2015/12/28 - 2015/12/31
140位(同エリア1652件中)
カスピ海さん
京都・奈良の元ネタのような西安。始皇帝は、徐福伝説の蓬莱の島に、まだ執着しているのかな。神化するための巨大な装置。そして、秦王は巡航する。
<旅程>
【1日目】12/28(月)
日本 関西空港 17:35→ 西安T3 21:20(春秋航空) 西安泊
【2日目】12/29(火)
ウェスティンホテル内の西安曲江芸術博物館、興慶宮公園、鼓楼、清真大寺・回民街散策、バスで秦始皇帝陵及び兵馬俑抗、鐘楼車窓観光、唐楽宮で唐代舞踊鑑賞 同泊
【3日目】12/30(水)
大雁塔大慈恩寺、碑林博物館、城壁ウォーク、南門、青龍寺、秦漢唐ショッピングモール、タクシーで空港へ XIY 22:15→
【4日目】12/31(木)
→KIX 2:35 (春秋航空) 4:00→JR大阪駅5:00 (シャトルバス)
<主な旅費>
航空券 春秋航空
宿泊 ウェスティン西安 agodaで14000円×2泊
北京がラストエンペラー押しなら、西安はファーストエンペラー押し。東アジアに生まれたものは、始皇帝の支配から未だ逃れることはできない。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- 春秋航空
-
京都、堀川通りのような塀 西安の街の坊には、塀にかこまれたところがあり、実に風流です。郊外の石油備蓄基地
西安駅からバス(7元, 1時間) 兵馬俑をめざします。 -
高層住宅があって、もくもく煙突が吹き上げる雲で冬なのに春のような霞の空
という題材で漢詩をつくって、詩聖よ(杜甫は近年忙しい)
ネットで公表されている西安市のPM2.5情報とほぼ同じと思っていいです。数値の高いところはより悪しき濃度の空気だった。 -
驪山(りざん)温泉新興タウンを通って
-
終点 兵馬俑
あっち、あっちと言われるまま歩きますが、チケット売り場までおみやげもの街を抜けて相当歩きます。 -
やっと入口
セキュリティがあって入場料120元(冬季割,通常150元)、ガイド150元(任意)
駐車場横付け度極めて低い世界遺産秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
-
さらに兵馬俑博物館まで公園を15分歩く、あるいは、遊園地のカートに乗る(5元, 2分)
なかなか着かないんだー -
あ、ども
-
いるいる、いっぱい兵馬俑
ここ1号坑
駅舎のようなかまぼこ型体育館1号・2号・3号坑と銅車馬館(宝物館)、おみやげもの館がこのエリアにあります。 -
馬もいるいる〜
なんとなく、4頭で1単位のようです。万事秦王が馬の法則 -
兵馬俑が立っている堀のところを坑といい、サイドの盛り土の上部がぽこぽこしているのは丸太を渡していた痕で、丸太の上にむしろと土をかぶせて屋根のある地下空間に収まっている状態が完成形。
ちゃんと区画ごとに部隊がいる感じなのがおもしろいですね -
あっ、あっ、あっちの人たちが、よみがえりそうです@@;!
-
午後だからか冬だからか、そんなに混んでません。写真をとるプラットフォームのところも譲り合って大丈夫なぐらいでした。
-
兵馬俑饅頭詰め合わせみたい。8千個入り。びっちり詰めました
始皇帝陵を背にして東を向いているそうです。偶然日本方向。秦は中国の西から東へ攻め進めたので、敵はいつも東からくると思っていて、こういうフォーメーション
ところどころにいる髪型がまげではなく冠の人は、部隊の指揮官で、将軍の命令を伝達しているそうです。ちゃんとストーリーがあるのですね! 最前線の鎧をつけていない人たちは、他国の捕虜で人間の楯になったり、また、弓を引いたりする兵なので、綿入りの軍服で動きやすいよう身軽にしているとか。 -
ひやぁ〜 びっちり扉前に整列
この門が突破されて敵が入って来ようものなら、速攻で全滅させる気迫に満ちたこの守り
すごいよ、ほんとすごいよ! -
後方は出土直後の形かな
粉々に砕け散っても、塵芥になっても、始皇帝を守る! -
秦軍の隊列、馬は戦車の馬車用
サイドの人は横向き、南の方角を向いてならんでいます。
やっぱり軍事大国
「国譲ってもらえる?」「いいよー」のやりとりで成立したわけでは絶対にない、自力で軍事力ですごい武器で攻め入って成し遂げたんだな、とわかる! -
赤い矢印の書かれたプレート板のところが、1番最初に井戸を掘っていて見つけた場所だそうです。1974年3月、3mの深さで出た。
また、ものすごいピンポイントで、そこを掘ったんですね!@@
背後にこんなにいっぱいいたとは
「ひとりで黄泉行くのコワイ。一緒きて」と習った記憶で「始皇帝たら、さみしがりやさん」と思っていたが、防衛省をあらわすエリアだそうです。すべての省庁が存在するのでは、という最新の研究
中央集権の神か、チン シー ファン ディQin Shi Huang Di 秦始皇帝 -
手をまるくしているのは、武器を持っていたから
射程距離が世界最長の槍、誰でも簡単にスナイパーになれる命中率殺傷率激高クロスボウ弩(ど)、弓矢に切れ味抜群の剣など恐るべき殺戮兵器を握ってた。でも、青銅製だったため、経年2200年もたず、朽ち果てました。
兵馬俑だけつくっておわるのでなく、全員にお道具持たせて、彩色して、手間ひまかけたものを、並べて配置して、最終的に埋めます。
儒学者も埋めましたが(焚書坑儒)、穴掘って埋めるのが結構すきですね。 -
「秦王さま、秦王さま、顔や髪型をひとりずつ変えるのも楽しいけど、動物の頭にしたら、エジプト神ぽくて、もっとおもしろいと思います」などとゆる提言をしようものなら、即処刑(生き埋めによる)
建設に関わった人、守秘義務+これよりいいのをつくられるの防止の為、引き渡しと同時に地下に置き去り。通路封鎖。それで長い期間、実体がわからないよ、始皇帝陵の全貌 -
秦時代に使われたのと同じ本物の粘土だそうです
テラコッタ色 -
ほっそりした人は立ち型戦車馬車の人
ローマ帝国などに近いように、だんだん思っていきました。
アレクサンドロス大王とイメージかぶってしまう秦始皇チン シー ファン Qin Shi Huang -
午後の兵馬俑
手になにか持っていた人のなかには、攻撃や退却の合図のための、鐘や太鼓をたたいていた人もいたとか。
西安の京城内も、城壁の門の開門に鐘楼、閉門に鼓楼で打ち鳴らしていたとかで、鐘と鼓が一対で陰陽完結するのかな。 -
後方は修復途中の人たち
こんな3Dパズル、やっぱり歳月がかかりますよね -
現物は彩色がほどこされて、漆塗りで保護もしていたということで、乾漆像(興福寺 阿修羅像など)に近い質感だったのかな
緑の服、黒い鎧に赤いスカーフ、黒い靴etc...肌色も8色程ファンデーション(?)の色をぬり分けていたとか -
精巧なつくりで、私が知っている中国製じゃないです。
秦の製品、かなりきちんとしている
型はパーツごとに数10種ほどあって、組み合わせて使っているようだとわかってきた。細部はオーダーメイド -
ダウンのポケットに手をつっこんでコーヒーを飲んでいるぐらい自然体な俑
中国人はここへくれば必ず自分に似た顔に出会えるとか。 -
馬もドック入り
それまでの王も俑を埋めたそうだが、人形ほどの小型で、後世の漢の王も小さいサイズなので、始皇帝だけが異常にデカイ俑で発注したそう。(兵馬俑工場も近くにあったはず)
サイズを大きくすることの困難さは、日本史で奈良の大仏のことを習って予想できるので、俑の巨大化に成功したことはすごいと思います。しかもすべてが大量生産 -
彩色あと
土から出すと僅かな時間で退色し消えてしまうので、保存する技術の進歩を待って、出土する俑の色を固定していく予定だとか
また何年か後には、あたらしい発見や展示が増えているでしょう、という、進化し続ける博物館。次の世代に託すスパンの世界遺産 -
3号坑
軍隊の司令本部機関、ということです。
余談ですが、秦の機構図にはエンターテイメント庁もあり、踊る俑やジャグリング、サーカス戯芸俑などが出て、始皇帝は、シルクドソレイユ的雑技団を楽しんでいたんだって。(そんな面があったと知らなかったので意外でした)
現在の中国の観光目玉が、始皇帝プロデュースで継続しているようで、おもしろい。自転車の曲乗り俑も出土するかも? -
1号坑より倍ほど深さがある。動物の骨など生け贄にされたものも出たとか
上部には木製で宮かなにか建っていたのかな
偉大な武運神としての始皇帝神殿を思わせるよ -
ただね、維持ができない。B.C221年統一、210年没、206年滅亡。
持続する中央集権システムは、後続の漢が得意そうです。改良型秦=漢王朝なのか
統一へ向け進軍していた輝やかしい時代を再現、勝ちまくる戦の作戦を練り続けている房 -
*おたのしみコーナー*
レプリカを並べて後ろは絵ですが、兵士の間に入って記念撮影ができます!
自分のカメラで撮るなら10元 おもしろいのでやってみました。
将軍のあいだに立つのと、しゃがんでクロスボウ兵士のあいだと2ポーズ
触ってみることができるのもおもしろい体験です。
そして、気付いてしまいました。ここのレプリカ軍は型でつくったようで、同じ顔のものが複数あったりで、ちょっと気持ち悪いです。ロボットみたいで、弱く脆い印象。
本物しか知らないときは、ひとつずつ全部違えてることが、過剰なリアル追求で不自然に思っていました。でも、自然界において人類が生き残るために遺伝子レベルでやってきた多様性の例を表現しているように見えて、兵馬俑がすべての人に感動を呼び起こす仕掛けだと感じました。 -
見学休憩におみやげショップ館に寄ります。彩色兵馬俑が欲しかったが、塗り方が雑でえっ??と見返す中国製物体でやめて、ふつうのグレイの無地にしました。100元/1個 自分でアクリル絵の具で塗ろう。
値段は大きさと粘土のうわぐすりの種類で異なります。本物の粘土液に浸したのとかが高い。シーズンでも変動すると言っていた。夏高冬安らしいが
このときは展示品を見ていなかったのですが、気になった銅の馬車の馬。これを小型化した製品もあり、馬はバラ売りでも可で、ほしいなと思いましたが、ほんとうに銅でつくられていて、重い。。ので見るだけ。
あるかと思った以下のものはざーっと見ただけですが、なかったような。兵馬俑チョコ、兵馬俑チェス、兵馬俑ベビーカステラ -
次は2号坑
-
ダダーっと広い空間。畝に丸太がのって埋まっている出土直前の状態
城壁を思わせる壁と土台が砦風で、幻想の咸陽宮遺跡的景観 -
武器シリーズ
クロスボウ弩の矢 あのね、矢先が三角錐になっていて、すごく威力が出る形にしてあるそう。日本の鏃は、平べったい形だと思うので、これは、刺さったら大変だ。 -
彫刻風ですばらしいですね 1体まるごと壊れていないで出土した奇跡の俑だそう
ここから状態がいいVIP俑展示がはじまります。ガラスケース入り
ほんとうに芸術作品です。兵馬俑工房の弟子でなくて熟練のマイスターの作品という感じ -
細部まで丁寧につくってあります
-
大将軍 ジェネラル
偶然スターリンぽい風貌。大柄だし(平均身長180cmのところ197cm!)鎧のデザインがすてきで背中側もものすごく凝ったつくりで、ほれぼれする。ほんとうに中国の人がつくりましたか?
大将軍は今のところ6人ほど出て、そのほとんどが、2輪の戦車に乗り、大きな青銅製の鐘が傍らにあるのだそう。鐘は、全軍突撃!命令の合図に打ち鳴らすのです!!
ガイドさんは、手の下に刀剣を立てて持っていたと言っていました。
甲冠は、尾が2つある鳥がモチーフで(下の図参照)、勇猛かつ軍事的功績をあげた武将の証とか。勲章なんですね。手のポーズと指はなにかのサインなのか、まだはっきりしないそうですが、もう大将軍が武神でいいんじゃないでしょうか。
日本だと四道将軍の位置づけかな。秦が戦って勝った6国との戦闘や代表的なバトル時の将軍がモデル? -
彩色大将軍 オリジナルカラーのジェネラル
紫色の服に鎧。グリーンのタッセル、赤でトリミングって、秦軍の制服、格好いいですね!
大将軍、色ヲ好ム (カラフル好きって意味ですから; )
《図はウェスティンホテルでもらった観光地図、探索西安Discover Xianより》
紫は発色が難しく相当高度なケミカルの知識を持っていたとわかると。
どんな科学技術集団がつくったんだ、兵馬俑 -
馬が、やけにリアルでカメラ目線で撮影され中。愛想いいね Hey, 馬 Yo〜
日本の埴輪と違い土台をうずめて設置しないので足下は平板な形。四川地震のあと、倒れては大変と取り付けた支え棒が今は後ろにある -
刀が洗練された形です
我が国の弥生時代の刀とまったくちがうメーカーのようです。
銅と錫の複雑な層の合金で、メッキのようなコーティングで錆びてない。
文字が刻印されていて気になったのですが、刀工名と製造年だとか -
持っているお道具類
-
咸陽の宮殿でトラウマになりそな始皇帝的故事
1.母が父帝時代からの宰相である愛人と結託して、殺しにかかってきた。(中国のお母さんコワイ。非聖母にもほどがある)
2.友人のふりをした暗殺者に殺されかけ、護衛もおらず、自分で戦って九死に一生
3.即位の時に泰山で捧げものをした玉盤を、神さまの使いだと称する者が返しにきた。
悪政に神がNOと言う、それならば自分が神と同等になったらどうだ?
そんな動機と、人はいかにして神と同格に並び得るか、をいつも考えていた神仙思想家の思いがクロスして現実化した施設なのかな。
ご神体となるには、それ相応の条件があるだろうが、始皇帝は統一実績で審査OK。これなら神化に適任と見込まれたように思う。 -
山の稜線が城壁風できれいです
-
銅車馬館 (宝物陳列庁)
青銅製で、2分の1の模型
始皇帝は馬車に乗って領土を巡幸する旅をしていたとかで(逆参勤交代)、死後も魂魄はこれに乗り、領地を駆け巡っているのか。余談ですが、諸子百家の人たちも中国内をうろうろ遊説していたよ。
これは先導の馬車
ギリシャ神話のアポロンの太陽の車をイメージしました。 -
後ろにもう一台あり、始皇帝は、それに乗っているらしい
神秘的にしようと暗めの照明で演出。写真うつりません(T T)
じつは、実際に国土を巡幸していた旅の途中で亡くなったので、ちょっと幽幽感も漂う。
荒野をゆく幌馬車の雰囲気。でも実際は皇帝専用の高架道路を敷いて、そこを走っていたそうな。
中国では天の神さまは、太一(北極星)のまわりを北斗七星の馬車に乗って夜な夜な駆けていると考えられていたので、馬車が身近なんですね。軌道上に天の道路があると見ていたのかな。
秦はアジアぽい要素が思っていたよりも少なく、中国の元祖は洋風でも通用しそうなこんななのかと発見 -
馬具の展示 シンプルなデザインで、これも日本の出土品とは購入したメーカーが違うようす。
金製品も。どの金属も純度が高く、溶接の技術もすごいそう。 -
出口まで歩いてもどり、おみやげモール街を抜けて。
ガイドさんは特産の翡翠を売りたかったようだが、日本人は翡翠に熱狂しないことも知っていて、「時間があれば、おすすめしたい品があったのですけど」と数回言って、名残惜しそうだったが、そのまま通り過ぎました。
ガイドさんとはここでお別れ。利発そうな中国の娘さん。謝謝。ガイドはみな近辺の村の住人だということで、元締めのおみやげもの館の経営陣が村の有力者といった構図か。
入場したときのチケットを見せてシャトルバスに乗り、5分ほど。始皇帝陵のゲートをくぐって、見学に行きます。 -
陵エリア案内板
2重の塀にかこまれて、東西には要塞型区画付き門City Gateまであって、センサーで地下を調査すると、いろいろ大掛かりな施設があるようだとわかってきて図示してある。
これ要注意! 一応標識があり順路はわかるのですが、公開されている以外は、地下にあるということなので、行ってみても、なんとか址のプレートがある平地だったりします。 -
これは、チケットの裏面に書いてあった案内図です。
(そのときは気付かなかったのですが;)
上の図を90度横にした形ですが、右上と丘の右下角近く緑色の吹き出しがついたエリアがあるのがわかりますでしょうか。その2カ所が、公開されている坑のようです。このチケット裏の図が最新情報が更新された案内図と思われるので、これに沿って見学に行けば大丈夫です。
あと、ややこしかった方角。→の向いている方ってふつう北Nですよね。これ、よく見るとSってなっていて、南です??
四方をきっかり定める中国と思っていたが、やられた感が。。
兵馬俑館がある方角が東という鉄則をおぼえよう。 -
みんなについて歩いて10分強
単なる墓ではないですよね、ここまでやるということは。後世の中国皇帝経験者のための地下宮殿より、トータルでなにか語ろうとしているような
始皇帝が神格化するための装置、始皇帝神殿なのかな -
秦始皇帝陵 チン シー ファン ディ リン
ピラミッド型の北辺を、西に向かって行く -
遥拝所のような
背後のピラミッド型四角錐の人工の丘の、地下深くにおわしますらしい。
内部奥底に宮殿が再現され、幕屋の周囲には水銀の川と水銀の海。生前から水銀を摂取してご神体化準備済。そこには大秦帝国の模型もあるという。
天井には宝玉、真珠、宝石であらわした中国星座の天文図。水銀の海に映って、無重力空間にいるような浮遊感かも
全部、神仙思想家のプラン。この神秘家のことをよく知らないので、どういう状態か、こんなに近くにいてもまったく情報がとれません。。水銀はある種のバリア、シールド効果があるのか?! -
マウントの頂上、真ん中が少しくぼんでいるのがわかりますか。実は数年前まで、上まで登れる道がつけらていたとか。なぜかは知らないですが、閉鎖して、周囲にあった公園も埋めちゃっていると@@。
1度つくって、埋める、というのが中国伝統のお家芸なのですね。日本だと、海に流すのがそれにあたるかな -
ピラミッド山のまわりも城壁で囲んでいたらしい
内城垣建筑基址 The Ruins of Inner City Walls 地下都市設計 -
こちら側にもなにかつくって埋めた後がずーっと広がっているようですが。
始皇帝の夢というか周りにいた神仙中華思想家の夢なのか。
現代も、毛沢東を初代とする王朝のような国家体制なので、中国をまとめあげる力学の源があるのだとは確信します。 -
始皇帝の功績で、複数の漢字が使われ不便だったから、共通文字で統一、漢字の一元化をはかったと習いましたよね。
ここに、秦始皇帝陵 と書いてある文字が、統一フォント、首相の李斯(りし)がつくった小篆、篆書体です (兵馬俑博物館入口の額もチケットも全部そうなってた@@!)
私は、実際この文字を知らなくて、デザイン性の高い文字だったんだな、と、このときは思っていました。 -
でも、秦始皇ご指定の、小篆、篆書体、じつは、とても身近なものでした。
パスポートに印字された
日 本 国 旅 券
この字体です!
今も律儀に使い続ける私たちを、かわいと思って、旅行に支障がないよう先導して! -
マウント部
地下の宮殿の空間の上に、階段ピラミッド状の建造物と盛り土で山にしていった。
マグマの位置に本体を埋めて、始皇帝式発電所 -
奥にみんなについて歩く。これが城壁だったところの上(本体は地下)を歩いていることになるのでしょうか。奥にも跡や公開されている俑の展示室があるということでしたが、足が痛くて断念。銅車馬が出たあたりまで行って戻ります。
庭園風 並木道壁。まさに壁で何も見えない地下感覚、1周1時間強。
もう1つ外周にカート道が走っているので、入口付近にある乗り場から乗って(15元)、ぐるっとまわるのが得策だったかと。
総工費はいくらか検討もつかないが、大掛かりな施設建設が好きな始皇帝。晩年のプロジェクトが、徐福東渡「蓬莱の島上陸作戦」 -
陵の裏の奥山
徐福ジュフー東渡伝説
なぞの神仙士徐福は、数百人のボーイズ&ガールズを船に乗せ、中国の東海岸から東の海へ漕ぎ出した。蓬莱の島に生える不老不死の薬草を持ち帰る使命。ただし、そのあと皆がどうなったのか、だれひとり帰ってきたものはいない。
船版ハーメルンの笛吹きのような話には続編があって、和歌山県のある地方で、佐賀県で、徐福の一団が到着したという伝説が残るとか。
日本に着いたの? 蓬莱の島だったり黄金の国ジパングだったり、忙しいですね、日本列島は。大陸の人の幻想の中に存在する島か、うちの国は -
徐福は魔導士的な方士で、いつ出航すれば無事に着くか、いろいろな海岸にあえて分散して着くようにルートを決めるなど、もちろん天候も計算づくで旅立ったとか。(そういう情報は遣唐使の人に教えてあげてください!)
飛行機で一緒だった西安の人も、この伝説を知っていて、始皇帝が領土を拡大して青島のあたりで海に達した時、さらに東に富士山の蜃気楼を見て、「あっちが蓬莱!」と確信したとか。
東方移民か中華神秘主義拡散目的かもしれないけれど、おそらくそれぞれの沿岸の地方は、上陸を許可したと思われ。(紀元前200年代の話ですから)
熱望した蓬莱方面からやってきた私は、秦始皇のどこか純粋な面とつながるような気がして、攻撃はされないようだった。 -
始皇帝は、どうも山にはいらっしゃらないような。お留守かな。
なんだかんだ言っても、日本も影響を受けた中国文化の核だから -
柿子餅 1個2元
揚げたてはくれないで、そのとなりのを包んだ。
もちもちしたアメリカンドッグの衣のかんじで、おいしかった。ただね、中身がほぼ無い空洞さだったよ。
このあたり遺跡が出る前は、柿の木の園が広がっていたそうです。柿源郷(?) -
入口に停まっていたバスに乗って西安駅へもどる
夕日がかかってきました。もしかして外周を歩いていると、ダイヤモンド始皇帝陵が見えるポイントがあったのかな。あるはずですよね。当然、日の出時にも。
それで、この時、あ、始皇帝が帰ってきた、と思ったのですが。^ ^;
夕日と共に帰ってきた?? もしかして、太陽の馬車に乗って、毎日巡航しているんじゃないのかな、大秦帝国の領空を。
日中は太陽と共に馬車に乗って運行。
夜は陵の地中深く、北極星の下で眠る。昼夜逆転のドラキュラみたい
という題材で漢詩をつくって、「秦王飲酒」の李賀よ! -
1時間15分で帰ってきた。
北京から八達嶺(万里の長城)へ行くより近くて、気軽な遠足でいいですね。観光資源メーカー、始皇帝の投資は利益をもたらし続ける。
あの馬車の車輪は、終わらないなにか、巡るなにかを表すのかな。北極星をほぼ永劫にまわる天帝の車(北斗七星)の順行も、中国星座図の内規の円で囲まれたなかにあり、1年中見える星座が天の京城のなかにあると考えていたようです。きっと、極点や北の空を観察してうまれた宇宙観なのでしょう。
星星と地の間に自らの身を投じて、王を引退してからも天と領土をつなぐ役目を負う契約。超終身雇用制。皇帝を称するとはそういうことなのかも
<おまけ> 兵馬俑、お城の中庭で軍事訓練(無音)
https://www.youtube.com/watch?v=f-p3gwLoluA
秦王軍、色ヲ好ム (カラフル好きって意味です)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ムロろ~んさん 2016/02/06 17:10:24
- 私も撮ってみたかった〜
- カスピ海さん
こんにちは、ムロろ〜んです。
兵馬俑に行かれた旅行記を拝見しました。
レプリカですけれど、記念写真撮れるところがあるのですね。
そうそう、私が行ったときは普通の見学できるところより下まで降りられて像の近くまで写真が撮れる有料ゾーンがありましたよ。
行かなかったけどねf^_^;。
迫力ある風景が見れて良かったです。
それぞれの表情、見ていて面白いですよね( *´艸`)。
ムロろ〜ん(-人-)
- カスピ海さん からの返信 2016/02/06 21:53:50
- RE: 私も撮ってみたかった〜
- ムロろ〜んさん
こんばんは。
いつもあたたかいコメントを書いてくださってありがとうございます!
> レプリカですけれど、記念写真撮れるところがあるのですね。
2号と3号坑とにありました。
ムロろ〜んさんは、お背が高いし、衛兵さん経験者ですから、きっと並ぶといいかんじに栄えそうで、撮ってほしかった〜と私も思います。
> そうそう、私が行ったときは普通の見学できるところより下まで降りられて像の近くまで写真が撮れる有料ゾーンがありましたよ。
> 行かなかったけどねf^_^;。
えええ、行かなかったんですか。。本物と対決してほしかったです。
> それぞれの表情、見ていて面白いですよね( *´艸`)。
すごく面白かったです!
ぜんぜんゆるくないんですね。日本のちょいゆる埴輪兵よりかなり大きいし^ ^
最初にすすめてくれたムロろ〜んさんにはほんとうに感謝です。
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