2015/02/23 - 2015/02/26
1697位(同エリア8881件中)
ポポポさん
旅行はヨーロッパと決めていたのに、どういう訳かアンコールワットに行くことになりました。欧州の冬は寒いので私自身も11月〜2月はシ−ズンオフと決めていたのに、たまたまアジアはこの時期は乾期だということを知ると「行きたいな」という思いがフツフツと沸いてきて、その思いが一人歩きし始めるともう止められない。
で、結局冬場にアジアに行くことに。で、何処に行こうかなとあれこれ考え始めたら、やはり小学生の時に読んだ雑誌に紹介されていたジャングルの中で発見された都、アンコールワットだ。そう、ここにしようと旅行先を決めて、あとはどのツアーにしようかな。
色々考えて、添乗員はいないけど、現地の係員が案内するってのが安くて良さそう。一日はフリーの自由行動があるけど、後は全部食事付きで5万円。このツアー安い。このツアーに決めってことでベトナム航空の飛行機に乗って福岡空港を出発しました。
この時は旅行記を作るつもりはなかったので、主に写真は一眼レフカメラで撮っていました。メディアがCF(コンパクトフラッシュ)のためパソコンの容量を考えると取り込めないため、今回の写真は少なくダイジェスト版のような仕上がりになりました。内容的には不十分ですが、アンコール遺跡の雰囲気を感じ取っていただけたらなと思います。
2月23日 福岡空港〜ハノイ(乗り継ぎ)〜シュムリアップ(泊)
2月24日 アンコール遺跡群観光
シュムリアップ〜バンテアイ・スレイ〜プラサット・クラ ヴァン〜東メボン〜
アンコールワット〜プレ・ループ〜シュムリアップ(泊)
2月25日 シュムリアップ〜ベンメリア〜シュリアップ(泊)
2月26日 シュムリアップ〜アンコールワット〜タ・プローム〜バン ティアイ・クディ〜スラスラン〜プリヤ・カン〜アンコー ル・トム(南大門、バイヨン、パプーオン、ピミアナカス 他)〜シュムリアップ〜ハノイ
2月27日 ハノイ〜福岡(機中泊)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
今回は初めてのアジア旅行です。旅行会社からは現地での食べ物や飲み水及び犯罪(盗難、スリ事件)について事前に詳しい注意書きを貰っていました。
1週間前にはカバンをひったくられた日本人女性がカバンを取り返そうとして拳銃で撃たれたそうです。
期待に胸が膨らむ一方で、犯罪も多いらしく不安も入り混じった心境でした。さらに今回はツアー旅行ですが添乗員の同行は無く、シェムリアップの空港を出た所で現地の駐在員が待っているということでした。
海外旅行初心者の私が出国から入国まで一人で間違いなくできるでしょうか?またハノイのノイバイ国際空港では乗り継ぎがスムースにできるのか不安で一杯でした。
事前にネットで出入国カードの書き方を調べたり、ノイバイ空港の見取り図を見ながら、先輩4トラメンバーさんの旅行記を見ながら乗り継ぎをシュミレーションしていましたが、途中で疲れてしまいました。
もう、いいわ。出たとこ勝負よ。
こうして集合時間8時30分の30分前に福岡空港の国際線ターミナル3階出発ロビーに到着したのですが、ここでは驚くことが起きていました。
出発ロビーが多数の中国人に占拠されていたんです。
通路には中国人が溢れ、中国語の怒号が飛び交っています。チックインカウンターの周りにも中国人の列が何重にもなって取り巻いています。右も左も前も後ろも中国人だらけでした。「本当に中国人に乗っ取られたのか?」と一瞬思いが頭の中を駆け巡りましたが、まさかそんな事があろうはずもない。
この人いきれに慣れて見てみると、大きな山のような荷物を一組の夫婦が2山も3山も持っているではありませんか。この夫婦に限らず他の人たちも。
これが噂の爆買いです。実際見てみると量の多さにビックリします。でもなんでこんなに中国人ばかり多いのか?
今は2月だよねと考えていたら、ふと思いだしました。そう、今は中国の春節なんですよ。よりによって一番規模が大きい民族大移動の期間中に、それもアジア旅行を選んでしまったんです。これではどこに行っても中国人だらけでしょう。
旅行のしょっぱなから悪い物を見てしまいました。福岡空港 空港
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福岡からは帰国する中国人が大部分だったようで、ベトナム行きに乗る中国人は少なかったです。
チェックインの順番を待っている時に、唐津市から参加されたご夫婦(Kさん夫婦)が同じツアーに参加され、海外旅行のベテランであることが判明しました。欧州とアジアの国を交互に旅行されているそうです。
このお二人とお近付きに慣れたのが心強かったです。一緒にハノイの乗り継ぎやカンボジアの入国手続きをすればいいので、随分気持ちが楽になりました。
出国手続きを終えたので飛行機に搭乗しましょう。 -
福岡空港を出発し、水平飛行に移るとすぐに機内食(昼食)が出てきました。これは美味しかったので完食。
飛行機は古いタイプなのでビデオシアターはありませんでした。
こういうこともあろうかと、持ってきた文庫本を読みながら時間をつぶしました。 -
ハノイのノイバイ国際空港に到着しました。到着口に向かう通路の途中からエスカレーターを登って乗り継ぎ口に向かいました。私は旅慣れたKさんご夫婦の後付いて行きました。
ここの免税店はぼったくり店として有名なんだそうです。洋酒を福岡空港の免税店の価格と比較すると同じ銘柄で1.5倍がけしてありました。その他の洋酒もです。
やはり高いですね。でもこの店に限らず他の店でも値段を高く表示してありました。
すぐ分かるのになんで高くしているんだろか?中国人狙いでしょうか。ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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乗り継ぎの待ち時間が3時間余りありました。空港の売店でミネラルウォーターを購入して水分補給しておきましょう。これは1本1ドルでした。
ベトナムでは現地通貨のドンの他にドルが使えるようで、両方の通貨で価格が標記されていました。
この待ち時間に北九州市で薬局を経営していらっしゃる店主のご主人(一人参加です)と話が弾み私たちのグループは4人になりました。
これに現地のホテルで一人参加の女性が加わってアンコール遺跡はこの5人で行動することになりました。ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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次の飛行機は16時35分発のVN841。シェムリアップの到着は18時15分の予定です。
搭乗ゲートで待っていると韓国人旅行客がドヤドヤと押し掛けてきました。大声で喚き散らしています。とにかくうるさい。売店で一人の男性がベトナムの笠を買うと次々の買い始めて完売。
これを被ってカンボジアに入国するようです。もっとお静かに願いたいものです。この大量の韓国人が同じ飛行機に乗るかと思うとげんなりです。ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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定刻より1時間遅れてノイバイ空港を出発しました。
機内は案の定韓国人が多いです。中国人も多かったのですが、私の周囲は韓国人だらけ、窓際の席だったのですが席の前も後ろも横も全て韓国人。韓国語が渦巻く中に閉じ込められてしまいました。ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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飛行機はそんなこと関係なしに離陸していきます。
ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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飛行機が水平飛行に入ると酒を各々が飲み始め、会話のボルテージが上がってきました。
周りの迷惑なんか関係ないと言った様子でピッチを上げて飲んでいましたが、そのうち酔っぱらって寝入ってしまいました。
これでやっと静かになったので、この間に出入国カードを書いておきました。 -
幸い私の隣に座った韓国人の男性は周囲から酒を勧められても飲まず、静かにしてくれていたので助かりました。
周囲が煩かったので、私に気を使ってくれたのかもしれません。 -
1時間遅れでシェムリアップ空港に到着しました。
着いた時はすでに日が落ち、夜の帳が降りようとした時間帯でした。シェムリアップ国際空港 (REP) 空港
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歩いて到着ロビーに向かいました。ここでも春節の影響で中国人の観光客が多い。到着した飛行機には韓国人と中国人が半々程度入っていたのではないでしょうか。
日本人観光客らしい姿はあまり見かけませんでした。
到着ロビーで入国審査を受ける前に「Helth Declaration Travelers(旅行者の健康申告書)」の提出を求められました。
私達のツアー客は事前に記入例を貰っていたので、特段困ることはありませんでしたが、個別に参加された方で事前に準備されていない方は記入の要領が分からず困っておられたので、記入例を見せてあげました。
その用紙を建物の入り口にいる係官に渡して入国審査に並びましたが、ここが大混雑でした。シェムリアップ国際空港 (REP) 空港
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外は日が落ちこんな様子でしたが、入国審査は遅々として進みません。入国審査官は国家公務員だと思いますが、変にプライドだけが高い官僚のように踏ん反り返って、態度がすごく横柄でした。これはベトナムでも同じです。
カンボジアはベトナムに侵攻され実効支配を受けていたので、こんなところにもベトナム流が影響しているのかもしれません。
ここでは入国審査の時に両指と両手の指紋を取られます。特に私が並んだ列は進み具合が遅く、審査官は度々離席していました。
どうも指紋を撮る機械の調子が悪いようでした。離席していたのは機械の調子が悪いので操作方法を聞きに行っていたようです。その後技術員らしき係員がやってきましたが、復旧不能のようでした。
この間30分以上なんら説明がないまま待たされてしまいました。結局は指紋を取られずに入国できましたが、係官の対応はお粗末でした。
こんなに待たされるなら、この空港でビザを取ればよかったと思いました。(阪急交通社にビザの取得を依頼したら代行手数料込みで1万円取られました。)
当時空港で取るなら20ドルだったと思います。空港の方が安いのでそちらでビザを取りたいと旅行会社に交渉したら、ビザの申請にどのくらい時間がかかるか分らないので、日本でビザは取ってほしいと言われたんです。
まさかこんなに待たされるとは思いませんでした。1時間30分程度待たされたと思います。
空港を出口では各ホテルからの出向いが多数待っていましたが、夜で暗いためどこに現地係員がいるのか分かりませんでした。
Kさんご夫婦と3人でウロウロしているとカンボジア人の男性が声をかけてきました。そう、現地係員というのは現地のガイドさん、名前はサボットさんでした。
ようやく全員が集合して2グループに別れ、マイクロバスで食事に行きました。
私達のグループはレストランでクメール料理の食事でした。別のグループはホテルで食事でした。
そのクメール料理は大変美味しかったです。
店も料理も写真を撮っていないのですが、クメール料理では香辛料が程よくきいていたアモック(雷魚の料理)の料理が美味しかったです。
旅行中色々なレストランに入りましたが、クメール料理ではこのレストランが一番おいしいと思いました。
残念ながら写真がないのでレストランの名前が分かりません。しかも到着してすぐの夜だったので、どこをどう車が入ったのかも分かりませんでした。
もう一度ここの料理を食べたかったのですが、一緒に行った人も分からないと言っていました。後で思うとあの時ガイドさんにレストランの名前を聞いておけばよかった。シェムリアップ国際空港 (REP) 空港
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そうこうしてホテルに着いたのが夜の10時30分でした。
明日はホテルを8時20分に出発しますが3連泊なので荷物の整理をしなくても済みます。そういう意味では今日は遅くなっても問題なし。
ホテルはシティ・アンコールホテル。シュムリアップでは古いホテルに入るそうですが、なんら不自由はありませんでした。
フロントでは日本語が話せるスタッフがいて、たいへん親切に応対してもらえました。
室内の老朽化は否めませんがシタン材を使用しており、いまだに豪華でした。
ミネラルウォーターが毎日2本サービスで付くのも有難かったです。
ベッドはダブルベッドでふかふか。これを一人で独占できるとは嬉しい。シティ アンコール ホテル ホテル
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室内の様子。籐椅子です。
それから、ウエルカムドリンクあり。マンゴージュースです。冷たくて美味しかった。シティ アンコール ホテル ホテル
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室内の様子。
シティ アンコール ホテル ホテル
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ポットあり。ハーブティーのティーバックが付いていました。
シティ アンコール ホテル ホテル
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洗面室。アメニティーは一揃いありました。
写真には写っていませんがヘアードライアーもありました。シティ アンコール ホテル ホテル
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バスタブ付き。湯の温度もすぐ熱い湯が出ましたので問題なし。但し湯の色は少し茶色がかっていました。
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朝撮ったホテルの全景。外観は立派な風格のあるホテルです。
旅行会社のクラスではスーペリアクラスだそうです。ワンランクアップのデラックスホテルに宿泊したのが別のグループです。
5千円加算でワンランクアップとパンフには書いてあったのですが、一人参加者は1万円加算なんだそうです。
ホテルのワンランクアップは一律に5千円加算で変わらないそうですが、一人参加者は旅行代金が5千円プラスになるそうです。
なぜ一人参加者だけ旅行代金が高くなるのか理由を聞いても明確な回答がなく、合計で1万円高くなるとの説明に終始しました。
他の旅行会社ではそんなことがあるんでしょうか?結局納得がいかないのでホテルのランクアップはせず通常の旅行代金のコースにしましたが、後でこれが大正解だと分かりました。シティ アンコール ホテル ホテル
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デラックスホテルはリゾート&スパのホテルでしたが、いろいろな面で私たちが宿泊したホテルの方がいいことが分かったのです。ホテルの外観だけでもシティ・アンコールホテルの方がいいと言っていました、
一番大きいのは日本語が話せるスタッフがいなかったことでしょう。シティ アンコール ホテル ホテル
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ホテルの一階奥にレストランがありました。レストランは広いです。
生野菜、果物、生ジュースが豊富にありましたが、生野菜は避けることにしました。シティ アンコール ホテル ホテル
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レストランにある調度品類。
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オムレツはその場で作ってくれますが、これが美味しいです。
これはお勧め。ベトナムのホテルも同じ方式ですが、このホテルのオムレツはいいですよ。シティ アンコール ホテル ホテル
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こちらはフォーです。
お好みに合わせてパクチーやライムをいれて食べますが本場のベトナムに負けない美味しさでした。
フォーの種類は3種類あって毎日入れる具が変わります。私は3連泊したので全てのフォーの味を体験しましたが、どれも甲乙つけがたくて美味しかったです。
カンボジアではここのフォーが一番美味しかったですね、 -
今朝の朝食です。おかゆもありました。おかゆに入れる具も色々あって、具によって味が変わるのでいろいろな味を楽しむことができます。
フルーツはドラゴンフルーツとパイナップルとバナナ。この他にまだあったと思うんですが、この時はもう無くなっていたのかもしれません。
中国人の食事の後にはぺんぺん草も生えないそうですから。(笑)
私にしてはハムとかそういうものを取っていないので、無くなっていたのかもしれませんね。よくは覚えていないけど。 -
食事の後はフルーツとジュースにコーヒー。
ジュースはマンゴージュースでした。美味しかった。マンゴーは大好きなんです。 -
部屋から見たホテル前の様子。
シティ アンコール ホテル ホテル
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前の道路は国道6号線。この道路沿いにたくさんのホテルが建っています。
写真左に真っすぐ行けばシュムリアップ空港に行けます。 -
アンコール遺跡の入場チケットを買う料金所です。
ここで顔写真入りの入場券を購入します。この券で郊外にある遺跡でプノン・クーレン、ベン・メリア、コーケー以外のすべての遺跡に入場できます。
でも料金は、カンボジア人の収入に比較するとべらぼうに高い料金です。カンボジアの公務員の平均月給は40ドルです。これに比べてアンコール遺跡の入場料はなんと、一日券で20ドル、3日券が40ドル、7日券が60ドルです。(2015年2月現在)
異常に高い料金だとは思いませんか。
しかもこの入場料は全てベトナムに吸い上げられていて、カンボジアには一銭も入りません。
なぜならこの遺跡を管理しているのがベトナムの会社だからです。ベトナムの会社を経由してベトナムの国庫に入る仕組みなんです。
「カンボジアでは遺跡の保存修復も管理もできないだろうから。全てベトナムがしてあげるよ。その変わり修復には多くの費用がかかるので、入場料は全部ベトナムがもらうよ」と、このようになっているそうです。
カンボジア人にとっては先祖が残した偉大な財産を子孫が使うことなく、全て他国に取られてしまっているんです。
私はこの事をガイドさんから聞いて衝撃を受けました。この遺跡はトリップアドバイザーでも一番人気の観光地で、世界中から観光客が集まっています。
もしもこの巨額な資金がカンボジアに入っていたら、もっと早くカンボジアは経済復興ができたかもしれないんです。
ベトナムはカンボジアに侵攻し、凡ベトナム政権を成立させ、カンボジアに駐留を続けて実行支配してきました。
今も実効支配は形を続けて続いているのが実態でした。カンボジア人は土産物販売、ガイド、食堂経営などアンコール遺跡に付随する部分でしか収入を得ることができていません。
ガイドさんになぜ遺跡の収入をベトナムから取り返せないのかと質問しても「カンボジアには遺跡の保存修理をする財力がないから」としか返事は返ってきませんでした。
カンボジアの誰もが悔しい思いをしていると思いますが、それを口にだして言えないほどベトナムに押さえつけられているのが実情のようです。
逆にベトナムではカンボジアから吸い上げている膨大な資金を基に急速に経済発展を遂げています。
第三者の目で見るとベトナムは理不尽な国に思えて仕方がありませんでした。
これも全て第二次世界大戦後のカンボジア国家元首などの判断の誤りが原因なんですから、今となってはどうしようもないのかもしれません。 -
最初の見学地はバンテアイ・スレイです。
この寺院は「女の砦」と呼ばれ美しいデバター(女神)やレリーフで飾られた大変すばらしい建物群です。
外壁が赤い砂岩やラテライトで作られているため、これに朝日があたると燃えるような色に輝くことから赤い砦ともよばれるそうです。(高い山に朝日が当たって赤く色づくモルゲンロートを想像されたらいいと思います。)
寺はシヴァ神とヴィシュヌ神に捧げられたヒンズー教の寺院で、規模が小さい寺院です。
これは入り口から真っすぐ入ったところにある第二周壁の門にある「マハーバーラタ」のレリーフです。
この破風のレリーフは大変秀逸なレリーフ「カーラの上に座るヴィシュヌ神」で有名なんだそうです。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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第二周壁の門全景です。門の奥に見えるのが東塔門です。
人の大きさと比べるとよく分かると思いますが、門はたいへん小さな作りです。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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これは地面に降ろしてあった破風のレリーフです。
ガイドさんから説明を聞いたのですが、何の場面か覚えていません。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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イチオシ
秀逸な破風のレリーフ、ラクシュミー(ヴィシュヌ神の妻)が象の聖水で身を清めてもらっている場面です。
バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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この破風のレリーフはありません。盗難されたのでしょうか。それとも先程下に置いてあった破風のレリーフが取り付けられていたんでしょうか。
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破風の右端にあるナーガ(蛇神)。破損していました。
バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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有名なレリーフ、踊るシバ神。
バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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中央祠堂と奥に見える塔、右が北塔です。北東の入り口の左右に美しいデバターがあり、「東洋のモナリザ」と呼ばれています。
本来はこの北東の後ろにあるデバターを「東洋のモナリザ」と呼ぶようですが、ここにあるデバターはとても美しいのでここのデバターを総称して「東洋のモナリザ」と呼ぶ場合もあるようです。
フランス人の作家アンドレ・マルローはここのデバター像に見せられて、3体のデバターを盗掘し国外に持ち出そうとして逮捕されました。それ以降東洋のモナリザとして世界中で有名になりました。
その後近年になって、デバター像や遺跡を保護するためにロープが張られて立ち入り禁止になっています。
近くに寄って見ることはできないので、よほど視力のいい人以外、デバターははっきりとは見えません。私はそのためオペレグラスを持って行き、それで見ました。
この遺跡では必ずオペレグラスか倍率の高い望遠レンズが必須です。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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コンパクトデジカメではズームに限界があるので、これで倍率は一杯です。デバターの姿は判別できません。そのためデバターの写真は一眼レフカメラの望遠レンズで写してメモリーのCFに保存しています。
PCの空き容量が増やせたら、写真を取り込んで再度詳しい旅行記を作りたいなと思っています。
ここで今回の現地ガイドさんを紹介しておきます。カンボジア人の男性でガイドの国家試験に合格して日本人専門のガイドとして働いている人です。
カンボジアにある日本人学校で日本語を勉強したそうで、名前はサボットさん。
40前の温厚なガイドさんです。
中央祠堂の所でデバターの説明を終えて出口を指示し、「皆さん適宜観光して出口の所で待っていてください」と伝え先に出て行きました。
その後私達の後ろから流暢な日本語で話す女性のガイドさんがやってきました。
手にした旗を見ると「阪急トラピックス」の旗です。
私達と同じ阪急トラピックスの別のツアーだったのですが、そのガイドさん、説明がとにかく詳しいんです。
サボットさんからは聞いていないことが、次々に紹介されます。私達が聞き入っていると、胸に付けたトラピックスのバッジに気付いたのか一緒に説明してくれました。
マルローの話も本当の東洋のモナリザであるデバターもこのガイドさんに教えてもらいました。
サボットさんは人当たりの良い人ではありましたが、ガイドさんとしては説明がおざなりで今一つでした。
サボットさんが説明する程度のことはガイドブックに書いてあります。我々観光客が聞きたいのは、本に書いてあること以外の事なんです。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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私達のツアーメンバーには老齢者の参加が多かったので、詳しい説明をしても理解しないと思ったのでしょうか。その点不満でした。
特にKさんは現役のころはさる博物館の館長を務められた人ですから、美術や歴史には造詣が深く、今回のクメール文化には非常に興味を待たれていました。
そのため、Kさんもサボットさんのガイドには不満だったようです。
さてここは中央祠堂の後ろを回って西門に向かっているところです。中央祠堂の周囲は環濠で囲まれていました。
西門出た所で待っていると多くの物売りの子供たちがやって来ました。
絵葉書は10枚セットで1ドルだそうですから安いです。但し4〜6歳くらいの小さな子供たちが買ってほしいと寄ってきました。一人のを買うと、また別の子供たちが買ってほしいとやってきますので、ここでは買わないことにしました。
中学生くらいの男の子達は日本語版のアンコール遺跡の写真入りガイドブックを売りに寄って来ました。
買わないと言っても側を離れません。かなりしつこかったのですがバスに乗ろ所までついて来ると諦めてくれました。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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環濠の周りをぐるっと回って入り口にでてきました。
ここからバスに乗車して東メボンまで帰ります。
今回のツアーの参加者は17人だったのでバスはマイクロバスでした。決して乗り心地は良くないのですが、アンコールトムの南大門を潜るときにバスの乗り換えをしなくてもいいからとの理由で、今回はマイクロにしたそうです。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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東メボンに来ました。バンテアイ・スレイからアンコールワットに行く途中にある遺跡、東バライ(貯水池)の中心に建てられたヒンズー教の寺院です。
現在貯水池は水が枯れて干上がっています。
入り口の階段を登った両端にはシンハ(獅子)の像があり。建物の四隅には大きな象が立っていました。東メボン 史跡・遺跡
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階段を上った先の塔が主祠堂です。この寺の中心の建物で、これらの塔は仏教ではスツーパにあたります。
東メボン 史跡・遺跡
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こちらは主祠堂の左側の様子です。
東メボン 史跡・遺跡
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主祠堂から見た情景です。
東メボン 史跡・遺跡
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祠堂の内部の天井の様子。
東メボン 史跡・遺跡
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次に訪れたのが東メボンの南にあるプラサット・クラヴァンです。
同じくヒンズー教の寺院で921年に建てられました。
この寺院はヴィシュヌ神を祀った寺で、一つの基壇の上に5つの塔が東向きに一列に並んで建っています。
南(写真左)からウマ(シヴァ神の妻)
ブラフマー神(宇宙の創造神にして、バラモン教の最高神、仏教名は梵天、後に仏陀に帰依し仏法の守護神となる)
ヴィシュヌ神(ヒンズー教最高神の一体 この世を維持する神)
シヴァ神(ヒンズー教最高神の一体 破壊と創造の神)
ラクシュミー(ヴィシュヌ神の妻 ヒンズー教最高神の一体 美と富の女神 仏教では吉祥天)
と並んでいます。プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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中央がヴィシュヌ神の塔。ウマの塔は修復中でした。
プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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中央ヴィシュヌ神の塔に彫られたレリーフ。
左の壁、8本腕のヴィシュヌ神。
右の壁、ガルーダに乗るヴィシュヌ神。プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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同じくヴィシュヌ神の塔に彫られたレリーフ。
左の壁、4本腕のヴィシュヌ神が3歩で世界をまたぐ姿。
右の壁、8本腕のヴィシュヌ神。プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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8本腕のヴィシュヌ神。周囲には迷走する人々の姿が描かれています。
プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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世界を3歩でまたぐヴィシュヌ神。壁に塗られた赤い色がはっきり残っていました。
プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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ガルーダに乗るヴィシュヌ神。下で羽根を広げているのがガルーダです。
ガルーダはヴィシュヌ神の乗り物で聖なる鳥です。プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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一番奥がラクシュミーの塔。
プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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塔内にあるラクシュミーの立像。
プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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同じくラクシュミー女神像。
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ラクシュミーの像ですが、こちらは膝から上が失われていました。
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ラクシュミーの塔の内部の様子。
プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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5つの塔は、中央のヴィシュヌ神の塔のように建っていたはずですが、中ほどから失われていました。
周囲には失われた塔の痕跡が無いことから、いつ、何の為に壊されたのか、それとも建築資材として持ち去られたのか、いまだに何も分かっていないそうです。 -
基壇のまえにはシンハが並んでいました。なおこの塔の前にはテラスと思われる広い広場がありました。
ここにも物売りの子供たちが大人たちに交じって沢山いました。カンボジアの子供たちは目がクリクリしてとても可愛いです。でも写真を取ると1ドル要求されるので、1枚も子供たちの写真は撮りませんでした。
一人の子を写真に撮り、その子だけに1ドル支払うのは他の子に申し訳ないと思ったからです。
この後レストランで中華料理の昼食をとってホテルで小休憩しました。(1時間30分)昼過ぎの最も暑い時間は室内で過ごすのがカンボジア流なのです。
ホテルで休憩した後は、いよいよ憧れのアンコールワット観光です。プラサット クラヴァン 史跡・遺跡
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そして今日のハイライト、アンコールワットです。
アンコールワットの写真は大半を一眼レフカメラで撮ったので、旅行記には僅かしか掲載できません。
ここは西参道、アンコールワットには西参道から入場します。その前にバスを止められてチケットの検札を係員から受けました。
アンコールワットの観光は午前中が逆光になるため、ほとんど午後からの観光だそうです。そのため、午後は観光客が集中します。アンコールワット 史跡・遺跡
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前に見えるのが西塔門で、ここから中に入ります。
アンコールワット 史跡・遺跡
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西塔門から入った所にあるナーガ像。このナーガは状態が良かったのですが、もっともいい状態で残っているのがベン・メリアにあるナーガ像でした。
アンコールワット 史跡・遺跡
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アンコールワットです。
第一回廊の前にある西塔門のテラスは修復中だったので、そこは通らずにその横から入場しました。アンコールワット 史跡・遺跡
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イチオシ
聖池に映写る逆さアンコールワット。やはり素敵な景色ですね。
乾期ですが聖池にはまだ水が少し残っていました。ここしか水が残っていないので、周囲は大混雑でした。その人混みの中を抜けてやっと撮りました。
本当は雨期の方が池には水が多く、木々の緑も鮮やかで美しいんだろうなと思いましたが、いつスコールに会うかわかりませんからね。
観光するなら乾期の時期でしょう。アンコールワット 史跡・遺跡
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第一回廊の壁面に描かれた「ラーマーヤナやマハーバーラタ」の物語や、ヒンズー教の天地創造の物語「乳海攪拌」のレリーフを見ながらガイドさんの説明を聞いて、ここではたくさんのデバターに出会いました。
日本人森本右近太夫一房の墨書を見て第二回廊を見学後、ここでしばらく休憩しました。
写真がアンコールワットの中心第三回廊です。ここは階段の傾斜が急で、ここから足を踏み外して死亡した人がいるためツアーでは上りませんでした。
でも後でガイドさんに聞くと、登りたい人は自己責任で登ってもよかったそうです。そうなら早く言ってよ。
第三回廊の階段は写真の向かい側にあります。塔登りが好きな私ですから内心は第三回廊に登りたかったんです。それともう一人、登りたいと思っていた人がいました。お母さんと2人で参加した女子大生です。お母さんの話では、「第三回廊に登りたいと言っていたんですが、私が一緒に登れないので娘には我慢してもらいました。」と言われていました。他にも登りたい人がいたかもしれません。
休憩時間は30分以上ありましたから、十分登って降りて来る時間がありました。
私は最初から登れないと思っていましたから、他の日本人ツアーのガイドさんが語るカンボジアの歴史に耳を傾けていました、
このガイドさんの説明はすばらしかったです。
非常に複雑な第二次世界大戦後のカンボジアの歴史を、このガイドさんのおかげで理解することができました。特にロン・ノル政権、ポルポト政権、ベトナム支配についてです。
せめてサボットさんにも同程度の解説はしてほしかったです。
サボットさんはこの休憩時間中に私達に何もしてくれはしませんでしたから。
カンボジアのガイドさんは、ガイドさん個々人でかなりの差があることが分かりました。4トラの旅行記を読んでも、皆さんが書いていらっしゃるように大部分のガイドさんは詳しい説明をしてくださっています。
サボットさんだけが特別なのかと思ってしまいます。アンコールワット 史跡・遺跡
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第一回廊のレリーフ、スールヤヴァルマン2世の行軍です。コンデジで撮ったレリーフの写真はこれだけでした。
アンコールワット 史跡・遺跡
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帰りは東参道から外に出て帰りました。
夕日に照らされるアンコールワット第三回廊。アンコールワット 史跡・遺跡
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東参道側から見たアンコールワットの景色です。
この後はプレループ遺跡で(写真なし)夕日を見ました。そこで夕日を鑑賞するのがどのツアーでもコースに組み込まれているようで、遺跡の上は観光客で溢れ返っていました。
この日は雲が厚く覆っていたので、残念ながら夕日は見られませんでした。日が沈んで見られる夕焼けも無くて、待ち望んでいた観光客からは落胆の色は隠せませんでした。
期待していただけにガックリでした。
この後はお決まりのツアーならではの買い物タイムです。この日は日本人が経営するアンコールクッキーに店に寄りました。アンコールワット 史跡・遺跡
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アンコールクッキーに到着。クッキーがメインですが黒コショウなどのカンボジア産商品も取り扱っていました。
ただし、ここは日本人が経営する店なので、料金は日本とほぼ同じです。そのため、カンボジアの物価で考えると商品の価格は大変高い料金でした。
すでにカンボジア価格に慣れていたので、とても高い料金のクッキーを買う気にならなかったので、クッキー店の隣にあるフルーツパーラーの店でマンゴーかき氷を注文しました。この店もクッキー店を経営する日本人の店でしたが、スタッフは全員カンボジア人でした。
このマンゴーかき氷は事前調査で大変人気があったかき氷だったので、是非食べたかったんです。5ドルでした。写真のようにマンゴーが山のように入っていましたよ。
Kさんご夫婦はマンゴープリンを注文されていました。
さてこのかき氷、皆さんの評価どおり無茶苦茶美味しかったです。もう文句なし。
カンボジアで食べたなかで一番美味しい物になりました。アンコールクッキーショップ お土産店
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さて、今宵はアプサラアダンスを見ながらの食事です。
レストランはアマゾンアンコール。料理はアジアビュッフェでした。料理はスープからデザートまで食べきれないほどの量と種類の料理があり、料理は美味しかったです。
食べ放題ですが、ダンスを見ながらだと席は立てないし、箸も進まなくて、結局あまり食べられませんでした。
ダンスはメインのアプサラダンスの他にコミカルな若い男女のダンスが2種類入っていました。
これはそのうちの若い男女のコミカルなダンスです。
さて、このレストラン、料理は美味しいです。昼間のランチはクメール料理5品セットで6ドルですからリーズナブルな価格だと思います。
私は翌日オールドマーケットのレストランで食事をしましたが、そこではクメール料理のセット(5品、セットはどこも5品のようですね)は7ドルでした。
そこと比べるとアマゾンアンコールの方が格といい、規模といい、美味しさといい、値段からみてもお勧めだと思いますよ。アマゾン アンコール 地元の料理
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一人で踊っていたアプサラダンス。
手と指の動きと、片足を上げて踊る所作が独特です。アンコールワットで見たデバターの指の動きに似ていました。
アプサラダンスはこの他にハヌマーンと一緒に踊るのと、ラーマーヤナの物語、シータ姫を助け出すため魔王ラーヴァナと戦う踊りや何人もの踊り子が一斉に踊るのがありました。
なおダンスを踊っていたのは舞踊学校の生徒さんたちだそうで、アマゾンアンコールに専属で出演しているそうです。アマゾン アンコール 地元の料理
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アプサラダンスの合間にこのような若い男女の踊りがありました。
これは漁師の男女がコミカルに踊る労働の踊り。アマゾン アンコール 地元の料理
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ダンスの華はやはりアプサラダンスです。
遠くからなので、コンパクトデジカメでは動きのある写真を撮るのは難しいですね。
ピントもはっきり合っていません。
雰囲気だけでもお伝えできればいいいと思います。アマゾン アンコール 地元の料理
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アプサラダンスは王に捧げる踊りのため、ポルポト時代に踊り子や先生、宮廷音楽の演奏家をはじめ、関係するすべての人が処刑の対象になり多数の人が虐殺されました。さらには振付などのダンス関連の書物も全て焼却されました。
奇跡的に生き残った数人の人から所作や踊りが口伝で伝えられ、現在やっとこのように復活してきたのです。
さらにはポルポトは毛沢東思想を信奉して農村への回帰を推し進め、まるで時代が逆行するかのような極端な原始共産主義政策を勧め、共産主義に反対する者や、医師などの知識階級やインテリ、学校の先生などすべての教育者、王族や王室に関係した職についていたすべての人(アプサラダンスの踊り子など)を虐殺しました。宗教は否定され寺院は破壊されました。メガネをかけている者や文字が読める者はインテリだと決めつけられ有無を言わさず処刑されました。
まさに地獄絵図の状況でした。これが人が成せる技かと言わざるを得ません。アマゾン アンコール 地元の料理
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アマゾンアンコールのビュッフェ料理です。まだまだ沢山ありましたがとても食べきれないので、この程度にしておきました。
アマゾン アンコール 地元の料理
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