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コロニア・グエルは、20世紀初頭に英国の田園都市構想の影響を受けたグエルがサンタ・コロマ・ダ・サルバリョ市に繊維工場の労働者たちのために造ったスペイン初のコロニーです。グエルは、労働者の共同体が暮らせる広域な土地に、教会や学校、病院などを建造しようと試みました。壮大なプロジェクトとなり、56歳のガウディ以外にも弟子たちが総出で建設作業に当たりました。また、コロニー内の主要な建物の建築にモデルニスモ建築家のフランセスク・ベレンゲーやジョアン・ルビオなどを登用したため、この小さな集落には興味深い建物が沢山建てられました。しかし礼拝堂建設に妥協を許さず完璧なアーチ形状を追求して逆さ吊り模型(フニクラ)実験を続けたガウディは、着工までに10年を費やしました。また、1914年には第一次世界大戦の影響やサグラダ・ファミリア以外の仕事を全て断わるなどの諸事情により、教会は未完成のままで、完成したのは地下礼拝堂だけです。ガウディは、父なる神(工場)とイエス(教会)、精霊(学校)の三位一体で、グエルの依頼に応えてコロニア・グエルを近代のユートピアとして創造しようとしたのかもしれません。未完成ながらこの教会は現在も地域の祈りの場として機能しており、教会行事やミサ、結婚式などが行われています。<br />丘を削った場所に礼拝堂を造ったことから「地下礼拝堂」と呼ばれ、その姿は地盤そのものが身をもたげて形成されたかにも見えます。丘陵地帯の複雑な地形の上に建設せねばならず、本来なら森林伐採が避けられませんでしたが、ガウディは一切伐採せず、むしろ元々あった自然を活かすように階段の位置などを再設計しました。また玄武岩や煉瓦などで構成し、周りの豊かな自然と調和させた外観は一見の価値があります。巨匠 岡本太郎氏もここを訪れて絶賛されたそうです。<br />外観は古代遺跡を彷彿とさせる趣ですが、内部は豪華な造りで、可愛らしいステンドグラスが目に鮮やかです。ベンチや聖水盤のデザインも秀逸です。また、この礼拝堂のために研究したフニクラは、後にサグラダ・ファミリアに受け継がれて開花したガウディの設計思想の原点でもあります。建物は戦時中に破壊されましたが、その後復元され、見学が可能になっています。ガウディ建築の変遷を知る上では見逃せない建物であり、ほのぼのとした雰囲気に浸れるスポットです。<br />コロニア・グエルの公式HPです。<br />http://gaudicoloniaguell.org/en<br />コロニア・グエルの周辺マップです。<br />http://www.elbaixllobregat.net/coloniaguell/img/catala/elPoble.gif<br /><日程><br />1日目:関空→フランクフルト(LH0741 10:05発)<br />    フランクフルト→バルセロナ(LH1136 17:30発)<br />    宿泊:4 Barcelona(二連泊)<br />2日目:グエル公園==サグラダ・ファミリア==カサ・ミラ/カサ・バトリョ(車窓)<br />            ==ランチ:Marina Bay by Moncho&#39;s==カタルーニャ広場<br />            15:00?フリータイム<br />    カタルーニャ広場==サン・パウ病院==サグラダ・ファミリア==<br />            カサ・ミラ--カサ・バトリョ--夕食:Cervecer?・a Catalana(バル) <br />    ==カタルーニャ音楽堂<br />            宿泊:4 Barcelona(二連泊)<br />3日目:コロニア・グエル地下礼拝堂==モンセラット観光--<br />    ランチ:Restaurant Montserrat==ラス・ファレラス(水道橋)<br />            ==タラゴナ観光(円形競技場、地中海のバルコニー)<br />    バレンシア宿泊:Mas Camarena<br />4日目:ランチ:Mamzanil(Murcia)<br />            ==(午後4:00到着)ヘネラリーフェ宮殿<br />            --アルハンブラ宮殿==ホテル Vincci Granada==Los Tarantos<br />           (洞窟フラメンコ)<br />            --サン・ニコラス展望台(アルハンブラ宮殿の夜景観賞)<br />5日目:ミハス散策--ランチ:Vinoteca==ロンダ(午後4:00到着)<br />            フリー散策<br />            宿泊:Parador de Ronda<br />6日目:セビリア観光(スペイン広場--セビリア大聖堂)==<br />            コルドバ観光(メスキータ--花の小径)-==コルドバ駅<br />    AVE:コルドバ→マドリード<br />    夕食:China City<br />    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)<br />7日目:マドリード観光(スペイン広場<下車観光>==ソフィア王妃芸術センター<br />    ==プラド美術館--免税店ショッピング==ランチ:Dudua Palacio<br />    ==トレド観光(サント・トメ教会、トレド大聖堂<外観>)==<br />            ホテル--フリータイム(プエルタ・デル・ソル、マヨール広場、<br />    サンミゲル市場、ビリャ広場、アルムデナ大聖堂、マドリード王宮<br />    オリエンテ広場 、エル・コルテ・イングレス<グラン・ビア>)<br />    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)<br />8日目:マドリード→フランクフルト(LH1123 8:35発)<br />    フランクフルト→関空(LH0740 13:35発)<br />9日目:関空着(7:20)

ときめきのスペイン周遊⑥コロニア・グエル

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2016/09/02 - 2016/09/10

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montsaintmichel

montsaintmichelさん

コロニア・グエルは、20世紀初頭に英国の田園都市構想の影響を受けたグエルがサンタ・コロマ・ダ・サルバリョ市に繊維工場の労働者たちのために造ったスペイン初のコロニーです。グエルは、労働者の共同体が暮らせる広域な土地に、教会や学校、病院などを建造しようと試みました。壮大なプロジェクトとなり、56歳のガウディ以外にも弟子たちが総出で建設作業に当たりました。また、コロニー内の主要な建物の建築にモデルニスモ建築家のフランセスク・ベレンゲーやジョアン・ルビオなどを登用したため、この小さな集落には興味深い建物が沢山建てられました。しかし礼拝堂建設に妥協を許さず完璧なアーチ形状を追求して逆さ吊り模型(フニクラ)実験を続けたガウディは、着工までに10年を費やしました。また、1914年には第一次世界大戦の影響やサグラダ・ファミリア以外の仕事を全て断わるなどの諸事情により、教会は未完成のままで、完成したのは地下礼拝堂だけです。ガウディは、父なる神(工場)とイエス(教会)、精霊(学校)の三位一体で、グエルの依頼に応えてコロニア・グエルを近代のユートピアとして創造しようとしたのかもしれません。未完成ながらこの教会は現在も地域の祈りの場として機能しており、教会行事やミサ、結婚式などが行われています。
丘を削った場所に礼拝堂を造ったことから「地下礼拝堂」と呼ばれ、その姿は地盤そのものが身をもたげて形成されたかにも見えます。丘陵地帯の複雑な地形の上に建設せねばならず、本来なら森林伐採が避けられませんでしたが、ガウディは一切伐採せず、むしろ元々あった自然を活かすように階段の位置などを再設計しました。また玄武岩や煉瓦などで構成し、周りの豊かな自然と調和させた外観は一見の価値があります。巨匠 岡本太郎氏もここを訪れて絶賛されたそうです。
外観は古代遺跡を彷彿とさせる趣ですが、内部は豪華な造りで、可愛らしいステンドグラスが目に鮮やかです。ベンチや聖水盤のデザインも秀逸です。また、この礼拝堂のために研究したフニクラは、後にサグラダ・ファミリアに受け継がれて開花したガウディの設計思想の原点でもあります。建物は戦時中に破壊されましたが、その後復元され、見学が可能になっています。ガウディ建築の変遷を知る上では見逃せない建物であり、ほのぼのとした雰囲気に浸れるスポットです。
コロニア・グエルの公式HPです。
http://gaudicoloniaguell.org/en
コロニア・グエルの周辺マップです。
http://www.elbaixllobregat.net/coloniaguell/img/catala/elPoble.gif
<日程>
1日目:関空→フランクフルト(LH0741 10:05発)
    フランクフルト→バルセロナ(LH1136 17:30発)
    宿泊:4 Barcelona(二連泊)
2日目:グエル公園==サグラダ・ファミリア==カサ・ミラ/カサ・バトリョ(車窓)
    ==ランチ:Marina Bay by Moncho's==カタルーニャ広場
    15:00?フリータイム
    カタルーニャ広場==サン・パウ病院==サグラダ・ファミリア==
    カサ・ミラ--カサ・バトリョ--夕食:Cervecer?・a Catalana(バル)
    ==カタルーニャ音楽堂
    宿泊:4 Barcelona(二連泊)
3日目:コロニア・グエル地下礼拝堂==モンセラット観光--
    ランチ:Restaurant Montserrat==ラス・ファレラス(水道橋)
    ==タラゴナ観光(円形競技場、地中海のバルコニー)
    バレンシア宿泊:Mas Camarena
4日目:ランチ:Mamzanil(Murcia)
    ==(午後4:00到着)ヘネラリーフェ宮殿
    --アルハンブラ宮殿==ホテル Vincci Granada==Los Tarantos
    (洞窟フラメンコ)
     --サン・ニコラス展望台(アルハンブラ宮殿の夜景観賞)
5日目:ミハス散策--ランチ:Vinoteca==ロンダ(午後4:00到着)
    フリー散策
    宿泊:Parador de Ronda
6日目:セビリア観光(スペイン広場--セビリア大聖堂)==
    コルドバ観光(メスキータ--花の小径)-==コルドバ駅
    AVE:コルドバ→マドリード
    夕食:China City
    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)
7日目:マドリード観光(スペイン広場<下車観光>==ソフィア王妃芸術センター
    ==プラド美術館--免税店ショッピング==ランチ:Dudua Palacio
    ==トレド観光(サント・トメ教会、トレド大聖堂<外観>)==
    ホテル--フリータイム(プエルタ・デル・ソル、マヨール広場、
    サンミゲル市場、ビリャ広場、アルムデナ大聖堂、マドリード王宮
    オリエンテ広場 、エル・コルテ・イングレス<グラン・ビア>)
    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)
8日目:マドリード→フランクフルト(LH1123 8:35発)
    フランクフルト→関空(LH0740 13:35発)
9日目:関空着(7:20)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
日本旅行
  • ホテル「4 Barcelona」から見る3日目の日の出です。<br />第1弾で紹介したように、手前にあるのはバルセロナ最古のポブレノウ共同墓地です。しかし、なーんにも違和感は感じません。<br /><br />N社のツアーを選んだ理由のひとつに、観光コースにコロニア・グエルとモンセラットが入っていたことが挙げられます。どちらもガウディの軌跡を追うには欠かせないスポットです。通常はバルセロナが最終観光地になり、モンセラットはバルセロナからのオプション観光となりますが、コロニア・グエルには寄りません。ですからコロニア・グエルにはフリータイムで訪れることを勘案していたほどです。<br />バルセロナからのアクセスは、スペイン広場駅(Pl.Espanya)からFGC(カタルーニャ鉄道)のマンレザ方面行の電車で25分程です。ただしコロニア・グエル駅に止まるのは、S33、S8、S4(各駅停車)に限られています。<br />ネットには詳しい情報が多数ありますので、チェックされると良いと思います。<br />http://wryoku.com/review-coloniaguell-barcelona/

    ホテル「4 Barcelona」から見る3日目の日の出です。
    第1弾で紹介したように、手前にあるのはバルセロナ最古のポブレノウ共同墓地です。しかし、なーんにも違和感は感じません。

    N社のツアーを選んだ理由のひとつに、観光コースにコロニア・グエルとモンセラットが入っていたことが挙げられます。どちらもガウディの軌跡を追うには欠かせないスポットです。通常はバルセロナが最終観光地になり、モンセラットはバルセロナからのオプション観光となりますが、コロニア・グエルには寄りません。ですからコロニア・グエルにはフリータイムで訪れることを勘案していたほどです。
    バルセロナからのアクセスは、スペイン広場駅(Pl.Espanya)からFGC(カタルーニャ鉄道)のマンレザ方面行の電車で25分程です。ただしコロニア・グエル駅に止まるのは、S33、S8、S4(各駅停車)に限られています。
    ネットには詳しい情報が多数ありますので、チェックされると良いと思います。
    http://wryoku.com/review-coloniaguell-barcelona/

  • コロニア・グエル サルバナ塔<br />ホテルからバスで30分ほどでコロニア・グエルに到着です。<br />バス駐車場から途中通ってきたグエル駅方向を振り返ると、城砦のような姿をした「サルバナ塔」が聳えています。この塔は1949年に歴史芸術モニュメントに指定されていますが、詳細がよく判っていない不思議な建造物です。コロニア・グエルが造られる以前からこの地にあった歴史ある塔のようですが・・・。<br />リーフレットによると、12世紀の建築様式部分はよく保存されているものの、19世紀に追加された部分は崩壊しているそうです。<br />駐車場の先にあるのは、コロニアのサッカー・グランドです。

    コロニア・グエル サルバナ塔
    ホテルからバスで30分ほどでコロニア・グエルに到着です。
    バス駐車場から途中通ってきたグエル駅方向を振り返ると、城砦のような姿をした「サルバナ塔」が聳えています。この塔は1949年に歴史芸術モニュメントに指定されていますが、詳細がよく判っていない不思議な建造物です。コロニア・グエルが造られる以前からこの地にあった歴史ある塔のようですが・・・。
    リーフレットによると、12世紀の建築様式部分はよく保存されているものの、19世紀に追加された部分は崩壊しているそうです。
    駐車場の先にあるのは、コロニアのサッカー・グランドです。

  • コロニア・グエル ジュリアー・デ・ラ・ムンターニャ邸<br />駐車場から、まずビジターセンターへ向かいます。徒歩で5分程の距離です。コロニア・グエル礼拝堂のチケットをここで購入します。<br />コロニア・グエルは、サンタ・コロマ・ダ・サルバジョの小高い山々が連なる麓に位置します。駐車場から歩き出して最初に見えてくるのがこの17~19世紀に建てられた農園邸宅です。

    コロニア・グエル ジュリアー・デ・ラ・ムンターニャ邸
    駐車場から、まずビジターセンターへ向かいます。徒歩で5分程の距離です。コロニア・グエル礼拝堂のチケットをここで購入します。
    コロニア・グエルは、サンタ・コロマ・ダ・サルバジョの小高い山々が連なる麓に位置します。駐車場から歩き出して最初に見えてくるのがこの17~19世紀に建てられた農園邸宅です。

  • コロニア・グエル ジュリアー・デ・ラ・ムンターニャ邸<br />部分的に崩落して使用不可の状態の箇所もあるようですが、近隣の建物同様に一部は現在も住居として使われているそうです。<br />こうして見ると結構大きなお屋敷です。

    コロニア・グエル ジュリアー・デ・ラ・ムンターニャ邸
    部分的に崩落して使用不可の状態の箇所もあるようですが、近隣の建物同様に一部は現在も住居として使われているそうです。
    こうして見ると結構大きなお屋敷です。

  • コロニア・グエル <br />道路沿いの面は景観を保つようにシックなクリーム色のモノトーンでお化粧されていますが、側面や裏側は煉瓦が剥き出しです。往時は塗装など無く、煉瓦造りの家が軒を連ねていただろうことを想像しながら散策します。<br />左側手前の平屋の建物が、旧生活協同組合のワイナリーになります。現在は、トイレと飲料水の自販機コーナーになっています。丁度、ビジターセンターの向かい側になります。

    コロニア・グエル
    道路沿いの面は景観を保つようにシックなクリーム色のモノトーンでお化粧されていますが、側面や裏側は煉瓦が剥き出しです。往時は塗装など無く、煉瓦造りの家が軒を連ねていただろうことを想像しながら散策します。
    左側手前の平屋の建物が、旧生活協同組合のワイナリーになります。現在は、トイレと飲料水の自販機コーナーになっています。丁度、ビジターセンターの向かい側になります。

  • コロニア・グエル ビジターセンター<br />「i」の看板が目立たないので、注意していないと見逃すかもしれません。<br />建築家フランセスク・ベレンゲーが1900年に建造したコオペラティーバ(旧消費協同組合所=スーパーマーケット)を母体にした建物です。<br />礼拝堂の入場チケットはこちらで購入します。屋内はコロニア・グエルの歴史について学べるミュージアムになっており、かつて労働者が働いていた工場の模型など興味深いものが展示されています。<br />ビジターセンターが10時オープンなのでそれまで付近を散策します。オフィスは定刻に開きますが、それからPCを立ち上げて受付作業になるので少し時間がかかるようです。現地ガイドさんによれば、良くも悪くも、これがスペインと言うお国柄だそうです。

    コロニア・グエル ビジターセンター
    「i」の看板が目立たないので、注意していないと見逃すかもしれません。
    建築家フランセスク・ベレンゲーが1900年に建造したコオペラティーバ(旧消費協同組合所=スーパーマーケット)を母体にした建物です。
    礼拝堂の入場チケットはこちらで購入します。屋内はコロニア・グエルの歴史について学べるミュージアムになっており、かつて労働者が働いていた工場の模型など興味深いものが展示されています。
    ビジターセンターが10時オープンなのでそれまで付近を散策します。オフィスは定刻に開きますが、それからPCを立ち上げて受付作業になるので少し時間がかかるようです。現地ガイドさんによれば、良くも悪くも、これがスペインと言うお国柄だそうです。

  • コロニア・グエル ビジターセンター<br />ビジターセンターの展示物の写真は、コロニア・グエル礼拝堂見学の帰りに立ち寄った際のものです。<br />グエイ伯エウゼビ・グエイ・イ・バシガルーピの胸像です。グエルという表記はカスティーリャ語読みに由来します。グエル家は、キューバから輸入した綿花を用いてコーデュロイをつくる繊維工場を経営していました。最初、工場はバルセロナ市内にあったのですが、エウゼビ・グエルは環境が整った工場を郊外に建設する決意をし、150世帯の労働者たちを住まわせる「コロニア」としてこの村を造らせました。しかし、それは100年も前の事。1936~39年のスペイン内戦では工場ごと接収され、戦後の1945年にはグエル家の手を離れて競売に出されました。工場自体も1973年に閉鎖され、グエルが目指した統一感のある街並を維持することはできなかったようです。<br />グエルはガウディのパトロンになり、彼にチャンスを与えた成功者として名を残しましたが、それだけではありません。労働者のために村を用意する、器の広い「ノブレス・オブリージュ」を地で行く経営者でした。子供たちに充分な教育を施そうと、英語教師は英国から招いたほどです。時代は産業革命の初期ですから、労働力の搾取だけを考え、人を使い捨てにするブラック企業が跋扈する中、それらとは根本的に異なるポリシーを貫いています。150世帯が住む村なら、当然教会が必要です。グエル家の私的な礼拝堂では賄いきれなくなり、1908年に教会の建設が始まりましたが、礼拝堂や鐘塔など上階と下階からなる2階建ての壮大な教会の建築計画は完成を見ることはありませんでした。<br />1914年、グエル家がガウディに工事資金出資の断ち切りを通告したため、ガウディは建築計画から手を引かざるを得なくなったのです。しかし翌年、唯一完成していた礼拝堂を祝福する儀式がバルセロナ司教により執行され、「地下礼拝堂」と呼ばれるようになりました。1915~17年にかけて、別の建築家により上階の煉瓦造りの壁とセメント製屋根が施行されています。ガウディが手を引いてから100年以上経った今でも、細々と工事が進められているのはサグラダ・ファミリア張りです。

    コロニア・グエル ビジターセンター
    ビジターセンターの展示物の写真は、コロニア・グエル礼拝堂見学の帰りに立ち寄った際のものです。
    グエイ伯エウゼビ・グエイ・イ・バシガルーピの胸像です。グエルという表記はカスティーリャ語読みに由来します。グエル家は、キューバから輸入した綿花を用いてコーデュロイをつくる繊維工場を経営していました。最初、工場はバルセロナ市内にあったのですが、エウゼビ・グエルは環境が整った工場を郊外に建設する決意をし、150世帯の労働者たちを住まわせる「コロニア」としてこの村を造らせました。しかし、それは100年も前の事。1936~39年のスペイン内戦では工場ごと接収され、戦後の1945年にはグエル家の手を離れて競売に出されました。工場自体も1973年に閉鎖され、グエルが目指した統一感のある街並を維持することはできなかったようです。
    グエルはガウディのパトロンになり、彼にチャンスを与えた成功者として名を残しましたが、それだけではありません。労働者のために村を用意する、器の広い「ノブレス・オブリージュ」を地で行く経営者でした。子供たちに充分な教育を施そうと、英語教師は英国から招いたほどです。時代は産業革命の初期ですから、労働力の搾取だけを考え、人を使い捨てにするブラック企業が跋扈する中、それらとは根本的に異なるポリシーを貫いています。150世帯が住む村なら、当然教会が必要です。グエル家の私的な礼拝堂では賄いきれなくなり、1908年に教会の建設が始まりましたが、礼拝堂や鐘塔など上階と下階からなる2階建ての壮大な教会の建築計画は完成を見ることはありませんでした。
    1914年、グエル家がガウディに工事資金出資の断ち切りを通告したため、ガウディは建築計画から手を引かざるを得なくなったのです。しかし翌年、唯一完成していた礼拝堂を祝福する儀式がバルセロナ司教により執行され、「地下礼拝堂」と呼ばれるようになりました。1915~17年にかけて、別の建築家により上階の煉瓦造りの壁とセメント製屋根が施行されています。ガウディが手を引いてから100年以上経った今でも、細々と工事が進められているのはサグラダ・ファミリア張りです。

  • コロニア・グエル ビジターセンター<br />往時は産業革命に伴う都市の発展に呼応して貧富の差も拡大し、労働紛争が各地で発生していました。実際、グエルも工場長の一人を労働紛争で殺害されています。彼はコロニアに労働者を集め、理想的な労働環境を整えようと考えたのでした。工場に隣接して住宅を建て、そこに教会を始めとした文化施設も一式揃え、近隣の貧しい農村の人々をも迎え入れようとしました。ガウディも晩年は敬虔なカトリック信者であり、グエルに協力してその中心となる教会の建設を請け負いました。<br />しかし、周りからの干渉もなく仕事に没頭できたはずですが、何故ガウディは教会の建設を途中で止めてしまったのでしょうか?<br />その明確な理由は明らかではありませんが、1909年に勃発した「悲劇の一週間」が関与したことは確かです。元々はモロッコでの軍事作戦に伴う徴兵に貧富の差別があったことに端を発した暴動でしたが、やがて反教会運動になり、教会や神学校、更には富裕層の邸宅などが襲撃されるようになりました。この情勢下、グエルはコロニア・グエル計画への出資を一旦中断せざるを得ませんでした。往時の人々が教会をどのように見ていたかを端的に示した事件と言えます。更にガウディ自身も健康を害し、静養を余儀なくされていました。彼が何を考えて判断したのかは定かではありませんが、最終的に全ての仕事から手を引き、サグラダ・ファミリアの建設に残された人生を捧げる決意をします。<br />この手の「兵どもが夢の跡」的な遺跡を見せられるとつい感傷的になってしまうのは、日本人の性なのでしょうか?

    コロニア・グエル ビジターセンター
    往時は産業革命に伴う都市の発展に呼応して貧富の差も拡大し、労働紛争が各地で発生していました。実際、グエルも工場長の一人を労働紛争で殺害されています。彼はコロニアに労働者を集め、理想的な労働環境を整えようと考えたのでした。工場に隣接して住宅を建て、そこに教会を始めとした文化施設も一式揃え、近隣の貧しい農村の人々をも迎え入れようとしました。ガウディも晩年は敬虔なカトリック信者であり、グエルに協力してその中心となる教会の建設を請け負いました。
    しかし、周りからの干渉もなく仕事に没頭できたはずですが、何故ガウディは教会の建設を途中で止めてしまったのでしょうか?
    その明確な理由は明らかではありませんが、1909年に勃発した「悲劇の一週間」が関与したことは確かです。元々はモロッコでの軍事作戦に伴う徴兵に貧富の差別があったことに端を発した暴動でしたが、やがて反教会運動になり、教会や神学校、更には富裕層の邸宅などが襲撃されるようになりました。この情勢下、グエルはコロニア・グエル計画への出資を一旦中断せざるを得ませんでした。往時の人々が教会をどのように見ていたかを端的に示した事件と言えます。更にガウディ自身も健康を害し、静養を余儀なくされていました。彼が何を考えて判断したのかは定かではありませんが、最終的に全ての仕事から手を引き、サグラダ・ファミリアの建設に残された人生を捧げる決意をします。
    この手の「兵どもが夢の跡」的な遺跡を見せられるとつい感傷的になってしまうのは、日本人の性なのでしょうか?

  • コロニア・グエル 秘書の邸宅<br />かつてコロニアの秘書が暮らしていた邸宅です。現在は診療所として使われています。<br />周囲の建物とは異なった近代風の建築様式なので目立ちます。しかし素材は切石に見せかけて特別につくられた煉瓦ですから、煉瓦造りという範疇では他の建物と同じ構造です。ペイントの途中のようですので、素材が煉瓦だということが良く判ります。<br />コーナーを面取りして設けられたテラスには、両脇にカタルーニャの紋章、その真ん中にサン・ジョルディの十字架の紋章を掲げています。診療所から連想される日本で使われている病院の地図記号の十字とは違うようです。(ルーツは同じなのかもしれませんが・・・。)<br />テラスの奥を仰ぎ見ると、そこには不気味な黒いオブジェが佇んでいます。写真にもチラッと写っていますが、蝙蝠でしょうか?

    コロニア・グエル 秘書の邸宅
    かつてコロニアの秘書が暮らしていた邸宅です。現在は診療所として使われています。
    周囲の建物とは異なった近代風の建築様式なので目立ちます。しかし素材は切石に見せかけて特別につくられた煉瓦ですから、煉瓦造りという範疇では他の建物と同じ構造です。ペイントの途中のようですので、素材が煉瓦だということが良く判ります。
    コーナーを面取りして設けられたテラスには、両脇にカタルーニャの紋章、その真ん中にサン・ジョルディの十字架の紋章を掲げています。診療所から連想される日本で使われている病院の地図記号の十字とは違うようです。(ルーツは同じなのかもしれませんが・・・。)
    テラスの奥を仰ぎ見ると、そこには不気味な黒いオブジェが佇んでいます。写真にもチラッと写っていますが、蝙蝠でしょうか?

  • コロニア・グエル <br />右側手前の建物がデ・ラス・モンジャス修道院跡です。現在は市役所および高齢者センターとして使われています。<br />右手奥の建物は、修道女のための修道院跡です。1915~17年に建設された煉瓦を多用した建物で、いい雰囲気を醸しています。<br />現在はサン・ルイス・センターと呼ばれ、カルチャー・センターとして使われています。

    コロニア・グエル
    右側手前の建物がデ・ラス・モンジャス修道院跡です。現在は市役所および高齢者センターとして使われています。
    右手奥の建物は、修道女のための修道院跡です。1915~17年に建設された煉瓦を多用した建物で、いい雰囲気を醸しています。
    現在はサン・ルイス・センターと呼ばれ、カルチャー・センターとして使われています。

  • コロニア・グエル オルダル邸<br />モデルニスモ様式の立派な建物です。1892年に建築家ジョアン・ルビオとフランセスク・ベレンゲーが協働設計し、1900年に完成した「オルダル邸」です。ルビオにとっては処女作に当たります。カタルーニャの古い農家スタイルを意識した、教会風の凝った造りになっていますので、一般邸宅とは思えない風貌です。

    コロニア・グエル オルダル邸
    モデルニスモ様式の立派な建物です。1892年に建築家ジョアン・ルビオとフランセスク・ベレンゲーが協働設計し、1900年に完成した「オルダル邸」です。ルビオにとっては処女作に当たります。カタルーニャの古い農家スタイルを意識した、教会風の凝った造りになっていますので、一般邸宅とは思えない風貌です。

  • コロニア・グエル オルダル邸<br />手前にある円筒形状をした幾何学的な煉瓦造りの建屋は倉庫だったのでしょうか?<br />

    コロニア・グエル オルダル邸
    手前にある円筒形状をした幾何学的な煉瓦造りの建屋は倉庫だったのでしょうか?

  • コロニア・グエル オルダル邸<br />元々は監督官か少し地位のある人の家だったと伝わってます。単一の煉瓦素材を使ってファサードや煙突などを表情豊かにデザインしてあり、どの角度から見ても美しく均整の取れた建造物です。<br />現在は個人所有となっており、普通に暮らされていますので内部を見ることはできません。

    コロニア・グエル オルダル邸
    元々は監督官か少し地位のある人の家だったと伝わってます。単一の煉瓦素材を使ってファサードや煙突などを表情豊かにデザインしてあり、どの角度から見ても美しく均整の取れた建造物です。
    現在は個人所有となっており、普通に暮らされていますので内部を見ることはできません。

  • コロニア・グエル <br />道を挟んでオルダル邸の左側にもムデハル様式と思しき古風な建物が2軒並んでいます。

    コロニア・グエル
    道を挟んでオルダル邸の左側にもムデハル様式と思しき古風な建物が2軒並んでいます。

  • コロニア・グエル <br />道を挟んでオルダル邸の右側にある趣のある煉瓦造りの建物です。<br />こちらもコーナー部の面を取ってポーチを設けています。

    コロニア・グエル
    道を挟んでオルダル邸の右側にある趣のある煉瓦造りの建物です。
    こちらもコーナー部の面を取ってポーチを設けています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />礼拝堂の入口に向かう途中に見えるのが、1902年にガウディが制作した鉄細工の2重十字架のレプリカです。どの方向から見ても十字架に見えるというアイデア商品です。冷たいイメージが拭えきれない鉄素材ですが、ガウディにかかればこの通り優しい印象の作品に変貌します。先端部はハート型にも見えます。<br />オリジナルは、バルセロナにあるミラリェス邸の門の上にあります。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    礼拝堂の入口に向かう途中に見えるのが、1902年にガウディが制作した鉄細工の2重十字架のレプリカです。どの方向から見ても十字架に見えるというアイデア商品です。冷たいイメージが拭えきれない鉄素材ですが、ガウディにかかればこの通り優しい印象の作品に変貌します。先端部はハート型にも見えます。
    オリジナルは、バルセロナにあるミラリェス邸の門の上にあります。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />礼拝堂のファサードです。午前中は生憎逆光になるため、写真が暗い感じになってしまうのが残念です。<br />この右側に1本の松の木があるのですが、当初、そこに教会の階段を造る予定だったそうです。しかし自然を敬愛していたガウディは樹齢100年を経た松の木を伐採することに心を痛め、松の木を倒すよりも階段の位置をずらすことを選びました。まさにガウディの人柄を垣間見ることのできる逸話です。<br />2002年、ガウディ生誕150年のガウディ・イヤーに合わせて修復が行なわれました。しかし修復建築家の独断的な判断により、修復以上の改築に至ったことが問題視されています。修復を行なったのは、アントニオ・ゴンザレス・モレノ博士(バルセロナ工科大学)です。世界遺産の認定を受けたガウディの作品を修復&保存を名目に破壊したと裁判沙汰にまで至りましたが、結局「技術的に解決したもの」との判決が下り、ガウディ愛好家はこの判決に失望したようです。<br />例えば、正面ポーチの上の階段です。以前は階段が使えたそうですが、雨漏りを防ぐために修復材で覆い、上り口を「アーメンの石碑」で封印しています。しかしあまりにも不評だったこともあり、以前の姿に出来る限り戻されてはいるようです。何処の国にも「唯我独尊」を貫く慢心した輩がいるようです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    礼拝堂のファサードです。午前中は生憎逆光になるため、写真が暗い感じになってしまうのが残念です。
    この右側に1本の松の木があるのですが、当初、そこに教会の階段を造る予定だったそうです。しかし自然を敬愛していたガウディは樹齢100年を経た松の木を伐採することに心を痛め、松の木を倒すよりも階段の位置をずらすことを選びました。まさにガウディの人柄を垣間見ることのできる逸話です。
    2002年、ガウディ生誕150年のガウディ・イヤーに合わせて修復が行なわれました。しかし修復建築家の独断的な判断により、修復以上の改築に至ったことが問題視されています。修復を行なったのは、アントニオ・ゴンザレス・モレノ博士(バルセロナ工科大学)です。世界遺産の認定を受けたガウディの作品を修復&保存を名目に破壊したと裁判沙汰にまで至りましたが、結局「技術的に解決したもの」との判決が下り、ガウディ愛好家はこの判決に失望したようです。
    例えば、正面ポーチの上の階段です。以前は階段が使えたそうですが、雨漏りを防ぐために修復材で覆い、上り口を「アーメンの石碑」で封印しています。しかしあまりにも不評だったこともあり、以前の姿に出来る限り戻されてはいるようです。何処の国にも「唯我独尊」を貫く慢心した輩がいるようです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />ガウディの自然賛美を示す典型的な作品が、この礼拝堂です。傾斜した柱や壁、荒削りの石、更に光と影の目くるめく色彩が織りなす洞窟空間を創り上げています。また、この礼拝堂は全体に複雑な形状をしており、随所にサグラダ・ファミリアと重なる設計思想が窺えます。建物の安定したバランスと機能性、デザイン性を追求するため、数字や方程式を一切使わずに10年の歳月をかけてフニクラを駆使した意味が判る気がしてきます。 <br />こうしてゴシック建築の最大の弱点であったフライング・バットレスと言う外部で壁を支える梁構造を解消したのです。また、サグラダ・ファミリアでは2重螺旋の柱を用いてギリシヤ建築の考え方を飛躍させています。この礼拝堂は、ガウディが数々の革新的な建築学的試みを総合的に実践した場と言えるかもしれません。こうした革新的な建築技法を確立したことから、ガウディは「ゴシック建築の完成者」とか「ギリシア建築の完成者」とも讃えられています。いわば、ゴシック建築やギリシア建築の破壊的イノベータでもあったのです。ガウディの建築スタイルは往時では奇抜過ぎたきらいもありますが、これらは現在ではプレキャスト工法として根付いています。そうした観点から、現代人がガウディから学べるものはまだ沢山あるように思えます。<br />「もし完成したらサグラダ・ファミリアのモニュメントになっていた」とガウディが語ったことでも有名なこの建築物は、ガウディ・ファンなら一見の価値のあるものです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    ガウディの自然賛美を示す典型的な作品が、この礼拝堂です。傾斜した柱や壁、荒削りの石、更に光と影の目くるめく色彩が織りなす洞窟空間を創り上げています。また、この礼拝堂は全体に複雑な形状をしており、随所にサグラダ・ファミリアと重なる設計思想が窺えます。建物の安定したバランスと機能性、デザイン性を追求するため、数字や方程式を一切使わずに10年の歳月をかけてフニクラを駆使した意味が判る気がしてきます。
    こうしてゴシック建築の最大の弱点であったフライング・バットレスと言う外部で壁を支える梁構造を解消したのです。また、サグラダ・ファミリアでは2重螺旋の柱を用いてギリシヤ建築の考え方を飛躍させています。この礼拝堂は、ガウディが数々の革新的な建築学的試みを総合的に実践した場と言えるかもしれません。こうした革新的な建築技法を確立したことから、ガウディは「ゴシック建築の完成者」とか「ギリシア建築の完成者」とも讃えられています。いわば、ゴシック建築やギリシア建築の破壊的イノベータでもあったのです。ガウディの建築スタイルは往時では奇抜過ぎたきらいもありますが、これらは現在ではプレキャスト工法として根付いています。そうした観点から、現代人がガウディから学べるものはまだ沢山あるように思えます。
    「もし完成したらサグラダ・ファミリアのモニュメントになっていた」とガウディが語ったことでも有名なこの建築物は、ガウディ・ファンなら一見の価値のあるものです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />左側の白っぽい柱は数種類の石の破砕を各面に互い違いに貼り付けた奇妙な多角形をしています。その隣の黒ずんだ柱は玄武岩と思しき素材の円柱に石の破砕を貼り付けたもので、グエル公園の回廊の列柱を彷彿とさせます。<br />また、ポーチ中央にある切り出しの玄武岩の柱や右手にある煉瓦積み装飾された柱など、柱1本とっても多彩なデザインが用いられています。<br />現在のポーチ形状なら中央の柱は強度上不要ですが、本来はこのポーチの上に階段を通して人が往来できる構造だったためにこの柱が設けられたそうです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    左側の白っぽい柱は数種類の石の破砕を各面に互い違いに貼り付けた奇妙な多角形をしています。その隣の黒ずんだ柱は玄武岩と思しき素材の円柱に石の破砕を貼り付けたもので、グエル公園の回廊の列柱を彷彿とさせます。
    また、ポーチ中央にある切り出しの玄武岩の柱や右手にある煉瓦積み装飾された柱など、柱1本とっても多彩なデザインが用いられています。
    現在のポーチ形状なら中央の柱は強度上不要ですが、本来はこのポーチの上に階段を通して人が往来できる構造だったためにこの柱が設けられたそうです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />内部から見るステンドグラスは花の形をしていますが、外部から見ると周囲の窓枠を含めて花の蕾のようにも見えるユニークな形です。ある人に言わせると、泪の一滴だとか雛鳥が親鳥に餌をせびって口を開けた所だとも…。<br />外側の尖がった窓枠は、ステンドグラスを雨風から守る庇として設けられています。また、ステンドグラスの窓枠の天辺にはカタルーニャの守護聖人サン・ジョルディの末広の十字架が燦然と輝いています。<br />中央奥にあるのは、鐘塔です。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    内部から見るステンドグラスは花の形をしていますが、外部から見ると周囲の窓枠を含めて花の蕾のようにも見えるユニークな形です。ある人に言わせると、泪の一滴だとか雛鳥が親鳥に餌をせびって口を開けた所だとも…。
    外側の尖がった窓枠は、ステンドグラスを雨風から守る庇として設けられています。また、ステンドグラスの窓枠の天辺にはカタルーニャの守護聖人サン・ジョルディの末広の十字架が燦然と輝いています。
    中央奥にあるのは、鐘塔です。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />半地下にある待合室から見上げた玄関ポーチです。<br />皆さんそれぞれに鑑賞ポイントが異なるのも判る気がします。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    半地下にある待合室から見上げた玄関ポーチです。
    皆さんそれぞれに鑑賞ポイントが異なるのも判る気がします。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />半地下に設けられた待合室です。<br />スペイン内戦の時期には、部隊の台所や武器庫として利用されたそうです。<br />確かに奥の方の天井が黒ずんでいるのが判ります。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    半地下に設けられた待合室です。
    スペイン内戦の時期には、部隊の台所や武器庫として利用されたそうです。
    確かに奥の方の天井が黒ずんでいるのが判ります。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />カテナリー曲線は文字通り曲線なのですが、このポーチはそれを三角形を組み合わせた直線を用いて擬似曲線として具現化しています。線ではなく面でとらえ、ねじれた三角面の連続で放物双曲面体を構成しています。コンピュータでFEM構造解析する際に用いられる三角形要素と同じ考え方を、すでにこの時代に実践していたとは頭が下がります。<br />曲線を三角形、極論で言えば直線で表現したことがガウディの画期的なアイディアだと言えます。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    カテナリー曲線は文字通り曲線なのですが、このポーチはそれを三角形を組み合わせた直線を用いて擬似曲線として具現化しています。線ではなく面でとらえ、ねじれた三角面の連続で放物双曲面体を構成しています。コンピュータでFEM構造解析する際に用いられる三角形要素と同じ考え方を、すでにこの時代に実践していたとは頭が下がります。
    曲線を三角形、極論で言えば直線で表現したことがガウディの画期的なアイディアだと言えます。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />この玄関ポーチひとつとっても、全体像を理解するにはこれだけの枚数の写真が必要になります。何故、ガウディの作品では2D図面が役に立たなかったのかを象徴していると思います。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    この玄関ポーチひとつとっても、全体像を理解するにはこれだけの枚数の写真が必要になります。何故、ガウディの作品では2D図面が役に立たなかったのかを象徴していると思います。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />椰子の木を彷彿とさせるポーチのリブヴォールトにも、トレンカディスの装飾が散り嵌められています。タイルや閃緑岩、玄武岩などを使い、C(コロニア)、G(グエル)の文字を装飾的に組み込んでいます。<br />また、アーチ状天井の一つひとつに十字架をあしらっています。しかも、この十字架の色彩は黄、オレンジ、青、黒色と多彩ですが、入口に近づくに連れて色が濃くなる趣向になっています。ですから、入口の真上は黒色の十字架になっています。その十字架は入口に対して45度の角度を持たせてあり、X字に見えるため聖アンデレの十字架を意味しているのかもしれません。ひょとすると、これらも謎めいた「ガウディ・コード」のひとつなのかもしれません。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    椰子の木を彷彿とさせるポーチのリブヴォールトにも、トレンカディスの装飾が散り嵌められています。タイルや閃緑岩、玄武岩などを使い、C(コロニア)、G(グエル)の文字を装飾的に組み込んでいます。
    また、アーチ状天井の一つひとつに十字架をあしらっています。しかも、この十字架の色彩は黄、オレンジ、青、黒色と多彩ですが、入口に近づくに連れて色が濃くなる趣向になっています。ですから、入口の真上は黒色の十字架になっています。その十字架は入口に対して45度の角度を持たせてあり、X字に見えるため聖アンデレの十字架を意味しているのかもしれません。ひょとすると、これらも謎めいた「ガウディ・コード」のひとつなのかもしれません。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />ギリシア文字「Α:アルファ」と「Ω:オメガ」は、ギリシア文字の順番で「最初」と「最後」を示し、創世記の最初と最後を表すキリスト教の象徴であり、生から死までの全てを意味しています。日本の神社にある狛犬の「阿形」と「吽形」(宇宙の全てを包含する)に近い感覚のものと言えます。<br />魚のマークはイエスを象徴しています。イエスが生きていた時代、彼は身を隠す身上でした。そのため、暗号を用いて彼を表していました。何故魚かと言いますと、ギリシア語祈祷文の「イエス・キリスト・神・子・救世主」の5つの頭文字を合わせると「魚(IXΘYΣ=イクテュス)」を意味することに発しています。<br />礼拝堂の壁の装飾にはキリスト教やイエス、マリアに関わる「ガウディ・コード」が記されていると言われていますので、じっくり腰を落ち着けてその謎解きをしてみるのもひとつの愉しみ方です。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    ギリシア文字「Α:アルファ」と「Ω:オメガ」は、ギリシア文字の順番で「最初」と「最後」を示し、創世記の最初と最後を表すキリスト教の象徴であり、生から死までの全てを意味しています。日本の神社にある狛犬の「阿形」と「吽形」(宇宙の全てを包含する)に近い感覚のものと言えます。
    魚のマークはイエスを象徴しています。イエスが生きていた時代、彼は身を隠す身上でした。そのため、暗号を用いて彼を表していました。何故魚かと言いますと、ギリシア語祈祷文の「イエス・キリスト・神・子・救世主」の5つの頭文字を合わせると「魚(IXΘYΣ=イクテュス)」を意味することに発しています。
    礼拝堂の壁の装飾にはキリスト教やイエス、マリアに関わる「ガウディ・コード」が記されていると言われていますので、じっくり腰を落ち着けてその謎解きをしてみるのもひとつの愉しみ方です。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />礼拝堂への入口の上部の装飾です。<br />入口の白い枠組みは石灰岩で組まれています。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    礼拝堂への入口の上部の装飾です。
    入口の白い枠組みは石灰岩で組まれています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />入口のモザイクに対峙しているのがこのモザイクです。<br />入口に施されたモザイク装飾と対になるように、「F(父なる神)、S(イエス)、P(聖霊)」を組み合わせた文字で聖三位一体を表しています。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    入口のモザイクに対峙しているのがこのモザイクです。
    入口に施されたモザイク装飾と対になるように、「F(父なる神)、S(イエス)、P(聖霊)」を組み合わせた文字で聖三位一体を表しています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />礼拝堂入口上部の宗教的装飾のタイルモザイクは、左官職人アントニー・ムラールの作品です。左から菱形にF、S、Pの順に表された聖三位一体や枢要徳、3つの対神徳(神徳:聖火、望徳:錨、愛徳:火の中の十字架)を象徴するセラミックと破砕ガラスによるトレンカディスが施されています。枢要徳は四徳とも言われ、知恵、正義、勇気、節制という4つの基本的美徳を表現し、細かな中にも煌びやかな装飾がいかにもスペインらしさを感じさせます。<br />得体の知れない未知なる生物の体内に潜入していくようなスリリングな感覚に胸がときめきます。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    礼拝堂入口上部の宗教的装飾のタイルモザイクは、左官職人アントニー・ムラールの作品です。左から菱形にF、S、Pの順に表された聖三位一体や枢要徳、3つの対神徳(神徳:聖火、望徳:錨、愛徳:火の中の十字架)を象徴するセラミックと破砕ガラスによるトレンカディスが施されています。枢要徳は四徳とも言われ、知恵、正義、勇気、節制という4つの基本的美徳を表現し、細かな中にも煌びやかな装飾がいかにもスペインらしさを感じさせます。
    得体の知れない未知なる生物の体内に潜入していくようなスリリングな感覚に胸がときめきます。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />それでは、礼拝堂へ入りましょう。<br />まず聖水で清めます。と言っても、聖水盤には聖水は入れられていません。<br />長辺1mもあろうかというフィリピンのルソン島産の大シャコ貝を使った聖水盤が柱に取り付けられています。ガウディは貝の現物の形に合わせて金物細工をデザインしています。<br />この教会は、建築学的にも革新的な要素が導入されただけでなく、インテリアから装飾に至るまでガウディ色の濃い多数の工芸品を保管しています。<br />因みに、海から揚げられた大シャコ貝は2つあり、もう一つはサグラダ・ファミリアにあります。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    それでは、礼拝堂へ入りましょう。
    まず聖水で清めます。と言っても、聖水盤には聖水は入れられていません。
    長辺1mもあろうかというフィリピンのルソン島産の大シャコ貝を使った聖水盤が柱に取り付けられています。ガウディは貝の現物の形に合わせて金物細工をデザインしています。
    この教会は、建築学的にも革新的な要素が導入されただけでなく、インテリアから装飾に至るまでガウディ色の濃い多数の工芸品を保管しています。
    因みに、海から揚げられた大シャコ貝は2つあり、もう一つはサグラダ・ファミリアにあります。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />何だコレ? ガウディ降霊???<br />シャッターを押した刹那、鈍い光を感じたため、念のためにもう一枚撮ったのが次の写真です。実際に見た光はこんなに激しいものではなく、右から左へかすかな光が横切った程度だったのですが…。何だったんでしょう?<br />このカメラで2万枚近く撮影していますが、こうした現象は初めてです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    何だコレ? ガウディ降霊???
    シャッターを押した刹那、鈍い光を感じたため、念のためにもう一枚撮ったのが次の写真です。実際に見た光はこんなに激しいものではなく、右から左へかすかな光が横切った程度だったのですが…。何だったんでしょう?
    このカメラで2万枚近く撮影していますが、こうした現象は初めてです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />光に違和感を感じ取り直して正解でした。時間がないため、都度、撮った写真をモニターで確認することはしていませんから・・・。<br /><br />この礼拝堂で注目すべき点の一つは、建造素材の多様性です。<br />例えば、玄武岩や石灰岩、煉瓦、焼き直し煉瓦、くず鋳鉄、セラミック、ガラス、モルタルなどが使用され、幾種類もの多様な素材が一つの構想のもとに有機的に融合されています。装飾様式と象徴的要素を熟慮した上に、建築に不可欠な技術的要素を融合した点にガウディの才能が窺えます。同様に、外壁に使用されているくず鋳鉄や煉瓦は、建築学的機能を果たすだけに留まらず、その独特な色と質感のシナジー効果によって礼拝堂を取り巻く自然と調和させています。<br />更に、これらの素材は宗教的性格にも適応しています。例えば、焼き直しの素材は、神に献上するに相応しい、火によって清められた教会であることを意味しています。<br />さすがに奥が深い建造物です。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    光に違和感を感じ取り直して正解でした。時間がないため、都度、撮った写真をモニターで確認することはしていませんから・・・。

    この礼拝堂で注目すべき点の一つは、建造素材の多様性です。
    例えば、玄武岩や石灰岩、煉瓦、焼き直し煉瓦、くず鋳鉄、セラミック、ガラス、モルタルなどが使用され、幾種類もの多様な素材が一つの構想のもとに有機的に融合されています。装飾様式と象徴的要素を熟慮した上に、建築に不可欠な技術的要素を融合した点にガウディの才能が窺えます。同様に、外壁に使用されているくず鋳鉄や煉瓦は、建築学的機能を果たすだけに留まらず、その独特な色と質感のシナジー効果によって礼拝堂を取り巻く自然と調和させています。
    更に、これらの素材は宗教的性格にも適応しています。例えば、焼き直しの素材は、神に献上するに相応しい、火によって清められた教会であることを意味しています。
    さすがに奥が深い建造物です。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />4本の玄武岩の大黒柱の周りを取り囲むように、9本の煉瓦造の柱を半円状に並べて三身廊を構成しています。他のガウディ作品では見た事のない、猛々しい荒削りの太い玄武岩の柱にインパクトがあります。4本の大黒柱は、構造を考え抜いた結果なのか、四方転びのように少し傾けて湾曲させているのが特徴です。<br />その石柱の上に薄いカタルーニャ煉瓦を組み合わせたカタランボールトを用いたアーチ状のリブや天井造りを載せた様は機能美の極みと言え、言葉を失います。また、放射線状に張り巡らされたリブは、椰子の木をイメージさせます。<br />ここは「沈黙」が支配する安寧で静謐な小宇宙のようです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    4本の玄武岩の大黒柱の周りを取り囲むように、9本の煉瓦造の柱を半円状に並べて三身廊を構成しています。他のガウディ作品では見た事のない、猛々しい荒削りの太い玄武岩の柱にインパクトがあります。4本の大黒柱は、構造を考え抜いた結果なのか、四方転びのように少し傾けて湾曲させているのが特徴です。
    その石柱の上に薄いカタルーニャ煉瓦を組み合わせたカタランボールトを用いたアーチ状のリブや天井造りを載せた様は機能美の極みと言え、言葉を失います。また、放射線状に張り巡らされたリブは、椰子の木をイメージさせます。
    ここは「沈黙」が支配する安寧で静謐な小宇宙のようです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />礼拝堂を取り囲むかのように、ステンドグラスが22枚並んでいます。<br />これらのステンドグラスは計算された配置になっており、それぞれが日時計になっているそうです。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    礼拝堂を取り囲むかのように、ステンドグラスが22枚並んでいます。
    これらのステンドグラスは計算された配置になっており、それぞれが日時計になっているそうです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />ジュゼップ・マリア・ジュジョールが造った美しい七色のステンドグラスは、外光を暖かな色彩に変換する魔法のガラスです。礼拝堂内に陽光が揺曳する様は、まるで海面から差し込む光が海底洞窟に届いたかのような錯覚を起こさせます。<br />ステンドグラスのデザインは、巨大な十字架から花弁が伸びるような形をしています。しかし実用的なことに開閉式になっており、ここから換気ができる優れものです。下の鎖を引っ張ると、花の形がいつの間にか蝶の羽のようになって開閉します。蝶の姿によって、自然の中に居るような、森に遊びに来たような気分にさせられます。更に、上下左右の羽を閉じるとその形は十字架の形になり、機能性とデザイン性を両立させています。<br />また、透けた針金細工が刺繍のように映り込むのもいいですね!

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    ジュゼップ・マリア・ジュジョールが造った美しい七色のステンドグラスは、外光を暖かな色彩に変換する魔法のガラスです。礼拝堂内に陽光が揺曳する様は、まるで海面から差し込む光が海底洞窟に届いたかのような錯覚を起こさせます。
    ステンドグラスのデザインは、巨大な十字架から花弁が伸びるような形をしています。しかし実用的なことに開閉式になっており、ここから換気ができる優れものです。下の鎖を引っ張ると、花の形がいつの間にか蝶の羽のようになって開閉します。蝶の姿によって、自然の中に居るような、森に遊びに来たような気分にさせられます。更に、上下左右の羽を閉じるとその形は十字架の形になり、機能性とデザイン性を両立させています。
    また、透けた針金細工が刺繍のように映り込むのもいいですね!

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />1965年にピーター・ハードンによって再調整された聖壇です。<br />拝壇(1945年)と一対の天使像(1946年)は、ジュジョールが手掛けました。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    1965年にピーター・ハードンによって再調整された聖壇です。
    拝壇(1945年)と一対の天使像(1946年)は、ジュジョールが手掛けました。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />主祭壇の左手にある聖家族の祭壇は、1945年にジュジョールが制作したものです。<br />ジュジョールはガウディより27歳年下で、彼が建築学校に進学した頃、ガウディは既に有名な建築家でした。ジュジョールはタラゴナ出身で、9歳の時にバルセロナに移り住みました。そして、カタルーニャ主義のもとで輝く建築物に魅了され、やがて建築学校に進学します。学生時代には、アントニオ・ガリッサという建築家の元で働きましたが、ガウディとの共通の知人サンタロー医師を通じてガウディと知り合い、その後ガウディの世界に引き込まれていきます。<br />ガリッサが若くして亡くなったこともあり、ジュジョールは迷わずガウディと仕事をする道を選びました。ガウディはジュジョールの色彩感覚と造形の感覚に非凡なものを感じ、すぐに愛弟子として仕事を与えました。ガウディの元でジュジョールが初めて手掛けたのは、「カサ・バトリョ」です。その時、ガウディはジュジョールの才能を確信しました。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    主祭壇の左手にある聖家族の祭壇は、1945年にジュジョールが制作したものです。
    ジュジョールはガウディより27歳年下で、彼が建築学校に進学した頃、ガウディは既に有名な建築家でした。ジュジョールはタラゴナ出身で、9歳の時にバルセロナに移り住みました。そして、カタルーニャ主義のもとで輝く建築物に魅了され、やがて建築学校に進学します。学生時代には、アントニオ・ガリッサという建築家の元で働きましたが、ガウディとの共通の知人サンタロー医師を通じてガウディと知り合い、その後ガウディの世界に引き込まれていきます。
    ガリッサが若くして亡くなったこともあり、ジュジョールは迷わずガウディと仕事をする道を選びました。ガウディはジュジョールの色彩感覚と造形の感覚に非凡なものを感じ、すぐに愛弟子として仕事を与えました。ガウディの元でジュジョールが初めて手掛けたのは、「カサ・バトリョ」です。その時、ガウディはジュジョールの才能を確信しました。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />人物の表情がとてもリアルに作られており、今にも動き出しそうです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    人物の表情がとてもリアルに作られており、今にも動き出しそうです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />祭壇上のドーム最上部から小さなイエス像が吊り下げられています。どことなく受難のファサードの像に似た印象があります。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    祭壇上のドーム最上部から小さなイエス像が吊り下げられています。どことなく受難のファサードの像に似た印象があります。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />この建物が「ガウディの最高傑作」と称されるのは、ガウディが10年以上かけて逆さ吊り実験(フニクラ)を繰り返して、構造原理を研究しながら設計したからです。往時の建築でこうした傾斜した柱はあり得ないデザインであり、しかも煉瓦造りでこの構造を実現したことは画期的です。自然の造形のみならず重力までも追求する、その発想がガウディが建築家に留まらずに造形家と称される所以です。<br />フニクラは、無数の紐と錘で構成されています。網状の糸に重りを数個取り付け、その網の描く形態を上下反転したものが垂直加重に対する自然で丈夫な構造形態だと考えました。建設中に「建物が崩れるのでは?」と疑う職人たちに対し、自ら足場を取り除いて構造の安全を証明したそうです。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    この建物が「ガウディの最高傑作」と称されるのは、ガウディが10年以上かけて逆さ吊り実験(フニクラ)を繰り返して、構造原理を研究しながら設計したからです。往時の建築でこうした傾斜した柱はあり得ないデザインであり、しかも煉瓦造りでこの構造を実現したことは画期的です。自然の造形のみならず重力までも追求する、その発想がガウディが建築家に留まらずに造形家と称される所以です。
    フニクラは、無数の紐と錘で構成されています。網状の糸に重りを数個取り付け、その網の描く形態を上下反転したものが垂直加重に対する自然で丈夫な構造形態だと考えました。建設中に「建物が崩れるのでは?」と疑う職人たちに対し、自ら足場を取り除いて構造の安全を証明したそうです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />イエス磔刑像のある部屋は聖キリスト礼拝堂と呼ばれ、手前にある傾斜した2本の煉瓦造りの列柱によって区切られた空間となっています。<br />壁下部はモルタル仕上げされて身廊の壁と一体化していますが、壁上部と天井部は白い漆喰仕上げになっています。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    イエス磔刑像のある部屋は聖キリスト礼拝堂と呼ばれ、手前にある傾斜した2本の煉瓦造りの列柱によって区切られた空間となっています。
    壁下部はモルタル仕上げされて身廊の壁と一体化していますが、壁上部と天井部は白い漆喰仕上げになっています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />こうしてカタランボールトをぼんやりと見上げていると、巨大動物の肋骨のようにも見えてきます。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    こうしてカタランボールトをぼんやりと見上げていると、巨大動物の肋骨のようにも見えてきます。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />聖母モンセラットの祭壇です。<br />この祭壇は、ガウディの遺志を引き継いでサグラダ・ファミリア建造を続けた、イシドロ・プッジ・ボアダが1956年に制作しました。<br />ステンドグラスからの揺曳が祈り台に反射し、柔らかな絵模様を描いています。<br />お祈り用の膝置きや椅子、蝋燭立ても、ガウディだったらこうしただろうと考え抜いた逸品に仕上げられています。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    聖母モンセラットの祭壇です。
    この祭壇は、ガウディの遺志を引き継いでサグラダ・ファミリア建造を続けた、イシドロ・プッジ・ボアダが1956年に制作しました。
    ステンドグラスからの揺曳が祈り台に反射し、柔らかな絵模様を描いています。
    お祈り用の膝置きや椅子、蝋燭立ても、ガウディだったらこうしただろうと考え抜いた逸品に仕上げられています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />「黒いマリア像」は、モンセラット修道院やカテドラルと同じく、カタルーニャ地方の人々にとっては特別な存在です。<br />この聖母像は、晩年のガウディが毎日ミサに通っていた、バルセロナ旧市街にある聖フィリッポ・ネリ教会から寄贈された由緒あるものだそうです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    「黒いマリア像」は、モンセラット修道院やカテドラルと同じく、カタルーニャ地方の人々にとっては特別な存在です。
    この聖母像は、晩年のガウディが毎日ミサに通っていた、バルセロナ旧市街にある聖フィリッポ・ネリ教会から寄贈された由緒あるものだそうです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />サグラダ・ファミリアから決して近くはない道程を、ガウディは毎日歩いて聖フィリッポ・ネリ教会へ礼拝に通いました。この聖母に何を祈り続けていたのでしょうか・・・。皮肉にも、1926年6月7日、市電に撥ねられたのはこの教会へ行く途中の出来事でした。<br />余談ですが、モンセラットの「黒いマリア像」は、元々黒かった訳ではないようです。長い間洞窟の中に祀られていた結果、祭壇に灯された蝋燭の煤で黒く煤け、肌以外のところを塗り直しためにあたかも黒いマリアのようになったとのことです。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    サグラダ・ファミリアから決して近くはない道程を、ガウディは毎日歩いて聖フィリッポ・ネリ教会へ礼拝に通いました。この聖母に何を祈り続けていたのでしょうか・・・。皮肉にも、1926年6月7日、市電に撥ねられたのはこの教会へ行く途中の出来事でした。
    余談ですが、モンセラットの「黒いマリア像」は、元々黒かった訳ではないようです。長い間洞窟の中に祀られていた結果、祭壇に灯された蝋燭の煤で黒く煤け、肌以外のところを塗り直しためにあたかも黒いマリアのようになったとのことです。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />祭壇を取り囲むように同心円状に配置された祈り台付きの2人掛けの礼拝椅子にも注目です。忠実に再現された机が沢山並べられ、オリジナルのものはひとつしかありませんが、少し色が違うのですぐに判ります。<br />後ろに座る方のために折りたたみ式のフットレストが脚元に付けられています。また、窓からの採光がもたらす室内空間設計により、こうしたユニークな配置を可能としています。<br />ガウディがデザインした椅子にゆっくりもたれ掛かると、背中がしっくりとフィットして心地のよさにうっとりさせられます。背もたれや座椅子の部分が精巧に作られています。是非、人体にフィットさせたこの椅子に座ってみてください。<br />もうひとつのポイントは、2人が腰掛けるとお互いが微妙に外側を向くように座面の形が工夫されており、人に煩わされることなく自分の世界に入れるようになっています。こうした使う人への細かい気遣いが、ガウディの真骨頂です。<br />また、礼拝椅子の材料は、機械の梱包材だった樫の木をリサイクルしたものです。<br />この礼拝堂は「完成された未完成の作品」と称されるのですが、本質を言い当てていると思います。 

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    祭壇を取り囲むように同心円状に配置された祈り台付きの2人掛けの礼拝椅子にも注目です。忠実に再現された机が沢山並べられ、オリジナルのものはひとつしかありませんが、少し色が違うのですぐに判ります。
    後ろに座る方のために折りたたみ式のフットレストが脚元に付けられています。また、窓からの採光がもたらす室内空間設計により、こうしたユニークな配置を可能としています。
    ガウディがデザインした椅子にゆっくりもたれ掛かると、背中がしっくりとフィットして心地のよさにうっとりさせられます。背もたれや座椅子の部分が精巧に作られています。是非、人体にフィットさせたこの椅子に座ってみてください。
    もうひとつのポイントは、2人が腰掛けるとお互いが微妙に外側を向くように座面の形が工夫されており、人に煩わされることなく自分の世界に入れるようになっています。こうした使う人への細かい気遣いが、ガウディの真骨頂です。
    また、礼拝椅子の材料は、機械の梱包材だった樫の木をリサイクルしたものです。
    この礼拝堂は「完成された未完成の作品」と称されるのですが、本質を言い当てていると思います。 

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />上階へ通じる階段の設置が予定されていた空間には、厳かな聖母マリア像が安置されています。<br /><br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    上階へ通じる階段の設置が予定されていた空間には、厳かな聖母マリア像が安置されています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />ガウディが上階へ通じる階段を計画していた場所です。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    ガウディが上階へ通じる階段を計画していた場所です。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />祭壇後方には、上部身廊と呼ばれる中2階のような合唱団室が設けられています。地下礼拝堂は、1914年に工事が中断した時には今よりも更に未完成だったことが、コンクリートで補修された部分からも読み取れます。しかし、まだ未完成です。それでも、ガウディ作品の中でも「最高傑作」との呼び声も高く、他に類を見ない傑出した空間であることは間違いありません。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    祭壇後方には、上部身廊と呼ばれる中2階のような合唱団室が設けられています。地下礼拝堂は、1914年に工事が中断した時には今よりも更に未完成だったことが、コンクリートで補修された部分からも読み取れます。しかし、まだ未完成です。それでも、ガウディ作品の中でも「最高傑作」との呼び声も高く、他に類を見ない傑出した空間であることは間違いありません。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />ミサの準備が始まりました。<br />まるで母胎の中に居るような不思議な感覚に包まれ、居心地の良い礼拝堂です。ガウディはこの天井に母胎の襞を表現し、脈打たせたのかもしれません。<br />ガウディは、「安らぎは直線の中では得られない。それは人間の歴史は母親の胎内から始まったからです」と語っています。また、「この世で唯一の建築家は神なのです。その神から与えられた自然や生命を具体的に表現することも、建築を、精神を持った生命体にすることのひとつです」とも。<br />この思いの丈をこの礼拝堂で具現化したということでしょうか?<br />人々が安らげる、癒しの場所として・・・。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    ミサの準備が始まりました。
    まるで母胎の中に居るような不思議な感覚に包まれ、居心地の良い礼拝堂です。ガウディはこの天井に母胎の襞を表現し、脈打たせたのかもしれません。
    ガウディは、「安らぎは直線の中では得られない。それは人間の歴史は母親の胎内から始まったからです」と語っています。また、「この世で唯一の建築家は神なのです。その神から与えられた自然や生命を具体的に表現することも、建築を、精神を持った生命体にすることのひとつです」とも。
    この思いの丈をこの礼拝堂で具現化したということでしょうか?
    人々が安らげる、癒しの場所として・・・。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />外壁の右横を回って未完の上階テラスへと向かいます。窓ガラスの六角形の保護格子に用いられた針金細工の素材は、繊維工場のはたおり機の針とリングをリサイクルしたガウディらしいアイデアです。制作したのは、ガウディの協力者バディア兄弟です。ここに祈りにくる労働者たちへの気の効いた配慮が窺えます。<br /><br />鐘塔を直下で見上げるとステンドグラスの窓枠の影響もあり、岡本太郎氏の大阪万博『太陽の塔』を彷彿とさせます。ひょっとすると、これを見てインスピレーションが湧いたのかもしれません。<br />また、ステンドグラスの下方にある換気グリルには、味わいのある曲線を用いた意匠のアイアン・ワークが取り付けられています。その左上には、アクセントのようにワンポイントで魚のマークが施されています。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    外壁の右横を回って未完の上階テラスへと向かいます。窓ガラスの六角形の保護格子に用いられた針金細工の素材は、繊維工場のはたおり機の針とリングをリサイクルしたガウディらしいアイデアです。制作したのは、ガウディの協力者バディア兄弟です。ここに祈りにくる労働者たちへの気の効いた配慮が窺えます。

    鐘塔を直下で見上げるとステンドグラスの窓枠の影響もあり、岡本太郎氏の大阪万博『太陽の塔』を彷彿とさせます。ひょっとすると、これを見てインスピレーションが湧いたのかもしれません。
    また、ステンドグラスの下方にある換気グリルには、味わいのある曲線を用いた意匠のアイアン・ワークが取り付けられています。その左上には、アクセントのようにワンポイントで魚のマークが施されています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />元々は換気塔として造られたものでしたが、ガウディの弟子たちがこうした鐘楼に造り替えました。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    元々は換気塔として造られたものでしたが、ガウディの弟子たちがこうした鐘楼に造り替えました。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />鳥居を彷彿とさせる上部身廊の入口になる予定だった石の枠組みは、古代ギリシアのミケーネ遺跡入口のまぐさ石を彷彿とさせます。これは下階の礼拝堂入口に使われている石灰岩で造られたものと同じスタイルです。<br />ガウディがどのような手順で空間を形成していったのかが窺える貴重な資料となっています。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    鳥居を彷彿とさせる上部身廊の入口になる予定だった石の枠組みは、古代ギリシアのミケーネ遺跡入口のまぐさ石を彷彿とさせます。これは下階の礼拝堂入口に使われている石灰岩で造られたものと同じスタイルです。
    ガウディがどのような手順で空間を形成していったのかが窺える貴重な資料となっています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />教会のすぐ隣に建っているのは、神父さんの邸宅です。<br />出勤時間は徒歩で3分かからないでしょうね!

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    教会のすぐ隣に建っているのは、神父さんの邸宅です。
    出勤時間は徒歩で3分かからないでしょうね!

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />地下礼拝堂の階上に当たるテラスです。<br />床に付された黒い丸の印は、ガウディが当初設計した柱が立てられるはずだった場所を示しています。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    地下礼拝堂の階上に当たるテラスです。
    床に付された黒い丸の印は、ガウディが当初設計した柱が立てられるはずだった場所を示しています。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />バルセロナで開かれた競売に出品された、ガウディのオリジナル・デッサンです。<br />(鳥居徳敏著『アントニオ・ガウディ』より引用させていただきました。)<br />未完の階上の外観は、カタルーニャの聖山モンセラットをイメージしたそうです。<br />完成予想図によると、ここにサグラダ・ファミリアのように高さ40mある3本の鐘塔を建てる計画でした。その威容はモンセラットの岩塊そっくりです。それらの塔は、三位一体、つまり父(神)、子(イエス)、そして聖霊を意味しています。<br /><br />グエルは依頼から着工まで10年という長い歳月を待ち続けました。彼との出会い、また後押しがなかったら、ガウディもこうした後世に残るせる作品を手掛けられなかったかもしれません。人と人との運命的な出会い・・・。歴史に残る傑作とは、得てしてこのように生まれるものかもしれません。<br />2人の出会いは、1879年のパリ万博でした。ガウディが制作したショーケースに釘付けになる一人の男がいました。若手実業家グエルでした。新興ブルジョワで、父の代で財を成した後、20代で父の後継者になった人物です。そして、ガウディの作品に一目惚れしたのです。グエルは、芸術への造詣が深く、優れた若手芸術家をバックアップするのが自分の使命だと思っていました。そして、ガウディを支援したいと思い、まだ無名だったガウディの自宅にまで押し掛けました。 <br />グエルが最初に依頼したのは、義父に贈る狩猟用具を収納する家具でした。ガウディにとっては正直なところ、あまり気乗りのする依頼ではありませんでした。本当は家具ではなく、建築物をデザインしたかったからです。しかし、やがてガウディがマントレールの工匠で手掛けた建築「エル・カプリッチョ」をグエルが気に入り、それ以来、彼に建築デザインの仕事を依頼するようになりました。こうしてグエルはガウディのパトロンになり、その後40年に亘り、彼を支援し続けました。

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    バルセロナで開かれた競売に出品された、ガウディのオリジナル・デッサンです。
    (鳥居徳敏著『アントニオ・ガウディ』より引用させていただきました。)
    未完の階上の外観は、カタルーニャの聖山モンセラットをイメージしたそうです。
    完成予想図によると、ここにサグラダ・ファミリアのように高さ40mある3本の鐘塔を建てる計画でした。その威容はモンセラットの岩塊そっくりです。それらの塔は、三位一体、つまり父(神)、子(イエス)、そして聖霊を意味しています。

    グエルは依頼から着工まで10年という長い歳月を待ち続けました。彼との出会い、また後押しがなかったら、ガウディもこうした後世に残るせる作品を手掛けられなかったかもしれません。人と人との運命的な出会い・・・。歴史に残る傑作とは、得てしてこのように生まれるものかもしれません。
    2人の出会いは、1879年のパリ万博でした。ガウディが制作したショーケースに釘付けになる一人の男がいました。若手実業家グエルでした。新興ブルジョワで、父の代で財を成した後、20代で父の後継者になった人物です。そして、ガウディの作品に一目惚れしたのです。グエルは、芸術への造詣が深く、優れた若手芸術家をバックアップするのが自分の使命だと思っていました。そして、ガウディを支援したいと思い、まだ無名だったガウディの自宅にまで押し掛けました。
    グエルが最初に依頼したのは、義父に贈る狩猟用具を収納する家具でした。ガウディにとっては正直なところ、あまり気乗りのする依頼ではありませんでした。本当は家具ではなく、建築物をデザインしたかったからです。しかし、やがてガウディがマントレールの工匠で手掛けた建築「エル・カプリッチョ」をグエルが気に入り、それ以来、彼に建築デザインの仕事を依頼するようになりました。こうしてグエルはガウディのパトロンになり、その後40年に亘り、彼を支援し続けました。

  • コロニア・グエル地下礼拝堂<br />入口には、ガウディが教会建設から退いた後 コロニアの職人ホワン・ガウドが制作した重厚な玄関扉が見られます。戦国時代の城門のように鋲打ちの鋼板で覆われていますが、これは反教権主義者などの反乱を警戒し、彼らの反乱から礼拝堂を守るために木製扉に鋼板を被覆したものです。<br />こうした所に人知れず歴史の生き証人たちが眠っていますので、お見逃しなく!<br /><br />この続きは、ときめきのスペイン周遊⑦モンセラットでお届けいたします。<br />

    コロニア・グエル地下礼拝堂
    入口には、ガウディが教会建設から退いた後 コロニアの職人ホワン・ガウドが制作した重厚な玄関扉が見られます。戦国時代の城門のように鋲打ちの鋼板で覆われていますが、これは反教権主義者などの反乱を警戒し、彼らの反乱から礼拝堂を守るために木製扉に鋼板を被覆したものです。
    こうした所に人知れず歴史の生き証人たちが眠っていますので、お見逃しなく!

    この続きは、ときめきのスペイン周遊⑦モンセラットでお届けいたします。

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