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9月1日の夜。<br />青春18きっぷの使用期限が迫っているにも関わらず、まだ3日分も残していた。<br />暦を見れば、使える日は9月2日、8日、9日の3日のみである。<br />と言うことは、すべての日で利用しないと使い切らないことになる。<br />とりあえず、明日2日の行き先を練る。<br />天気も良さそうだし、竜胆が見頃に近づいていると言う草津白根に行こうと思い、支度をして就寝した。<br />ところが、朝目が覚めると、やけに外が明るい。<br />始発の高崎線に乗るため、5時には起きなくてはいけないのだが、時計を見ると、なんと6時半を過ぎていた。<br />しばらく呆然としていたが、とりあえず駅に向かい、先に来た6時57分発の上野行きに乗車し、車内で旅先を捻り出すことにすうる。<br />そして、思い浮かんだのは大原のホテイアオイの花だった。<br />上野駅から東京駅へ向かい、8時21分発の千葉行で房総の玄関口千葉駅へと向かう。<br />その時は、夏のような暑さが戻ってくると言う天気予報のことなど、この時はまったく忘れていた。<br /><br />(2021.09.05投稿)

残暑厳しき房総へ ~大原から一宮へ~

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2007/09/02 - 2007/09/02

28位(同エリア388件中)

旅行記グループ 【上総国】

8

42

旅猫

旅猫さん

9月1日の夜。
青春18きっぷの使用期限が迫っているにも関わらず、まだ3日分も残していた。
暦を見れば、使える日は9月2日、8日、9日の3日のみである。
と言うことは、すべての日で利用しないと使い切らないことになる。
とりあえず、明日2日の行き先を練る。
天気も良さそうだし、竜胆が見頃に近づいていると言う草津白根に行こうと思い、支度をして就寝した。
ところが、朝目が覚めると、やけに外が明るい。
始発の高崎線に乗るため、5時には起きなくてはいけないのだが、時計を見ると、なんと6時半を過ぎていた。
しばらく呆然としていたが、とりあえず駅に向かい、先に来た6時57分発の上野行きに乗車し、車内で旅先を捻り出すことにすうる。
そして、思い浮かんだのは大原のホテイアオイの花だった。
上野駅から東京駅へ向かい、8時21分発の千葉行で房総の玄関口千葉駅へと向かう。
その時は、夏のような暑さが戻ってくると言う天気予報のことなど、この時はまったく忘れていた。

(2021.09.05投稿)

旅行の満足度
3.0
観光
3.0
グルメ
4.5
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 千葉駅9時10分発の安房鴨川行に乗り、大原駅を目指す。<br />房総では、まだまだ懐かしい顔に出会える。<br />4人掛けの席を独り占めにし、しばらく車窓の旅である。<br />茂原駅で小休止し、後から来た特急列車に道を譲る。<br />車窓には、稲刈りをしている農家の方たちの姿が見える。<br />房総の収穫の秋は、やはり早い。

    千葉駅9時10分発の安房鴨川行に乗り、大原駅を目指す。
    房総では、まだまだ懐かしい顔に出会える。
    4人掛けの席を独り占めにし、しばらく車窓の旅である。
    茂原駅で小休止し、後から来た特急列車に道を譲る。
    車窓には、稲刈りをしている農家の方たちの姿が見える。
    房総の収穫の秋は、やはり早い。

  • 10時33分に大原駅に到着。<br />降り立つと、焼け付くような暑さである。<br />夏の房総そのままだ。<br />この駅に降り立つのは初めてだ。<br />とりあえず、海へと向かうことにした。

    10時33分に大原駅に到着。
    降り立つと、焼け付くような暑さである。
    夏の房総そのままだ。
    この駅に降り立つのは初めてだ。
    とりあえず、海へと向かうことにした。

    大原駅

  • 一応、地図を観て、大聖寺と言う寺を探す。<br />その途中の裏道で見つけた照願寺と言う寺に立ち寄る。<br />照願寺は、清和源氏の流れを汲むと云う高沢式部大輔氏信による開基。<br />氏信は、浄土真宗の祖親鸞聖人の弟子となり、この寺を建立したそうだ。<br />慶大では、紅白の百日紅がちょうど見頃だった。

    一応、地図を観て、大聖寺と言う寺を探す。
    その途中の裏道で見つけた照願寺と言う寺に立ち寄る。
    照願寺は、清和源氏の流れを汲むと云う高沢式部大輔氏信による開基。
    氏信は、浄土真宗の祖親鸞聖人の弟子となり、この寺を建立したそうだ。
    慶大では、紅白の百日紅がちょうど見頃だった。

  • 大聖寺を発見できないまま、いつしか港近くまで来た。<br />港に向かって右手に、石造りの鳥居が見えたので行ってみることにする。<br />その手前には、屋根瓦が美しく、艶やかな紅色の建物があった。<br />商店だったのか、今は人が住んでいる気配がなかった。

    大聖寺を発見できないまま、いつしか港近くまで来た。
    港に向かって右手に、石造りの鳥居が見えたので行ってみることにする。
    その手前には、屋根瓦が美しく、艶やかな紅色の建物があった。
    商店だったのか、今は人が住んでいる気配がなかった。

  • 鳥居を潜り、階段を登ると、右手に広場のようなところがあった。<br />そこにあった案内板によると、そこは八幡岬という景勝の地で、江戸時代以降、数多くの文人墨客が訪れたそうである。<br />歌人の佐々木信綱、画家の黒田清輝、竹久夢二などが、この地を題材にした作品を残しているそうであり、片隅に建っていた石碑には、好んで訪れたと言う歌人若山牧水の歌が刻まれていた。

    鳥居を潜り、階段を登ると、右手に広場のようなところがあった。
    そこにあった案内板によると、そこは八幡岬という景勝の地で、江戸時代以降、数多くの文人墨客が訪れたそうである。
    歌人の佐々木信綱、画家の黒田清輝、竹久夢二などが、この地を題材にした作品を残しているそうであり、片隅に建っていた石碑には、好んで訪れたと言う歌人若山牧水の歌が刻まれていた。

    八幡岬 自然・景勝地

  • その広場からは、眼下に丹ヶ浦を見渡すことが出来た。<br />若山牧水らも、この風景を目にしたのだろう。<br />この日は、台風の影響で海が荒れていた。

    その広場からは、眼下に丹ヶ浦を見渡すことが出来た。
    若山牧水らも、この風景を目にしたのだろう。
    この日は、台風の影響で海が荒れていた。

  • 八幡岬の場所は、戦国時代には小浜城と言う城があった場所だそうだ。<br />本丸跡らしい場所には、八幡神社と言う社が建っていた。<br />

    八幡岬の場所は、戦国時代には小浜城と言う城があった場所だそうだ。
    本丸跡らしい場所には、八幡神社と言う社が建っていた。

  • 参拝後、参道からは、眼下に大原漁港が眺められた。<br />港町らしい風景である。

    参拝後、参道からは、眼下に大原漁港が眺められた。
    港町らしい風景である。

  • 神社の脇からは、波立つ太平洋も望めた。<br />その景色は、銚子にも負けないようなものだった。<br />水平線も、微かに丸みを帯びていた。

    神社の脇からは、波立つ太平洋も望めた。
    その景色は、銚子にも負けないようなものだった。
    水平線も、微かに丸みを帯びていた。

  • 八幡岬を後にして、大原漁港へと向かう。<br />途中には、古い民家がちらほらと見られた。

    八幡岬を後にして、大原漁港へと向かう。
    途中には、古い民家がちらほらと見られた。

  • 港へ出ると、台風に備えてか、漁船が陸に上げられていた。<br />青い空が広がり、港らしい風景である。<br />それにしても、暑い。<br />こんなに暑くなるとは思わなかった。<br />やはり、山に向かうべきだったと、少し後悔し始めたのであった。

    港へ出ると、台風に備えてか、漁船が陸に上げられていた。
    青い空が広がり、港らしい風景である。
    それにしても、暑い。
    こんなに暑くなるとは思わなかった。
    やはり、山に向かうべきだったと、少し後悔し始めたのであった。

  • 市場らしき場所では、漁師の夫婦が談笑をしている。<br />長閑な休日の漁港風景であった。

    市場らしき場所では、漁師の夫婦が談笑をしている。
    長閑な休日の漁港風景であった。

  • 港には、漁船と言うより、工作船のような船も繋がれていた。<br />何を獲る漁船なのか、かなりの大物なのだろう。

    港には、漁船と言うより、工作船のような船も繋がれていた。
    何を獲る漁船なのか、かなりの大物なのだろう。

  • 港の一角で、地元の子供たちが釣りをしていた。<br />通りかかったお年寄りが、「釣れたか?」と大きな声で訊くと、「たくさん釣れたよ!」と元気な答え。<br />世代を超えたふれあいが、まだここにはある。

    港の一角で、地元の子供たちが釣りをしていた。
    通りかかったお年寄りが、「釣れたか?」と大きな声で訊くと、「たくさん釣れたよ!」と元気な答え。
    世代を超えたふれあいが、まだここにはある。

  • 港に面して、古い木造の建物があった。<br />漁具を保管する倉庫のようなものらしく、それぞれの戸には、漁船の名前が書いてあった。

    港に面して、古い木造の建物があった。
    漁具を保管する倉庫のようなものらしく、それぞれの戸には、漁船の名前が書いてあった。

  • 港から、細い路地を歩いて帰る。<br />古い町並みではないが、歴史を刻んできた記憶が残っている。

    港から、細い路地を歩いて帰る。
    古い町並みではないが、歴史を刻んできた記憶が残っている。

  • 途中に、ぽつんと取り残されたように、古い家が建っていた。<br />房総では、以前よく見かけた民家であるが、最近はかなり減っている。<br />その民家の脇には、支柱が木製の街路灯も立っていた。<br />そこだけ、時が止まってしまったかのようである。

    途中に、ぽつんと取り残されたように、古い家が建っていた。
    房総では、以前よく見かけた民家であるが、最近はかなり減っている。
    その民家の脇には、支柱が木製の街路灯も立っていた。
    そこだけ、時が止まってしまったかのようである。

  • 歩いていると、廣田神社と言う社があった。<br />室町時代に摂津国の廣田神社から勧請されたという由緒を持つそうで、今の社殿は明治18年に建立されたものだそうだ。<br />港町らしく、航海と漁の守護神である事代主命が祀られているそうだ。

    歩いていると、廣田神社と言う社があった。
    室町時代に摂津国の廣田神社から勧請されたという由緒を持つそうで、今の社殿は明治18年に建立されたものだそうだ。
    港町らしく、航海と漁の守護神である事代主命が祀られているそうだ。

  • 帰り道、往きに見つけることが出来なかった大聖寺を発見。<br />境内へ入ると、目の前に渋い御堂が見えて来た。<br />国の重要文化財である大聖寺不動堂である。<br />正確な建立年が分からないそうだが、室町時代のものらしい。<br />漁師の妻が海中で発見した不動明王を安置したのが始まりと云われ、別名『波切り不動』と呼ばれているそうだ。

    帰り道、往きに見つけることが出来なかった大聖寺を発見。
    境内へ入ると、目の前に渋い御堂が見えて来た。
    国の重要文化財である大聖寺不動堂である。
    正確な建立年が分からないそうだが、室町時代のものらしい。
    漁師の妻が海中で発見した不動明王を安置したのが始まりと云われ、別名『波切り不動』と呼ばれているそうだ。

    大聖寺不動堂 寺・神社・教会

    重要文化財に指定されている艶やかな紅色の御堂 by 旅猫さん
  • その大聖寺の裏手に大聖寺堰と言う池のような場所があった。<br />畔に建つと、大聖寺のこんもりとした緑も見え、なかなかの景色だ。<br />この池にホテイアオイの大群落があると聞いていたのだが、その淡い紫色の花は見えない。

    その大聖寺の裏手に大聖寺堰と言う池のような場所があった。
    畔に建つと、大聖寺のこんもりとした緑も見え、なかなかの景色だ。
    この池にホテイアオイの大群落があると聞いていたのだが、その淡い紫色の花は見えない。

  • 探してみると、僅かに花が咲いていた。<br />写真で見た、水面を覆い尽くすような群落は無くなってしまったようだ。<br />南米原産の外来種で、水質浄化などの目的で導入されることがあるが、繁殖力が旺盛過ぎ、悪臭などの問題があるので、最近は駆除され始めているのだろう。

    探してみると、僅かに花が咲いていた。
    写真で見た、水面を覆い尽くすような群落は無くなってしまったようだ。
    南米原産の外来種で、水質浄化などの目的で導入されることがあるが、繁殖力が旺盛過ぎ、悪臭などの問題があるので、最近は駆除され始めているのだろう。

  • 駅へ戻る途中、道端に変わったものを見つけた。<br />大原警察署が設置した交通安全のためのもの分かるが、他の土地では見たことが無く、硝子窓の中には、時計が置かれていた。

    駅へ戻る途中、道端に変わったものを見つけた。
    大原警察署が設置した交通安全のためのもの分かるが、他の土地では見たことが無く、硝子窓の中には、時計が置かれていた。

  • 駅前の道沿いには、瓦屋根の渋い床屋もあった。<br />いかにも住居兼店舗といった佇まいで、とても調和が取れていた。

    駅前の道沿いには、瓦屋根の渋い床屋もあった。
    いかにも住居兼店舗といった佇まいで、とても調和が取れていた。

  • 駅近くの踏み切りを渡る。<br />線路の先にも、見知らぬ街がたくさんある。<br />旅人にとって、鉄路のある風景は旅情と郷愁を感じる場所である。<br />大原駅へと戻ったが、まだ時間が早い。<br />改札脇に置いてあった時刻表を見ると、大原から5つ目に『上総一ノ宮』と言う駅があり、その駅名に惹かれたので訪れてみることにした。

    駅近くの踏み切りを渡る。
    線路の先にも、見知らぬ街がたくさんある。
    旅人にとって、鉄路のある風景は旅情と郷愁を感じる場所である。
    大原駅へと戻ったが、まだ時間が早い。
    改札脇に置いてあった時刻表を見ると、大原から5つ目に『上総一ノ宮』と言う駅があり、その駅名に惹かれたので訪れてみることにした。

  • 12時40分発の上り千葉行に乗り、上総一ノ宮駅で下車。<br />駅に置いてあった案内書を見ると、駅から10分ほどのところに、駅名にもなっている上総国の一宮である玉前神社があるので、とりあえずそこへと向かう。

    12時40分発の上り千葉行に乗り、上総一ノ宮駅で下車。
    駅に置いてあった案内書を見ると、駅から10分ほどのところに、駅名にもなっている上総国の一宮である玉前神社があるので、とりあえずそこへと向かう。

  • 玉前神社へ向かう途中、とある店の前で天日干しの干物を見つけた。<br />あまりにも美味しそうだったので、しばらく見惚れていると、店の人の視線を感じて我に返った。<br />獲物を狙う猫の目になっていたのかもしれない。

    玉前神社へ向かう途中、とある店の前で天日干しの干物を見つけた。
    あまりにも美味しそうだったので、しばらく見惚れていると、店の人の視線を感じて我に返った。
    獲物を狙う猫の目になっていたのかもしれない。

  • さらに歩いて行くと、立派な土蔵造りの民家があった。<br />明治時代中期に建てられた寿屋本家と言う商家の店舗だったものらしい。<br /><br />※現在、喫茶となっています。

    さらに歩いて行くと、立派な土蔵造りの民家があった。
    明治時代中期に建てられた寿屋本家と言う商家の店舗だったものらしい。

    ※現在、喫茶となっています。

  • 玉前神社門前の交差点まで来ると、角に『角八本店』と言う和菓子屋があり、その店先にあった『みかん大福』と書かれた看板に目が留まった。<br />気になったので立ち寄り、ひとつ購入した。<br />食べるのは後回しにして、まずは参拝することにする。<br />

    玉前神社門前の交差点まで来ると、角に『角八本店』と言う和菓子屋があり、その店先にあった『みかん大福』と書かれた看板に目が留まった。
    気になったので立ち寄り、ひとつ購入した。
    食べるのは後回しにして、まずは参拝することにする。

    御菓子司 角八本店 グルメ・レストラン

    みかん大福がおすすめ by 旅猫さん
  • 境内の石段を登り、拝殿で参拝。<br />その建物は黒塗りで、とても印象的な社殿だった。<br />この神社の創始は明らかではないらしいが、平安時代にはかなり重きをなした社だったそうで、祭神は、玉依姫命だそうだ。

    境内の石段を登り、拝殿で参拝。
    その建物は黒塗りで、とても印象的な社殿だった。
    この神社の創始は明らかではないらしいが、平安時代にはかなり重きをなした社だったそうで、祭神は、玉依姫命だそうだ。

    上総国一之宮 玉前神社 寺・神社・教会

    上総国一之宮 by 旅猫さん
  • 参拝後、境内を散策する。<br />朱色の神楽殿は、年に七度奏でられる千葉県指定無形民俗文化財『上総神楽』に因むものだそうだ。<br />『上総神楽』は、江戸神楽の源流とされる土師流の神楽師によって伝授されたと言うもので、300年近い歴史を持つ神楽だそうだ。<br />その手には、御神木の『いす』の木もあった。<br />まんさく科の樹で、『なんじゃもんじゃ』とも呼ばれる。

    参拝後、境内を散策する。
    朱色の神楽殿は、年に七度奏でられる千葉県指定無形民俗文化財『上総神楽』に因むものだそうだ。
    『上総神楽』は、江戸神楽の源流とされる土師流の神楽師によって伝授されたと言うもので、300年近い歴史を持つ神楽だそうだ。
    その手には、御神木の『いす』の木もあった。
    まんさく科の樹で、『なんじゃもんじゃ』とも呼ばれる。

  • 拝殿の後ろ側に回り込むと、朱色の玉垣と本殿を観ることが出来た。<br />現在の建物は、江戸中期の貞享4年(1687)年に再建されたで、千葉県指定有形文化財に登録されているそうだ。

    拝殿の後ろ側に回り込むと、朱色の玉垣と本殿を観ることが出来た。
    現在の建物は、江戸中期の貞享4年(1687)年に再建されたで、千葉県指定有形文化財に登録されているそうだ。

  • 境内を出たところで、『みかん大福』を食べてみる。<br />容器を開けてみると、そこには丸い餅のようなものが出て来た。<br />持ってみると柔らかいが、とても冷たかった。<br />がぶりと噛み付いてみると、なんと中にはみかんが丸ごと入っていた。<br />それは、皮を剥いたみかんを冷凍したものだった。<br />柔らかい餅と、その冷たい食感が絶妙な味わいを醸し出し、一度で気に入ってしまった。

    境内を出たところで、『みかん大福』を食べてみる。
    容器を開けてみると、そこには丸い餅のようなものが出て来た。
    持ってみると柔らかいが、とても冷たかった。
    がぶりと噛み付いてみると、なんと中にはみかんが丸ごと入っていた。
    それは、皮を剥いたみかんを冷凍したものだった。
    柔らかい餅と、その冷たい食感が絶妙な味わいを醸し出し、一度で気に入ってしまった。

  • 玉前神社の近くに、小さな門が建っていた。<br />天台宗上総五山のひとつ観明寺の四脚門で、江戸初期の建築とのこと。<br />一宮町の指定文化財で、町内最古の建物だそうだ。<br />江戸の一時期領主だった堀氏の家紋『沢瀉(おもだか)』が付いていた。

    玉前神社の近くに、小さな門が建っていた。
    天台宗上総五山のひとつ観明寺の四脚門で、江戸初期の建築とのこと。
    一宮町の指定文化財で、町内最古の建物だそうだ。
    江戸の一時期領主だった堀氏の家紋『沢瀉(おもだか)』が付いていた。

  • 観明寺の境内には、一宮町の指定文化財で、江戸時代に鋳造された『銅造地蔵菩薩坐像』が野晒しで安置されていた。

    観明寺の境内には、一宮町の指定文化財で、江戸時代に鋳造された『銅造地蔵菩薩坐像』が野晒しで安置されていた。

  • 本堂は、鉄筋コンクリート造りのようである。<br />その堂内には、左甚五郎の弟子・井上円徹の作と伝えられる『地獄極楽図』の欄間が収められているそうだが、観ることはできなかった。<br />享保3年(1718)に再建された旧本堂に施されていたもので、九十九里浜に漂着した檜材に彫られたものだそうだ。

    本堂は、鉄筋コンクリート造りのようである。
    その堂内には、左甚五郎の弟子・井上円徹の作と伝えられる『地獄極楽図』の欄間が収められているそうだが、観ることはできなかった。
    享保3年(1718)に再建された旧本堂に施されていたもので、九十九里浜に漂着した檜材に彫られたものだそうだ。

  • 近くには、安永8年(1779)に製作された『水屋』が保管されていた。<br />作者不明だが、かなり精巧な造りらしいので観てみたかったが、覆屋の隙間から覗いてもよく見えなかった。<br />その左手には、平成7年の改修の際、天井から延享5年(1748)の墨書が見つかったと言う金比羅堂も建っていた。

    近くには、安永8年(1779)に製作された『水屋』が保管されていた。
    作者不明だが、かなり精巧な造りらしいので観てみたかったが、覆屋の隙間から覗いてもよく見えなかった。
    その左手には、平成7年の改修の際、天井から延享5年(1748)の墨書が見つかったと言う金比羅堂も建っていた。

  • その金比羅堂の傍らに、元禄9年建立の庚申塔があった。<br />町内最古のもので、町の指定文化財だそうだ。

    その金比羅堂の傍らに、元禄9年建立の庚申塔があった。
    町内最古のもので、町の指定文化財だそうだ。

  • 観明寺からさらに歩くと、一宮城址に出た。<br />一宮城は、南北朝時代に築城されたと云うが、詳細は不明のようである。<br />豊臣秀吉の小田原征伐の際に落城した房州四十八ヶ城のひとつで、廃城後は一宮藩の陣屋が置かれたそうである。<br />城址からは、一宮の市街地が眺められた。

    観明寺からさらに歩くと、一宮城址に出た。
    一宮城は、南北朝時代に築城されたと云うが、詳細は不明のようである。
    豊臣秀吉の小田原征伐の際に落城した房州四十八ヶ城のひとつで、廃城後は一宮藩の陣屋が置かれたそうである。
    城址からは、一宮の市街地が眺められた。

    一宮城址(城山公園) 名所・史跡

  • 城址の一角には、最後の藩主加納遠江守久宣の墓があった。<br />日本農政の父と言われるほど、明治・大正期を通じて活躍したらしい。<br />駅へと戻り、時刻表を見ると、上り列車が来るまで40分ほどあった。<br />どこかで休憩しようと駅前へ出たら、『氷』の旗が揺れている駅前食堂然とした店があったので、暑さから逃れるためにそこに入った。

    城址の一角には、最後の藩主加納遠江守久宣の墓があった。
    日本農政の父と言われるほど、明治・大正期を通じて活躍したらしい。
    駅へと戻り、時刻表を見ると、上り列車が来るまで40分ほどあった。
    どこかで休憩しようと駅前へ出たら、『氷』の旗が揺れている駅前食堂然とした店があったので、暑さから逃れるためにそこに入った。

  • そして、迷わずかき氷を注文。<br />店内は、パイプ脚のテーブルに丸椅子、短冊形の手書きの品書きもが壁に貼ってあり、昭和の香りが濃厚に漂っていた。<br />しばらくして入ってきた地元のおじいさんが「イチゴくれぇ」と一言。<br />一生懸命食べている姿が微笑ましかった。

    そして、迷わずかき氷を注文。
    店内は、パイプ脚のテーブルに丸椅子、短冊形の手書きの品書きもが壁に貼ってあり、昭和の香りが濃厚に漂っていた。
    しばらくして入ってきた地元のおじいさんが「イチゴくれぇ」と一言。
    一生懸命食べている姿が微笑ましかった。

  • そして、14時40分発の千葉行に乗車。<br />特急『わかしお』号が先に出発し、こちらはのんびりと後を追う。<br />急がない旅では、鈍行列車が一番である。<br />蘇我駅で、内房線から来た快速列車に乗り換え、錦糸町駅から秋葉原駅へと向かうはずだったのだが、疲れと心地良い揺れのせいで、東京駅まで乗り過ごしてしまった。

    そして、14時40分発の千葉行に乗車。
    特急『わかしお』号が先に出発し、こちらはのんびりと後を追う。
    急がない旅では、鈍行列車が一番である。
    蘇我駅で、内房線から来た快速列車に乗り換え、錦糸町駅から秋葉原駅へと向かうはずだったのだが、疲れと心地良い揺れのせいで、東京駅まで乗り過ごしてしまった。

  • 青春18きっぷをだったのが良いのか悪いのか、思いがけず東京駅まで来てしまったので、途中下車し、馴染みの『bar Bar Tokyo』へ寄り道。<br />磐梯朝日山系の伏流を使っている『アウグスビール』を呑み、旅の締め括りとなった。<br />寝坊したことで急遽訪れた房総だったが、色々発見のある旅だった。<br />『みかん大福』は収穫であったし、最後に麦酒も呑めたことでもあり、悪くない一日であった。

    青春18きっぷをだったのが良いのか悪いのか、思いがけず東京駅まで来てしまったので、途中下車し、馴染みの『bar Bar Tokyo』へ寄り道。
    磐梯朝日山系の伏流を使っている『アウグスビール』を呑み、旅の締め括りとなった。
    寝坊したことで急遽訪れた房総だったが、色々発見のある旅だった。
    『みかん大福』は収穫であったし、最後に麦酒も呑めたことでもあり、悪くない一日であった。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • salsaladyさん 2021/09/10 10:23:15
    昭和30年ころのデジャブ~
    ☆2007年~何をしてた頃かしら?房総の里は15年前も昭和の香りを漂わせる懐かしさが~九十九里の砂は減っても、人々の暮らしはあまり変化無し?

    ☆JR曽我からすぐ行けそうなのに、そこから先がタイムスリップした世界だなんて~

    ☆京都大原と違って、現実の日差しの暑さを感じる足跡でしたね.ビールが旨そう!

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2021/09/11 07:28:49
    RE: 昭和30年ころのデジャブ?
    salsaladyさん、こんにちは。

    書き込みありがとうございます。
    房総半島は、結構長閑で昭和が感じられます。
    千葉は、北西側だけが都会で、後は田舎です。
    都心からすぐなのに、旅気分が味わえる貴重な場所です。

    でも、夏は暑い。。。
    旅猫
  • シベックさん 2007/09/28 01:02:48
    波切り不動
    旅猫さん、こんばんは。

    〜なぜか大原〜見せていただきました。
    どの写真を見ても暑そうですね。お疲れ様でした!
    海辺や港は、海からの風で少しは過ごしやすかったかと・・。
    港の小さな釣り人と、お年寄りの会話がほほえましいですね。
    建物拝見していてハッとし気になったのは、「波切り不動」という名前でした。
    実は私の田舎にも「波切神社」があり、似てる・・と。
    どちらも漁師町で、昔から漁村は交流があったと聞きますから、
    繋がっているのかも知れませんね。
    ちなみに田舎の神社は「なきり神社」です。

       シベック

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2007/10/01 08:39:01
    RE: 波切り不動
    シベックさん、こんにちは。
    お返事が遅くなりごめんなさい。

    あの日は、ほんとに暑かったです。
    海風は、真夏と比べると涼しかったですが、
    日差しがあまりにも強くて、焼け石に水といった感じでした(笑)

    >港の小さな釣り人と、お年寄りの会話がほほえましいですね。
    この時が、一番時間の流れがゆったりしていたようです。

    シベックさんの田舎にも「波切」というお社があるのですね。
    九十九里沿岸にも、まだ同じような神社があるそうです。
    「波を切る」というのは、「波を鎮める」という意味があるのでは?
    漁の安産を願うものなのでしょう。
    漁村ならではのものですね。

    旅猫
  • momoyukiさん 2007/09/25 09:39:27
    房総は暑そう〜!!
    旅猫様

    旅行記から、まだまだ暑さが漂ってくるようですが
    房総ではもう稲刈りですか〜!!
    港町といのは、やはり心が和みますね。
    そして旅猫さんといえば、線路!
    今回の旅行記の線路も郷愁を誘う、どこか懐かしいものですね♪

    天日干しの干物もおいしそうですし
    みかん大福?!不思議な組み合わせですが
    美味しいのですか!!うう〜〜ん食べてみたいです(笑)

    それに今回はカキ氷付き!(とお約束のビール)
    やっぱり旅猫さんの旅行記好きです〜〜(*^_^*)

    momoyuki



    旅猫

    旅猫さん からの返信 2007/09/26 08:37:36
    RE: 房総は暑そう〜!!
    momoyukiさん、おはようございます!
    いつもありがとうございます。

    あの日の房総は、盛夏って感じでしたよ。
    もう暑いのなんのって(笑)

    >今回の旅行記の線路も郷愁を誘う、どこか懐かしいものですね♪
    線路には、郷愁や旅情を感じますね。
    錆びたレールや草の生えた線路なんか、特に良い感じです(^^)

    >天日干しの干物もおいしそうですし
    あの干物、帰りに買って帰ろうと思って忘れてしまいました(^^;
    美味しそうだったのに。。。

    みかん大福、おすすめですよ!
    期間限定商品ですが、今年から、通販もしているそうです。

    >それに今回はカキ氷付き!(とお約束のビール)
    暑い日には、やっぱりカキ氷が美味しいですね!
    久しぶりに食べて感動しました。

    旅猫
  • ツーリスト今中さん 2007/09/16 16:44:16
    ふふふ、続きが楽しみ!
    私は快晴の日曜日に朝5時半の目覚まし。
    台風で大人しくしているつもりの
    週末だったので金曜日からヨタカ三昧で起きられず、、、。
    で、西別岳はどうやら行きましたが(9月9日)

    旅猫さんの機転はいつもながら
    楽しみです。

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2007/09/17 19:58:47
    RE: ふふふ、続きが楽しみ!
    ツーリスト今中さん、こんばんは!
    ちょっと信州へ行っていたもので、お返事が遅れました。

    朝5時半!
    見習いたいものです(^^;

    西別岳?
    どこだろう?

    >旅猫さんの機転はいつもながら
    >楽しみです。
    とっさに思いついたまでは良かったのですが。。。
    顛末は旅行記で(笑)

    旅猫

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