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狭山観音霊場巡り第三弾の後半は、村山貯水池の南側を瑞穂町方面に進みます。<br />夕方で打ち止めになるまでに、どこまで進むことができるでしょうか。<br /><br />車で回れば、サクッと回れるなんて思ったのですが、お参りは想像以上に時間がかかります。<br /><br />巡礼の道は狭山湖と多摩湖の周りを巡るのですが、湖ができる大正時代の前までは、狭山丘陵の山の周囲を回る道だということがよくわかりました。

狭山観音霊場巡り【4】多摩湖(村山貯水池)南側の第17番から第22番

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2016/05/15 - 2016/05/15

132位(同エリア204件中)

三峯霧美

三峯霧美さん

狭山観音霊場巡り第三弾の後半は、村山貯水池の南側を瑞穂町方面に進みます。
夕方で打ち止めになるまでに、どこまで進むことができるでしょうか。

車で回れば、サクッと回れるなんて思ったのですが、お参りは想像以上に時間がかかります。

巡礼の道は狭山湖と多摩湖の周りを巡るのですが、湖ができる大正時代の前までは、狭山丘陵の山の周囲を回る道だということがよくわかりました。

  • 15:40 第17番は無人で車を停めるスペースがなく、御朱印を頂く圓乗院の広い駐車場に車を停めさせていただき、歩いて向かうことにしました。<br />東大和緑地の東端にあり、ゆるい坂を上り下りし、周囲は古い町並みのようで、どの道も対向車とのすれ違いに苦労します。

    15:40 第17番は無人で車を停めるスペースがなく、御朱印を頂く圓乗院の広い駐車場に車を停めさせていただき、歩いて向かうことにしました。
    東大和緑地の東端にあり、ゆるい坂を上り下りし、周囲は古い町並みのようで、どの道も対向車とのすれ違いに苦労します。

    圓乗院 寺・神社・教会

  • 15:44 狭山神社 創建は不明、以前は天狗神社と言われていたそうです。<br />近くの小学生のグループが社殿の脇に自転車をとめて、濡れ縁に腰かけて遊んでいました。この光景は昭和から変わらない日本の風景。

    15:44 狭山神社 創建は不明、以前は天狗神社と言われていたそうです。
    近くの小学生のグループが社殿の脇に自転車をとめて、濡れ縁に腰かけて遊んでいました。この光景は昭和から変わらない日本の風景。

  • 15:55 狭山観音霊場 第17番 霊性庵 (嶺松庵)  16番から1.5?<br />創建は定かでないそうですが、本尊の如意輪観音像の台座に元禄5年(1692年)とあるので、それ以前と思われます。<br />以前のお堂は1963年に老朽化のため解体され、坊舎を建てましたが、それも耐用年数の限度を迎え、1997年に現在の堂宇を新築したそうです。

    15:55 狭山観音霊場 第17番 霊性庵 (嶺松庵)  16番から1.5?
    創建は定かでないそうですが、本尊の如意輪観音像の台座に元禄5年(1692年)とあるので、それ以前と思われます。
    以前のお堂は1963年に老朽化のため解体され、坊舎を建てましたが、それも耐用年数の限度を迎え、1997年に現在の堂宇を新築したそうです。

  • ご本尊は 如意輪観世音菩薩 24センチの座像だそうです。<br />実は観音像は今年の4月に盗難にあいました。<br />犯人は金に困って盗んだそうで、古物商に持ち込み、通報されて逮捕されました。<br />ばちあたりな奴です・・で、この観音様が75万円相当と、お値段が付きました。<br />戻って何よりですね。

    ご本尊は 如意輪観世音菩薩 24センチの座像だそうです。
    実は観音像は今年の4月に盗難にあいました。
    犯人は金に困って盗んだそうで、古物商に持ち込み、通報されて逮捕されました。
    ばちあたりな奴です・・で、この観音様が75万円相当と、お値段が付きました。
    戻って何よりですね。

  • 圓乗院に戻って、ご本尊様にお参りします。<br />愛宕山医応寺圓乗院 <br />創建は古記録が災禍で消失して定かではないそうですが、賢誉法印(1159年寂)を始祖という記録があるそうです。<br /><br />山門の上に鐘があります、今までお寺の建築物をしっかり見たことがないのですが、鐘楼門というそうです。1749年に建てられたものだそうです。

    圓乗院に戻って、ご本尊様にお参りします。
    愛宕山医応寺圓乗院 
    創建は古記録が災禍で消失して定かではないそうですが、賢誉法印(1159年寂)を始祖という記録があるそうです。

    山門の上に鐘があります、今までお寺の建築物をしっかり見たことがないのですが、鐘楼門というそうです。1749年に建てられたものだそうです。

    圓乗院 寺・神社・教会

  • 庭師の方が庭の手入れをしていました。きれいなお庭でした。<br />ご本尊は 錐鑽不動明王<br />武蔵野三十三観音霊場の札所で、如意輪観世音菩薩が安置されているそうです。

    庭師の方が庭の手入れをしていました。きれいなお庭でした。
    ご本尊は 錐鑽不動明王
    武蔵野三十三観音霊場の札所で、如意輪観世音菩薩が安置されているそうです。

  • 寺務所で霊性庵の御朱印をお願いすると、お寺のオリジナルのポケットティッシュを頂きました。<br /><br />半数のお寺では、御朱印をお盆などの塗り物の上に乗せて差し出されます。<br />手から手へ直接物を渡すのを「手渡し」という言葉があるように、何かを誰かに渡す時に、盆や台に乗せてやり取りするのは、日本の文化なのかもしれません。<br />若い頃は面倒だと思ったことも、美しい所作として映るのは年齢のせいなのかも。<br />

    寺務所で霊性庵の御朱印をお願いすると、お寺のオリジナルのポケットティッシュを頂きました。

    半数のお寺では、御朱印をお盆などの塗り物の上に乗せて差し出されます。
    手から手へ直接物を渡すのを「手渡し」という言葉があるように、何かを誰かに渡す時に、盆や台に乗せてやり取りするのは、日本の文化なのかもしれません。
    若い頃は面倒だと思ったことも、美しい所作として映るのは年齢のせいなのかも。

  • 16:11 狭山観音霊場 第18番 雲性寺 天王山観音院雲性寺 17番から1.6km<br /><br />ナビの案内どおりに進むと、住宅街の行き止まりの道に案内されてしまい、グーグルの地図を頼りに、参道らしい場所へ移動。<br />参道の両脇は広い駐車場で、一段高くなった場所に並ぶお寺の堂宇のバランスがとても綺麗です、駐車場は昔、田んぼだったそうで、田植え時期の光景を見てみたかったです。<br /><br />山門は1951年に箱根の本陣の門で、武蔵村山のお宅に移築したものを、もらい受けたそうです。<br /><br />神社仏閣名をナビの行き先にするのはやめよう。

    16:11 狭山観音霊場 第18番 雲性寺 天王山観音院雲性寺 17番から1.6km

    ナビの案内どおりに進むと、住宅街の行き止まりの道に案内されてしまい、グーグルの地図を頼りに、参道らしい場所へ移動。
    参道の両脇は広い駐車場で、一段高くなった場所に並ぶお寺の堂宇のバランスがとても綺麗です、駐車場は昔、田んぼだったそうで、田植え時期の光景を見てみたかったです。

    山門は1951年に箱根の本陣の門で、武蔵村山のお宅に移築したものを、もらい受けたそうです。

    神社仏閣名をナビの行き先にするのはやめよう。

  • こちらが観音堂です。十一面観世音菩薩坐像が安置されています。<br /><br />

    こちらが観音堂です。十一面観世音菩薩坐像が安置されています。

  • お堂お向かいには観世音菩薩像がありました。<br /><br />雲性寺は、東大和市が残しておきたい景観として1990年に定めた「東やまと20景」の一つで、先ほどお参りしてきた、圓乗院と三光院も含まれています。

    お堂お向かいには観世音菩薩像がありました。

    雲性寺は、東大和市が残しておきたい景観として1990年に定めた「東やまと20景」の一つで、先ほどお参りしてきた、圓乗院と三光院も含まれています。

  • 1439年、堂宇建立とのことですが、江戸時代の火災で古い記録が焼失してしまい、創建は不明なんだそうです。<br />現在の本堂は1981年に建立されました。コンクリート造りなので、もらい火はしないでしょう。

    1439年、堂宇建立とのことですが、江戸時代の火災で古い記録が焼失してしまい、創建は不明なんだそうです。
    現在の本堂は1981年に建立されました。コンクリート造りなので、もらい火はしないでしょう。

  • 御朱印を頂きました。ご苦労様ですと労っていただきました。<br /><br />とりあえず、来た道を戻って青梅街道に出て、19番へ。

    御朱印を頂きました。ご苦労様ですと労っていただきました。

    とりあえず、来た道を戻って青梅街道に出て、19番へ。

  • 16:23 狭山観音霊場 第19番 はやし堂  18番から1.1km<br /><br />青梅街道から路地を入ったところにポツンとありました。<br />創建は不明ではやしというのは地名だそうです。<br />隣は自治会の集会場で、ロープが張られていて、駐車スペースがないので、慌ててお参りしました。お堂の裏はお墓でした。<br /><br />如意輪観世音菩薩 17番霊性庵の観音様と同時期に盗まれました。どうも同一犯の仕業で、こちらの観音像も戻ってきているのでしょう。

    16:23 狭山観音霊場 第19番 はやし堂  18番から1.1km

    青梅街道から路地を入ったところにポツンとありました。
    創建は不明ではやしというのは地名だそうです。
    隣は自治会の集会場で、ロープが張られていて、駐車スペースがないので、慌ててお参りしました。お堂の裏はお墓でした。

    如意輪観世音菩薩 17番霊性庵の観音様と同時期に盗まれました。どうも同一犯の仕業で、こちらの観音像も戻ってきているのでしょう。

  • はやし堂の御朱印は近くの蓮華寺で頂きます。<br />大きな駐車場と、保育園が併設されています。<br /><br />

    はやし堂の御朱印は近くの蓮華寺で頂きます。
    大きな駐車場と、保育園が併設されています。

  • 石澤山愛染院蓮花寺 20番真福寺の末寺だそうです。<br />このお寺も村山貯水池の底に沈む場所にあったため、この地に移転してきたそうです。<br /><br />まったく人気がなく、あちこちの扉が完全に閉まってます。<br />脇に事務所のようなところがあり、そこの方に聞いてみると、住職が外出しているので、書置きの御朱印なら出せますよ、とのこと。<br />保育園のお仕事をされてる方のようでした。

    石澤山愛染院蓮花寺 20番真福寺の末寺だそうです。
    このお寺も村山貯水池の底に沈む場所にあったため、この地に移転してきたそうです。

    まったく人気がなく、あちこちの扉が完全に閉まってます。
    脇に事務所のようなところがあり、そこの方に聞いてみると、住職が外出しているので、書置きの御朱印なら出せますよ、とのこと。
    保育園のお仕事をされてる方のようでした。

  • 書置きで十分です!<br />お仕事を中断してご対応いただき、お礼を述べて、次に出発しました。

    書置きで十分です!
    お仕事を中断してご対応いただき、お礼を述べて、次に出発しました。

  • 16:40 狭山観音霊場 第20番 真福寺 龍華山清浄院真福寺 19番から1.9km<br />青梅街道から表参道を進むと正面に小学校があり、その隣が真福寺で、入り口は大きな枝垂桜が覆いかぶさっています。<br />参道の正面が小学校なので、学校が敷地を譲り受けたのだろうと思ったら、その通りでした。<br />

    16:40 狭山観音霊場 第20番 真福寺 龍華山清浄院真福寺 19番から1.9km
    青梅街道から表参道を進むと正面に小学校があり、その隣が真福寺で、入り口は大きな枝垂桜が覆いかぶさっています。
    参道の正面が小学校なので、学校が敷地を譲り受けたのだろうと思ったら、その通りでした。

    真福寺 寺・神社・教会

  • 江戸時代建立の山門があり、楼上に梵鐘が掛けられているそうですが、扉が閉まっていて見ることはできませんでした。<br />梵鐘は1638年に鋳造され、貴重なものとして第二次大戦の金属の供出を免れたそうですが、火災で亀裂が入り撞けないそうです。

    江戸時代建立の山門があり、楼上に梵鐘が掛けられているそうですが、扉が閉まっていて見ることはできませんでした。
    梵鐘は1638年に鋳造され、貴重なものとして第二次大戦の金属の供出を免れたそうですが、火災で亀裂が入り撞けないそうです。

  • 本堂 お寺の創建は710年の奈良時代、1220年に雷により焼失し、1290年に中興されました。現在の本堂は1778年の建立。<br />ご本尊は薬師如来だそうです。引き戸はしっかり施錠されて、監視カメラがセットされていました。<br /><br />この丘は観音寺森緑地という名前で、お寺の周辺は土地が平らです。<br /><br />寺務所のチャイムを押し、御朱印をお願いすると、「観音堂の場所は分かりましたか?」と言われました。「池の向こうにあるのが観音堂なので、お参りしてから、またいらしてください」とのこと・・・。<br />

    本堂 お寺の創建は710年の奈良時代、1220年に雷により焼失し、1290年に中興されました。現在の本堂は1778年の建立。
    ご本尊は薬師如来だそうです。引き戸はしっかり施錠されて、監視カメラがセットされていました。

    この丘は観音寺森緑地という名前で、お寺の周辺は土地が平らです。

    寺務所のチャイムを押し、御朱印をお願いすると、「観音堂の場所は分かりましたか?」と言われました。「池の向こうにあるのが観音堂なので、お参りしてから、またいらしてください」とのこと・・・。

  • 境内はとても広く、江戸時代には徳川幕府から20石の寺領を拝領した大きな寺院でした。<br />本堂の先に味気ないグリーンのフェンスでぐるりと囲まれた小さな池がありました。<br />隣が小学校なので、安全対策なのでしょう。<br />太田道灌が陣城を構えたと言われてます。

    境内はとても広く、江戸時代には徳川幕府から20石の寺領を拝領した大きな寺院でした。
    本堂の先に味気ないグリーンのフェンスでぐるりと囲まれた小さな池がありました。
    隣が小学校なので、安全対策なのでしょう。
    太田道灌が陣城を構えたと言われてます。

  • こちらが観音堂。二度の火災で古い記録が焼失してしまい、詳細は分からないそうですが、江戸時代の建立と伝えられています。<br />ご本尊は阿弥陀如来ですが、左右に百体観音がおさめられているそうです。<br />1月の護摩供養の時に公開されるそうです。<br /><br />航空写真を見たときに、墓地の手前にある四角い屋根が観音堂なのではないかと思ってましたが、予想は見事に当たり!

    こちらが観音堂。二度の火災で古い記録が焼失してしまい、詳細は分からないそうですが、江戸時代の建立と伝えられています。
    ご本尊は阿弥陀如来ですが、左右に百体観音がおさめられているそうです。
    1月の護摩供養の時に公開されるそうです。

    航空写真を見たときに、墓地の手前にある四角い屋根が観音堂なのではないかと思ってましたが、予想は見事に当たり!

  • 寺務所に戻って、引き戸を開けると、お盆の上に御朱印が乗せてありました。声をかけると、先ほどの私服の方がでていらして、次の札所は無人で、札所の入り口に狭山観音霊場のノボリが建っている石材屋さんがあるので、そこで御朱印がもらえると、教えていただきました。<br />

    寺務所に戻って、引き戸を開けると、お盆の上に御朱印が乗せてありました。声をかけると、先ほどの私服の方がでていらして、次の札所は無人で、札所の入り口に狭山観音霊場のノボリが建っている石材屋さんがあるので、そこで御朱印がもらえると、教えていただきました。

  • 青梅街道をさらに進み、観音寺森緑地の南側に21番の観音堂があります。<br />路地の突き当りに、のぼり旗が建ってる、あれかな?<br /><br />緑地の名前になっている観音寺は江戸中期に移転し、今は国分寺市にあります。<br />観音寺がこの観音堂だったのではないんだそうです。

    青梅街道をさらに進み、観音寺森緑地の南側に21番の観音堂があります。
    路地の突き当りに、のぼり旗が建ってる、あれかな?

    緑地の名前になっている観音寺は江戸中期に移転し、今は国分寺市にあります。
    観音寺がこの観音堂だったのではないんだそうです。

  • 17:00 狭山観音霊場 第21番 原山観音堂  20番から1?<br />お参りする人が雨に濡れないようにという配慮なのか、カーポートが設置されていました。<br />正観世音 扉の隙間からお堂の中を覗き込むと観音像がありました。<br /><br />観音堂の手前は、古い墓石が整理されたように並んでいました。以前は他のお堂と同じようにお墓があったのでしょうか。<br /><br />お堂の扉に御朱印のお世話をしている方の家の地図があります。<br />真福寺で聞いた石材屋さんはありますが、どうも地図とは違うみたいです。

    17:00 狭山観音霊場 第21番 原山観音堂  20番から1?
    お参りする人が雨に濡れないようにという配慮なのか、カーポートが設置されていました。
    正観世音 扉の隙間からお堂の中を覗き込むと観音像がありました。

    観音堂の手前は、古い墓石が整理されたように並んでいました。以前は他のお堂と同じようにお墓があったのでしょうか。

    お堂の扉に御朱印のお世話をしている方の家の地図があります。
    真福寺で聞いた石材屋さんはありますが、どうも地図とは違うみたいです。

  • 地図に載っていたお宅の玄関先に書置きの御朱印がありました。前に数人の方がお参りしたようで、ちょっと驚き。<br />ここまで狭山観音巡礼をされてる人には、一度も遭遇したことがありません。<br /><br />御朱印を頂いて、敷地から出ようとすると、濡れ縁に立ったこの家の御主人らしき方が、にっこり笑って片手を揚げ「ご苦労様!」と声をかけてくださいました。<br />御朱印のお世話、本当にありがとうございます。

    地図に載っていたお宅の玄関先に書置きの御朱印がありました。前に数人の方がお参りしたようで、ちょっと驚き。
    ここまで狭山観音巡礼をされてる人には、一度も遭遇したことがありません。

    御朱印を頂いて、敷地から出ようとすると、濡れ縁に立ったこの家の御主人らしき方が、にっこり笑って片手を揚げ「ご苦労様!」と声をかけてくださいました。
    御朱印のお世話、本当にありがとうございます。

  • 17:15 狭山観音霊場 第22番 吉祥院 横龍山吉祥院 21番から800m <br />狭山丘陵の山をカットして作られたようなお寺です。<br />石段を登ると意外と広い敷地に堂宇があります。<br />駐車場も入り口の坂道からは想像できないほど広く、堂宇の反対側はお墓でした。<br /><br />石段の下には庚申塚と馬頭観音。

    17:15 狭山観音霊場 第22番 吉祥院 横龍山吉祥院 21番から800m 
    狭山丘陵の山をカットして作られたようなお寺です。
    石段を登ると意外と広い敷地に堂宇があります。
    駐車場も入り口の坂道からは想像できないほど広く、堂宇の反対側はお墓でした。

    石段の下には庚申塚と馬頭観音。

    吉祥院 寺・神社・教会

  • 創建は江戸時代の初め長圓寺の末寺として開山しました。江戸時代の末は寺子屋で、明治に入って第一小学校の前身の吉祥学舎が置かれていたそうです。<br />しっかり施錠されています。物騒な時代になりましたしね。<br />本尊は正観音<br />

    創建は江戸時代の初め長圓寺の末寺として開山しました。江戸時代の末は寺子屋で、明治に入って第一小学校の前身の吉祥学舎が置かれていたそうです。
    しっかり施錠されています。物騒な時代になりましたしね。
    本尊は正観音

  • 本堂の脇の奥に大黒天が祀られています。この感じ、味があります。<br />本日は、ここで打ち止め。<br />

    本堂の脇の奥に大黒天が祀られています。この感じ、味があります。
    本日は、ここで打ち止め。

  • お堂の壁に御朱印のお世話をされている家の地図がありました。<br />風雨にさらされ、画鋲やら養生テープやらで張り付けて、その間に銀杏の葉が挟まってたりと、こちらも味があります。

    お堂の壁に御朱印のお世話をされている家の地図がありました。
    風雨にさらされ、画鋲やら養生テープやらで張り付けて、その間に銀杏の葉が挟まってたりと、こちらも味があります。

  • 地図に書かれたお宅に行くと、玄関前に御朱印が置いてありました。300円納めていただいてきました。<br />17:25 ナビの案内どおりに広い道に出ると、知っている道でした。<br />かたくりの湯の近くです。そういえば20年くらい前は、広い道が整備されていなくて、中型のトラックとすれ違いができずに苦労したところです。<br />そんなことを思い出し、この日は帰路につきました。<br /><br />次週、天候が悪くなければ、23番から結願まで一日で回れそうです。<br /><br />

    地図に書かれたお宅に行くと、玄関前に御朱印が置いてありました。300円納めていただいてきました。
    17:25 ナビの案内どおりに広い道に出ると、知っている道でした。
    かたくりの湯の近くです。そういえば20年くらい前は、広い道が整備されていなくて、中型のトラックとすれ違いができずに苦労したところです。
    そんなことを思い出し、この日は帰路につきました。

    次週、天候が悪くなければ、23番から結願まで一日で回れそうです。

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