2015/02/23 - 2015/02/27
1988位(同エリア8886件中)
ポポポさん
アンコール遺跡3日目は丸一日自由行動でした。「天空の城ラピュタ」のモデルになったと言われるベンメリアを午前中に観光、昼食の後アンコール国立博物館を観光してオールドマーケットで買い物と食事をしてホテルに戻りました。
この日午後の写真が一枚も無いのです。全て一眼レフカメラで写真を撮っていました。なんでかな?今となっては分かりません。
そのため、旅行記ではこの間が空白になってしまいました。
そして4日目はタブロムとアンコールトムなどを観光して帰国しました。ダイジェストのような旅行記ですが、後日機会があれば詳細な旅行記を作成し直したいと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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朝一番にベンメリアの観光です。アンコール遺跡群の中心から車で1時間の距離にあるヒンズー教の寺院です。
遺跡全体が大きく崩壊していて修復されないまま放置されている寺院です。
これは東門のテラスの欄干部分のナーガです。アンコール遺跡群の中で最も破損が少なく、ほぼ完全な形で唯一残っているナーガ像で「ベスト・オブ・ナーガ」と呼ばれています。
このナーガを見るだけでもここを訪れる価値はあります。
ここの周辺はいまだに地雷撤去作業か行われており、髑髏で表示された進入禁止地区があちこちあるので注意が必要です。
髑髏マークと進入を阻むように鉄線が引かれれているので危険区域はすぐにわかります。この参道の左側一帯はまだ撤去作業が完了しておらず、危険区域、進入禁止の標識と鉄線が張り巡らされていました。観光地は全て撤去が終わっていて安全だそうです。
今回はこのナーガも見るために東口から入って中を観光します。
この遺跡はアンコール遺跡チケットでは入れず、別に5ドル料金が必要でした。ベンメリア 森林・ジャングル
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ナーガの正面。左上の蛇の頭の上の部分が欠けたように見えますが、これは写し方の問題です。それとその部分が少し後ろにそっていたようです。
お腹の細かい波形と装飾が綺麗に残っていますね。ベンメリア 森林・ジャングル
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東門です。僅かにアーチを残しているものの、大部分崩落しています。
ここベンメリアは「天空の城ラピュタ」のモデルになった場所だと言われています。映画の終盤、ラピュタが崩壊するシーンと酷似した場所にも出会えます。
この遺跡の中を歩くと、崩壊した遺跡の陰から映画で見たロボット兵がひょこっと出てくるような、そんな不思議な感覚に包まれます。
それでは私とともに遺跡の中に入って行きましょう。ベンメリア 森林・ジャングル
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ここは回廊の跡です。
ベンメリア 森林・ジャングル
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回廊の先には崩壊した塔が石の塊として残っています。
ベンメリア 森林・ジャングル
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崩壊した塔の側を進んでいきましょう。
ベンメリア 森林・ジャングル
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回廊に彫られた「ラーマーヤナ」の一節。
身の潔白を証明するために火の中に飛び込むシータ姫。そしてその上にはラーマ王子が描かれています。
シータは「ラーマーヤナ」のヒロインでラーマ王子の妃です。
シータってどこかで聞いたことのある名前ではありませんか?そう、「天空の城ラピュタ」のヒロインです。
宮崎監督は「ラーマーヤナ」のシータ姫をモデルにして「ラピュタ」にヒロインとしてシータを登場させ、クライマックスのシーンに「ベンメリア」の風景を登場させたのです。
これを理解したうえで「天空の城ラピュタ」を見ると、また違った見方ができるかもしれませんね。ベンメリア 森林・ジャングル
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崩落した回廊の側に沿って作ってある遊歩道を歩いて内部に進みます。
ベンメリア 森林・ジャングル
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遊歩道は奥へ奥へと伸びていました。
ベンメリア 森林・ジャングル
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回廊の窓はアンコールワットの回廊の窓と同じ様式です。
窓の中には縦に5列に球を連ねたようなものがありますが、これが寺の格式を表しているそうです。
つまりベン・メリアはアンコールワットと同等の格式を持つ大寺院だということがこれで分かります。
確かにベン・メリアは崩壊してはいますが、多くの長い回廊を持ち、その周りを回りながら中に入って行きました。
途中から遊歩道は上へ上へとあがっていきます。ベンメリア 森林・ジャングル
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上がる途中から見た回廊と内部の風景。
ベンメリア 森林・ジャングル
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さらに上に上がります。登り切った所が中央祠堂ですが崩壊していました。
ベンメリア 森林・ジャングル
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登りきるとこのように渡り廊下がある建物がいくつかありました。
別棟になっているので経蔵でしょうか。ベンメリア 森林・ジャングル
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中央祠堂を囲む回廊。木の根や蔦が絡み、さしずめジャングルのなかの廃墟のようです。
ここに至る回廊の中は光が差し込まず暗くなっていました。ベンメリア 森林・ジャングル
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これは先程と同じ建物です。廊下と思われたのは空中参道でした。とすると経蔵ではなくこれも祠堂でしょうか。
ベンメリア 森林・ジャングル
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ここにも空中参道と祠堂と思しき建物があります。
ベンメリア 森林・ジャングル
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これは先程の回廊を別方向から見たもの。
ベンメリア 森林・ジャングル
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奥に長い回廊が通っています。ここは外見上さほど崩壊はしていないよいうです。
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少し進むとまた崩壊した建物がありました。
ベンメリア 森林・ジャングル
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崩壊した回廊の跡からは木が生えている。
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ここも崩壊した回廊でしょうか。岩の陰からロボット兵が出てきそうです。
ベンメリア 森林・ジャングル
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木々に占領され、壊されて行った寺院。
ベンメリア 森林・ジャングル
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崩壊した門の跡。何門でしょうか
ベンメリア 森林・ジャングル
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基壇がありますがここは何があったのでしょう。自然の力は恐ろしい。時をかければ何もかも破壊してしまいます。
ベンメリア 森林・ジャングル
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2本の柱のみ残って立っていますがその側には大きな木の切り株がありました。
発見された時は、ここはジャングルの真っただ中だったんでしょうね。ベンメリア 森林・ジャングル
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回廊です。この回廊は結構原形をとどめていました。
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回廊の外に出て外周を回ってくると門の跡がありました。周囲は激しく崩壊していますが、門と上部の破風部分は形をとどめています。
門の壁にはデバターが残っていましたが、顔は風雨にさらされ摩耗していました。
どんなお顔だったのでしょうか。ベンメリア 森林・ジャングル
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門の上には木が生えており、根を石の隙間に食い込ませたり、石壁の周囲に張り付けていました。
ベンメリア 森林・ジャングル
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しばらく歩くとまた門か塔のような建物がありました。
ここは回廊が全て崩壊し、廃墟のような印象でした。 -
中央祠堂から回廊を何か所も通り抜けて寺の外に出て、寺の周囲を巡って最初の東門に戻ってきました。
東門の全景です。ここは記念撮影する人が絶えず、風景のみの写真を撮るのは困難でした。
最初に掲載した東門の写真は人をカットして写したものですが、ここは全体を撮らないと雰囲気が伝わらないだろうと思い、全景を撮ったしだいです。
ベンメリアは規模こそアンコールワットに比べると少し小さいんですが、環濠を有しアンコールワットとの類似が多く「東のアンコールワット」とも呼ばれるそうです。
崩れて苔むした瓦礫の中や屋根の上を歩いたり、蔓が絡みあった場所や暗い回廊の中を通り抜けたりと、ジャングル探検の疑似体験ができてこの遺跡は非常に面白いです。この遺跡はこのまま崩壊したままの姿の方がずっといいと、観光してつくづく思いました。
是非にも観光されることを強く勧めます。
この後レストランで食事をし、自由行動です。ホテルに帰る途中アンコール国立博物館で降ろしてもらい、内部を観光しました。ベンメリア 森林・ジャングル
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アンコール国立博物館の入場チケットです。
大人は12ドル。この入場料もカンボジアの物価と比較するとかなり高いと思います。日本国内の入場料と余り変わりません。アンコール国立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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写真撮影は禁止でしたからパンフレットで雰囲気を想像してみてください。
アンコール遺跡から出土した石像、レリーフ、碑文や仏像など秀作が展示されていて、各時代や各遺跡の説明、仏教からヒンズー教へ移った様子などをビデオ映像で詳しく説明してありました。
アンコール遺跡はこの博物館で事前知識を入れて観光されたらもっと理解が深まると思います。アンコール国立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ここで一番素晴らしかったのが「千の仏像」です。
ここにある仏像はカンボジアにある仏像の中でも秀逸な物が展示されてあり、素晴らしいコレクションに圧倒されました。
1階のミュージアムショップにはクメールシルクや綿を使用した衣料品、生地、小物、クロマー(カンボジア式スカーフ)などが展示されていました。
ここの商品は色、柄、デザインともに素敵なものが多いですが、値段は高いです。
4トラメンバーさんのアドバイスでは、ここでお気に入りの色やデザインを調べておいて、オールドマーケットで似たような商品を安く買うという記事がありました。
私もその方法を踏襲しました。その後皆(5人)でトゥクトゥク(バイクの後ろに座席を取り付けた乗り物)に乗り、オールドマーケットで各々買い物をして三々五々ホテルに帰りました。
オールドマーケットでは日本語が話せる店員を置いている店が結構あります。また日本語が話せなくても片言の英語で十分通じます。
店側は電卓で価格を表示してくるので、交渉し易いです。
まずここでは売値を倍がけ以上の価格で言ってくるので、半値から値下げ交渉しました。クメールシルクのクロマー(カンボジア式マフラー)を買うつもりだったので何件かの店を見て回り、そのうち2件に絞って値下げ交渉。
機械織りのシルクは交渉次第で値切れましたが、手織りのクメールシルクは半値がいっぱいいっぱいでした。
結局、気に入った色・柄の在庫が多い店に絞ってクメールシルクと機械織りのシルクとを取り混ぜて5枚(妻と娘と義姉の3人分)を買うことにしたらクメールシルクも半値以下にしてくれて、かなりお得な買い物ができました。ちなみにこの店の娘さんは日本語が十分通じました。
さらに息子と私用にTシャツが買いたいと伝えると、これまた安い店を紹介してくれました。
ここでの買い物は終了です。後はオールドマーケットの中にあるレストランで食事をしてホテルに戻りました。
レストランはトリップアドバイザーでリーズナブルだけど美味しい店として評価の高い店で、料理2品とビールで7ドルでした。料理はボリューム十分で2品で満腹になりました。
帰りはマーケットの前でトゥクトゥクを捕まえて2ドルでホテルまで帰りました。
昨日今日と結構歩いたのでホテルでフットマッサージをしてもらいました。
フロントで時間の予約を取り、マッサージルームでやってもらいましたが、これ1時間で10ドルです。日本と比べるとべらぼうに安い。
ちなみに全身アロママッサージは25ドルか30ドル、どちらかだったと思います。これKさんの奥さんが受けられたそうで、翌日は別人のようにはつらつとされていました。
マッサージ師は50歳程の女性でしたが、この人上手です。足の痛みが無くなり、疲れがすっかり取れました。
これで今日はぐっすり眠れます。アンコール国立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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今朝は4時30分起きです。アンコールワットの朝日鑑賞のため5時30分にホテルを出発しました。
昨日深夜3時過ぎに韓国人観光客がドアを開け、ギャーギャー、ワーワー喚いて廊下をドドドドドと走って行き、おかげで起こされてしまいましたが、煩かったのはこのために早起きしたんですね。
同じことをするのにも我々日本人は迷惑かけないように静かに行動するのに、えらい違いです。
アンコールワットの聖池に来てみると、もう池の周りは何重にも人に埋め尽くされ、ベストポジションはありませんでした。
仕方ないので人垣の後ろの方から朝日を拝みましょう。アンコールワット 史跡・遺跡
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明るくなりましたが朝日がありません。いや朝日が見えないんです。厚い雲に覆われてしまい、全然見えないんです。ただ日は登ったんでしょう。周囲が次第に明るくなってきました。
一昨日の夕日鑑賞といい、今回は太陽さんに見放されてしまいましたね。アンコールワット 史跡・遺跡
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いくら待っても昇る太陽が見えないんで皆でホテルにもどります。
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こんなアンコールワットのシルエットも素敵でしたよ。
アンコールワット 史跡・遺跡
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さらに周囲が白んできました。このまま西塔門から出ます。
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西参道の向こうには朝早くからバルーンが上がっていました。
アンコールワット 史跡・遺跡
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昨日自由行動で、このバルーンに乗られたご夫婦がいらっしゃいました。
高さは写真の高さですが、あの高さからアンコールワットの全景が見えるそうです。
あれ以上は上がらず、あのバルーンはアンコールワットの景色を見るためだけなんだそうですが、空から見るなんてそうそうできないから、このバルーンは有りですね。
これ15ドルだったそうです。
もしまた来る機会があったら、今度はこのバルーンに乗ろう。アンコールワット 気球 アクティビティ・乗り物体験
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早朝から出かけたのでホテルでゆっくりして9時に出発しました。
今日最初の観光地はプリヤ・カンです。
プリヤ・カンは1191年ジャヤヴァルマン7世(アンコール王朝がインドシナ半島の大部分を領土にし一番栄えた時代の王様)がチャンパ軍(ベトナム軍)との戦勝を記念して、父の菩提寺として建てた仏教寺院です。
ここは東塔門。プリヤ カーン 史跡・遺跡
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振り返って見た東塔門。
プリヤ カーン 史跡・遺跡
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第二塔門です。門の左の木は門壁をまたいで立っているスポアンの木です。
プリヤ カーン 史跡・遺跡
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塔を潜るとテラスがあり、その先が中央祠堂です。
これ以降は写真を撮っていませんでした。プリヤ カーン 史跡・遺跡
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寺院の周りにあった巨木の切り株。樹齢うん百年の巨木でしょうが、こんな巨木が境内のあちこちにありました。
プリヤ カーン 史跡・遺跡
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境内を回り、入ってきた東塔門から出てバスに戻ります。
プリヤ カーン 史跡・遺跡
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次に観光したのがタ・プロームです。ジャヤヴァルマン7世が母のために建てた仏教僧院でしたが、その後の王がヒンズー教に改宗したため、ヒンズー教の寺院に改造されてしまいました。
そのため、仏像の顔が多数削り取られています。
僧院としては膨大な規模を誇った寺院で、碑文からは創建当時僧侶が5000人と踊り子が615人住んでいたそうです。
この寺院は樹木の根の浸食が進んでいる光景が随所に見られることで有名です。
また映画トゥームレイダーの撮影現場としても有名です。この映画を見ればジャングルのシーンで木の根に押し潰されそうな寺の個所が次々と出てきます。
そう、子供の頃見た雑誌の挿絵は蔦が絡まったアンコールワットの第三回廊の姿とタ・プロームが大木の根に押しつぶされそうになった姿でした。
小学生の頃挿絵で見た場所に今来ているんです。
この寺は私の思い入れもあり感動ものでした。
さて、ここは東門とその前にあるテラスです。タ プローム 寺院・教会
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この寺は各所で修復がされており、その修復個所のビフォーアフターです。
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ここもビフォーアフター。中央祠堂へと続く参道の様子です。
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東門を入るとスポアンの大木に押しつぶされそうな景色があちこちに。
これは蛇のようにうねるスポアンの根。一部の根は石の隙間に食い込んでいました。タ プローム 寺院・教会
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東門を押し潰そうとしている木の根。
タ プローム 寺院・教会
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同じく東門に寄生しているかのようなスポアンの根。これは別方向から見た様子。
タ プローム 寺院・教会
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タ・プロームで最も有名な巨木と根。
ここは誰もが記念写真を撮る写真スポットです。トゥームレイダーでも映画の中に出てきました。
ここの場所は中央祠堂の南西側の回廊です。タ プローム 寺院・教会
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大きな木の根に蹂躙される回廊。
遺跡を保存した当初はこのような木も同じように残すとの見解で今日まで来ましたが、根の浸食が年々進んで建物を傷つけるので切り倒そうという意見も出ているそうです。しかし、木を切り倒すと一挙に崩壊が進むことが懸念されるためにどうするか意見がまとまらないそうです。
この寺院に限らず他の遺跡でも、直接損壊に会わない個所ではどんどん伐採されていました。
でもここは難しいかも。タ プローム 寺院・教会
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西側入り口の塔門側にある塔です。スポアンの根が突き刺さっていました。
この角度では分かり難いので角度を変えてみましょう。タ プローム 寺院・教会
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見てください。根がナイフのさきのように突き刺さっています。
物言わぬ塔もこれは痛そう。
木の根が浸食している場所はここが最後です。
ここから中央祠堂の中に入り、東門に向かいました。タ プローム 寺院・教会
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次はタ・プロームのすぐ近くにあるバンテアイ・クディです。
ここは上智大学のアンコール調査団が発掘調査している仏教寺院で、真向かいに王が沐浴に使用したスラ・スランという池がありました。
この寺も12世紀末にジャヤヴァルマン7世が建立した仏教寺院です。
この寺の境内から上智大学の調査団が274点の仏像や仏頭、破片を発掘し、日本でも一躍有名になった寺院です。
実はこの仏像はジャヤヴァルマン7世没後に行われた廃仏毀釈で破壊されてしまいました。
しかし、長く仏教を信仰してきたアンコールの人々は破壊された仏像を集め、境内の一画に塚を立てて丁寧に埋葬していたのです。
それが調査団の手によって掘り起こされ日の目をみたのです。
寺院の中では仏像は全て取り払われ、ヒンズー教の神々が収められていました。境内から仏像が多数見つかったことから、この寺院がかつて仏教寺院であったことが証明されました。
この寺の写真はこの一枚でしたが、写真は回廊の一部を移したものです。
またこの寺の参道では衝撃的な出来事がありました。
この参道の両側には絵画を販売する店が並んでいました。油絵を描いて販売する店で、どこの国にもこのての店は沢山あります。
ここには健常者に交じって右腕のない青年や、足を失った青年たちが筆を握って実際に絵を描いているんですが、どの絵も素晴らしい出来なんです。いずれも地雷で手や足を吹き飛ばされた人達でした。
「どの絵も僕が書いた絵なんだよ。1枚10ドルです。買ってください。」と片言の日本語で青年が話しかけてきます。彼は右の二の腕から先がありませんでした。
行きはガイドさんに付いて行かないといけないので無視する形になってしまいましたが、帰りはまだ時間の余裕がありました。彼が一心不乱に絵を描いている姿を眺めていましたが、器用に左手で筆を握り右手で書くように上手に絵を描いていました。
彼は私に気が付いたのか、すぐ買ってくれと交渉してきました。彼は右腕の二の腕から先を地雷に吹き飛ばされたようです。
この青年から絵を買おうかどうしようかと考えを巡らしていると、彼よりももっと障害がひどい少年がいることに気付きました。その子も器用に絵を描いているんです。そして上手です。その少年も地雷で手足をもがれたようです。
私が青年と話している時、その子も私をみていたようです。絵を買うなら障害の程度が大きい少年から買ってあげるべきではないかとかいろいろな思いが噴き出て、結局自分の考えに収拾がつかなくなりその場を離れてしまいましたが、今でもその時の青年の事がふと思い出されます・
地雷の被害に合った人に接したのは初めてでしたから、その悲惨さには衝撃を受けました。
全世界で地雷撲滅に取り組んでいますが、確かにその通りだとつくづく思いました。バンテアイ クディ 史跡・遺跡
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道路を隔ててバンテアイ・クデイの向かい側にあるスラ・スラン、王の沐浴場です。
沐浴場の水は濁っていて現在ではとても沐浴ができるような状態ではありませんでした。
ここはテラスの部分ですが周囲にはナーガの欄干があったそうです。その欄干は取り払われテラスの左側に並べてありました。スラ スラン 史跡・遺跡
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テラスの左横の空地にナーガの欄干や石材が置かれていました。
この欄干の先の彫刻はガルーダのようです。スラ スラン 史跡・遺跡
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たぶんこれらの石材や部材がテラス等を飾っていたのでしょう。
この後市内に戻りタイスキの昼食を取りました。私はタイスキは初体験でしたが、これは美味しい。完全にはまってしまいました。
暑い国で暑いタイスキを食べるんですから、レストランでいい汗をかきました。
この後はお決まりのホテルで休憩タイムです。
午後からの観光に備えてゆっくりしましょう。ベッドの上で横になると寝てしまいそうなので、椅子にもたれて休みました。スラ スラン 史跡・遺跡
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午後の観光はアンコールトムです。
アンコールトムはジャヤバルマン7世が建設した城郭都市で、アンコールワットの北にあります。
この都市の中心には仏教寺院バイヨンがあり、その北に王宮がありました。
アンコールトムには5つの門があり、ここはその一つ南大門に至る道です。
南大門の道の両側には神々と阿修羅がナーガの胴体を引き合う乳海攪拌の像が設置されていました。
こちらはナーガの胴体を引き合う神々の像です。アンコールトム 建造物
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道路の右は同じくナーガの胴体を引き合う阿修羅像があります。
そして道の奥に見えるのが南大門です。アンコールトム 建造物
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阿修羅像の一部は首が無いため補修されていましたが、石の質感と色が全然違うのでちぐはぐな印象でした。
南大門の上は観世音菩薩の四面塔になっています。近寄って見ると大きいのでかなり迫力がありました。
南大門の間口は狭いので大型バスは通れません。私達のバスはマイクロバスでしたが、観光のため歩いてこの門から入場しました。アンコール トム 南大門 史跡・遺跡
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ここではバイクやトゥクトゥクが引っ切り無しに走っています。有名な観光地なので個人で観光される人はトゥクトゥクを主に利用するからです。
アンコール トム 南大門 史跡・遺跡
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南大門を潜った少し先から再びマイクロバスに乗り、真っすぐ走った先にバイヨンがありました。
ここはバイヨンの回廊です。
バイヨンの第一回廊と第二回廊にはレリーフの秀作があり、そのレリーフからは当時の生活を窺い知ることができます。バイヨン 史跡・遺跡
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クメール軍とチャンパ(ベトナム)軍との水上戦闘の様子ですが、真ん中では水中に落ちてワニに食べられる様子が描かれています。
バイヨン 史跡・遺跡
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クメール軍部隊の様子。
バイヨン 史跡・遺跡
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こちらはチャンパ軍。
バイヨン 史跡・遺跡
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クメール軍の軍船の中で両軍入り乱れて戦っているようす。
バイヨン 史跡・遺跡
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クメール軍の軍船。
バイヨン 史跡・遺跡
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戦闘シーンの下には人々の日常の風景が描かれています。
バイヨン 史跡・遺跡
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王宮内の様子でしょうか。真ん中の女性はアプサラの踊り子のようにも見えますが。
海上戦闘のように鮮やかに残っている物もありますが、このように摩耗して判別がつかないレリーフもあります。バイヨン 史跡・遺跡
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これは出産のシーン。
バイヨン 史跡・遺跡
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観世音菩薩の四面塔です。
バイヨン 史跡・遺跡
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回廊の門の上にも観世音菩薩四面塔があります。
バイヨン 史跡・遺跡
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寺の内陣に入ると、通路の両側におびただしいほどの観世音菩薩四面塔が建っていました。
バイヨンには合計49のの観世音菩薩の四面塔があります。そしてアンコールトムの5つの門の上にある観世音菩薩の四面塔と合わせて合計54の観世音菩薩四面塔がここには建っているのです。
バイヨンはアンコールトムの中心にありここから四方に幹線道路が伸びていました。
そしてバイヨンは古代インドの世界観で中心にそびえる聖なる山、神々が住み神が降臨する山である須弥山を具現化して造られた寺院だそうです。
ジャヤヴァルマン7世は仏教的世界観を壮大なスケールでこの世に具現化しようとしたとてつもない王様だったようです。バイヨン 史跡・遺跡
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右の建物が中央祠堂。それを取り囲むように沢山の観世音菩薩四面塔が立ち並んでいます。
バイヨン 史跡・遺跡
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中央祠堂の周りを巡ると次々と異世界に足を踏み入れるような感覚に陥ります。
バイヨン 史跡・遺跡
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ここは中央祠堂のすぐ側の3つの菩薩の顔が並んで見える場所です。
バイヨン 史跡・遺跡
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ここはバイヨンの内陣の中でも広い場所で、周囲にある観世音菩薩の四面塔をぐるりと見渡すことができます。
バイヨン 史跡・遺跡
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北口から外に出てバプーオンに向かいます。
バイヨン 史跡・遺跡
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バプーオンです。
「隠し子」という意味を持つ遺跡で、三層のピラミッド型のヒンズー教の寺院です。
この寺院には200mの空中参道が続いています。
今観光客が渡っているところが空中参道ですが、正面からは分かり難いので、横から写真を撮りました。バプーオン 史跡・遺跡
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これが空中参道です。参道を渡ったところがバプーオンです。
この参道は高さ2mの円柱が3列に並べられてできているそうです。バプーオン 史跡・遺跡
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象のテラスと呼ばれる350メートルに渡って伸びているテラスの側面を飾っているガルーダとガシャシンハのレリーフ。
象のテラスと呼ばれるように像のレリーフもありましたが、その姿はコンデジでは写していませんでした。象のテラス 史跡・遺跡
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王宮内に建っているピミアナカス。
王宮は木造だったので残っていません。王宮の跡地にはこの建物と女池、男池という沐浴に使用した池が残っているだけです。
この建物もヒンズー教の寺院で「天上の宮殿」という意味があります。
赤いラテライトの三層積ピラミッド型の小さな寺院です。ピミアナカス 史跡・遺跡
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ピミアナカスの全景。この建物の階段の勾配は70度と急勾配のため、正面奥の西側の階段が登りやすいそうです。
王宮はこの奥にありますが時間の都合で省かれました。実は今回のツアーは老人クラブのツアーのようなもので、大半の参加者がバイヨン観光が終わるとギブアップしてしまい、象のテラスの日陰の所で座って待っていたんです。観光を続けたのは6人だけでした。
この跡ライ王のテラスから像のテラスを見て合流。バスの車窓から南北クリアンやプラサット・スゥル・プラットを観光して日本人が経営する民芸店で買い物でした。この民芸店では黒胡椒や半乾燥のマンゴーを購入しましたが、アンコールクッキー店よりは価格が良心的で安かったです。天然ハーブ石鹸は奥さん方に人気でした。これも安いと言って購入されていました。
その後夕食を取って空港に向かいました。
以降は写真がないので記憶に残った出来事だけ記事で紹介します。
空港に着くとガイドのサボットさんからEチケットを貰い、チェックインカウンターに向かいました。ここもお役所仕事でとにかく時間がかかります。相当またされました。まだ春節の影響で中国からの観光客が多かった事が一因でもあります。
その後手荷物検査の所でひと騒動ありました。
韓国人の旅行客が手荷物の中に果物を入れていることが発覚、それ以降韓国人は全員手荷物を開けて調べられることになりました。韓国人の旅行客は多いんですよ。
これで手荷物検査場は大渋滞です。私が並んだ前方の観光客は幸いなことに中国人だったので、わりとすんなり進みました。
大迷惑を被ったのが韓国人旅行客のグループと同じ列にならんだ人達です。
ギリギリで搭乗手続きに間に合った人もいらっしゃいました。
やはり出国時は何が起こるか分からないので、相当時間委余裕をもって空港に行っておくべきだと思いました。カンボジアの空港は特にです。
20時にシュムリアップ空港を離陸してハノイのノイバイ空港で乗り継ぎし、翌日の朝福岡に到着しました。
暑い国での観光でしたが、皆さんお疲れ様でした。ピミアナカス 史跡・遺跡
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