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11月9日に一度、散策に出かけたが少し紅葉の盛りには早かったので再チャレンジ。<br />「その3」では、金福寺と修学院離宮をご案内。 <br />* 修学院離宮は、その1も見てください。<br />

ムラゴンの旅日記 紅葉の京都散策 その3

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2016/11/17 - 2016/11/17

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ムラゴンさん

11月9日に一度、散策に出かけたが少し紅葉の盛りには早かったので再チャレンジ。
「その3」では、金福寺と修学院離宮をご案内。 
* 修学院離宮は、その1も見てください。

  • 詩仙堂の帰りに、このような看板が目に入り、金福寺を拝観しました。

    詩仙堂の帰りに、このような看板が目に入り、金福寺を拝観しました。

  • 金福寺の寺標です。臨済宗南禅寺派の寺院。 開基は、貞観六年(864年)。<br />一時荒廃していたが、元禄年間(1688~1704年)に鉄舟和尚により<br />再興されたとのこと。 * 鉄舟は、富岡鉄舟・山岡鉄舟とは異なる。<br /><br /><br /><br /><br />

    金福寺の寺標です。臨済宗南禅寺派の寺院。 開基は、貞観六年(864年)。
    一時荒廃していたが、元禄年間(1688~1704年)に鉄舟和尚により
    再興されたとのこと。 * 鉄舟は、富岡鉄舟・山岡鉄舟とは異なる。




  • 金福寺の寺門です。

    金福寺の寺門です。

  • 受付を出た庭園への道。 紅葉がキレイ。

    受付を出た庭園への道。 紅葉がキレイ。

  • 与謝蕪村と寺村百池の句碑です。

    与謝蕪村と寺村百池の句碑です。

  • 本堂の前の庭。

    本堂の前の庭。

  • 本殿の前の庭。

    本殿の前の庭。

  • 芭蕉庵です。 鉄舟和尚と松尾芭蕉が親しかったので芭蕉が京都に旅をして京都に来た際に、寺の草庵で風流を語り合ったので、その庵を「芭蕉庵」と名付けた。 その後、荒廃が進んでいたのを与謝蕪村とその一門が復興をし、ここを俳句の聖地とした。<br />

    芭蕉庵です。 鉄舟和尚と松尾芭蕉が親しかったので芭蕉が京都に旅をして京都に来た際に、寺の草庵で風流を語り合ったので、その庵を「芭蕉庵」と名付けた。 その後、荒廃が進んでいたのを与謝蕪村とその一門が復興をし、ここを俳句の聖地とした。

  • 翁の水の碑です。 鉄舟和尚が芭蕉をもてなした際に使った井戸。

    翁の水の碑です。 鉄舟和尚が芭蕉をもてなした際に使った井戸。

  • 鉄舟和尚が芭蕉をもてなした際に使った井戸。

    鉄舟和尚が芭蕉をもてなした際に使った井戸。

  • 与謝蕪村と江森月居の墓。<br />江森月居は、蕪村の高弟で江戸中・後期の俳人。<br />名は師心、号は竹巣・些居・住地庵・桂川等。

    与謝蕪村と江森月居の墓。
    江森月居は、蕪村の高弟で江戸中・後期の俳人。
    名は師心、号は竹巣・些居・住地庵・桂川等。

  • 呉月渓(呉春)の墓。蕪村の内弟子。月渓の系統の画派は四条派と言う。<br />姓は松村。名は豊昌。字は裕甫。 <br />「呉春」の名は呑んべーの私には、摂津の池田の酒が頭に浮かぶが<br />呉月渓が池田に一時住んでいたことから来ている。

    呉月渓(呉春)の墓。蕪村の内弟子。月渓の系統の画派は四条派と言う。
    姓は松村。名は豊昌。字は裕甫。 
    「呉春」の名は呑んべーの私には、摂津の池田の酒が頭に浮かぶが
    呉月渓が池田に一時住んでいたことから来ている。

  • 呉景文の墓。 月渓の弟子。呉景文の絵は、御所の襖絵に多く残る。

    呉景文の墓。 月渓の弟子。呉景文の絵は、御所の襖絵に多く残る。

  • 吉分大魯の墓。 徳島藩の藩士。 蕪村の弟子。 <br />その他、大勢の俳人・画人の墓がある。

    吉分大魯の墓。 徳島藩の藩士。 蕪村の弟子。 
    その他、大勢の俳人・画人の墓がある。

  • 村山たか女の創建の弁天堂。<br />村山たか女とは、舟橋聖一の「花の生涯」・諸田玲子の「奸婦にあらず」<br />のヒロイン。 <br />井伊直弼が藩主になる前の愛人。<br />幕府の隠密(スパイ)として京都で攘夷論者の動向を探っていた。<br />井伊直弼が桜田門外の変で暗殺された後、勤皇の志士に捕えられて三条の河原で晒し者にされた。 その後、出家して当寺に入った。

    村山たか女の創建の弁天堂。
    村山たか女とは、舟橋聖一の「花の生涯」・諸田玲子の「奸婦にあらず」
    のヒロイン。 
    井伊直弼が藩主になる前の愛人。
    幕府の隠密(スパイ)として京都で攘夷論者の動向を探っていた。
    井伊直弼が桜田門外の変で暗殺された後、勤皇の志士に捕えられて三条の河原で晒し者にされた。 その後、出家して当寺に入った。

  • 村山たか女がさらし者のされた絵。<br />ここから修学院離宮に戻り、離宮を拝観します。<br />

    村山たか女がさらし者のされた絵。
    ここから修学院離宮に戻り、離宮を拝観します。

  • ここが修学院離宮の待合所です。 

    ここが修学院離宮の待合所です。 

  • 待合所の前の紅葉です。 キレイ。

    待合所の前の紅葉です。 キレイ。

  • 見学が始まりました。 下離宮の入口の御幸門です。<br />修学院離宮は、下・中・上の3つの離宮からなっています。<br />

    見学が始まりました。 下離宮の入口の御幸門です。
    修学院離宮は、下・中・上の3つの離宮からなっています。

  • 寿月観に行く道。 紅葉がキレイ。

    寿月観に行く道。 紅葉がキレイ。

  • 寿月観の前の池。

    寿月観の前の池。

  • 寿月観の建物です。<br /><br />

    寿月観の建物です。

  • 寿月観の虎渓三笑(こけいさんしょう)の襖絵です。

    寿月観の虎渓三笑(こけいさんしょう)の襖絵です。

  • 田んぼの中を通る中離宮への道です。<br />田んぼは国有地で近隣の農家が耕しています。<br /> 

    田んぼの中を通る中離宮への道です。
    田んぼは国有地で近隣の農家が耕しています。
     

  • 中離宮の正門です。

    中離宮の正門です。

  • 客殿が見えてきました。

    客殿が見えてきました。

  • 客殿の前の庭園です。

    客殿の前の庭園です。

  • 客殿の前の庭園です。

    客殿の前の庭園です。

  • 鯉の絵です。 網だけ、円山応挙の作だそうです

    鯉の絵です。 網だけ、円山応挙の作だそうです

  • 5枚の棚が霞がたなびいている様に見えるので「霞棚」と言うそうです。 

    5枚の棚が霞がたなびいている様に見えるので「霞棚」と言うそうです。 

  • 門跡尼寺「林丘寺(りんきゅうじ)」への道。<br />この中離宮は、門跡尼寺「林丘寺」の一部だった。<br />明治になって、林丘寺から国に返却された。

    門跡尼寺「林丘寺(りんきゅうじ)」への道。
    この中離宮は、門跡尼寺「林丘寺」の一部だった。
    明治になって、林丘寺から国に返却された。

  • 楽只軒(らくしけん)です。

    楽只軒(らくしけん)です。

  • 漁村で網を干している形を表しているので「網干の欄干」と言うそうです。 

    漁村で網を干している形を表しているので「網干の欄干」と言うそうです。 

  • 楽只軒の内部で前の絵は、「吉野の桜」が描けれているそうですが暗くてわかりません。奥には、「竜田川の紅葉」が描かれているそうです。<br />

    楽只軒の内部で前の絵は、「吉野の桜」が描けれているそうですが暗くてわかりません。奥には、「竜田川の紅葉」が描かれているそうです。

  • これで中離宮の見学が終了です。 この建物は楽只軒。

    これで中離宮の見学が終了です。 この建物は楽只軒。

  • 又、左右に農地がある松並木を進んで今度は、上離宮に行きます。<br />左側に大刈込みが見えてきます。 上離宮の浴龍池を作る為に四段の石垣で土塁を作り、その上に数十種類の樹を植えた。その樹を刈り込んだもの。<br />

    又、左右に農地がある松並木を進んで今度は、上離宮に行きます。
    左側に大刈込みが見えてきます。 上離宮の浴龍池を作る為に四段の石垣で土塁を作り、その上に数十種類の樹を植えた。その樹を刈り込んだもの。

  • これが、上離宮の入口です。

    これが、上離宮の入口です。

  • 隣雲亭に進みますが、左下に浴龍池が見えてきます。<br />浴龍池の綺麗さに隣雲亭を撮るのを忘れました。<br />

    隣雲亭に進みますが、左下に浴龍池が見えてきます。
    浴龍池の綺麗さに隣雲亭を撮るのを忘れました。

  • これが隣雲亭の一二三石。 <br />石を一ケ、二ケ、三ケと組み合わせ、模様としています。

    これが隣雲亭の一二三石。 
    石を一ケ、二ケ、三ケと組み合わせ、模様としています。

  • 再度、隣雲亭からの浴龍池。

    再度、隣雲亭からの浴龍池。

  • これが千歳橋。

    これが千歳橋。

  • これが楓橋。楓の奥に木の橋があります。<br />ここを通って窮遂亭(きゅうすいてい)に行きます。

    これが楓橋。楓の奥に木の橋があります。
    ここを通って窮遂亭(きゅうすいてい)に行きます。

  • 窮遂亭からの紅葉です。

    窮遂亭からの紅葉です。

  • 西浜です。 4時前なので暗くなっております。

    西浜です。 4時前なので暗くなっております。

  • 池に出て舟遊びをした舟です。 今は屋根に苔が生しています。

    池に出て舟遊びをした舟です。 今は屋根に苔が生しています。

  • 西浜からの風景です。

    西浜からの風景です。

  • 西浜からの風景です。

    西浜からの風景です。

  • 西浜からの風景です。

    西浜からの風景です。

  • これで修学院離宮の拝観の終了です。 出た所の紅葉もキレイです。

    これで修学院離宮の拝観の終了です。 出た所の紅葉もキレイです。

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