2015/09/19 - 2015/09/23
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azianokazeさん
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9月22日(火) 西安観光3日目 午前中は陝西省歴史博物館に出かけます。
なにせ唐代までの歴代王朝の都があったこの地の博物館ですから、質量ともに中国有数のレベルだとか。
表紙写真は、唐代の「彩絵象座塔式罐」
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9月22日(火) 夜半から降り出した雨ですが、出かける頃には殆ど止んでいました。どうせ午前中は博物館を予定していますので、天気は関係ありません。
南門を抜けて、地下鉄の駅に向かいます。 -
永寧門から小寨まで 2元(約40円)
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地下鉄駅から1kmほどで「陝西省歴史博物館」へ
10時頃だったと思いますが、長い列ができています。
基本的にここは無料なのですが、そのかわりに身分証明書(外国人の場合はパスポートなど)提示などの手続きがあります。
有料で入ればそうした手続きは不要とのことを、前日にガイド氏聞いていましたので、時間の節約のため有料コースを選択。
とは言うものの、有料チケットの窓口がよくわかりません。
「こっちじゃないよ!向うへ行って」などと言われながらオロオロ。
言われた方へ行くと、特別展示チケット売り場とか、荷物預かり窓口とか・・・。よくわかりません。
香港からの観光客のような感じのおばさんが流暢な英語で説明してくれたのですが、殆ど理解できませんでした。
よくわからないまま、とりあえずチケットらしきものを20元(約400円)で購入 果たしてこれで入れるのだろうか心配しながら入口へ・・・無事入れました。 -
館内正面ホール 国内観光客で大賑わいです。
中国人民がこんなに歴史に関心があるとは知りませんでした。それとも天気がすぐれないので、皆が博物館に集まったのでしょうか。 -
正面ホールで皆を出迎えるのは、一時的に「唐」を廃して「武周」を立てた、中国史上唯一の女帝でもある則天武后の母、楊氏の陵墓から出土した巨大な獅子像です。
本物は国宝ですが、ホールに置かれているのはレプリカのようです。 -
展示は時代順になされています。
西安を都としていた「西周」(紀元前1100年頃 - 紀元前771年)の時代の馬車・人骨の発掘の様子 これも模型です。 -
「西周」時代(多分)の青銅器
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同じく「西周」の陶磁器
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「西周」中期の貝の貨幣
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「西周」中期(紀元前10世紀中頃〜9世紀中頃)の酒盛器 日本はまだ縄文時代です。
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これも同時代のものではないでしょうか。
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同上
館内は大変な人だかりで、特に入口近いこのあたりは列をつくって展示品の前を進むような状態です。 -
始皇帝の「秦」(紀元前778年 - 紀元前206年 始皇帝在位は紀元前259年 - 紀元前210年)の時代に入ります。
始皇帝の時代は、日本では弥生時代が始まる頃ではないでしょうか。 -
2000年以上前のものとは思えない洗練されたフォルムです。
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ご存じ「兵馬俑」
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とても優美です。
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「漢」(紀元前206年〜紀元後220年)のエリア
日本で言えば、漢委奴国王印(1世紀頃?)の時代です。 -
日本にも伝わる銅鏡の類ではないでしょうか。
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「金餅」 額の大きな取引に使用された金貨の一種ではないでしょうか。
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「漢」の燭台
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これも燭台のようです。
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背面から
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楽しそうな俑です。
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漢代の兵馬俑 秦の兵馬俑に比べると随分小さく、作りも雑です。
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漢代の金細工
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一角獣 時代は「漢」だったかどうか・・・よくわかりません。
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「魏晋南北朝時代」に入ります。
後漢末期の黄巾の乱からはじまり、隋が中国を再び統一するまで、中国に王朝が割拠していた時期(184年-589年)です。
前半の後漢の滅亡の220年から西晋の統一280年までは、魏・呉・蜀 の三国が争った時代で、「三国時代」と呼ばれています。
日本では邪馬台国の卑弥呼の時代でしょう。
西晋を滅ぼした前趙が興起した304年から、439年の北魏による華北の再統一までは「五胡十六国時代」(東晋十六国時代)とも。
日本では大和朝廷の統一が進む頃ではないでしょうか。
439年から589年の隋による南北統一までを「南北朝時代」と呼ばれています。
中国歴史書に登場する「倭の五王」(5世紀)はこの頃です。 -
この時代は「五胡十六国時代」(最近では異民族差別用語としてあまり使用しないようです)と呼ばれるように、匈奴や鮮卑など異民族と文化的シャッフルが行われた時代です。
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時代は「隋」(581年 - 618年)「唐」(618年 - 690年,705年 - 907年)へ
この間、西安は歴代王朝の都でした。
日本では、奈良時代(710年 – 794年)、平安時代(794年 – 1185年)であり、遣隋使や遣唐使が派遣されました。 -
唐代
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唐三彩の駱駝
駱駝は、この時代の人々の創作意欲を随分そそったようで、いろんな駱駝が見られます。
シルクロードを通じた交易が発展したせいでもあるでしょうが、西安でも生きた駱駝が見られたのでしょう。 -
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あでやかな唐三彩があふれています。
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「なんでも鑑定団」に出せば、おいくらぐらいでしょうか・・・。
ちなみに、同番組では以前、殷の時代の青銅器に2億円の評価額がついたことがあるようです。 -
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出来の悪い美術品カタログのようでもありますが、この際割り切ってアップします。
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兵士・役人
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女性像
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唐代の女性の髪型
随分バラエティーに富んでいます。
都西安に暮らす人々の民族も多様だったと思われます。 -
北方遊牧民の影響でしょうか、騎馬・馬は重要なモチーフです。
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ペルシャから東西に伝播したポロのようです。
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先述のように駱駝は頻繁に表れるモチーフです。
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駱駝にまたがるのは西方系の人々でしょう。
でも、ちょっとユニークな顔立ちです。 -
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民族的にも多彩です。
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こちらは亀茲国(クチャ)の人のようです。ウイグルでしょうか。
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ウルムチの博物館で、トルファン・アスターナ古墳出土の、似たような十二支像を見ました。
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鎮墓獣でしょうか これもウルムチにも似たようなものがあったように思います。
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唐以後の王朝は都を東に移し、西安は政治・文化の中心からはずれていきます。
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「宋」(960年 - 1279年)のものだったような・・・違ったような・・・。
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「金」(1115年 - 1234年)の美人枕
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「清」(1636年-1644年)
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仏教文化関連のレプリカ
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唐代の「彩絵象座塔式罐」
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唐代に仏法を求めて西安から天竺を目指した玄奘三蔵(602年 - 664年3月7日)の特別展示もやっていました。
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歴史博物館ですから、近現代史の抗日戦争展示コーナーもあります。
人影はまばらでしたが。 -
西安事件(1936年)を起こした張学良と楊虎城
西安事件については「(2)楊貴妃、蒋介石、そしてファッションショー」を参照 -
中央が西安を訪れた蒋介石、右が楊虎城、後ろに張学良。
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博物館を出る頃には、雨もすっかり上がっていました。
午後は大雁塔へ行ってみます。
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