2016/03/26 - 2016/04/03
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mikoyan358さん
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「谷一面を埋め尽くす杏やアーモンドの花」
「こここそがリアルな桃源郷」
そんな情報を耳にして10年以上来たいと思い続けていたものの、一方で「本当にそんなに凄いのか?」という気持ちも沸いていた、パキスタン北部の秘境「フンザ」。
仕事を無理やり休みにし、念願の花が見ごろの時期のツアーに参加してきましたが...
現地の色彩や澄んだ空気、人々の素朴な姿など、予想を遙かに上回る「こんな場所が地球上にあってよいのか」という旅になりました。
フンザへの旅を検討されている方、行ってみたいけど「パキスタンって大丈夫なの?」と考えている方に、現地の情報なども含めて魅力をたっぷりとお伝えしていきます。
写真多めで、各日程を2~3回に分けつつ投稿予定。
1日目 3月26日(土) 成田⇒バンコク⇒イスラマバード
2日目 3月27日(日) イスラマバード⇒タキシラ⇒アボッターバード⇒ベシャム
3日目 3月28日(月) ベシャム⇒チラス⇒フンザ(カリマバード)
4日目 3月29日(火) カリマバード⇔上部フンザ(グルミット・パスー氷河)
5日目 3月30日(水) カリマバード周辺(ナガール、アルチット村)
6日目 3月31日(木) カリマバード⇒ギルギット
7日目 4月1日(金) ギルギット⇒チラス⇒ベシャム
8日目 4月2日(土) ベシャム⇒イスラマバード⇒(機中泊)
9日目 4月3日(日) ⇒バンコク⇒成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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-
この日は、復路の大移動の日。
ギルギットからベシャムまで、再び500キロあまりのカラコルムハイウェイの道のりが待っています。
途中何が起こるかわからないので、最初添乗員のKさんは6時出発を想定していたのですが、せっかく豪華な「セレナホテル」に泊まっていてお食事も評判であるというのを考慮し、出発を7時に変更してくれました!感謝!
ということで、6時出発だと食べられなかった朝食をいただきます。
このホテルの朝食は夕食に負けず劣らず豪華で、パンもこんな風に選び放題。
さすがにそんなにのんびりはできませんでしたが、この後の過酷な旅に対する万全の備えが整いました。 -
昨日は遠くは雲で何も見えなかったのですが、今日は「ラカポシビュー」の名の通り、部屋からもラカポシの峰がくっきりと見渡せます。
※こういうのを見ていたからこそ、帰国後の豪雨のニュースがにわかには信じ難かったというのもあります
再び、昔のタバコの広告的なアングルで。 -
中国と中東地域、そして東南アジアとヨーロッパを結ぶ飛行機の通り道であるフンザ近辺では、頻繁に鮮やかな飛行機雲を目にすることが出来ます。
あれは向き的にはヨーロッパ方面へ向かうやつかな。 -
ラカポシにかかる笠雲。
これだけ豪快な笠を見るのは久々です。 -
こちらが、交代で夜通し庭園を警備していてくれたセキュリティの人。
彼らはたまに3階にあるレストランのバルコニーから見張りもしていたのですが、私の部屋がそのすぐ下で、3度ほど目が合いました(笑)。 -
出発までのわずかな時間、庭園を散策。
北方地域の最終日までこんなに晴れ渡って、今回は何と恵まれていることか... -
手前にあるのは、種類はよくわからないですがアイスプラントみたいな見た目。
この緑の少ない地域で、よくこれだけ集めて丁寧に手入れしているなあ、と感心します。 -
ライラック(たぶん)とラカポシ。
色合いのコントラストが素晴らしいですね。
この時間はまだ近所の工場とかも動いていないので、爽やかな空気を満喫できます。 -
たっぷり時間があるなら、昼になるまでこのバルコニーで傘なんか立ててぼーっと山を見ながら過ごすところですが、出発が数分後とかに迫っていて慌ただしい(笑)。
でも、早起きして優雅に朝のシャワーも浴びられたし、短い時間ながら豪華ホテルを満喫できました。
行程として、あのベシャムのホテル→そのまま次の日まるまる観光して夜に飛行機→帰宅、という流れなので、このホテルで出発ぎりぎりに体を洗うことは必須でした。
ベシャムのホテルでお湯が出なければ次に体を洗えるのは日本ですからね。。
飛行機の中で異臭を漂わせたくはないので(笑)、ぜひとも今夜ちゃんとお湯が出て欲しいところです。
さまざまな準備を終え、急いでバスに乗り込み出発になります。 -
まず、ホテルを下ったところの幹線道路でポリスとの待ち合わせ。
10分くらいは待たされたでしょうか。
昨日はガンガン車が通っていましたが、街のみなさんは始動が遅いのかこの時間帯は車もまばら。 -
街の入口のゲートを通過し、ギルギットに別れを告げます。
さらば北方地域。
そしてさらば豪華ホテル。 -
この日も、道中いくつかの場所で検問とポリスの交代が発生しました。
そんな手続きを待っている間に、バスの外から我々を見ていた少年。
彼は通学のためのバスを待っていたようなのですが、その間我々のことをずっと見て、何かコミュニケーションをとりたそうな仕草をしていたものの、結局こわごわと遠巻きに見守っているだけでした。
この哀愁を帯びた表情、今でも強く印象に残っています。 -
今日のKKHの行程は、前半3分の1くらいはきれいな舗装道なので安心。
ちなみに今日は巡りあわせで前半が後部座席だったので、万歩計はそんなに大したことはありませんでした(笑)。
どこからともなく歩いてくる人、放牧されている羊や山羊の群れ。
「変わり映えのしない光景」がひたすらに続いていき、これまでの疲れもあって我々を眠りへと誘い込みます。 -
うつらうつらしながら1時間ほど走っていたでしょうか。
見晴らしの良い場所でバスが停まりました。
看板にも書いてありますが、この場所はインダス川とギルギット川の合流点。
インダスは東側のバルティスタン地方からやってきて、一方ギルギット川はフンザ川などの水を集めながら北側からやってきます。 -
ここが観光ポイントになっているもう一つの理由、それは世界的にも珍しい「3つの山脈の合流点」であるということ。
インダス川とギルギット川で区切られた3つの地域に、それぞれ「ヒマラヤ」「カラコルム」「ヒンズークシ」という世界的にも名の知られた3つの山脈の末端がやってきていて、この川の合流点で1点に集結しているんです。 -
ちょうど真ん中下に見えている台地の分かれ目が、インダス川とギルギット川の合流点。
合流点の左奥が、K2やガッシャーブルム1・2などのあるカラコルム山脈。
そして右側の山が、エベレストそしてナンガパルバットなどが含まれるヒマラヤの峰の最西端です。 -
少し引いた角度から。
右側の黒い山(とその奥の山)がヒマラヤ、真ん中の茶色い山がカラコルムですね。
そして、川のこちら側の岸、我々が立っている場所とその左側の山が、それほど有名な高峰はないもののアフガニスタンの大地を貫いていることで知られるヒンズークシ山脈の一端。
世界地図に自分の存在を置くことが出来る、殺風景ですがスケールの大きさを感じさせる場所です。
ちなみに、ヒマラヤやカラコルムがその山の全成分のうち20%以上が雪や氷という中、ヒンズークシはわずか5%だそうです。
気候が少し違うとここまで差が生まれるんですね。 -
我々がそんな景色に見入っている間、バーバルさんはたまに異音が聞こえていた屋根の上の荷物を再度設営中。
現地の旅行記を見ると「荷物が谷に落ちた」なんて書き込みも見られたりするので道中ずっと不安で、異音がした時も気になった人が多数いて真っ先に訴えたのですが、ちゃんと対処してくれて安心です。
※結果として荷物はちゃんと一緒に帰国できましたしね
たまに通るド派手なデコトラと一緒にお楽しみください(笑)。 -
山脈の合流を見ていたら、パキスタンの人に話しかけられました。
最近増えてきているという国内旅行をしている親子。
彼らは、あの水害の中無事に家まで帰れたんでしょうかね。。
いまでも気になります。 -
我々が観光している間、ポリスは暇そうにうろうろしていました(笑)。
仕事とはいえ、毎日のようにこうして往復し観光客の気まぐれに付き合わされるのですから、大変な稼業です。 -
KKHに戻り、またしばらくの間うとうと。
気づくとまたこのような検問が現れます。
あ、ここは往路でバレーボールをやっていたところか。
ということは、この先にビューポイントがあったはず。
今日はあの山を見ることが出来るか?! -
ということで、検問を超えた高台のこの場所に復帰。
ナンガパルバットのビューポイントです。
往路は、厚い雲の前に山肌はほとんど見えませんでした。
ただ、今回絶大なパワーを放っていた晴れ男のモモさんの「絶対見えます!」の言葉を信じて、復路に期待をかけていました。 -
かなり晴れているほうですが、ほんのわずかに頂上だけが見えていない感じ。
でも、ナンガパルバット展望の確率はそれほど高くないようですし、これだけ見えているなら十分です。
もう少ししたら雲も晴れそうだ、というので少し待つことにしました。
ちなみに、往路で顔を出していた子供たちは、この時もいました。
君たち、学校は...
本当に山の景色以外何もない荒れ果てた大地でしたが、その中に子供たちが遊ぶであろうクリケットの即席グラウンドが作られていたのが印象的でした。 -
ということでトイレ休憩を兼ねて20分ほど待ちましたが、完全に晴れた姿は見られないまま時間切れに。
でも、この写真のように「いま一瞬見えたかな?」という瞬間もあり、「眠る美女」という別名を持つ世界第9位の高峰の姿はこれ以上ないほどに十分に堪能できました。
ここで全然見えなかったらモモさんに文句言ってたところです(笑)。 -
日本では絶対見ないような、原色のカラーリングのタンクローリーを見送り、我々もKKHの路上へと戻ります。
-
KKHの脇に転がっていた、この往復の道中で見た中で最も巨大だった落石。
道端までやってきていて、アスファルトが強引にめくりあげられている場所があるので、これはごく最近落ちてきたものということになりますね。
いまは遠目に見ていますが、軽くコースター3台分くらいの大きさはあります。
こんなのに直撃されたら、けが云々というレベルではなくヤフートップに載るニュースになってしまいますね。。 -
ひたすらインダス川沿いに南下し、このライコット橋を渡って左岸へと移動。
この時点で全行程の4分の1くらい。
ここから、残り4分の1のところにあるダスーの街までは、ずっと左岸を走ります。
※橋は撮影禁止ということでしたが、まあ写真があるので仕方ないです(笑) -
ライコット橋を渡って少し行ったところで、再び停車。
こちらに湧き出しているのは温泉。
あまり火山活動とかありそうに見えない場所ですが、どういう由来なのかな。
手に取るとやや硫黄の臭いがしますが、ひとまず悪路で緊張していた手が少し柔らかくなったきたします。
自分がこの辺の住人なら、絶対足湯作るわ。
そのそばで冷たい飲み物でも出せば飛ぶように売れるような気がします(笑)。 -
温泉のそばで、車を修理している人たちがいました。
この長丁場、そしておそらく車の修理が出来るのはチラスとギルギット手前の街くらいしかないでしょうから、途中でこんなことになるのは想像したくありません。 -
後ろでぎっしり詰め込まれ待たされている鶏たちも、かなりぐったりしています。
水とかも一切やらないんですかね。。。 -
道が狭いエリアでもあるので、すぐそばを砂煙を高々と上げながら走る車を口を押さえながら見送ります。
あれ?この車、さっきナンガパルバットのビューポイントで見送ったのと同じやつだ!
(あとで見たらナンバーも同じで、やはり完全に同一車でした)
向こうから派手な車が来たなあ、と思ってカメラを向けたのですが、やはり自分のやることはいつ何時も似ていますね(笑)。 -
そんなタンクローリーとは、この後の道中で何度もすれ違いました。
目の前を通り過ぎて数分経っても、まだずっと姿が見えているような見晴らしの良い場所。
ここの距離も相当あるのですが、この後に控える残りの道の長さに比べれば吹けば飛ぶようなものです。 -
小さな谷にかかる橋をいくつも越えながら、相変わらず乗り心地など考えていないKKHの荒波にもまれます。
この辺からは、そんな揺れの中でも爆睡してしまい、しばらく写真がありません。 -
チラスまであと少しというところで給油。
往路に、村人同士のいさかいでしばらく通行止めになっていたのが、ちょうどこの辺のエリアでした。
ガソリンの値段についてモモさんといろいろ話してましたが、ロシア封じのために世界的に安くなっているといった話題も飛び交っていました。
モモさんは世界情勢にも詳しいです(笑)。 -
ごくたまに、こうして岩を運んでいるトラックがあるのですが、この岩にどれほどの需要があるんだろう?
大して多く積んでいるわけではないし、今になってもずっと謎です。 -
ガソリンスタンドから少し走ったところで、運転手のバーバルさんが車を停め、少しバックしてから下車になりました。
こちらが、チラスの岩絵。
ちょっと角度が浅いですが、大きな仏陀が描かれているのがわかりますでしょうか。 -
チラス付近のこの地域は、まだKKHなどがなかったAD5〜6世紀ごろにインドからスワート渓谷(パキスタン北西部)の僧院などへ巡礼する仏教徒が通った際に岩に描いた絵が非常によく残っている場所です。
様々な人が描いたらしく、このような仏の姿もあれば、子どもが落書きしたような仏塔のようなものなどもあり、クオリティはバラバラです(笑)。
もっとも、「よく残る」と言っても、まあ屋外に描かれたものが放置されているだけで、何の保護も受けていません。
どのくらい大事にされてないかというと... -
先ほど、バーバルさんが「一度行き過ぎた後、少し戻って停車」と書きました。
これは、この岩絵を目標にしてきたバーバルさんが、その上に文字が書かれてしまっていたので見逃してしまったことによります。
で、このでかでかと書いてある文字、モモさんによると何と「選挙の候補者名」なんだとか!
本来選挙が終わったら消すそうなのですが、消す消さないの前に貴重な岩絵の上にガッツリ書かれているのが本当に残念でなりません。
これ書いた候補、天罰で落ちろ(笑)。 -
この「大事にされてない」のには、この上流にできる大きなダムのため、この辺が数年後には水の中に沈んでしまうというのが理由の一つとしてあります。
※ギルギットでヘリコプターを買おうとして金をだまし取られた人の話をしましたが、その人もこのダムの建設で土地を売って成金になったからです
何か、いろいろな意味で寂しいですね。。 -
岩絵の観光を終え、若干の憤りを残しながらチラスの街へ。
行きにも寄った「シャングリラホテル」のレストランで、安定したクオリティの昼食をいただきます。
これはマカロニを使った炒め物。マカロニなんか使うんだ。
上流にダムが出来ると、このホテルをはじめとしてチラスの街並みも軒並み水没します。
次に来る時には、ダムの水を眺めながら、あああの中で食事したんだなあと思い出すことになるんでしょうか...シャングリラ インダス ビュー ホテル ホテル
-
食べ終わってもまだ12時。
そして、手前の街ダスーまで120キロあまり。
ここからがKKHの悪路の本番になります。 -
対岸に見えている白い横線が、ダムが出来た時の水位を示しています。
チラスの街からだいぶ上ってきましたので、やはり街は完全に水没しますね。
この辺で一番大きい街を水没させるほどこのダムに利点があるという事なんでしょうけど、もっと別の場所に作れなかったのかなという気はします。 -
この辺のKKHは車線などはなく、対向車とすれ違う時には路肩ぎりぎりまで寄る必要があります。
すれ違う時だけそうすればよいので基本的にバスは真ん中を走っているのですが、こうして対向車が至近距離まで車線を譲らない時にはドキッとします。
まあ、バーバルさんも全然譲らないんですけどねw -
インダスの流れもだいぶ広くなり、緑もちらほらと見えるようになります。
この辺も、食後という事もありだいぶ船を漕いでました。写真も少なめ。 -
チラスから30分ほど走ったところで、往路にも通った検問所へ。
ここを通るという事は、これまで長らく滞在したギルギット・バルティスタン州を離れるという事を意味しています。
徐々に、旅の終わりが近づいていることを実感。
一帯は検問所と、あとちらほらとトレーラーハウス(と言っても本当にボロいトレーラーを無理やり家にしたような感じ)程度しかありませんが、けっこうな人がバスを待っています。 -
行きにも使った検問所で同じように写真を撮られ、名簿をチェックされて終了。
こちらは行きに添乗員Kさんが「牢屋の中の人」と話した留置場。
のぞいてみましたが、もう誰もいませんでした。
釈放されたか、上部フンザへ追放されたか...
リアルドラクエが体験できると期待してやってきましたが、ちょっと残念(笑)。 -
30分ほどの検問とトイレ休憩を終えて、再び西へ。
まだ紛争の目が若干ながら残っていることが、こうした要所ごとに見られる砦の存在から感じ取れますね。
写真には写っていませんが、たいてい通り過ぎる時には衛兵が鋭い視線を投げかけてきます。 -
徐々に揺れも激しくなってきましたが、相変わらず興味深い話を繰り出してくれるモモさん。
でも、さすがにこちらも疲れに負けてきて、話の途中で意識が飛ぶことも。 -
曲がりくねったインダスのほとりから急激に登っていく崖の半ばを通過する、という図式がかなり増えてきました。
モモさんによれば、この辺の地域では歳をとった人たちを山の中へと追放する、いわゆる「姨捨山」の風習が近年まで残っていたそうです。
どこの国にもあるんですねー。 -
大きな変化といえば、検問でちょっと停まるくらい。
あと、この辺でお菓子がちょくちょく回ってくるのが本当に嬉しかったです。
今回は成田で買い忘れて、もらってばっかりですみません! -
バスは悪路を飛ばし、私は途中何度も意識を飛ばす時間。
チラス出発から2時間ほど、14時を過ぎたころにバスが停まりました。
先ほどのチラスと同じく、こちらにも岩絵が見られます。 -
この「シャティアールの岩絵」は、チラスのものよりも大規模に残っていて、道中では必ず訪れる観光地。
(もちろん往路にも通っていますが、帰りに飽きてしまわないように華麗にスルー(笑)されていました)
こちらも同様に、1500年ほど前の仏教徒が描いたもの。
見るからにチベットの仏塔ですね、これは。 -
今ほど道中が順調でなかったこのルート。
インダス川が氾濫して渡れない時などの「暇つぶし」として、こうした岩絵が描かれたと言われています。
様々な文字も残されていますが、書かれているのは道中の情報だったり、かなり実用的なものも多いんだとか。
全然読めないですけどねw -
こちらも角度が浅くてやや見づらいですが、大きな岩に見事な仏が。
AD5世紀から9世紀のものと言われています。
インドからの巡礼者という事で、着ている服にインドの影響が強く残っているそうです。
モモさんが説明のために普通に岩の上を歩いていたのですが、あれはよかったのかな(笑)。 -
岩絵の脇で、我々に何かを要求してくるわけでもなく、じわっとした重い視線で遠目に眺めている人々たち。
見渡す限り岩絵以外に何もありませんが、いったい何でここにいるんだろう。 -
再び、KKHの路上より。
出た、またマッドマックス的乗り方をしているやつ発見。
結構スピード出てるし、かなり揺れるし、本当に大丈夫なんだろうか。
事故が起こるところは見たくありません。。 -
この辺からだんだん周囲の景色にも飽きてきたので、持ってきたiPodを出してBGMをつけ、味付けを変えることにしました。
まず最初に聴いたのは「シルクロードのテーマ」。
今まで一番ジャストフィットしたのは敦煌へと向かう道でしたが、そうでなくてもこういう場所でも何でもアジアの旅行中ならたいてい合ってしまうこの曲はやはり偉大です(笑)。 -
ダスーまであと2〜3時間、ベシャムまでは5〜6時間。
だいぶ走ってきたのですが、全然減りませんね。
ずっと車内のこもった空気に揺られていたので、久々の青空トイレで外に出ると気持ちよいです。
残り時間とかを考えると、もうこの旅行での青空トイレは最後かな?
(実際、これがラストでした) -
デコトラをカメラにおさめようとしたら、運転手さんが激しく手を振りながら親指を後ろに向けて「俺の車を見ていけ!!」的な熱烈アピール。
やっぱり、このデコトラは人に自慢するためのものなんですね(笑)。
ドライバーさんの誇りみたいなものも感じられ、ちょっと楽しい一瞬でした。
豊明運輸がどこにあるのかも地味に気になりますw
やっぱり愛知かなあ。 -
川岸を眺めていると、たまにこうしたかなり低い場所にテントの列が見えたりします。
モモさんによると、これは河原に沈んでいる砂金を探して場所を転々としていく民族のものなんだそうです。
大変だけど、確実にいい稼ぎはしてそうな感じ。 -
だんだん周囲も薄暗くなってきて、車内でも居眠りしている人が増えてきました。
することがないので、対岸の中に「人面岩」でもないかなあと思ってしばらく探索していたら、いいやつがありました(笑)。
(写真中央) -
道路のそばの滝にも、もう驚きません(笑)。
-
17時過ぎ、ようやくダスーの街へ到着。
ここまで来ればあと2時間。
でも、ここからの2時間がKKHで最も危険な区間でもあり、まだ全く安心することはできません。
ひとまず、往路にも訪れたレストランでトイレ休憩し、その合間にインダス川の流れを眺めます。
往路に見た時よりも流れが速くなり、やや怒りが増している感じがしますね。
※ちょうどこの写真に写っている川のカーブの先の方が、先日の水害で最も大規模に土砂崩れを起こしたあたりです -
一刻も早くベシャムを目指したい、ということで、チャイ休憩もなくすぐに復帰。
橋を渡ってインダスの右岸に移動し、ダスーの街を通過します。
この辺からは雨も強くなり、なかなか外を見渡すのも辛くなってきました。
そんな状況なので、モモさんが退屈させまいと色々な話をしてくれます。
「街なかで仕事してなさそうに見える人は、木や家畜を売ると2〜3か月分稼げるのであとは暇そうにしていても何も困らない」とか「パキスタンの床屋は全国どこでもパンジャーブ人」とか「運転手はマンセラかチラスの人(バーバルさんも実際マンセラ生まれ)」など、へえ〜という話で楽しませてくれました。 -
これが、ベシャムに着く前に最後に撮影できた写真。
到着する1時間半くらい前です。
ここからは、大雨+夜+霧という三重苦の状態が続きましたが、バーバルさんは若干スピード落とし気味ながらも軽快なハンドルさばきで次々とカーブを抜けていきます。
途中、この写真よりひどい濃霧で数メートル先までしか見えないという状態になりましたが、そこもぐっと減速して慎重に走行。
そうしたら、後ろからガンガンあおってくるトラックが来たのですが(そりゃ、こちらは濃霧の先頭、後ろはこのバスを追えばよいだけですから、スピードが違う)、バーバルさんはしばらく耐えた後わざとそのトラックを行かせ、その背後から3秒に1回パッシングする勢いでテイルトゥノーズで激しくアオりまくっていました。
このくらいできてこそ、パキスタンでドライバーが務まるんですね。
私には無理です(笑)。 -
雨もあり予定よりもだいぶ時間がかかり、21時ごろにようやくベシャムの「リバーサイドホテル」に到着。
とりあえず、まず何よりも、途中で崖崩れなど起こらず、無事にベシャムまでたどり着けたことに安堵。
ここまで来れば、あとはそんなに心配する場所ではないですからね。
慎重かつ大胆な運転でここまで運んでくれたバーバルさんに、大感謝です。
あと、心配していた荷物もきっちりカバーされていたためか内部にほとんど濡れた箇所はありませんでした。
お土産が浸水してたら目も当てられないところでしたが、これも回避できてよかった。(まだ明日一日ありますけど)
疲れてないつもりでしたが、部屋に戻っていったん横になった瞬間に「このまま数分経つと寝てしまう」と直感し、すぐに飛び起きてロビーで時間をつぶしました。
こちらは遅い夕食。
部屋はアレですが、お食事はここはそんなに悪くない。PTDC モーテル ベシャム ホテル
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巨大なプリン。
疲れた体にはことさら染み渡ります。
みんな控えめに取って余っていたので、ごっそりいただきました(笑)。PTDC モーテル ベシャム ホテル
-
この「リバーサイドホテル」のいろいろある心配事のうちの最大のものは、何といっても「お湯が出るかどうか」。
部屋に着いて、まず(前回の反省から)トイレが流れることを確認し、その後しばらくシャワーを流しっぱなしにしますが、ずっと水ばかり。
前回に続いて再び添乗員Kさんを呼んで、宿の人に来てもらったところ、蛇口をひねって「wait 5 minutes」と。
ああ、これは前回と同じ出ないフラグやなあ...
と思ったら、10分待ってたら本当にお湯が出ました(笑)。
たまには本当のことを言うのかw
ここを逃すまいと、その瞬間に一気に浴びて頭と体を洗います。
今晩入れるかどうかが、この後どれだけ快適に過ごせるかの大きな分岐点になっていたので、お湯が出たのは本当に助かりました。
※ちなみに、出ない部屋もあったそうなので、手放しでは喜べませんが。
もう明日はそのまま空港で荷物を預けるので(そして朝やると停電で見えなくて忘れ物する可能性があるので)、最終日に必要なものだけをリュックに入れてスーツケースの中身を整理し、丁寧にパッキング。
あとは携帯の充電とかだけしまえばOK、という状態にして、23時半過ぎに横になろうとして戸締りをすべくドアを開けたのですが、隣の部屋にいるはずの添乗員Kさんのスーツケースが、まだドアの前に置いたままになっていました。
夜遅くまで、本当にお疲れさまです。。そしてありがとう。
その頑張り、確かにメンバーにも伝わりました。
明日は、いよいよイスラマバードへ戻り、帰国の途につきます。
8日目に続く↓
https://4travel.jp/travelogue/11124329PTDC モーテル ベシャム ホテル
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