2010/12/05 - 2010/12/05
401位(同エリア4063件中)
けーしちょーさん
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「軍艦島」の別称で知られる長崎県の無人島。端島(はしま)。
海底鉱山から良質な石炭を産出しつづけると共に、そこで働く人々が、周囲わずか1.2キロの島に、これでもか、という人口密度で暮らしていた島。
昭和49年に炭坑は閉山し、その後、3ヶ月の間に一斉に人々が退去。
あまりに短期間に無人化した島は、当時の生活の面影を残すどころか、全方位の海から揉まれ続け、「廃墟」と化しており、その存続も危ぶまれるほど、今なお崩壊しつづけています。
とまぁ、有名すぎる無人島に、上陸できるコースが整備され、船で軍艦島に行くことができるとニュースで見て以来、絶対行こう、と心に決めておりました。
天候の状況で上陸できないことも結構ある、と聞き、予約がいっぱいだった日曜日と、もし、日曜日がダメなら空いている月曜日にも、と、予備の日程を見込んで行きましたが。
幸い天候に恵まれ。予約していた日曜日に上陸することができました。
この建物群の内部などに分け入る、みたいなことはなく、建物が少なく、崩落の危険もない、島の南西部に整備されたコースをチョロチョロっと歩くだけでしたが。
その後に船で一周して、建物を間近に見た時の、何とも言えない雰囲気と、周辺で釣りに興じる人のカジュアルさ加減。
縁もゆかりもない土地に、妙なノスタルジィを寄せていた自分が、ちょっぴり、恥ずかしかったです。
帰宅後。同居してる祖母に、軍艦島の写真を見せました。
大正9年生まれ、90歳の老女曰く。
「大正とか戦前の建物なん?随分立派なオウチだねぇ。会社が大きくてとても立派だったから、みんなに立派なオウチを用意してくれたんだで。ウチなんて、まぁだ、藁屋根だったで。」
おう。そう来たか(驚)
我が家が藁屋根だった頃、端島の住民はコンクリート造の住宅に住み。
まだ小さかった私の父親を保育園に預けようとしても、保育園が近所になかった時代、端島には保育園があり。
私の父親が木造平屋の小学校に通っていた頃、端島の小中学校は7階建ての校舎だった。。。
そう言われて見ると、廃墟になる以前は、当時として最先端だった場所だったことに気付かされるのです。
さすが大正生まれ、言うことが違うねぇ。
お父さんの仕事は、重労働だったかもしれませんが、ものすごく「高給取り」だったのかも。
それと。会社が用意してくれた住宅や公共施設。
絶海の孤島で。ウチのじいちゃんが買ったテレビに、近所の人たちが集まって、力道山・木村政彦VSシャープ兄弟、なんつー中継をみんなで見てた時、ここ、端島の住民は各家庭にあったテレビで冷静にプロレス生中継を視聴してたのか。否か。
ううん。
集合住宅のそれぞれの窓から、明るいテレビの光が灯っていたら。
灯台は、要らなかったかも。
そんなことをモヤモヤと。
空からみた軍艦島の映像
http://www.youtube.com/watch?v=8D7oKlzm32M
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
軍艦島というのは通称で、島の正式名称は「端島(はしま)」というらしいケド、すでに「軍艦島クルーズ」というので登録商標されてるらしく、乗り場に行ったらこんな感じで堂々とアナウンスされててビックリ。
実際に上陸するクルーズは何社かあるようですが、運行状況が携帯サイトから解るというので、こちらを予約。
やまさ海運
http://www.gunkan-jima.net/ -
午前と午後。
それぞれ1便ずつ運航しています。
この先々月にチャレンジした友達からは、波が高いというので上陸できず、周遊のみで終わってしまったと聞いており。
ドキドキしながら予約を入れてましたが。
最近までの「旅先はいつも土砂降り」が効いたのか(笑)
初めての予約で無事、上陸することができました。
受付が混みあっているのは、ここで「誓約書」を書くように言われるため。
誓約書には住所と名前を記入するだけですが、なかなかに厳しい約定が並んでいます。
予約した名前を言い、誓約書とクルーズの代金を窓口へ。
手渡されたチケットは2枚。
クルーズのチケットと、軍艦島に上陸する際のチケット。 -
乗り場のカタスミにあった、軍艦島の模型。
実際に炭鉱が操業してた当時の様子を再現しているので
廃墟ぢゃない(笑)
船に石炭を積み出してるし。
そこまでのベルトコンベアも稼働中。
側面に描かれているのは、海底に広がった炭鉱の様子。 -
石炭が出なくなった、というのではなく。
唐突に閉山が決まったらしいことを
昭和48年の模型からなんとなく想像。 -
さっそく「マルベージャ号」に乗り込みます。
「軍艦島は船の右側に見えてくるから右側に座るといいよ」
などと小耳にはさんでいたのですが。。。
船の2階部分に用意されていた椅子の3分の2が右向き(猛爆)
あからさますぎるケド、これは大変に正直なレイアウトで。
マルページャ号から見える軍艦島は
「ずっと右側」
だったのでした。 -
さて。マルページャ号は沢山のお客さんを乗せて出港しました。
泣きじゃくるベビィとかいて「ええ?大丈夫なの?」と
不安がよぎりましたが。
子供は乗船してもいいけど、軍艦島には上陸できず、船内待機だと
何度もアナウンスされてました。
そんな注意事項と共に、しばらく進む長崎港内のガイドもしてくれます。
「MOLと書かれた船は、コンテナ運搬専用の船です」
ふふふ。知ってるゾ。柳原名誉船長のカレンダーのヤツだ。
http://www.mol.co.jp/iroiro_fune/index.html -
「178と書かれた船は、海上自衛隊の誇るイージス艦(あしがら)です」
「115と書かれた船は、護衛艦(あきづき)です。先日のあきづきの進水式は大きな話題となりました」
そのニュース
http://www.youtube.com/watch?v=OArtbhBTGzo -
造船所というものが、いまひとつ、よくわかってない海ナシ県民ですが。
大きなクレーン。大きな建物。
大きなものにはほとんど同じマークが入っているのを見れば
その規模の大きさが解るというもの。
今年の大河ドラマのお陰で、ようやく、なんで龍馬が長崎をウロウロしてたのか、長崎に三菱のマークがいっぱいあるのか、ってことをぼんやりと理解し始めた途端、番組は坂の上の雲になってしまい。
キャスティングのせいで、岩崎弥太郎と正岡子規がごっちゃになってる私です。 -
女神大橋の下を抜けて。
-
それでもまだ、同じマークの風景が続く。
「手前のクレーン1台で、乗用車なら300台は持ち上げることができます」
もう、どのくらい力持ちなのか解らないけど。
造船所って、オープンスペースなんだってことが新鮮でした。
自動車工場がそうであるように、船も建物の中で造られるとばかり思っていたので。 -
「右手をごらんください」
と、バスガイドさんっぽい丁寧な案内に感激。
「神の島教会と、その手前の岩の上にマリア像が見えてまいりました」
長崎市内で目撃した「神の島」に連れて行かれるという路線バスは!
長崎の路線バスはなんだか行き先がスゴくて
「女の都」とか
「立神」とか
路面電車にも驚いたけど、路線バスがぁ。バスがぁ。。。 -
桁下高25Mの表示は現在工事中の「伊王島大橋」
ここの伊王島のリゾート施設は、軍艦島クルーズの隣のブースで
なにやら立派なチェックインブースを展開してました。
http://www.ioujima.jp/
橋が開通してしまったら、あのステキなラウンジはどうなるんだろうと
妙に心配になる。 -
明らかに周囲の観光客とは違うたたずまいのおじいちゃんが
アタシの肩をポンポンと叩いて
「ほら。あの島と島の間に見えてきた。あれが軍艦島ですよ」
と教えてくれた。
うん!確かに!
後で気がついたのだけど、おじいちゃんは上陸してから色々説明してくれるガイドさんでした。 -
そうなってくるともう、みんなヤンヤヤンヤと大騒ぎ。
これから上陸するっつーのに、船から身を乗り出して激写しまくり。 -
誓約書を書かされたり、一日の人数制限があったり、上陸する天候の基準もかなり制約があるっぽい感じでめちゃめちゃ緊張してたのに。
近づくにつれてなんだかフツーに漁船がウロウロしてたりして。 -
極めつけは、この釣り人(爆)
何がどうしてそんなところに御一人で?
というシチュエーションすぎるだろうと。
写真は見きれてしまったけど、オッサンがいるのは、元々、石炭を積み出していたクレーンの足場だった、護岸から離れポッカリ浮かぶコンクリートの土台。 -
いよいよ接岸!
軍艦と形容された島に浜はなく、船も「ドルフィン桟橋」と名付けられた小さなコンクリート護岸に「ぽちょん」と近づくだけ、といった風。
なるほど、これでは、少しでも波が高いと、上陸は中止になってしまう訳だと納得するほど、それは小さなものでした。 -
防波堤として築かれた護岸はこんなにも高いのですが。
それにしてもあの釣り人のシチュエーションはなんなんだろうと小一時間(笑) -
渡されたチケットのもう片方。
いよいよ軍艦島に上陸だ。 -
上陸が許可されてから整備されたであろう、真新しいコンクリートの部分だけを、観光客が歩けるようになっていました。
それ以外は立入禁止。 -
桟橋から歩いて内部に入ると、コンクリートできちんと整備された広場が。
そこで、船内で配布された赤・黄・緑・青、の色別によってなんとなく2つの班に分けられて、同じ場所ですが、タイムラグで別々に案内されました。
ガイドさんの声がきちんと聞き取れるようにとの配慮のようです。 -
広場にいる我々の頭上に、鳥が集まりだした。
怖ぇぇぇぇ。
と見上げているのは、かつての貯水槽。 -
さきほど、船で軍艦島のありかを教えてくれたおじいちゃん。
ガイド用のパーカーを羽織り、炭鉱が活況に満ちていた頃の写真が収められたクリアファイルを持ち、小型のマイクスピーカーで、かつてどんな様子だったのかをガイド開始。
もう一つの班の人たちは、先に奥へと案内され、別のガイドさんが案内してました。 -
「高級職員のための社宅ですが、この前の台風でベランダの屋根が落ちまして。次に台風が来たら、あのベランダも落ちるでしょう。みなさんが次に来られましても、同じ姿では残っていないでしょう。どうぞみなさん、沢山、写真を撮られていってくださいね」
そう言われたもんだから、滅茶苦茶写真を撮りまくりました。。。
ガイドさんの他、海運会社の人たちも、一緒についてきてくださいました。
そこで、ご年配のスタッフさんを捕まえて
「高級職員って、どのくらいエラいんですか?」
などと質問してた(爆)
この建物には、水が貴重な端島にあって、各部屋に内風呂があり。
なるほど、見晴らしも相当良いであろう高台にある訳で。
他の建物に暮らす人たちは、島の中にあった共同浴場を利用してたそうです。 -
ちょっと移動すると、白い灯台が見えてきました。
「灯台は、軍艦島が無人島になってから建てられました。それまで炭鉱は24時間操業で、島全体が明るかったので、灯台は必要なかったのですが。無人島になってから船の航行に危ないというので設置されました。今のは2代目。ソーラーで動くので無人です」
無人化するって、そういうことなんだナと。 -
記念写真を撮られている団体の方々もおられました。
ここは、かつての総合事務所前。
ステンレス製の手摺に囲まれてますが、もれなく、塩がついている??
「波しぶきがここまできて、塩を残してゆくんです。これでコンクリートも損傷が激しいのです。台風の時は、もっとすごい波がきます」 -
かつての総合事務所は、わずかなレンガの外壁を残して大破。
階段の段差が残っているコンクリート部分は、第二竪坑に行くための通路だった場所。
仕事を終えて上がってくると「白く見えるのは目と歯だけ。あとは真っ黒」という状態で、海底の炭鉱で高湿と粉じんにまみれた作業着は自分の力で脱ぐことができず、着衣のまま、っつうか靴も履いたまんまで入る風呂が第一の風呂。
第二の風呂でやっと作業着を脱いで裸で入り。
第三の風呂だけが、真水を沸かした風呂だった上がり湯だったそうで。第一と第二の風呂は海水を沸かしたものだったとか。
そのお風呂があったのが、ここ総合事務所。 -
だから無人島の防波堤に釣り人って!(爆)
名残がハッキリ解る、かつてのプールの跡。
コースを仕切るために埋めこまれたタイルはさすが焼き物と、その耐久性に目を見張った。
こんなにも海のすぐそばなのにプールがあるのは、ボタを海中投棄してたため、意外に海は清潔でなかったという配慮からだそう。 -
プールの右手。
コンクリートだけがかろうじて残る。
木材などのなにか有機物っぽいものは見当たらない。
かつては「雨の日も傘をささずに島内を一周することができた」ほど
島の建物はぐるりと繋がっていたらしいです。
あの暗がりの向こうにどんどん進むと、かつて見た廃墟写真集のような世界が広がっているのかもしれないし。
それすらももう、無いのかもしれない。 -
見学のために整備された通路はここまで。
あとは元きた道を引き返すだけ。 -
グレーの大きな建物は、大正5年に建造された30号棟アパート。
ウチのばぁちゃんが大正9年生まれで今年90歳だから
築94年っ!
って、このテの計算はすごく早いワタシ。
かつて「グラバーハウス」と呼ばれた、日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造の高層アパートだとパンフレットにはありました。
「銀座ならいざ知らず、絶海の孤島に鉄筋7階建てのアパートが造られるとは、誰も想像できないだろう」
と、完成当時の新聞報道。
そらそうだ。 -
屋上のスラブに柱が出てるのは、まだまだ上に増築しようと思ってたらしいとのこと。
とりあえず7階で終わってる。
が。スラブ部分が抜け落ちて、さらに下の階にも落ちて、コンクリートガラがグズグズに堆積して、今にも「さらに下」を目指して落下しそうな様を見ると、立入禁止も納得の見学コースなのでした。 -
見学コースから、出来るだけズームして撮った写真。
階段が見えました。
それに、かつて設置されていたであろう木製の手摺の痕跡も。
もしかしたら、塩害防止のために、そうしたのかも。 -
時代背景もあるのでしょうけど、窓枠が木枠なのも印象的。
その窓は、鳥が自由に出入りしてました。
意外にも、日陰の塩ビパイプがしっかり残ってる。
止め金具が腐食した部分は落ちているけど。
なるほど、排水枡に利用されているには訳があると
納得。 -
コンクリート以外の資材は、これほどまでにと思うほど、腐食が進んでる。
中には、人為的に破壊したであろうコンクリートガラなんかもあるけれど。
閉山時に、鉱山施設周辺は破壊したのだとガイドさん。 -
そのコンクリートですら、実はもう、こんなにも腐食が進んでる。
コンクリートを打設してない部分から、根こそぎ、持って行かれそう。 -
何か大事なものを運び出した跡なのかなぁ。
コンクリートカッターで切断したような、キレイすぎる切断面がとても気になる。 -
大きな台風がくると、防波堤も防風林もなにもない、むき出しの小さな島は、その衝撃をモロに受けるという。
-
上陸コースは短いが、見学時間も短くて。
-
最後は駆け足(汗)
-
かつてのベルトコンベアの跡と。
その右奥が端島小中学校の建物。
左奥は集合住宅だけど、最上階に保育園があったらしく。
屋上に、滑り台っぽい遊具がチラっと見えました。 -
島の建物にエレベーターは無く。
閉山時に島に唯一あったのは、小中学校の給食を運ぶものだけだったとか。
手前の崩壊してる鉄骨は、かつての学校の体育館だった建物。
「閉山式」も、ここの建物で行われた。 -
「天川(あまかわ)」
そういう接着技法らしい。
天草地方から運んできた石を天川で接着して〜
そんな説明。
海との戦いだった端島の生活を、この技法が支えたのだとガイドさん。
崩落した住宅の奥に、漆喰らしき白い壁が残っていたりすると
昔の人の生活の知恵とか、天然素材の強さとか。
そんなことを考えてしまいます。 -
船はしずかに、桟橋を離れました。
見学は終わり。
その後、端島を右舷に捉えながら、ゆっくりゆっくり、一周しました。 -
もっと、孤高な島かと思ってましたが。
周辺の島との距離は案外、近く。
隣の高島の風力発電のプロペラも視界に。 -
先ほど歩いた見学コースと同じアングル。
ちょうど、島の南西部に当たります。
島の中央部、灯台の建つあたりは、岩礁の時から急峻な山で。
周辺はあとから埋め立てて形成された土地。
大規模な埋め立ては6回。
端島小中学校の敷地なんかはほとんどが埋め立てによって形成された土地だった模様。 -
少しずつ、船は島の北西側。
居住スペースが密集するスペースへ。 -
「この方向から見るのが一番、軍艦っぽいんですよ」
と、ガイドさん。
そう言われると、皆が一斉にシャッターを切りにくる。
見えるかな。 -
反対側には、ぽちょぽちょっと、かわいい岩礁が。
三ツ瀬。
パンフレットの「端島海底炭坑鉱区領域図」によると
最終的には、端島からあの三ツ瀬の海面下1000mまで伸びていたのだとか。
地図でみてざっと2キロくらいは離れてるかと。 -
30号棟住宅の左、31号棟住宅。
31号棟住宅の上、25号棟住宅には、スナックと旅館も入っていたらしい。 -
島を挟んでドルフィン桟橋の反対側あたり。
貯水槽の裏手にあった灯台の全貌が見える。
高級職員住宅も裏側が見える。 -
ワラワラっと残材が見えるのは、木造の建物が崩壊した跡。
-
大量の木材がバラけている場所は、かつて「寺」だった建物と
映画館だった建物。
「端島に無いものは墓場と火葬場。それ以外は何でもある」
当時としては最先端を誇った島の生活を揶揄するガイドさん。
護岸も新しく整備された形跡が見られます。
台風で護岸ごと持って行かれたのかもしれません。 -
祠が見えてきました。
その前にあった木造の拝殿は崩壊。
かろうじて鳥居らしきものが見えますが、大部分が欠損。
それでも、崇高な雰囲気が漂う不思議。
肉眼でもはっきり解る祠は、高さ4mもあるもの。
遠近法マジックかと思いきや、意外に大きい。
端島神社。
ガイドさんの持っていたクリアファイルには、ここで御神輿を担ぐ、島の人々のカラー写真が収められていました。
モノクロの写真ばかりの中、お祭りのカラー写真。
やけに印象に残ってます。 -
幹部職員用住宅の裏手。
より一層、住宅が密集しています。
まだ、障子の桟がはっきりと解る部屋も。 -
密集しすぎて、どうみても日照時間が少ないというか
ほとんど無いんぢゃないかってほど。 -
-
端島神社の放つ雰囲気ったらなかった。
-
-
-
島の北側にあたる部分。
手前の66号棟住宅は、壁にトイレの排水管がある独特なデザイン。
その奥、島で一番大きな建物、65号棟住宅は、物資が乏しかった第二次世界大戦中に建てられたというから驚きです。
別名、報国寮。
物資が配給制だった当時、国から手厚い保護があったことが伺えます。 -
島の北端。
端島病院と、端島隔離病棟の建物。
あの、盗作問題検証サイトでも有名な、手術台の写真はあの場所かぁと。
http://haikyo.kesagiri.net/ -
ここの護岸も、新しいコンクリートで補修されてました。
-
完全な逆光。
-
端島小中学校の脇に出てきました。
他の集合住宅に比べて、ガラスが多用されていて。
高さがあって、通学は大変だろうケド
オーシャンビューで、気持ち良さそう。
最初は「三菱社立尋常小学校」だったそうで。
かつてあった「日本式経営」をそこに見る思い。 -
むしろ日当たりが良すぎて、授業に集中できないんぢゃないかって思うほど。
先ほど見た密集する住宅群の日当たりの悪さに比べて
それは際立ってました。 -
これで、ほぼ一周。
あとは長崎港に向けて戻るだけ。
帰りの船内で上映された記録映像に、この学校の校庭で、島の最期、人文字で
「サヨナラ」
と形作られた空中撮影した場面があった。
涙が出た。 -
さようなら。
-
名残惜しむ人は、船尾部分でこんな風にいつまでも写真を撮り続けます。
-
光の加減で黒く潰れた端島は、
まさに軍艦のように見えました。 -
こちらは端島の隣の島。
崩れた煉瓦のようなものは、かつて火葬場だった建物の跡だと
ガイドさんが教えてくれました。
こちらで荼毘に付したそうです。 -
すでに目標を達成してしまった感の漂う船内では、ウトウトする人が続出。
船内にはスクリーンが用意され、プロジェクターで、往時の端島の様子を記録した映像が流されました。
東京オリンピックの時も、ほぼ全世帯がテレビ中継を見ていたというほど、電化製品の普及率がとても高かったことや。
学校の体育館で催された閉山式の様子。
閉山するにあたり、墨字で大きく書かれた「端島炭坑」の看板が無造作に取り外される映像。 -
しっかし、なんでまたいきなり無人島になったんだろう。
「そら、電気も水道も止めますよって三菱がゆうたら、もう生活できんでしょう。三か月で皆、一斉に出て行きました」
真水の送水も、電気の送電も、すべて外から取り入れなければ生活が成り立たなかった島に、あれほどの人が生活していたこと自体が奇跡に思えてくる。
是非とも世界遺産に、という運動もあるようですが、それには私も賛成。
あのまま放置されるがままになっていると、元の、ただの岩礁に戻ってしまう気がして、軍艦島自体が伝説になってしまいそうだもの。 -
正味、2時間程度。
ちょうどお昼どきに出港してしまったため、我々はまだ、お昼ゴハンを食べてなかったので。 -
駐車券の無料化を目指して(爆)
ショッピングモールのフードコートでちゃんぽんを食べました。
これが美味くて感激。 -
港の周辺は有料だけどパーキングが沢山あってとっても便利だけど、それがアダとなって、出庫に異常に時間がかかってしまいました。
長崎は沢山の島があり、船でも随分乗らないといけないほど遠いけど、結構、人が住んでいたりするのは、やはり、資源が人を呼び寄せた名残なのかなぁと思ったり。
調べてみると、長崎は島だらけ。炭坑だらけ(だった)。
http://www6.airnet.ne.jp/~mura/mine/info/list/08kyushu/03nagasaki.html -
翌日。
我々は、コロプラという携帯ゲームの「ご当地お土産」である
水仙ゲットを目指し、一路、野母崎へ。
水仙の名所だという訳なのだが、当然、師走のアタマに水仙なんて咲いてないんだけど、野母崎付近に近づいてケータイサイトにアクセスすると、水仙が買えるのダ。
正直。むなしい(爆) -
ただ。
同行者の、くだらない寄り道にも四の五の言わず付き合ったのには
訳があった。 -
この、野母崎は、長崎から南西に下った長崎半島の突端部分。
そこを目指していたのだけど、水仙の里公園って場所を見つけて、そこでコロプラのお土産を買えたので、引き返すことにしたのですが。。。 -
端島、つまり、昨日みた軍艦島が、あまりにも至近距離でクッキリ、ハッキリ見えたことに驚きました。
昨日、我々が乗船したマルベージャ号の姿も。
「軍艦島への上陸」を謳うクルーズの会社は色々あるようですが。
ココ。野母崎から出港する軍艦島クルーズは、長崎港から出港するよりも全然安かったです。ただ、観光客がここまで来るのはやはりレンタカーが必要不可欠かと。
長崎港出発のクルーズの中には、雨で出港が中止になったら、観光バスで軍艦島が見えるところまで案内します!なぁんて会社もあったけど、それは多分、ここ、野母崎からの眺望のことを指していたのかも。
軍艦島の資料館もあるようですが、あいにく先を急ぐ旅人っつーことで、こちらは見学しませんでした。
http://www.shokokai.or.jp/42/423041S0043/index.htm
2010年12月現在、リニューアルしてるようですね。
見学できなかったのが残念。
こうして見ても、やっぱり、端島の風貌は「軍艦島」と呼ぶのに
相応しいかと。
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この旅行記へのコメント (27)
-
- jiuさん 2011/02/19 11:24:58
- 極め付きの強運の持ち主
- けーしちょーさん、引き続きお邪魔します。
軍艦島上陸おめでとうございます。12月なのに天気バッチリの日に当たるとは余程の
強運の持ち主かと思います。凄いですね。(^^)
季節風の吹く冬は当然波がたつので、催行率が低いシーズンですからね〜。
おばあ様のリアクション、説得力ありますね。軍艦島の説明を聞いただけでは、大正時代に
鉄筋アパートがあることが当時はどれくらい凄いことか私もピンと来ませんでした。
私は高校生の時に日本史を選択しなかったので、これまで幕末〜明治維新のイメージが
湧きませんでした。長崎に住んで龍馬伝が重なったおかげもあって開国前後の、特に
長崎の関わりがよく分かるようになりました。長崎が三菱の企業城下町となった歴史も。
jiu
- けーしちょーさん からの返信 2011/02/22 20:22:34
- RE: 極め付きの強運の持ち主
- > 軍艦島上陸おめでとうございます。12月なのに天気バッチリの日に当たるとは余程の
> 強運の持ち主かと思います。凄いですね。(^^)
ええ??
そうだったのですか!
冬のほうが晴れて、気温が低くて、写真もキレイに撮れそうだ。
ぐらいのシロウト考えで12月に行ってしまったのですが。。。
> 季節風の吹く冬は当然波がたつので、催行率が低いシーズンですからね〜。
うわぁ。
そんな幸運を知るよしもなく、
「初めて来たけど上陸できてラッキー」くらいにしか思ってませんでした。
> おばあ様のリアクション、説得力ありますね。軍艦島の説明を聞いただけでは、大正時代に
> 鉄筋アパートがあることが当時はどれくらい凄いことか私もピンと来ませんでした。
都合が悪い時にはボケたフリなどをする卑怯な老婆ですが(笑)
時々、「はっ」とするようなことを言うんです。
今回も「かつての軍艦島の最先端っぷり」を的確に表現され。
ちょっと感心してしまいました。
私も「世界史選択」受験生だったので、日本史、特に幕末には疎く。。。
坂本龍馬が、どうしてそんなに人気者なのか、解らなくて。。
龍馬、長崎、三菱。
高知が舞台だとばかり思っていたのに。
意外にも、長崎の歴史を知ることになるとは。
そんなつもりで軍艦島に行ったつもりはなかったのですが(^-^;)
行ってよかったです。
けーしちょー拝
-
- sportcrossさん 2011/01/30 01:36:59
- いいですねー
- お邪魔しています♪
いいですねー軍艦島上陸。
6年前、島の周りをクルーズしたことはあるのですが。
上陸、うらやましい!!
できれば島の隅々を探検したいですよねー
今後、さらに整備されるのでしょうか。
すぽくろ
- けーしちょーさん からの返信 2011/01/30 19:27:44
- RE: いいですねー
- > お邪魔しています♪
っらっしゃい!
> いいですねー軍艦島上陸。
うん♪
すごくよかったですよー。
これは天候に恵まれないとどうにもならないので。
本当に良いタイミングでした。
12月に入ってからは、上陸どころか欠航してたようなので。
> 6年前、島の周りをクルーズしたことはあるのですが。
> 上陸、うらやましい!!
お。それはまだ上陸コースが整備される以前のお話ですね。
今や大人気で、私が利用した会社だけでなく、上陸ツアーは出ていて
すでに沢山の観光客が端島に上陸を果たしたのだとか。
すでに「見ちゃった」場所ではあると思いますが
機会があれば是非、上陸もなさってみてー
あはは。
島の隅々は怖くて(^-^;)
私は許可されても、探検できそうにありません。
その時はスポクロさん、よろしく頼みましたよ。
けーしちょー拝
-
- たらよろさん 2011/01/24 15:01:03
- 上陸したい〜〜〜っ!
- こんにちは〜〜けーしちょー様、
遅ればせながら、軍艦島の旅行記にお邪魔してます。。。
上陸いいなぁ。。。
昔の栄華を醸し出しているこの残骸たち。。。
けーしちょーさまの旅行記を見て私も絶対に行くんだ〜〜と以前に増して意欲が沸々と。。。
調べてみたら10月&11月の上陸率がめちゃめちゃ高いんですね〜
よし、今年の11月は何があっても、
軍艦島には行きたい!!!
たらよろ
- けーしちょーさん からの返信 2011/01/26 00:25:15
- RE: 上陸したい〜〜〜っ!
- たらよろさん。
こんばんは。
ふっふー。よかったですよー軍艦島上陸ツアー。
そうなんです。
私の場合、あまりにもすんなり、初回チャレンジで
呆気なく上陸できてしまったのですが。
同じ船に乗っていた人は、4回目のチャレンジでやっと上陸できて。
うち2回が欠航、1回は上陸できなくて周遊コースになってしまったという。
ホント、お天気と「要相談」って感じらしいです。
あの島の、心元ない桟橋を見たら、それも納得です。
「まず軍艦島ありき」
な、初:長崎訪問になってしまいましたが。
もう。大満足♪♪♪
是非、行ってみてくださいね。
けーしちょー拝
-
- とんちゃん健康一番さん 2011/01/19 10:00:10
- 一度行ってみたいぃ!
- けーしちょーへ♪
軍艦島!!
一度は行ってみたいスポット!!
TVでしか観た事がないから興味深々ですわぁ。
遅ればせながら、今年も宜しくです!!
- けーしちょーさん からの返信 2011/01/20 23:51:40
- RE: 一度行ってみたいぃ!
- とんちゃんへ。
yes!軍艦島!
この独特の風景と歴史を持つ小さな無人島は
とにかく気になる存在。
とんちゃんも、長崎に行く機会があったら是非☆
こちらこそ。
今年もよろしく〜♪
けーしちょー拝
ついしん
酒のサカナが美味いヨ。長崎♪♪
-
- 唐辛子婆さん 2011/01/15 17:12:26
- まだあるのねー
- けーしちょーさん、おひさー♪
「石炭が出なくなった、というのではなく。
唐突に閉山が決まったらしい」
つまり良質な石炭はまだあるのねー。
オーストラリアが水浸しで鉄鉱石も石炭も輸入できなくて
日本の産業が打撃を受けるというニュースを見て
えっ?いまだに石炭を燃料としている産業があったのかとオドロキ
今、この旅行記を見て
んじゃ、こっから掘れば?と思ったことでした。
90歳のばーちゃんのオツムがしっかりしていらっしゃるのも
とってもめでたく楽しい。
けーしちょーさんの進化する感性にこれからも目が離せません。
ことしもよろすくね。
唐辛子婆
- けーしちょーさん からの返信 2011/01/16 22:44:48
- RE: まだあるのねー
- 唐辛子婆さん。
遅ればせながら明けましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。
鉄鉱石と石炭の関係は、地理の授業で教えてもらったような気がしますが
地図帳で「スケベニンゲン」とか変な地名探しに夢中だったので(苦笑)
記憶があいまいです。。。
命がけで海底の奥底に入り、落盤事故や粉じん爆発に脅えながら採掘する
端島炭坑のようなスタイルに比べ、
戦隊モノの爆破シーンで撮影に使われる採石場のようなスタイルで
あっけなく採掘できてしまう輸入石炭のコストの安さも。
炭坑を閉山した理由の一つではないでしょうか。
不安になってウィキ見てみましたが。
有事の際に唯一、日本国内で自給できる燃料、との記述がありました。
でも、それを今、誰がどうやって採掘するのか?
ってことになると、どうかなぁ。
全部、機械化すればいいのか?
ファイバースコープで耳くそ掻きだすみたいな手法で石炭を?
ううん。ううん。
今日び、かつてのような端島炭坑を再現するのは不可能のような気がします。
大相撲フリークの90歳は
「長崎っつったらイキノシマっつー力士が十両にいてよぅ」
と、初場所を夢中でテレビ観戦してるようです。
っつか、90歳がピンピンしてるのに、孫の私が
今季、二度目の気管支炎と診断される不思議(涙)
けーしちょー拝
- 唐辛子婆さん からの返信 2011/01/16 23:43:36
- RE: RE: まだあるのねー
- > ファイバースコープで耳くそ掻きだすみたいな手法で石炭を?
わだすもそれを考えただ。
今なら内視鏡みたいなので掘って
バキュームで吸い出すことができるんじゃないかって。
> っつか、90歳がピンピンしてるのに、孫の私が
> 今季、二度目の気管支炎と診断される不思議(涙)
あらまあ、花粉症じゃないでしょうね。
お大事に。
といってもどうすりゃいいのかしらん。
バンコクにいたとき気管支炎で半年間咳が止まらなくて苦しかった。
あれは絶対排気ガスのせいだと思うけど。
- けーしちょーさん からの返信 2011/01/19 10:23:49
- RE: 排気ガスかぁ。
- そういえば、トラックの後ろを走っていても
真っ黒い排気ガスでモコモコ、ということがなくなりましたねぇ。
私は何気に排気ガスのニホヒが嫌いぢゃなかったので。
地方に行って、旧型車両が走っていると
「あ!いる♪」
と、瞬時にそのニホヒと音を感じ取るのですが(^-^;)
排ガス規制の時は混乱しましたケド。
その効能を大いに実感するところですが。
毎日毎日、職場に「トラック、重機、買い取ります」と
ものすごい件数の電話がかかってくることになり。
結局、排ガス規制の対象になった車を外国に輸出してるんぢゃ
意味ねぇし。と思う今日このごろです。
石炭から石油へ。石油から・・・ハイブリッド???電気???
今後、どうなっちゃうのかなぁ。
掘りつくされて枯渇した訳ではないのに、無人化した端島は。
国道沿いに立ち並ぶ、潰れたガソリンスタンドに通じるものがあります。
オール電化住宅が普及して、ガスの需要がなくなったらガスタンクは??
などと、燃料資源の変遷にドキドキしながら。
今日も「お売りするようなトラックも重機もハイエースもありません」
と電話口で受け答えする私です。
あ。最近はハイエースがすごい人気みたいです(笑)
そんなわけで、仕事にもどります(爆)
けーしちょー拝
- 唐辛子婆さん からの返信 2011/01/20 01:08:51
- RE: RE: 排気ガスかぁ。
- > 私は何気に排気ガスのニホヒが嫌いぢゃなかったので。
\(◎o◎)/
> 毎日毎日、職場に「トラック、重機、買い取ります」と
> ものすごい件数の電話がかかってくることになり。
ほー、たくましかー\(◎o◎)/
そういへばパキスタンにもその仕事の人がたっくさんいました。
> 結局、排ガス規制の対象になった車を外国に輸出してるんぢゃ
> 意味ねぇし。と思う今日このごろです。
バンコクから一時帰国するたびに
東京の空はなんてきれいなんだと深呼吸してましたよ。
ほとんどの東南アジアの首都は排気ガスだらけ・・・。
> 石炭から石油へ。石油から・・・ハイブリッド???電気???
ソーラー!!(きっぱり)
生きてるうちに完全に石油とレアアースに頼らずに走れるやうになって
アラブと中国を見返してやりたか(笑)
-
- Rさん 2011/01/02 18:51:48
- 上陸したいっ
- とうとう軍艦島に上陸したのですね!
だーっ!萌える!すごい行きたい!
なんかもうどう説明していいのか分からないけど
け様の旅行記から軍艦島の魅力がひしひしと伝わってきました。
当時最先端の鉄筋コンクリートマンションが廃墟となっている世知辛い世の中、
高級職員の皆様は今どうなっているのだろう?などと考えてしまったり。
よくまぁこんなに密集させたなとか。
こりゃ見に行かなと思わせる軍艦島。
今年の目標が決まりましたわ。
2011年もけ様にとって素敵な一年になりますように☆
がっつり笑わせてくださいませ。
本年もよろしくお願いします!
Rita
- けーしちょーさん からの返信 2011/01/06 11:36:43
- RE: 是非。
- 遅ればせながら
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
ふっふー。
今年の目標は軍艦島上陸!ってことになったのかしららら。
そうなんです。
なんかもう、どう説明していいのか解らないって感覚で。
恐らく、見学してる人それぞれに感想は異なると思いますし。
あの、防波堤やら訳のわからない場所で釣りをしてたオッサンたちも
どう説明していいのか解らないって
むこうもこっちもお互いに思ってたかと(^-^;)
なんだかバタバタしてて、旅行記がお留守。
あちこちウロウロしてるのですが。
きちんと記録の整理をしていないと、ダメですねぇ。
軍艦島を見て、保守点検の大切さを思い知ったハズなのに・・・・(滝汗)
こちらこそ、楽しい旅行記でいつもニヤニヤさせてもらっております。
さて。今年はどこへ行こうかな。
軍艦島上陸って、デッカイ目標をクリアしてしまったら
なんだかぐったり(苦笑)
新たな、新たな目標を設定せねば。
けーしちょー拝
-
- べるつくさん 2010/12/28 12:27:47
- 廃墟萌え
- け様、こんにちは。
工場夜景の次は絶海の孤島廃墟。さすがです。
そっかー、当時は最先端だったわけですね。なるほどねぇ。
今でいうととうきょうスカイツリー駅が最寄りの東京ソラマチの200年後くらいな?
確かに軍艦に見えますね。それこそ実はスペースバトルシップとして発進しそう。
B'zがロケで上陸したって映像は以前見ましたが、そのころよりもまた崩落が進行してるんでしょうか。そういえば桑田がソロでロケしてたワイルドブルーは今じゃしれっとマンション建ってる場所だし、ミュージックビデオって意外に時代を残してるのかも・・・
ちょっと前に人為的に作る廃墟の建築偽装ってのをネタにした小説を読んだのですが、リアル廃墟の写真の数々には圧倒されました。
それよりなにより釣り人の釣りに賭ける情熱が何より上回ってそうです。
べるつく
- けーしちょーさん からの返信 2010/12/29 02:59:29
- RE: 廃墟萌え
- べるつくさん。こんばんは。
某国営放送が、キヨシローの番組をこんな時間にオンエア。
明日で仕事納めだっつーのに、眠れません(>_<)
ドカドカうるさいロックンロールバンドさ〜♪
工場夜景もいいけれど。絶海の孤島廃墟もよかったです。
行く前までは、報国寮の中庭スペースとか
端島小中学校の近くの床屋とか
30号棟の近くのスナックとかは
チラっとでも見られるんぢゃないかって、早とちりしてましたが。
30号棟のスラブ崩落&地下1階が地上に出てきちゃってる状態を見たら
「あ。もういいです。これ以上は望みません」
って感じになっちゃいました(^-^;)
> 確かに軍艦に見えますね。それこそ実はスペースバトルシップとして発進しそう。
戦艦も、航空母艦に取って代わられ。
第二次世界大戦以降、モニュメント的な存在以外、どの国も保持してないとか。
端島が閉山されたのも。
端島が最盛期だったのも。
戦争における戦術の変化というかなんというか。
嗚呼。ヒコーキって石炭ぢゃ飛ばないよね、的なことに気付きました。
石油の輸入が止められた戦時下の日本において、端島の果たした役目。
相当大きかったのかもしれません。報国寮も戦時下で竣工したみたいですし。
「まだまだ石油は出るハズなのに。採掘中止ってどういうこと!!」
現代で言うならば、こんな感じなんでしょうか。
変な動画をみつけました。
http://www.youtube.com/watch?v=rnwfXH6jMUo
他の人のコメントにもありますが。
石炭を掘りつくしたって作り手の主観はどうなの?って。
っつーか、ワイルドブルーってありましたよね。うん。
今、マンションが建ってるんだー。
そういえば船橋のIKEAもザウスだったし。
都会だと、産業遺産?を残すどころか完全解体撤去で、新築しちゃうし。
絶海の孤島だったがゆえ。
このような形で後世に残ることになったのかと。
ううん。さすがミステリー好きは洞察力が深いっ!
端島の住民たちも、最大の娯楽は、釣りだったようです。
今回の長崎旅行。とにかく居酒屋の充実っぷりが素晴らしかったのですが
それはまたのちほど。
チョーコー醤油にハマった
けーしちょー拝
-
- キートス・メルシーさん 2010/12/28 01:23:09
- 晴れて上陸おめでとー。
- 力作!
しかも夢の軍艦島ぁぁ!
期待を外さない場所だったみたいですね。
晴れてるしぃ(笑)
建物の中にも入れるといいのにね。
例の盗作疑惑写真は、どうやって撮ったんだろう?
空撮映像、すごいわー。
上からみると形は空母みたい?
世界遺産になったら、このまま保存されるのかなぁ?
それもいいような、残念なような?
画像と、島内の建物がつながっていたというのを読んで、南紀勝浦の「ホテル中の島」という小さい島がまるごと温泉旅館を思い出しました。
数年前にに泊ったんですが、施設がさびれまくり。
だけど、あのさびれ感は海のそばにあるっ!ってこともあるんだと
いまさら納得。
多分、あれでも一生懸命維持されているほうなんだろうなと。
(↑こんな旅館を予約するなんて、やっぱり私は島が好きだったのね。
南紀勝浦には有名な「ホテル浦島」があるのにぃ)
いつか、絶対に行くぞぃ。世界遺産になる前に!
ANAのマイル、引きこもっていたおかげ(?)でだいぶ貯まったし(爆)
キートス・メルシー
- けーしちょーさん からの返信 2010/12/29 02:02:07
- RE: 晴れて上陸おめでとー。
- キートスさん。
いつもいつもメルシーです♪(爆)
うふふ。台湾に行くつもりが、マイルキャンペーンに気付いて
台湾往復で使うハズだった半分のマイルで長崎に行けたにょ〜♪
キートスさんとご一緒した直島。
raico殿とご一緒した宮古島。
そんな「島」にハマったこの一年の総括ともいえる軍艦島!
最高でした。
むふー。お天気も。ゆえに上陸できた訳で。
> 建物の中にも入れるといいのにね。
> 例の盗作疑惑写真は、どうやって撮ったんだろう?
ううん。もう、あのくらい剥離してると。
団体ツアーで建物内部見学は無理でしょう。
怖いしー。危ないしー。(^-^;)
こんなツアーが始まる前の立入禁止だった時代の「廃墟写真」は
海上タクシー?を浸かって上陸したり。
漁船に乗っけてもらったりして上陸したり。
してたみたいです。
「そこは聞かないで!」
みたいなサイト。多いです(笑)
> 空撮映像、すごいわー。
> 上からみると形は空母みたい?
軍艦島の動画は色々upされていたけど。
ブレは一切ない空撮と、なにより音楽がいい。
ちょっと、動画の速度が早回しなのが気になるケド・・・・
すでに上陸ツアーが許可された後の撮影ですね。
マルページャぢゃない、違う島からでてるクルーザーが映り込んでるしw
見学コースもクッキリハッキリ、上空から確認できます。
> 世界遺産になったら、このまま保存されるのかなぁ?
> それもいいような、残念なような?
動画を見て気がついたのですが。
本当に、奇跡的に海上に顔を出しているような、絶海っぷり。
澄んだ海の底は、周囲にテトラポットを置くスペースすら無いみたい。
ポッキリと、折れてしまいそうです。
あんなところから海底奥深く降りて、さらに海底を伝う穴でなんて
私はどうにかなりそうで働けそうにありません。
海底の坑道は、すごい熱さと湿度で、お風呂がそんなことになってたみたい。
世界遺産になったらきっと。。。
台風が来るたびに波浪モロかぶりで島の護岸がぶっ壊されるのを
三菱ぢゃない誰かが補修工事するってことでしょうか。。。
> 画像と、島内の建物がつながっていたというのを読んで、南紀勝浦の「ホテル中の島」という小さい島がまるごと温泉旅館を思い出しました。
ぬお〜ん。要チェック〜♪
カヤックやってたところかしら??
そう。海はさびれるのです。
冬場の海水浴場も。車のナンバープレートも。
そう。そして我々は「島」が大好きなのです。うふふ。
> いつか、絶対に行くぞぃ。世界遺産になる前に!
> ANAのマイル、引きこもっていたおかげ(?)でだいぶ貯まったし(爆)
おお。いいですねぇ。
軍艦島にチカラが入りすぎちゃって(笑)
長崎。とにかくステキでした。
酒は焼酎ばっかりだったけどネw
キートスさんの時刻表スキルを投入して、離島巡りとか最高だぁ。
って、長崎港で五島列島行きのフェリーみてた
けーしちょー拝
-
- raicoさん 2010/12/26 21:34:38
- 行ってしまいましたね!
- ほうほう。行きたい所かぶってます(爆)
岩崎弥太郎が布団をかぶって「いたいいたい」
という事を同時に放映する国営テレビを非難する人多数。
うん。いいぞ軍艦島。祠がいい。学校がいい。
でも、ばーちゃんのコメントがサイコ〜
ふむ。来年もよろしく。
raico
- けーしちょーさん からの返信 2010/12/27 00:00:07
- RE: 行ってしまいましたね!
- raico殿
うんうん。私も行きたいところがカブっていると思います!!
なんってったって。シマダスの愛読者だもん♪
そんなシマダスの愛読者としては。
日本で一番「島」が多い長崎県は。鼻血ブーもんでしたケド。
なかでもとりわけ端島、通称:軍艦島は
特別な場所ではなかったかと。
しみじみしておる訳です。ハイ。
> 岩崎弥太郎が布団をかぶって「いたいいたい」
> という事を同時に放映する国営テレビを非難する人多数。
ふっふー。
そうなのそうなの!!
岩崎弥太郎が死の床で「へちま」に関する俳句を詠みまくってるような。
正岡子規の母親が「草を取ってくる」といって夕餉の支度をしそうな。
たしかに浜木綿子のムスコは東大出てるし、某国営放送は大好きだろうけど
これだけたてつづけにキャスティングすることもなかっぺよぅ。
とは。思います(^-^;)
> うん。いいぞ軍艦島。祠がいい。学校がいい。
> でも、ばーちゃんのコメントがサイコ〜
思わず「ハッ」としましたね〜。ばーちゃんのコメントには。
私には、その辺の団地がゴーストタウン化したような気分でいたのですが。
大多数の日本の家屋が藁屋根だったりした頃。
こんなちいさな島の住民は、コンクリート造の集合住宅にいたのかと。
「お大臣。お財閥」
大きくて立派な建物を見ると必ず、そんなコメントを漏らす90歳ですが。
時々、背後からグサリと差し込む鋭さを持っており。
なかなか油断のならない老婆であります!!
いろいろご心配おかけして、すみません。
ありがとうございますm(__)m
けーしちょー拝
-
- までさん 2010/12/26 20:05:30
- ほほぅ〜
- けーしちょーさま
お邪魔してまっす。
軍艦島といえばB'zぐらいしか思い浮かびませんが^^;
なんだか遺構というより作りかけの宇宙都市のように見えたり^^;
でも90余年前の鉄筋コンクリート造りの建造物とか
あらゆる施設が島に存在していることとか
石炭産業の栄華を垣間見るようですな〜。
って、言いだしっぺ不在の三崎はクリープを入れないコーヒーのようでしたよwww
お会いできず残念どした。
大変そうですが、ぜひ次回また。
よいお年を〜
まで
- けーしちょーさん からの返信 2010/12/26 23:46:16
- RE: ほほぅ〜
- までさま。
ふっふー。やはり一番CDを売り上げた男子二人組の特典DVDは
軍艦島を知らしめるには十分だったようですネ☆
私も、上陸して船で周遊してる間は、妙な熱を帯びた感じで
ノスタルジックかつメランコリーな気分でいたのですが。
帰宅して、90歳老婆に写真を見せたところ。
あのコメントです。
なんだか、頭を殴られたような気分になりました。
私が生まれる前の出来事だったのに。
同年代、同じ国で淡々と農業にいそしんでいた大正9年生まれには
「なんてステキな集合住宅」
と、映ったらしく。
そうなんですよね。ウチがまだ、藁屋根で。
買ったばかりのテレビに近所の人が群がったり。
商売してた都合、めずらしく電話を引いていたらしいのですが。
近所の人が「なにかあったら○○さんちの電話に連絡くれ」といって
葬儀の知らせや、なんやらを、ウチの電話にかけてきて、
それを奉公人のおじさんが伝達してたとか。
そんな時代を生きた老婆の眼に映る端島の、最先端っぷり。
思いもよらなかったことです。
忘年会の件。すみませんでした。
ウチの母親がちょうど、心臓の手術をしたもんで。
raico殿が
「重要な臓器をいぢくる手術の時は、親族として、どこにも行かないほうがいい」
と、ご自身の経験を交えて、熱く語っておられたので。
私も、この師走は、なにもせずただ、家にいた次第です。
また別の機会に、ご一緒したいと切に願っています。
半ば冗談まじりで始めたブログで、知り得た仲間が
これほどまでに、尊敬の念をもって接することができる仲間になるとは。
どこでどんな出会いがあるのか。
一つ一つ、大事にしていこうと思いました。
クリープですか・・・(^-^;)
んま。私はブラック派ですがww
そんな風におっしゃっていただけるだけで、ありがたいです。
ビール一筋、から、日本酒命、に大幅シフトしてしまった一年ですが。
ビールコミュのみなさまと楽しいひと時を過ごせること。
楽しみにしております。
よいお年を!!
けーしちょー拝
- までさん からの返信 2010/12/28 00:02:58
- とんでもないっ!
- けーしちょーさま
ふたたびおじゃま〜。
> 「なんてステキな集合住宅」
昭和生まれ田舎育ちには、
なんてステキな六本木ヒルズ、みたいな(爆)
> 忘年会の件。すみませんでした。
とんでもないっす。
事情はお聞きしてましたんで、そりゃ当然です。
っていうか…1週間前に三浦、三崎、と叫んでいたそうでw
気が動転していたんですよね?
> 一つ一つ、大事にしていこうと思いました。
本当に。
これからもよろしゅうに。
> ビール一筋、から、日本酒命、に大幅シフトしてしまった一年ですが。
ポン酒もぅんまいですからね。
ぜひ湘南ビール&天青を飲みに遊びにいらしてくださいまし。
お母さまもお大事に。
早く全快なされますよう〜!
ではでは〜
まで
- けーしちょーさん からの返信 2010/12/28 23:36:32
- RE: とんでもないっ!
- > とんでもないっす。
> 事情はお聞きしてましたんで、そりゃ当然です。
> っていうか…1週間前に三浦、三崎、と叫んでいたそうでw
> 気が動転していたんですよね?
あはは。そうなんです。
なんか、テンパっちゃったんですが。
raico殿がケータイを会社にお忘れになられて
事なきを得るという・・・・・(笑)
母の手術も無事にすみまして。
ばぁちゃんを連れて見舞いに行く道順も
抜け道を開拓しながら果敢にタイムトライアルするほどの余裕もアリ。
最初は片道1時間半かかっていた道路事情も50分を切り。
今まで詳しくなかった埼玉県丘陵地帯を走り込んでおりますw
ホント、ありがとうございます。
忘年会も新年会もゼロ、という事態になりましたが。
落ち着いたら、アチキと一緒に美味い酒を呑んでおくんなまし♪♪
JIN総集編視聴中。
けーしちょー拝
-
- ヒバナ☆さん 2010/12/25 21:42:02
- 廃墟萌えぇ〜〜〜
- けーしちょー殿、こんばんわ〜^^
行かれたのですね、軍艦島へ! 羨ましすぃ…。
冬場は波が高く上陸できる可能性が低いと聴いていましたが、
さすがけーしちょー殿は最強の晴れ女ですね♪
私も上陸できるようになったというニュースを見て以来、
毎回旅の行先リストには入っているものの未だ果たせぬ夢、端島上陸。
内田康夫氏の『棄霊島』の舞台ともなっていて、想像を掻き立てられます。
「け」様の詳細な旅行記で実際に行ったような気分にさせて
いただきましたが、やはり一度は自分の眼で見てみたいものです。
〉あのまま放置されるがままになっていると、元の、ただの岩礁に
戻ってしまう気がして、軍艦島自体が伝説になってしまいそうだもの。
そう、早く行かないと今の姿の軍艦島を見ることはできなくなって
しまうかもしれないんですよね(;〒;)
保護して欲しい気持ちがある反面、「滅びの美学」が端島の魅力なのかも
知れないという想いもあり複雑な気持ちです。
ヒバナ☆
- けーしちょーさん からの返信 2010/12/26 23:24:18
- RE: 廃墟萌えぇ〜〜〜
- ヒバナ☆さん。
こんばんわ〜♪
そうです。そうなんです。行ってきました軍艦島。
おっしゃるとおり、マルページャのHPでも冬場の上陸率の低さ。
懸念していたのですが。
無事、上陸することができました。
ふっふー。晴れ女再びって感じでww
やはり、軍艦島上陸可、のニュースはココロに引っかかりますよネ。
私も、旅の行き先リスト最上段をキープしていたのですが。
「そんなに気になるんだったら、行けばいいのに」
と、コロプラ命、な友達の「長崎制覇」に釣られて
行ってしまいました。軍艦島。
ガイドのおじいちゃんの言う通り、同じ姿は二度と見られぬかもしれぬ、という思いから
合計2GBという、どうしようもない写真の山となりましたが。
やはり、ヒバナさんにも実際に上陸していただいて
あの、独特の「虚無感」のようなもの。
体感して欲しいナ、と思いました。
ナイスなコメントであると思わず唸りましたが
「滅びの美学」
私が上陸したクルーズ船が運航される以前。廃墟マニアさんたちは
海上タクシーなどをチャーターして上陸していたようですが。
あの、有名なラクガキ
>あれから幾十年 この端島は 荒れるにまかせ 朽ち果てて くちはてて いた
>この島は 再びよみがえることは もうない
とか。
端島小中学校の壁のトラのラクガキとかは
見ることができずじまいの見学コースでしたが。
それでも私は大満足でした。
建設業界の末端で働く人間としては、剥離したコンクリート片や
腐食したボルトナットの落下の恐怖は、よく分かっているつもりです。
ゆえに、報国寮や端島病院や小中学校など、
「行きたくても行けない場所もナルホド納得」
な、解りきった消化不良の「軍艦島上陸」ではありましたが。
あの、廃墟写真でみたあの場所に!!
という気持ちが全然なかったといえばウソになりますが。
端島の特異性が少しでも感じられたわずかな上陸時間を
私は生涯、忘れることができないと思います。
長崎市に訪れる機会があったなら。
必ずや、軍艦島へ上陸することを忘れないで実行して欲しい。
そう思いました。
旅行記を作成してる間も随分と悩みましたが。
あの、独特の雰囲気。
やはり、百聞は一見にしかず、ですヨ☆
けーしちょー拝
PS
二時間ミステリィ好きとしては気になるタイトル。
さっそく、正月休みに目を通してみますネ。
ありがとうございます(*^_^*)
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