2016/02/29 - 2016/03/01
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ちびのぱぱさん
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桂離宮は、私のような凡夫がぶらりと訪れる場所ではありませんでした。
ほぼ、ウイーンに行った寅さん状態。
写真だけはむやみに撮ってきたところが、寅さんとは違うかなあ。
ああ、もうちょっと勉強してから行けば良かった……。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
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大江山を抜けて福知山城下へ
皿そばと時計台で有名な出石から、大江山の南の山道を抜けて山陰道である国道9号に入ると、ほどなく福知山盆地が目の前にひらける。
大江山は、酒呑童子などの鬼伝説が古来から伝えられる場所。
深々としています。
大江山といえば、小式部が「大江山、生野の道の遠ければ まだふみもみず天橋立」と歌に詠んでいました。
遠くて手紙のやり取りもままならないと詠っている。
では、その頃の郵便制度はどうだったのかしらと調べてみると
平安時代の手紙のやり取りは、伝馬制のような律令の伝達経路を用いたもので、鎌倉時代になるまで飛脚のような制度はなかったらしい。
年若き小式部の歌があまりにできがよいので、丹後に住むお母さんの和泉式部に作ってもらったんだろうという邪推に、そのような秀歌で返すというのはいかにも痛快。
福知山市街
山陰道の、京都から数えて七番目の宿である福知山に着いたのが午後4時半。
国道から旧市街の方に侵入し、河岸段丘の外れの小高い丘に、臥龍城の異名を持つ城が、由良川を見下ろすように建っていました。
下の駐車場に車を置き、肌を刺すような寒風が吹き寄せる橋を渡って城に近づくと、堂々とした郭が見えてくる。
福知山城(福知山市郷土資料館) 名所・史跡
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福知山城は、はじめ明智光秀が信長の命で築城したそうです。
安土城と、いろいろ共通点が見いだされるとか。 -
明治4年に廃城になり、平図面をもとに1985年に復元されました。
復元とはいえ、比較的最近のせいか、きちんと作られているなあ。
聞くところによると、瓦一枚運動という市民の熱意が原動力になったとか。
現代の築城の第一人者、藤岡通夫氏が設計にあたる。
写真が残っていないので、外観の復元は推測による。 -
手前が小天守。
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「豊磐井」(とよいわのい)
深さが50mもあるという。
水深が37mという堂々たるもの。 -
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美しいお城と思います。
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郷土の芸術家、佐藤太清記念美術館。
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臥龍城残照
帰り際に夕陽が差し、西の空が明るく輝きました。
敷き詰められた砂利の上を、自分の陰が長く伸びてゆく。
その先に、暗い雲のたれ込める東の空を背景にした夕映えの城。
するとどこからともなく粉雪が舞ったりして、忙しい天気です。
明日はどんな天気になるのだろう。
ああ早く、つかさホテルの大浴場で暖まりたい。 -
大雪の福知山
翌朝、福知山つかさホテルの駐車場に出てびっくり。
ムーブの上には15センチくらいの雪が積もっていました。
福知山盆地は、見渡す限りの雪化粧。
暦は3月になっているのに、こんなに降るとは。
京都の桂離宮も雪景色なのだろうか。
今日の午前10時に京都の桂駅前にあるレンタカーオフィスに返さねばならないので、近くの「すき屋」で朝定食を食べるのもあきらめて、早々に出発。
道路も山々もすっかり雪景色。
国道9号線は流れているものの、運転は皆慎重にならざるを得ない。
まあ、北海道の人間ですから慣れてはいる……。
亀岡あたりまで来ると、雪はほとんど降ってはいませんでした。
雪化粧の桂離宮はなさそう……。
まだ時間があるので、桂離宮近くの和菓子屋中村軒で一休み。御菓子司 中村軒 グルメ・レストラン
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宮内庁ともお付き合いのある老舗です。
どうぞと勧められるまま奥の座敷に。 -
まるで生活空間のような座敷に5脚程の座卓が置かれている。
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焼きたてのよもぎ餅と
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赤飯も美味しそう。
そば殻で色を着けている……んだったか。
遅い朝食代わりです。 -
桂離宮
桂離宮は事前に許可を受けた観覧希望者のみ見学することができます。
宮内庁の管理する文化財は、だいたい同じ扱いですが、ずば抜けて許可を取りづらい。
いきおい、幸運にも許可通知を手に入れた人のテンションも高めです。
今回、3ヶ月くらい前に予約解禁日に申し込んでおきました。
その代わり、参観無料です。
参観は11時からなのですが10時に着いてしまい、キャンセルが出ていませんかと尋ねたところ、それは出来ません、という答え。桂離宮 名所・史跡
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一時間強の桂離宮見学ツアー
巧みな話術を操るベテランのガイドに案内され、説明を受けながらあっちこっちを見る。
頭が悪いから、聞いたことをどんどん忘れてしまう。
この門は、都から一日がかりで牛舎でしゃなりとやってくる宮様を迎える御門だったとか。
さりげなく作られているようで、いろいろと小細工がされているのです。
……なんだったか思い出せない。 -
ソテツは冬囲いがしてある。
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小堀遠州
詫びの世界観をみごとに表現したという桂離宮の作庭にあたったのは、かの小堀遠州といわれていますが、直接ではないだろうという意見もあるみたい。
まあ、いちおう小堀遠州作ということにしときましょう。
小堀遠州の師匠は利休の弟子の古田織部ですが、遠州が秀吉の小姓だった頃に千利休にも出会っているから、利休からも詫びについての何かを学んだのでしょうか。
詫びとは簡素、不足の美学だそう。
桂離宮の庭園は、隠して、容易に全容を見せない工夫が至る所に。
花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは……。
隠すのが慎み、全部見せちゃうのは無粋ということでしょうか。
銀閣もそうだなあ。
竜安寺の石庭もしかり。
建築家ブルーノタウトを感動でふるわせたという桂離宮。
一般人が見せてもらえるだけでも感謝です。
ただ、鑑賞する眼がない。 -
先ほどから見え隠れしている松琴亭(しょうきんてい)。
この庭園の中で、もっとも格の高い茶室だそうです。
主の宮が自ら茶を点てて、客をもてなす趣向。 -
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天橋立
すぐ近くを流れる桂川から水を引き、園内に大きな池が設けられている。
池には、名前が付けられていないようです。
正面には天橋立と呼ばれる造形が。
ということは、宮津湾かな。 -
天橋立に向かって洲浜と名付けられた突堤が迫り、先端に灯台に見立てた燈籠(左端)。
この庭園は、今時期に訪れるのは悪くないと思いました。 -
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松琴亭
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こういう感じかなあ……詫びって。
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福知山を襲った大雪の名残が。
ああこの雪が、私たちの運命をも狂わせることになるとは、この時はまだ知るよしもないのだった。
大した狂い方ではないけれど……。 -
この炉で茶の湯を湧かし、客をもてなす。
わざと、庭に面した縁に据えられているとか。 -
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一天にわかにかき曇り、横殴りに雪が降り付ける。
そしてまた、すぐに止む。 -
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キリシタン燈籠
17世紀の初頭に、最初にここに別荘を造った智仁(としひと)親王の奥さんが、キリシタン大名の娘だったので、この離宮にはキリシタン燈籠と呼ばれるマリアを模した燈籠が置かれているという俗説が、昭和になって登場したといいます。
父の後を継いでこの離宮を完成させたのは智忠(としただ)親王。
つまり、お母さんがキリシタンだったと言うことです。
徳川幕府が、最終的に激しく弾圧したカトリック教。
幕府による激化した禁令の背景に、ヨーロッパにおけるプロテスタントとの相剋もあったのではという意見も見られます。
当時のイエズス会は、どのような教えで人々を惹きつけたのだろう。
腐敗したローマカトリックの改革を目指し、布教活動に多くの優秀な人材を投入したという。
長く続いた戦国に疲れ果てた人々に。
燈籠はいろいろあるのだけれど、どれがどれやら。
根本に観音だかマリア像だかの彫刻が彫られているものも。 -
これも
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全部で七つあって、それがキリシタンとして処刑された宮家に使える本郷某の一族七人を弔うためだの、いろいろ言われているようです。
真相は如何に。 -
松琴亭手前のこれもそうらしい。
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これはちがうか。
織部燈籠というのだそう。 -
あちらに見えているのが笑意軒という宿泊施設を兼ね備えた茶室。
下に船着き場があり、船遊びも出来る。
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梅の花越しにこの離宮の中枢である書院群が見える。
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園林堂
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笑意軒の船着き場
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笑意軒
扁額は、智仁親王の息子であり、この桂離宮を整えた智忠親王の弟の宮の書。
親子そろって優れた文化人。
「一枝漏春微笑意」という漢詩から取ったものだとか。
春を感じる微笑みを誘う一枝とは、梅の花かもしれないとどこかに書かれていました。
ガイドの方が、扁額の下にある丸い六つの窓は、四季を表しますと説明し、しばしの沈黙。
言葉を継ぐに、なぜ六つなのか、それは質問しないで下さいとのこと。
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笑意軒のふすまの引き手は、船の櫂の形をかたどったもの。
目の前に船着き場があるのにちなんだとか。
遊び心にしても、あくまでも詫び、ということかなあ。 -
浮月(うきづき)と呼ばれるつくばい(蹲踞)。
手を洗うところですが、砂を入れてる。
中秋の名月を映して楽しんだとか。
実物ではなく、写った月を楽しむ。
だから、浮き月。
濡れ縁から眺めたのだろうか。
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時ならぬ吹雪をもたらした雲がどこかに消え、青空が広がっている。
着物を着てきたご婦人の三人連れが、ちょっと薄着だったわねえ、と後悔していましたが、眩しそうに梅に見とれている。
思わず「微笑」。 -
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書院からの眺め
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月波楼(げっぱろう)
南東に向けてひらけていて、月見用の茶屋でしょうか。
岡山の後楽園も、月を意識した庭園と聞いています。
その昔、月は人の心を惹きつけてやまなかったんだなあ。
日本の貴族の別荘が、これほど月を愛していたのに、ただ感心するばかりです。
もう少し温かくなったら、札幌の我が家でも月を愛でてみたいと思う。 -
中秋の名月
昨年、造営400年を記念してあるテレビ局が、この月波楼から中秋の名月を撮影しました。
でも、やっぱりあの畳の上に寝ころんで、肘を枕に眺めなければと思うのです。
日本酒だなあ。
ぬる燗。 -
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隠すのだけど、かといって見せないわけではない……。
夏場だと、ほんとに隠れちゃう。
ちらっと見せなきゃ。 -
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