2016/06/26 - 2016/06/26
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たびたびさん
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権現堂桜堤は桜の時期だけじゃなくて、あじさいの季節も賑わうということで訪ねました。桜の並木の足元を覆うように、堤の斜面にはあじさいが植えられていて、いい感じ。ただ、幸手駅からは少し距離があるのでそれなりに歩く覚悟も必要です。
ところで、幸手宿は、日光街道としては日本橋から数えて、千住宿、草加宿、越ヶ谷宿、粕壁宿、杉戸宿に続く6番目の宿場町であって、これは東武日光線沿い。杉戸宿はまだ歩いてませんが、粕壁宿まではそれなりに歩いたことがあって、なんとか街道のイメージがつながってきたところ。そういう意味だと今回の幸手はちょうど順番だったかもしれません。なお、日光御成道は、将軍が日光参拝の際通った道で、岩淵宿、川口宿から岩槻宿を経て幸手宿で日光街道に合流する日光街道の脇街道です。
これに対して、中仙道は、板橋宿、蕨宿、浦和宿、大宮宿、上尾宿、桶川宿、鴻巣宿、熊谷宿、熊谷宿、深谷宿、本庄宿のJR高崎線沿い。
こう見ると、日光街道の東武線、中仙道のJR線がそのまま今でも埼玉県の背骨の役割を担っていることが分かるのではないかと思います。さらに言えば、私的には、これに、川越街道と秩父往還を加えるとほぼ埼玉県の全体像が浮かんでくるように思うのですが、いかがでしょうか。
ほか、参考まで。
越谷・春日部の旅
http://4travel.jp/travelogue/10998275
古河・栗橋の旅
http://4travel.jp/travelogue/11015987
御成り街道の宿場街、岩槻の旅
http://4travel.jp/travelogue/10755075
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東武線で幸手駅に到着。木製のレトロな駅舎がいいですねえ。
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ここから権現堂桜堤に向かいますが、途中の市街地もちゃんとチェックしますよ~
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幸手は日光街道の宿場町だっただけに市内には当然多くの寺院が存在します。
幸手観音満福寺もその一つ。 -
真言宗の寺のようですが、安産・子育ての聖如意輪観世音菩薩を祀り、通称は幸手観音。参道の両側には赤い幟が賑やかに並んでいます。ただ、正面のお堂は中をのぞいていましたが、観音像はよく分かりませんでした。
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これは、観音堂の横にある本堂です。
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少し進んだ幸宮神社は、400年以上の歴史を持つ幸手町の総鎮守。
境内には神楽殿もあって、往時の隆盛も偲ばれます。 -
ただ、見所の一番は本殿の彫刻。
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裏に回って拝見しましたが、
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「昇り龍・下り龍・獅子(阿形と吽形)・鳳凰・天邪鬼・鷹・松に、稲作の様子を田起こしより収穫まで描いた四季農耕の彫刻」と紹介されている彫り物は
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イチオシ
確かに見事。一見の価値ありだと思います。
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妙観院は、天台宗のお寺。300年の歴史があるようですが、幸手市内にある寺の中では規模は小さい方でしょう。本堂のサッシ窓の向こうを覗くとちょっと派手な仏様の姿がなんなく拝見できます。
境内の隅に古そうな板碑も見えまして、やっぱり歴史のある寺の片鱗はうかがえました。 -
雷電神社は、ちょっと荒れた空地のような場所。
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正面から見ると神社というよりお寺のお堂のような感じでしたが、面白いのは獅子の彫り物が正面の柱4本の上にそれぞれ付いていること。よく見るとかなり傷みもあるんですが、とても珍しい意匠だと思います。
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なお、ここは幸手字田宮。かつては田宮の庄幸手領の総鎮守だったということです。
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聖福寺には、日光街道、幸手宿を象徴する勅使門が残っています。
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聖福寺は、日光東照宮に参拝した歴代将軍も休憩所にした寺。
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勅使門はその際に使われたもので、350年前のもの。正面から見ると唐門の優美な線が強調されて印象的ですが、
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イチオシ
横から見ると奥行きがかなりある。この奥行きの方がむしろ特徴なのかなあと思います。
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正福寺は、真言宗智山派の寺。境内には、県の史跡となった義賑窮餓之碑がありまして、これは天明3年(1783年)の浅間山の大噴火にかかるもの。この噴火によって大飢饉が発生しますが、幸手宿の豪商21人が金銭や穀物を出し合い、人々を救ったのだということです。
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境内はきれいに整備されて、本堂も近代的。外観からするとあまり寺の古さは感じませんでしたが、ちゃんと幸手の歴史を伝えています。
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幸手市街の大通り沿いにあるお菓子屋さんのいしまき。おばちゃん二人が切り盛りしていて、活気があります。
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イチオシ
目立っていたのは、揚げもち。これが評判なんですよということでしたが、
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もう一つの幸手名物塩あんびんの方をいただきました。餡子が塩味ってなかなかなじめなかったんですが、最近は私も慣れてきたような。けっこう違和感なくいただきました。
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こちらの石太菓子店も幸手市街中心部の同じ通り沿い。広い間口の悠々とした構えです。
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店内はかなりの種類のお菓子が並んでデパートみたいですね。桜づつみというお菓子をいただきました。黄み餡とその中心には桜餡の二重構造。少し洋風な感じのところも食べやすいかなと思います。
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内国府間八幡神社は、権現堂堤にもう近い辺り。そういう意味では街はずれのような場所にある神社ですが、
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なにげなく寄ってみると鳥居から境内は余裕があるし、社殿とか意外に立派。たにしの描かれた絵馬を奉納すると眼病が治るというご利益もあるそうです。
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イチオシ
これが幸手あじさいまつりですかあ。権現堂桜堤の駐車場からすぐに、例の白いあじさいの塊りが見えて、ちょっとあっけないような感じで拝見しました。
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真っ白な厚い雲を想像させるようなむくむくした感じは珍しいのですが、でも正直言えば、それだけでは感動というには物足りないような。あじさいは時間とともに花の色が変わって行く、その微妙さも魅力の一つ。これがないと今一つ気持ちが乗らないように思います。
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改めて。。
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その他は、いつものアジサイの風景。
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堤防の斜面を利用しているので、それなりに奥行きが出ますね。
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桜並木の日陰に隠れて、
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額アジサイに
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西洋アジサイも青がきれいです。
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少し日が出てきて、いい日和にもなってきました。
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ちょっと周囲の地図を確認して、
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イチオシ
行幸湖の方に行って見ます。
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権現堂桜堤の周辺散策の一つだとこの外野橋を通って、行幸湖に向かうコースがちょっと見所のようですからね。
で、この外野橋自体が歩行者専用の吊橋でのんびりと斜張橋の美しさを味わうのもいいのですが、 -
振り返って見る権現堂桜堤の景色も一興。
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全景が見えると桜堤の中を歩いていたのとは違う規模感を感じることが出来ます。
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イチオシ
さらに進んで。これが行幸湖。
そんなに期待はしていなかったのですが、川幅の広い川ような形で、なかなかに美しい。高く噴水が上がっている周囲では競技用ボートの練習をしている姿も眺められました。 -
イチオシ
もう一度、桜堤に戻ってきて、こちらは日の当たる側。
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堤防の上は桜の並木で、その下の斜面を埋めるようにアジサイが植えられています。
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それを遊歩道から見上げながら、皆さんのんびり歩いてます。
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イチオシ
堤の上からだと、こんな感じ。木々の間から遊歩道を歩く人たちが見えています。
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最後にもう少しアジサイをチェックして、
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ここはこれくらいで切り上げましょう。
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権現堂桜堤の中心にある峠の茶屋。見るとパンのコーナーがあって、アンパンをいただきました。
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パンは専門外だと思いますけど、香ばしさやふっくら感などとてもグッド。あんまり気づいている人がいないみたいですけど、これは名物になってもおかしくない。それくらいおいしいと思いました。
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権現堂桜堤の一角に順礼の碑という碑があります。
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あまり目立たない碑なのですが、よく見ると巡礼の母娘の絵が確認できます。この母娘は、堤の工事が何度も決壊するので人身御供にたったのだそう。悲しい物語が伝わります。
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さて、ここから市街の方に戻って、幸手宿の名残りを訪ねます。
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その前に。。
権現堂桜堤から少し足を延ばして、マリア地蔵というのを訪ねました。 -
石地蔵なんですが、キリストを抱いたマリア様を模して作られている地蔵だそう。そう見れば見えなくもないというくらいですね。埼玉でも隠れキリシタンはいたということ。迫害された事件等は特に伝えられてないようですが、いろいろあるものです。
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市街中心部に戻ってきて。
大将は住宅地の中なんですが、鶏重の看板が目に入って、思わず入ってしまいました。 -
イチオシ
うな重ならぬ、鶏重は見るからに健康そうでプリプリの鳥肉がドカンと乗っていてちょっと痛快なくらい。ただ、対して、味は薄めなので、物足りない人には物足りないかも。しかし、いずれにしても、お店渾身のメニューであることはよく分かります。
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ハッピーハンドというのは、幸手に因んだものなんでしょうね。
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幸手市役所の玄関脇に大きな手のモニュメントが建っていました。他にも作品はいくつかあるようで、こうした企画によって幸手を少しでもアピールしたいということでしょう。ただ、日光街道とお成り街道の接点だった街の歴史がもう少し分かってもらえるようにしたネーミングもあったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
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市役所で市街の詳しい地図をゲット。ここからはこの地図を頼りに回りましょう。
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幸手市街にある浅間神社は、毎年、6月30日、7月1日にある「初山」という行事で知られる神社。健康を願う行事で、その年に生まれた乳児を参詣させ、額に神社印を押してもらうのだそうです。
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神社は、通りにせり出したような高台にあって、この神社に登ることが富士登山になぞられられるような感じです。
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これが幸手のメインストリート。この道を中心に見どころがあるようです。
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宝持寺は、平安時代、渡辺綱が祖父、父の菩提を弔う為に建立した寺であり、渡辺さん発祥の寺。
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ちなみに、渡辺綱は、酒呑童子退治や京都の一条戻橋の鬼の腕を切り落とした話など、妖怪退治で知られる源頼光の家来、四天王の一人です。
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山門から奥の本堂までよく手入れされた植え込みが見事。
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曹洞宗の寺だからということではないと思いますが、スキのないようなきちんとした境内です。
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桜製菓は、街のおせんべい屋さんかと思ったら、けっこうな作業所を備えた立派なお店でした。
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名前の桜って、桜エビか何かが入っているからかと思ったら、幸手の桜権現堤の桜だそう。地元を愛する気持ちが現れているような気がしました。煎餅は飾らない素朴な味わいです。
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幸手市街にはおせんべいの店がいくつかあって、ここもその一つ。
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おばちゃんが焼いているんだと思いますが、声を掛けると奥から出てきて。私の買った煎餅の他に、ぬれせんべいも食べて見なさいと出してくれました。
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小さなお店ですが、煎餅作りが好きなんだなあという様子が印象に残りました。
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幸手宿本陣家、知久家跡という説明板が中1丁目の交差点脇にあります。
説明によると、「知久家は本陣(大名宿)、問屋、名主の三役を兼ね、幸手宿で最も重要な役割を果たした家柄でした。初代帯刀は、長野県伊那郡の豪族の出で、同郷の関東郡代伊那熊蔵より幸手宿の久喜町開拓を命じられ、諸役を務め、明治三年(1870)に本陣が廃止されるまで、代々幸手宿の繁栄に尽くしました。明治六年、知久家の書院で小学校が開設され、明治九年、明治天皇が東北巡行の折に宿泊されています。」とあります。錆びかけた説明板ですが、幸手市教育委員会のもの。がんばってます。 -
で、いくつか古い町屋がなくはなくて、地図には示されているんですが、現地には特に説明板等はなし。
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町屋も見どころのはずなんですが、これではちょっと観光にはならないような。。
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やっぱり、寺社が中心とならざるを得ないようですね。
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坦景寺は、石柱に赤い字で真宗本願寺派、宝林山坦景寺と書かれた入口に、境内には青い屋根の鐘楼があって、ちょっと色彩感覚が鮮やかな感じ。
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門前に説明板があって、本尊の阿弥陀如来は平安時代中期の名僧、源信(恵信僧都)の作と伝えられるとありました。
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常光寺は、幸手市街。坦景寺と隣り合わせで建っています。
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こちらの見どころは境内に設置されている十八羅漢像。
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小さな祠のような屋根つきの箱の中に個性あふれる石造りの像が置かれていて、
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表情などを拝見するとけっこう味わい深い。よくできています。
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焼きかりんとうのお徳用の袋を買いました。
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まぶしてある沖縄黒糖の香りもいいし、揚げてあるかりんとうに比べるとかなり軽い食感で、とにかくバクバク食べてしまいます。丸い形もいっぺんに口に含むことができるので、大量食いしてしまう原因かもしれません。
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三州総本舗は、小さなビルの一階に入った煎餅などのお菓子屋さん。幸手は煎餅屋さんが多いですから、ここも常連さんと思われるお客さんが何人もやってきます。
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イチオシ
気が付いたのは写真の煎餅。鮮やかな色の絵は情緒があるし、とってもいいですね。これには参りました。
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岸本家住宅主屋は、国の重要文化財ということで古めかしい建物を想像していたのですが、旧日光街道に西面する江戸時代の建物にしては、漆喰とか真っ白で若々しく軽快な感じ。一階は洋食のレストランとして使われていました。
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神明神社は、岸本家住宅の並び中二丁目の神社。江戸時代中期に伊勢神宮から分霊した神社。
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なにげに見た本殿の造りがちょっとびっくり。屋根の背骨にあたる棟木が透けていて向こうの空が見えています。重厚な瓦が敷いてあるんですが、どうしたものか。面白い意匠です。
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一色稲荷神社は、幸手駅前通り沿い。この一色というのは、古河公方足利氏の家臣である一色氏の一色。この地に館があったようで、その館の片隅に一色氏の守り神として祀られていたものということです。本殿では、将棋を指している人たちが何人かいて、まるで地区の集会所のようになっていました。
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天神神社は、幸手駅のほど近く。けっこうな広さの境内で、ちょっと意外な感じ。
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一色稲荷と同じく、幸手庄の領主であった一色氏に関係する神社で、一色氏の館の鬼門に位置していた神社なのではないかということです。こちらも自転車がいっぱい止まっていて、集会所のようになっていました。
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祥安寺は、幸手駅の裏手の方にある曹洞宗の寺。
説明板があって、「この寺はこの地を開拓した新井右馬之助の養子である中村平左衛門が妻と娘の菩提を弔うために建立。大般若波羅密多経600巻が収められている」とも。周囲はお墓だらけですが、ありがたい感じはあるように思います。 -
心鏡院は、曹洞宗の寺で本尊は十一面観音菩薩。ここにも、説明板があって、それによると「一色氏の建立した寺で、白檀の観音は一色氏の持仏。江戸末期の儒学者、太田福禄の墓もある」とのこと。
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ただ境内は、山門から少し入った場所に簡素な本堂が建つのみ。少しさみしいかなという感じです。
さて、以上で幸手のアジサイ祭りと街歩きは終了。まあ、日光街道の宿場町だとだいたいこんな感じ。ほどほどの一日だったかなと思います。
お疲れ様でした。
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