2016/07/23 - 2016/07/23
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サンフランさん
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7月23日
暑さにも少し慣れてきたので、思い立って「蓮の寺」とも言われる法金剛寺に蓮を見に行くことにした。法金剛寺には極楽浄土、平安期の池泉回遊式の庭園がある。その滝組みは、当時のまま残る遺構とされている。
蓮の開花を見に多くの人が大勢見えていた。
さらに、妙心寺からきぬがけの道を歩いた。
8月の大文字に備えて、ポイントを探す。
8月16日
五山の送り火の夕方は、ものすごい夕立。
中止かと思いつつ船岡山へ
雨にもかかわらず大勢の人! 傘の上に点けられた火が見える。混雑で写真を撮るどこ路ではない。
結局、金閣寺あたりの北大路通りで左大文字を
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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JR花園駅にやってきました。
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法金剛寺は駅前の丸太町通りを歩いて、2〜3分です。
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現在は、法金剛寺は唐招提寺の律宗に属している。
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極楽浄土を願って造営された庭。池には2つの島がある。「作庭は林賢(りんけん)と静意(じょうい)になる。830年、右大臣清原夏野が山荘として建て、のちに寺となった。その頃から珍花、奇花を植え、各天皇の行幸を仰いだ。その後、858年、文徳天皇が伽藍を整備し、平安時代の末期1130年、鳥羽天皇の中宮、待賢門院が池の西に西御堂、南に南御堂、東に女院の宸殿を建て、寺門を復興して、その後三重塔、東御堂など軒を並べた。但し、応仁の乱などにおいて多くの堂宇を失った。ご本尊は平安時代の阿弥陀如来」(法金剛寺の小冊子による)
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左にある本堂は平安時代の西御堂の建物?内部は多くの写真のギャラリーになっている。
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拝観料を納めて進むと、そこはもう極楽浄土を模した庭園である。
池は蓮が乱立して池畔がどこなのかわかりにくい。 -
巨大な蓮が開花しいる!
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左手奥にある滝組み
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青女の滝とされている。
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滝からの鑓水は曲水を描いて、
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池に至る。
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滝の横にある地蔵群。ブロックの石段が興ざめ
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本堂の脇にもう一本の鑓水
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ご本尊の阿弥陀如来は、本堂から奥の新しい堅牢な建物に安置されている。
ご本尊(撮影禁止)を拝み地蔵堂へ -
左手に仏手柑(ぶっしゅかん)のご案内!
どれが花になるのか? とみてたら、ピーマンみたいな実だと教えていただいた。 -
こんな花が咲くのでしょうか?
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池を1周してみる。中島は蓮に隠れて判りにくい。
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本堂も見えないぐらいの蓮の乱立!
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中島には椿! もうひとつの島にはやはり松であった。平安当時からであろうか? 蓬莱の島に五葉松を植えているのは、禅宗の庭である。それ以前にも松を植えることがあったのであろうか?
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さらに池の周りには、他の平安期の庭に見られる州浜が在る。
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遅咲きの紫陽花も!
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小ぶりな花弁の蓮は、「原始蓮」とされている。古い種なのであろうか?
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法金剛寺を出て、
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再び妙心寺へ
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塔頭が並ぶ。東海庵は相変わらず拝観謝絶G
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前にある大心院
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細川政元の創建! 350年以上前の江戸時代の建物!
奥に見える「祖堂は1666年の建立」とある。 -
方丈前の庭
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方丈東庭が「阿吽の庭」とされている。石は仏、菩薩を象徴している。書院の南にあり、東西に長く、南北にはやや狭い地割で造られている。東南の隅に築山をお設け苔地として、三尊手法による石組みを中心として左右に数個の石を配して、築山の下には州浜型の曲線によって白砂に変化をもたせている。築山部には多くの樹木を用いて伝統的な作風の風韻温雅なところが見所。苔と白砂との陰陽、五色、17個の石との調和も鮮やか。」(大心院パンフレット)
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この書院の建物も1768年に建てられたものというからメンテナンスは大変なのであろう。
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この庭は江戸時代に建てられたときのものであろうか? 作庭時期が示されていない。庭は「第二の本堂」としている。
「牡丹の庭」と呼ばれる。切り石に囲まれた花壇が庭の中心である。「阿吽低」昭和の庭(水野克比古 京都の名庭園)
どうやらどちらの庭も昭和になってから造られたらしい。 -
重要文化財などの指定されていないため修繕は大変のようだ。
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いまは前の建物(書院)の2階は妙心寺唯一の宿坊となっているようだ。
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杉戸にもこの痛み
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大心院を出て、桂春院へ
こちらには由緒あるお庭があるはずだ? -
まず清浄の庭
大仙院の石庭を髣髴とさせる。さながら盗作のような雰囲気の坪庭! 滝から流れ出て大河に至る水の流れを表すであろう。 -
井戸も
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順路を行くと、方丈のはずれには、侘びの庭を鑑賞しながらいただく茶室がしつらえられている。
この下が思惟の庭」とされている。16羅漢石が置かれている。 -
この奥に非公開の本来の茶室があるらしい。
禅宗の寺では茶の湯などは表立ってできなかったために隠れ茶室が多い。
「既白庵茶室は書院の背後の北東隅に隠れるようにしてある。書院と茶室の間は二重襖によって仕切られ、露地庭の蹲踞も土蔵の壁に接して樹木などでさえぎられて目立たぬようになっている。これは座禅修行を第一義として宗風を大いに奮った妙心寺では、詩歌、香道。能楽、茶道などの芸術味をたのしむことは邪道であるとして、耽る者は入牢の掟があったためである。」(パンフレット) -
「侘びの庭は、書院前庭より飛び石づたいに既白庵茶室に通じる露地である。露地は梅軒門と猿戸によって、内露地、外露地にわかれ、ともに狭い面積であるが無駄なく空間を利用して造られている。そのむこうは一段低くなって七尊石、さびた茶の井戸がある。」(桂春院パンフレット)
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木戸を開けて、降りるとそこには思惟の庭が広がる。
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方丈の廊下を廻りあるくと、そこには真如の庭がある。一段下がった庭には廊下と平行につつじの刈り込みがある。
「小石が七・五・三に配置されている。」とあるが、樹木とあわせてあるので非常に判りにくい。 -
その下の庭は意外にもかなりの段差が付いている。作庭時期、作者についてはパンフレットでは、記録がなく明らかではないとしているが、江戸時代の初期、妙心寺雑華院の庭を造ったとされる小堀遠州の高弟、玉淵坊(1661年没)ではないかとする説を紹介している。1799年に発行された「都林泉名所図会」には、「林泉的妙境なり、檀越石河蔵人」と帰されている。
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方丈の建物の位置は上から見るよりも高い!
方丈は1631年の建立。単層、屋根は入母屋造り」と パンフレット にあるが、詳細は見えにくい。 -
どうやら秋の紅葉とともに見るとさらによろしいようだ?!
写真はパンフレットより -
妙心寺北門より北西へ
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嵐電の妙心寺駅
撮り損ねたが、手前にもホームがある。単線なのにホームが2つ、行き先ごとに分かれている。 -
仁和寺に突き当たる
右へ -
きぬがけの道を東へ
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退蔵院入り口は龍安寺の参道
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反対側は龍安寺門前に至る
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今日は参観せずに、立命館大学前に
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これは京都市の美術館!
前衛芸術なのであろうか? -
金閣寺にちかずきました。錦鶴レストランはおばんざいのバイキング!
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金閣寺道
さすがに暑さで、… -
この辺で捜していたのは、「大文字」が見えるポイント
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衣笠のこのあたりで、…
そろそろ昼時で、のども渇いてきました。今日はこれまで
約2時間半の歩きでした。 -
8月16日
五山の送り火の夕方は、ものすごい夕立。
衣笠山の左大文字
金閣寺の近くは近すぎて点線だ! -
北大路を衣笠のの交差点のほうへ
船岡山へも行ってみたが、雨にもかかわらず大勢の人!
あきらめて帰る。
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