2016/01/03 - 2016/01/03
291位(同エリア388件中)
滝山氏照さん
鎌倉時代当地域は上総国山辺荘成東郡と呼ばれ、安貞元年(1227)、千葉氏に属した印東(いんとう)氏の所領となり印東四郎によって成東城(なるとうじょう、千葉県山武市成東町)が築城と伝えられています。
その後一時期廃城となりましたが享禄3年(1530)に千葉勝胤(ちば・かつたね、1471~1532)が再築して息子の胤定(たねさだ)が入城します。
天正18年(1590)いわゆる小田原征伐では千葉氏は北条氏に属していたため秀吉派遣軍の攻撃を受け成東城は落城、同年徳川家康が関東入部後は石川康通(いしかわ・やすみち)が2万石を以て入城、更に関ケ原合戦での軍功により3万石が加増されます。
慶長6年(1601)康道の美濃国大垣転封に伴い青山忠成(あおやま・ただなり、1551~1613)が入城するも元和6年(1620)武蔵国岩槻へ転封し成東城は廃城となります。
愛宕曲輪(推定本丸)に立っている説明板には三項目に分けて記載されています。
「 城 跡 遺 構
(1)(成東城)城跡の特色
この成東城跡は、自然地形の要害性を巧みに利用した丘陵式城郭で、直線連郭の遺構形態からみて中世戦国期のものと推定される。その遺構は愛宕神社の付近を主郭部(本丸)として、元昌寺裏山の富士見台にかけて展開するが、土塁(土居)・空堀などの防御施設も非常に堅固で戦国期築城の特色を如実に示している。
(2)愛宕曲輪(推定本丸)
本丸跡と推定される愛宕曲輪は、東南に急な断崖を控え三方に土塁をめぐらし、城之内曲輪との間は二重の空堀によって区画されている。曲輪の西隅に祀られている愛宕神社は、享徳元年(1452)10月、城内火坊の守護神として勧請されたと伝承される。また神社の付近からは、明応九年(1500)在銘の中世板碑や室町時代の墓塔・人骨が出土しており、現在は町立歴史民俗資料館に収蔵されている。
(3)城之内曲輪(推定二の丸)
第二郭と推定される城之内曲輪は、50メ?トルの等高線で囲まれて方形にちかい曲輪で、周囲は全部空堀で囲まれている。東南部の堀には低い土塁があって、そこから急崖になっている。曲輪の西隅には比高約2メ?トルの土壇があって、櫓台の跡と推定される。天神山から富士見台にかけての外曲輪の跡は、土塁・空堀・櫓台の跡と防御施設が存在したが、昭和46年以降、宅地の造成工事によって多くの遺構が消滅している。
昭和53年3月 成東町」
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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JR成東駅
千葉からは従来の総武線に加えて大網経由の東金線直通ルートも開発されて交通の要所として利便性が高まっています。 -
礎
戦時中の惨事により殉職した人々の記憶が風化しないよう石碑を配しています。 -
成東城跡遠景
遠景ですが正面丘陵の右側が開発されて住宅(富士見台団地)と化しそれまでの城跡が消滅している状況が見てとれます。 -
城跡公園入口案内板
左折のルートと直進のルートがありますが、自分は階段を登る直進ルートを選択します。 -
城跡公園入口
階段を登り切ってすぐ左に城跡公園入口が見つかります。 -
城跡公園案内
案内板には城郭に関する記載がなく、どこに行ったらいいのか判らず、それではということで「芝生広場」に行くことにします。 -
「芝生広場」方向
このまま階段を上ります。 -
二郭広場
階段を上り切ると平坦な広場が視野に入ります。周辺はあずま屋がある他説明板等は見当たりません。(後刻説明板で二郭であることがわかりました) -
市街展望
二郭東端部から市街を一望します。 -
二郭広場
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二郭土塁
二郭南端部には土塁が走っています。 -
二郭空堀
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二郭堀切
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二郭土橋
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堀切右側
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堀切左側
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主郭虎口
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主郭土塁左側
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主郭土塁右側
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イチオシ
主郭跡
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愛宕神社
主郭西側に配されている愛宕神社は「火防の守護人」として祀られています。 -
愛宕神社社殿
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愛宕神社御祭神
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主郭跡
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城跡遺構説明
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城郭縄張
縄張図では主郭と二郭を隔てる二重の土塁が施されています。. -
神木
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市街展望
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市街展望
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近隣案内板
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イチオシ
主郭跡広場
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主郭土塁
主郭の西側にも土塁が配されています。 -
主郭土塁
愛宕神社の背後(主郭に西側)にも土塁が配されています。 -
主郭風景
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西側虎口
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西側土塁
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空堀
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北側虎口
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土塁
北側虎口を過ぎると土塁にて囲まれた郭が見られます。 -
愛宕曲輪北側下腰郭(手前)
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腰曲輪(奥方向)
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腰曲輪階段
腰曲輪奥に設置の階段を上って愛宕曲輪付近に出ます。 -
堀底路
愛宕曲輪を離れ堀底路を歩いて堀之内(推定二郭)の外周を廻ります。 -
堀之内曲輪空堀
東方向の空堀は形状が崩れて埋まっている様子です。 -
堀之内曲輪西側下堀底路
手前の北側から南に走る堀底を進みます。左側は堀之内曲輪(推定二郭)、右側は住宅に隣接する土塁となっています。 -
南側堀底路
更に西側から南側にカ−ブする堀底路を歩きます。 -
堀切跡
右は三郭方向左は堀之内(推定二郭)方向、まず自分は右方向を進みます。 -
堀切跡
公園化に伴って疑似石積みの通路を進みます。 -
土塁と二郭
左側には長手の土塁で囲まれ、中央部は公園化されて小さな小屋と共にスポ−ツ施設が見えます。 -
三郭跡
小屋の先はテニスコ−トになっています。 -
堀之内(推定二郭)方向
堀之内方向を振り返ると通路を確保するため一体化された土塁が分断されているようです。 -
土塁中腹からの展望
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土塁中腹からの展望
更に三郭跡のテニスコ−ト方向を一望します。 -
土塁中腹からの展望
分断された土塁のトップから堀之内曲輪方向を捉えます。 -
堀之内(推定二郭)
三郭から先程の堀之内方向に戻り空堀の状況をチェックします。左側の薮化した空堀を見ながら通路を進みます。 -
堀之内(推定二郭)空堀
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住宅側土塁
土塁の向こうは切削された住宅となっています。 -
残された土塁と住宅
南側から北に向けて見ると土塁の大部分が削られている状況が見て取れます。 -
愛宕曲輪
西側から土橋を経て愛宕曲輪の北部を捉えます。 -
愛宕曲輪北部
再び愛宕曲輪北部分に入り、そして北端の通路を右折して城山を降ります。 -
下り路
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下り路
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下り路
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成東城跡入口
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成東城内堀
城跡跡を流れる水路はかつての城跡を囲む内堀であったかもしれません。 -
作田川
成東城の外堀としての役割を果たしています。
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