2016/05/16 - 2016/05/17
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frau.himmelさん
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私自身はウィーンは何度目になるだろう。
何度訪れても飽きない街それがウィーンです。
今回はちょっとだけテーマを持たせました。
「第三の男」の撮影された現場を歩いてみたい。大したことはできませんけどね。
でもこんなテーマに付き合わなければならない同行者2人には申し訳ないと言ったら、
「いいの、いいの。私たちにとってもとても興味あるテーマよ。物見遊山の観光だけよりよっぽど楽しい。」と言ってもらえました。
さて、ホイリゲで楽しいワインをいただいた後は、第三の男で有名なプラーター公園に参ります。
そして翌日、私のいつもの旅のテーマ「国境を越えて日帰りの旅」をした後、予定より早くウィーンに戻ってきたのでオペラ座の方に足を向けました。
夕食代わりにザッハトルテをいただき、オペラ座前の広場では大スクリーンにライブ中継されるオペラ「椿姫」を鑑賞しました。
本当に、いつ訪れてもウィーンって楽しいところですね♪
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ホイリゲでしっかりワインをいただいて、ほろ酔い気分のシニア達、グリンツィングより38番トラムに乗って街中に戻ります。
前方に見える二つの尖塔はヴォティーフ教会。
まだちょっと雨が残っていますね。 -
ショッテントーア・ウニヴァージテートで地下鉄U2に乗り替えて・・・。
この上にはウィーン大学があります。
だから駅名はウニヴァージテート(大学)と。 -
着いたところはプラーターシュテルン。
プラーター遊園地です。
私のお目当ての大観覧車が見えます。 -
何やら楽しい催し物がいろいろあるようですね。
平均年齢72歳超のシニア達もワクワク・ドキドキ。 -
わあー観覧車よ〜!観覧車!
この観覧車はウィーンのシンボル的存在。
画像では何度も見ているのに、こんなに近くで見るのは初めて。
ましてや、シニア連れで訪れるなんてことも・・・。 -
なんて興奮気味ですけど、年齢相応の(かなり)分別は持ち合わせています。ちゃんとこの銅像も目に入っていました。
「ロベルト・シュトルツ(1880-1975)」
オーストリアを代表する脱曲家。ウィンナーワルツやオペレッタなども手掛けました。
この碑は彼が作曲した「プラーター公園は花盛り」という歌曲を記念して造られました。
もう少し私のテーマに沿って調べますと、彼は1939年のナチスのオーストリア併合を嫌ってアメリカに渡りました。そして戦後ウィーンに戻ってきて95歳の長寿を全うしました。
私たちはその後、中央墓地で彼のお墓参りをすることになります。 -
赤いマロニエの木立から顔を覗かせている観覧車。
プラーター公園は何世紀にもわたり皇帝の狩猟場でした。
皇帝ヨーゼフ2世がそれを一般に開放した後は、ウィーン市民のレクレーションの場として親しまれています。 -
雨上がりのプラーター公園には大勢の人が訪れています。
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可愛いミニ電車はリリプットバーンと呼ばれているもの。
4月〜9月末まで、3.9 kmの路線を約20分かけて走っています。 -
私たちがこれから訪れる大観覧車の他にも、メリーゴーラウンド、ローラーコースター、ゴーカート、迷路やプラネタリウム、117mの高さの回転型ブランコ「スターフライヤー」など、250に及ぶアトラクションがあります。
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ここに連れて来たら子供たちは喜ぶでしょうね。
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さて私たちは・・・。
Wiener Riesenrad。ここが大観覧車の入り口です。. -
わぉ〜!
「第三の男」のオーソン・ウェルズです。
まさに看板男!
第三の男に付いては別編でまとめます。 -
ここでチケットを買って・・。
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大人1枚9.5ユーロ。残念ながらシニア割引はないと言われました。
日本語の資料がいただけます。 -
待ち時間を利用してオーストリアの歴史を勉強してくださいというコーナーです。
この観覧車の車両を利用した中には・・・。 -
歴史のジオラマが入っています。
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トルコ軍のウィーン包囲。
ヤン三世ソビエンスキーの率いるポーランド軍が、カーレンベルクの丘を駆け下りトルコ軍を蹴散らしました。
私は昨年カーレンベルクの丘を訪れ、このことを勉強したのでした。 -
壁にもぐるりと歴史絵が掲げられています。
これも1683年のウィーン包囲です。
カーレンベルクの丘を駆け下りる場面もあります。
写真が見にくくてすみません。 -
こちらはカイザーフランツヨーゼフの若いころ(左)と晩年(右)。
真ん中はヨハンシュトラウス。
その他ホイリゲ音楽のシュランメルや、戦争大臣ラトゥーアのリンチ、
「SEIN ODER NICHTSEIN」などなど。
描かれている絵が漫画チックで思わず惹きつけられます。 -
ここには近・現代の見知った顔がいっぱい。
右からグスタフマーラー、精神科医のフロイト博士、画家のエゴンシーレ、上は反ユダヤ主義で有名なウィーン市長のカールルエーガー、そして世紀末建築の傑作セセッシオン(オルブレヒト作)、左は建築家・工芸家のヨセフホフマン。 -
それではいよいよ大観覧車の方に。
ちょっとお待ちを! -
大観覧車を借り切って少人数のパーティーや、二人だけのロマンチックなディナーが楽しめるのです。
こちらの車両には一組の男女が乗っていました。
車両を借り切って、空の上でプロポーズされたのか、あるいは結婚記念日の二人だけのディナー?
私たちが見ているのに気が付いて、嬉しそうに私たちに笑顔を残して降りて行きました。
お幸せに〜〜♪ -
この車両はパーティー専用。
何台かこのような特別仕様の車両がありました。 -
いよいよ私たちが乗るその他大勢の車両。
家族連れ、友人連れ、それに私たち日本のシニア3人。 -
基軸の部分。
ライトアップされてきれいです。 -
プラーター遊園地もライトアップされてきれい!。
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それに引きかえ、旧市街は暗いイメージ。
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一番高いところに差し掛かりました。
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下降します。
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そろそろ到着です。
下のパーティー車両のテーブルに灯りがともされました。
次にパーティーが開催されるのかな。 -
お土産屋さん
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大観覧車は、英国人技師ウォルター・B・バセットにより1896年に工事が開始され、1897年7月3日に一般に公開されました。
20人乗りゴンドラ30台。
ウィーン市民は地上60mの上空から一目わが街を見ようと、大勢の人々が押し掛けたようです。 -
あれから120年の歴史を誇るウィーンの大観覧車、第二次世界大戦で街が廃墟と化した時も、記録的な早さで修復されウィーンっ子の夢を乗せて今日も回り続けます。
雨上がりの空には月が。
大観覧車の紫色にライトアップされた姿をさらに美しく照らしています。
さて、私たちも今度こそホテルに帰りましょう。 -
5月17日。
「国境を越えて日帰りの旅」ハンガリーのショプロンから予定より早く帰ってきましたので、その足でU1でカールスプラッツにやってきました。 -
明日の楽友協会コンサートのチケットを日本からネットで申し込んで居ましたので、正式なチケットに取り替えておきたかったのです。
キュンストラーハウスの横を通って・・・。 -
ニューイヤーコンサートでお馴染みの楽友協会。
ここにも大勢のアジアの隣国の人々が・・・。 -
チケットを正式なものと取り替えます。
明日でもよかったのですが、ついでにこの付近の観光もかねて・・・。 -
では少しこの近くの観光を。
カールス広場のブラームスの像。
ブラームスは楽友協会の音楽監督をしており、小ホールはブラームスザールと呼ばれています。 -
ブラームスは毎日この場所から思い出の楽友協会を眺めているのですね。
ブラームスの像から楽友協会を眺めます。 -
そのお隣はキュンストラーハウス。
その前の大型バスは、この場所で大勢の隣国の観光客をおろして、ここで待っているのです。 -
カールス教会。
バロック建築の傑作のひとつに数えられる教会で、2本の円柱が特徴です。
私は何度もこの教会に来ているのに、一度も内部は見ていないのです。
今度こそは中にも入りたいと思います。 -
カールス教会前のモニュメントは、ヘンリー・ムーア作のブロンズ彫刻です。
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カールス教会は1713年、女帝マリア・テレジアの父カール6世がペスト撲滅を祈願して、フィッシャー・フォン・エルラッハ親子につくらせた教会です。
円柱には、聖人カール・ポロメウスの生涯が描かれています。
カール・ポロメウスはペストを鎮める守護聖人だそう。 -
えっ、内部を見ようと思ってここに来たのに、6時まで!?
もう6時過ぎているし、中には入れないわね。
ところがK氏はまだ入り口が開いているから入ってみると。
I女史と私、どうせすぐに戻ってくると思い入り口で待っていました。
ところがなかなか戻ってこない・・・。
じゃー、入って見る?って話し合っていたところにK氏が戻ってきました。 -
意気揚々と出てきたK氏を二人で囲みます。
えっ写真撮れたの?本当に!?
なんてワイワイガヤガヤやっている横を法衣を纏った教会関係者らしい人がニコニコしながら通って行きます。
I女史と私、やっぱり図々しく中に入ればよかったわね。
K氏の写真です。 -
ちゃんと内部の祭壇の写真を撮っています。
ただ内部は工事中でどこそこ足場が組まれて見にくかったそうです。 -
その間、私たちだって収穫がなかったわけではありません。
この銘板を見つけました。
ウィーン工科大学の教授ノイマン(1774-1849)がフランツ・シューベルトが作曲した「ドイツミサ曲」に作詞したという記念の碑です。 -
ノイマン教授が在籍していたウィーン工科大学。
カールス教会のお隣です。 -
壁にはこの方たちの名前の銘板が。
ウィーンを代表する作曲家、ヨハン・シュトラウスと弟のヨーゼフ・シュトラウスもこの大学の出身だそう。 -
またこの方も。
この銘板には「1678年3月4日、イタリアのベニスで生まれたアントニオ・ヴィヴァルディが、ここで1741年7月28日亡くなった」と記されています。 -
ウィーン工科大学正面。
私たちがウィーン工科大学とカールス教会を後にして、次に向かった先は? -
私たちの目的はオペラ座ではありません。
オペラ座を通り越して・・・。 -
やってきた先はホテルザッハ。
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ここにもヴィヴァルディー(1678-1741)の碑が。
1741年彼がここに住んでいたとあります。亡くなった年ですね。
そのころ彼は生まれ故郷イタリアで思うような待遇が得られず失意のうちにウィーンにやってきたのでした。
そしてウィーンで亡くなり、彼の亡骸は現在ウィーン工科大学になっている貧民墓地に埋葬されたのでした。 -
私たちがホテルザッハにやってきた目的は?
もちろん・・・。 -
ザッハ・トルテ。
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アインシュペナー。
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店内は私たちのような観光客(早く言えばお上りさん・笑)が多かった。
壁にはシシーの絵が。 -
お土産用のザッハトルテもありますね。
これとても喜ばれるのですけど、私たちはまだ持ち歩くわけにはいきません。 -
ホテルザッハーで美味しく夕食代わりのザッハトルテをいただいて、ここアルベルティナー広場にやってきました。
この広場の、「戦争とファシズムへの戒めの記念碑」をK氏I女史に見ていただきたかったのです。 -
残念ながら修復中で覆いがかけられていました。
道路に這いつくばってタワシで清掃しているユダヤ人の像も見えません。
前の旅行記でレポートしています。
http://4travel.jp/travelogue/10964221 -
その代わり、こんな花輪が置いてありました。
「戦争とファシズムに抵抗するモニュメント」。
ナチスによる迫害の犠牲者、戦争の犠牲者を追悼する碑です。 -
ここにも別なモニュメント。
もともとこの広場には集合住宅が建っていましたが、1945年の3月12日の爆撃で全壊しました。
その時地下室に避難していた何百人という人々は一人残らず死亡したそうです。
戦後、多くの建物は再建されましたが、この場所だけは戦争の悲惨な記念碑として残すことになりました。 -
オペラ座の前の広場を通りかかったら大勢の人が大型画面に見入っていました。
前の方にはたくさんの椅子が並べられ、椅子に座ってゆっくり見ている人もいます。 -
今現在オペラ座の中で演じられているオペラが、この大スクリーンでライブ中継されるのです。
高いチケットが手に入らなかった人でもこれだったら見ることができます。 -
作品はヴェルディのラ・トラヴィアータ「椿姫」ですね。
ドイツ語の字幕付きです。
でも服装は現在風なのです。ちょっとガッカリ。 -
オペラ座は1863年に着工して1869年に完成したネオルネッサンス様式です。
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フランツヨーゼフ1世の頃に、ウィーンを取り囲む城壁を撤去する都市大改造の一環として建設されたのがこのオペラ座です。
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劇場前の道路上には、オペラ座の総監督を務めたグスタフ・マーラーの碑がありました。
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私たちはオペラ座前から路面電車D線でホテルに戻りました。
今日も1日とても充実した日でした。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ぶどう畑さん 2016/09/26 21:29:27
- 主題曲だけはよく知っています
- himmelさん
ぶどう畑です。
私もペコリーノさん同様、「第三の男」は観たことがありませんが、主題曲はよく知っています。
あんなふうに大きな遊園地になっているって知りませんでした。
観覧車だけがポツンとあると思い込んでました。(笑)
観覧車の箱、横長なんですね〜。
ザッハトルテ、行った気がするけれど、あんなに綺麗だったかなぁ。
とにかく甘くて、ギブアップ!しか覚えてなくて…。
猫に小判ってやつです。
himmelさんは、本当にウィーンがお好きですね!ドイツより好きじゃないですか?
ご主人との旅行でも、思いがけず切り上げたシニア3人旅のリベンジ旅行でも、ウィーンがすごくイキイキと描かれていました。そして今回も!
今回、足を延ばしたのはハンガリーですか。旅行記、楽しみです!
#ホイリゲ、そう、私が行ったのがラインプレヒトでした。
- frau.himmelさん からの返信 2016/09/27 21:46:31
- RE: 主題曲だけはよく知っています
- ぶどう畑さん、こんばんは。
主題歌は本当に有名ですよね。東京恵比寿駅のテーマ曲にもなっているし。
私たちシニアもあの映画が出来たころは全員まだ幼少のみぎりでしたから、テレビの名画劇場か何かで観たくらいです。
ただプラーターの大観覧車と中央墓地は大変有名ですね。
それに付加価値をつけてウィーンの街歩きをしようと思っていたのですが、なにしろあの映画の時代背景が戦後の混沌としたウィーンの街ですから、本当に有名なところしか行っていません。
でも楽しかった〜。
そうですね。ウィーンは大好きな街です。ベルリンと同じくらい好きです。ウィーンやベルリンはほっとすると言うか、一人で何日間滞在しても飽きないと思います。
ウィーンの旅行記は始まったばかりなので、しばらく思い出に浸れます。
また見てください。
himmel
-
- ペコリーノさん 2016/09/26 15:46:58
- 大観覧車とは!
- frau.himmelさん、またまたお邪魔しております。
グリンツィングのホイリゲの後に行く先は、「カーレンベルグの丘」だと思っていましたら、なんと、プラーター公園の大観覧車とは!ちょっと意表を突かれました。
でも、考えてみたら、「第3の男」で有名な、とはいえ、一度も乗ったことは無かったです。実は私、その映画さえもよくは知らないんです。
で、興味も無かったのです。
私より、もう少し上の世代の方々には本当に有名な映画なんですよね。
プラーター公園、楽しそうですね。
ウィーンに着くなり、ホイリゲへ行き、大観覧車に乗り・・・本当に楽しそうな旅行で、羨ましいです。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2016/09/27 21:26:04
- RE: 大観覧車とは!
- ペコリーノさん、こんばんは。
意表を突きましたか?(笑)
そうですね、ホイリゲの後にシニア3人連れだって行くところではないですよね、遊園地は。さすがにウィーンが我が庭のペコリーノさんもまだ行ってらっしゃいませんでしたか。
ところがこのプラ−ター公園、とっても楽しいのですよ。ゴンドラに乗って空の上から眺めるウィーンの街並みは最高。私たちの時は夜景でしたが。
と言いつつ、「第三の男」のテーマがなかったら、シニア同志ではいかなかったでしょうね。
「第三の男」って古い映画です。
ここに登場するシニア達でさえ、たぶんリバイバル映画でしか見ていません。
何たって曲が有名ですものね。山手線恵比寿駅のテーマ曲にもなっていますし、私は結構好きな曲でした。
でもウィーンってほんとにいいですね。
旅行記はまだ到着したばかりですから、これからしばらくウィーンです。
ペコリーノさんのテリトリーにも入り込むかもしれません。
また見てください。
himmel
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