2016/03/16 - 2016/03/19
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カメちゃんさん
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鹿児島へ来て、三日目になりました。
旅行というものは、結構忙しいもの。きょう一日を過ごせば、もう明日には帰らねばなりません(=_=)。
いやいや、そんな帰ることに気を取られていてはイケマセン。
きょうは、この旅の本命である「誕生日に鹿児島で鹿児島の黒豚をいただく」という大切な日なのであります。 ですから、きょうは一日頑張って夜には美味しい黒豚をいただく予定です!(^^)!
昨日は知覧方面へお出掛けしましたので、きょうは鹿児島市内見物をすることにしました。
ところが、お天道様までが私の誕生日を喜んで下さり、天から感激の涙を流されたのです(^o^) そういうことで、ホテルで傘をお借りしてのお出掛けになりました。
鹿児島は幕末から明治の時代で様々な動きのあったところ。あちこちの施設・史跡を訪れて、あの時代のことに触れてみたいですね。
それでは、きょう一日の始まりです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
きょうも体調を考えて、早めにレストランへ来て朝食を頂きます。朝はバイキング方式なので、例によって好きなものを選んできます。
これは、私がとってきたものです。
ビュッフェ・ボードにはお肉やハムなどもありますけど、街の方で「鹿児島の黒豚」をいただいているので、私はここでは頂かないのです。野菜、魚、海草類、お漬け物類が基本ですね。その中には「きびなご」さんが入っていますよ〜。 -
こちらは当家のカミさんです。
お肉とかソーセージがあるので一目で分かります(^o^) -
これもカミさんのやつです。
なんせ、胃袋が2つありますからね。そして、別腹が4つあるのです(^o^)
そして、これがカミさんのパワーになるのです。
私が、カミさんに敵うわけがないのは、当然ですね。 -
「おかあさん、味はどう?」
美味しいモンを頂いて、幸せなカミさんです。 -
きょうも結構混んでいます。
このホテルはちょっとお値段も高いので・・と思いましたけど、若い方々とか、女性グループ?もずいぶん見かけます。
人気があるんですね。 -
レストランから見える桜島です。
桜島を眺めながら食事を楽しめるなんて、このホテルは鹿児島では最高の場所にあると言えますね。
旅行後、自宅でカミさんに聞いてみました。
「もしまた鹿児島へ行くことがあったら、街の中のホテルに泊まる?」
そうしましたら、
「う〜ん、やっぱりあのホテルがいいなぁ」
となりました。
このホテルの良いところは、眺めがよいことと、23時台まで30分ごとにシャトルバスが出ていることですね。 -
食事の後、レストラン前のお庭に出てみました。
そして鹿児島の街を見渡していましたら、右手の方にどこかで見たような船を見つけました。
ここは、昨日、「スカイシー・ゴールデン・エラ号」が接岸していたところのようです。
「おかあさん、あれはクイーン・エリザベス号じゃない??」
「どこどこ?」
「街の向こうに見える赤い煙突のある船だよ」
「あっ、ホントだ!! クイーン・エリザベスみたいな船だね」
2日続けて外国のクルーズ客船が来るなんて・・、私は少々驚きました。
そこで、望遠で撮ってみたのがこれでした。
これは、間違いなくクイーン・エリザベス号ですね。
ここで会ったが何年目?? まさか鹿児島でこの船を見るなんて・・。私の誕生日を祝いたくて来たのかも知れないね(^^)
クイーン・エリザベス号が接岸しているところは、ホテル城山から6.7km程のところにある「マリンポート鹿児島」かと思います(宇宿駅の東にあります)。
(画像は見やすくするため加工してあります)
★クイーン・エリザベス号の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9_(%E5%AE%A2%E8%88%B9%E3%83%BB3%E4%BB%A3)
★↓は、クイーン・エリザベス号での旅行記です(下の方に船の写真があります)。
http://4travel.jp/travelogue/10817239
★接岸地のことは「マリンポートかごしま」にて検索されて下さい。 -
遠いクイーン・エリザベス号に気を取られてしまいました(^o^)
ホテルから市街地越しに見える港(ホテルから1.8Kmほど)の方を見ますと、たくさんの船が見えました。それらを順次ご紹介しましょう(^o^)
この白い船は鹿児島と屋久島を結ぶフェリーとのことです。船名は「フェリー屋久島2」のようで、1日往復しているとか。
船の大きさと性能は、3392総トン、全長122.44m、幅17.8m、機関出力1万3500馬力、航海速力21.8ノット(最大22.15ノット)のようです。
屋久島と言えば自然が綺麗で、屋久杉と宮之浦岳等が有名ですよね。
皆さんも行ったことがありますか?
★「フェリー屋久島2」の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%98%E7%94%B0%E6%B1%BD%E8%88%B9 -
「おかあさん、こっちにも似たような煙突の船がいるよ」
この写真は望遠で撮っていますから大きく見えますけど、実際には煙突のマークまでは自分の眼で確認できません。
写真を見ましたところ、煙突に「丸(○)の中にA」というマークがありましたので調べてみました。すると、この船は「マルエーフェリー」という会社のフェリーで、恐らく鹿児島と沖縄を結ぶ(途中の島にも寄港します)8000トンクラスの船かと思います。
★この船の詳しいことは↓にて
http://www.aline-ferry.com/kagoshima/ship_akebono.html -
港の向こうの桜島を見ましたら船のようなものが見えましたので、これも望遠で撮ってみました。
これもボケボケですけど、これらの船は鹿児島と桜島を往復しているフェリーだと思いますよ。
私も45年以上前に、ここのフェリーに乗ったことがあります。あの時は鹿児島での「定期観光バス」を利用していきました。一人旅で土地不案内でしたから、定期観光バスを利用したのです。
懐かしいです。
それで、この船を調べてみました。
左は第十三櫻島丸かと思います(ちょっと自信ないけど・・)。総トン数731トン、長さ53m、幅13m、乗客定員478名 乗用車34台という仕様のようです。
真ん中の船は、」第二桜島丸だと思います。仕様は総トン数1404トン、長さ59m、乗客定員600人、乗用車64台のようです。
右の船は、桜島丸かと思います。総トン数1330トン、長さ57m、幅13.5m、乗客定員657名、乗用車63台という仕様のようです。
桜島フェリーは、このようなフェリーを合計6隻保有・運用しているようです。
(この写真は合成してあります)
★桜島フェリーの詳しいことは↓にて
http://www.city.kagoshima.lg.jp/sakurajima-ferry/gaiyo/shokai-ship.html#ank00 -
こちらにも船が泊まっています。
船尾には「QUEEN CORAL 8」と書いてあります。
船のつくりからすると、フェリーのようですね。船尾の両サイドには車用のランプウェイが写っています。
この船は「マリックスライン」の船で、鹿児島から途中の島も寄港しながら那覇までをつなぐ航路についています。 船の仕様を見ますと、総トン数5910トン、全長143.30m、巾21.60m機関9000馬力×2基、速力21.4ノットのようです。
★マリックスラインと「QUEEN CORAL 8」の詳しいことは↓にて。
http://www.marixline.com/
http://www.marixline.com/page0112.html -
こちらにも船が泊まっています。
船尾の船名を見ますと、「プリンセス わかさ」となっています。
これも調べてみますと、種子島へのフェリーを運行している「コスモライン」という会社の船です。
総トン数は1864トン、全長89m、長さ19.5ノット、乗客定員222名 乗用車43台というスペックです。
青い塗装に黄色のライン、赤い煙突・・。
一瞬、客船かと思いましたよ〜(^^) カッコ良い船ですよ(^^)。
こういう船に乗って、鹿児島湾を周遊してみたいですね。
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「プリンセス わかさ」の手前側に写っている白い船は、「M’LINE」の船かと思います。
船の名前は「みしま」のようです。船の概要は、1196総トン、速力19.1ノット(最高)、全長89.5m、乗客定員200とのことです。このほかに車も載せますよ(「みしま2」もあるような感じですが、ちょっと分かりません)。
この船の船腹には「M’LINE」と大書してあるのですが、私の検索方法が悪いのか、「M’LINE」という経営体の名が検索しても出てこないです。非常に分かりにくいです。
「フェリーみしま」と言う船は、鹿児島県の薩摩半島の南約40km〜55kmあたりで、東西に並ぶ黒島・硫黄島・竹島とその近くの小島で構成されている、「鹿児島県・三島村」が運行する船とのことです。
人口僅か400人弱の離島の村が、1200トンほどの船を運航することは財政的にも大変なことと思いますね(もちろん補助もあるでしょう)
★コスモラインと「プリンセス わかさ」の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3_(%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E7%9C%8C)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%81%95
★鹿児島県・三島村とフェリー「みしま」の詳しいことは↓にて
http://mishimamura.com/livinginfo/442/ -
上の写真を撮ってから20分程過ぎて、ちょっと海の方を見ましたら船が一隻南方向に行くところです。
白い船なら先ほども港にいたのですが、もう一度調べてみますと先ほど港にいた「フェリー屋久島2」です。上の写真を撮っていた頃は、出港準備が終わる頃だったようです。
こうしてみてみますと、カッコ良いです!!。
約3400トンで、長さ122mもある船に見えますか?
屋久島へ行くなら、この船で行きたいですね。
★↓は「フェリー屋久島2」の詳細です(再掲)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%98%E7%94%B0%E6%B1%BD%E8%88%B9
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鹿児島から奄美諸島と沖縄方面へ向けての航路を持つ船会社が10前後あり、当然に多くの船が運航されています。いずれも生活航路として大事な船便です。 しかし、離島航路で経営も困難で、鉄道建設公団の支援を受けている航路もありますから、船をもうちょっと大型・高速にし、航路数を纏められないかと思いますね。
例えば、種子島⇔屋久島航路を設定し、船速が3ノットほど速い船にすれば、一隻の船で毎日航海が出来るのではと思います。トータル的にも燃費が減り、効率的だと思いますね。
2年前の伊良湖ビューホテルの時のように、またまた船の撮影に夢中になってしまいました(^^;)
★↓では、伊良湖水道を通過する船が登場します。
http://4travel.jp/travelogue/10863346 -
あれから、支度をしてシャトルバスで鹿児島中央駅に向かい、市内の観光ポイントを循環してくれる「かごしまシティビュー」のバスに乗り、「維新ふるさと館」のバス停までやってきました。
とにかく初めてですので、「維新ふるさと館」に何があるのか楽しみです。 -
私たちが乗ってきたバスの路線図です。
茶色のコースと、水色のコース、紫色のコースとありますから、行きたいところをよく見てバスを選ぶ必要がありますよ。
例えば、城山とか薩摩義士碑、西郷洞窟などに行きたい場合は、茶色のコースのバスに乗らないと駄目なんですよ。
きょうは私の誕生日と言うことで、クイーンエリザベス号までが鹿児島に駆けつけてくれたのに、雨混じりのお天気になってしまいました(^^;)
龍神様、水神様、天照大神様たちは、私の誕生日がよほど嬉しかったと見えて、涙を流して喜ばれたんですね。そう、クイーンエリザベス号までが来てくれたんですから、涙の出る気持ちは分かりますよ(^O^)
嬉し泣きで雨にしてくれるよりも、笑って祝ってくれて晴れにしてくれた方が良かったのにね(^^;) -
路線図とバスの時刻を確認したら、この階段を上がって「維新ふるさと館」へ向かうのです。
甲突川という川がありますので、橋を渡りますよ。そして、橋を渡り終えるとすぐ左側に「維新ふるさと館」があります。
★具体的な場所は、GoogleやYahoo・マピオンなどの地図ソフトで「鹿児島県鹿児島市加治屋町23−1」の住所にて検索されてみて下さい。 -
維新ふるさと館に到着しました。ここは入場料が必要なんですね。
大人は300円也。 高齢者割引は無し(^^;)
ケチくさいことを言ってしまって、ごめんなさいね。
曲がりなりにも大人であれば、入場料をちゃんと払って堂々と見学しましょうね(^^)
「おかあさん、そこに立って!」
「維新ふるさと館」に入場したからには記念写真を撮りましょう(^_^)v
鹿児島には何度も来ましたが、ゆっくり見物するのは今回が初めてです。
先ずは「維新ふるさと館」から、しっかり見学したいと思いますね。 -
「おかあさん、こっちも撮るよ!」
この門の形は、昨日の「武家屋敷」で見ましたね。
これ以後のことは別の旅行記に譲り、次の見学先へと向かいます。
【※】維新ふるさと館でのことは資料的なことが多いため、別冊旅行記にて扱います。 -
「維新ふるさと館」をあとにして、再び「カゴシマシティビュー」のバスに乗って次の見学先に向かいました。
車窓から市内の写真を撮ろうとしても、こんなに雨が降ってきて、写真も撮れませんでした(-_-;)
きょうは鹿児島をゆっくり見物したいと思っているのに、これじゃあ無理かも知れないね。 -
お寺さんのような建物がありましたので、慌てて写真を撮りました。
大きい本堂?の方は撮れませんでしたが、ナントカ橋の方が撮れました。
なんか、結構大きなお寺さんですね。
調べてみると、このお寺さんは「西本願寺鹿児島別院」と言うことです。 -
昨日のホテルのシャトルバスとコースが違うのか、昨日とは違う施設がまた見えてきました。
これも明治の頃に作られたような感じの建物ですね。あの看板を見ますと「中央公民館」と書いてあります。
ちょっと調べて見ますと明治時代の建築ではなさそうで、大正13年に皇太子(昭和天皇)の結婚記念の為に大正15年着工して、昭和2年10月に完成したという建物です。当初は「鹿児島市公会堂」として使用されたようです。
建築担当者は片岡安とのこと。この時代でも才能ある人のアタマは、やっぱり洋風に染まっていたのですね。洋風が悪いって言うわけではないですけど、日本的な文化よりも西洋文化に傾倒する風潮は、明治後期から大正期を経ても根強く続いていたのですね。
あの満州でも、日本の伝統建築を造らずに、こんな感じの西洋建築をどんどん作った日本ですから、鹿児島に作っても当然ですね。
★鹿児島市中央公民館の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E5%B8%82%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%85%AC%E6%B0%91%E9%A4%A8 -
「おかあさん、あれは西郷さんじゃない??」
鹿児島と言えば、黒豚と桜島と西郷さんだよね〜。
黒豚はもう頂いたけど、鹿児島の西郷さんとはこれが初対面!!
こんな雨の中を傘も差さずに・・(-_-;)←冗談ではなく、胸の中では本当にそう思いましたよ!!
男は辛いのですよ!!(-_-;)
そう言えば、上野で西郷さんと会ったことがありました。 -
こちらは、上野の西郷さんです。
西郷さんの出身地では、一人寂しく突っ立っているのに、上野では気楽な風体で、ワンコも一緒!!
それ故か、とても親しまれている西郷さんですね。
奥様はいなかったのかな?? -
また変わった形の建物がありました。
Google mapで見てみますと、この建物は鹿児島市立美術館とのことです。
西洋化の著しかった明治時代に建設したとすると、古さが感じられないです。それもそのハズで、この建物が出来たのは1985年(昭和60年)です。
この美術館は以前からあった美術館(昭和29年、昭和32年に別館完成)を解体して、新たに建設しているのですね。それには何らかの理由があったわけでしょうが、そのあたりを知りたいですね(西洋美術を展示したいとか)。 -
「維新ふるさと館」の次の見学は、「薩摩義士碑」です。
「薩摩義士」のことは、なにかの折に読んだのか?聞いたのか?という程度の記憶しかなく、「義士」という言葉だけが印象に残っていたというのが、正直な話です。
きょうは、その薩摩義士碑にお参りしたいと思って、ここでバスを降りたのです。 -
碑の前に進みました。
一つ一つの碑を拝見しますと、「八郎左衛門君」といったように、名前の下に“君”を付けて彫られています。
薩摩義士とは、木曽三川(揖斐川・長良川・木曽川)が伊勢湾に注ぐ河口付近での堤防工事で、無理難題を押しつけた幕府の指示に抗議のため自決した人、疲労や赤痢等で病死した人、責任を感じて自決した人たちのことです。
現在のような土木機械などのないあの時代に、三つの大河の流れを調節したり堤防を築いたりすることは大変な難工事だったと思います。それだけでなく、工事費が地元に落ちるようにした幕府のやり方が、大きな財政負担を強いたようです。これが宝暦年間(西暦1751年〜1764年)に行われたことから、「宝暦治水」と言われています。
幕府は各地の大名が力を蓄えることのないよう、色々な工事をやらせて財政的余力を持てないようにしていたようです。大変な難工事だっただけに、工事中と工事終了直後に自決された人と病死された人は、84人にもなったとのことです。このことは「宝暦治水事件」と言われています。
★宝暦治水事件の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E6%9A%A6%E6%B2%BB%E6%B0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6 -
こちらは薩摩義士碑の説明です。
この碑が建設されたのは、宝暦治水が終わって(1755年)から145年も過ぎた1900年(明治33年)とのことです。その理由は、幕府に苦しめられて病に陥ったり、抗議の割腹者が続出したことを当時において公に出来なかった為のとことです。
割腹して抗議したり重労働と貧しい食事とで命を落とした人が、明治になって表沙汰となり関係者の度重なる要望で、ようやく碑が出来たというのが実態のようです。
また、昭和13年には、現在の木曽三川公園管理センターの南側に「治水神社」が建立されたとのことです。 -
寳暦義士碑と書かれたこのような石碑がありました。
文面を読もうと思って、何度も写真を拡大して挑戦してみましたが、見えにくいところが多くてお手上げになってしまいました。2つか3つに分割して写せば良かったと、今になって反省しています。
あるネット記事では詳しくはないですが、薩摩義士の苦労と彼らを顕彰する話が書いてあるとのことです。 この碑文ですが、碑の表面を時々磨いてくれたり、文字を黒くしてくれると文字が読めるんですけどね(-_-;)
いまいちシックリこないことは、薩摩の人々を死に追いやった幕府の問題に軽く触れるだけで、結果として薩摩義士の苦労を讃え、彼らの「死を賭けた“精神”」を顕彰することにすり替えていることです。
哀悼の心は十分に分かります。しかし、薩摩義士の苦しみに身を寄せ、その声を心底から聞き、その原因を一緒になって取り除こうという真心が見えてきません(>_<) これでは「歴史から学ぶ」ことは出来ません。
大正9年に建立された碑ですから、過ぎ去った時代の徳川幕府のやり方と薩摩の人々の苦労を、客観的に見ることが出来たはずです。薩摩の人々が、なぜこのような苦労をせざる得なかったかを解明し、それをここに書き込んでこそ、薩摩義士の霊を慰めることが出来たのではないでしょうか。
歴史の様々な時期で「死に向かわされた人々」を、「精神」の問題ににすり替え「顕彰」する姿勢は、今なお続いているのです。 -
常夜灯には「寳暦治水薩摩義士常夜灯」と彫ってあります。
-
薩摩義士碑前から再びバスに乗って(一日券を利用)、こんどは仙巌園(せんがんえん)へ来ました。
私は仙巌園という名ではなく、「島津邸」でズッと記憶していました。 しかし、ここは島津家の「本宅」ではなく「別邸」だったのですね。
今日はお天気も悪かったので、先ずは見たいと思っていた仙巌園の方へと向かいました。 -
「おかあさん、あんなところに大きな大砲があるよ」
仙巌園に入って最初に目に付くのはこの大砲です。
これは、江戸時代末期に薩摩藩が作った150ポンド砲を復元したものです。これで飛ばすタマは、150ポンドと言えば当家のカミさんより重い球形のタマなんです。
この大砲の本物が作られたのは、安政4年(1857年)だそうです。
大砲そのものの全長は4m56cmで、車で言えばプリウスより10cm短いです。
重さは4トンダンプの自重より僅かに重い8.3トン、飛ばせるタマは丸い球弾で重さは当家のカミさんより僅かに重い70kgとか。飛ばせる距離は3kmだけど、チャンと狙えるのは野良猫の最大行動範囲と言われる1km程度とか。それでも結構飛びますよね。
タマの炸裂はタマの中の導火線に頼るので、着弾しても直ぐに炸裂するとは限らないタマだったようです。(^o^)
これで薩英戦争を戦ったと言うから大したモンです。
一方のイギリス艦隊の大砲はもうちょっとスマートで、タマの形もスマートな上、飛ぶ距離は4kmで、精度も高い。着弾すると同時に炸裂したとか。やっぱり歴史の違いが分かりますね。
イギリス艦隊が来た日は、イギリス軍艦が風に押されて座礁するような荒天だったとかで、大砲の性能の違いを十分に見せつけられなかったようです。
このような時代では、近代化と言えば製糸産業もありますが、製鉄と軍備増強が大きな課題でした。150ポンドのタマを飛ばすやつを、良くまぁ作ったモンだと思います。 -
次は反射炉の説明板です。
現在残っているのは基礎の石の部分だけで、それも歯抜けになっているようです。
私は反射炉のことはまったく無知で、太陽の光でも反射しているのかと思っていました。
それが何と!石炭を燃焼させた炎や熱を壁に反射させていたなんて、ビックリしました。
反射面がどうなっていたかも、知りたいところです。 -
反射炉のさらなる説明です。最初に造られた1号反射炉は失敗したとか。2号炉で成功し、大砲を造ったようですね。
-
雨はまだ降っていますが、ちょっと明るくなってきました。
私たちが来た方を振り返って、仙巌園の風景の一部を撮ってみました。写真の奥の方に集成館があります。
向こうの山の名は分かりません。 -
こんな説明板を見つけました。
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭産業」
世界遺産のことはあんまり知らなかったのですが、とにかく日本のなにかが世界遺産になれば素直に喜んでいたのです。 もう一つは、「ミシュランガイド認定」もあって、人気観光地化という点では、世界遺産と混線してしまいそうです。
先ほどの反射炉の説明などを読んでいますと、これが「世界の遺産」に相応しいのか?なんて思いがちょっとだけ湧いてきました。こういうものを世界で初めて工夫して造ったものならともかく、欧米の技術を導入して日本各地に建設したのですから、「世界遺産」より「日本遺産」ではないかと思ったりしましたね。「伝承遺産」という名も良いかと思います。
産業革命も同様で、兵器製造などを重点に上からの方針で欧米の技術で重工業化したのであって、素直な感じで「産業革命」ということがを受け止めるには、少し違和感があります。
それに、民生部門も含めて産業の様相が変わってきたのは、明治20年以降とも言われているようですね。
まぁ、いずれにしても、明治時代から日本の産業が大きく変わってきたということですね。 -
これらが「明治日本の産業革命遺産」として一括承認された世界遺産のようです。
その範囲は、九州各地から山口県と静岡県、岩手県までひろがっているのです。世界遺産って、一つ一つの価値を審査して、認めるかどうかを決めるんではなくて、一括審査するようになったのですね。
このごろ、世界遺産申請への問題点としての指摘の1つに、世界遺産にすることで観光客を誘い込もうという狙いが隠されているという話がありますね。
そう言う指摘の詳しいことは分かりませんが、何となく分かる気もします。私たちが旅行をしていて、
「ここは世界遺産に指定されているところですよ」
と言われると、
「お〜、そんなにスゴイところだったのか〜!!」
と、感激してしまいますからね。
それだけに、世界遺産申請の中に「観光」が意識されやすいですね。 -
これは大きなお家ですね。
お城とか寺院とかは別として、普通の形をしている日本家屋でこれほど大きい家は見たことがないです。築何年になるでしょうか?
これこそ、日本独自の文化から生まれたもの。世界に誇りたいですね。
このお家は、食事も出来ますし、土産物も売っていますよ。
旅館もやってくれていると良いなと思いますけど、それはどうでしょうか?? -
只今は午後1時。
「おかあさん、ボチボチお昼にしようよ」
「そうだね、軽いお昼で良いね」
それじゃあと言うことで、「桜華亭」というレストランを覗いてみました。
ここは横に長い建物で、4軒のレストランが並んでいるんですよ。
軽いお昼と言うことならと思って、ラーメン店を覗いてみましたら、なんと!!「黒豚ラーメン」と書いてあるではないですか!(^^)!
「おかあさん、ここでいい?」
「ラーメンでも軽く食べるかネ」
さっそくお店に入って撮ったのが、これでした。 -
メニューを確認(^-^)
「黒豚ラーメン」がチャンとありました。
これはもう、黒豚ラーメンしかないですね(^_^)
「黒豚ラーメンを二つちょうだい!!」
「ハイ〜! 黒豚ラーメン2丁!(^^)!」
ここで黒豚を頂けるなんて、ホントに嬉しかったですね。 -
ラーメンがくるのを待ちながら店内を見渡しましたら、綺麗なお姉さんの昔のポスターが飾ってありました。
おそらくは、戦前のポスターかと思われますが、この時代はお姉さんの表情が素直な感じのものが多いですね。私は、洋画とはちょっと違った描き方が気に入っています。
3年前に、半田市の食堂に入った時に見たキリンビールのポスターでも、このような素直な感じのお姉さんが描かれていましたよ(^^) -
来ましたよ〜(^-^)
これが、鹿児島の「黒豚ラーメン」ですよ〜!! -
「おかあさん、美味しそうでしょ!!」
当家のカミさんも嬉しそうです(^-^) -
「おとうさん、撮るよ〜」
俺なんか、撮らなくてもと思いますが、カミさんは撮るのであります(^_^;)
今夜も黒豚を目指して鹿児島の夜の街に繰り出すんですけど、ここで黒豚ラーメンを頂けるのは想定外の幸せでした(^-^) 「鹿児島の黒豚は、鹿児島でいただく」という信念?で、鹿児島までやってきたのはホントに大正解でしたね(~o~) -
黒豚ラーメンを頂きながら、箸を休めてちょっと戸外を見てみましたところ、こんなに重厚な造りの屋根が見えました。 日本建築は「屋根の美しさ」にも特徴があるとも言われますが、正にその建築文化の典型と言えるものですね。
で、これはなんの建物?と思って調べてみますと、ここは仙巌園の「正門」だと言うのです。道理でしっかり造ってあるわけですね。
ところがこの正門は、明治28年になって29代島津忠義が造らせたものだとか(^_^;) 江戸時代の正門は少し右奥にある「錫門」とのことです。
明治になってから追加で造っちゃったなんて、ちょっとイケマセンね。もっとも、その当時の島津家の当主が造ったんだから、問題があるとは言えないし仕方ないことですよね。
★仙巌園正門のことは、「仙巌園 正門」「仙巌園 錫門」にて検索されて下さい。 -
私たちはラーメンを頂きながら時々戸外の風景を見るのですが、当家のカミさんが突千声を上げました。
「お父さん、あの方(人)じゃない??」
「あの方って、誰のこと?」
そう思って見ると、確かに見覚えのある方でした。それでカミさんは急いで玄関を出て、
「あら〜、お久しぶり〜!(^^)!」
と、声を掛けさせて頂いたのでした。私もお話させて頂きましたよ(^^)
ご夫妻とは飛鳥?やフォーレンダムなどでお会いしたことがあったんです。
その都度、親しくさせて頂いたことが懐かしく思い出されます。
お話では、今朝鹿児島に入港されたクイーン・エリザベス号でお越しになったとのことでした。クルーズで鹿児島を訪ねるのもいいですね。 -
↑の方とフォーレンダム号でお会いした時の、記念写真です。
素敵なご夫妻でした。
クルーズでお知り合いなった方と再会することは、ごくたまにあるんですよ。それは、本当に嬉しい驚きなんですよ(^^)
再びお元気なご様子を拝見でき、楽しくお話も出来て、本当に嬉しいことでした(^-^) -
黒豚ラーメンを頂いてから、お隣のお店を覗いてみました。
お店に入ったところに、笑顔のネコちゃんが待っていてくれました。
赤い玉を持っているネコちゃんが欲しいんだけど、カミさんにラーメンをお願いしたばっかりだから、ネコちゃんまで欲しいなんてちょっと言えなかったね(^^)
本当は、このネコちゃんと一緒に寝たいんだけどね(^_^)v -
こっちのネコちゃんも可愛い!!(^-^)
あ〜〜、ホントに可愛い!!
この猫ちゃんたちとも一緒に寝たいな〜(*^_^*)
皆さんも、そう思われませんか?? -
可愛いネコちゃんに会えて、心メロメロになりながらやってきたのは「御殿(ごてん)」です。我が家も、「ウサギ小屋」ながら一応は「御殿」ですが、貫禄と大きさが桁違いですね(^^;)
御殿に相応しく、見るほどに重厚で立派な造りです。
そもそも、この御殿のある仙巌園を造園させたのは薩摩藩第2代藩主の島津光久で、造園は1658年だったとのことで、この御殿は久光氏の別邸とのことです。仙巌園全体の広さは種々改造・改築等があって5ヘクタール(5万?)ほどの広さがあるそうです。 我が家の敷地は150?もないのですから、どえりゃ〜違いですわな(T_T) -
御殿見学の案内です。
料金は1人600円。25人までの定員で、和服の女性が20分間説明をして下さるようです。
その後、お茶とお菓子も出して下さるようです。
「おかあさん 入ってみる?」
「まぁ、天気も悪いし、お金も要るなら、やめとこ」
なにごとも、カミさんのお許しがないと動けないのが、当家のシステムなんですよ(-_-)
「カメちゃん、システムってどういうこと?」
そんな難しいことは分からんよ。
ま、そういうことで、御殿見学はパス!!となったような次第であります(-_-;)
和服のガイドさんが説明して下さるって、それだけでも嬉しいのにな〜(*^_^*) と思ったけど、また来た時の楽しみにすればいいか(^^;)と思いましたね。 -
実は、こちらの方も気になっていたのです。
このピカピカの模様入りの雨樋(あまどい)と集水器ってなんだろうと思いました。あの武家屋敷の木と竹を材料にした雨樋に歴史と愛着を感じていたんですよ。この銅製のピカピカの雨樋なんて、時代に合わない今風のものに付け替えたんじゃないの? こういう歴史の改造はイケナイですね。
でも、考えてみれば鉄より銅の方が歴史が古く、大昔は銅製の武器までありましたね。鉄器の普及はその後・・。お寺の屋根には銅板が使われていた。だったら銅板を切って叩いてこんな風に成形するのも、やれないことはない・・なんて考えましたね(^o^)
すると、江戸時代以降には銅製の雨樋が作られていたなんて話が出てくるんですね。もっともその時代では精錬・圧延技術がまだまだ悪かったので、高価なものだったようです。
そういうわけで、この御殿に銅製雨樋が取り付けられてもおかしくないってことになります。
この雨樋や集水器がピカピカなのは、磨き直したか昔と同様の形で作り直して付け替えたのかも知れませんね。
余計な話まですれば、最近銅製の雨樋に人気が出ているようです。その原因は銅の圧延技術や成形技術がよくなって、雨樋自体が安価になったことと、プラスチックその他の雨樋に較べ劣化しないこと(“銅の雨樋は一生もの”と言われているとのこと)のようです。
★雨樋の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%8B_(%E5%BB%BA%E7%AF%89) -
御殿の右横から屋根の構造を撮ってみました。
間取りの複雑さも関係すると思いますが、あの知覧武家屋敷でも見ましたように、屋根自体も結構な見世物になっていることが多いですね。
この屋根もお部屋の間取りの複雑さに加えて、屋根自体もより複雑で豪華な造りになっていますね。単純な切り妻造りにすれば良いものを、入母屋造りにした上に2重屋根にしたり、少し張り出した玄関も入母屋風にしたり、棟筋も2段にしたり隅棟まで付けたりして、棟瓦を高く積み上げて豪華にし、鬼瓦も立派なやつにしたりと・・(^o^)
外国の屋根のことはいざ知らず、日本建築は「屋根の美しさ」が光っているんですね。
屋根の豪華な造り自体が権威を表現すると言うことも、かつての時代ならあり得ますね。
この屋根も、かなり豪華な屋根だと思いますね。 -
たまたま「赤い門」があったので「撮ってみた」だけの門でしたけど(^^)、 この門が昔からの正門だったようです。
屋根には瓦が使われておらず、「錫」が使われているとか。そのため「錫門」と言われています。
錫も金属。こんなものが昔から使われていたの?と思いましたが、錫は加工が容易なため結構昔から使われていたんですね。奈良時代から使われていていたとか。主に食器類で重宝されたというのです。
江戸時代には町民の間でも重宝されたというのですから、磯庭園を造る時代に錫の延べ板を作って瓦の代わりに屋根に張るくらいのことは、難しいことではないですね。新しい時には光り輝いていたのではないでしょうか。
★錫の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BA -
ふと振り返って山の方を見てみましたら、切り立った崖に立つ巨岩に白い文字が見えました。
目をこらしてよ〜く見てみますと、「千尋巌(せんじんがん)」と書いてありました。
あんなところに、良くまぁ書いたもんだと思いませんか。いや、書かせたもんだと思います。あれを書くためにどれほどの人が危険な思いをし、怪我をしてたり転落したかと思いますね。
これを書かせた人は第27代島津斉興のようです。
1814年(文化11年)4000人近い人がちがこの岩に取り組んで、3ヶ月もかかって文字の形を彫り、白い粉を塗ったというのです。こんなに苦労をさせて書いた「千尋巌」の意味は、さぞかし意味深いものかと思いきや、その意味は「とても大きな岩」と言うことだそうです。なんか、ガックリしますね。
大名の権威があれば、こんなふざけたことに多くの人々に危険な思いをさせ得たのが、あの時代の特徴ですかね(-_-;) 木曽三川の洪水対策で過酷な工事を強いられた薩摩義士も、多く苦労と難題に耐えかねて多数の自殺者まで出したのですから、そのことを今に学ばなければと思います。
★千尋巌の詳しいことは、「千尋巌 名勝 仙巌園」にて検索されてみて下さい。
★千尋巌の意味は、「千尋巌 意味」にて検索されてみて下さい。 -
「おかあさん、撮るよ〜!(^^)」
旅に出たら、記念写真を忘れないようにね。
大きな声では言えませんが(ここだけの話)、カミさん(奥様)の写真は家宝になりますからね。そう、チャンと印刷してテレビ台の上に飾るのですよ(*^_^*) -
こっちも記念写真だね(^^)
当家のカミさんの後ろの岩は灯籠の形をしていて、「獅子乗大石灯籠」と言われているんですよ。この石灯籠は江戸時代ではなく、明治17年になって島津忠義が作らせたという話です。
こんなに大きな灯籠ですから、傘に使われている石(笠石)は、8畳分もあるんだそうです。
その笠石の真ん中で、獅子が逆立ちして乗っているんです。ま、ヒマな獅子ですね。 -
↑の獅子乗大石灯籠の笠石の上で逆立ちしている獅子です。
ヒマな獅子とは言え、年中逆立ちしていては疲れますね。
ちょっと可哀想(-_-)
このほかに鶴灯籠もありますよ。 -
獅子乗大石灯籠の横の石段を下っていきますと、このような広い庭園があります。
低い広いところを舗装してしまっているのは、ちょっと残念ですね。芝生や花を植えて、観光客が通れる道のみ舗装するとか、板の道を作って欲しかったですね。
で・・、写真左上に亀の甲羅のような石の見えるところが、「鶴灯籠」です。「翼を広げた鶴のように見える」という話で、「鶴灯籠」と言われているようです。
また、灯籠の灯に日本で最初に「ガス」を使ったという話です。「ガス」よりも、太いロウソクの灯の方が雰囲気があるんでは?と、私は思いますけどね。 -
↑の庭園の右に続く庭園風景です。
-
「御殿」の近くに、杖をついた松が立っていました。
この松は「屋久種子五葉(ヤクタネゴヨウ)」と言われる松で、樹齢は350年ほどになるとか。かなりの長寿松ですね。私もあやかりたいです。
今では「絶滅危惧種」とかで、大事に守っていきたいですね。
この松は、その名の通り屋久島と種子島だけにある松で、なにかの機会にこの苗がここに植えられたようですね。 -
「おかあさん、お屋敷と池をバックに撮るよ」
山の景色を取り入れて贅沢な庭園を造るなんて、贅沢なモンだねぇ・・。
我が家なんか、小さなウサギ小屋だもんね〜(-_-;) -
この日は、私の誕生日を祝って(^^)、桜が咲いていました。
-
山裾には、こんなに綺麗な花も咲いていました。
-
水力発電用ダム跡
園内をさらに奥へと向かっていましたら、こんな説明板がありました。
私たちは、この説明板だけを撮ってきたんですが、まさかこの石垣が水力発電用のダムとして作られていたなんて、思いもしませんでした。
★このダム跡については「仙巌園 ダム跡」にて検索してみて下さい。 -
これも、就成所がどこにあるのかも確かめずに、説明板のみを撮ってしまったものです。
ただ言えることは、江戸末期の藩主島津斉彬は仙巌園の西に集成館という工場群を造って、軍備強化と産業の育成を図ったことです。これが先ず大事だと思います。
斉彬の後継者の忠義は、その施設の一部を庭園の東の一部に移して、鉱山機械の製造、銃剣、陶器の製造をしたそうですが、そこを「就成所」と名付けたという話です。
他の大名とは違った斉彬の軍備強化の政策があったればこそ、就成所が造られ得たということかと思います。 -
仙巌園の東部を流れる保津川です。
ここから北及び北東(上流域)に伸びる全長4Km余の川のように思います。
仙巌園の西部・尚古集成館の蕎麦を流れる川は「磯川」です。磯川は風情が楽しめるという感じではないですが、仙巌園には西と東に川の流れが見られる庭園ですね。 -
ドラム缶が岩の上に乗っているように見えます。それにパイプが取り付けられています。
そこで説明板を見ますと、このドラム缶は「枡(たかます)」と言うもので、園内のわき水を集めて、この高枡を利用して御殿前の池などに配水していたそうです。 -
仙巌園の東部の風景です。
仙巌園は前(南)に桜島、北と東西にこのような山を背景に取り込んだ(借景)とても雰囲気のいい庭園です。
あの鶴丸城も「城山」を背景にして建てられていましたね。 -
「きょうは外人さんが多ねぇ」
当家のカミさんも、頷いてくれました。
先ほどのお友達のことを思い出して
「あっ、そうか。 きょうはクイーン・エリザベス号が入港していたんだ」
きょう仙巌園に来ておられる外人さんの半数くらいは、クイーン・エリザベス号のオプショナルツアーで、鹿児島市内の観光を楽しんでいる人たちかも知れませんね。 -
ここは、確かに「仙巌園」でした(^o^)
-
帰り際に、再び御殿の前に来て屋根の鬼瓦を見ました。
最近、何となく鬼瓦に興味を感じています。
日本の伝統文化の屋根への反映の形として、興味を感じ始めているのです。鬼瓦は多様な表現力を発揮して、日本人の心の内を表している物も多いような感じがします。
この鬼瓦自体小ぶりで丸っこく、少女の髪型のように可愛い感じにも見えます。そして、その真ん中には「丸に十の字」の島津家の家紋があるのです。
鬼瓦のことは、これから本でも買って勉強してみたいと思います。
★鬼瓦の詳しいことは↓にて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E7%93%A6#.E3.81.95.E3.81.BE.E3.81.96.E3.81.BE.E3.81.AA.E9.AC.BC.E7.93.A6 -
鹿児島は、当時の日本の南端にあった有力藩で、日本の歴史的転換点で大きな力を発揮したところだけあって、見るものは多いですね。
私たちは「仙巌園」を見物を切り上げて、鹿児島市内の「文化通り」へ直行中です(^^) この景色はよく見るんです。 -
やってきたのは、一昨日予約しておいた「吾愛人(わかな)」でした。
きょうは何を頂くのか?
そりゃもう、迷いはありません!!(^o^) きょうは私の誕生日ですから「黒豚」に決まっとるのあります。そのために、はるばる鹿児島まで来たんですからね。
でもね、「黒豚のしゃぶしゃぶ」は頂いたし、「黒豚カツ」も美味しかったし、「黒豚ラーメン」も良かった。他に黒豚の料理ってあるの?と思ってメニューを真剣に見ましたら、黒豚の「溶岩焼き」っていうのがあったんですよ!!
「おかあさん、コレにする?」
「いいよ」
きょうのカミさんは素直だね(^-^)
そして、最初に出てきたのはコレでした。
「前菜」ですかね? -
お酒は、きょうもサービスで付けて下さったのでした。
そう、きょう3月18日は、私の誕生日ってお伝えしてあったんです(^^)
バースデーケーキが、「誕生日祝賀酒」に変わったのであります(^-^)。 -
「おとうさん、誕生日お目出度う!!」
「ありがとう」
もう、これしか言葉がないね(^-^)
「カカア天下も悪くない!!」
そういう信念が揺らいでいた私でしたが、改めてそのことに確信を持ちましたね!(^^)!。
皆さんも奥様にガマンするだけでなく、そういう「信念」を持ちましょう!!(^_^)v -
次なる物はコレでした。
コレは「おにぎり」ですね。
いろいろな魚がのっています。「きびなご」もありますよ(^^) -
「おかあさん 撮るよ」
もう、カミさんに感謝の一言のみです!!
きょうは「個室風」のテーブルにして下さったんです。 -
「きびなご」の串焼きが出てきました。
新鮮で、ソフトで、お味はもちろん良かったです。 -
溶岩焼の「溶岩」が出てきました(^^)
溶岩というので、桜島か浅間山の溶岩を連想していたのですが(^o^)、昔の四角っぽい弁当箱みたいな溶岩でした(^o^)
真ん中は仕方ないにしても、周囲か側面に凸凹した形を付けたら「溶岩」の実感が湧くのにねぇ。
それで、こちらのお肉は鶏肉です。
先ずは、コレで練習ですかね?(^O^) -
しっかり加熱してきた溶岩に、お肉をのせます。
当然のことだけど、のせると「ジジジジー」と焼ける音がしますよ〜(^_^)
焼き肉と違って、鉄板焼きみたいな感じですね。
結構美味しかったですよ(^^) -
それから出てきたのが、黒豚ちゃんです!(^^)!
「溶岩」も変わりました。 -
黒豚ちゃんをのせましたね!
脂肪分が結構多いお肉だね。脂肪分は美味しさを誘ってくれるんですが、今の私にはちょっと気になる存在です(^^;)
でも、まぁ、こういう時だけ頂くのですから問題ないよね。 -
こうやって焼きますよ。
一昨日、「黒豚のステーキを食べたいのですよ」と申し上げたのですが、「黒豚ステーキはないです」とのお話があって、ステーキは諦めていたのです。
でも、こうやって焼けばステーキではないけど、半分ステーキ感覚で頂けますよね〜(^^)
良かった、よかった。 -
それじゃ、焼けたやつから
「いただきま〜す!!」(^-^)
誕生日に「六白黒豚の桜島溶岩焼」を頂いて、もうコレで思い残すことはありません。 -
「美味しかった?」
「たくさん食べちゃって、ま・ん・ぞ・く〜!!(^-^)」
こうして、鹿児島で「黒豚ざんまい」を楽しんだのでした。
これも、みんなカミさんのお蔭だよね〜(^_^) -
お腹一杯になって、夜の街に飛び出しました。
雨の降る夜は、路面に街の灯りが反射してチョットムードがあるんだよね。 -
「黒豚の味知る 人ぞ尊し」
そうだよね〜。
私たちは、いまや黒豚の味を知る人になったのであります。
胸を張って、そう言える人になったのでありますよ!!(^^) -
お腹は満腹だったけど、昨日の写真撮りに気前よく応じてくれた「竿ちゃん」のことがどうも気になって、竿ちゃんの方へ向かいました。
-
竿ちゃんのお店に来ました。
こんなに気楽な感じのお店って、昔の屋台以来ですよ。
豊田や岡崎の駅のまわりの屋台で、職場の友人たちと飲んだり食べたりしたものでした。それこそ、半世紀以上も前の思い出です。
そんな屋台感覚が感じられるのも、このお店の魅力と言えますね。 -
「これはサービスです」(^^)
そう言って最初に持ってきたのは、「きびなご」です。
鹿児島は「きびなご」のでるお店が多いですね。
ホント、鹿児島へ来たら「きびなご」をご賞味下さいね。と言うより、鹿児島へ行って「きびなご」を食べずに帰ると、
「お前、鹿児島で何を食っとったんだ!!」
と言われてしまいますからね。 -
次は「蛤」と牡蠣です。
蛤ね〜。アサリは旅先でお味噌汁に時々入っていますけど、蛤は本当に久しぶりです。 -
牡蠣が一つ焼けました。
これも美味しそう。
パクッと食べてはモッタイナイから、暫く鑑賞(^o^)
あのねぇ、牡蠣は体に良いんですよ。
2000年も前のローマの皇帝も、牡蠣を好んで食べていたんだって!!牡蠣はあの時代から「海のミルク」と言われるほど体に良かったし、人々にも親しまれた食材だったといわれていますね。
竿ちゃんのお兄ちゃんも、昔のローマ皇帝が牡蠣を好んだことを知っているとのことでした。
ちゃんと、牡蠣の歴史も勉強しているんだね。
山の山菜も身体に良いですし、海の魚介類も体に良いですね。 -
牡蠣を美味しく頂いてから、
「おかあさん、ここで一枚撮るよ」
こういうところでこそ、記念の写真を残しておきたいですね。
蛤が焼けてきたね(^^) -
焼けた蛤の身を細かく切って下さいました。
こうして頂くと、細かく味わえるんですよ。 -
その次が、この手のひらほどもある大きな貝です。
コレは、三河湾でも捕れる貝と同じかも?と思いますけど、確かカラスとか平貝とか何とか言っていたような気がします。
この貝は貝柱が大きいです。
主として頂くのは、この貝柱とヒモのところです。
こういう貝って、こんな時でなければなかなか食べる機会がないですね。
何だか、とっても嬉しくなってきましたね(^^) -
ちょっと火が通ってきたところで、貝柱を細かく切ってくれました。
お兄ちゃんが、結構親切にしてくれるんですよ(^^)
これも美味しそうだね。
昔のローマ皇帝も、この貝を食べていたのかな?
こんなに量があるなんて、きっと貝柱が二つ分入っていたかも知れないね(^^) -
「お父さんも撮るよ」
こんな俺なんか撮らなくても・・と、いつも思うのです。
恥ずかしながら、撮ってもらったのでありました。
あの貝柱はこのあと頂きましたけど、カミさんも「美味しい」と言っていましたよ(^_^) -
こういう雰囲気は大好きです。
それで、いろいろな貝を美味しく頂けるのですから、ホントに来て良かったです。 -
このお店は、「竿ちゃん」ですよ!!
浜焼き大漁!!海鮮酒場(^^)
もう少し早く鹿児島に来ていたら、ここでもお酒が飲めたのに・・。
でも、いいのです!!美味しい貝をたくさんいただきましたから・・(^^)
「お勘定をお願い!」
「△○◇▽円です!!」
「おつりは、いらないからね(^_^)v」
「有り難う御座います!!」
当家のカミさんは、お味に惚れ込んだのか、お店のお兄ちゃんが気に入ったのか、こんな気前のいいことを言ってしまいました。
今夜は「吾愛人」と「竿ちゃん」の二つのお店をハシゴしてしまいました(^o^) こんなことって滅多にないこと(初めてかも?)。
今年はすホントに充実した誕生日になりました(^-^)!(^^)! これも当家のカミさんのお陰なんですよ!!!
「おかあさん、ありがと」
カミさんに感謝、「カカア天下」に感謝であります!! -
ホテルに帰って掲示板を見ましたら、「『クイーン・エリザベス号』歓迎昼食会 会場」と書いてありました。
分かってはいたものの、やっぱり「クイーン・エリザベス号」が来ていたんだと思いました。そして、「クイーン・エリザベス号」の歓迎会をこのホテルでやっていたんですね。
また、「Queen Elizabeth様」と書いてあるのも、面白いですね。
私も「カメちゃん様」と書いてもらいたかったです!!!(^O^)(~o~)
きょうは鹿児島の歴史をちょっとだけ勉強させて頂きました。そして、僅かながらも近代日本への息吹を感じ取ることが出来ました。
夜には「誕生日には鹿児島で鹿児島の黒豚をいただく」という長年の?願いを実現することが出来ました。それも、桜島の溶岩で焼くという、最高のカタチで実現できたのです。まさに「幸せ」を絵に描いたような誕生日となったのでありました(^-^)!(^^)!
これからも、カミさんと一緒になって幸せを維持していきたいと思ったのでありました。
明日は、鹿児島最終日です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
鹿児島の黒豚を目指して・・(^_^)v (その1・鹿児島着)
http://4travel.jp/travelogue/11120849
鹿児島の黒豚を目指して・・(^_^)v (その2・知覧武家屋敷)
http://4travel.jp/travelogue/11126050
鹿児島の黒豚を目指して・・(^_^)v (その4・西郷隆盛洞窟)
http://4travel.jp/travelogue/11167300
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この旅行記へのコメント (4)
-
- 白い華さん 2016/09/13 20:37:03
- 黒豚料理!で 「夫婦の 鹿児島・お誕生日会」
- 今晩は。
鹿児島の 旅、 名勝 『 仙巌園 』では、接岸してた・・・「クィーン・エリザベス号」の 御友人・夫妻と、偶然!に 遭遇したそう。で
その かつて・・・フォーレンダム号での フォーマル・ドレスの 2カップル!の 素敵さ。
そして、「そんな・・・偶然!が とっても、お洒落」って 思えました。
カメちゃん・奥様の、「ロング・ドレス」。 とっても、いい〜!雰囲気で、お似合い!ですね〜。
もう、 カメちゃん夫妻も、「世界の 豪華!客船・・・に、 いっぱい、乗船している」ので、 ほんと、「自然・・・に ドレスも、 はまっている」って 感想を 持ちました。
「二枚の、 お写真」が、 解り易くて、良かったデス。
ーーーーーーーーーーーーー
名勝 『 仙巌園 』 は、 桜島の 美景!が 素晴らしい。
見所が 豊富!な 日本庭園。 私は、「御殿巡り & 抹茶サービス」も 体験しました。
「島津家!の 勢い・・・の あったこと」を しみじみ、感じる・・・素敵な 庭園巡り。は、忘れられません。
「黒豚料理は、 ラーメン。そして、溶岩焼き!など、いろいろ、挑戦されたみたい」で 味わい!からも、鹿児島を 満喫されたのですね〜。
丁度、 「カメちゃんの、 お誕生日」で、 本当に、いい〜!ご旅行に、なりましたね。
最終日は、「奥様は、ホテル・・・に 残りたい」と、カメちゃん、おひとり!で 「西郷・洞窟へ・・・」と 歩かれたそう。
でも、『 同行二人 』 の 空海さん!の お言葉。
コレ!は、 カメちゃん・御夫妻の 生き方。 過ごし方!そのもの。って 思いました。
「鹿児島 〜 新大阪」は、 九州新幹線・・・とは、 なかなか、体験出来ないでしょうし、 かえって、とっても、贅沢さ!を 感じました。
「素敵な バースディ・プレゼント」の 「鹿児島旅行」と なりましたね。
これからも よろしくお願いします。
- カメちゃんさん からの返信 2016/09/14 10:41:47
- RE: 鹿児島の誕生日は最高の日でした(^^)
- 白い華さん
昨年から何度もお話してきました「来年の誕生日には、鹿児島で黒豚を頂く」というのを、ついに実現しました!! それも、いろいろな形で頂けたのですから、とっても嬉しかったですね。こんな幸せを、旅行記で皆さんにご報告できることも、またまた幸せなことです(^_^)
そうそう、「竿ちゃん」も楽しいお店でした。
こういう体験をしますと、「来年もどこかで」なんて想いが湧いてきます(^_^) カミさんがまだ行ったことのない高知へ行って、本場の「鰹のたたき」を頂くのも良いかもしれませんね?(^^)
仙巌園では、クルーズでお会いしたお友達と再会できて、とても嬉しかったです!! このような出会いを喜んで下さったことは、私たちにはホントに光栄なことでしたね。
勝手な思いながら、また、いつの日か、どこかで、何方かと、ひょっこりとお会いできたらいいなぁと願っているんです。
今回の鹿児島旅行では、ちょっとだけ歴史の勉強をさせていただきました。
鹿児島っていうところは、良きにつけ悪しきにつけ地域の特色があって、あちこち訪ねるほどに歴史の流れに興味を感じるところなんですね。
そんなこともあって、もう一度行ってみたいと思わせるところです。
話変わって・・
あと何度旅に出られるか? そんな想いを持ち始めた矢先、友人からお声がかかり、来年4月22日からセレブリティクルーズの「ミレニアム号(9万トン)」での「日本一周クルーズ(横浜発・8泊9日)」に、出掛ける話が進んでいます(^^)←最後のクルーズ“NO.3”です(^o^)
とにかく格安!!(^o^) 体調もあるので、友人にはキャンセルの可能性も了解してもらっての話ですけどね。
余計なことまでお話してしまいましたm(_ _)m
それではまた・・(^_^)/~
カメちゃん
-
- ガブリエラさん 2016/08/16 21:51:41
- 最高のお誕生日でしたね♪
- カメちゃん☆
こんばんは♪
表紙のお写真から、カメちゃんの幸せそうなお顔で、素敵なお誕生日だったのが、よくわかりますヽ(^o^)丿
黒豚も、牡蠣も蛤も、とってもおいしそうですが、カメちゃんにとっての一番幸せなことは、奥様と一緒にいることなんだな〜って、伝わってきましたよ(^_-)-☆
昔、鹿児島に行った時、何を食べたかな?って思い出してみたのですが、全く記憶になく、黒豚を食べた記憶がないのです・・・。
もったいない事をしてたんですね(^_^;)
次に行くことがあったら、食べなきゃ♪
クイーンエリザベス号まで見られて、カメちゃんのクルーズ熱が再燃したのでは?(^_-)-☆
カメちゃんと、奥様の、とっても素敵な笑顔がいっぱい見られて、私も幸せな気持ちになりましたヽ(^o^)丿
ガブ(^_^)v
- カメちゃんさん からの返信 2016/08/17 17:09:03
- RE: 思い出深い誕生日になりました(^-^)
- ガブちゃん
ガブちゃん来て下さって嬉しいです!(^^)!
誕生日に「鹿児島で鹿児島の黒豚を頂く」という願いをついに実現してしまいました(^-^)
いい歳して、アホみたいなことをやっていますが、これも楽しみの一つ(~o~)
各地の名物やグルメを捜し、それを目指して出掛けてみるというのも、面白いですね。
> 昔、鹿児島に行った時、何を食べたかな?って思い出してみたのですが、全く記憶にな> く、黒豚を食べた記憶がないのです・・・。
私も鹿児島には3回ほど行っていたのですけど、その頃は黒豚さんがあんまり有名になっていなかったような?感じだったかな。
もしまた、ガブちゃん鹿児島へお出掛けする時があったら、是非、「黒豚さん」と「きびなご」さんを頂いてみてい下さいね。
> クイーンエリザベス号まで見られて、カメちゃんのクルーズ熱が再燃したのでは?(^_-)-☆
クイーンエリザベス号にはおおよそ3年半ぶりの再会でしたね!(^^)!
この船に12泊もしてしまったんですから、一目見て分かりましたね。体に元気が残っていたら、世界一周クルーズの途中の区間クルーズだけでも乗ってみたいです。
> カメちゃんと、奥様の、とっても素敵な笑顔がいっぱい見られて、私も幸せな気持ちになりましたヽ(^o^)丿
とっても嬉しいお話を有り難う御座います!!
これからも、カミさんと二人三脚の旅を計画していきたいと思っていますよ。
何しろ、旅の費用はカミさんが持っているからね(^o^)
また奈良に行く機会もつくりたいと思っています!!
有り難う御座いました。
カメちゃん
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