2012/12/31 - 2013/01/04
98位(同エリア172件中)
マローズさん
[非公開の龍馬滞在所の内部見学とアニメ聖地]
大崎下島に二ヶ所ある坂本龍馬の滞在所の内、大長本郷(旧大長村中心部)の滞在所が知られるようになったのは、そんなに古いことではない。
豊町(呉市)観光協会公認の記事としては、龍馬伝放送の2010年時の季刊の島旅雑誌が挙げられる。慶応3年11月3日(龍馬暗殺の12日前)、龍馬の主導により、旧本徳寺に長州藩の桂小五郎や薩摩藩の大久保利通、土佐藩の後藤象二郎、広島藩の御手洗出身の星野文平ら13人の志士が集い、幕府に対抗するため、四藩軍事同盟の密約を結んだとされるもの。
前述雑誌に記事を寄稿した文筆家は歴史の知識がないため、この原資料である旧本徳寺の住職長男・新谷道太郎の伝記的文献を鵜呑みにして述べていたが、正式記録では、龍馬はこの日の前後、他の地にいたことになっているので、信用はできない。ただ、龍馬は数回大崎下島を訪れており、記録の空白期間に来島していたとしても不思議ではない。それに地元には龍馬らのために、寺に行って食事を用意して出した婦人たちの伝承もある。
一方、2012年、広島と愛媛県は共同で劇場アニメ「ももへの手紙」の聖地巡礼(アニメに描かれた地を巡ること)ガイドマップを作成し、アニメツーリズムを推進した。自治体が「たまゆら」より「ももへの手紙」によるツーリズムを推進したのは、このアニメが文科省の補助で製作されており、教育的視点もあるため、全年齢層に受容されると思ったからだろう。
大長地区の聖地は御手洗地区に比べると少ないが、ガイドマップ未掲載の聖地を探す等し、大長を回遊する独自探訪コースを設定した。各聖地や龍馬滞在所の解説は各写真キャプションでするとして、ここでは道順をガイドしたい。
まず車は「団地センター前」バス停西の安芸灘交流館堀ばたホール駐車場に駐車。北に大長大橋を渡って聖地の大長港を見る。その後、大橋北袂から西へ「北堀通り」を歩く。この堀の景色も聖地の一つ。
消防庫の数軒先、今村商店の「店内」が聖地。
村尾昌文堂に突き当たると南角に本徳寺参道の道標が出ているが、それは大正期、寺号を譲渡され、本堂を移築した「新」本徳寺。しかし最初はその道を行く。
昌文堂を過ぎて二つ目の左折道に折れた先のT字路が未公開聖地の一つ。
東西の道に戻ると西進を再開。Y字路を過ぎて二つ目の三叉路南西角の家「顕浄土真言宗・新谷道場」こそ、龍馬らが集った旧本徳寺。
旧寺の三叉路から一つ手前の三叉路に戻り、南東に折れる。
途中、新谷家の墓所、王子社への道しるべを左手に見送り、車道と歩道のY字路は右の歩道を行く。
再度車道に合流した先の左手山際に小さな五輪塔群があるが、これは豊臣時代、朝鮮出兵で戦死した大長村の戦死者の耳を切り取って持ち帰り、埋葬・供養したもの。
車道は北東に進み、直角カーブ先の倉庫脇から石段を上がり、南東にみかん畑の中を進む。
南谷農道に出ると左折。この農道も聖地の一つだが、少々下った先に聖地ガイドマップ表紙や映画ポスターに描かれた地がある。
荒神社の建つY字路は左に折り返し、コンクリート護岸川の手前から南の小径に折れ、すぐ先の橋を渡って西進、右折を二回し、二回、T字路を左折、右折と繰り返すと、宇津神社境内南西角の三叉路に出る。その角の飛彈商店は、アニメ自体に出てきたかどうか記憶にないが、美術設定資料には描かれている。その西の突き当たり、長屋門のある屋敷が主人公「もも」の家とその大叔父宅がある、藩政時代後期建設の「飛彈家住宅」。
飛彈家の西側の小径を南下し、「南谷長屋門通り」の三叉路に出ると南に折れる。すぐ先、左折する石段が聖地。
長屋門通りから飛彈家前に戻り、宇津神社南沿いの道を東進するが、宝物館東隣にももの母親が入院した旧越智医院(御手洗地区)が移転してきた現代的な「新」越智医院が建っている。
境内の東端近くにある福栄堂はアニメには描かれてないが、ももの大叔父が「レモン羊羹」を購入した店。その道路を挟んだ斜め向かいの雑貨店・資誠堂はアニメでは今村商店の外観として描かれた。
そこから堀ばたホール駐車場はすぐ。
車に戻ると聖地の一つでとびしま海道一の絶景地、大崎下島の最高峰・一峰寺山(449.3m)へと移動した。アニメとは展望台等の造りが違うが、多島美を誇る景色は同じ。
展望台裏の山頂には、広島県に17ある一等三角点の一つが埋設されている。
因みにももが海へ飛び込んだ橋は、高知県幡多郡大月町柏島に架かる旧柏島橋。旅行記「四国一の絶景」の登山口からほど近い。
尚、聖地巡礼はこれが最初で最後だろう。この歳(いい歳したオッサン)で聖地巡りをしたのは、十数年前、児童施設で童謡の振付をしたり、’80年代末から’90年代初頭、演歌の作詞家が主宰する同人誌に童謡詩を寄稿する等、児童文学に関心があったから。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 交通手段
- 自家用車
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大長港。アニメでは桟橋入口のアーチが木江港桟橋のものになっており、貸し自転車看板の「豊町商工会」が「汐島町商工会」になり、みかんが載った電話ボックスが貸し自転車の左横にきていた。
大長港 乗り物
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北堀
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自治体が発行した聖地巡礼ガイドマップ(無料頒布)
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今村商店
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ももと同学年である陽太の妹がしゃがんで菓子を選んでいた場所(左側)。
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妖怪「カワ」が勝手に開けていた業務用冷蔵庫は、かつて横長冷蔵庫の場所にあった。
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ももが妖怪たちに追われて逃げ回っていた際、手押し車の老婆とぶつかりそうになった場所。場所特定は「カモメはりきゅう院」の看板があったからできた。
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旧本徳寺に向かう道沿いには、藩政期の学者・進藤氏の一族と思われる旧家が残る。アニメでもこの苗字の看板のようなものが出てくる。
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旧本徳寺・・・玄関から左側の建物内部は、幕末時と殆ど変っていない。正治2年(1200)、創始となる大西善照が大長から近江国に移り住み、親鸞聖人の教化に逢い、在家のまま仏法を広める。
七代・大西弥三郎が明応6年(1497)、大長に戻り、天正元年(1573)、十代・辻本弥三郎が初めて大長に堂宇(新谷道場)を建立する。二十一代・新谷亀之進時、本徳寺に改称した。
現在無住で、龍馬に食事を作って出した越智氏(婦人)一族子孫が家屋を管理している。龍馬は乞食のような格好をしていたという。 -
龍馬はこの仏間の仏壇(右側)のリンを叩き、合掌しながら西郷隆盛と会った時のことを、新谷道太郎に語った。「西郷隆盛という男は、この鐘のような男じゃ。大きく叩けば大きく響き、小さく叩けば小さく響く・・・・。」
元来、この「鐘」は寺の梵鐘のことだと思われていたが、道太郎の伝記では仏壇のリン(寺院用の大きなタイプ)になっている。 -
龍馬も喉を潤した旧本徳寺の井戸
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耳塚
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みかん畑の中の道を上がる
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南谷農道から大長本郷を見下ろす
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この少し先が聖地マップ表紙やポスターに描かれた。
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飛彈商店
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飛彈家住宅長屋門・・・通りの名称にもなった文化財指定門
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主人公の家のモデルとなった飛彈家住宅主家。但し、アニメでは二階建てになっていた。二階部分の内部は今治市の民家を参考に描かれている。
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ももの大叔父宅のモデルとなった飛彈家住宅離れと、妖怪たちが潜んでいた庭木群。
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ももが飛び降りた石段
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大叔父がレモン羊羹を買った福栄堂
福島福栄堂 専門店
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今村商店の外観になっていた資誠堂。アニメでは店名看板の所に「ナチュラルテレビ」の看板が掛かり、右の「グロンサン」は「クロンサン」になっていた。
資誠堂 専門店
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岡村島のナガタニ展望台から見た一峰寺山
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一峰寺山の展望台から見た岡村島から大崎下島にかけての架橋群と大崎上島
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一峰寺山の一等三角点。
一峰寺山 自然・景勝地
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