2016/10/09 - 2016/10/10
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ミズ旅撮る人さん
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10月初め、少しずつ秋の気配を感じ始めた時期に、岐阜県の瑞浪(みずなみ)市から馬籠宿にかけての中山道を見て歩きました。
特に街道を辿ろうと思ったわけではないのですが、風情のありそうな場所を辿ってみたら、中山道の名残をよく残す地域だったのです。
中央道の土岐または瑞浪ICから北上して、山間(やまあい)の小さな細久手宿を皮切りに、江戸時代の石畳が復元されている場所を歩いてみます。
その後、大湫(おおくて)宿を散策しました。
ほとんど人の気配もないような静かな山村ですが、「小さな秋」がそこここに見受けられました。
観音堂の珍しい絵天井や、不思議な飾り。ちょっとしたものに目を向けて、日本の秋を見つけました。
最後に、久しぶりにSLの写真を掲載します。恵那と中津川にあるC12とD51です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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中山道の細久手宿です。江戸から48番目、中山道を江戸から京都へおよそ3分の2進んだ辺りに位置します。
当初は、東の大湫宿と西の御嶽宿だけだったのが、両宿の間が4里半と長いこともあって間に細久手宿が設置されました。細久手宿 名所・史跡
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旅館「大黒屋」。細久手宿が設置された時に、本陣となった旅籠。
1858年の火災によって翌年再建された建物は、両端に本卯逹のある立派なものです。
公民館のすぐ前に建っているので、すぐにわかります。 -
細久手宿は、既にかつての建物はほとんどなく、住む人も限られているようです。
顔出し看板の隣に「細久手宿名所旧跡案内。細久手塾「望雲慮」跡地。とあります。 -
細久手宿から次の大湫(おおくて)宿に向かう途中に、中山道の石畳を再現した場所があります。
琵琶峠 名所・史跡
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「琵琶峠」。瑞浪市内の釜戸町・大湫町・日吉町にまたがる約13kmの中山道は比較的原形を留めているそうで、特に琵琶峠周辺の1kmは、八瀬沢一里塚や馬頭観音などが現存し、当時の面影を残しています。
平成9~12年度にかけて、整備されました。 -
「中山道 琵琶峠東上り口」の碑
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琵琶峠に向かって、石畳の道は上って行きます。
古(いにしえ)の旅人たちに思いを馳せるには、ピッタリの場所です。 -
綺麗に揃った石畳が中山道の重要性を物語ります。
これだけの整備をするには、どれだけの労力が必要だったことでしょう。 -
冬に毎年ヨーロッパに行くのですが、あちらの石畳は、石が細かくてゴツゴツしていて、とても歩きにくいです。
日本は、靴底の薄い草鞋や足袋を履くから、こんなに平らなんでしょうか。これの方が断然歩きやすいです。 -
懐かしいくぬぎの木のドングリです。子供の頃には当たり前にありましたが、今では余程の山の中に行かないと見られなくなりました。
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大湫宿を散策します。街並みの外れに無料駐車場があるので、心配なく散策できます。
大湫宿 名所・史跡
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赤くなったピーマンに秋を感じます。鮮烈ないい色です。
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民家の石段に白い秋明菊(しゅうめいぎく)が、とてもいい風情で咲いていました。
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「日本の秋」いいですねえ。
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鳥につつかれた柿が、とてもジューシーで美味しそう。
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ピントが甘いですが、秋海棠(しゅうかいどう)のピンク色の花が、華やかな画面を作ってくれます。
秋海棠って、簡単に撮れそうで、なかなか難しい花なんですね。
花が釣り下がっているから、揺れやすいというのもありますが、花の重なり具合とか、意外に構図に苦労しました。 -
いよいよ宿場町の部分です。民家におもしろい看板がありました。かつては宿屋だったのでしょうか。
瓢箪(ひょうたん)の形がいいですねえ。 -
樹液がいっぱい垂れ下がっていて、まるで「霜の朝」の風情になっています。
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古い町並みは、なんだかどこでも絵になってしまいます。
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これらの看板、おもしろくてコレクションしたくなります。
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白山神社。階段が長そうなので下から見ただけ。
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神社の灯篭の上には、柿の枝が差しかけられています。柿の実の色が秋だなあ。
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脇にある別の灯篭には、フクロウが止まっています。これは、初めてみた。
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瑞浪市のマンホールは、松に桔梗でした。
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無料休憩所「おもだか屋」です。
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民家の玄関先に、お札が貼られていました。屋根付き、箱入りです。「大般若祈祷 金城山宗昌寺」
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「大湫宿本陣跡」の看板。皇女和宮が泊まったこともあるそうです。いよいよ京都から離れて、木曽の山の中を通り、江戸に向かう道中の区切りに当たる地域です。
だんだんと深くなる山々に心細い思いをしたことでしょう。 -
この学校の校庭が本陣跡です。
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石畳と、和宮一行を模した像です。
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街並みはかなり風情を保っていて、静かでいい所です。観光客もいないので、店もない。
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公民館の中に貼られていた昔の地図。
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左の琵琶峠から来て、右の木曽方面に向かいます。
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鎖につながれた猫。面構えが「番猫?」「狛(こま)猫?」
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瑞浪市の花、桔梗が咲いていました。
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先ほど見た、屋根付き箱入りのお札の発行元に行き着きました。
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鐘楼の前には六地蔵。右の巨木はサルスベリです。
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手編みの帽子が優しさを感じさせます。
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ちょっと不思議なバナナの木と、稲刈りの終わった田んぼ。
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本堂は修復中。手前の角に小型の梵鐘のある珍しい本堂です。
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大湫宿の案内図です。中山道はここで、直角に曲がるのが分かります。
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この先は、山道になります。
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石碑がいっぱいあります。
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寺坂の石仏群
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宿場町に戻りました。おもしろい形の窓のある「門田屋」
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脇本陣。部屋数19、畳数153畳、別棟6という広大な建物でした。半分ほどの部分が現存しています。
大湫宿脇本陣 名所・史跡
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登録有形文化財に指定されている民家。
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「瑞浪市天然記念物 大湫神明神社の大杉」
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神社の階段を上がって行くと、真横にある大杉がどれだけ巨大かがわかります。
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「山神」様を祀った碑。
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新しそうですが、風格のある狛犬。
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宿場町の雰囲気が漂います。
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大湫(おおくて)観音堂への階段。
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観音堂が見えて来ました。
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その屋根には、何故か逆立ちをしている獅子。
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観音堂の右側面には、梵鐘。宗昌寺にもありました。
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「この絵天井は、虎の絵で著名な岸駒に師事した現恵那郡付知町の画人三尾静(暁峰)の描いたものです。」
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「家長草木を主に60枚描かれており、出来も色彩もよく100年の歳月を感じさせない逸品です。」
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観音堂の正面にあるガラスの嵌った格子窓ごしに、天井を撮るのは容易ではありませんでした。
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こんなに蝉の抜け殻がついた象を、初めて見ました。夏はさぞかし大合唱だったでしょうね。
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古い仏閣には付き物の、いい味わいの石像。
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「観音様の枝垂桜」樹齢約300年。高さ15m。
「約150年前に観音堂の消失の時、樹木が損傷を受けたものの、根系部が生きていたため、二代目となる樹が発芽し、生長したものの、昭和34年9月の伊勢湾台風によって樹幹が倒れ、現在の樹幹は三代目が生長したものである。」 -
高札場跡。これで、大湫宿の散策を終了します。
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恵那市の中央図書館の隣に、C1274はあります。
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不格好な檻を抱えさせられて。これだけ厳重な柵に囲まれて、それでもまだ、こんなものが必要なんでしょうか。
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昭和9年3月三菱造船㈱神戸造船所製造。
昭和25年3月に中津川機関区配属。47年廃車。走行距離15,326,079km。 -
展示用にとてもきれいに保管されていますが、足回りは塗り固めて、個体番号はまったく見えません。
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こちらは、中津川市のD51266です。まさに「籠の鳥」夜中にSLが逃げ出すんでしょうか。
もちろん盗難防止なのはわかりますが、情けない気持ちでいっぱいになります。 -
D51266。昭和14年7月18日川崎車両製造。昭和24年から中津川機関区配属。
46年4月8日廃車。走行距離2,463,532.1km。 -
細かい柵に阻まれて、視界不良ですが、ご勘弁を。
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保存会がしっかり管理しているようで、足回りはすこぶる健康です。誇らしげに個体番号が見受けられます。
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でも、こうしてまったく手の届かない物体に親近感は湧きません。保存会の人だけの占有物に見えます。
「俺たちのものだ。誰にも触らせないぞ。」という声が聞こえそうです。
SLを愛するが故でしょうが、次の世代にはどうなんでしょう。 -
どんなにがんばっても、いつかは滅びゆく物です。
それまでの間、どのように過ごさせてやるのか、地域によって千差万別です。
さて、次回は中山道きっての観光地、馬籠宿の夕景です。
素晴らしい秋の夕暮れは、宿場町の情緒を最大限に高めてくれました。
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