バルセロナ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
イタリア旅行以来、娘の結婚など慌ただしい毎日に埋没し、あっという間に3年が経ってしまいました。次の海外旅行の行先はヨーロッパと決めていたものの、いざ候補地を絞るとなると何処も捨て難いものです。しかしIS絡みのテロなどの影響もあり、候補地は自然淘汰されていきました。<br />旅先をスペインと決めたのは1年前ですが、ガイドブックに魅了されて今度は観光先が絞り切れません。また、お安く各地を回れる旅をするならツアーに限ります。通常、ツアーでは定番コースを巡るため、個人の趣向にマッチするツアーを見つけるのは至難の業です。そんな中、候補地の9割を回れるツアーがN社で企画されていました。通常はオプションとなるコロニア・グエル地下礼拝堂やモンセラット観光が組込まれ、ロンダではパラドールに宿泊できるゴージャス版の9日間ツアーです。<br />時期はせっかくなのでオンシーズン、それも少し涼しくなってからと欲張って9月上旬にしました。しかし思惑は見事に外れ、異常気象のためにアンダルシアでは最高気温40℃以上の酷暑の洗礼を受けての観光になりました。<br />全日快晴だった天候、80歳の年配者から4組の新婚さんなど親しくしていただいたツアーメンバーさん、機転満載ながら冷静沈着な添乗員さん、懇切丁寧に説明していただけた現地ガイドさんなどに恵まれ、思い出に残る素晴らしい旅行になりました。<br />今回も事前の旅行情報収集は4travelさんにお世話になりました。感謝の気持ちを込め、情報提供をさせていただきます。ツアーメンバーの方々とも旅行の余韻に浸れればと思います。また、これから旅行を企画される方の参考になり、思い出に残る有意義な旅行にしていただければ幸甚です。<br />スペイン各地の週間天気予報を見るのに便利なサイトです。<br />http://weather.excite.co.jp/world/ESP/<br />スペイン語のトラベル会話集のHPです。発音が聞けるので重宝します。<br />http://www3.eccweblesson.com/travel/index.php?ref=ew000601<br /><日程><br />1日目:関空→フランクフルト(LH0741 10:05発)<br />    フランクフルト→バルセロナ(LH1136 17:30発)<br />    宿泊:4 Barcelona(二連泊)<br />2日目:グエル公園==サグラダ・ファミリア==カサ・ミラ/カサ・バトリョ(車窓)<br />            ==ランチ:Marina Bay by Moncho&#39;s==カタルーニャ広場<br />            15:00〜フリータイム<br />    カタルーニャ広場==サン・パウ病院==サグラダ・ファミリア==<br />            カサ・ミラ--カサ・バトリョ--夕食:Cervecer?・a Catalana(バル) <br />    ==カタルーニャ音楽堂<br />            宿泊:4 Barcelona(二連泊)<br />3日目:コロニア・グエル地下礼拝堂==モンセラット観光--<br />    ランチ:Restaurant Montserrat==ラス・ファレラス(水道橋)<br />            ==タラゴナ観光(円形競技場、地中海のバルコニー)<br />    バレンシア宿泊:Mas Camarena<br />4日目:ランチ:Mamzanil(Murcia)<br />            ==(午後4:00到着)ヘネラリーフェ宮殿<br />            --アルハンブラ宮殿==ホテル Vincci Granada==Los Tarantos<br />           (洞窟フラメンコ)<br />            --サン・ニコラス展望台(アルハンブラ宮殿の夜景観賞)<br />5日目:ミハス散策--ランチ:Vinoteca==ロンダ(午後4:00到着)<br />            フリー散策<br />            宿泊:Parador de Ronda<br />6日目:セビリア観光(スペイン広場--セビリア大聖堂)==<br />            コルドバ観光(メスキータ--花の小径)-==コルドバ駅<br />    AVE:コルドバ→マドリード<br />    夕食:China City<br />    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)<br />7日目:マドリード観光(スペイン広場<下車観光>==ソフィア王妃芸術センター<br />    ==プラド美術館--免税店ショッピング==ランチ:Dudua Palacio<br />    ==トレド観光(サント・トメ教会、トレド大聖堂<外観>)==<br />            ホテル--フリータイム(プエルタ・デル・ソル、マヨール広場、<br />    サンミゲル市場、ビリャ広場、アルムデナ大聖堂、マドリード王宮<br />    オリエンテ広場 、エル・コルテ・イングレス<グラン・ビア>)<br />    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)<br />8日目:マドリード→フランクフルト(LH1123 8:35発)<br />    フランクフルト→関空(LH0740 13:35発)<br />9日目:関空着(7:20)

ときめきのスペイン周遊①バルセロナ グエル公園

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2016/09/02 - 2016/09/10

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montsaintmichel

montsaintmichelさん

イタリア旅行以来、娘の結婚など慌ただしい毎日に埋没し、あっという間に3年が経ってしまいました。次の海外旅行の行先はヨーロッパと決めていたものの、いざ候補地を絞るとなると何処も捨て難いものです。しかしIS絡みのテロなどの影響もあり、候補地は自然淘汰されていきました。
旅先をスペインと決めたのは1年前ですが、ガイドブックに魅了されて今度は観光先が絞り切れません。また、お安く各地を回れる旅をするならツアーに限ります。通常、ツアーでは定番コースを巡るため、個人の趣向にマッチするツアーを見つけるのは至難の業です。そんな中、候補地の9割を回れるツアーがN社で企画されていました。通常はオプションとなるコロニア・グエル地下礼拝堂やモンセラット観光が組込まれ、ロンダではパラドールに宿泊できるゴージャス版の9日間ツアーです。
時期はせっかくなのでオンシーズン、それも少し涼しくなってからと欲張って9月上旬にしました。しかし思惑は見事に外れ、異常気象のためにアンダルシアでは最高気温40℃以上の酷暑の洗礼を受けての観光になりました。
全日快晴だった天候、80歳の年配者から4組の新婚さんなど親しくしていただいたツアーメンバーさん、機転満載ながら冷静沈着な添乗員さん、懇切丁寧に説明していただけた現地ガイドさんなどに恵まれ、思い出に残る素晴らしい旅行になりました。
今回も事前の旅行情報収集は4travelさんにお世話になりました。感謝の気持ちを込め、情報提供をさせていただきます。ツアーメンバーの方々とも旅行の余韻に浸れればと思います。また、これから旅行を企画される方の参考になり、思い出に残る有意義な旅行にしていただければ幸甚です。
スペイン各地の週間天気予報を見るのに便利なサイトです。
http://weather.excite.co.jp/world/ESP/
スペイン語のトラベル会話集のHPです。発音が聞けるので重宝します。
http://www3.eccweblesson.com/travel/index.php?ref=ew000601
<日程>
1日目:関空→フランクフルト(LH0741 10:05発)
    フランクフルト→バルセロナ(LH1136 17:30発)
    宿泊:4 Barcelona(二連泊)
2日目:グエル公園==サグラダ・ファミリア==カサ・ミラ/カサ・バトリョ(車窓)
    ==ランチ:Marina Bay by Moncho's==カタルーニャ広場
    15:00〜フリータイム
    カタルーニャ広場==サン・パウ病院==サグラダ・ファミリア==
    カサ・ミラ--カサ・バトリョ--夕食:Cervecer?・a Catalana(バル)
    ==カタルーニャ音楽堂
    宿泊:4 Barcelona(二連泊)
3日目:コロニア・グエル地下礼拝堂==モンセラット観光--
    ランチ:Restaurant Montserrat==ラス・ファレラス(水道橋)
    ==タラゴナ観光(円形競技場、地中海のバルコニー)
    バレンシア宿泊:Mas Camarena
4日目:ランチ:Mamzanil(Murcia)
    ==(午後4:00到着)ヘネラリーフェ宮殿
    --アルハンブラ宮殿==ホテル Vincci Granada==Los Tarantos
    (洞窟フラメンコ)
     --サン・ニコラス展望台(アルハンブラ宮殿の夜景観賞)
5日目:ミハス散策--ランチ:Vinoteca==ロンダ(午後4:00到着)
    フリー散策
    宿泊:Parador de Ronda
6日目:セビリア観光(スペイン広場--セビリア大聖堂)==
    コルドバ観光(メスキータ--花の小径)-==コルドバ駅
    AVE:コルドバ→マドリード
    夕食:China City
    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)
7日目:マドリード観光(スペイン広場<下車観光>==ソフィア王妃芸術センター
    ==プラド美術館--免税店ショッピング==ランチ:Dudua Palacio
    ==トレド観光(サント・トメ教会、トレド大聖堂<外観>)==
    ホテル--フリータイム(プエルタ・デル・ソル、マヨール広場、
    サンミゲル市場、ビリャ広場、アルムデナ大聖堂、マドリード王宮
    オリエンテ広場 、エル・コルテ・イングレス<グラン・ビア>)
    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)
8日目:マドリード→フランクフルト(LH1123 8:35発)
    フランクフルト→関空(LH0740 13:35発)
9日目:関空着(7:20)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
日本旅行
  • 関空<br />イスタンブール経由のスペイン10日間のツアーもありましたが、現在のトルコの情勢を踏まえるとリスクが大きいと考えてN社のツアーを選びました。ドイツでもテロの影響が避けられませんが、チューリッヒ経由便などのツアーがないため、消去法でフランクフルト経由を選びました。

    関空
    イスタンブール経由のスペイン10日間のツアーもありましたが、現在のトルコの情勢を踏まえるとリスクが大きいと考えてN社のツアーを選びました。ドイツでもテロの影響が避けられませんが、チューリッヒ経由便などのツアーがないため、消去法でフランクフルト経由を選びました。

  • 関空 LH0741便<br />「エスパーニャ(Espana)」は長らくスペインを指す俗称として使われていました。1492年のスペイン王国統合以降も国王はあくまで連合王国の共通君主であり、宮廷や議会・政府は各構成国毎に置く複合王政を採っていました。そして、1808年ナポレオンの兄ホセ・ボナパルトの即位時、正式に「スペイン国王」が誕生しました。<br />現在のスペインは国王を元首とする王国ですが、1978年憲法ではそれまでの憲法で明記していた国号は特に定めていません。憲法で国号が定められなかったのは、君主制は維持するものの、その位置付けは象徴的な存在に変わり、国を動かすのは国民によって選ばれた議会が中心になることを明確化するために採られた措置だそうです。

    関空 LH0741便
    「エスパーニャ(Espana)」は長らくスペインを指す俗称として使われていました。1492年のスペイン王国統合以降も国王はあくまで連合王国の共通君主であり、宮廷や議会・政府は各構成国毎に置く複合王政を採っていました。そして、1808年ナポレオンの兄ホセ・ボナパルトの即位時、正式に「スペイン国王」が誕生しました。
    現在のスペインは国王を元首とする王国ですが、1978年憲法ではそれまでの憲法で明記していた国号は特に定めていません。憲法で国号が定められなかったのは、君主制は維持するものの、その位置付けは象徴的な存在に変わり、国を動かすのは国民によって選ばれた議会が中心になることを明確化するために採られた措置だそうです。

  • ロシア上空<br />ロシアのナホトカの北西部です。いつも感心させられるのですが、自然が地球に描いた落書きを超えるアートはないように思います。<br /><br />技術者なら鑑としたい建築家アントニオ・ガウディの言葉があります。<br />「創造するのではない。<br />人間が作り出すものは、すでに自然という偉大な書物に書かれている。<br />人間はそれを読む努力をしなければならない」。<br /><br />「世の中に新しい創造などないあるのはただ発見である<br />創造的たろうとして脇道にそれてはならない<br />通常なされていることを観察しそれをよりよくしようと努力すればそれでよい<br />全ては自然が書いた偉大な書物を学ぶことから生まれる<br />人間が造る物は既にその偉大な書物の中に書かれている<br />(自然は偉大な教科書である)」。

    ロシア上空
    ロシアのナホトカの北西部です。いつも感心させられるのですが、自然が地球に描いた落書きを超えるアートはないように思います。

    技術者なら鑑としたい建築家アントニオ・ガウディの言葉があります。
    「創造するのではない。
    人間が作り出すものは、すでに自然という偉大な書物に書かれている。
    人間はそれを読む努力をしなければならない」。

    「世の中に新しい創造などない あるのはただ発見である
    創造的たろうとして脇道にそれてはならない
    通常なされていることを観察し それをよりよくしようと努力すればそれでよい
    全ては自然が書いた偉大な書物を学ぶことから生まれる
    人間が造る物は既にその偉大な書物の中に書かれている
    (自然は偉大な教科書である)」。

  • ロシア上空<br />ウネウネと蛇行した風変わりな白い川です。川の周りはそうでもないのに、川だけ凍結しているのでしょうか???<br />この川はGoogle Mapでもみることができます。他にも白蛇のような川はうじゃうじゃいます。<br /><br />スペインは「Hispania」の英語読みです。Hispaniaとは、「ハイラックスの島」を意味します。スペインへやってきたフェニキア人が、アラビアにはいなかった「ウサギ」が沢山いるのを見て、「自国にいるハイラックス(shaphan)の仲間」と勘違いしたことが起源だそうです。そこから、「Ishaphan(ハイラックスの島)」と呼び、 後にスペインを征服したローマ帝国の読みに直されて「Hispania」と呼ばれるようになったそうです。<br />因みに、ハイラックスは、大きなモルモットのように見えますが、ネズミの仲間ではありません。また、日本名「岩狸(イワダヌキ)」ですが、タヌキ(イヌ科)の仲間でもありません。ハイラックス目(岩狸目)という哺乳類グループに属します。もちろんスペインにはハイラックスは生息しておらず、アラビア半島の一部とアフリカに棲んでいます。

    ロシア上空
    ウネウネと蛇行した風変わりな白い川です。川の周りはそうでもないのに、川だけ凍結しているのでしょうか???
    この川はGoogle Mapでもみることができます。他にも白蛇のような川はうじゃうじゃいます。

    スペインは「Hispania」の英語読みです。Hispaniaとは、「ハイラックスの島」を意味します。スペインへやってきたフェニキア人が、アラビアにはいなかった「ウサギ」が沢山いるのを見て、「自国にいるハイラックス(shaphan)の仲間」と勘違いしたことが起源だそうです。そこから、「Ishaphan(ハイラックスの島)」と呼び、 後にスペインを征服したローマ帝国の読みに直されて「Hispania」と呼ばれるようになったそうです。
    因みに、ハイラックスは、大きなモルモットのように見えますが、ネズミの仲間ではありません。また、日本名「岩狸(イワダヌキ)」ですが、タヌキ(イヌ科)の仲間でもありません。ハイラックス目(岩狸目)という哺乳類グループに属します。もちろんスペインにはハイラックスは生息しておらず、アラビア半島の一部とアフリカに棲んでいます。

  • フランクフルト上空<br />フランクフルト郊外には、一面に畑作地が広がっています。<br />ドイツは、かつて食料自給率が低下した時、大幅な規制緩和で輸入を容認するようになった日本とは異なり、それを危機として捉えて自給率を上げる政策を採りました。ですからドイツの農家には、1962年から共通農業政策が導入され、手厚く保護されています。<br />農業・食品産業の特徴は、有機農業をはじめとする質の高い飲食料品です。ドイツは、今日世界4大農産物輸出国のひとつで、農業・食品産業は国内第5位の輸出産業に成長しています。また、今日では3000を越える輸出企業が10万種以上の製品を供給しています。 <br />寒冷地のドイツの気候に合った作物が栽培され、特に酪農が盛んです。牛乳、豚肉の生産量はEU加盟国内で一番多く、サトウダイコンの栽培も盛んです。ドイツ料理で先ず思いつくのはソーセージですが、ドイツ人にとって豚は大変重要です。南部バイエルン州ではビールに欠かせないホップが広く栽培されています。またライン川沿いにはワイン用のブドウ畑が多く、知る人ぞ知る良質ドイツワインの一流生産地になっています。

    フランクフルト上空
    フランクフルト郊外には、一面に畑作地が広がっています。
    ドイツは、かつて食料自給率が低下した時、大幅な規制緩和で輸入を容認するようになった日本とは異なり、それを危機として捉えて自給率を上げる政策を採りました。ですからドイツの農家には、1962年から共通農業政策が導入され、手厚く保護されています。
    農業・食品産業の特徴は、有機農業をはじめとする質の高い飲食料品です。ドイツは、今日世界4大農産物輸出国のひとつで、農業・食品産業は国内第5位の輸出産業に成長しています。また、今日では3000を越える輸出企業が10万種以上の製品を供給しています。
    寒冷地のドイツの気候に合った作物が栽培され、特に酪農が盛んです。牛乳、豚肉の生産量はEU加盟国内で一番多く、サトウダイコンの栽培も盛んです。ドイツ料理で先ず思いつくのはソーセージですが、ドイツ人にとって豚は大変重要です。南部バイエルン州ではビールに欠かせないホップが広く栽培されています。またライン川沿いにはワイン用のブドウ畑が多く、知る人ぞ知る良質ドイツワインの一流生産地になっています。

  • フランクフルト空港<br />フランクフルトで簡単なEUへの入国審査を受け、バルセロナ行の便にトランジットです。添乗員さんが先に説明してくれているので、何も質問されることはありません。審査官も退屈そうにしていますので「Guten Tag(グーテン ターク=こんにちは)くらい覚えておくと、「こんにちは」と返してくれ、コミュニケーションがとれます。審査の回転も速くなるので一挙両得です。<br />乗り継ぎ時間は3時間近くありましたが、空港自体が広いのとテロの影響でセキュリティーチェックが厳しく、かなり時間を要しました。セキュリティーの状況にもよりますが、到着後、フライト時刻まで2時間ないと焦るかもしれません。日本人を含め、東洋人の男性は全てボディーチェックを受けます。こうした海外の状況と日本のチェック体制を比べると、これで大丈夫だろうかと不安になります。余った時間は、免税店で帰国時に買うお土産の下見に有効活用です。<br />ドイツからバルセロナへ向かう人は比較的少ないのか、ゲートは空港の一番外れにあります。また、添乗員さんによれば、バルセロナ便の搭乗ゲートはよく変わるそうです。ゲートに向かう前、搭乗開始の少し前にモニターをチェックすることが必要です。おまけに、そこから延々空港バスに乗せられ、タラップを上って搭乗します。成田から大阪空港便へ搭乗するより長い時間バスに乗っていたように思います。

    フランクフルト空港
    フランクフルトで簡単なEUへの入国審査を受け、バルセロナ行の便にトランジットです。添乗員さんが先に説明してくれているので、何も質問されることはありません。審査官も退屈そうにしていますので「Guten Tag(グーテン ターク=こんにちは)くらい覚えておくと、「こんにちは」と返してくれ、コミュニケーションがとれます。審査の回転も速くなるので一挙両得です。
    乗り継ぎ時間は3時間近くありましたが、空港自体が広いのとテロの影響でセキュリティーチェックが厳しく、かなり時間を要しました。セキュリティーの状況にもよりますが、到着後、フライト時刻まで2時間ないと焦るかもしれません。日本人を含め、東洋人の男性は全てボディーチェックを受けます。こうした海外の状況と日本のチェック体制を比べると、これで大丈夫だろうかと不安になります。余った時間は、免税店で帰国時に買うお土産の下見に有効活用です。
    ドイツからバルセロナへ向かう人は比較的少ないのか、ゲートは空港の一番外れにあります。また、添乗員さんによれば、バルセロナ便の搭乗ゲートはよく変わるそうです。ゲートに向かう前、搭乗開始の少し前にモニターをチェックすることが必要です。おまけに、そこから延々空港バスに乗せられ、タラップを上って搭乗します。成田から大阪空港便へ搭乗するより長い時間バスに乗っていたように思います。

  • バルセロナ上空<br />機内では軽食が出ますのでそれが今日の夕食代わりになります。<br />2時間ほどのフライトでいよいよバルセロナに到着です。飛行機の右側の席ならバルセロナ市街を見下ろすことができます。<br />見つけやすいのは、中央右にあるロケットのような形をしたトーレ・アグバールです。<br />コンデジはシャッターの反応が遅いので、そのタイムラグを読んでシャッターを押すというテクニックが求められます。その点、デジタル一眼は機動性がありますが、かさばるため機内で使う気にはなれないのが難点です。デジイチならもう少し鮮明な写真が撮れていたかもしれませんが…。<br />そうした意味では、ミラーレス一眼は使い道があるかもしれません。

    バルセロナ上空
    機内では軽食が出ますのでそれが今日の夕食代わりになります。
    2時間ほどのフライトでいよいよバルセロナに到着です。飛行機の右側の席ならバルセロナ市街を見下ろすことができます。
    見つけやすいのは、中央右にあるロケットのような形をしたトーレ・アグバールです。
    コンデジはシャッターの反応が遅いので、そのタイムラグを読んでシャッターを押すというテクニックが求められます。その点、デジタル一眼は機動性がありますが、かさばるため機内で使う気にはなれないのが難点です。デジイチならもう少し鮮明な写真が撮れていたかもしれませんが…。
    そうした意味では、ミラーレス一眼は使い道があるかもしれません。

  • バルセロナ上空<br />サグラダ・ファミリアも見えてきました。こうして見ると、バルセロナは山の裾野に広がった都市であることがよく判ります。方向音痴の人でも、方角が判る町です。<br /><br />バルセロナは、マドリードに次ぐスペイン第2の都市であり、奇才ガウディが活躍した港町でもあります。スペインは全国的に大陸性内陸気候により空気が乾燥していますが、バルセロナは地中海に近いために湿度が高く、日本人には馴染みやすい風土です。昔は日本人でこの町を知るのは一握りのスペイン通だけだったそうですが、現在のように知名度が上がったのは92年に開催されたバルセロナ五輪の賜物です。ガウディの名も外大のスペイン語学科の学生ですら知らないのが当たり前でしたが、今や誰もが知る超有名人になっています。<br />今やバルセロナ経済にとって観光収入は極めて重要な位置付けです。しかし、地中海の象徴的な港町がつまらないテーマパークに化さないように闘っている新市長にとり、毎年訪れる2700万人の観光客は頭痛のタネだそうです。明日は我が身かも知れませんが…。実際にバルセロナ中心部の建物の壁には「観光客は帰れ」と書かれた落書きが散見されます。何故なら、バルセロナはスペインの中でも異質の地域と言われているからです。その理由は、カタルーニャ州都であり、かつては「カタルーニャ」という独立国だったため、カタラン人が多く住むためです。首都マドリードよりもフランスに近いという地理的理由から、ここではスペインにもフランスにも属さない独特のカタルーニャ文化が育くまれてきました。「他のスペイン人とは違う」という矜持があり、この点が良くも悪くも特徴になっています。言語もカタラン語と言う独自の言葉を使います。かつてのフランコ独裁政治の時代には標準スペイン語の教育と使用が義務付けられましたが、それが解かれるや否や、その反動もあり、この地方ではカタラン語が一気に復活したそうです。勿論、標準スペイン語で会話もできるのですが、率先して使うことはないそうです。こうした面からも、歴史観と言うか、民族意識の強い地方と言えます。同じスペインの地方ですが、他とは違った哲学、言語、文化に触れ合うことで2つの異なる国を訪れたと実感できれば儲けものです。ただ、日本で言われているほど表面立った「マドリードVSバルセロナ」という対立構図がある訳ではないようです。

    バルセロナ上空
    サグラダ・ファミリアも見えてきました。こうして見ると、バルセロナは山の裾野に広がった都市であることがよく判ります。方向音痴の人でも、方角が判る町です。

    バルセロナは、マドリードに次ぐスペイン第2の都市であり、奇才ガウディが活躍した港町でもあります。スペインは全国的に大陸性内陸気候により空気が乾燥していますが、バルセロナは地中海に近いために湿度が高く、日本人には馴染みやすい風土です。昔は日本人でこの町を知るのは一握りのスペイン通だけだったそうですが、現在のように知名度が上がったのは92年に開催されたバルセロナ五輪の賜物です。ガウディの名も外大のスペイン語学科の学生ですら知らないのが当たり前でしたが、今や誰もが知る超有名人になっています。
    今やバルセロナ経済にとって観光収入は極めて重要な位置付けです。しかし、地中海の象徴的な港町がつまらないテーマパークに化さないように闘っている新市長にとり、毎年訪れる2700万人の観光客は頭痛のタネだそうです。明日は我が身かも知れませんが…。実際にバルセロナ中心部の建物の壁には「観光客は帰れ」と書かれた落書きが散見されます。何故なら、バルセロナはスペインの中でも異質の地域と言われているからです。その理由は、カタルーニャ州都であり、かつては「カタルーニャ」という独立国だったため、カタラン人が多く住むためです。首都マドリードよりもフランスに近いという地理的理由から、ここではスペインにもフランスにも属さない独特のカタルーニャ文化が育くまれてきました。「他のスペイン人とは違う」という矜持があり、この点が良くも悪くも特徴になっています。言語もカタラン語と言う独自の言葉を使います。かつてのフランコ独裁政治の時代には標準スペイン語の教育と使用が義務付けられましたが、それが解かれるや否や、その反動もあり、この地方ではカタラン語が一気に復活したそうです。勿論、標準スペイン語で会話もできるのですが、率先して使うことはないそうです。こうした面からも、歴史観と言うか、民族意識の強い地方と言えます。同じスペインの地方ですが、他とは違った哲学、言語、文化に触れ合うことで2つの異なる国を訪れたと実感できれば儲けものです。ただ、日本で言われているほど表面立った「マドリードVSバルセロナ」という対立構図がある訳ではないようです。

  • Hotel 4 Barcelona<br />初日、2日目の連泊で利用させていただいたのが、バルセロナのサン・マルティ地域の中心となるポブレノウ地区(22@テクノロジー地区)にある「Hotel 4 Barcelona」です。「4」は「four]ではなくスペイン語で「クワトロ」と読みますので、タクシーを利用される際は気を付けてください。<br />地中海の白砂ビーチまで徒歩7分のリゾート気分が味わえる4つ星ホテルです。スペインのホテルでは少ないと言われている冷蔵庫も完備され(今回の宿泊ホテルは全てありました)、バスタブ付き、Wi-Fiも無料です。部屋の広さは、スーツケース2個を広げてもまだ余裕があり、イタリアのホテルと比べると広々とした間取りです。アクセスも地下鉄4号線のLlacuna(リャクーナ)駅から400m強の距離ですので便利です。地上出口の所に個人経営の小さなスーパーマーケットがあります。水や飲料、日用品の調達ならここで充分です。ただし個人経営ですので、普段は深夜まで営業されているそうですが、時々早仕舞いすることもあるので要注意です。スペイン滞在中の飲料水を確保するため、1.5Lボトル6本を買い求めましたが、徒歩5分の歩荷がどれだけ長く感じたことか…。<br />強いてホテルの難点を言えば、ティッシュペーパーがないこととテレビのノイズが多いことです。また、共同墓地と隣接しています。これについては後ほどレポしますが、よほど霊感が強い方でなければ支障ない範囲と思います。実際、日本の墓地とは異なり、知らなければ墓地とは気付かないと思います。

    Hotel 4 Barcelona
    初日、2日目の連泊で利用させていただいたのが、バルセロナのサン・マルティ地域の中心となるポブレノウ地区(22@テクノロジー地区)にある「Hotel 4 Barcelona」です。「4」は「four]ではなくスペイン語で「クワトロ」と読みますので、タクシーを利用される際は気を付けてください。
    地中海の白砂ビーチまで徒歩7分のリゾート気分が味わえる4つ星ホテルです。スペインのホテルでは少ないと言われている冷蔵庫も完備され(今回の宿泊ホテルは全てありました)、バスタブ付き、Wi-Fiも無料です。部屋の広さは、スーツケース2個を広げてもまだ余裕があり、イタリアのホテルと比べると広々とした間取りです。アクセスも地下鉄4号線のLlacuna(リャクーナ)駅から400m強の距離ですので便利です。地上出口の所に個人経営の小さなスーパーマーケットがあります。水や飲料、日用品の調達ならここで充分です。ただし個人経営ですので、普段は深夜まで営業されているそうですが、時々早仕舞いすることもあるので要注意です。スペイン滞在中の飲料水を確保するため、1.5Lボトル6本を買い求めましたが、徒歩5分の歩荷がどれだけ長く感じたことか…。
    強いてホテルの難点を言えば、ティッシュペーパーがないこととテレビのノイズが多いことです。また、共同墓地と隣接しています。これについては後ほどレポしますが、よほど霊感が強い方でなければ支障ない範囲と思います。実際、日本の墓地とは異なり、知らなければ墓地とは気付かないと思います。

  • ボガテル・ビーチ(Platja del Bogatell)<br />2日目はゆっくりの出発でしたので、早朝にビーチまで散策に出かけました。この時期のバルセロナの日の出は7時20分頃と遅いです。経度から見ればイギリスと同じ時差でも不思議ではないのですが、ドイツと同じ時差設定になっているからです。ですから、日本に比べて日の出も日の入りも1.5時間ほど遅い感覚です。夏時間を採用していても日の出が遅いため、早朝散策の時間が制約されてしまうのが難点です。<br />因みに日の入りは、20時30分頃ですので、夜は遅くまで賑わっています。<br />スペインっ子が宵っ張りになってしまうのも頷けます。

    ボガテル・ビーチ(Platja del Bogatell)
    2日目はゆっくりの出発でしたので、早朝にビーチまで散策に出かけました。この時期のバルセロナの日の出は7時20分頃と遅いです。経度から見ればイギリスと同じ時差でも不思議ではないのですが、ドイツと同じ時差設定になっているからです。ですから、日本に比べて日の出も日の入りも1.5時間ほど遅い感覚です。夏時間を採用していても日の出が遅いため、早朝散策の時間が制約されてしまうのが難点です。
    因みに日の入りは、20時30分頃ですので、夜は遅くまで賑わっています。
    スペインっ子が宵っ張りになってしまうのも頷けます。

  • ボガテル・ビーチ<br />さすがにカタルーニャ、地名にもカタラン語が混ざっています。カタラン語で 「platja 」はビーチを意味します。<br />バルセロナは、市街地から近いサン・セバスティアンから東の方のノヴァ・マル・ベラビーチまで、全長4.5kmにおよぶ白砂のビーチが広がっています。その中央付近にあるのが、比較的静かなボガテル・ビーチです。バルセロナ市が五輪開催以来、莫大な費用を投じて清潔な砂や水質を維持してきた成果を肌で実感できます。<br />この後、写真のモデルになっていただいたお二人に写真撮影を頼まれたのですが、逆光のため顔が真っ黒になり、何度も取り直しました。でも最近のスマホのカメラの実力はうなぎのぼりですので、画像処理ソフトも含めてこの先が楽しみです。<br />このお二人は、フィンランドからバケーションに来られているようです。1週間ほどバルセロナに滞在されるそうです。

    ボガテル・ビーチ
    さすがにカタルーニャ、地名にもカタラン語が混ざっています。カタラン語で 「platja 」はビーチを意味します。
    バルセロナは、市街地から近いサン・セバスティアンから東の方のノヴァ・マル・ベラビーチまで、全長4.5kmにおよぶ白砂のビーチが広がっています。その中央付近にあるのが、比較的静かなボガテル・ビーチです。バルセロナ市が五輪開催以来、莫大な費用を投じて清潔な砂や水質を維持してきた成果を肌で実感できます。
    この後、写真のモデルになっていただいたお二人に写真撮影を頼まれたのですが、逆光のため顔が真っ黒になり、何度も取り直しました。でも最近のスマホのカメラの実力はうなぎのぼりですので、画像処理ソフトも含めてこの先が楽しみです。
    このお二人は、フィンランドからバケーションに来られているようです。1週間ほどバルセロナに滞在されるそうです。

  • ボガテル・ビーチ<br />この先に伸びているのが、ノヴァイカリア・ビーチとポブレノウ公園です。この公園は、地中海沿いの緑地のひとつとして整備された公園で、松林などの緑地部分やバスケットボールコートのある広場などがあります。また、この先600mの所にオリンピック港があります。<br />中央にある「Temps Vertader」とあるコンクリートとステンレス鋼で制作されたオブジェは、1993年にラファエル・ソレルガヤが設計した日時計のようです。<br />その後方には何故かトレーニング・キットが整備されています。年配の方が朝日を浴びながら上半身裸でトレーニングする様は、映画『ロッキー』を彷彿とさせる絵面です。<br />右側のビルの下には、バルセロナ五輪のモニュメント「フライング・フィッシュ」が写っています。本日のランチはこの周辺でいただきました。<br />遥か先には、横浜インターコンチネンタル・ホテル風の建物も見えます。船をモチーフにしたデザインは万国共通のようです。

    ボガテル・ビーチ
    この先に伸びているのが、ノヴァイカリア・ビーチとポブレノウ公園です。この公園は、地中海沿いの緑地のひとつとして整備された公園で、松林などの緑地部分やバスケットボールコートのある広場などがあります。また、この先600mの所にオリンピック港があります。
    中央にある「Temps Vertader」とあるコンクリートとステンレス鋼で制作されたオブジェは、1993年にラファエル・ソレルガヤが設計した日時計のようです。
    その後方には何故かトレーニング・キットが整備されています。年配の方が朝日を浴びながら上半身裸でトレーニングする様は、映画『ロッキー』を彷彿とさせる絵面です。
    右側のビルの下には、バルセロナ五輪のモニュメント「フライング・フィッシュ」が写っています。本日のランチはこの周辺でいただきました。
    遥か先には、横浜インターコンチネンタル・ホテル風の建物も見えます。船をモチーフにしたデザインは万国共通のようです。

  • トーレ・アグバール(アグバール・タワー)<br />海岸線から伸びるバダジョス通りの先に見えるのは、創造的産業の振興によって再開発を目論む22@テクノロジー地区への入口となるアグアス・デ・バルセロナ(バルセロナ水道会社)の本社ビルです。飛行機から見下ろしたロケット風の建物です。正式には「トーレ・アグバール」と呼ばれ、2005年に完成した地上144m、38階建のバルセロナでは3番目に高いビルです。<br />設計はアラブ世界研究所の設計で一躍時の人となった建築家ジャン・ヌーヴェルが担い、ガウディのトレンカディス(破砕タイルのモザイク)に敬意を表したという全面ガラス張りのキラキラした外観は、炎と水をイメージさせます。各窓の内側に彩色したパネルをランダムに配置し、それらをガラス越しに見るため、タワー全体が赤や青色に光り輝く仕組みです。<br />ヌーヴェルは奇岩の山「モンセラット」の威容と水道会社ビルであることから噴き上がる水をイメージした形と説明していますが、完成直後には「砲弾」や「坐薬」など散々な評判をもらい、その後数年経っても評価はあまり上がっていないようです。どのような理由か不明ですが、近々、ホテルに改装されるそうです。外観はそのままだと思いますが…。

    トーレ・アグバール(アグバール・タワー)
    海岸線から伸びるバダジョス通りの先に見えるのは、創造的産業の振興によって再開発を目論む22@テクノロジー地区への入口となるアグアス・デ・バルセロナ(バルセロナ水道会社)の本社ビルです。飛行機から見下ろしたロケット風の建物です。正式には「トーレ・アグバール」と呼ばれ、2005年に完成した地上144m、38階建のバルセロナでは3番目に高いビルです。
    設計はアラブ世界研究所の設計で一躍時の人となった建築家ジャン・ヌーヴェルが担い、ガウディのトレンカディス(破砕タイルのモザイク)に敬意を表したという全面ガラス張りのキラキラした外観は、炎と水をイメージさせます。各窓の内側に彩色したパネルをランダムに配置し、それらをガラス越しに見るため、タワー全体が赤や青色に光り輝く仕組みです。
    ヌーヴェルは奇岩の山「モンセラット」の威容と水道会社ビルであることから噴き上がる水をイメージした形と説明していますが、完成直後には「砲弾」や「坐薬」など散々な評判をもらい、その後数年経っても評価はあまり上がっていないようです。どのような理由か不明ですが、近々、ホテルに改装されるそうです。外観はそのままだと思いますが…。

  • ポブレノウ共同墓地(Cementiri de Poblenou)<br />道を挟んでホテルと対面しているのが、バルセロナ最古のポブレノウ共同墓地です。1813年に軍事防衛戦略に干渉するナポレオン軍によって破壊されましたが、その3年後に建築家アントニオ・Ginesiによってエジプト様式とネオ・クラシック様式がリミックスされたスタイルで再建されています。<br />正門の両脇にあるピラミッド状の物体の上部には十字架に付せられた「プロビデンスの目(全能の目)」があり、こうしたことからGinesiはフリーメイソンのメンバーだったとも囁かれています。

    ポブレノウ共同墓地(Cementiri de Poblenou)
    道を挟んでホテルと対面しているのが、バルセロナ最古のポブレノウ共同墓地です。1813年に軍事防衛戦略に干渉するナポレオン軍によって破壊されましたが、その3年後に建築家アントニオ・Ginesiによってエジプト様式とネオ・クラシック様式がリミックスされたスタイルで再建されています。
    正門の両脇にあるピラミッド状の物体の上部には十字架に付せられた「プロビデンスの目(全能の目)」があり、こうしたことからGinesiはフリーメイソンのメンバーだったとも囁かれています。

  • ポブレノウ共同墓地<br />こちらはホテルの部屋の窓から撮影したものです。一見、団地のようにも見えますが、これが共同墓地です。<br />このポブレノウ共同墓地で有名なのが、1930年に制作されたジャウメバルバによるブロンズ像『死の接吻』です。<br />興味のある方は、こちらのサイトを参照ください。<br />http://www.orienteeterno.org/2011_10_09_archive.html<br /><br />骸骨がキッスしているのが『死の接吻』です。これは「メメント・モリ(memento mori)」をモチーフにした作品です。ラテン語の「メメント・モリ」とは「いつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句で、「死を記憶せよ」などと訳されます。特にキリスト教徒にとって死への思いは現世での愉しみや贅沢、手柄が空虚なものであることを強調するものとされ、来世に思いを馳せる誘引となっています。一見グロテスクな作品ですが、こうして墓地に安置されていることを鑑みれば深い意味があることは自明です。

    ポブレノウ共同墓地
    こちらはホテルの部屋の窓から撮影したものです。一見、団地のようにも見えますが、これが共同墓地です。
    このポブレノウ共同墓地で有名なのが、1930年に制作されたジャウメバルバによるブロンズ像『死の接吻』です。
    興味のある方は、こちらのサイトを参照ください。
    http://www.orienteeterno.org/2011_10_09_archive.html

    骸骨がキッスしているのが『死の接吻』です。これは「メメント・モリ(memento mori)」をモチーフにした作品です。ラテン語の「メメント・モリ」とは「いつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句で、「死を記憶せよ」などと訳されます。特にキリスト教徒にとって死への思いは現世での愉しみや贅沢、手柄が空虚なものであることを強調するものとされ、来世に思いを馳せる誘引となっています。一見グロテスクな作品ですが、こうして墓地に安置されていることを鑑みれば深い意味があることは自明です。

  • ポブレノウ地区<br />サン・マルティ地域の中心となるポブレノウ地区は、バルセロナ五輪の直前までは工業都市だった歴史を持ち、主に工場労働者たちが住居を構えた地区です。現在は町工場跡がディスコやライブハウス、アーティストたちの工房になっており、地中海に面する白砂ビーチが近いこともあり、住民層は変化してきているようです。<br />アパートメントの傍らに巨大な煉瓦造りの煙突を遺構として残すなど、新旧が入り交ざった興味深い街並になっています。

    ポブレノウ地区
    サン・マルティ地域の中心となるポブレノウ地区は、バルセロナ五輪の直前までは工業都市だった歴史を持ち、主に工場労働者たちが住居を構えた地区です。現在は町工場跡がディスコやライブハウス、アーティストたちの工房になっており、地中海に面する白砂ビーチが近いこともあり、住民層は変化してきているようです。
    アパートメントの傍らに巨大な煉瓦造りの煙突を遺構として残すなど、新旧が入り交ざった興味深い街並になっています。

  • ポブレノウ地区<br />煙突は窓のすぐ脇に迫っています。窓は換気用と割り切っているのか、よく辛抱して暮らしているなと感心します。この地域の歴史を後世に遺したいという思いが強いのだと思います。<br /><br />もう少し詳しくポブレノウ地区の歴史を辿ってみましょう。<br />19世紀後半には紡績工場が栄えましたが、1898年の米西戦争によってキューバやプエルトリコ、フィリピンなどの植民地を失うと金属加工工場や化学工場、製紙工場などに代えられました。19世紀の第2共和政時代には金属加工工場が民営化され、内戦時には共和国側の重要な生産設備となりました。フランコ軍により共和国派が多数処刑されましたが、1960年代に始まった工場移転や閉鎖の中、いくつかの工場は民営化されて残されました。しかし1992年のバルセロナ五輪をきっかけに、一部をITやメディア産業などの情報産業向オフィスに再開発する動きが始まり、地区人口が1991年の4万7000人から2013年には9万人へとほぼ倍増しましたが、これにより高級ホテルと不法占拠の建物が林立する極端な格差社会に陥っています。

    ポブレノウ地区
    煙突は窓のすぐ脇に迫っています。窓は換気用と割り切っているのか、よく辛抱して暮らしているなと感心します。この地域の歴史を後世に遺したいという思いが強いのだと思います。

    もう少し詳しくポブレノウ地区の歴史を辿ってみましょう。
    19世紀後半には紡績工場が栄えましたが、1898年の米西戦争によってキューバやプエルトリコ、フィリピンなどの植民地を失うと金属加工工場や化学工場、製紙工場などに代えられました。19世紀の第2共和政時代には金属加工工場が民営化され、内戦時には共和国側の重要な生産設備となりました。フランコ軍により共和国派が多数処刑されましたが、1960年代に始まった工場移転や閉鎖の中、いくつかの工場は民営化されて残されました。しかし1992年のバルセロナ五輪をきっかけに、一部をITやメディア産業などの情報産業向オフィスに再開発する動きが始まり、地区人口が1991年の4万7000人から2013年には9万人へとほぼ倍増しましたが、これにより高級ホテルと不法占拠の建物が林立する極端な格差社会に陥っています。

  • ドゥクト・トルエタ通り<br />この辺りは芸術家の町に生まれ変わりつつあり、その片鱗を見せる建物です。表面はパステルカラーのクリーム色、奥行きに淡い空色を配しています。<br />街路樹のプラタナスの枯葉がすでに風に舞い、夏の終わりを告げています。<br /><br />ポブレノウには、美味しい「オルチャータ」を飲ませる店があります。時間がなくて寄れませんでしたが、「EL・TIO・CHE(エル・ティオ・チェ)」と言う、創業100年を越える昔ながらのお店です。地元の方もここのオルチャータ・ファンが多いそうです。<br />オルチャータとは日本人には聞き慣れない名前ですが、その原材料はチュファと呼ばれる「キハマスゲ」と言う植物の茎です。その茎をすり潰し、エキスを抽出したものがオルチャータです。それに砂糖を加えて甘くして飲むのが一般的で、ミネラルやビタミンなどの栄養が豊富なため疲れている時に飲む方が多いそうです。日本人にもクリーミーで飲み易いと言われていますが、他の店に比べてチュファの質が高いからこの味がだせるそうです。<br />住所:Rambla del Poblenou,44/46

    ドゥクト・トルエタ通り
    この辺りは芸術家の町に生まれ変わりつつあり、その片鱗を見せる建物です。表面はパステルカラーのクリーム色、奥行きに淡い空色を配しています。
    街路樹のプラタナスの枯葉がすでに風に舞い、夏の終わりを告げています。

    ポブレノウには、美味しい「オルチャータ」を飲ませる店があります。時間がなくて寄れませんでしたが、「EL・TIO・CHE(エル・ティオ・チェ)」と言う、創業100年を越える昔ながらのお店です。地元の方もここのオルチャータ・ファンが多いそうです。
    オルチャータとは日本人には聞き慣れない名前ですが、その原材料はチュファと呼ばれる「キハマスゲ」と言う植物の茎です。その茎をすり潰し、エキスを抽出したものがオルチャータです。それに砂糖を加えて甘くして飲むのが一般的で、ミネラルやビタミンなどの栄養が豊富なため疲れている時に飲む方が多いそうです。 日本人にもクリーミーで飲み易いと言われていますが、他の店に比べてチュファの質が高いからこの味がだせるそうです。
    住所:Rambla del Poblenou,44/46

  • グエル公園 駐車場側入口<br />前置きが長くなりましたが、ここからが2日目の本題です。駐車場に脇にあるギリシア劇場に通じる入口から入場するコースです。<br /><br />バルセロナ市街を一望する高台に広がるグエル公園は、エウゼビ・グエルの依頼により、アントニオ・ガウディが48歳の時に着手したものです。元々は共同施設を備えた60戸の分譲住宅地とする計画でしたが、資金不足等により未完に終わり、グエルの死後、バルセロナ市庁に買い取られ、1922年に公園として一般公開されました。<br />園内には、色鮮やかな破砕タイルをあしらったトレンカディスのベンチや市場になる予定だった列柱ホール、椰子の木のような脚柱を備えた回廊や陸橋などガウディの遺産が点在しています。特に、出口付近に建つ2棟の建物の屋根は、カタルーニャ生まれの画家ダリが「砂糖をまぶしたタルト菓子のよう」と評した可愛らしさが印象的です。この公園がディズニーランドのモデルになったというのも頷けます。<br />散策していると次から次へと奇抜なオブジェが出現し、ちょっとしたテーマパーク気分が味わえます。巨大なテラスを縁取る波打ったベンチは、実際に職人を座らせて型取りしたと言われており、確かに座ってみると体にしっくりと馴染みます。美的センスだけでなく、その機能にも吃驚させられます。このグエル公園は、グエルとガウディの夢とファンタジーが満載された場所と言えます。<br />公式サイトのMAPです。<br />http://www.parkguell.cat/en/prepare-the-visit/map-and-services/

    グエル公園 駐車場側入口
    前置きが長くなりましたが、ここからが2日目の本題です。駐車場に脇にあるギリシア劇場に通じる入口から入場するコースです。

    バルセロナ市街を一望する高台に広がるグエル公園は、エウゼビ・グエルの依頼により、アントニオ・ガウディが48歳の時に着手したものです。元々は共同施設を備えた60戸の分譲住宅地とする計画でしたが、資金不足等により未完に終わり、グエルの死後、バルセロナ市庁に買い取られ、1922年に公園として一般公開されました。
    園内には、色鮮やかな破砕タイルをあしらったトレンカディスのベンチや市場になる予定だった列柱ホール、椰子の木のような脚柱を備えた回廊や陸橋などガウディの遺産が点在しています。特に、出口付近に建つ2棟の建物の屋根は、カタルーニャ生まれの画家ダリが「砂糖をまぶしたタルト菓子のよう」と評した可愛らしさが印象的です。この公園がディズニーランドのモデルになったというのも頷けます。
    散策していると次から次へと奇抜なオブジェが出現し、ちょっとしたテーマパーク気分が味わえます。巨大なテラスを縁取る波打ったベンチは、実際に職人を座らせて型取りしたと言われており、確かに座ってみると体にしっくりと馴染みます。美的センスだけでなく、その機能にも吃驚させられます。このグエル公園は、グエルとガウディの夢とファンタジーが満載された場所と言えます。
    公式サイトのMAPです。
    http://www.parkguell.cat/en/prepare-the-visit/map-and-services/

  • グエル公園 回廊・陸橋<br />イギリスを訪れたグエルは、その田園風景をすっかり気に入り、イギリス風の都市住宅を造って売り出すことを考案しました。ガウディはグエルからの依頼を受け、地形をそのままの状態で維持しながら計画を進めようと考え、切り崩しや盛り土をすることも避けたため、園内は予想外に起伏に冨み、入り組んでもいます。<br />基本コンセプトは、ガウディが総合芸術の一要素とした楽劇(音楽)に基づき、「破砕タイル」「岩」「樹木」が三幕を構成しています。自然をお手本としたガウディらしい発想です。丘陵地という特性を活かし、高い位置に馬車道、歩道と散歩道を低い位置に配置しています。散歩道となる回廊にはカテナリー曲線を駆使し、三種類の道を楽劇の主旋律に据えています。ここでは、自然そのものやタイルが音符の代わりにされ、曲を奏でています。<br />しかし往時としてはあまりにも進歩的すぎて、ガウディの発想と価値観は一般大衆には理解されなかったようです。<br />20haもの広大な土地に広場や道路などのインフラを整備し、60戸の住宅建築を計画していたのですが、買い手がつかず、結局売れたのは3戸、その内2戸はガウディとグエルだったそうです。グエル没後に工事は中断され、彼の子息が市の公園として寄付し、現在に至っています。

    グエル公園 回廊・陸橋
    イギリスを訪れたグエルは、その田園風景をすっかり気に入り、イギリス風の都市住宅を造って売り出すことを考案しました。ガウディはグエルからの依頼を受け、地形をそのままの状態で維持しながら計画を進めようと考え、切り崩しや盛り土をすることも避けたため、園内は予想外に起伏に冨み、入り組んでもいます。
    基本コンセプトは、ガウディが総合芸術の一要素とした楽劇(音楽)に基づき、「破砕タイル」「岩」「樹木」が三幕を構成しています。自然をお手本としたガウディらしい発想です。丘陵地という特性を活かし、高い位置に馬車道、歩道と散歩道を低い位置に配置しています。散歩道となる回廊にはカテナリー曲線を駆使し、三種類の道を楽劇の主旋律に据えています。ここでは、自然そのものやタイルが音符の代わりにされ、曲を奏でています。
    しかし往時としてはあまりにも進歩的すぎて、ガウディの発想と価値観は一般大衆には理解されなかったようです。
    20haもの広大な土地に広場や道路などのインフラを整備し、60戸の住宅建築を計画していたのですが、買い手がつかず、結局売れたのは3戸、その内2戸はガウディとグエルだったそうです。グエル没後に工事は中断され、彼の子息が市の公園として寄付し、現在に至っています。

  • グエル公園 回廊・陸橋<br />この上が馬車道、その下の回廊が散歩道になります。<br />現地ガイドさん曰く、「午前中の散策でラッキーですよ!午後は日差しが強く、日陰も少なくなります。ガイドの私も無口になるくらいですから…」。<br />と言うことは、カメラ写りは午後の方が良好ということです。

    グエル公園 回廊・陸橋
    この上が馬車道、その下の回廊が散歩道になります。
    現地ガイドさん曰く、「午前中の散策でラッキーですよ!午後は日差しが強く、日陰も少なくなります。ガイドの私も無口になるくらいですから…」。
    と言うことは、カメラ写りは午後の方が良好ということです。

  • グエル公園 回廊・陸橋<br />右端の赤い帽子の方が現地ガイドさんです。<br />柱廊の意匠が少し変化しているのが判りますか?ここから日陰になる回廊の下を辿っていきます。<br />モンターニャ・ペラダの丘陵を削った時に排出された岩を丘陵壁面や高架橋、柱廊に巧みに取り入れたため、自然の中に一体化した造りになっています。建築様式の異なる3つの柱廊は、園内の高低差によって建築を違え、一番内側はゴシックスタイル、真ん中はバロックスタイル、一番上にあるのはロマネスクスタイルとなっています。周囲の景観に溶け込むように、道路を支える支柱は木の幹のような造りで自然と調和させています。柱の表面には自然を尊重して他から採取した石を使わず、掘り出した石だけを使っています。これは、周りの赤茶けた岩肌とのマッチングのためだけではなく、掘り出された石にも再び同じ場所で生命を与えたいというガウディの生命尊重思想が貫かれているからです。

    グエル公園 回廊・陸橋
    右端の赤い帽子の方が現地ガイドさんです。
    柱廊の意匠が少し変化しているのが判りますか?ここから日陰になる回廊の下を辿っていきます。
    モンターニャ・ペラダの丘陵を削った時に排出された岩を丘陵壁面や高架橋、柱廊に巧みに取り入れたため、自然の中に一体化した造りになっています。建築様式の異なる3つの柱廊は、園内の高低差によって建築を違え、一番内側はゴシックスタイル、真ん中はバロックスタイル、一番上にあるのはロマネスクスタイルとなっています。周囲の景観に溶け込むように、道路を支える支柱は木の幹のような造りで自然と調和させています。柱の表面には自然を尊重して他から採取した石を使わず、掘り出した石だけを使っています。これは、周りの赤茶けた岩肌とのマッチングのためだけではなく、掘り出された石にも再び同じ場所で生命を与えたいというガウディの生命尊重思想が貫かれているからです。

  • グエル公園 回廊<br />天井には剥き出しの石が沢山あり、今にも落ちてきそうな気配です。でも上ばかり気にしていると危険です。<br />このように通路を邪魔するかのように斜めに生えている木があります。これは、ガウディが躓いたと伝えられるイナゴ豆と呼ばれる木とその根っこです。

    グエル公園 回廊
    天井には剥き出しの石が沢山あり、今にも落ちてきそうな気配です。でも上ばかり気にしていると危険です。
    このように通路を邪魔するかのように斜めに生えている木があります。これは、ガウディが躓いたと伝えられるイナゴ豆と呼ばれる木とその根っこです。

  • グエル公園 回廊<br />野趣溢れる木と根の曲がり方は、どことなくガウディのデザインに繋がるものを感じさせます。その独特のフォルムから、ガウディが敢えて切らずにアクセントとしてここに残したものと窺えます。<br />また、ガウディの生命尊重思想を裏付けるエビデンスとも言えます。

    グエル公園 回廊
    野趣溢れる木と根の曲がり方は、どことなくガウディのデザインに繋がるものを感じさせます。その独特のフォルムから、ガウディが敢えて切らずにアクセントとしてここに残したものと窺えます。
    また、ガウディの生命尊重思想を裏付けるエビデンスとも言えます。

  • グエル公園 ガウディの家博物館<br />1906年にガウディの弟子フランセスク・ベレンゲールがグエル公園のモデルハウスとして完成させたのがこのガウディ邸宅です。なかなか買い手がつかなかったためにガウディが購入し、父親と知能障害者の姪ロサと共に、1906年からサグラダ・ファミリアに移り住むまでの20年近くをここで暮らしました。

    グエル公園 ガウディの家博物館
    1906年にガウディの弟子フランセスク・ベレンゲールがグエル公園のモデルハウスとして完成させたのがこのガウディ邸宅です。なかなか買い手がつかなかったためにガウディが購入し、父親と知能障害者の姪ロサと共に、1906年からサグラダ・ファミリアに移り住むまでの20年近くをここで暮らしました。

  • グエル公園 ガウディの家博物館<br />サーモンピンク色の壁が可愛らしく、小さな塔が印象的な邸宅です。窓枠などの手書きの模様も可愛いらしく、壁の色合いから別名「バラの家」と呼ばれていました。<br />現在はガウディの家博物館になっており、ガウディがデザインした家具なども展示されています。<br />

    グエル公園 ガウディの家博物館
    サーモンピンク色の壁が可愛らしく、小さな塔が印象的な邸宅です。窓枠などの手書きの模様も可愛いらしく、壁の色合いから別名「バラの家」と呼ばれていました。
    現在はガウディの家博物館になっており、ガウディがデザインした家具なども展示されています。

  • グエル公園 ガウディの家博物館<br />ガウディがデザインした門です。グエル公園で有名なのはダリが絶賛したという小学校の門ですが、同じようなモチーフの門があちらこちらで見られます。これはハート形をしていますので「牛の心臓」でしょうか???<br />ガウディの邸宅は、彼の遺言によりサグラダ・ファミリア建設委員会に譲渡されましたが、教会建設資金を賄うために競売にかけられてイタリア人に売却されて暫くの間彼らの住居となっていました。それを1960年に「ガウディ友の会」が買い取って往時の様子を再現し、1963年に博物館としてオープンさせました。1992年、友の会は再びサグラダ・ファミリア建設委員会にこの博物館を譲渡しています。

    グエル公園 ガウディの家博物館
    ガウディがデザインした門です。グエル公園で有名なのはダリが絶賛したという小学校の門ですが、同じようなモチーフの門があちらこちらで見られます。これはハート形をしていますので「牛の心臓」でしょうか???
    ガウディの邸宅は、彼の遺言によりサグラダ・ファミリア建設委員会に譲渡されましたが、教会建設資金を賄うために競売にかけられてイタリア人に売却されて暫くの間彼らの住居となっていました。それを1960年に「ガウディ友の会」が買い取って往時の様子を再現し、1963年に博物館としてオープンさせました。1992年、友の会は再びサグラダ・ファミリア建設委員会にこの博物館を譲渡しています。

  • グエル公園<br />ラ・ナトゥーラ広場へ続く道の左端には、転々と球体の石が置かれています。この道は高架橋などのように馬車も走れるように設計されていたため、道に球体の石を並べて車道と歩道を区分けする目印にしたそうです。しかし単なる目印だけではなく、それらを繋げるとロザリオの形になるそうです。敬虔なカトリック信者だったガウディならではの発想と言えます。<br />そんな球体石の並ぶ道を進んでいくと、モニュメント広場も本来の正面入口に建つ門衛館や待合館もバルセロナの街もまとめて一望できるラ・ナトゥーラ広場に出ます。

    グエル公園
    ラ・ナトゥーラ広場へ続く道の左端には、転々と球体の石が置かれています。この道は高架橋などのように馬車も走れるように設計されていたため、道に球体の石を並べて車道と歩道を区分けする目印にしたそうです。しかし単なる目印だけではなく、それらを繋げるとロザリオの形になるそうです。敬虔なカトリック信者だったガウディならではの発想と言えます。
    そんな球体石の並ぶ道を進んでいくと、モニュメント広場も本来の正面入口に建つ門衛館や待合館もバルセロナの街もまとめて一望できるラ・ナトゥーラ広場に出ます。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ(中央)広場<br />「ギリシア劇場」と名付けられ、展望のよい集会広場として設けられました。初期の計画では、この広場は屋外劇場として演劇や演奏会なども催せる居住者の憩いの場となる予定でした。広場は、破砕タイルで装飾された全長110mの波打った客席を兼ねたベンチで縁取られています。ベンチに施されたトレンカディス(破砕タイルのモザイク)は変化に富み、具象的、抽象的なコラージュが複雑に組み合わされています。トレンカディスと言っても、ここのベンチに関しては苦肉の策だったようで、タイルを貼る予算が無かったため、タイル工場から出た不良品をもらい受けての施行だったようです。

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ(中央)広場
    「ギリシア劇場」と名付けられ、展望のよい集会広場として設けられました。初期の計画では、この広場は屋外劇場として演劇や演奏会なども催せる居住者の憩いの場となる予定でした。広場は、破砕タイルで装飾された全長110mの波打った客席を兼ねたベンチで縁取られています。ベンチに施されたトレンカディス(破砕タイルのモザイク)は変化に富み、具象的、抽象的なコラージュが複雑に組み合わされています。トレンカディスと言っても、ここのベンチに関しては苦肉の策だったようで、タイルを貼る予算が無かったため、タイル工場から出た不良品をもらい受けての施行だったようです。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />朝一番の入場ですが、すでにこれだけの人で賑わっています。<br />トレンカディスだけでなく、雨樋のライオン風のガーゴイルや水滴か泪を表してしているような造形なども見所です。<br />ガーゴイルと言うと魔除けの怪物の彫刻と言うイメージが強いのですが、本来ギリシア神殿では大理石のライオンの口などが付けられていたそうです。それに倣ったものだそうです。

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    朝一番の入場ですが、すでにこれだけの人で賑わっています。
    トレンカディスだけでなく、雨樋のライオン風のガーゴイルや水滴か泪を表してしているような造形なども見所です。
    ガーゴイルと言うと魔除けの怪物の彫刻と言うイメージが強いのですが、本来ギリシア神殿では大理石のライオンの口などが付けられていたそうです。それに倣ったものだそうです。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場 旧グエル邸宅<br />農家を改築した旧グエル邸です。通称「ララードの家」と言われていました。<br />1930年初頭の第二共和国時代に小学校となり、現在も市立小学校として使用されています。<br />

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場 旧グエル邸宅
    農家を改築した旧グエル邸です。通称「ララードの家」と言われていました。
    1930年初頭の第二共和国時代に小学校となり、現在も市立小学校として使用されています。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />ラ・ナトゥーラ広場に入る所から有料エリアになります。<br />この陸橋のデザインは、オンブーの木の根っこからヒントを得たそうです。<br /><br />オンブーの木の写真のあるサイトです。<br />http://ramadeverano.jugem.jp/?eid=63

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    ラ・ナトゥーラ広場に入る所から有料エリアになります。
    この陸橋のデザインは、オンブーの木の根っこからヒントを得たそうです。

    オンブーの木の写真のあるサイトです。
    http://ramadeverano.jugem.jp/?eid=63

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />ガウディはこのベンチをアダムとイブの物語に着想を得て造ったと伝えられています。モザイク装飾はガウディの弟子ジュセップ・マリア・ジュジョールが手がけています。<br />工場の不良品をリサイクルしたものとはいえ、1枚のタイルを一度破砕し、それをまた繋げてオリジナルの形に戻したり、同じタイルを組み替えて別の顔を見せるなど、小さな平面を繋げて曲面を表現するなど手の込んだ手法を採っています。一手間どころかとてつもない大変な作業を職人にさせていた事が窺えます。<br />また機能的な面では、雨水を抜く穴が設けられています。現在でも雨上がりには水が溜まって使えないベンチが五万とあるのですが、ガウディの設計の緻密さを窺わせるもののひとつです。

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    ガウディはこのベンチをアダムとイブの物語に着想を得て造ったと伝えられています。モザイク装飾はガウディの弟子ジュセップ・マリア・ジュジョールが手がけています。
    工場の不良品をリサイクルしたものとはいえ、1枚のタイルを一度破砕し、それをまた繋げてオリジナルの形に戻したり、同じタイルを組み替えて別の顔を見せるなど、小さな平面を繋げて曲面を表現するなど手の込んだ手法を採っています。一手間どころかとてつもない大変な作業を職人にさせていた事が窺えます。
    また機能的な面では、雨水を抜く穴が設けられています。現在でも雨上がりには水が溜まって使えないベンチが五万とあるのですが、ガウディの設計の緻密さを窺わせるもののひとつです。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />世界一長いと認定されている波打つベンチは、長時間ゆっくり座れるよう座り心地にも拘って人体工学を駆使して造られています。石膏の鋳型の上に直接裸の左官職人を座らせて型をとり、それを基に制作したそうです。<br />こうして座ってみると、日本人の体形にもしっくり馴染んでいます。<br />

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    世界一長いと認定されている波打つベンチは、長時間ゆっくり座れるよう座り心地にも拘って人体工学を駆使して造られています。石膏の鋳型の上に直接裸の左官職人を座らせて型をとり、それを基に制作したそうです。
    こうして座ってみると、日本人の体形にもしっくり馴染んでいます。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />モニュメント広場に下にある門衛館や待合館、バルセロナ市街が一望できます。<br />サグラダ・ファミリアもビルの陰になりますが鐘塔を見ることができます。

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    モニュメント広場に下にある門衛館や待合館、バルセロナ市街が一望できます。
    サグラダ・ファミリアもビルの陰になりますが鐘塔を見ることができます。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />右側の海岸線沿いにある大きな建物は、ビルではなく、クルーズの豪華客船です。

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    右側の海岸線沿いにある大きな建物は、ビルではなく、クルーズの豪華客船です。

  • グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場<br />誰もが思うように、これらは『ヘンゼルとグレーテル』に出てくる「お菓子の家」そのものです。こうしたファンタジーに富んだ建物が、ディズニーランドのモデルになったとも言われています。<br />ガウディを語るには作曲家ワーグナーを外すことはできません。ガウディがワーグナーに心酔したのは、ワーグナーが題材にするものが常にゲルマン民族を讃えるドイツの伝統であることと、キリスト教や仏教、東洋哲学までを含む総合的な思想だったからです。ワーグナーが祖国ドイツに寄せる個人的な愛国心と広い宗教観に感銘したのです。<br />オペラ『ヘンゼルとグレーテル』は、フンパーティングの作曲ですが、実は彼はワーグナーの助手でした。2年間バルセロナの音楽大学の教授を務めたこともあり、彼のオペラはバルセロナで大評判だったそうです。

    グエル公園 ラ・ナトゥーラ広場
    誰もが思うように、これらは『ヘンゼルとグレーテル』に出てくる「お菓子の家」そのものです。こうしたファンタジーに富んだ建物が、ディズニーランドのモデルになったとも言われています。
    ガウディを語るには作曲家ワーグナーを外すことはできません。ガウディがワーグナーに心酔したのは、ワーグナーが題材にするものが常にゲルマン民族を讃えるドイツの伝統であることと、キリスト教や仏教、東洋哲学までを含む総合的な思想だったからです。ワーグナーが祖国ドイツに寄せる個人的な愛国心と広い宗教観に感銘したのです。
    オペラ『ヘンゼルとグレーテル』は、フンパーティングの作曲ですが、実は彼はワーグナーの助手でした。2年間バルセロナの音楽大学の教授を務めたこともあり、彼のオペラはバルセロナで大評判だったそうです。

  • グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 門衛館 <br />スペインを代表するアーティストのサルバドール・ダリは、ガウディの影響を受けたひとりです。入口の門衛館と待合館のメルヘンチックなパビリオンを見て、「まるで砂糖菓子のようだ」と言ったそうです。その屋根は、確かに下方から見上げると砂糖菓子のように見えます。<br />この門衛館は、建設当初からここを管理する門衛の住宅として建設されたものです。乱石積の外周壁と煉瓦造内壁の壁構造になっており、鉄筋コンクリート製の小梁も使用されています。屋根は、煉瓦造薄版ヴォールトとトレンカディス仕上げです。トレンカディスと言うよりも、どちらかと言えばモザイク装飾に近いものですが…。

    グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 門衛館 
    スペインを代表するアーティストのサルバドール・ダリは、ガウディの影響を受けたひとりです。入口の門衛館と待合館のメルヘンチックなパビリオンを見て、「まるで砂糖菓子のようだ」と言ったそうです。その屋根は、確かに下方から見上げると砂糖菓子のように見えます。
    この門衛館は、建設当初からここを管理する門衛の住宅として建設されたものです。乱石積の外周壁と煉瓦造内壁の壁構造になっており、鉄筋コンクリート製の小梁も使用されています。屋根は、煉瓦造薄版ヴォールトとトレンカディス仕上げです。トレンカディスと言うよりも、どちらかと言えばモザイク装飾に近いものですが…。

  • グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 待合館 <br />ここは、住宅パークになった時、来訪者の待合い所とする予定で建設されたそうです。現在はガウディ関係のショップとなっています。<br />この建物は、実は「もう一つのシンボル」と呼ばれ、高さ29mもある青と白のコントラストが美しい塔の上にはガウディ独特の2重十字架があり、どの方向から見ても十字に見えるようになっています。<br />また、塔の微妙な凹凸にも美しい幾何学模様が付けられています。下の方の壁は、ブガデラの回廊と同様、この山で採れた石を張り付けています。 <br />「お菓子の家」や「妖精と魔女の住む城」とか、「鞍を付け城塞の塔を乗せた2頭の象」とか、「キノコ中毒による幻覚の産物」など、多彩な解釈をされている建物です。また、ウォルトディズニーがこのデザインに大変興味を持ったことでも知られています。

    グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 待合館 
    ここは、住宅パークになった時、来訪者の待合い所とする予定で建設されたそうです。現在はガウディ関係のショップとなっています。
    この建物は、実は「もう一つのシンボル」と呼ばれ、高さ29mもある青と白のコントラストが美しい塔の上にはガウディ独特の2重十字架があり、どの方向から見ても十字に見えるようになっています。
    また、塔の微妙な凹凸にも美しい幾何学模様が付けられています。下の方の壁は、ブガデラの回廊と同様、この山で採れた石を張り付けています。
    「お菓子の家」や「妖精と魔女の住む城」とか、「鞍を付け城塞の塔を乗せた2頭の象」とか、「キノコ中毒による幻覚の産物」など、多彩な解釈をされている建物です。また、ウォルトディズニーがこのデザインに大変興味を持ったことでも知られています。

  • グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 トリアス邸宅<br />市街とは反対側の山手を振り返ると、遥か高台に白い家が見えます。これが唯一住宅として分譲販売されたトリアス邸で、現在も人が住んでいるそうです。グエル公園は分譲住宅地として開発され、60戸ほどの家が建てられる計画でしたが、買い手がつかず、市が引き取って公園にしたという話は有名です。グエルとガウディ以外で唯一分譲住宅を買った奇特な方が、グエル伯爵の友人で弁護士のマルティ・トリアス・イ・ドメネクでした。邸宅は、1906年にジュリー・バトリエベールが完成させたものです。<br />現在のような公園としての立地なら最高だとは思いますが、日常の生活空間としては市の中心部から距離があるし、丘の斜面ゆえにアップダウンもあるし、正直な所どうなのでしょう???眺望は素晴らしく、別荘としてなら及第点かもしれません。

    グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 トリアス邸宅
    市街とは反対側の山手を振り返ると、遥か高台に白い家が見えます。これが唯一住宅として分譲販売されたトリアス邸で、現在も人が住んでいるそうです。グエル公園は分譲住宅地として開発され、60戸ほどの家が建てられる計画でしたが、買い手がつかず、市が引き取って公園にしたという話は有名です。グエルとガウディ以外で唯一分譲住宅を買った奇特な方が、グエル伯爵の友人で弁護士のマルティ・トリアス・イ・ドメネクでした。邸宅は、1906年にジュリー・バトリエベールが完成させたものです。
    現在のような公園としての立地なら最高だとは思いますが、日常の生活空間としては市の中心部から距離があるし、丘の斜面ゆえにアップダウンもあるし、正直な所どうなのでしょう???眺望は素晴らしく、別荘としてなら及第点かもしれません。

  • グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 旧グエル邸<br />現在は小学校になっていますが、屋根の装飾は凝ったデザインになっています。<br /><br />グエルが分譲住宅計画を断念したのは、米西戦争の敗北で輸出先を失い、カタルーニャの繊維工場が大打撃を受け、その工場主たちが分譲地を購入する余裕を失ったからでした。また、失敗の原因のひとつには、ガウディの発想があまりにも斬新すぎたためとも言われています。<br />グエルは、この失敗についてガウディに次のように話しています。「これは失敗なんかではありません。私はバルセロナの景観をよくするために貢献したのです。何億という投資をしましたが、これ以上良いお金の使い方はなかったと思います。ここだけは、永遠にバルセロナの楽園になってくれるはずです。…私もここに住もうと思っていますよ」。北川圭子著『ガウディの生涯』より抜粋。

    グエル公 園 ラ・ナトゥーラ広場 旧グエル邸
    現在は小学校になっていますが、屋根の装飾は凝ったデザインになっています。

    グエルが分譲住宅計画を断念したのは、米西戦争の敗北で輸出先を失い、カタルーニャの繊維工場が大打撃を受け、その工場主たちが分譲地を購入する余裕を失ったからでした。また、失敗の原因のひとつには、ガウディの発想があまりにも斬新すぎたためとも言われています。
    グエルは、この失敗についてガウディに次のように話しています。「これは失敗なんかではありません。私はバルセロナの景観をよくするために貢献したのです。何億という投資をしましたが、これ以上良いお金の使い方はなかったと思います。ここだけは、永遠にバルセロナの楽園になってくれるはずです。…私もここに住もうと思っていますよ」。北川圭子著『ガウディの生涯』より抜粋。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />ラ・ナトゥーラ広場の左裏手の回廊は柱廊仕立てになっており、「ウェーブ」と呼ばれる石の柱廊が奇抜でアーティスティックな造りです。支柱は2本セットになっており、椰子の木をモチーフにしています。<br />

    グエル公園 ブガデラの回廊
    ラ・ナトゥーラ広場の左裏手の回廊は柱廊仕立てになっており、「ウェーブ」と呼ばれる石の柱廊が奇抜でアーティスティックな造りです。支柱は2本セットになっており、椰子の木をモチーフにしています。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />入口は、鍾乳洞を彷彿とさせるデザインです。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    入口は、鍾乳洞を彷彿とさせるデザインです。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />スペイン初の鉄筋コンクリート製の柱は表面を石で覆い、その石の連なりで蔦が絡み付く姿を彷彿とさせる造形を見せています。ガウディは、建築と言う造形の中でもテクスチャーにことさら拘った建築家だそうです。<br />ここの回廊の天井は凸凹がない曲面にされており、こうしてぼんやり焦点もなく見ていると、ブラックホールに引きずり込まれて何処か異次元の世界へでも連れていかれそうな気がします。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    スペイン初の鉄筋コンクリート製の柱は表面を石で覆い、その石の連なりで蔦が絡み付く姿を彷彿とさせる造形を見せています。ガウディは、建築と言う造形の中でもテクスチャーにことさら拘った建築家だそうです。
    ここの回廊の天井は凸凹がない曲面にされており、こうしてぼんやり焦点もなく見ていると、ブラックホールに引きずり込まれて何処か異次元の世界へでも連れていかれそうな気がします。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />樹立する柱の中にブガデラ(洗濯をする女性)の柱があり、頭に籠を載せています。正直なところ、この存在を知らなければ見逃してしまうほど他の柱と同化していますので、見つけた時の感激はひとしおです。<br />場所は、ラ・ナトゥーラ広場の左裏手の回廊の4番目の柱です。いつも誰かが取り巻いているので判ると思います。この写真は、ラ・ナトゥーラ広場から撮影したものです。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    樹立する柱の中にブガデラ(洗濯をする女性)の柱があり、頭に籠を載せています。正直なところ、この存在を知らなければ見逃してしまうほど他の柱と同化していますので、見つけた時の感激はひとしおです。
    場所は、ラ・ナトゥーラ広場の左裏手の回廊の4番目の柱です。いつも誰かが取り巻いているので判ると思います。この写真は、ラ・ナトゥーラ広場から撮影したものです。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />途中、所々アクセントのように設けられた壁の突起部は、竜の口と呼ばれています。<br />プランターとして利用していたのかもしれません、また、ここで篝火を灯せば雰囲気があるかもしれません。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    途中、所々アクセントのように設けられた壁の突起部は、竜の口と呼ばれています。
    プランターとして利用していたのかもしれません、また、ここで篝火を灯せば雰囲気があるかもしれません。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />柱の意匠を一本ずつ違える凝りようです。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    柱の意匠を一本ずつ違える凝りようです。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />くの字型に曲がった回廊の末端部分から湾曲が始まり、その上部のテラスを螺旋状にねじった転び柱が支えています。丘の斜面に造られているため、斜めに立てられた柱は構造力学上は正しいのですが、見慣れないせいか視覚的に独特の感覚を引き起こします。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    くの字型に曲がった回廊の末端部分から湾曲が始まり、その上部のテラスを螺旋状にねじった転び柱が支えています。丘の斜面に造られているため、斜めに立てられた柱は構造力学上は正しいのですが、見慣れないせいか視覚的に独特の感覚を引き起こします。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />竜巻を彷彿とさせるねじれた柱は、微妙に色を違えています。こうした細かい色彩への拘りもガウディの真骨頂です。色と素材と形態に拘り抜いた作品です。<br />ここは先回りしていたので撮影できましたが、現地ガイドさんは素通りでした。日本人観光客はあまり興味を示さない、マイナーな見所なのかもしれません。個人的には、「岩」と「樹木」の幕のクライマックスと感じましたが…。

    グエル公園 ブガデラの回廊
    竜巻を彷彿とさせるねじれた柱は、微妙に色を違えています。こうした細かい色彩への拘りもガウディの真骨頂です。色と素材と形態に拘り抜いた作品です。
    ここは先回りしていたので撮影できましたが、現地ガイドさんは素通りでした。日本人観光客はあまり興味を示さない、マイナーな見所なのかもしれません。個人的には、「岩」と「樹木」の幕のクライマックスと感じましたが…。

  • グエル公園 ブガデラの回廊<br />ねじれた柱の回廊の方へは行かず、その手前を左へ降りて行き、ショートカットします。このまま回廊を進んでもモニュメント広場の下に着けるのですが、時間の制約のあるツアーですので現地ガイドさんの腕の見せ所です。<br />こうしてみるとテラス状になっており、どこか巨大な鳥の巣を彷彿とさせる造形です。<br />

    グエル公園 ブガデラの回廊
    ねじれた柱の回廊の方へは行かず、その手前を左へ降りて行き、ショートカットします。このまま回廊を進んでもモニュメント広場の下に着けるのですが、時間の制約のあるツアーですので現地ガイドさんの腕の見せ所です。
    こうしてみるとテラス状になっており、どこか巨大な鳥の巣を彷彿とさせる造形です。

  • グエル公園 旧グエル邸<br />小学校の脇を通って列柱ホールへと進みます。<br />壁絵が楚々として何となく小学校という雰囲気です。

    グエル公園 旧グエル邸
    小学校の脇を通って列柱ホールへと進みます。
    壁絵が楚々として何となく小学校という雰囲気です。

  • グエル公園 列柱ホール<br />ショートカット・コースは、直接モニュメント広場に出て、そこから大階段を下りますので楽ちんです。<br />右手のアイアンワークは、シュロをモチーフにガウディがデザインした門を模した柵です。<br />列柱ホールは3層構造になっています。上からの平面図を見ると円や弧を使った複雑なコンパス造形になっており、直線部分は一切ありません。<br />1層目:屋上部分に当たり、眺望の良い集会広場<br />2層目:市場にする予定だったユーティリティースペース<br />3層目:公園で使用するための雨水集積所となる地下貯水槽<br />特筆すべきは、この円柱の芯部には穴が開けられ、屋上に降った雨水が地下貯水槽に落ちやすい構造にしていることです。円柱の空洞部は煉瓦造り、表面はプレキャスト・コンクリート製です。あらかじめ工場で運搬可能な大きさに制作され、分割して運んで設置したそうです。<br />また、ラ・ナトゥーラ広場の地面には濾過機能を持たせるために大きさの異なる石が4層に重ねられ、雨→広場のフィルタ→天井のドームを伝い列柱へ→列柱の空洞部→地下の貯水槽→ドラゴンの口へと排水されるようになっています。

    グエル公園 列柱ホール
    ショートカット・コースは、直接モニュメント広場に出て、そこから大階段を下りますので楽ちんです。
    右手のアイアンワークは、シュロをモチーフにガウディがデザインした門を模した柵です。
    列柱ホールは3層構造になっています。上からの平面図を見ると円や弧を使った複雑なコンパス造形になっており、直線部分は一切ありません。
    1層目:屋上部分に当たり、眺望の良い集会広場
    2層目:市場にする予定だったユーティリティースペース
    3層目:公園で使用するための雨水集積所となる地下貯水槽
    特筆すべきは、この円柱の芯部には穴が開けられ、屋上に降った雨水が地下貯水槽に落ちやすい構造にしていることです。円柱の空洞部は煉瓦造り、表面はプレキャスト・コンクリート製です。あらかじめ工場で運搬可能な大きさに制作され、分割して運んで設置したそうです。
    また、ラ・ナトゥーラ広場の地面には濾過機能を持たせるために大きさの異なる石が4層に重ねられ、雨→広場のフィルタ→天井のドームを伝い列柱へ→列柱の空洞部→地下の貯水槽→ドラゴンの口へと排水されるようになっています。

  • グエル公園 列柱ホール<br />このホールは、グエル公園住宅が完成したあかつきには入居者の買物市場となる予定でした。列柱ホールは「百本柱」とも呼ばれていますが、実際には86本だそうです。上にあるラ・ナトゥーラ広場を支えるその柱はドリス式で、上がギリシア劇場ならこちらはギリシア神殿といった風情ある空間を構成しています。<br />屋上に当たるギリシア劇場のうち、列柱の投影面積はその広場の半分を占めます。屋上広場の人工地盤を支える円柱の高さは約6mですが、勾配があるため場所によって多少異なります。足元から1.8m程の高さまでをトレンカディスで覆い、覆う高さはホールの奥に行くに従って高くし、奥から継ぎ目に沿って景色を眺めると地中海の水平線と重なるように緻密に計算されています。円柱の太さは上端で直径1m、下端で1.3mあります。ギリシア神殿を模して外周の円柱は内転びさせています。ガウディは意図的に円柱の太さに変化を付けたり、曲線を加えたりしてギリシア神殿で用いられた視覚的錯覚を計算した技法を取り入れています。

    グエル公園 列柱ホール
    このホールは、グエル公園住宅が完成したあかつきには入居者の買物市場となる予定でした。列柱ホールは「百本柱」とも呼ばれていますが、実際には86本だそうです。上にあるラ・ナトゥーラ広場を支えるその柱はドリス式で、上がギリシア劇場ならこちらはギリシア神殿といった風情ある空間を構成しています。
    屋上に当たるギリシア劇場のうち、列柱の投影面積はその広場の半分を占めます。 屋上広場の人工地盤を支える円柱の高さは約6mですが、勾配があるため場所によって多少異なります。足元から1.8m程の高さまでをトレンカディスで覆い、覆う高さはホールの奥に行くに従って高くし、奥から継ぎ目に沿って景色を眺めると地中海の水平線と重なるように緻密に計算されています。円柱の太さは上端で直径1m、下端で1.3mあります。ギリシア神殿を模して外周の円柱は内転びさせています。ガウディは意図的に円柱の太さに変化を付けたり、曲線を加えたりしてギリシア神殿で用いられた視覚的錯覚を計算した技法を取り入れています。

  • グエル公園 列柱ホール<br />天井には半球状の窪みを連らね、少し平らになった薄い煉瓦を重ねたカタラン・ヴォールトの所々に太陽や月などトレンカディスで優美に描いたメダイヨンを配しています。直径3mのメダイヨンには太陽が豊かな色彩で表現され、色彩を違えることで四季の変化を鮮やかに表現しています。その周りを囲むように4つの月がデザインされています。また、タコの足を思わせるような装飾もあり、愉しげな雰囲気に溢れた空間です。現在は演奏会や子供向けの催し物のスペースとして使われているそうです。<br />

    グエル公園 列柱ホール
    天井には半球状の窪みを連らね、少し平らになった薄い煉瓦を重ねたカタラン・ヴォールトの所々に太陽や月などトレンカディスで優美に描いたメダイヨンを配しています。直径3mのメダイヨンには太陽が豊かな色彩で表現され、色彩を違えることで四季の変化を鮮やかに表現しています。その周りを囲むように4つの月がデザインされています。また、タコの足を思わせるような装飾もあり、愉しげな雰囲気に溢れた空間です。現在は演奏会や子供向けの催し物のスペースとして使われているそうです。

  • グエル公園 列柱ホール<br />これが太陽です。その周りにある小さな4つのメダイヨンが月を表しています。

    グエル公園 列柱ホール
    これが太陽です。その周りにある小さな4つのメダイヨンが月を表しています。

  • グエル公園 列柱ホール<br />こちらが月のメダイヨンです。<br />どこが月を象徴しているのか判りませんが、これは風車を彷彿とさせるデザインです。

    グエル公園 列柱ホール
    こちらが月のメダイヨンです。
    どこが月を象徴しているのか判りませんが、これは風車を彷彿とさせるデザインです。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />大階段の上に出ました。ここで15分程のフリータイムとなりました。<br />上から順に紹介するとややこしいので、一度下まで降りてから階段を上る順番で説明いたします。

    グエル公園 モニュメント広場
    大階段の上に出ました。ここで15分程のフリータイムとなりました。
    上から順に紹介するとややこしいので、一度下まで降りてから階段を上る順番で説明いたします。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />公園のゲート(現在は出口専用)の正面に見えるのがモニュメント広場(正面大階段)とその上にあるギリシア神殿を彷彿とさせるドリス式列柱廊です。これがこのグエル公園の顔、すなわちファサードになります。ファーサードの魅力はデザインのみならず、それらを飾るモザイクタイルの使い方の妙にもあります。また、階段に並ぶ4つの噴水のオブシェがとてもユニークな点も見逃せません。<br />階段下には2つの洞窟があり、右側の洞窟はかつては馬小屋として使われていたそうです。

    グエル公園 モニュメント広場
    公園のゲート(現在は出口専用)の正面に見えるのがモニュメント広場(正面大階段)とその上にあるギリシア神殿を彷彿とさせるドリス式列柱廊です。これがこのグエル公園の顔、すなわちファサードになります。ファーサードの魅力はデザインのみならず、それらを飾るモザイクタイルの使い方の妙にもあります。また、階段に並ぶ4つの噴水のオブシェがとてもユニークな点も見逃せません。
    階段下には2つの洞窟があり、右側の洞窟はかつては馬小屋として使われていたそうです。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />ガウディは秘密結社フリーメイソンのメンバーだったと伝えられており、モニュメント広場にはそのシンボルマークとされるピラミッドに目のマークらしきものが置かれていると囁かれています。つまり、1段目の白枠の三角形の噴水と、サン・ジョルディのドラゴンの噴水のことです。<br />そしてガウディは、これ以外にも様々な暗号を彼の作品の中に刻んだと言われています。それが俗に言われる「ガウディ・コード」です。そしてそのコードには、驚天動地の秘密が隠されていると噂されています。これについては、サグラダ・ファミリア編で詳しく説明いたします。<br />このグエル公園にも、ご他聞に洩れず様々な場所に謎の言葉が刻まれているとされ、その典型がラ・ナトゥーラ広場の波打つベンチに施されたトレンカディスです。「Maria」の文字が逆さまにしてあるなど、枚挙に暇がありません。しかしトレンカディスの制作者は弟子ジュセップ・マリア・ジュジョールであり、ガウディ・コードを彼に教えたというのは説得力に欠けます。

    グエル公園 モニュメント広場
    ガウディは秘密結社フリーメイソンのメンバーだったと伝えられており、モニュメント広場にはそのシンボルマークとされるピラミッドに目のマークらしきものが置かれていると囁かれています。つまり、1段目の白枠の三角形の噴水と、サン・ジョルディのドラゴンの噴水のことです。
    そしてガウディは、これ以外にも様々な暗号を彼の作品の中に刻んだと言われています。それが俗に言われる「ガウディ・コード」です。そしてそのコードには、驚天動地の秘密が隠されていると噂されています。これについては、サグラダ・ファミリア編で詳しく説明いたします。
    このグエル公園にも、ご他聞に洩れず様々な場所に謎の言葉が刻まれているとされ、その典型がラ・ナトゥーラ広場の波打つベンチに施されたトレンカディスです。「Maria」の文字が逆さまにしてあるなど、枚挙に暇がありません。しかしトレンカディスの制作者は弟子ジュセップ・マリア・ジュジョールであり、ガウディ・コードを彼に教えたというのは説得力に欠けます。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />正面大階段周りのタイルは初期の頃の作品になり、ラ・ナトゥーラ広場のベンチのものと比べると別格の出来栄えです。すべて特注したタイルで装飾されているのも吃驚です。本来はこうしたイメージの延長上でラ・ナトゥーラ広場も完成させる予定だったことでしょう。

    グエル公園 モニュメント広場
    正面大階段周りのタイルは初期の頃の作品になり、ラ・ナトゥーラ広場のベンチのものと比べると別格の出来栄えです。すべて特注したタイルで装飾されているのも吃驚です。本来はこうしたイメージの延長上でラ・ナトゥーラ広場も完成させる予定だったことでしょう。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />モザイクタイルのデザインも一つとして同じものはありません。

    グエル公園 モニュメント広場
    モザイクタイルのデザインも一つとして同じものはありません。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />モニュメント広場の大階段の背後にはゲート(出口)があります。当初ここに門を構える予定はなかったようですが、現在ある「鉄の門」はガウディの最初の建築作品である「カサ・ビセンス」にあったシュロの葉をモチーフにした精密なアイアン・ワークの扉を移設したもので、オリジナル作品です。<br />

    グエル公園 モニュメント広場
    モニュメント広場の大階段の背後にはゲート(出口)があります。当初ここに門を構える予定はなかったようですが、現在ある「鉄の門」はガウディの最初の建築作品である「カサ・ビセンス」にあったシュロの葉をモチーフにした精密なアイアン・ワークの扉を移設したもので、オリジナル作品です。

  • グエル公園 モニュメント広場 サン・ジョルディのドラゴン<br />それでは正面大階段を上って行きましょう。<br />トレンカディスは、ガウディの発明ではなく、モデルニスモ期に多用された工法であり、伝統的な技法です。割れて製品化できないセラミックを使い、局面のある部分を水から保護あるいは装飾するために細かく砕いたセラミックを貼り合わせた一種のモザイクです。<br />下から2つめの噴水のオブジェは一見エリマキトカゲにも見えるのですが、カタルーニャの紋章から顔を突き出すサン・ジョルディのドラゴンです。このデザインが、1ドル紙幣にも載せられた「プロビデンスの目(全能の目)」に例えられているものです。<br />カタルーニャの守護聖人サン・ジョルディ伝説に由来する噴水ですが、サン・ジョルディとは聖ゲオルギウスのカタルーニャ語名です。キリスト教の聖人に連なる聖ゲオルギウスは、カッパドキアの名門出身の騎士です。殉教したのは287年頃、ローマ帝国後期に即位した皇帝ディオクレティアヌスの時代です。伝説は脚色されているため真偽は不明ですが、シリアでのドラゴン退治によりパレスチナにおけるキリスト教信者を獲得した事と布教の過程で殉教した事により、聖人列伝でも特に黄金伝説の中に加えられた聖人です。<br />このドラゴン退治のエピソードが多くの絵画のテーマになっていますが、サン・ジョルディ伝説は尾ひれが付き、地方によって内容が脚色されているようです。ここではドラゴンを退治し、改宗した王が建てた教会から泉が湧いたと言うエピソードをガウディが具現化したものと思われます。ガウディが活躍したモデルニスモの時代は、建築家が競ってサン・ジョルディ伝説をモチーフにしたという時代背景があります。

    グエル公園 モニュメント広場 サン・ジョルディのドラゴン
    それでは正面大階段を上って行きましょう。
    トレンカディスは、ガウディの発明ではなく、モデルニスモ期に多用された工法であり、伝統的な技法です。割れて製品化できないセラミックを使い、局面のある部分を水から保護あるいは装飾するために細かく砕いたセラミックを貼り合わせた一種のモザイクです。
    下から2つめの噴水のオブジェは一見エリマキトカゲにも見えるのですが、カタルーニャの紋章から顔を突き出すサン・ジョルディのドラゴンです。このデザインが、1ドル紙幣にも載せられた「プロビデンスの目(全能の目)」に例えられているものです。
    カタルーニャの守護聖人サン・ジョルディ伝説に由来する噴水ですが、サン・ジョルディとは聖ゲオルギウスのカタルーニャ語名です。キリスト教の聖人に連なる聖ゲオルギウスは、カッパドキアの名門出身の騎士です。殉教したのは287年頃、ローマ帝国後期に即位した皇帝ディオクレティアヌスの時代です。 伝説は脚色されているため真偽は不明ですが、シリアでのドラゴン退治によりパレスチナにおけるキリスト教信者を獲得した事と布教の過程で殉教した事により、聖人列伝でも特に黄金伝説の中に加えられた聖人です。
    このドラゴン退治のエピソードが多くの絵画のテーマになっていますが、サン・ジョルディ伝説は尾ひれが付き、地方によって内容が脚色されているようです。ここではドラゴンを退治し、改宗した王が建てた教会から泉が湧いたと言うエピソードをガウディが具現化したものと思われます。ガウディが活躍したモデルニスモの時代は、建築家が競ってサン・ジョルディ伝説をモチーフにしたという時代背景があります。

  • グエル公園 モニュメント広場 ファイア・サラマンダーの噴水<br />グエル公園の定番として必ず紹介されるのが、ファイア・サラマンダーの噴水です。トカゲだ、イグアナだ、いやサンショウウオだと物議を醸す作品ですが、日本では「サラマンダー」は「サンショウウオ」と訳されますが、実はファイア・サラマンダーはイモリ亜目ですので別物です。ヨーロッパに生息し、俗に火蜥蜴と呼ばれる種です。このファイア・サラマンダーは、トレンカディス工法により制作された傑作と称されています。トカゲの皮膚感を表現するのにモザイクはピッタリという訳です。<br />体色は黒色なのですが、警戒色として鮮やかな黄色(稀にオレンジ色)や赤色の斑点や縞模様を持ちます。背中の正中線に沿って2列の顆粒状の毒腺があり、そこから毒液を撃ち出すと言う恐ろしい両生類です。その毒液を出す姿が火を噴くように見えたことからこの名があります。その顆粒状の毒腺はガウディの作品にも見られます。分布域が広いため生態も多彩で、半地中生の種や水辺で暮らす半水生、あるいは水の中だけの種など洞窟内や地下水流で生活したり、中には樹上で生活繁殖する種もいるそうです。

    グエル公園 モニュメント広場 ファイア・サラマンダーの噴水
    グエル公園の定番として必ず紹介されるのが、ファイア・サラマンダーの噴水です。トカゲだ、イグアナだ、いやサンショウウオだと物議を醸す作品ですが、日本では「サラマンダー」は「サンショウウオ」と訳されますが、実はファイア・サラマンダーはイモリ亜目ですので別物です。ヨーロッパに生息し、俗に火蜥蜴と呼ばれる種です。このファイア・サラマンダーは、トレンカディス工法により制作された傑作と称されています。トカゲの皮膚感を表現するのにモザイクはピッタリという訳です。
    体色は黒色なのですが、警戒色として鮮やかな黄色(稀にオレンジ色)や赤色の斑点や縞模様を持ちます。背中の正中線に沿って2列の顆粒状の毒腺があり、そこから毒液を撃ち出すと言う恐ろしい両生類です。その毒液を出す姿が火を噴くように見えたことからこの名があります。その顆粒状の毒腺はガウディの作品にも見られます。分布域が広いため生態も多彩で、半地中生の種や水辺で暮らす半水生、あるいは水の中だけの種など洞窟内や地下水流で生活したり、中には樹上で生活繁殖する種もいるそうです。

  • グエル公園 モニュメント広場 ファイア・サラマンダーの噴水<br />後方から見るとこんな具合です。<br />カメレオンにも似ているかも???

    グエル公園 モニュメント広場 ファイア・サラマンダーの噴水
    後方から見るとこんな具合です。
    カメレオンにも似ているかも???

  • グエル公園 モニュメント広場 旧グエル邸宅の門<br />現役で使われている小学校の校庭の門はガウディの作品で、サルバドール・ダリが「牛の肝臓」と揶揄したことで高名な門です。<br />同じデザインのものが公園のあちらこちらで見られますが、これがオリジナルのようです。

    グエル公園 モニュメント広場 旧グエル邸宅の門
    現役で使われている小学校の校庭の門はガウディの作品で、サルバドール・ダリが「牛の肝臓」と揶揄したことで高名な門です。
    同じデザインのものが公園のあちらこちらで見られますが、これがオリジナルのようです。

  • グエル公園 モニュメント広場 蛇の噴水<br />最上部の噴水は、カタルーニャの紋章である蛇の尻尾を表現したトレンカディスです。<br />これらの噴水のデザインは、全てガウディの右腕と言われたジュセップ・マリア・ジュジョールの作品です。<br />

    グエル公園 モニュメント広場 蛇の噴水
    最上部の噴水は、カタルーニャの紋章である蛇の尻尾を表現したトレンカディスです。
    これらの噴水のデザインは、全てガウディの右腕と言われたジュセップ・マリア・ジュジョールの作品です。

  • グエル公園 モニュメント広場 <br />トレンカディスには、一つとして平面の作品がないのも特徴です。

    グエル公園 モニュメント広場
    トレンカディスには、一つとして平面の作品がないのも特徴です。

  • グエル公園 モニュメント広場 待合館<br />近くで見ると、窓枠などの装飾の細かいディテールも秀逸です。<br />

    グエル公園 モニュメント広場 待合館
    近くで見ると、窓枠などの装飾の細かいディテールも秀逸です。

  • グエル公園 モニュメント広場 待合館<br />館の天辺にはキノコのようでもあり松ぼっくりのようでもある可愛らしい丸屋根があり、そこには沢山の穴が開けられています。ズームアップして見ると開口部には金網が張られているだけです。煙突のような換気の役割を果たしているのでしょうか?<br />でも雨が降った時は雨が入り込むのでは???<br />以前はこの開口部にコーヒーカップが逆さまに埋め込まれていたそうです。これなら庇のようになり、雨が入り込む余地はなさそうですが…。<br />そしてもうひとつ驚かされるのは、塔をよく観ると単なる螺旋構造ではなく、2重螺旋構造であることが見て取れます。その本当の理由は定かでありませんが、人間のDNAが2重螺旋構造をしていることと通じているのかもしれません。

    グエル公園 モニュメント広場 待合館
    館の天辺にはキノコのようでもあり松ぼっくりのようでもある可愛らしい丸屋根があり、そこには沢山の穴が開けられています。ズームアップして見ると開口部には金網が張られているだけです。煙突のような換気の役割を果たしているのでしょうか?
    でも雨が降った時は雨が入り込むのでは???
    以前はこの開口部にコーヒーカップが逆さまに埋め込まれていたそうです。これなら庇のようになり、雨が入り込む余地はなさそうですが…。
    そしてもうひとつ驚かされるのは、塔をよく観ると単なる螺旋構造ではなく、2重螺旋構造であることが見て取れます。その本当の理由は定かでありませんが、人間のDNAが2重螺旋構造をしていることと通じているのかもしれません。

  • グエル公園 モニュメント広場 門衛館<br />ゲートを出た所からの撮影です。<br />

    グエル公園 モニュメント広場 門衛館
    ゲートを出た所からの撮影です。

  • グエル公園 モニュメント広場 門衛館<br />巨大な円型メダイヨンが壁に飾られています。メダイヨンには英語で「Park」、「Guell」と書かれています。1936年に勃発したスペイン内戦とその後のフランコによる独裁政権によりカタルーニャ語が禁止されたため、敢えて英語で「Park」と書かれたものの名残だそうです。<br />Pの中に入れた星印がよいアクセントになっています。<br />また、窓枠と屋根の形や破裂モザイクタイルは、ガウディの意匠そのものという感じです。窓枠の小さな丸いモザイクが連なる様は、ロザリオを彷彿とさせます。

    グエル公園 モニュメント広場 門衛館
    巨大な円型メダイヨンが壁に飾られています。メダイヨンには英語で「Park」、「Guell」と書かれています。1936年に勃発したスペイン内戦とその後のフランコによる独裁政権によりカタルーニャ語が禁止されたため、敢えて英語で「Park」と書かれたものの名残だそうです。
    Pの中に入れた星印がよいアクセントになっています。
    また、窓枠と屋根の形や破裂モザイクタイルは、ガウディの意匠そのものという感じです。窓枠の小さな丸いモザイクが連なる様は、ロザリオを彷彿とさせます。

  • グエル公園 モニュメント広場<br />分譲住宅ではこうしたファサードがお出迎えする予定だったようです。<br />ここから右側へ歩を進め、バス駐車場まで戻ります。

    グエル公園 モニュメント広場
    分譲住宅ではこうしたファサードがお出迎えする予定だったようです。
    ここから右側へ歩を進め、バス駐車場まで戻ります。

  • グエル公園<br />「Park」や「Guell」のメダイヨンがあるゲートを潜ります。

    グエル公園
    「Park」や「Guell」のメダイヨンがあるゲートを潜ります。

  • グエル公園 ガウディの家博物<br />帰途からはガウディの旧家を仰ぎ見ることができます。<br />このサンルームから、ガウディの父親フランシスコは毎日バルセロナの町を見下ろして満足げだったようです。彼は93歳で気管支性肺炎のためにここで静かに息を引き取っています。この家に移ってから、僅か半年後のことでしたが、往時この年まで生きられたというのは大往生ではないでしょうか。最期はこの家で安寧な気分に浸れたのではないかと思います。<br /><br />この続きは、ときめきのスペイン周遊②バルセロナ サグラダ・ファミリア(前編)でお届けいたします。

    グエル公園 ガウディの家博物
    帰途からはガウディの旧家を仰ぎ見ることができます。
    このサンルームから、ガウディの父親フランシスコは毎日バルセロナの町を見下ろして満足げだったようです。彼は93歳で気管支性肺炎のためにここで静かに息を引き取っています。この家に移ってから、僅か半年後のことでしたが、往時この年まで生きられたというのは大往生ではないでしょうか。最期はこの家で安寧な気分に浸れたのではないかと思います。

    この続きは、ときめきのスペイン周遊②バルセロナ サグラダ・ファミリア(前編)でお届けいたします。

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