2015/12/18 - 2015/12/18
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ぴよ太さん
8日目。涼しい部屋でぐっすり眠ったお蔭か、自分的にはかなりどん底だった体調は一晩で驚くほど回復しました。
一人旅は自由で気楽でいいけど、具合が悪くなるととっても不安で心細いな…と昨晩はしょぼくれていたハズ。ですが調子が上向きになった途端「休養日」の概念は速攻でどこかへ遁走。真性貧乏性の悲しい生き物が復活し、予定通り電車に乗ってブルージュへ行ってしまいました。
でも、まだ完全に病み上がってないんだから無理は禁物!メムリンク美術館とミケランジェロの聖母子像とグルーニング美術館と聖血礼拝堂を見るだけにしよう!って、もうじゅうぶん盛沢山なんじゃ…どうやら判断力までぶっ壊れていたようです。
戦争で破壊されずに現代まで中世の町並みが残ったブリュージュは、「屋根のない美術館」と呼ばれる美しい古都。世界中から観光客が訪れる世界遺産の町です。「まあ所謂、観光都市でしょ」と天邪鬼丸出し目線で臨みましたが、まんまとその魅力にやられました。お蔭で珍しく写真が多い旅行記です。噂にたがわぬ見所ばかりの町をヨロヨロと駆け抜けた一日となりました。
表紙写真はヨハネ施療院のステンドグラスです。
今回の日程(☆印が旅行記の内容です)
12月11日 成田→ヘルシンキ
12日 ヘルシンキ
13日 ヘルシンキ→フランクフルト
14日 フランクフルト→フライブルク
15日 フライブルク
16日 フライブルク→ケルン
17日 ケルン→ゲント
18日 ゲント→ブリュージュ→ゲント ☆
19日 ゲント→ブリュッセル
20日 ブリュッセル
21日 ブリュッセル→フランクフルト→マインツ→フランクフルト
22日 フランクフルト→エアフルト
23日 エアフルト→ドレスデン近郊
24~27日 友人宅に滞在
28~29日 ベルリン
29日 ベルリン→成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昨日のブリュッセル~ゲント間の列車が戦慄するほど古くて汚い車両だったので、今日ももしかしたら…と怯えていたのですが、新しくてキレイな列車でした。よかった~
ゲント駅 駅
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チケットはネットで往復券を購入済みなのでストレスなしで助かりました。
ブルージュ駅 駅
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電車を降りたら、人々がぞろぞろと歩いて行く方について行きます。オペレーション「付和雷同」。
ブルージュ駅 駅
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皆様の後をくっついて歩いて行くこと暫し、愛の湖が見えてきました。
ミンネワーテル公園 広場・公園
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傍にはちょっと変わったデザインの扉がありました。透かし文字が彫られています。写真では小さいですが、扉の右側のプレートに内容が記されていました。どうやら「Armand van Assche」という詩人の作品のようです。
全文をGoogle先生に翻訳してもらったところ、呪いのような支離滅裂な文章が訳出されてビビりました。詳細はともかく、どうやら水に因んだ詩のようです。ミンネワーテル公園 広場・公園
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ベルギーは3つの言語を公用語に持つ国です。北ベルギーにあるブルージュはフラマン語の地域です。
「愛の湖」はフラマン語でMinnewater。この名前に関するドイツ語の説明書きがありました。得意の雑な翻訳をすると、
この湖の名前の由来はなかなか解明されなかったが、中世には「橋の下には水の魔物が住む」との迷信が人口に膾炙したため、今日では「minne」という名前は中部オランダ語の「水の魔物・精霊」から由来するということが一般的になっている。「minne」には同時に「愛」の意味もあり、この解釈からフランス語に翻訳される際に「愛の湖」となった。
とあります。
…あれ?名前の由来は、美しい娘と兵士の悲しい恋物語ではなかったんでしたっけ…?ミンネワーテル公園 広場・公園
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魔物の住処は、あの橋の下かな?
Wikipediaでも調べてみましたが、名前の由来は諸説あって、はっきり分からないということが分かりました。ミンネワーテル公園 広場・公園
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そんなはっきりしない由来はさておき、「愛の湖」ということで、カモもカップルです。
ミンネワーテル公園 広場・公園
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かと思ったら、ぼっちカモもいました。親近感。
ミンネワーテル公園 広場・公園
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かわいいハートマークを発見。猪目みたいに魔除けの意味があったりするんでしょうか。
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白鳥もたくさん。
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橋を渡って、ベギンホフの門をくぐります。
ベギン会修道院 寺院・教会
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ガイドブックの写真そのままだ!と、しばし感動。静かで外界と隔絶されている感もあって、おとぎ話の世界のようでした。
「フランドル地方のベギン会修道院群」として世界遺産に登録されています。ベギン会修道院 寺院・教会
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日本語では「ベギン会修道院」と呼ばれていますが、当時は修道院とは異なる女性同士の互助システムだったようです。
その時代の女性の生きる道は、結婚するか、修道院に入るかの二択。修道院に入るとしたら、世俗の財産や地位や家族、欲すらも全て捨てなければなりませんでしたが、ベギンホフではその必要はなく、地域によっては還俗することも難しくなかったようです。手に職をつけて、バリバリのやり手になる女性もいたとか。ベギン会修道院 寺院・教会
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木が同じ方向に傾いています。普段は風が強いんでしょうか。
本当は中も見学したいけど、最初から頑張っちゃうと体力が持つかどうか分からないので、今回は諦めます。ベギン会修道院 寺院・教会
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いちいちお土産屋さんが可愛くて、足を止めずにいられません。財布の紐をギチギチに引き締めておかないと、うっかり購入してしまいそうです。
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おもちゃ屋さんには、世界的に有名な黄色いバナナ好きの生物。ベルギーでも人気なんですね。
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ベルジャンレースのお店もクリスマス仕様です。
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まずはメムリンク美術館を目指します。
旅行当時、メムリンクについては名前しか知らなかったので、有名そうだから一応行っておくかという非常に舐めた態度で臨みました。もっとじっくり見ておけば良かったと今更ながら後悔してます、すみませんでした。
ハンス・メムリンク(1430頃~1494)は、ドイツのフランクフルト近郊にあるゼーリゲンシュタット出身の画家で、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1399?~1464)の元で修業したと言われています。ここにある作品は、施療院関係者の依頼で制作されたもののようです。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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12世紀に建てられた旧聖ヨハネ施療院が美術館になっています。施療院とは、病院や養老院を兼ねた施設ですが、病院といっても当時は専門医などはおらず、薬は薬草を処方していました。とは言え日本では鎌倉~室町辺りの時代の事なので、病院的施設が存在するだけでも驚愕ですし、更にその建物が今日まで残っている事に重ねてびっくりです。
当時は物理的療法以上に、宗教による精神的療法が重視されていたので、施療院が祭壇画や聖遺物を多く所有していたのも頷けます。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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ちょっと話が逸れますが、この数年後にリューベックの聖アネン博物館を訪れた際にこれを見つけ、ここにもメムリンクが!!となりました。メムリンク祭壇画のための部屋の表示です。
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この部屋には「グレヴェラーデ家のキリスト受難の二重翼祭壇画」がありました。通称「メムリンク祭壇画」。
数年経ってもカメラの腕前はお察しの通りで、お恥ずかしい。 -
その旅の終わりには、フランクフルトのシュテーデル美術館でもメムリンクの作品に会いました。
「赤い帽子の男の肖像」です。 -
受付の手前から美術館の中が見えるのですが、来館者と思しき人はちらほら。とてもベルギーの「七大秘宝」と呼ばれるお宝の一つがある場所とは思えず、ちょっと心配になり、拙いにも程がある英語を駆使して受付の男性に聞いてみたところ、「イエ~ス、イエ~ス」とにっこりされました。ベルギーに来てから、親切な人にたくさん当たります。にこやかに対応されるだけで相手に「幸あれ!」と願ってしまう単純脳なワタクシ。
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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扉上部のティンパヌム(という名前を初めて知りました)は彫刻が細かい!
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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二階に上がるとこの部分のレプリカ?オリジナル?どっちだったか、があるので、近くで見ることができます。
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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以下、ブリュージュの美術館作品については、こちらの本を参考にしています。グルーニング美術館のショップで購入したものですが、オールカラーで写真も多いし文章も読みやすいしオススメです。もちろ日本語表記です。これを持ってブリュージュを再訪したいぐらい。本の右側にあるのはバーフ大聖堂で買った「ゲントの祭壇画」のマリア様の栞。勿体なくて袋から出せないまま飾ってます。
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早速こちらがベルギーの「七大秘宝」の一つ(ゲントの祭壇画もこの一つです。)、聖女ウルスラの聖遺物箱。聖櫃自体がまるでゴシック様式の聖堂のような形をしています。
聖ウルスラ伝説について超ザックリ粗めに説明すると、
ブリトン人の王女ウルスラが、11,000人の乙女たちを伴ってローマへ巡礼の旅に出発。寄港地のケルンでフン族に捕らえられ殉教。
という悲しいものです。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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聖櫃の両サイドには、伝説を表した絵が物語に沿って描かれています。
この時、聖ウルスラの旅に同行して殉教した乙女たちの数は伝説上では11,000人と言われていますが、現在では11人だったんじゃないかと言われているそうです。
理由について、チャット式AIさんにお伺いをたててみたところ、以下のような回答でした。
(ローマ数字:I=1、X=10、M=1000 でお読みください)
「乙女の数については、中世の碑文や写本では、「XI MV」または「XI M V」のように書かれている場合があります。「XI」は11を、「M」はMille(1000)を、「V」はVirgines(乙女たち)を意味すると思われていました。
正しい解釈では、「XI MV」は「11 Martyrs Virgines(11人の殉教者乙女)」を意味する可能性があります。」
AIも間違うことがまあまああるので、あくまで参考までに。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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「聖ヨハネ祭壇画」又は「聖女カタリナの神秘の結婚」。
施療院付属教会の主祭壇に設置されていたもので、メムリンクの代表作とも言われています。
メムリンクを知らなかった私でも「これはスゴイ物っぽい(語彙力)」と感じました。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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中央画面、マリアの膝の上に座った子供らしくない顔の幼子イエスが、聖カタリナの左手薬指に指輪をはめようとしています。マリアは天使が奏でる音楽をBGMに優雅に読書中。聖カタリナの反対側に座っている緑のドレスの女性は聖バルバラ。そのあまりの美貌に求婚者が絶えず、言い寄る男性たちから隠すために父親が塔を建てて彼女を幽閉しちゃうくらいの超絶美女です。
…だからヘタな写真で作品の素晴らしさを伝えるのは無理なんだって…メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらは「マールテン・ファン・ニューウェンホーフェの二連祭壇画」。名前が長くて舌噛みそう。
向かって左側にマリア、右にマールテン・ファン・ニューウェンホーフェがいます。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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当時23歳のファン・ニューウェンホーフェ氏。名家の出自で後にブリュージュの市長にもなる人です。名前の通りこの人のために作られた祭壇画です。
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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かなり暗いですが、マリアの向かって左側に小さな凸鏡が描かれています。ここにマリアとファン・ニューウェンホーフェの後ろ姿が並んで写っています。ということは、単に絵が並んでいるのではなく、両者は同じ空間に横並びに座っているということのアピール…芸が細かい。
左上の紋章は、ニューウェンホーフェ家のもの。他にもたくさんの情報が描きこまれている祭壇画です。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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聖コルネリウスの聖遺物。
信徒じゃないくせに聖遺物大好き(変人)なので、つい足を止めてしまいます。
聖コルネリウスは第 21代教皇で、てんかんや耳の病の際に加護を与えてくれるようです。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらも聖コルネリウスの聖遺物。恐らくコルネリウスの角と呼ばれるもの。
何故、角なのかというと、コルネリウスという名前は「角のように強い」という意味があるからだそうな。角繋がりで牛と農民の守護もやってます。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらは、聖アポロニアの聖遺物。
歯を全て引き抜かれるとか、砕かれるとかいうエグイ拷問を受けた後、自ら火に飛び込んで殉教した聖女です(キリスト教は自殺厳禁なので、過去にはこれが自殺か殉教かという議論があったそう)。なので彼女のアトリビュートは歯を引き抜くデカいペンチ(みたいな道具)や歯そのもの。ひ、ひえぇ~
歯科医の守護聖人で、歯痛に対する加護を与えてくれるそう。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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ミニチュアみたいに小さい身体の部分を象った物たちは、信者たちからの奉納品です。病気の快復や災厄の回避を願ったり、又は感謝したりのために、聖人に捧げられたものだそうです。人間も経年劣化で関節とか内臓とかね~色々出てくるのよね~(わかりみ)。
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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耳や眼もあります。昔も今も体の悩みは変わりませんね。
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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見学の最後は施療院付属の薬局を見ました。
メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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ここから入って行ったのか、出て来たのか??記憶がないですが、向こうに見える尖塔は聖母マリア教会。
どんどん行かないと今日のミッションが全クリできないのに、すぐ傍の聖母教会に着くまでにまたもや道に迷う。自分でも感心するほどの方向音痴。Googleマップもない時代(あっても迷うけど)、家人にも「よくそれで一人で海外行くよね」と褒められてました。メムリンク美術館 (聖ヨハネ施療院) 博物館・美術館・ギャラリー
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この時、教会内は修復工事中で足場やシートに覆われていて、聖母子像以外はほとんど見られませんでした。
聖母教会 (ブルージュ) 寺院・教会
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第二次世界大戦下、歴史的建造物や美術品を保護・奪還するために結成された連合国サイドの特殊部隊、モニュメンツ・メンを題材にした映画「ミケランジェロ・プロジェクト」を帰国してから見ました。旅行前に見ておけば、この聖母子像を見た感慨もひとしおだったかも。
上述の理由であまり近づけなかったので、望遠で撮ったような記憶が。聖母教会 (ブルージュ) 寺院・教会
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次はグルーニング美術館を目指します。
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ここは、美術書や教会関係グッズを扱うお店のようでした。時間があればゆっくり見たかった…
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この日は曇天で寒かったので、運河クルーズもガラガラでした。
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レース編みでできたブリュージュの地図。結構な大きさです。発狂しそうに細かい!
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本日のメインイベント、この看板?が目印。グルーニング美術館
グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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建物は小道をちょっと入ったところにありました。
グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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中に入ると、ここも来館者はまばら。
まずは「マルガレーテ・ファン・エイクの肖像」
ヤン・ファン・エイクによる自身の妻の肖像画です。
この作品の対となる絵と言われているのが、ロンドンのナショナルギャラリー所蔵「赤いターバンの男」。ファン・エイク自身の肖像画(自画像?)と言われています。対の作品ですが、こちらの妻の肖像画のが大きいそうです。
髪を左右の角型頭飾りの中に入れている独特な髪型もまあ気になりますが(これは当時の流行)、顔の大きさに対して首から下のサイズが小さすぎてアンバランスなのがとても気になります。この時代に同じように頭部が過剰に大きく描かれている肖像画はいくつかありますが、当時の流行なのか?超細密、超写実が売りのファン・エイクなのに?
疑問に思い、本やネットで調べてみましたが、満足のいく回答は得られず…困った時のAI頼みで聞いてみました。いくつか理由を挙げてくれたのですが、ちょっと長くなり過ぎるので一部のみ抜粋です。
「この肖像画は、単なる写実的な記録ではなく、ファン・エイクの妻に対する個人的な敬意や愛情を込めた作品であるため、彼女の人格や存在感を強調するために、身体のプロポーションが意図的に変えられた可能性があります。ファン・エイクは細密描写の巨匠として知られていますが、それでもなお、彼の作品においては感情や象徴が大きな役割を果たしています。」
うん。「大好きな妻だから顔は大きく描きたかった」だったらいいなあ…グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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撮影の時にどうしても天井照明の反射光が入ってしまいます。私の背が低いから?…雰囲気だけ見る感じでお願いします。
メムリンク作の「モレールの祭壇画」。中央画面には三人の聖人が描かれています。真ん中はキリストを背負って川を渡るエピソードで有名な聖クリストフォルス。向かって右側の書物を手にした聖人は聖アエギディウス。彼は右手でシカを撫でていますが、その腕には矢が刺さっています。これは隠遁生活中、唯一の友達だったシカを猟師の矢から守ったという言い伝えからきているそうです。いい話…グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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左パネルには、祭壇画の制作依頼主であるウィレム・モレールとその5人の息子たち。
グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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右側には妻のバルバラと11人の娘たち。妻の後方には彼女の守護聖人である聖バルバラが寄り添うように立ち、妻の肩に手をのせています。この美女にはメムリンク美術館でもお会いしました。
グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「聖母子を描く聖ルカ」。ここにあるのはコピーで、本物はボストン美術館所蔵です。
前述のメムリンクのお師匠さんの作品。
聖ルカの左手にある紙には、実際にマリアの顔が描かれています。ほんとに細かい!背景も細部まで描き込まれています。グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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そして遂に!ヤン・ファン・エイクの「ファン・デル・パーレの聖母子」とご対面!気を抜くと狂喜乱舞しそう…
思っていたより大きな作品でした。
聖母の向かって右、聖書を手に跪いている白衣の男性が、この祭壇画を寄進したヨーリス・ファン・デル・パーレです。名家の出身ではありませんが、ローマ教皇庁の書記を長年務め、高い地位と財産を築いたそうです。
右端の甲冑の男性は彼の守護聖人である聖ゲオルギウス。左手で兜を持ち上げながら気さくな感じでファン・デル・パーレをマリアに紹介するような素振りをしています。聖人ですが、長めのくせ毛で普通にその辺りにいそうな顔をしています(不敬)。左側の青いローブの人物は、ブリュージュの守護聖人、聖ドナティアヌス。
宝石や衣服の質感が素晴らしいのもちろんですが、反射像の描きこみがこれでもか!というぐらい細かくて、鑑賞しているうちにだんだん前のめりになります。聖ゲオルギウスの兜には聖母子、左腕につけた小さな盾には赤いターバンの人物が反射像として映っています。グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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無敵の細密描写が炸裂してる~本当にいつまで見ていてもちっとも飽きません。
この時、美術館に訪問者が少なかったためか、この絵の前にあまりにも長居し過ぎたためか、単に私が怪しい東洋人っぽかったのか、視線を感じて振り向く度に、私の後方にキュレーターさんが一人、また一人と増えていく。最終的には3人の学芸員さんに見守られて(監視されて)、名画を堪能する羽目に…
「悪いこと企んでないですよ~」という意思表示のために、鑑賞中は後ろで両手を組んでたんですけどね…グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「聖ニコラウスの祭壇画」。家が貧しく身売りするしかなかった三人の娘たちのために、窓から金塊や多額の金銭を投げ込み救った、サンタクロースの起源と言われるエピソードを持つ聖人です。
グルーニング美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「これで満足!充分堪能した!」とはならなかったけど、不審者としてロックオンされてそうだったので、美術館を後にして次の目的地を目指します。
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とにかく見所ばかりで移動だけでも時間がかかります(ちょいちょい迷うし)。急がなきゃ…と思いながら、ショーウィンドウが気になります。
日本では見ないような陶器っぽいカエルの置物…連れて帰りたい!でも大きすぎて無理。帰国してから家人に写真を見せたら「毒持ってそうなカエル…」と言われました。かわいいのに… -
ガーコもいました。
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ベルギーの伝統菓子キュベルドン。外側はグミのような食感で、中にシロップのような甘い液体が入った円錐形のお菓子です。スタンダードなのは紫色でラズベリーのシロップが入ったもの。私的には「…(お察し)」という感じだったので、おみやげにちょっとだけ購入したのですが、家人が「うまい!うまい!」と爆速で完食してました。もっといろんな味を買って試してみれば良かった。
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木槌で割るタイプのチョコレート。
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曇天の下、ちょっと禍々しい感じになってしまいましたが、ブリュージュの鐘楼です。13世紀に建てられた高さ83メートルの塔を持ち、366段の階段を上ればブリュージュの街の景色を眺めることができるのですが、今回は行きません。
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すごく威厳にある建物だなと思ったら市庁舎でした(14世紀の建築)。
市庁舎 建造物
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かっこいい…建築に対する造詣が薄いので感想もペラペラになりがち。
市庁舎 建造物
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今回は迷わずに到着。12世紀頃に建築された聖血礼拝堂。世界遺産です。
ここでは、十字軍遠征に参加したフランドル伯が持ち帰ったと言われる聖血の聖遺物を見ることができます。聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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礼拝堂の主祭壇。
聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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今まで曇っていたのに、ここへ来て突然ステンドグラスから陽が差して「祝福…されて…る…?」という気持ちになりました(多分違う)。
聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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階段を少し上がったところで、聖血の聖遺物の拝観ができます。
写真には写っていませんが、希望者は階段の下に並んで順番を待ちます。信者でなくても見せてもらえました。
この時は、観光客らしい2,3人が並んでいるだけで、礼拝堂内も比較的空いていました。ちょっと躊躇いましたが、私もその列に加わりました。信者でもないのに間近で見せていただくので、少しばかり多めに寄付もしました。 -
聖血の聖遺物はこんな感じで容器に入ってます。
見るだけじゃなくて少しだけなら触れることもできますが、さすがに手が出ませんでした。
毎年ブルージュでキリストの昇天祭の日に「聖血の行列」というパレードが行われ、市民たちが中世の衣装をまとい練り歩きます。その際、聖血の聖遺物も聖櫃に乗せられ、人々にお披露目されます。
このパレードはユネスコの無形文化遺産に登録されています。
見てみたいけど人混みが苦手だから… -
付属の博物館もチラッと見学しました。
これは典礼の際に使用される聖体顕示台と呼ばれるもの。聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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こちらが恐らくパレードの際に聖血の聖遺物を入れる聖櫃。1617 年にブルージュの金細工師によって、約30キロの金銀と100個以上の宝石を使って作られたそう。「聖血の行列」の時には、聖職者たちによってお神輿のように担がれます。
聖血礼拝堂 (聖血博物館) 寺院・教会
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ブリュージュは見所があり過ぎて駆け足の観光だったので、心残りが多過ぎる…
ヤン・ファン・エイクの銅像に別れを告げて、ホテルのあるゲントへ帰ります。 -
この日は昼食も食べず、休憩もほとんど取らずに歩きました。
こんなことならホテル代は高いけど、ブリュージュに一泊すれば良かった~ -
更に一度ゲントのホテルに戻ってから、夜景見たさにトラムで中心地に出ることにしました。
お前、病み上がりじゃないのかよ…
中世の街並みが残るパテルスホル地区を少しだけ散策しました。レイエ川沿いの古い家々が美しかったです。こんなところに住みたいな~ -
なんというか、光の色がごちゃごちゃしてなくて夜景もオシャレ。
大肉市場 建造物
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旧肉市場もライトアップしていました。月も出ていました。
大肉市場 建造物
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ゲントの街の中心にあるフランドル伯城。この形の城塞になったのは12世紀頃で、14世紀後半以降は裁判所、刑務所、硬貨印刷所、さらには綿工場として利用されていたこともあったとか。工場はともかく、ここに刑務所って結構なホラー。
現在は、武具や拷問器具等が展示される博物館になっています。なかなか面白そうなので次回の課題とします。フランドル伯の城 城・宮殿
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ここだけライトの色が違います。雰囲気ある~
フランドル伯の城 城・宮殿
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この日も夕飯はエクスキのお世話になり、ホテルに戻りました。
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