2015/10/12 - 2015/10/21
121位(同エリア399件中)
ミモザさん
今日1日は盛りだくさんの観光です。ポーランド旅行のなかでミモザが一番興味があったアウシュビッツ強制収容所の見学です。
これはオプションで行かない人が2人いたので、その人達はクラクフで自由行動です。
雨はやっと止みましたが、どんよりしたくもり空、重いテーマの観光なので丁度いいかもしれません。
今までユダヤ人の迫害は、映画などで観たり聞いてはいましたが、実際にその場を訪れて詳しい説明を聞いて、展示品など見てると、改めて戦争のもたらした悲劇が心に重くのしかかってきました。
昼食後クラクフに戻り、自由行動の人達と合流したころは、青空も見えて、久しぶりに空をみたという感じでした。
気分を変えて、ヴィエリチカ岩塩抗の見学ですが、以前ポーランドに行った友人から聞いていたのですが、中はもの凄く広くいろいろな岩塩でできた彫刻には驚きました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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ポーランドのオシフィエンチムと呼ばれる場所にある収容所は、現在博物館になっており、次世代に伝えるために公開されています。入場は無料です。
この日の朝の気温は11度、昨日までの雨の水溜りが残り、どんより靄がかかっていました。 -
中に入るのは厳しいセキュリティを通過、A4サイズの手荷物しか持ち込めません。
金曜だからか大勢の見学者が来ていました。
世界各国から年々見学者は増えているようです。 -
高電圧(220v)が入る2重の有刺鉄線が収容所の厳しさを物語っています。
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この収容所の門には、あの有名な一つの言葉が掲げられています。
『労働は自由への道』。
しかし、現実はその逆で、過酷な労働のためにほとんどの囚人が3ヶ月ももたずに命を落としていきました。 -
1940年、ナチス・ドイツは、占領したポーランドの人々を収容する目的でアウシュビッツ第一収容所を建設しました。
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学生さん達も多かったです。
世界中の多くの人に見て欲しいですね。日本人はまだまだ少ないようです。 -
ポーランド南部の小さな町、オシフィエンチム。
ドイツ第三帝国時代、ナチスがアウシュビッツと名付けたこの土地に収容所が建設されたのは1940年のことである。
当初それはナチスに反抗するポーランド人の虐殺を目的としていた。が、時が経つにつれ収容所は拡張され、1−2年のうちにヨーロッパ中から集められた大量のユダヤ人を殺すための一大殺戮施設へと変貌していった。
そこでは毎日数千人がガス室に送られ、あるいは銃によって殺され、焼かれ、灰となって消えたといわれる。
やがて1945年、ドイツ敗戦によりナチスは崩壊。
収容所は開放されました。そこには痩せ細った約1000人ほどの人が残っていました。
みな栄養失調で、その後の治療でも食べ物を受けつけないようでした。 -
一部の棟は展示スペースとして公開されています。
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ガイドさんが言うには、労働力といっても、次から次と収容者がくるので、いわば使い捨て、ろくな食べ物も与えず働かせたようです。
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収容所に連れて来られた人の人数は130万人
内訳は
ユダヤ人 110万人、ポーランド人 14〜15万人、ROMA(ジプシー)2万3千人、同性愛者など
ユダヤ人の種を根絶するため子供も連れて来られた。
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これらの写真が後の裁判の時の証拠写真になったようです。
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ヨーロッパ各国からユダヤ人が連れて来られました。その地図がありました。
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ドイツが崩壊前にガス室など証拠となるものは爆破したようです。
左はガス室に残された灰。
窓のない貨車に詰め込まれ、食べ物も与えられずに過酷な移動中に亡くなった人も多いようです。 -
貨車から降ろされた人々。
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収容所に到着すると軍医により振り分けられます。
労働できる25%を残して、残りの75%は、そのまま「シャワー室」と呼ばれるガス室に直行して、虐殺されました。
女性・子ども・年寄・障害者などはガス室です。 -
選別が終わった風景。
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ガス室の模型。
1度に1500人を殺すことができる。
だんだん収容者の数が多くなり、ドイツ人の手を省くために考えられたガス室とか。 -
毒ガスとして私用されたチクロンB。 初めはこの施設の南京虫駆除のためにあったのですが、どのくらいの量が必要か人体実験もされたとか。
一缶で150人を殺すことができるとか。 -
使用されたチクロンの空き缶。
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ユダヤ人から没収した荷物を仕分けしている様子。
彼らは新天地を求めて全財産を持ってきていた。
押収された金などはスイス銀行に送られたとか。 -
着の身着のまま、荷物制限があったので、必要なものだけ持参したユダヤ人。
おびただしい日常生活品。
眼鏡の山もありました。 -
混乱が起きないよう、シャワー室に入るときに、出たら分かるように名前や住所などを書かされた鞄。
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もの凄い数の籠やカバン。
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ヨーロッパ各国から連れて来られたユダヤ人たちは、新しい住居が与えられると信じてやってきたのでしょうか?
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身の回りの品々。
さすがに女性の髪の毛の展示は撮影禁止でした。ちょつと目を覆いたくなる場所でした。髪の毛も布の補強に使われたようです。 -
私達は、4、5、10、11号棟、死のブロックやガス室など見学しました。
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死の棟、11号棟
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監視塔前の髑髏のマークが不気味ですね。
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政治犯など大した調べもなく判決が下され、銃殺刑にされたようです。中には子供もいたようです。
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隣の棟から見えないように窓を黒板で覆っていました。
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死の壁は11号棟の横にあります。
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11号棟の内部を見学しました。1階は取調室ですが、地下には牢獄があり、窓のない独房もあり、また4人がやっと立つ狭い立刑の部屋もありました。
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ポーランドのコルベ神父は、アウシュビッツ強制収容所で、餓死刑になった囚人の身代わりになり命を落としました。
1982年10月17日、マキシミリアノ・コルベ神父は、教皇ヨバネ・パウロ2世によって聖人の列に加えられた。 -
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広場には、大きな鉄棒が立っている。これは見せしめとして行われた集団絞首のための施設。
絞首台は各地の強制収容所にあるが、第一収容所のものは、一度に10名以上の絞首死刑に使われていたという。 -
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その当時監視塔からは銃を持った人が監視していた。
脱走はほとんど不可能だったようです。 -
ロシア軍に解放されて、ここで強制収容所の所長のヘスが絞首刑されたところ。
近くに所長家族が住んでいた家もありました。 -
第一収容所のガス室。
中の焼却炉は復元されたものでした。 -
バスで第二収容所のビルケナウ強制収容所に移動。
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貨車に詰め込まれた人々が連れてこられた死のゲート。
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53万坪の土地に300棟以上の被収容者棟があった第二収容所。
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トイレの棟、こんなところでトイレ、1人何秒と制限があったようです。
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ドイツ軍が馬のために造った棟だったとか。
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中央にあるものは暖房施設と言ってましたが、ほとんど暖は入れられなかったとか。
隙間風が吹き込むような木造の棟、冬は氷点下まで下がり、夏は暑く、野鼠の侵入がひどかったとか。 -
見学を終えて「何故?」という疑問が湧き上がってきます。
年間何百万人の人が訪れますが、日本人はまだまだ少ないようです。
是非実際にここで自分の目で見て何かを感じて欲しいです。
今の世界でもこれに近いことがあるのです。 歴史は繰り返してはいけません・・・ -
駐車場のすぐ前にレストランが並んでいます。見学に来た人たちのためのレストランですね。
ジュレック、ポーランドの代表的なスープでライ麦を発酵させたもの。
美味しかったです。 -
ミンタイの魚のフライ。
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クリームパイ。
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クラクフから50分ほどでヴィエリチカに着きました。
駐車場から入口までお土産屋さんが並んでいます。 -
なんか久し振りに見た空、やっぱりお天気は気持ちがいいですね(^^♪
この日は18度まで気温が上がりました。 -
13世紀中ごろから1990年代まで採掘が続いた岩塩採掘場。
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中の見学は、ある程度人数制限があるので、少し待ちました。
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先ずは378段の木の階段を降ります。だんだん目が回ってきます。
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見学できるのは、深さ64mから130m、長さ3.5km、訪問ツアーに限られています。
ここから坑内に入るのですが、500人いるガイドさんのなかで、日本語を話すのは2名。そのうちの一人のガイドさんが案内してくれました。 -
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ヴィエリチカ岩塩坑は国家事業として700年間掘り進められ、その総延長は300kmも。
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抗夫が造った彫刻。
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伝説をモチーフにした彫刻。
ポーランドの王と婚約したハンガリー王女キンガ姫が、政略結婚を嫌がり指輪を泉に捨てた。その後ヴィエリチカに強く惹かれたキンガ姫がその地に井戸を掘る事を命じたところ、中から水では無く塩と当時捨てた指輪が出てきたとされている。 -
メタンガス発生の実験。
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採掘現場の様子。
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坑道を造るため削った跡。
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蟻の巣のように針目ぐされた抗道、ガイドなしでは迷子になってしまいます。
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馬は重要な動力だったのですね。
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至る所に岩塩で出来た彫刻。
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作業が分かりやすいように模型になっています。
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事故など多くの人が亡くなっているので、礼拝堂もありました。
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深さ約100mのところには一番の見どころである見事な装飾を施された聖キンガ礼拝堂があり、磨きぬかれた階段や床、きらきらと輝くシャンデリアのあたかもガラスの結晶に見える飾りの一つ一つ、中央の祭壇、壁に彫られたレリーフにいたるまですべてが岩塩でできています。さらに驚くべきは、これらの美しい作品はいずれも、芸術家ではなくヴィエリチカの鉱夫たちの手によるものだということです。彼らは仕事の合間に、あるいは作業の安全を祈って、仕事道具のノミなどを用いて、岩塩から美しい芸術作品を彫りだしたのです。
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階段も塩なのでちょっと滑りやすいです。
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聖キンガ礼拝堂の奥にあるマリアの像。
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全て塩で出来てるなんて素晴らしいですね。
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シャンデリアも岩塩。
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壮大なスケールで驚かされます。
このヴィエリチカ岩塩抗は、世界遺産第一号になったことでも有名だとか。 -
レオナルドダヴィンチの「最後の晩餐」
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ここはカフェなどもあり、ほんと見ごたえがあります。
この礼拝堂は全長55m、幅17m、高さ12m。 -
前ローマ法王・ヨハネパウロ二世の塩の像
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地底湖
塩分濃度は30%あり、ここに入ると死海のように体が浮くようです。 -
坑内に残る木の枠組み。
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広いホールのようなところから、帰りはエレベーターで一気に上に登ります。
狭くて古いエレベーターなので、ガタガタします。
このホールでは、結婚式やコンサートなど様々はイヴェントが行なわれます。 -
ギフトショップ、塩のお土産が沢山売られていました。
見学を終えて、外に出たら暗くなっていました。 -
旧市街のレストランで夕食でした。
キュウリのスープ。 -
ポテトパンケーキマッシュルームソース。
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ゼリー菓子
明日はザモシチ観光に行きますが、お天気がどうでしょうか?
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