2016/12/28 - 2017/01/08
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mikoyan358さん
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2016年12月28日~2017年1月8日に、「天空の鏡」と呼ばれるボリビアのウユニ塩湖、そしてその経由で立ち寄り存分に観光したニューヨークの旅行記です。
「天空の鏡」など本当にあるのか?と渡航前は懐疑的でしたが、地球の他の場所では味わえないような、自分の中での方向軸がわからなくなるような素晴らしい光景に出会うことができました。
また、ニューヨークはアメリカに何度も行っている割に初めてでしたが、著名観光地から映画のロケ地まで巡りたい場所を存分に楽しめ、好奇心を存分に満たす素晴らしい旅となりました。
豊富な写真で紹介しますので、お楽しみください!
1日目(16/12/28):成田→ニューヨーク
2日目(16/12/29):ニューヨーク→リマ
3日目(16/12/30):リマ→ラパス
4日目(16/12/31):ラパス→ウユニ
5日目(17/1/1):ウユニ
6日目(17/1/2):ウユニ→ラパス
7日目(17/1/3):ラパス→リマ→(機中泊)
8日目(17/1/4):→ニューヨーク
9日目(17/1/5):ニューヨーク
10日目(17/1/6):ニューヨーク
11日目(17/1/7):ニューヨーク→(機中泊)
12日目(17/1/8):→羽田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
時は2016年12月31日、大晦日。
前日夜、ペーニャとラパスの素晴らしすぎる夜景を堪能。
さあ明日はいよいよ念願のウユニ塩湖!と期待に胸をふくらませて横になりましたが...
朝3時、寝ていてもわかるほどのめまい、そして強烈な倦怠感に、思わず目が覚めました。
横になっていても起き上がっても気持ちが悪く、自分でもみるみる血の気が引いていくのがわかります。
前日もダイアモックス(高山病の薬)を3回飲んでいたし街歩きしているときは何もなかったのに、ついに高山病が出てしまったのか...
とても歩けるような状態ではなく、この時点ではっきりと「今日のウユニ行きは断念せねばならないかも」という気持ちに支配されるようになりました。
異変を察して起きてくれた妻が「コカ茶飲んできたら?」と言ってくれたので、この写真にあるロビーまでわずかな距離でしたが付き添ってくれました。
まあ、何もせずにのたうち回っているよりはいいかな、と思いつつフリーで飲めるコカ茶を全部で10杯くらいは飲んだでしょうか。
少しずつめまいが収まり、普通に腰かけて休めるくらいにまで回復してきました。
この間1時間半ほど。
やがて激しい腹痛でトイレとの往復が繰り返されるようになり、原因が高山病というよりも「食あたり」であることに思い至ります。
あまり量は食べなかったし生野菜も気をつけてほとんど口にしなかったのですが、その中で唯一思い当たったのが、ペーニャで飲んだフルーツジュース。
あれだけの店なら大丈夫だろうと思っていましたが、原因としてはそれしか思い浮かばず。
楽しみにしていた朝御飯を抜いたりしてなんとか渡航するのに問題ないくらいの移動はできるようになりましたが、トイレの頻度は半端ないし、本当にこのあと大丈夫なんだろうか?Hotel Rosario la Paz ホテル
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飛行機の出発である10時の2時間半前に、ガイドのLuzさんが迎えに来てくれました。
私が青い顔をしていたのに気づいていろいろ心配してくれ、空港で高山病の薬の補充も手伝ってくれることに。
ついでに、ウユニに持っていく必要のない荷物(スーツケース2つのうち1つに集約)をラパス帰着時まで宿で預かる手配もしてくれました。
Luzさん、我々を送り届けたあとすぐに別のツアーの出迎えが入っていたのですが、本当に親切で丁寧で助かります。 -
そして、この旅行2度目のエル・アルト国際空港へ。
こうなったら一刻も早くウユニへとたどり着きたいところでしたが...
無念の出発2時間遅れorz
ラバスとウユニを結ぶ便は小型機が多く、天候の影響で頻繁に遅延が発生するというのは事前に聞いていましたが、まさか自分達が該当するとは。
幸いにして今日はまだ本格的な塩湖の観光には入らない予定だったので助かりましたが、Luzさんいわくちょっと前の別のツアーの人たちは日帰りの予定の中で飛行機が遅れ、ほんの少ししか塩湖に入れなかったんだとか。
まあ、怒っても便は早くならないので、大人しく待つことにします。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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「Z8」という見慣れない航空会社コードですが、これはローカル路線の「アマゾナス航空」のもの。
この「UYUNI」という文字に本来なら心踊るはずなのですが、このときはとにかく腹が痛くて仕方ありませんでした(笑)。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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Luzさんは時間ぎりぎりまで付き合ってくれて、空港2階のショップでダイアモックスの代わりとなる高山病の薬(名前は忘れましたが現地では非常にポピュラーな薬で、12年前にペルーでも飲まされた覚えがありました)を手に入れてくれ、そしてお勧めというウユニの塩のチョコレートを紹介し、はてはお土産用に大量購入したそのチョコを宿まで届けてくれるではありませんか。
嬉しくなってチップをかなり弾んだことは言うまでもありません(笑)。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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最後に紹介してくれた空港の有料ラウンジの手続きを終えたところで、次のツアーの出迎えにむけてLuzさんは去っていきました。
あさってまたラパスへ戻りますが、もしかしたら違う人が担当かもしれないとのことだったので、入念にお別れを言っておきます。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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エル・アルト空港のラウンジ、といっても漫画喫茶に毛が生えたような感じの(料金的にもそんなもの)小さな施設ですが、ひとまずそこで1時間半過ごし、思う存分トイレとの往復を繰り返しましたw
持ってきたカロリーメイトを一口食べようと思ったら、こちらも使いすぎたスマホの電池みたいに破裂寸前。
時は12月31日の朝、日本ではあと少しで年が明けようとしている頃合い。
なぜかスポーツチャンネルでやっていた井岡一翔のタイトルマッチを見ながら、ああちょうど紅白だったり絶対に笑ってはいけないなんちゃらだったりをやってる頃かなあ、と日本に想いをはせます。ザ ラウンジ VIP (エル アルト国際空港) 空港ラウンジ
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ラウンジを出てからもまだ時間が余っていたので、2階のフードコートでコカ茶。
コカ茶に使われるコカの葉は、もちろん使い方によってはコカインの原料になりますが、普通にお茶として飲むぶんには何もハイになることはありませんし、若干の沈痛作用が高山病の症状を和らげてくれる効果があるため、現地の人にとっては日本人の緑茶と同じくらいにポピュラーな存在です。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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朝食を抜いて温かい飲み物ばかり腹に入れていたのがよかったのか、いくらか調子も戻ってきました。
3時間以上待つと聞いた時にはどうなる事かと思いましたが、スマホでゲームをしたり空港内をちょっと探検したりしているうちに、搭乗の時間が近づいてきます。
小型機のエリアは、この写真中央のゲートの先一か所にまとめられているようで、それぞれ時間になると集団がまとめて吸い込まれていきます。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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やがて、我々の乗る便のゲート受付も始まったので、中へと進みます。
便はそれほど多くないため、このゲートの中にいるのはほぼすべてウユニ行きの便に乗る人たちなのですが...エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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右側のエリアに同じ便の人が固まって座っていますが、9割がた日本人(笑)。
おそらくクラブツーリズムとユーラシア旅行社あたりと思われるツアーの一団×2、そして2~3人組の個人旅行者。
ウユニにとってはローシーズンのこの時期に訪れるのは日本人がほとんど。
そんな風に聞いていましたが、これを見れば一目瞭然でした。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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この乗客の数には似合わない、本当に大きな空港です。
ラパスへやってくる飛行機は問題ないものの、ラパスから出発する飛行機は揚力を稼ぐ必要があるため、燃料を減らして軽くしてから飛ばす必要があります。
ラパス発の便が意味もなく?サンタクルスなどのボリビアの他の都市を経由していくのには、そういった理由があります。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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搭乗時刻になり、ゲートをくぐって飛行機へ...と思いきや、さすが小さい飛行機だけあってそのまま乗れません(笑)。
滑走路を降りててくてくと歩いていきます。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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こちらが、アマゾナス航空のウユニ行き飛行機。
全部で100人乗りくらいですかね。
ガイドのLuzさんからは「進行方向に向かって右側がウユニ塩湖が空から見えるのでおすすめですよ~」という話をいただいていましたが、その右側は団体がごっそり押さえていて我々は見事に左側でした。エルアルト国際空港 (LPB) 空港
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搭乗もあっという間に終わり、飛行機は勢いよく4000メートルの大地を蹴って飛び立ちます。
今日は曇っていることもあって、雲が近いこと近いこと。 -
上空へ出ると、あっという間にラパスの街は遠ざかり、このような乾いた大地が続くようになりました。
簡単な飲み物のサービスを受けつつ、さすがに意図せず早起きして疲れてきたのでうとうととしながら過ごします。 -
ラパスからウユニまではわずか1時間のフライト。
ほんのちょっとうとうとしていたら、もう降下が始まっていました。
右側の窓には塩湖らしき姿が見えていて団体の乗客がかぶりついて見ています。
うーん、この差は何なんだろうなあ、と思っていましたが、幸いなことに空港到着の直前になって大きく旋回したおかげで、左側からも塩湖をよく見渡すことができました。
曇ってて真っ白な感じはありませんが、そこに「何もない」ことがよくわかります。
それにしても凄い雲と嵐の光景。これ、行ってもちゃんと観光できるんだろうか。 -
塩湖のほとりにあるウユニの街を飛び越えて、その近くにあるウユニ空港の滑走路、というか砂地の中に何となくある舗装された空間(笑)ともいうべきところに滑り込みました。
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ついに到着!
標高がなんと400メートルも下がって、3600メートル。
心なしか空気が濃い気がします。いや本当に。ウユニ空港 (UYU) 空港
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向こうの空を見ていると観光の観点からは絶望的になりますが、まあそれでもようやく憧れのウユニへとやってきました。
日本の地方空港かと思うような日本語だらけの空間を通り抜けて、建物へと入ります。ウユニ空港 (UYU) 空港
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このタコ部屋みたいなところが荷物受取場所。
ターンテーブルなどといったしゃれたものはなく、手動の台車に載せられた荷物が次々と降ろされていきます。
ウユニに飛ぶ飛行機は1人20キログラムまでの重量制限があるので、土産物をたくさん詰め込んで乗るのはちょっと危険。
なので、前日夜に必要なものだけスーツケース1つに押し込んできました。
周囲の観光客を見ても、みんな荷物は小さめ。ウユニ空港 (UYU) 空港
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荷物を受け取って小さなゲートを出ると、浅黒い肌の若いあんちゃんが待っていました。
ウユニのガイドをしてくれるマテオくんと挨拶し、近所の公民館かと思うような大きさのターミナルを出て送迎の車に乗り込みます。ウユニ空港 (UYU) 空港
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塩湖の方向は相変わらず凄い雲が垂れ込めていて、どんな嵐になっていることやら。
ただ、これはある意味喜ばしいことでもあります。
というのも、今回の旅行にあたって事前に代理店から「ラパスやウユニをはじめとしてボリビア全土で雨が全く降らずかなりの水不足になっている」と聞かされていたからです。
やはり一番心配なのが「天空の鏡が本当に見られるのか?」ということでしたので頻繁に問い合わせしていましたが、
「一面に張った場所はないかもしれないが、ガイドが水のある場所は常に詳しく把握しているので、何かしら水が張っている場所はご覧いただけると思います」
という感じで、当日までにどれだけ降るか、という「日頃の行ない」にかかってそうな状況(笑)。
そんな事前情報があったので、まあ今日に関してはいくら降ってくれてもいいやw -
空港から車で5分ほど走ると「ウユニ」の街へ到着。
塩湖のへりから10キロほど離れた場所にある、塩湖観光の拠点となる街です。
人口は近隣あわせて3万人程度。
塩湖の周囲には3つほどの高級な「塩のホテル」がありますが、それ以外のリーズナブルな宿はこのウユニの街に集まっています。
レストランや旅行者にとって必要な施設などが揃い、バックパッカーたちの多くがここを拠点とすべく集まります。ウユニ駅 駅
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到着した時から軽く雨がぱらついていたので、まずは昼食タイム。
街の中心に車を停め、近くにある地元料理の小さなレストランへ入りました。
スープ、そしてカラッと揚がったチキンが乗ったピラフをいただきましたが、朝からほとんど胃をからっぽにしていた状態だったためあまり量は入らず。
チキンは美味かったので何とか平らげましたが、それにしても高地では本当に腹が減らなくなります。 -
食事をしながら、ガイドのマテオ君といろいろ話していました。
(英語ガイドで若干の不安はありましたが、向こうもネイティブというわけではないことも幸いしたか、まったく意思疎通に不自由することはありませんでした)
サッカー好きで、「こないだのクラブワールドカップ決勝の鹿島アントラーズの戦いっぷりに興奮した」などこちらの心をくすぐる話で盛り上げてくれます(笑)。
食事が終わった後は、簡単にウユニの街を散策。
特に何があるわけでもないので足早に歩くだけですが、腹ごなしにはちょうどよい運動でした。
真ん中に写っているのは「ダカールラリー」のモニュメント。
かつては「パリダカ」、パリとダカールを結ぶレースでしたが、その後世界で様々に場所を変え、最近ではパリともダカールとも何の関係もないこの南米が舞台になっています。
我々が行った年末年始もちょうどレース開催中で、この旅行の1週間後の1月9日ごろにウユニ塩湖を横切るコースを各車が通るということで、この辺はすっかり「ラリーの街」として売り出しているようでした。
(そのレースの日は塩湖の観光が一切禁止になるということでした。ある意味旅行者にとっては迷惑な話) -
街の目抜き通り、といっても人通りはほとんどありませんが、そんな中に見慣れたキャラクターや文字列が。
マテオ君いわく、ボリビアでも日本のアニメは大人気だそうで、特にドラゴンボールなんかは誰でも知っているようなものなんだとか。
(そのマテオ君自身が結構なアニヲタだったようなのですが、私が詳しくなかったため詳細まではわかりませんでしたw) -
現地の学校とか、なぜか飼われているダチョウとかいろいろ見ているうちに雨がかなり強くなってきたので、足早に車のある方へと戻ります。
目抜き通りの両側にはこうした露店が広がっていますが、この雨で人出も少なく開店休業状態。 -
屋内に作られたマーケットにも立ち寄りました。
比較的薄茶色の淡色の街並みですが、そんな中でこのマーケットには生鮮食品からお花までさまざまな「色」があります。 -
一見サツマイモの山のようにも見えますが、これは巨大な腸詰め。
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そして、コカの葉もたくさん売られています。
1袋がかなり膨大に見えますが、(前回ボリビア訪問時に)実際にポットに入れていた量を見たところけっこうな消費量でしたので、この袋もあっという間に使ってしまうものと思われます。 -
ちょっとしたウユニの街の散策を終え、雨がひどくなってきた中を車に戻り中心街から3ブロックくらい先にある旅行代理店へ移動します。
今回の旅行は日本にある南米に強い代理店(ウニベルツール)を通じて現地ツアーを組んでいましたが、実際の運用はウユニの現地代理店が務めており、この訪問はその手続きや登録のためでした。
ウユニの街はせいぜい2キロ四方になんと100を超える旅行代理店がひしめく超激戦区。
そんな中で日本とパイプを持っている会社は有利ですね。
ここに来たもう一つの大事な目的が「長靴選び」。
ウユニ観光では水の多い場所を訪れるため、たいていのツアーでは旅行会社が長靴を用意してくれます。
日本発のパッケージツアーでは長靴がついてくることが特典となっていますが、現地発だとついてくるとは思っておらず「自分で買わなきゃいけないのかな?」と考えていましたが、問い合わせたところ用意してあるのでご安心くださいとのこと。
ウユニまで持って来られる荷物の量も限られる中、この配慮はありがたいですね。
しっくりくるサイズの長靴が見つかったところで、いよいよウユニ観光がスタートしました。 -
代理店の前も十分に「街なか」ですが、そこからほんの1分走るだけで地の果てまでやってきました(笑)。
車めがけて突進してくる野良犬の集団が、怖さすら感じさせます。
街の南側へ車で進むこと5分ほど。
今日の最初の目的地が見えてきました。 -
視線の先に、ずらりと並んだ古びた貨車が見えます。
ここは「列車の墓場」と呼ばれる場所。
ウユニの観光では必ずコースに入っている場所です。列車の墓 史跡・遺跡
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19世紀後半、このウユニで取れた塩、そしてポトシなどで算出した銀などの鉱物を、太平洋岸の都市アントファガスタまで運ぶために敷設された線路でした。
当時は交通の大動脈だった場所。
今では朽ち果てて「地球の裏側」と呼ぶのにふさわしい場所になっています。 -
これをずっとたどると、600キロ先は太平洋。
目的地となったアントファガスタは、鉄道が出来た当時はボリビア領でした。
しかし、1879年にチリとボリビアとの間で勃発した「太平洋戦争」に敗れ、結果ボリビアはアントファガスタを含む海岸地域をチリに明け渡し、内陸国となります。
その恨みを忘れまいとしたかどうかはわかりませんが、いまだにボリビアには海軍があり(チチカカ湖で演習しているそうです)、そしてラパスの街にも太平洋戦争の歴史を展示する「海洋博物館」があり、意外なほど多く「Litoral」(海)という言葉を目にすることができます。 -
2本走っている線路の一方には、朽ちて動かなくなった車両が果てしなく続いています。
マテオ君によれば100両以上はあるとのこと。
表面は錆に覆われて生命反応が何一つありませんが、吹きっさらしの中で放置された割にはよく残っているほうだと思います。
この光景を見て、妻は「銀河鉄道999」、私は「マッドマックス」という対照的な例えが浮かびました(笑)。 -
130年以上前、この穴の中に確かに石炭が放り込まれ、今微動だにしないこの列車が走り回っていた時代が確かに存在していたはずですが、あまりに時間が経ち過ぎて想像するのが難しいほどです。
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風に吹き寄せられた砂が車輪を埋めているその深さが、放置された年月をよく表しています。
ここに捨て置かれた蒸気機関車は、もちろん当時は最新設備。
本場イギリスをはじめとして様々な国からかき集められた車両が使われていました。
あまりに広大な敷地の中で行く時間がなかったのですが、マテオ君に見せてもらった写真で見ることができたとある1両には「MITSUBISHI」の文字が確かに読み取れます。
日本で作られ、この異国までやってきて、わずかな年月だけ使われて放置され、そしてスクラップになった他の同種の車両よりも長生き?している。
何という数奇な運命なんでしょうか。 -
我々が訪れる前にかなり雨が降ったらしく、列車の墓場のまわりはかなり泥んこになっていました。
慎重に水たまりを避けて歩きつつも、マテオ君に撮影のため機関車の上でジャンプしろなどという無茶ぶりを受けながら(笑)この景色を楽しんでいると、また遠くから凄まじい雨雲が迫ってきました。
これだけの平原でこの雲に近づかれると、逃げ場のなさに恐怖感を覚えます。 -
ウユニの街までいったん引き返し、そのまま街を突っ切って北へと向かいます。
カルナバルで有名なオルーロまで300キロ以上、その先のラパスまでは540キロもあります。
今回旅行の手配にあたって早めに始動(10か月前)しましたが、それでもこのウユニへの往復便の確保には最後まで苦労しました。
いざとなったらラパスからのこの500キロを陸路で行こう、と考えていましたが、実際に行った人の記録などを見ていると道は悪いし時間はかかるしで、体力に自信のない我々ではウユニに着くまでに疲れ果てていたはず。
標識を見てそんなことを考える私を乗せて、車は一番上に書いてある20キロ先のコルチャニ村を目指して進みます。 -
20分ほど真っすぐ国道を走り続け、途中建物が少し増えてきたあたりで左へ折れます。
入り込んだのは「コルチャニ」の村。
ウユニ塩湖に面し、塩湖に実際に入りこむ人たちは必ずここを通ります。
村、といっても周囲2~300メートルくらいの範囲にパラパラと家屋が並ぶ程度の集落。
塩湖の中では買い物ができない、ということでちょっとした土産物屋へと寄ったところ、きちんと精製された「ウユニ塩湖の塩」から、その辺で拾ってきたような塩の塊まで、売られているものはすべて塩にちなんだものでした。コルチャニ村のマーケット 市場
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村の中心部をあっという間に通り抜けさらに1キロほど西へ走ると、左右に豪華なホテル群が見えてきました。
ウユニ塩湖のほとりには、世界的に有名な「塩のホテル」が3つ存在しています。
向かって右側には「パラシオ・デル・サル」、そして左側にはこの写真にある「クリスタル・サマーニャ」。
そして、ここから数キロ離れた高台に、今回我々が予約している「ルナ・サラダ」があります。
「すべてが塩で出来ている」という触れ込みで、数多くの紀行番組などで何度も目にして憧れていた塩のホテル。
実際にそこに泊まるまであと数時間、こうして外観を見ているだけでも期待感が抑えられません。クリスタル サマーニャ ホテル
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塩のホテルから1キロほど走ると、何らかのモニュメントが見え、地面の色が少し変化しはじめました。
色の変化が大きくないのでそれほど実感はありませんでしたが、いよいよ「ウユニ塩湖」の旅がここから始まります。
※このモニュメントが何であるかは塩湖観光の最後で知ることとなりました。これはまた明日。 -
入口は車が運び込んだ土で真っ黒でしたが、やがて少し走るとひび割れた塩の大地が姿を現しました。
塩湖の中にはこうしたデファクトスタンダードとなった道があり、車はそれに沿って移動していきます。 -
雨が降り、沿岸のほうから土が飛んでくるため、地面はけっこう茶色がかっています。
事前に抱いていた「純白の塩の大地」というイメージは、まだこの時点では感じることができません。 -
関東平野と同じくらいの広さの塩湖ですから、基本的には地平線の向こうはすぐに空という世界。
ですが、こうしてたまに遠方に「何か」が見えてきます。
かなり近くに来るまではそれは「点」のままで、接近して見てようやく「ああ、他の車か」とわかる感じ。 -
塩湖の表面には、ハチの巣のように塩が模様を描いています。
車で上を走ったらすぐにかき消される程度、と最初は勝手に思っていましたが、実際に自分が乗っている車がこれを踏み越えるとザクザクと乾いた音がして、けっこうな固さであることがわかります。 -
塩湖のへりに近いところをずっと走っていたら、特に延々と続く白い列が見えてきました。
何だあれ?と思っているうちにそれはどんどん近づいてきます。 -
やがてその白いものの列の前に到着。
先ほど借りた長靴を履いて車の外へと出ます。
車に乗っていた時はガリガリと音がしていましたが、実際に降り立ってみるとジュワッとした感じで、思ったよりも水分を含んでいることがわかります。
見たところ別に長靴じゃなくても...と降りる前に思っていましたが、やっぱり長靴は必要でした。 -
ずらりと並んだその白い「何か」は、小さな塩の山。
見たところ、視界の中に数十個あります。
こうして塩を集めて山型に盛り、乾燥させているところです。
これが精錬され、のちに「ウユニの塩」として我々の手に渡るんですね。 -
ウユニ塩湖で観光とともに旅行者のポピュラーな遊びとなっているのが、トリック写真。
周囲にモノがなく単色で遠近感を感じにくくなるため、少し遠ざかるだけで人間がミニチュア化したような写真を撮ることができます。
この後もたくさんこういった写真を撮ることになりますが、まずは小手調べとして塩の小山の上に乗っかってみました(笑)。 -
当初の予定であれば、飛行機でお昼前にウユニに到着したあともう少し塩湖の中を巡ることになっていましたが、飛行機の遅れで時間がなくなったためこの日は塩湖自体の観光はここまで。
夕方になっていくらか天気は回復してきましたがまだまだ晴れ渡るような状態ではなく、また水もほとんど目にすることがなく「天空の鏡」は本当に見られるのだろうか?と大いに不安になってきていました。
ただ、ガイドのマテオ君は「大丈夫」と言っていたので、それを信じることにします。 -
先ほどのコルチャニの村からいったん「陸地」へと戻り、今日泊まる予定のホテルの前を通り過ぎて、塩湖の北東の沿岸を進みます。
遠くの猛烈な雨に陽光が当たり、虹色に輝いています。
今日はどれだけ降ってくれてもいい。明日さえ晴れてくれれば! -
車で10分ほど走り、コルチャニの村から北へ5キロほどやってきました。
この一帯にはインカの時代から人が住み着いていたそうです。
よく見ると、岩々の間に住居の入口のような小さな穴が見えますね。 -
実際に住居として使われていたという場所へと導かれます。
-
中に入って、いきなり骸骨と目が合ったので驚きました(笑)。
ここには、かつての住人たちのミイラがまつられています。
埋葬する事に加えて「土地の守り神」の役割もあったそうで、聖なる場所という扱いを受けていたようです。
ここから振り返った洞窟の入口の壁には、ピューマのミイラも飾ってありました。
骸骨もたいがい怖いですが、こっちのピューマの顔の方が怖くてあまり長居したくない気分ではあります。
周辺に酒の瓶とかが転がってますが、これはそれに祈りを捧げた名残りかな?
ただ単なる酒盛りではないと信じたいですが。 -
先ほど入った洞窟の上には、かなり昔に作られたと思われる住居のような跡がありました。
マテオ君によると、これはスペイン人が建てようとしたホテルだったそうですが、実際に作り始めたところでちゃんと建てられなくなる災難が続発し、これはきっと神のたたりに違いないと恐れをなして逃げてしまったんだとか。
失礼のないようにその建物を見つつ、背後に広がる塩湖の景色も堪能します。 -
時間は16時半近くになりました。
ミイラのエリアから来た道を引き返すと、やがて(行きにもちょっと見えましたが)高台の上に連なる建物が見えてきます。
本日の宿泊先「ルナ・サラダ」への到着です。 -
大人気の塩のホテルということでしたが、この旅行を計画した宿泊9ヶ月前なら余裕だろ、と思っていたら...
最初の段階では、ここ含めた3つの塩のホテルはどれもキャンセル待ちの状態になっていました。
さすがに旅行をあきらめるまではしませんでしたが、せっかく行くのに泊まれないのは残念、と思ってキャンセル待ちにかけたところ、幸いにしてこの大晦日の1泊だけ確保できた次第。
ウユニに2泊する中で宿を移らなければならないのは面倒ではありますが、まあこの際1泊できるだけでもよしとしなければなりません。
これから個人でウユニ旅行を計画される方は、早めの予約をおすすめします。
(しかも宿が強気なので「予約成立時に全額払込、リファンドなし」ですが)
こうして、苦労して何とか確保した「ルナ・サラダ」。
もっと古めかしい塩造りかと思っていましたが、エントランスは一見して普通のホテルです。中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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一歩中に入ると、イメージしていた、いやそれ以上の塩に囲まれた光景が広がっていました。
壁はもちろん、ロビーのカウンター、来客用の椅子に至るまで、目に入ってくるのはすべてが塩のブロック。
手続き待ちでしばらく椅子に座りましたが、触った感じは完全に「石」です。中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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ロビーからは、このように塩の壁に仕切られて奥までずっと続く廊下を進みます。
この廊下、一面に砂利が敷き詰められていて、歩きにくいのなんの。
スーツケースを転がそうとしても車輪に砂利が詰まるので結局持って歩く必要があり、高所の薄い空気もあって体力を著しく消費します。
こういう時に部屋が近かったらよかったのですが、残念なことに我々の部屋は奥から数えたほうが圧倒的に早い2階の並び。
階段でまたばてて、最後は数歩進んで止まる、を繰り返していました。中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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やっとの思いでたどり着いた部屋。
期待通り、壁だけでなくベッドの土台など、「塩感」が存分に味わえます。
せっかくならと思って壁に触れた指も味わってみましたが(笑)、その辺の食卓塩よりもはるかにしょっぱかったです。中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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塩のホテルの水周りはどうなっているんだろう?と思ってましたが、さすがにここは最新の設備でした。
塩の便器とかあったら面白かったんですが(笑)。
ウユニの宿は水の出がよくなく、お湯も普通に出るとは思わないほうがよい、というのが事前に仕入れてきた情報でしたが、さすがこの辺では上位の宿だけあり水は普通に出ましたし、シャワーも比較的早い時間で十分な熱さのお湯が出てきました。中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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この頃になると、いつもよりトイレに行く回数は多いものの、朝猛烈に苦しんでいた腹痛は不思議なほどにおさまっていました。
腹を壊した状態で塩湖の中に入るなど想像したくもなかったので(笑)、このときは本当に助かったという思いでいっぱいでした。
夜にあまり寝られなかったこともあったので、ここで2人して爆睡。
かすかに、窓の外に2016年最後の夕焼けがすごい色で広がっている気配だけを感じましたが、体力的にもう無理でした。。中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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爆睡していたら18時を過ぎて外も真っ暗になったので、夕食へ。
周辺に何もない環境ゆえ、ホテルの宿泊は自動的に2食つきになります。
ブッフェ形式の夕食は、まあ「普通」といったところでしょうか。
それ以前にとにかく食欲が沸かず、いつもなら3皿くらい軽く食べるところ、スープ1杯と肉や野菜を皿にほんの少し、という程度で腹いっぱいになってしまいました。
(そんな感じだったので写真も撮り忘れてますw)
食べ終わった後は、昼間に乗っていた車とガイドのマテオ君が再びやって来て、ウユニの感動的な星空観賞...のはずだったのですが、もう宿を出た瞬間からわかるほどの豪雨。
開けた場所まで行って少し待ちましたがまったく雨が収まる気配はなく、星空観賞は翌晩に順延となり、すごすごと戻ってきました。
この日は12月31日。
いつもであれば新年の瞬間を起きて迎えるところですが、この日は疲労困憊していたこと、そして翌日は早朝から朝日鑑賞が予定されていたので、年越しを諦めてさっさと横になりました。
数年前に海外渡航中に酒が回って気づいたら年越ししていた、ということがありましたが、ここまで意図的に年越しを寝て迎えるのは初めてかもしれません。
こんな天気ですが、明日はちゃんと朝日が見られるんでしょうか。
とにかく少しでも晴れてくれることを願って、布団にもぐります。
(5日目へ続く)中身は普通ですが、やっぱり塩のホテルは格別 by mikoyan358さんホテル デ サル ルナ サラダ ホテル
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