2016/05/15 - 2016/05/15
132位(同エリア204件中)
三峯霧美さん
狭山観音霊場は第9番から村山貯水池(多摩湖)に沿って西に進みます。
当初の予定では、のんびり歩いて回ろうと思っていましたが、20番後半から結願までは、路線バスか車の移動になるので、迷った末に、思い切って9番から車を使うことにしました。
初心貫徹できず、ちょっと心残りはありますが・・・。
さすがに古刹ともいえる札所のお寺は、大きな駐車場が完備されているところが多いので助かりましたが、観音堂は駐車場もなく、ポツンと置かれている場所でした。
ナビにお寺で設定すると、お寺に敷地の横や裏に連れていかれるので、グーグルの航空写真とストリートビューが頼りになりました。
-
13:37 狭山観音霊場 第9番 梅岩寺 芳林山梅岩寺 第8番から3?
創建は不明で、真言宗のお寺として1397年に創建され、のち1651年阿山呑硯和尚により中興されたと伝えられています。
お寺の周囲は広い駐車場にが数か所あります。200台くらいは停められそう・・。
とても大きなお寺なのに、隅々まで手入れが行き届いています。
檀家さんでしょうか、お墓参りの方が数組いました。
他に参拝の方がいるお寺は、第一番金乗院以来です! -
山門を入るとすぐに、樹齢700年という大ケヤキ 反対側には樹齢600年のカヤの大木もあります。
旅行記表紙の写真は 境内に並ぶ四国巡礼の88体の石仏です。梅岩寺のケヤキとカヤ 自然・景勝地
-
本堂、引き戸には鍵がかかっていなかったので、仏様を拝見して、お参り。
-
鐘楼 石段の両脇の石灯籠は、狭山不動尊に保存(放置ともいう)されていた芝の徳川霊廟のものです。近隣のお寺に移設された一部です。
徳川家から10石を受領しているので、あながち無縁というわけではないのです。 -
寺務所は大きな玄関でガラスの入った引き戸が4枚、インターフォンを押して、しばらくすると「こっちですよ」と声のする脇の方の小さな引き戸から入りました。
受付風の小さな玄関が・・・。と言っても一般のお宅にしたら大きな玄関ですが・・・ウグイス色の和服を着たお坊さんが対応してくださいました。 -
「どちらからですか?」と問われ、世間話をして、御朱印を頂きました。
狭山霊場の結願のお寺まで頑張ってくださいねと励ましていただいた・・・車なんで、頑張るってほどのこともないのです。
ご本尊は聖観世音座像です。 -
第10番 瀧谷寺 大宙山瀧谷寺 廃寺になってしまったようです。
梅岩寺の境内
梅岩寺の本堂をお参りして、瀧谷寺を探したのですが、お堂のようなものがありません。観音霊場のパンフレットの画像を見ると石碑です。
石碑の後ろに鐘楼が写っていたので、鐘楼をぐるりと回るとありました! -
明治時代に梅岩寺の住職さんが、ここに石の千手観音を建立したようです。その頃に廃寺になったのでしょうか。
建立されて百年経ち、風雨にさらられ線で刻まれた千手観音は、目を凝らしてもよく見えなくなっています。 -
御朱印は梅岩寺で頂きました。
場所が判らなくて、探してしまいましたというと、「今はあの石に刻まれている観音様だけなんですよ」とのことでした。
この日は夏のように暑く、近くのコンビニに寄り飲み物を買って御朱印用の小銭を調達しました。
ひさしぶりに府中街道を走って第11番徳蔵寺へ向かいます。 -
14:05 第11番 徳蔵寺 福寿山徳蔵寺 9番梅岩寺(10番瀧谷寺)から850m
山門は平成22年に新築され、脇に新しく整備された駐車場がありました。
駐車場の奥は板碑保存館です。
板碑というのは、石でできた塔婆のようなもので、仏の供養のために建てられました。徳蔵寺 寺・神社・教会
-
創建は1560年ですが、ご本尊の観世音菩薩を藤原氏盛貞公が守り本尊として安置したと過去帳に書いてあるそうです。
新田義貞が北条氏を攻めたのが1333年、鎌倉街道に近く久米川古戦場もあり、この地に観音堂があったのではないかということです。お寺の方の推察ですが・・・。 -
境内には本格的なお茶室がありました。
このお寺の参道にも徳川霊廟の石灯籠が4基ありました。
お参りして、寺務所のインタフォンを押すと、しばらくして女性の声がしました。
「狭山霊場の御朱印を…」というと、「狭山ですね」と言って右側の窓から、朱肉の蓋を開けたり、御朱印を押す音が聞こえてきました。 -
窓の引き戸が開けられて、「はいどうぞ」と 11番と12番の御朱印を頂きました。
徳蔵寺のご本尊は白衣観世音菩薩 白い薄絹をまとった肌も美しき女性身ということです。 -
第12番 永春庵 桃源山永春庵
徳蔵寺山門入ってすぐの左手にあります。
八国山の将軍塚の南の丘の中腹に1638年に創建されました。久米川の戦いの膨大な戦死者のために建てられたらしいです。
江戸末期に徳蔵寺に移設され、元弘の板碑も移されます。
元弘の板碑は上半分が欠けていますが、新田義貞の鎌倉攻めで討ち死にした新田将士三人の供養のため立てられ、太平記の内容を実証するものとして、現在は重要文化財に指定されています。板碑保存館で拝観できます。(拝観料200円) -
永春庵のあった八国山には、所沢市によって元弘青石塔婆所在跡という石碑が立てられています。
ご本尊は石の観音様だったということですが、現在は金ぴかの聖観世音です
徳蔵寺で一緒に御朱印を頂きました。
13番はナビでお寺の住所を入れて、出発しました。 -
14:30 第13番 正福寺 金剛山正福寺 12番から2?
ナビの案内どおりに進むとお寺の真裏に到着しました。やられた!
ひょえ〜〜〜〜と悲鳴をあげながら細い道を廻ってお寺の正面に到着。
ナビを信じず、お寺の案内看板通りに進めばよかったのです。
正面の道は鎌倉街道だそうです。
駐車場は山門の並びにあって広くてわかりやすい場所でした。正福寺 寺・神社・教会
-
山門を入ると、左手の祠に厳重に保管された板碑があります。
貞和の板碑と言われるもので、都内最大の大きさです。
かつて橋として使われて経文橋、念仏橋とよばれており、江戸時代からこの橋を動かすと疫病が起こると伝えられていました。
昭和2年に改修のために板碑を撤去したところ、付近で赤痢が発生したので、板碑のたたりとされ、法要を営んで、境内に移設したそうです。
だから厳重に保管されているのでしょうか? -
国宝の地蔵堂 1407建立 同時代の鎌倉の円覚寺舎利殿と似ているそうです。屋根の反り方がとても優美な建物です。
都内で国宝指定の建造物は赤坂の迎賓館とここだけ。
内部は地蔵菩薩像と小さなお地蔵さまが沢山安置されていて、地蔵祭(11月3日)の時に公開されます。
防犯カメラやセンサーで厳重に守られていて、国宝なのに拝観料はなし。
2010年頃の写真を見ると徳川霊廟の石灯籠が写っていますが、現在は移設されているようです。 -
本堂 創建年代は不詳ですが、鎌倉時代中期といわれています。
千住千眼観音
他に参拝者は無く、本堂の扉も施錠されていて、外からお参り。
寺務所の扉の脇に、御朱印は書いていませんと張り紙がしてありました。
狭山観音霊場の御朱印は、御朱印帳の綴りを持ってきた人だけに領布すると、やべ〜車の中に御朱印帳おいて来てしまった。 -
扉は自動ドアでロックされています。インターフォンを押すと女性の返事があり、狭山観音霊場の御朱印を頂きたいというと、扉のロックが外されました。
御朱印帳を見せることなく、14番の寶珠禅寺の御朱印も用意してくださっていて、一緒に頂きました。
11月3日の地蔵祭の日は、地蔵堂の御朱印(印刷書置き)がいただけるようで、普段は御朱印の対応はないようですね。 -
境内にある八坂神社 地蔵祭の時は巫女舞の披露があるようです。
創建は正福寺と同時期で、牛頭天王社ともいわれるようです。
須佐之男命をお祀りしています。
14番へ向かいます。 -
14:55 第14番 寶珠禅寺 福聚山寶珠禅寺 13番から2.3km
お寺の正面の道に入る場所を間違えて、奥から回り込もうと思ったら、とんでもない狭い道で慌ててバック。
近くのコインパーキングに停めて歩いて行きましたが、お寺は数年前に整備されて、立派な駐車場完備でした。 -
創建は1616年 正福寺の末寺で、1772年にこの地に移転したので新寺と呼ばれているそうです。
江戸時代は幕府の学問所だったそうです。
現在は無人で、隣に墓地があります。 -
御朱印は正福寺で頂きました。
車を停めたコインパーキングの隣に寶珠稲荷がありますので、1800年代までは一緒だったのでしょう。
ご本尊は如意輪観世音
1951年に宗教法人の届け出を「欠落」して法人格を喪失し、都から墓地経営の許可をもらい、1990年に宗教法人として再建したそうです。
次の15番はかなりハードル高い場所です。 -
15:05 第15番 清水観音堂 14番から 450m 青梅街道の脇にある小さな観音堂
周囲は柵とブロック塀で囲われています。
駐車スペースは全くなく、日曜の午後ということで、近くのとある場所に運転手を残してお参り。清水観音堂 寺・神社・教会
-
創建の年代は不詳ですが、1368年の古碑があったということで、古いものだと思われます。
本尊は正観音菩薩 馬頭観音の石碑に並び、一番目立つのは、1972年に観音堂の改修を行った記念碑です。
お参りと撮影を済まして、次の16番に行く・・ちょっと待て、ここの御朱印はどうするんだっけ??慌ててパンフを広げます。 -
パンフにあった御朱印を管理されてる方のお宅に伺いました。チャイムを鳴らし、御朱印をお願いすると対応してくださいました。ありがとうございます。
次の16番三光院でも、いただけたのです。
その16番は、なぜかぴょんと離れた新青梅街道沿いにあります、もしや、お寺は近年移動したのではないでしょうか。 -
15:25 第16番 三光院 輪王山三光院真福寺 15番から1.5km
新青梅街道に面していて、調子に乗って走ると入り口を見落としそうです。
やはり以前お寺は貯水池の下ダム近くにある取水口のあたりにあり、大正時代(1923年)に貯水池を作るために、この地に移動してきたそうです。
ダム湖に沈む土地の移転用の補償金はかなり安く、さらに寺は半分を預けていた銀行が潰れてしまい、回収できなかったそうです。 -
境内は手入れの行き届いたお庭です、一気に雰囲気が変わりますが、背中から車が通る音が常に聞こえてきます。
こちらもお参りする人は皆無。 -
四国霊場の本尊を勧請し、足元にそれぞれ霊場の砂を納めてあるそうです。
順に回ると、お遍路をしたのと同じご利益があるそうです。 -
こちらが千手観音菩薩の観音堂
-
本堂 数年前に改修工事をおこなわれました。
創建は不詳で、開山した住職が1357年に亡くなったという記録があるそうです。
お!ここにも徳川霊廟の石灯籠があるじゃないですか。 -
寺務所のインターフォンを押すと、中から声が聞こえました。引き戸を開けると住職さん?がいて、御朱印を頂きました。
15番には行かれましたか?というので、行ってきたと答えると、御朱印があるという。
パンフがなくとも、順に三光院に来れば、御朱印がいただけます。
お墓の脇に休憩スペースがありました。
次の17番をナビに入れると、新青梅街道を右折しろっていう、確かに中央分離帯がないから、できないことは無いけど、そりゃ、無理ってもんだわ。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2016年 狭山三十三観音霊場 巡礼
-
前の旅行記
狭山観音霊場巡り【2】思い付きの第8番札所とその界隈
2016/05/01~
所沢
-
次の旅行記
狭山観音霊場巡り【4】多摩湖(村山貯水池)南側の第17番から第22番
2016/05/15~
福生・武蔵村山
-
狭山観音霊場巡り【1】歩いて巡る第1番~第7番と狭山不動尊、中氷川神社
2016/03/26~
所沢
-
狭山観音霊場巡り【2】思い付きの第8番札所とその界隈
2016/05/01~
所沢
-
狭山観音霊場巡り【3】車で回って国宝拝観 第9番から第16番
2016/05/15~
福生・武蔵村山
-
狭山観音霊場巡り【4】多摩湖(村山貯水池)南側の第17番から第22番
2016/05/15~
福生・武蔵村山
-
狭山観音霊場巡り【5】狭山丘陵西側を巡る第23番から第27番・式内社「阿豆佐味天神社」
2016/05/22~
福生・武蔵村山
-
狭山観音霊場巡り【6】狭山丘陵北側を巡る第28番から第33番と出雲祝神社
2016/05/22~
所沢
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2016年 狭山三十三観音霊場 巡礼
0
33