入る小径がありましたので行ってみますと、このような像を見つけました。
女性が人の首のようなものを捉えていますね。
説明文を見ますと、
「この像は、ブルガリア人民共和国から・・(略)・・寄贈された作品”Aコール”です。腕を上げた女性像で、平和と調和を求めて闘う若者を表現しています」
とあります。寄贈されたのは、昭和55年のようです。
腕の上にあるものに興味を感じるのですけど、「何なのか」が書いてありません(-_-)。 -
こんな像もありました。
-
女性が子供を高々と持ち上げています。
-
こちらは男女が手足を結び合って、ボールのような球状を形成しています。
チョット説明を見てみましょう。 -
上の像の説明です。
最上段の1行のみ汚れがあって見にくいですから、書きだしておきます。
「この像は、長崎市が日本で初めて姉妹都市提携を結んだ」
です。
これ以後は写真の方で読んで下さいね。
「七つの大陸を表す七人の人間で世界の平和と連帯を表して」いるとのことです。人類は第一次大戦で戦争で、強大にして広範囲、無差別な都市破壊と600万人近い市民の犠牲に驚き、歴史上初めて「反戦運動」を組織したのでしたね。
核兵器や電子兵器が発達し、詳細な情報が私たちにさえ手に入る現在、いつでも、どこへでも大量破壊兵器を撃ち込めるようになりました。ですから、戦争は絶対にあってはならないことです。七大陸の人々、問題の当事者たちの「対話による解決」こそが、戦争をさせないために何より必要な時代になりましたね。 -
次には、このようなものがありました。
パッと見た時には、コレ何?と思いましたが、四角な板が人の姿に切り抜かれているんですね。これも、下の説明をご覧下さいね。 -
↑の写真の説明です。
-
こちらは中国から送られたという女性像です。
鳩と向き合っています。鳩は平和の使者でしょうか。
女性の左手の下にも、2羽の鳩がいますよ。 -
きょうはこの時期なりに暖かかったこともあって、丁度よいお出掛け日和でした。
平和公園内を見て回っている内に、少し暑く感じたりやや疲れましたので、ちょっとアイスでも・・となりました(^^;)
お天気の良い青空の下で食べるアイスは、やっぱり美味しいですね。
皆さんと食べるのも、また楽しいね!!(^-^)
これから、長崎原爆資料館へ向かいますよ。
(Kさんご提供の写真です) -
長崎原爆資料館に向かう途中、バスから撮った浦上教会(旧称・浦上天主堂)です。
旧浦上天主堂は、あの原爆によって破壊され、1959年(昭和34年)に再建されたとのことです。
この天主堂は明治13年に小さい青銅を築いたのが始まりとのことで、それまでにも、それからでもいろいろ苦労があったようです。
原爆の破壊力はすさまじいもので、その爆風は爆心地近くで秒速300mを越える(400mの説もあります。いずれにしても台風の10倍近い風速)と言われほどですから、爆心地に近かったこの教会は一部の壁を残して吹っ飛んでしまったようです。
★浦上教会の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E6%B5%A6%E4%B8%8A%E6%95%99%E4%BC%9A
(Kさんご提供の写真です) -
この石垣の幾筋もの黒っぽい汚れに見えるのは、原爆投下時の熱線によるものだそうです。
お話を聞いて恐ろしくなり、身の毛がよだつ思いがしました。 -
バスを降りて長崎原爆資料館へ行く途中、この建物の前を通ります。
この建物の中には、「長崎市平和会館」「長崎市歴史民俗資料館」「長崎市野口彌太郎記念美術館」があるようです。でも、私たちはここでチョット立ち止まっただけでした。 -
↑の写真にあった像を大きく撮りました。
これは、「原爆殉難教え子と教師の像」です。
この像の台座の左右に小さい石柱があって、右の石柱には「人の命が尊ばれますように」、
左の石柱には「世界が平和でありますように」と書いてあるそうです。
私たちが行った時には、この二つの石柱に千羽鶴が掛けられていて、その文に気が付きませんでした。
また、下の台座医の左側には、チョット長い追悼文が刻まれていたようです。私たちは正面から見てばかりでしたから、これにも気が付きませんでした(=_=)
なお、この像が建立されたのは、昭和57年8月3日とのことです。原爆投下・敗戦から37後ですね。
------------------
私たちは、この後「長崎原爆資料館」の見学に向かいました。
【※】「長崎原爆資料館」の見学記は、別冊にて扱います。 -
原爆資料館の見学を終えてバスで船に帰る途中、ガイドさんが教えて下さった「片足鳥居」です(写真中央)。
説明では、原爆の爆風で片方の柱が吹き飛んでしまったそうです。一本の柱のみで立っていることから、地元では「片足鳥居」と言われているようです(公式名称は「一本柱鳥居」とのことです)。
それにしても、このような平坦面が少なく風圧を受けにくい鳥居までが爆風で倒れるなんて、普通は想像も出来ません(>_<)
爆心地公園からの距離を測りますと、およそ830mほどあります。上記の浦上教会が480m程だったのを考えますと、台風の10倍を超す強い爆風の強さと、その範囲に驚かされます。
★片足鳥居(一本柱鳥居)の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%8E%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%B8%82)
(Kさんご提供の写真です) -
バスは長崎駅前を通過すると、ガイドさんから
「間もなく、左手に出島が見えてきます」
とご案内がありました。
そして見えてきたのが、この光景です。
「なんだこれ!(道路からみて)海側ではなくて、陸地側じゃん!!」
と思ったのが、第一印象でした(^^)
第二印象は、欧風に感じるものがなくて、意外に和風だったことです。別にそれで良いのですけど、出島のことを殆ど知らなかったモンですから、こんなことでビックリしちゃいました^^;
(Kさんご提供の写真です) -
ここが、出島の入り口かな??
奥に見える道は、出島の中の道ですね。初めて見るとは言え、出島は意外なほど日本的だったので、私の無知ぶりがよくわかりました←いつものことですけど・・(-_-;)
昔の出島の地図とか絵は見たことがありますが、昔の地図を今の地図と比較して教えて欲しかったですね。ホント、埋め立てや街の広がりなどで地形も風景も全く変わっていますからね。
★出島の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%B3%B6
(Kさんご提供の写真です) -
出島を通過して3分ほど?で中華街へきました。
2006年の秋に来た時には、この中華街でラーメンを食べたことがありますよ!!
本場?の上海のラーメンより美味しかったよ。もういっぺん食べてみたいですね。
もっとも、中国でのラーメンの本場が上海とは限らないけどね。中国ラーメンの本当の本場はどこなんでしょうかね? -
参考地図をご覧くさいね。
-
船に帰ってきましたよ。
そう、ちょっとの間、船が「自宅?」「別荘?」になるのですよ。それも食べ放題、遊び放題ですよ!!(^o^) -
今度は私もご一緒に(^^)
(Kさんご提供の写真です) -
乗船を待つ人々の行列です。
皆さんが帰ってくる時間が、同じ頃になってしまったんですね。
私たちも傍観者じゃなくて、もう並んでいるんですよ(-_-;) やだね~~(>_<)
乗船客2200人というのが、実感で分かりました(^^;) -
現在、午後4時50分。
グラバー邸は西に傾いた陽を浴びて明るいです。まだ観光客がいますね。
ミレニアム号の乗船客がいたとしても、船の出港時刻は午後9時。まだ急ぐことはありません(^^)
(Kさんご提供の写真です) -
山の斜面に広がる住宅地も、夕日を受けて明るいです。
(Kさんご提供の写真です) -
「カメちゃん、ご馳走がいっぱい並んでるよ!! どうしたの??」
きょうはねぇ、私たち6人だけの、プライベイトパーティーをやるんですよ!!(^^) そう、この世界で厳選された6人だけ!!(^-^)のパーティーですよ!!!(^_^)v
ご馳走が足りなきゃ、どんどん持ってくるよ~!(^^)! なんといっても、食べ放題だもんね~(~o~) 皆さんもご一緒に如何ですか??(^o^) -
さぁて、頂くとしますか。
何から食べますか??
とにかく、手当たり次第だね!!(^_^) -
それじゃあ、記念写真でも撮りますか(^^)
実は、このパーティーを楽しむについては、若干の理由があるのですけど・・(^^)
それは、後ほど・・。 -
明日の釜山のこともチョット検討。
お天気が心配な様子ですし・・。
(Kさんご提供の写真です) -
プライベイトパーティーを2時間以上も楽しみましたよ。
もう他人ではないですからね。
何でも遠慮なく話し合って、ご馳走も遠慮なく頂いて、身内同士のパーティーって本当に楽しいですね(^^)。
パーティーが終わってから、10階のオーバービュー・カフェに行ってコーヒーを飲みながらゆっくりしました。
出港時刻が近くなりましたので後部デッキ(オーシャンビュー・バー)に出て、長崎の夜景を楽しみました。
港町の夜景は綺麗ですね。
(Kさんご提供の写真です) -
こちらの夜景も良いですね。
こちらは出島の方角かも知れません。
(Kさんご提供の写真です) -
夜景をバックに撮りましょう
良い写真になりましたね。
前回寄港時は入港・出港とも明るい時間帯でしたので、長崎の夜景を見ることはありませんでした。今回初めて、長崎の夜景まで楽しませてもらいました。
いつかまた来た時には、あの稲佐山の展望台から「世界三大夜景の長崎」を楽しみたいものですね。
(Kさんご提供の写真です) -
稲佐山展望台かな?
今回の長崎寄港で、私たちには2006年秋以来の長崎訪問になりました。冒頭でもお話しましたように、前回の長崎寄港の際には、カミさんと二人でグラバー邸と平和公園を見て、長崎チャンポンをを食べただけのことでした。
今回は稲佐山と長崎原爆資料館を訪ねることが出来ました。
稲佐山では長崎の展望を楽しみ、そこに見た福田浦を通して、長崎開港の歴史を垣間見る機会を得ました。
原爆資料館では、改めて原爆と近代の戦争の破壊力に恐れおののきました。日本のような資源の少ない小さな島国では、再び戦争に巻き込まれたらもうお終いだと思いましたね。国を守るということは戦争をしないと言うこと、全ての人・組織・国と対話の出来る資質・力量を身につけ、努力を重ねることだと思いましたね。
僅かな時間だったと言え、それらのことについて知ることの出来る機会になり得たことは、とても良かったと思っています。
いつも思うことですが、長崎について見たいこと、知りたいこと、味わいたいことがまた増えて(^^)、 出来ることなら4~5日程の時間を掛けて再度来たいものと思います。
明日は韓国の釜山寄港です。
(Kさんご提供の写真です)
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この旅行記へのコメント (8)
-
- 夢道乗光さん 2017/06/12 16:47:59
- カメちゃんの行く所は今日も晴れだった!
- カメちゃん こんにちは!
『長崎は今日も雨だった』と思いきや、カメちゃんが訪れた長崎は快晴で素晴らしい眺めですね。
セレブリティミレニアムの続編を楽しみに待ってました。
いつもながら分かりやすい親切な説明で、まるでガイドさん付きで長崎に観光した気分になりました。長崎では造船中の船とかも色々見えたようで良かったですね。
体調もよろしいようで安心しました。
(その3)を楽しみに待っています。 夢道乗光
- カメちゃんさん からの返信 2017/06/12 21:49:49
- RE: お天気が良くて、何よりでした(^-^)
- 夢道乗光さん こんばんは
コメントをいただきまして、とても嬉しいです!!
> 『長崎は今日も雨だった』と思いきや・・
ホントですねぇ。
雨に降られてしまっては、楽しかるべき旅先の期待も辛いものに変わってしまいますからね。
旅にお天気は欠かせませんが、こればかりは運を天に任すかいないですね〜。あとは日頃の行いかな〜(^^) 釜山ではちょっとお天気が心配で、ツアーを控えた方もおられましたけど、結局降られずに済みました(^^)
長崎で関心を持つことには、「船」が欠かせませんね。
造船と港、各種の船との出会いです。
アイーダクルーズの「アイーダ・ペルラ号」を、引き渡しの3日前に見ることが出来たんですから、私には忘れられない船になると思いますよ。
アイーダの失敗で、三菱はしばらくクルーズ船の建造を控えているようですが、これはどうなるんでしょうかね? 飛鳥?もボチボチ新しい船が欲しいでしょうから、もし新船を造るなら、是非とも三菱で造って欲しいですね。
「りんごエンドウ型」のLNGタンカーを初めて見ましたが、これも時代と共に変わっていくモンですね。
> いつもながら分かりやすい親切な説明で、まるでガイドさん付きで・・
いえいえ、お恥ずかしい^^;
勝手なこと、余計なことを言いたい放題に書いているだけです。
でもまぁ、長崎は言いたいことがそれだけある!!というところですね。
長崎では、まだまだ訪ねたいところ、見たいものがたくさんありますから、また機会をつくって行ってみたいです。
長崎の海を楽しむという点では、遊覧船に乗ったり、離島へ行く船にも乗ってみたいですね。
そのためにも身体を大事にしないとね!!
これからは、これが勝負所ですから、頑張りたいと思っています!!
ありがとう御座いました。
これからもよろしくお願いしますね。
カメちゃん
-
- 白い華さん 2017/06/11 19:40:31
- 好天に 恵まれた・・・「長崎の 一日」。
- 今晩は。
「セレブリティ クルーズ」は、「白 & 紺色」の 2色使い!が ほ〜んと、エレガント。
早朝の トレーニング・タイム。の 大きな 煙突!に 記された・・・「セレブリティ」の マーク。
ずいぶん、大きさ!が あるんですねぇ〜。
私は、 数年前・・・「長崎の クルーズ船・船着場」の 近く。の ホテルでした。ので
丁度、「中国からの 大型客船!が 接眼している」のを 見ています。
ソチラ!に 到着されたんですね〜。
此処は、「グラバー園。 中華街など、 長崎観光!の 中心地。で、 徒歩観光も バッチリ」って 思いました。
また、素敵に 「公園みたい!に 整備されてて、 良い!所ですよね〜」
街中・・・から、「巨大!な 船体は 目立ちます」ので、
「あぁ〜、 クルーズ客が 羨ましい〜っ」と、 皆さん! 思うでしょうね。 (笑)
ーーーーーーーーーーーーーー
『 軍艦島 』 の 近く・・・を クルーズしてくれた!偶然。も 良かったデスネ。
カメちゃんの 大好き!な 「船・・・の ドック」も いかにも・・・長崎港。の 風景」で 様々な 船!の 説明・・・も、 興味深かったデス。
ツアーでは、「稲佐山 & 平和公園・界隈」に 行かれたんデスネ〜。
皆さん!と 「好天・・・の 長崎散策」は、 とても、楽しそう!に 見えましたよ〜。
また、「彩り!鮮やか・・・な お料理。と ワイン」で 部屋食事・・・の 「プライベートの 贅沢感」が とても、洒落て・・・いました。
皆さんで、 わいわい・・・と お話が 弾んだことでしょう。
次は、『 韓国 釜山 』 に 入港!ですね。
チンドン屋さん・・・の 「トロンボーン。 太鼓など」 ちょっと、不調和・・・に 見える!楽器類。の 賑やかな 演奏・・・。
「侍 & お姫様・姿」での 華やか!な 演奏・・・は、 外国人・クルーズ客を 喜ばせてくれたみたいでしたね。
それでは また
- カメちゃんさん からの返信 2017/06/12 19:34:42
- RE: 三度目の長崎。行くほどに新たな発見がありますね。
- 白い華さん
返信が遅くなってごめんなさいね。
半世紀の程の間に、三回目の長崎訪問となりました。
前回(2006年)は「軍艦島」も知らず、市内見物もツアーに行かずにチンチン電車で気楽な見物をしたものでした。
今回は軍艦島のことも知っていましたし、その流れで長崎入港シーンをしっかり楽しみました。市内の方もちゃんとしたツアーに行きましたので、その点では新たな発見がたたありました(^^) やっぱりツアーは知らないところに連れていてくれますし、あちこち走ったり回ってくれますから助かりますね。
白い華さんは松ヶ枝国際ターミナルの近くでお泊まりになったんですね。
そして、寄港中のクルーズ船をご覧になったとか。
最近では、長崎への外国クルーズ船の寄港が飛躍的に増えていますから、長崎へ行けば6〜7割以上の確率でクルーズ船に出会えると思いますよ。それも17万トン近い船まで寄港していますから、さらに大きな船が見られると思いますよ(^^)
稲佐山も原爆資料館も初めてのところでしたから、楽しかったし勉強にもなりました。山から眺めていますと、長崎はオランダ人が開港を求めたように、港には良いところですね。
そう言えば、大きな港は殆ど湾内にあって、昔からの自然の条件が備わっていたんですね。
> チンドン屋さん・・・の 「トロンボーン。 太鼓など」
実は私もそう感じたんですけどね〜(^_^;)
でも、書いてしまっては可哀想と思って書きませんでしたけど、意図的にやった組み合わせ立ったのか、楽器として何の意図もなくそうしたのか? 分かりませんね。
どちらにせよ、日本の現状を反映しているような感じがしました。
> 次は、『 韓国 釜山 』 に 入港!ですね。
次の寄港地は釜山ですが、旅行記としては「長崎原爆資料館」を取り上げようと思っています。様々な見方・考え方が入り交じる問題が含まれますけれど、それを覚悟の上で私の想いを少し書こうと思っています。
まだ、だいぶ日数がかかりますが、よろしかったらご覧になってみて下さいね。
ありがとう御座いました。
これからもよろしくお願いします。
カメちゃん
-
- ちょびれさん 2017/06/09 01:15:37
- 凄い力作!
- カメちゃん
こんばんわ〜♪駆けつけ遅くなりました!昨日から家の外壁と屋根のリフォームが始まり
なんだかバタバタしてます。
クルーズその2は長崎、懐かしいものがたくさん写っていて嬉しくなっちゃいました。
高校までは福岡在住だった私、長崎は意外と近いので友達と電車で遊びに行ったりした
こともありましたし、家族旅行で訪れたこともしばしば。そうそう、ちゃんぽんは
本場長崎が絶対に美味しいです。
カメちゃんの船や造船所の説明を読んでてカメちゃんがクレーンの免許を持ってらっしゃる
って書いてあったのを発見、なーるほど!と納得。勉強家のカメちゃんだから何でも
ご存知とは思っていたけど、実際に動かすことが出来る方だったんですね〜
凄いなあ・・・
長崎はいろんな意味で我が家には深いかかわりがあります。私の祖父は教師だったのですが
長崎原爆投下前日まで出張で長崎に行っていたそうです。用事があり急きょ北九州に戻る
ことになり長崎を離れたそのあとに原爆が投下され、もし当初の予定通りに長崎に
いたなら、今のわたしは存在していないかもしれません。
ただ、教え子が多数犠牲になり、子供たちを助けてやれなかったことを生涯悔やんで
いたそうでした。
活水女学院!!この学校の姉妹校がわたしの母校なのですよ〜^^同じキリスト教系の
学校ですから大学をこの学校へ行った友もいましたね。
グラバー邸にエスカレーター?が出来たって???そりゃあ凄いです。昔は結構
坂を上ってさらに歩いて・・の場所だったなー。
あそこから見下ろす景色は本当に素敵で大好きです☆
クルーズ船内のカメちゃんのお部屋でのプライベートデイナー、ご馳走いっぱい
並んでる!バフェ会場から持ち込まれたのですかね?
時間気にせず周りも気にせずお話しながら食べれるって最高!
ワインボトルもちらっと見えてるぞ〜(*´з`)
本当に楽しそう、お仲間と一緒に過ごす時間はかけがいのないものですね!
力作その3、ゆっくり頑張って〜☆
ちょびれ
- カメちゃんさん からの返信 2017/06/09 15:16:07
- RE: 長崎は話題豊かなところですね。
- ちょびれさん
さっそくご覧下さってありがとう御座います。
長崎の話題と言えば、原爆被災という悲しい歴史がありますが、16世紀からの交易の歴史やキリシタンの歴史もあり、炭鉱に造船などの産業もあり、加えて景観の美しさにも惹かれ・・なんてこともあって、 話題は尽きませんね。
今回の長崎の旅は4トラ旅行記のこともあって、それらの印象を私なりに書いてみました。書いてみますと、書くほどにもっと書きたくなるのが、長崎のいいところだな〜って思いますね。
クレーンのこと、高いところが好きだった私なので、自ら進んで免許を取りました(^o^) クレーン作業は、今となっては私の人生を彩ってくれた楽しい思い出です(^^) それで、あの時の思いを率直にお話させて頂きました。 私はクレーン担当業務に配属されたことはなく、私や誰かが必要な時に、高い階段を上っていって運転したものです(割と頻繁でしたけど)。
ちょびれさんは福岡にお住まいだったのですね。
お祖父様が、たまたま都合で長崎を離れられて、原爆の災難を免れたとのお話。何事もの運・不運は本当に偶然ですね。教え子の犠牲にお心を痛められたことは、本当に胸の痛むお話です(T_T)
活水女学院を見て何かを感じ、シャッターを押したのは、無意識のうちに
ちょびれさんからのテレパシーを感じていたからかな〜〜??(^^)
活水女学院の今の姿をちょびれさんに見て頂いて、嬉しかったです(^^)
お部屋でのプライベートデイナーは楽しかったですよ。合計3回やりました!(^^)!
お察しのように、ご馳走はお部屋から近いビュフェから運んだのですけど、何よりも気のおけないお友達同士でのお話が嬉しいですね。
この次は、長崎原爆資料館を取り上げようと思っています。
大変な災難のことだけに難しい点もありますが、私なりの考えを少しだけ書いてみよと思っているんです。
ありがとう御座いました。
これからもよろしくお願いしますね〜。
カメちゃん
-
- ガブリエラさん 2017/06/07 13:58:52
- 長崎、やっぱり行きたいです(*^_^*)
- カメちゃん☆
こんにちは♪
クルーズ続編、待ってましたヽ(^o^)丿
体調は、いかがですか?
長崎県は、まだ未踏の地で、行きたい場所のひとつなんです♪
九州生まれなのに、長崎と沖縄だけ行けてないんです。
実は、春にピーチで安いチケットを発見して、行こうかな〜と思ってたのですが、ホテルの値段が高くて断念しました(^_^;)
なので、カメちゃんのお写真で、楽しませていただいてます♪
朝日が昇る様子、これは船ならではの美しいものですね(*^_^*)
やっぱり憧れちゃいますね!!!
原爆資料館、広島のは2度ほど行ったのですが、長崎のも見ておかないといけないな、と思います。
平和のありがたさを、ちゃんと考えないといけませんね。
洋風な像についてのカメちゃんのご意見、なるほど〜と思いました。
いろんな感じ方が、それぞれの人によって違うし、どれが正解、不正解は無いと思いますが、そうやって考えることが大事ですね。
仲良しグループでのパーティー、楽しそうですね♪
今回のクルーズは、お友達と一緒で、和気藹々でいいな〜ヽ(^o^)丿
ガブ(^_^)v
- カメちゃんさん からの返信 2017/06/07 22:01:54
- RE: 長崎も良いですよ(^^)
- ガブちゃん
早々に駆け付けて下さってありがとう御座いました。
今回は日の出からのストーリーとなって、長い旅行記になってしまいました(^o^)
お話のように船から見る、水平線から上がる真っ赤な太陽は素晴らしいでしょう!! もちろん、水平線に沈む夕日にも感動しますよ(^^)
輝く日の出を見た後には、入港シーンの楽しみが待っていますよ。長距離列車が、ようやく終点駅に近づいていくようなトキメキ感に似ていますね。
長崎でも、そんな入港風景が楽しめました(^o^)
長崎の原爆資料館見学は初めての経験でした。
私は広島で足を止めて見物したことがありませんので、今回の長崎見学で初めて原爆の被災状況を見ました。
これまでも多くの情報に目を通していたものの、被災地での悲惨な被害状況の展示を見ますと、その生々しさに胸を締め付けられるばかりでしたね。
平和祈念像の感想をありがとう御座いました。
本文でも書きましたように、その場、その時、その人々の苦しみや悲しみ、願いを具体的に表現して欲しいと思いましたね。そうしてこそ、その切実な声を理解しあい、受け止めあうことが出来ると思うのです。
もちろん、原爆資料館とか各地の戦争関連施設の展示を見れば、その苦しみを理解出来るのですが、平和祈念像のようなものにも、「長崎だからこその願い・声」を表現して欲しかったと思いましたね。
ちょっと深刻になってしまいました(^_^;)
ガブちゃんは長崎をお訪ねになったことがなかったんですね。
長崎は見どころ・味どころ・学びどころの多いところですから、連泊でお尋ねになってみて下さいね〜(^_^)v
私の体調をご心配頂きありがとう御座いました。
このところ、ちょっと・・・(-_-;) という感じで、少し力が抜けている感じ・・(-_-) でも、ご心配はいりませんよ〜。どこかへステーキでも食べに行って元気を付けようと思っていますからね(^^)
ガブちゃんありがとう!!
それではね(^^)/~~~
カメちゃん
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