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 2015年、二年ぶりのヨーロッパ自転車旅行 (今年で、四回目になります)・・・今年の計画は、最初に、列車でフランスの南部へ向かい、昔の旅で見落とした、ロマネスクの教会や美しい村を廻ります、その後に、プロヴァンス方面に向かい、地中海沿岸をイタリアへと廻りこみ、イタリアからコルシカ島に渡って、再びフランスへ戻り、更に、ニースから北へ、ローヌ・アルプ地方やブルゴーニュを経て、パリへ帰ってくるという予定を建てました、さて、計画通りに行きますかどうか・・・?<br /> フランスと、バリを起点にした旅は、今年で四年連続ですけれど、そろそろ、今年で、フランスの旅は、最後になるかもしれません・・・そこで、フランスと言えば、何よりもまず、世界史的な大事件は、「フランス革命」だと思うので、、この最後のフランスの旅を記念して、この大事件「革命」について、少し考えながら、旅をしたいと思っております・・・こんな本を携帯しながらの旅であります。<br /><br />  「物語・フランス革命」 足立正勝著 (中公新書)<br />  「パリ五月革命 私論」 西川長男著 (平凡社)<br />  「革命について」 ハンナ・アーレント著 (ちくま学芸文庫)<br />  「資本主義の終焉と歴史の危機」 水野和夫著 (集英社新書) <br />  「近現代日本史と歴史学」 成田龍一 (中公新書)<br /><br /> ところで、ワタクシが日本を出発する直前に、自民と公明に支えられた「安部政権」は、「平和安全法制」と言う名の下に、「戦争」をするための、極めて「危険」な法律(安保法案)を、国会に上程しましたけれど・・・・皆さんは、こんな歌をご存知でしょうか・・・<br /><br />  ♪ 白を黒だと 言わせることも<br />  ♪ 所詮 畳じゃ死ねないことも<br />  ♪ 百も承知の ヤクザな稼業<br />  ♪ 何をいまさら 悔いは無い<br />  ♪ ろくでなしよと 夜風が騒ぐ <br /><br /> この歌は、1960年代後半〜1970年代にかけて一世を風靡した、高倉健主演の東映のヤクザ映画「昭和残侠伝・唐獅子牡丹」と言う映画の、劇中の挿入歌として歌われいるのですけれど・・・・高倉健は、ここで、「白」を「黒」だと、真逆な事を言わせることが「ヤクザの世界」なのだとの「自覚」を歌っております・・・・まさに、「戦争」を「平和」と強弁する「安部政権」そのものだと思うのですけれど、多分彼等には「ヤクザの自覚」は無いでしよう・・・<br /> 思えば、遥か以前より「自公政権」は、福祉の「切り捨て法」を「支援法」と言ったり、情報の「隠蔽法」を「情報公開法」などと名付けて、その「ヤクザ」の本性は見えていたのですけれど、いよいよ「安部・ヤクザ・ゴロツキ政権」に於いて、民主国家の肝である「憲法」までをも、完全に「無視」するという、完全に無法者状態の暴走を続けております・・・勿論、この先には、「自民党改憲案」と言う、オドロオドロしいモノが有り、戦前の、ある意味、未熟で幼稚な「大日本帝国」への回帰と言う、彼等 (安部晋三&日本会議・等) の、ろくでも無い、狂気の「願望」と「辻褄合わせ」が有るのですけれど・・・・この「悪夢」の「先祖がえり」だけは、何としても阻止しなくてはならないし、その為にも、今の日本のに求められる、必要な「革命」について、考えねばならないと思う今日この頃・・・・<br /><br /> 表紙の写真は、言わずと知れた「パンテオン」(フランスの偉人たちの霊廟)ですけれど、1968年の「五月革命」と呼ばれる、学生運動の舞台となった「パリ・カルチェラタン」の中心地に有ります、道路にはバリケードが築かれ、解放区が出現し、敷石は剥がされ、学生や若い労働者が、CRS(フランス版・機動隊)と激突した、そんな場所でも有りました・・・50年近くを経た今、そんな場所で、「革命」とは何なのかを考えてみたいと思います。

ツール・ド・エウロパ 2015 フランス編 1 パリ・カルチェラタンにて、「革命」について考える・・・

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2015/06/02 - 2015/06/03

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23

57

ももんがあまん

ももんがあまんさん

 2015年、二年ぶりのヨーロッパ自転車旅行 (今年で、四回目になります)・・・今年の計画は、最初に、列車でフランスの南部へ向かい、昔の旅で見落とした、ロマネスクの教会や美しい村を廻ります、その後に、プロヴァンス方面に向かい、地中海沿岸をイタリアへと廻りこみ、イタリアからコルシカ島に渡って、再びフランスへ戻り、更に、ニースから北へ、ローヌ・アルプ地方やブルゴーニュを経て、パリへ帰ってくるという予定を建てました、さて、計画通りに行きますかどうか・・・?
 フランスと、バリを起点にした旅は、今年で四年連続ですけれど、そろそろ、今年で、フランスの旅は、最後になるかもしれません・・・そこで、フランスと言えば、何よりもまず、世界史的な大事件は、「フランス革命」だと思うので、、この最後のフランスの旅を記念して、この大事件「革命」について、少し考えながら、旅をしたいと思っております・・・こんな本を携帯しながらの旅であります。

  「物語・フランス革命」 足立正勝著 (中公新書)
  「パリ五月革命 私論」 西川長男著 (平凡社)
  「革命について」 ハンナ・アーレント著 (ちくま学芸文庫)
  「資本主義の終焉と歴史の危機」 水野和夫著 (集英社新書) 
  「近現代日本史と歴史学」 成田龍一 (中公新書)

 ところで、ワタクシが日本を出発する直前に、自民と公明に支えられた「安部政権」は、「平和安全法制」と言う名の下に、「戦争」をするための、極めて「危険」な法律(安保法案)を、国会に上程しましたけれど・・・・皆さんは、こんな歌をご存知でしょうか・・・

  ♪ 白を黒だと 言わせることも
  ♪ 所詮 畳じゃ死ねないことも
  ♪ 百も承知の ヤクザな稼業
  ♪ 何をいまさら 悔いは無い
  ♪ ろくでなしよと 夜風が騒ぐ 

 この歌は、1960年代後半〜1970年代にかけて一世を風靡した、高倉健主演の東映のヤクザ映画「昭和残侠伝・唐獅子牡丹」と言う映画の、劇中の挿入歌として歌われいるのですけれど・・・・高倉健は、ここで、「白」を「黒」だと、真逆な事を言わせることが「ヤクザの世界」なのだとの「自覚」を歌っております・・・・まさに、「戦争」を「平和」と強弁する「安部政権」そのものだと思うのですけれど、多分彼等には「ヤクザの自覚」は無いでしよう・・・
 思えば、遥か以前より「自公政権」は、福祉の「切り捨て法」を「支援法」と言ったり、情報の「隠蔽法」を「情報公開法」などと名付けて、その「ヤクザ」の本性は見えていたのですけれど、いよいよ「安部・ヤクザ・ゴロツキ政権」に於いて、民主国家の肝である「憲法」までをも、完全に「無視」するという、完全に無法者状態の暴走を続けております・・・勿論、この先には、「自民党改憲案」と言う、オドロオドロしいモノが有り、戦前の、ある意味、未熟で幼稚な「大日本帝国」への回帰と言う、彼等 (安部晋三&日本会議・等) の、ろくでも無い、狂気の「願望」と「辻褄合わせ」が有るのですけれど・・・・この「悪夢」の「先祖がえり」だけは、何としても阻止しなくてはならないし、その為にも、今の日本のに求められる、必要な「革命」について、考えねばならないと思う今日この頃・・・・

 表紙の写真は、言わずと知れた「パンテオン」(フランスの偉人たちの霊廟)ですけれど、1968年の「五月革命」と呼ばれる、学生運動の舞台となった「パリ・カルチェラタン」の中心地に有ります、道路にはバリケードが築かれ、解放区が出現し、敷石は剥がされ、学生や若い労働者が、CRS(フランス版・機動隊)と激突した、そんな場所でも有りました・・・50年近くを経た今、そんな場所で、「革命」とは何なのかを考えてみたいと思います。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
50万円 - 100万円
交通手段
鉄道 自転車 徒歩
航空会社
大韓航空
旅行の手配内容
個別手配

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  •  6月2日(火) ソウル インチョン空港<br /><br /> 現在日本の、極めて悲劇的な、ユーウツな状況に思いを残しながらも、定例の「ツール・ド・エウロパ」に出発いたします・・・<br /><br /> 今回の航空会社は「大韓航空」・・・ずいぶん昔には、スパイ活動?で、ソビエト領に飛び込んだりして、撃ち落された事もある、危ない飛行機会社なのですけれど・・・今はマア、そんな心配もありません・・・この路線は、「エール・フランス」と提携しているようで、インチョンからは、飛行機も「エール・フランス」のモノに変わります。

     6月2日(火) ソウル インチョン空港

     現在日本の、極めて悲劇的な、ユーウツな状況に思いを残しながらも、定例の「ツール・ド・エウロパ」に出発いたします・・・

     今回の航空会社は「大韓航空」・・・ずいぶん昔には、スパイ活動?で、ソビエト領に飛び込んだりして、撃ち落された事もある、危ない飛行機会社なのですけれど・・・今はマア、そんな心配もありません・・・この路線は、「エール・フランス」と提携しているようで、インチョンからは、飛行機も「エール・フランス」のモノに変わります。

  •  ソウル インチョン空港<br /><br /> 乗り換え時間は二時間以上あるので、退屈しのぎの「サービス」ですね・・・韓国の音楽には詳しくないのですけれど (最近は、K-Popと言うのが有るらしいのですけど、聞いたことないし)・・・これは、昔の宮廷音楽なのかもしれません?・・・真ん中の女性が、わりと美人でした・・・ハハハ・・・<br />

     ソウル インチョン空港

     乗り換え時間は二時間以上あるので、退屈しのぎの「サービス」ですね・・・韓国の音楽には詳しくないのですけれど (最近は、K-Popと言うのが有るらしいのですけど、聞いたことないし)・・・これは、昔の宮廷音楽なのかもしれません?・・・真ん中の女性が、わりと美人でした・・・ハハハ・・・

  •  ソウル インチョン空港<br /><br /> インチョンはデカいです、成田や関空なんかより、遥かにデカい…広々としていて、構内に「ホテル」まであります・

     ソウル インチョン空港

     インチョンはデカいです、成田や関空なんかより、遥かにデカい…広々としていて、構内に「ホテル」まであります・

  •  ソウル インチョン空港<br /><br /> 香水屋さんでしょうか・・・CMの韓国美人が目についたので「パチリ・・」・・・誰なんでしょうね、有名人なんでしょうか・・・?

     ソウル インチョン空港

     香水屋さんでしょうか・・・CMの韓国美人が目についたので「パチリ・・」・・・誰なんでしょうね、有名人なんでしょうか・・・?

  •  パリ リヨン駅<br /><br /> 12時間くらいでしょうか、フランスは「パリ」に到着です、シャルル・ド・ゴール空港からは、バスで「リヨン駅」へ、ここからは歩いて、予約してある「ホテル」に行きます。

     パリ リヨン駅

     12時間くらいでしょうか、フランスは「パリ」に到着です、シャルル・ド・ゴール空港からは、バスで「リヨン駅」へ、ここからは歩いて、予約してある「ホテル」に行きます。

    パリ リヨン駅

  •  パリ ホテル・キリィヤッド<br /><br /> 最初の二泊だけ、日本で予約しておいた三ツ星ホテル「ホテル・キリャッド」・・・一泊80ユーロ以上する高級ホテルです・・・・十数時間、エコノミーに缶詰め状態でしたので、何はともあれ、体を伸ばして、今日は、寝ます、設備はたいしたことないですけれど、一応、お茶のセットは有ります・・・・部屋は清潔で機能的、ベッドも広くて・・・眠るだけですので何の文句も有りません。<br /><br /> でもまあ、評価は星★★★

     パリ ホテル・キリィヤッド

     最初の二泊だけ、日本で予約しておいた三ツ星ホテル「ホテル・キリャッド」・・・一泊80ユーロ以上する高級ホテルです・・・・十数時間、エコノミーに缶詰め状態でしたので、何はともあれ、体を伸ばして、今日は、寝ます、設備はたいしたことないですけれど、一応、お茶のセットは有ります・・・・部屋は清潔で機能的、ベッドも広くて・・・眠るだけですので何の文句も有りません。

     でもまあ、評価は星★★★

    Campanile Paris Bercy Village ホテル

  •  6月3日(水) パリ ホテル・キリィヤッド<br /><br /> 一夜明けました、ぐっすり眠って、すっきりした頭で、パリの町へ・・・今日のお仕事は。先ず自転車屋さんに行って、旅の相棒を見つけること、それから「アウステルリッツ駅」に行って、明日の為に、自転車を乗せられる列車をを予約する事・・・そのあとは、サント・ジュヌヴィエーブ(パリの守護聖女)に合いに、カルチェラタンに向かいます。

     6月3日(水) パリ ホテル・キリィヤッド

     一夜明けました、ぐっすり眠って、すっきりした頭で、パリの町へ・・・今日のお仕事は。先ず自転車屋さんに行って、旅の相棒を見つけること、それから「アウステルリッツ駅」に行って、明日の為に、自転車を乗せられる列車をを予約する事・・・そのあとは、サント・ジュヌヴィエーブ(パリの守護聖女)に合いに、カルチェラタンに向かいます。

    Campanile Paris Bercy Village ホテル

  •  6月3日(水) パリの街角<br /><br /> 毎度おなじみ、パリのカフェ・・・朝の「カフェオーレ」を飲んで、くつろぎます・・・

     6月3日(水) パリの街角

     毎度おなじみ、パリのカフェ・・・朝の「カフェオーレ」を飲んで、くつろぎます・・・

  •  6月3日(水) パリ バスティーユ広場<br /><br /> ボチボチ歩いて、自転車屋さんまで行きます、場所は「バスティーユ広場」の近くです・・・「バスティユ広場」は、勿論「フランス革命」の発祥地、元々は、この地に「バスティユ牢獄」が有りましたけど、壊されて、現在は広場になってます・・・見上げる塔は1830年の「七月革命」の記念塔です。

     6月3日(水) パリ バスティーユ広場

     ボチボチ歩いて、自転車屋さんまで行きます、場所は「バスティーユ広場」の近くです・・・「バスティユ広場」は、勿論「フランス革命」の発祥地、元々は、この地に「バスティユ牢獄」が有りましたけど、壊されて、現在は広場になってます・・・見上げる塔は1830年の「七月革命」の記念塔です。

    バスティーユ広場 広場・公園

  •  6月3日(水) パリ バスティーユ広場<br /><br /> 広場の片隅には、新オペラ座「オペラ・バスティーユ」が有ります・・・そういえば、パリの「オペラ座」の中をまだ見てなかったな〜と、思い出しました・・・キンキラなのは、写真などを見て知ってるけど・・・エッフェル塔にも上ってないし、パリのシンボルもイロイロありますけど、この二つは、やっばり有名ですよね・・・どうしようかなあ・・・?

     6月3日(水) パリ バスティーユ広場

     広場の片隅には、新オペラ座「オペラ・バスティーユ」が有ります・・・そういえば、パリの「オペラ座」の中をまだ見てなかったな〜と、思い出しました・・・キンキラなのは、写真などを見て知ってるけど・・・エッフェル塔にも上ってないし、パリのシンボルもイロイロありますけど、この二つは、やっばり有名ですよね・・・どうしようかなあ・・・?

  •  6月3日(水) パリ リシャール・ルノワール通り<br /><br /> 中古の自転車屋さんが有ったはずの場所なのですけれど・・・あれ、普通の自転車屋さんになってる?・・・中古が無い?・・・・潰れたのか?・・・・仕方がないので、近くにあるはずの「本店」の方に行ってみます・・・

     6月3日(水) パリ リシャール・ルノワール通り

     中古の自転車屋さんが有ったはずの場所なのですけれど・・・あれ、普通の自転車屋さんになってる?・・・中古が無い?・・・・潰れたのか?・・・・仕方がないので、近くにあるはずの「本店」の方に行ってみます・・・

  •  6月3日(水) パリ 自転車ショップ<br /><br /> 少し、路地を入ったところに「本店」の、中古の自転車屋さん「bicloune」が有ります。

     6月3日(水) パリ 自転車ショップ

     少し、路地を入ったところに「本店」の、中古の自転車屋さん「bicloune」が有ります。

  •  6月3日(水) パリ 自転車ショップ<br /><br /> こちらが、元々の「本店」、店の人に聞いたら、大通りの店舗は「閉じた」のだとか、あまり商売にならなかったようです・・・・でも、こちらにある自転車は、結構「高級」で、安物が無いのですね・・・・とまれ。仕方がないので、薦められるままに「高級品」を買いました・・・いつもより200〜300ユーロ、高級ですけど、格好は良いです・・・・明日受け取ることにして、次は、列車の予約に行きます。

     6月3日(水) パリ 自転車ショップ

     こちらが、元々の「本店」、店の人に聞いたら、大通りの店舗は「閉じた」のだとか、あまり商売にならなかったようです・・・・でも、こちらにある自転車は、結構「高級」で、安物が無いのですね・・・・とまれ。仕方がないので、薦められるままに「高級品」を買いました・・・いつもより200〜300ユーロ、高級ですけど、格好は良いです・・・・明日受け取ることにして、次は、列車の予約に行きます。

  •  6月3日(水) パリ アウステルリッツ駅<br /><br /> 自転車を列車に乗せて、明日はお昼過ぎに、パリ〜ブリーヴ・ラ・ガイヤルドまで、鉄道で行くつもりです・・・・列車には、自転車を乗せることの出来る便と、乗せられない便が有るようで、事前に、窓口で確認して予約した方が良いのだそうです、価格は、自転車の分も少し+になりますけれど、たいしたことは無いです。

     6月3日(水) パリ アウステルリッツ駅

     自転車を列車に乗せて、明日はお昼過ぎに、パリ〜ブリーヴ・ラ・ガイヤルドまで、鉄道で行くつもりです・・・・列車には、自転車を乗せることの出来る便と、乗せられない便が有るようで、事前に、窓口で確認して予約した方が良いのだそうです、価格は、自転車の分も少し+になりますけれど、たいしたことは無いです。

  •  6月3日(水) パリ カルチェラタン Quartier latin<br /><br /> 自転車屋さんで自転車を確保し、列車の予約も済ませて・・・本日は「カルチェラタン」を歩きます・・・メトロ(Cluny-la-Sorbonne)を出たところに、何やら古い建物の「廃墟」が有りました・・・修道院の跡でしょうか?近くには「中世・クリューニー美術館」が有ります。<br /><br /> 追記 wizさんに教えていただきました、実はこれは、ガロ・ローマ時代の浴場の跡なのだとか、クリュニー美術館の中にも、冷水浴場の跡が残っているのだそうです。

     6月3日(水) パリ カルチェラタン Quartier latin

     自転車屋さんで自転車を確保し、列車の予約も済ませて・・・本日は「カルチェラタン」を歩きます・・・メトロ(Cluny-la-Sorbonne)を出たところに、何やら古い建物の「廃墟」が有りました・・・修道院の跡でしょうか?近くには「中世・クリューニー美術館」が有ります。

     追記 wizさんに教えていただきました、実はこれは、ガロ・ローマ時代の浴場の跡なのだとか、クリュニー美術館の中にも、冷水浴場の跡が残っているのだそうです。

  •  カルチェラタン ソルボンヌ広場 Place de la Sorbonne3 &amp; Chapelle<br /><br /> カルチェラタンと呼ばれる地域は、セーヌ川(シテ島)の左岸、「カルチェ」とは「地区」、「ラタン」とは「ラテン語」の事で、ヨーロッパ各地から、この地に集まった、知識と真実を求める学生たちが、「ラテン語で話をしたことから由来するのだそうです・・・・今も「パリ大学」 (=ソルボンヌ大学)が数カ所に点在する学生の町です。<br /><br /> でも、ワタクシがこの名を、初めて耳にしたのは、50年近くもの昔の学生時代の事で、それは、1968年の「パリ・五月革命」の舞台としてであります。

     カルチェラタン ソルボンヌ広場 Place de la Sorbonne3 & Chapelle

     カルチェラタンと呼ばれる地域は、セーヌ川(シテ島)の左岸、「カルチェ」とは「地区」、「ラタン」とは「ラテン語」の事で、ヨーロッパ各地から、この地に集まった、知識と真実を求める学生たちが、「ラテン語で話をしたことから由来するのだそうです・・・・今も「パリ大学」 (=ソルボンヌ大学)が数カ所に点在する学生の町です。

     でも、ワタクシがこの名を、初めて耳にしたのは、50年近くもの昔の学生時代の事で、それは、1968年の「パリ・五月革命」の舞台としてであります。

  •  カルチェラタン ソルボンヌ広場<br /> オーギュスト・コント(社会学・数学・哲学者)像<br /><br /> 当時のワタクシが在籍していた大学は、東京・神田の駿河台にあり、其処では、「お茶の水をカルチェラタンに!」と言う言葉が、普通に語られておりました、たくさんの学生が、あちこちの道路で機動隊と衝突し、確かに一時期、一部の地域にバリケードが築かれ、大学は「カルチェラタン化」しておりました・・・ワタクシはマア、いわゆる「ノンポリ」で、政治的には「無知」な学生でありましたけれど、時々は、ヤジ馬として参加して、機動隊に追いかけられたことも・・・ハハ・・・「いったいあれは何だったのだろう?」と、その後、考えることもたびたびで、ワタクシのその後の人生に、大きな影響を与えた時代でありました・・・・

     カルチェラタン ソルボンヌ広場
     オーギュスト・コント(社会学・数学・哲学者)像

     当時のワタクシが在籍していた大学は、東京・神田の駿河台にあり、其処では、「お茶の水をカルチェラタンに!」と言う言葉が、普通に語られておりました、たくさんの学生が、あちこちの道路で機動隊と衝突し、確かに一時期、一部の地域にバリケードが築かれ、大学は「カルチェラタン化」しておりました・・・ワタクシはマア、いわゆる「ノンポリ」で、政治的には「無知」な学生でありましたけれど、時々は、ヤジ馬として参加して、機動隊に追いかけられたことも・・・ハハ・・・「いったいあれは何だったのだろう?」と、その後、考えることもたびたびで、ワタクシのその後の人生に、大きな影響を与えた時代でありました・・・・

  •  6月3日(水) カルチェラタン サン・ジャック通り?<br /><br /> 今のパリの「カルチェラタン」は、学生の町であるとともに、有名な観光地、特別に、緊張感は有りません・・・・でも、1968年に何が有ったのか、「パリ・五月革命」を読むと、その時代の雰囲気が蘇ります・・・1968年のカルチェラタンは、確かに、1970年前後の、日本に影響を与え、世界中の若者たちと繋がっていたのだと思います。

     6月3日(水) カルチェラタン サン・ジャック通り?

     今のパリの「カルチェラタン」は、学生の町であるとともに、有名な観光地、特別に、緊張感は有りません・・・・でも、1968年に何が有ったのか、「パリ・五月革命」を読むと、その時代の雰囲気が蘇ります・・・1968年のカルチェラタンは、確かに、1970年前後の、日本に影響を与え、世界中の若者たちと繋がっていたのだと思います。

  •  6月3日(水) カルチェラタン パリ大学 (=ソルボンヌ大学)<br /><br /> 西川長夫さんの「パリ・五月革命」によれば、1968年の革命運動は、パリ大学の分校「ナンテール分校」で起こった、ベトナム反戦運動の五人の学生の逮捕に対する、学生たちの抗議集会から始まったのだそうです・・・この学生たちの抗議活動に対し、学校側は警察を導入、学生たちの排除に動いたことから、運動は、ここ「ソルボンヌ」に飛び火し、やがてそれは、全フランスの学生と、若い労働者を巻き込んでの、巨大な反体制運動となります。

     6月3日(水) カルチェラタン パリ大学 (=ソルボンヌ大学)

     西川長夫さんの「パリ・五月革命」によれば、1968年の革命運動は、パリ大学の分校「ナンテール分校」で起こった、ベトナム反戦運動の五人の学生の逮捕に対する、学生たちの抗議集会から始まったのだそうです・・・この学生たちの抗議活動に対し、学校側は警察を導入、学生たちの排除に動いたことから、運動は、ここ「ソルボンヌ」に飛び火し、やがてそれは、全フランスの学生と、若い労働者を巻き込んでの、巨大な反体制運動となります。

  •  パリ大学 (=ソルボンヌ大学) サン・ジャック通り<br /><br /> 大学の建物の壁に、何やらたくさんの張り紙が貼られていますけれど、意味が良く解りません・・・「Droite」は「右」、「Uni」は「連合」、辞書で引いても、良く解りません、政治的アジテーションでしょうか?<br /><br />  1968年の五月革命は、全フランスを巻き込み、各地で労働者や市民たちが「ストライキ」でこれに参加し、ドゴール大統領の退陣を求める、反体制運動となるのですけれど、六月には、ドゴール派の逆襲を受けて、敗北する事になります・・・<br /><br /> 追記 wizさんからのお知らせです「Droite」は、「右」の意味だけでなく「正義・権利・法律」等の意味があるのだそうです・・・やっぱり、政治的な「アジビラ」のようです・・・「Uni」と言うのは、何かの政治団体の「略称」なのかも?

     パリ大学 (=ソルボンヌ大学) サン・ジャック通り

     大学の建物の壁に、何やらたくさんの張り紙が貼られていますけれど、意味が良く解りません・・・「Droite」は「右」、「Uni」は「連合」、辞書で引いても、良く解りません、政治的アジテーションでしょうか?

      1968年の五月革命は、全フランスを巻き込み、各地で労働者や市民たちが「ストライキ」でこれに参加し、ドゴール大統領の退陣を求める、反体制運動となるのですけれど、六月には、ドゴール派の逆襲を受けて、敗北する事になります・・・

     追記 wizさんからのお知らせです「Droite」は、「右」の意味だけでなく「正義・権利・法律」等の意味があるのだそうです・・・やっぱり、政治的な「アジビラ」のようです・・・「Uni」と言うのは、何かの政治団体の「略称」なのかも?

  •  6月3日(水) カルチェラタン パンテオン Pantheon<br /><br /> 「カルチエラタン」で一番有名な建物です、元々は、ルイ15世時代に、それまであって、旧くなった「サント・ジュヌヴィエーヴ教会」の代わりに建て始めらた教会なのですけれど、革命後は紆余曲折を経て、現在はフランスの偉人たちの「霊廟」になっております・・・・いかにも、18世紀風の新古典主義(ギリシャ・ローマ風)の建築です、ルイ15世によって建て始められたのですけれど、その姿は、ワタクシには、「共和制」を象徴するものとして、何の違和感も無く見えます。

     6月3日(水) カルチェラタン パンテオン Pantheon

     「カルチエラタン」で一番有名な建物です、元々は、ルイ15世時代に、それまであって、旧くなった「サント・ジュヌヴィエーヴ教会」の代わりに建て始めらた教会なのですけれど、革命後は紆余曲折を経て、現在はフランスの偉人たちの「霊廟」になっております・・・・いかにも、18世紀風の新古典主義(ギリシャ・ローマ風)の建築です、ルイ15世によって建て始められたのですけれど、その姿は、ワタクシには、「共和制」を象徴するものとして、何の違和感も無く見えます。

    パンテオン 建造物

  •  6月3日(水) パリ カルチェラタン パンテオン前広場<br /><br /> 1968年当時は、このパリの「五月革命」だけでなく、世界中で、反体制運動が存在した時代でした、東西の冷戦の時代であり、泥沼のベトナム戦争が有り、中国では文化大革命が進行していた、そんな時代です・・・すべてはもはや過去の歴史ですけれど、今振り返れば、わりと敵と味方の正体がはっきりしていたような、そんな時代な気がします・・・勿論、それほど単純でも無いし、裏はイロイロあっただろうけれど、今ほど、陰険でも卑劣でも無かったような・・・?

     6月3日(水) パリ カルチェラタン パンテオン前広場

     1968年当時は、このパリの「五月革命」だけでなく、世界中で、反体制運動が存在した時代でした、東西の冷戦の時代であり、泥沼のベトナム戦争が有り、中国では文化大革命が進行していた、そんな時代です・・・すべてはもはや過去の歴史ですけれど、今振り返れば、わりと敵と味方の正体がはっきりしていたような、そんな時代な気がします・・・勿論、それほど単純でも無いし、裏はイロイロあっただろうけれど、今ほど、陰険でも卑劣でも無かったような・・・?

    パンテオン 建造物

  •  6月3日(水) パリ カルチェラタン パリ大学 (=ソルボンヌ大学)<br /><br /> パンテオン前の広場に面した「パリ大学」です、パリ市内とその周辺には、第1から第13まで、合計13の「パリ大学」が有るのだとか・・・この建物は、第1・第2の「パリ大学」なのだとか・・・<br /><br /> 1968年当時、此処フランスの学生たちにとっての要求は、官僚的な大学の諸制度の改革であり、その延長線上に、フランスの国家体制そのものへの抗議活動として表れたのですけれど・・・・当然、その背景には、東西冷戦と、イデオロギー色の強い、「革命」への願望が有ったように思います・・・・勿論、日本でも・・・

     6月3日(水) パリ カルチェラタン パリ大学 (=ソルボンヌ大学)

     パンテオン前の広場に面した「パリ大学」です、パリ市内とその周辺には、第1から第13まで、合計13の「パリ大学」が有るのだとか・・・この建物は、第1・第2の「パリ大学」なのだとか・・・

     1968年当時、此処フランスの学生たちにとっての要求は、官僚的な大学の諸制度の改革であり、その延長線上に、フランスの国家体制そのものへの抗議活動として表れたのですけれど・・・・当然、その背景には、東西冷戦と、イデオロギー色の強い、「革命」への願望が有ったように思います・・・・勿論、日本でも・・・

  •  6月3日(水) パンテオン前広場 コルネイユの像<br /><br /> コルネイユは、17世紀フランスの劇作家。<br /><br /> 学生時代のワタクシが、全くの「ノンポリ」であったという事は、書きましたけど、友達には、その手の「セクト」に入って活動している者もおりました、その彼が、ワタシに言うには、毎日、仲間内で話していると、明日にでも「革命」が起こるような気がしてくるのだとか・・・・間違いなく、彼等は本気で、真面目に、「革命」を目指していたのです・・・でも、「革命」とは何なのか、ワタクシには、どうしても、そのイメージが湧いてこなかったのです・・・

     6月3日(水) パンテオン前広場 コルネイユの像

     コルネイユは、17世紀フランスの劇作家。

     学生時代のワタクシが、全くの「ノンポリ」であったという事は、書きましたけど、友達には、その手の「セクト」に入って活動している者もおりました、その彼が、ワタシに言うには、毎日、仲間内で話していると、明日にでも「革命」が起こるような気がしてくるのだとか・・・・間違いなく、彼等は本気で、真面目に、「革命」を目指していたのです・・・でも、「革命」とは何なのか、ワタクシには、どうしても、そのイメージが湧いてこなかったのです・・・

  •  6月3日(水) パンテオン Pantheon<br /><br /> パンテオンの内部に入ります、巨大なドームです、イタリアのルネサンス時代の建築を参考にして作られたドームなのだとか・・・何処でしょうね?<br /><br /> そもそも「革命」とは何なのか・・・当時「ソビエト連邦」は、すでに「全体主義」の独裁国家として、その「革命」の末路が悲惨なものとなっていましたし、中国もまた、その未来は、混沌としておりました、「革命」と言っても、その具体的な国家や体制に、希望は見えず・・・・ただ闇雲に、今ある、ろくでも無い国家や体制に、タダ抵抗し、否定することでしか「革命」を想像できなかったと・・・そんな気がします・・・

     6月3日(水) パンテオン Pantheon

     パンテオンの内部に入ります、巨大なドームです、イタリアのルネサンス時代の建築を参考にして作られたドームなのだとか・・・何処でしょうね?

     そもそも「革命」とは何なのか・・・当時「ソビエト連邦」は、すでに「全体主義」の独裁国家として、その「革命」の末路が悲惨なものとなっていましたし、中国もまた、その未来は、混沌としておりました、「革命」と言っても、その具体的な国家や体制に、希望は見えず・・・・ただ闇雲に、今ある、ろくでも無い国家や体制に、タダ抵抗し、否定することでしか「革命」を想像できなかったと・・・そんな気がします・・・

    パンテオン 建造物

  •  6月3日(水) パンテオン<br /><br /> ドームを支える支柱の前に置かれた、「フランス革命」を讃える「群衆像」です・・・・「自由」「平等」「友愛」そして「人権宣言」で有名な、栄光の「フランス革命」です・・・・けれど、この「フランス革命」を、その著書「革命について」の中で「失敗した革命」と語る政治哲学者がいます、その名を、ハンナ・アーレントと言います。<br /><br /> ハンナ・アーレントの著書「革命について」は、1963年に書かれたものですけれど、その中で、アーレントは、ロシア革命もまた、フランス革命を引き継ぐモノとして「失敗した革命」であると述べています・・・当時の人々が、「革命」に抱く幻想が、まだまだ生きていたこの時代、これはかなり大胆な説であり、非難の集中砲火を浴びたのだとか・・・・

     6月3日(水) パンテオン

     ドームを支える支柱の前に置かれた、「フランス革命」を讃える「群衆像」です・・・・「自由」「平等」「友愛」そして「人権宣言」で有名な、栄光の「フランス革命」です・・・・けれど、この「フランス革命」を、その著書「革命について」の中で「失敗した革命」と語る政治哲学者がいます、その名を、ハンナ・アーレントと言います。

     ハンナ・アーレントの著書「革命について」は、1963年に書かれたものですけれど、その中で、アーレントは、ロシア革命もまた、フランス革命を引き継ぐモノとして「失敗した革命」であると述べています・・・当時の人々が、「革命」に抱く幻想が、まだまだ生きていたこの時代、これはかなり大胆な説であり、非難の集中砲火を浴びたのだとか・・・・

  •  6月3日(水) パンテオン<br /><br /> 同じく、フランス革命の栄光を表す彫像、でも、20世紀に造られた、モノなのだそうです。<br /><br /> ハンナ・アーレントは、ドイツ生まれのユダヤ人の政治哲学者で、かなり個性的な人です・・・何せ、ナチス・ドイツを逃れ、フランスでは収容所暮らしも体験して、フランスがナチスに敗北した、一瞬の無政府状態をついて、フランスを脱出、ガス室送りを逃れたという、そんな経験をした人ですので、筋金が入っております。<br /> でも、「フランス革命」が「失敗した革命」だとすれば、「成功した革命」が有るのか、あるいは、「革命」とは、全て、悲惨な結果を生む「邪悪」なものなのか・・・?

     6月3日(水) パンテオン

     同じく、フランス革命の栄光を表す彫像、でも、20世紀に造られた、モノなのだそうです。

     ハンナ・アーレントは、ドイツ生まれのユダヤ人の政治哲学者で、かなり個性的な人です・・・何せ、ナチス・ドイツを逃れ、フランスでは収容所暮らしも体験して、フランスがナチスに敗北した、一瞬の無政府状態をついて、フランスを脱出、ガス室送りを逃れたという、そんな経験をした人ですので、筋金が入っております。
     でも、「フランス革命」が「失敗した革命」だとすれば、「成功した革命」が有るのか、あるいは、「革命」とは、全て、悲惨な結果を生む「邪悪」なものなのか・・・?

  •  6月3日(水) パンテオン<br /><br /> 祭壇のように見えますけど、「国民公会」と呼ばれる、これも、フランス革命を讃える、群像彫刻です、中央の立像は、革命当時の兵士や議員に囲まれている「マリアンヌ」です・・・ピントの合っていないのが、イマイチ残念です。<br /><br /> アーレントは、著書「革命について」の中で、「成功した革命」として、「アメリカ革命」について述べています、「アメリカ革命」とは、勿論、独立戦争によって生まれた「アメリカ合衆国」のことですけれど・・・此処で、大概の人は、目が点になります、アメリカに革命??・・・アーレントは延べます、アメリカにおいてもフランスにおいても、「革命」の動機は「自由への渇望」であり、アメリカ革命は、その「自由の創設」に成功し、フランス革命は、それに失敗した革命なのだと・・・そして、フランス革命の成り行きの、あまりの悲惨さの故に、アメリカは、自らの独立が、「革命」であったことを、忘却の彼方へと追いやったと・・・そして、その健忘症が、現在アメリカの、さまざまな問題を生んでいるのだと・・・・

     6月3日(水) パンテオン

     祭壇のように見えますけど、「国民公会」と呼ばれる、これも、フランス革命を讃える、群像彫刻です、中央の立像は、革命当時の兵士や議員に囲まれている「マリアンヌ」です・・・ピントの合っていないのが、イマイチ残念です。

     アーレントは、著書「革命について」の中で、「成功した革命」として、「アメリカ革命」について述べています、「アメリカ革命」とは、勿論、独立戦争によって生まれた「アメリカ合衆国」のことですけれど・・・此処で、大概の人は、目が点になります、アメリカに革命??・・・アーレントは延べます、アメリカにおいてもフランスにおいても、「革命」の動機は「自由への渇望」であり、アメリカ革命は、その「自由の創設」に成功し、フランス革命は、それに失敗した革命なのだと・・・そして、フランス革命の成り行きの、あまりの悲惨さの故に、アメリカは、自らの独立が、「革命」であったことを、忘却の彼方へと追いやったと・・・そして、その健忘症が、現在アメリカの、さまざまな問題を生んでいるのだと・・・・

  •  6月3日(水) パンテオン 天井のモザイク<br /><br /> 中央にキリストがおり、両サイドに居るのは、ジャンヌ・ダルクと、多分、サント・ジュヌヴィエーヴでしょうか・・・革命の殿堂に、イエス・キリストと言うのも意外ですけれど、元々、この建物は、サント・ジュヌヴィエーヌに捧げられた教会ですので・・・・ナポレオン三世時代には、教会に戻されたこともあるので、多分、これは、その時代に作られたものなのでしょうね・・・?

     6月3日(水) パンテオン 天井のモザイク

     中央にキリストがおり、両サイドに居るのは、ジャンヌ・ダルクと、多分、サント・ジュヌヴィエーヴでしょうか・・・革命の殿堂に、イエス・キリストと言うのも意外ですけれど、元々、この建物は、サント・ジュヌヴィエーヌに捧げられた教会ですので・・・・ナポレオン三世時代には、教会に戻されたこともあるので、多分、これは、その時代に作られたものなのでしょうね・・・?

  •  6月3日(水) パンテオン壁画<br /><br /> ギリシャ風の柱の向こう、壁面には、フランスの聖人たちの物語がが描かれています、こちらは、サント・ジュヌヴィエーヴの生涯。<br /><br /> 多分、「フランス革命」や「ロシア革命」が「失敗した革命」であるという事は、誰にもおぼろげに解る事だと思います、フランスは「恐怖政治」を生み出し、ロシアは、全体主義の収容所国家となりました、まさに、アーレントが述べる、「革命」の、最も大切な果実「自由」が、其処では損なわれているのです・・・けれど、ここで疑問が生まれます、何故「革命」は、革命の「魂」とも言うべき「自由」を失ったのか?・・・これに対し、アーレントは、極めて独創的な回答を用意しています・・・・けれど、とりあえず、今一つの疑問、では、アーレントの語る「自由」とは何なのか、と言う事について語りたいと思います。

     6月3日(水) パンテオン壁画

     ギリシャ風の柱の向こう、壁面には、フランスの聖人たちの物語がが描かれています、こちらは、サント・ジュヌヴィエーヴの生涯。

     多分、「フランス革命」や「ロシア革命」が「失敗した革命」であるという事は、誰にもおぼろげに解る事だと思います、フランスは「恐怖政治」を生み出し、ロシアは、全体主義の収容所国家となりました、まさに、アーレントが述べる、「革命」の、最も大切な果実「自由」が、其処では損なわれているのです・・・けれど、ここで疑問が生まれます、何故「革命」は、革命の「魂」とも言うべき「自由」を失ったのか?・・・これに対し、アーレントは、極めて独創的な回答を用意しています・・・・けれど、とりあえず、今一つの疑問、では、アーレントの語る「自由」とは何なのか、と言う事について語りたいと思います。

  •  パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯<br /><br /> サント・ジュヌヴィエーヴは、パリの郊外のナンテール (1968年・パリ五月革命の発火点となったところ) に生まれ、幼き頃から信心深く、オーセールのサン・ジェルマンに可愛がられ、修道女となる誓いを立てたのだとか・・・<br /><br /> アーレントにとって、「自由」とは、一般的な、「私的な自由」の事ではありません、アーレントは、それとは別の「公的自由」「公的幸福」と言う概念を、革命における、最も大切なモノであると考えます・・・それは、言わば、「政治に参加する自由」、そのことによって得られる「社会的人間としての幸福感」の事です・・・・アーレントに依れば、支配者が、己の意志に従って、己の利益を追求する「僭主制」の下では、この「私的自由」と「公的自由」の差異は意識されることも有りません、何故なら、「僭主制」とは、彼の臣民から、それらを、二つながらに奪うものだから・・・けれど、この二つの原理は、革命のさなかに見いだされ、葛藤状態に陥ったのだそうです・・・・そして、この葛藤の過程で、「革命」は徐々に「王制」を廃し、「共和制」を志向する事となります・・・

    イチオシ

     パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯

     サント・ジュヌヴィエーヴは、パリの郊外のナンテール (1968年・パリ五月革命の発火点となったところ) に生まれ、幼き頃から信心深く、オーセールのサン・ジェルマンに可愛がられ、修道女となる誓いを立てたのだとか・・・

     アーレントにとって、「自由」とは、一般的な、「私的な自由」の事ではありません、アーレントは、それとは別の「公的自由」「公的幸福」と言う概念を、革命における、最も大切なモノであると考えます・・・それは、言わば、「政治に参加する自由」、そのことによって得られる「社会的人間としての幸福感」の事です・・・・アーレントに依れば、支配者が、己の意志に従って、己の利益を追求する「僭主制」の下では、この「私的自由」と「公的自由」の差異は意識されることも有りません、何故なら、「僭主制」とは、彼の臣民から、それらを、二つながらに奪うものだから・・・けれど、この二つの原理は、革命のさなかに見いだされ、葛藤状態に陥ったのだそうです・・・・そして、この葛藤の過程で、「革命」は徐々に「王制」を廃し、「共和制」を志向する事となります・・・

  •  パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯<br /><br /> 紀元451年、アッティラの率いるフン族が、バリへ近ずいたとき、おののく人々に向かって、「神を信じ、悔い改めよ、そうすれば、パリは救われる」と説いて、人々を沈めます・・・アッティラは、そののち、方向を変えて、オルレアンへ行ったとか・・・パリの守護聖女のデビュー戦ですね・・・ラッキー!・・・一方、オルレアンは、災難。<br /><br /> 「物語フランス革命」を読むと、フランスでは当初、市民は、王制をやめるつもりはまったく無かったし、王の善良さを信頼していたことが語られています、アメリカにおいても、事情は同じで、自由と権利を求める戦いが、イギリス帝国からの離脱に至ると考えていたものは、殆どいなかったのだとか・・・・つまり、この二つの「革命」の、「共和制」の樹立へと至る道程は、まさに「革命」の中から、この「私的自由」とは別の「公的自由」・・・政治への参加と、その事による「公的幸福」への要求からから生まれたものだと、アーレントは語ります・・・

     パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯

     紀元451年、アッティラの率いるフン族が、バリへ近ずいたとき、おののく人々に向かって、「神を信じ、悔い改めよ、そうすれば、パリは救われる」と説いて、人々を沈めます・・・アッティラは、そののち、方向を変えて、オルレアンへ行ったとか・・・パリの守護聖女のデビュー戦ですね・・・ラッキー!・・・一方、オルレアンは、災難。

     「物語フランス革命」を読むと、フランスでは当初、市民は、王制をやめるつもりはまったく無かったし、王の善良さを信頼していたことが語られています、アメリカにおいても、事情は同じで、自由と権利を求める戦いが、イギリス帝国からの離脱に至ると考えていたものは、殆どいなかったのだとか・・・・つまり、この二つの「革命」の、「共和制」の樹立へと至る道程は、まさに「革命」の中から、この「私的自由」とは別の「公的自由」・・・政治への参加と、その事による「公的幸福」への要求からから生まれたものだと、アーレントは語ります・・・

  •  パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯<br /><br /> こちらは、パリがフランク族によって攻囲された時、船を使って囲みを破り、トロワからパリへと、穀物を運んだという物語・・・パリ市民は飢えを免れ、敵将のクローヴィス(メロヴィング朝の始祖)は、その勇気に、深く感じ入ったとか・・・<br /><br /> もし、「私的自由」だけで良いのなら、あるいはイギリス流の「立憲国家」で十分なのであり、支配者の権力が、ワタクシに及ばないよう、この「権力を縛る」だけで良い・・・・けれど、「革命」の中で、フランスもアメリカも、「権力を縛る」だけでなく、自ら、政治に参加する「公的自由」と、その事による「誇り≒公的幸福」に目覚め、「共和制」へと傾むいて行く事になります、まさにそれこそが、全く新しく生まれた「統治の形態」であり、「革命」の真の意義なのだと、アーレントは語っています。

     パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯

     こちらは、パリがフランク族によって攻囲された時、船を使って囲みを破り、トロワからパリへと、穀物を運んだという物語・・・パリ市民は飢えを免れ、敵将のクローヴィス(メロヴィング朝の始祖)は、その勇気に、深く感じ入ったとか・・・

     もし、「私的自由」だけで良いのなら、あるいはイギリス流の「立憲国家」で十分なのであり、支配者の権力が、ワタクシに及ばないよう、この「権力を縛る」だけで良い・・・・けれど、「革命」の中で、フランスもアメリカも、「権力を縛る」だけでなく、自ら、政治に参加する「公的自由」と、その事による「誇り≒公的幸福」に目覚め、「共和制」へと傾むいて行く事になります、まさにそれこそが、全く新しく生まれた「統治の形態」であり、「革命」の真の意義なのだと、アーレントは語っています。

  •  パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯<br /><br /> 多分、ジュヌヴィエーヴの最後の場面だと思います・・・ジュヌヴィエーヴは、死後も様々な奇跡をパリにもたらしたのだそうです・・・それについては、また後で・・・・<br /><br /> 国民や、市民自身の「公的自由」こそが、「革命」の、真の目的であり、その「肝」なのだと考えたとき、日本の「明治維新」等と言うものは、「革命」の名に値しないことは、明瞭です・・・・「公的自由」とは、誰でもが自由に「政治に参加できる」ことであり、政治制度は、それを補償する「システム」でなければならないとするならば・・・・今も、国会議員の立候補に、300万円もの供託金を支払わなけれはならない制度とは何なのか・・・国民の声を、政治に反映させるシステム「公聴会」や「タウンミーティング」等と言う、アメリカ流の政治システムを取り入れながら、それを全くセレモニーとして形骸化させている、この日本国とは一体何なのか・・・・

     パンテオン壁画 サント・ジュヌヴィエーヴの生涯

     多分、ジュヌヴィエーヴの最後の場面だと思います・・・ジュヌヴィエーヴは、死後も様々な奇跡をパリにもたらしたのだそうです・・・それについては、また後で・・・・

     国民や、市民自身の「公的自由」こそが、「革命」の、真の目的であり、その「肝」なのだと考えたとき、日本の「明治維新」等と言うものは、「革命」の名に値しないことは、明瞭です・・・・「公的自由」とは、誰でもが自由に「政治に参加できる」ことであり、政治制度は、それを補償する「システム」でなければならないとするならば・・・・今も、国会議員の立候補に、300万円もの供託金を支払わなけれはならない制度とは何なのか・・・国民の声を、政治に反映させるシステム「公聴会」や「タウンミーティング」等と言う、アメリカ流の政治システムを取り入れながら、それを全くセレモニーとして形骸化させている、この日本国とは一体何なのか・・・・

  •  パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯<br /><br /> こちらはもう一人のフランスの聖女「ジャンヌ・ダルク」の物語・・・少女時代の、羊飼いのジャンヌですね・・・背後霊みたいなのが後ろにいます・・・?<br /><br /> 日本の、明治国家と言うものは、あくまで少数支配の、寡頭制政治制度です、そして、それは今も、東京の「霞が関」や「永田町」に引き継がれています、過っては「天皇」の名の下に、そして今は「アメリカ様」の力の下に、その少数のエリートたちが、己の利権を守ろうというのが、日本の政治の現実です・・・・彼等が最も嫌悪する事は、、国民が政治にかかわる事なのです、「眠っていてほしい」と、彼等は常に考えているのです、・・・けれど、故にこそ、「革命」は可能だと、ワタクシは思う。

     パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯

     こちらはもう一人のフランスの聖女「ジャンヌ・ダルク」の物語・・・少女時代の、羊飼いのジャンヌですね・・・背後霊みたいなのが後ろにいます・・・?

     日本の、明治国家と言うものは、あくまで少数支配の、寡頭制政治制度です、そして、それは今も、東京の「霞が関」や「永田町」に引き継がれています、過っては「天皇」の名の下に、そして今は「アメリカ様」の力の下に、その少数のエリートたちが、己の利権を守ろうというのが、日本の政治の現実です・・・・彼等が最も嫌悪する事は、、国民が政治にかかわる事なのです、「眠っていてほしい」と、彼等は常に考えているのです、・・・けれど、故にこそ、「革命」は可能だと、ワタクシは思う。

  •  パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯<br /><br /> 言わずと知れた「オルレアン」の戦い、ジャンヌは常に最前線で、旗を振り兵たちを勇気づけたとか・・・・<br /><br /> アーレントに依れば、「革命」の「果実」とは、「公的自由」と「公的幸福」の事なのだから・・・一部の人間に独占されている、これ等の「自由」と「幸福」を、全ての市民や国民に開放し、補償する事、それこそが「革命」です・・・「公的自由」の実践でもある、「デモ」「集会」「結社」「団体」「選挙」「立候補」「自治」「裁判」あるいは「独立運動」etc・etc・・・・公的活動への参加と、その活動の中から、新しい「統治形態」を「創設」する事は・・・・日本でも、決して不可能ではないと、ワタクシは思う・・・小沢一郎さんは昔から言ってます、「明治以来の『統治の形』を変えることが大事」なのだと・・・日本を、普通の民主主義国家にするための「革命」に必要なものは、国民自身の、自覚だけなのです。

     パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯

     言わずと知れた「オルレアン」の戦い、ジャンヌは常に最前線で、旗を振り兵たちを勇気づけたとか・・・・

     アーレントに依れば、「革命」の「果実」とは、「公的自由」と「公的幸福」の事なのだから・・・一部の人間に独占されている、これ等の「自由」と「幸福」を、全ての市民や国民に開放し、補償する事、それこそが「革命」です・・・「公的自由」の実践でもある、「デモ」「集会」「結社」「団体」「選挙」「立候補」「自治」「裁判」あるいは「独立運動」etc・etc・・・・公的活動への参加と、その活動の中から、新しい「統治形態」を「創設」する事は・・・・日本でも、決して不可能ではないと、ワタクシは思う・・・小沢一郎さんは昔から言ってます、「明治以来の『統治の形』を変えることが大事」なのだと・・・日本を、普通の民主主義国家にするための「革命」に必要なものは、国民自身の、自覚だけなのです。

  •  パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯<br /><br /> シャルル五世の戴冠式(ランス)ですね、ジャンヌの栄光の頂点でもあります。<br /><br /> 1968年の五月、カルチェラタンに出現した「解放区」の中では、大学の改革や自治について、あるいは国の政治体制について、全ての人が自由に語り合ったのだとか、その雰囲気は、まさに、この「公的自由」の発露だったのだとワタクシは思う・・・多分、1970年前後の、日本の学生運動や、世界の反体制運動の中にも、そうした「公的自由への願い」が有ったのだと・・・当時を、振り返って、ワタクシは、そう感じます・・・しかし、運動は、敗北しました、当然、国民や市民を「私的自由」の中に押し込めておきたいという勢力は強力であったし、テレビ・映画・音楽・スポーツ・娯楽は、その為のツールとして、常に利用されていた・・・・けれども、何よりもまず、市民や学生自身も、何か、他の事に気を取られ、この「公的自由」の問題に無自覚であり、それゆえに、戦略も戦術も未熟だったのです。

    イチオシ

     パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯

     シャルル五世の戴冠式(ランス)ですね、ジャンヌの栄光の頂点でもあります。

     1968年の五月、カルチェラタンに出現した「解放区」の中では、大学の改革や自治について、あるいは国の政治体制について、全ての人が自由に語り合ったのだとか、その雰囲気は、まさに、この「公的自由」の発露だったのだとワタクシは思う・・・多分、1970年前後の、日本の学生運動や、世界の反体制運動の中にも、そうした「公的自由への願い」が有ったのだと・・・当時を、振り返って、ワタクシは、そう感じます・・・しかし、運動は、敗北しました、当然、国民や市民を「私的自由」の中に押し込めておきたいという勢力は強力であったし、テレビ・映画・音楽・スポーツ・娯楽は、その為のツールとして、常に利用されていた・・・・けれども、何よりもまず、市民や学生自身も、何か、他の事に気を取られ、この「公的自由」の問題に無自覚であり、それゆえに、戦略も戦術も未熟だったのです。

  •  パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯<br /><br /> 火刑台のジャンヌ・・・・救いは来ず・・・背後霊は何処へ行った?<br /><br /> 勿論、「私的自由」の中に閉じこもっていた方が楽だという人々は、常に多数派だと思うけれど、戦争や災害、あるいは、国家の権力が、己の好き勝手に、その権力を行使するとき、「私的自由」の主張によって、その「自由」を守る事は出来ない・・・仮に、立憲主義に基づく「憲法」が存在しても、人々の側に、「公的自由」を発揮する力と、その為の「政治システム」が無ければ、「私的自由」でさえも、必ず守れなくなります・・・アーレントによれば、アメリカでさえも、満足には、このシステムを「創設」し得なかった・・・過去の「革命」の忘却とともに、その事こそが今日の、アメリカの危機をもたらしているのだと・・・

     パンテオン壁画 聖ジャンヌ・ダルクの生涯

     火刑台のジャンヌ・・・・救いは来ず・・・背後霊は何処へ行った?

     勿論、「私的自由」の中に閉じこもっていた方が楽だという人々は、常に多数派だと思うけれど、戦争や災害、あるいは、国家の権力が、己の好き勝手に、その権力を行使するとき、「私的自由」の主張によって、その「自由」を守る事は出来ない・・・仮に、立憲主義に基づく「憲法」が存在しても、人々の側に、「公的自由」を発揮する力と、その為の「政治システム」が無ければ、「私的自由」でさえも、必ず守れなくなります・・・アーレントによれば、アメリカでさえも、満足には、このシステムを「創設」し得なかった・・・過去の「革命」の忘却とともに、その事こそが今日の、アメリカの危機をもたらしているのだと・・・

  •  パンテオン壁画 サン・ルイの生涯<br /><br /> こちらは、聖王ルイの物語です・・・<br /><br /> 最後に、「フランス革命」は、何故「失敗」したのか、その事について、アーレントの、極めて独創的な見解について書きます。<br /> アーレントは、「フランス革命」の失敗の原因は、「貧民」の存在にあったと言い切ります・・・・「革命」と言えば、労働者や貧民がブルジョワ権力を倒すものだと言う、マルクス主義的イメージを持っている人々にとって、これは全く、ともすれば「理解不能」に陥りそうな理屈なのですけれど、アーレントは、「貧民」の問題は「社会問題」なのであり、「政治システム」の問題とは無関係であると切り捨てます・・・・

     パンテオン壁画 サン・ルイの生涯

     こちらは、聖王ルイの物語です・・・

     最後に、「フランス革命」は、何故「失敗」したのか、その事について、アーレントの、極めて独創的な見解について書きます。
     アーレントは、「フランス革命」の失敗の原因は、「貧民」の存在にあったと言い切ります・・・・「革命」と言えば、労働者や貧民がブルジョワ権力を倒すものだと言う、マルクス主義的イメージを持っている人々にとって、これは全く、ともすれば「理解不能」に陥りそうな理屈なのですけれど、アーレントは、「貧民」の問題は「社会問題」なのであり、「政治システム」の問題とは無関係であると切り捨てます・・・・

  •  パンテオン壁画 サン・ルイの生涯<br /><br /> 聖王ルイは、二度の十字軍遠征を行い、いずれも惨憺たる失敗に終わったのですけれど、ローマ法王に従順だったフランス王と言う事で、ただ一人「聖」の称号を戴いております。<br /><br /> 翻って、「アメリカ革命」が、何故成功したのかと言えば、それは「貧民」が居なかった事、その事に思い惑う必要のなかった「アメリカの豊かさ」にあると述べます、当時のヨーロッパからの旅行者の記録には、数千キロの旅をしながらも、ただ一人の物乞いも存在しないと言う事が、驚きを持って語られているのだとか・・・・アーレントは、更に書きます、アメリカの豊かさは、自由な経済活動の結果、得られたものでは無く、最初から豊かだったのだと・・・翻って、ヨーロッパはどうであったか、自由な経済活動は、大量の貧民を生みだし、至る所に、困窮した人民が存在したのです・・・・

     パンテオン壁画 サン・ルイの生涯

     聖王ルイは、二度の十字軍遠征を行い、いずれも惨憺たる失敗に終わったのですけれど、ローマ法王に従順だったフランス王と言う事で、ただ一人「聖」の称号を戴いております。

     翻って、「アメリカ革命」が、何故成功したのかと言えば、それは「貧民」が居なかった事、その事に思い惑う必要のなかった「アメリカの豊かさ」にあると述べます、当時のヨーロッパからの旅行者の記録には、数千キロの旅をしながらも、ただ一人の物乞いも存在しないと言う事が、驚きを持って語られているのだとか・・・・アーレントは、更に書きます、アメリカの豊かさは、自由な経済活動の結果、得られたものでは無く、最初から豊かだったのだと・・・翻って、ヨーロッパはどうであったか、自由な経済活動は、大量の貧民を生みだし、至る所に、困窮した人民が存在したのです・・・・

  •  パンテオン壁画  サン・ルイの生涯<br /><br /> 聖人の列に連なる「ルイ」さん・・・<br /><br /> つまり、フランス革命におけるロベスピエールは、大量の困窮する「貧民」への「同情」によって、その足をすくわれたのだと・・・・実質的に、ロベスピエールを引き継いだところのマルクスもまた、社会問題である「困窮した貧民」を、革命の下部構造として、経済と政治を混同するという過ちに陥ることにより、結果として、失敗した「ロシア革命」をもたらしたのだと・・・別の言い方をすれば、人間にとって「貧窮」は、「飢え」や「死」をもたらすものであり、その求めるところは、生きるための「衣・食・住」であり、それ以外の何物でもない・・・・「貧窮」の求めるところは「必然」であり、当時のフランスにおける、差し迫った、この大量の「貧民」の要求する「必然性」に捕えられれば、「自由」は死滅するほかは無かったのだと・・・・

     パンテオン壁画  サン・ルイの生涯

     聖人の列に連なる「ルイ」さん・・・

     つまり、フランス革命におけるロベスピエールは、大量の困窮する「貧民」への「同情」によって、その足をすくわれたのだと・・・・実質的に、ロベスピエールを引き継いだところのマルクスもまた、社会問題である「困窮した貧民」を、革命の下部構造として、経済と政治を混同するという過ちに陥ることにより、結果として、失敗した「ロシア革命」をもたらしたのだと・・・別の言い方をすれば、人間にとって「貧窮」は、「飢え」や「死」をもたらすものであり、その求めるところは、生きるための「衣・食・住」であり、それ以外の何物でもない・・・・「貧窮」の求めるところは「必然」であり、当時のフランスにおける、差し迫った、この大量の「貧民」の要求する「必然性」に捕えられれば、「自由」は死滅するほかは無かったのだと・・・・

  •  パンテオン壁画 サン・ルイの生涯?<br /><br /> ドラゴンが、ぬかずいております・・・<br /><br /> アーレントにおいては、「革命」とは、貧しき人々を、救うものでなく、社会問題とは別の、あくまでも政治的な問題であり、人々にとっては、それまでは存在しなかった「公的自由」をもたらすところの、新しい「統治システム」の「創設」なのだという事になります。

     パンテオン壁画 サン・ルイの生涯?

     ドラゴンが、ぬかずいております・・・

     アーレントにおいては、「革命」とは、貧しき人々を、救うものでなく、社会問題とは別の、あくまでも政治的な問題であり、人々にとっては、それまでは存在しなかった「公的自由」をもたらすところの、新しい「統治システム」の「創設」なのだという事になります。

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟 ディドロ像<br /><br /> こちらは「パンテオン」の目玉、フランスの偉人たちの「霊廟」であります、入り口にあるのは「ディドロ」の像、百科全書と言うのを編纂した人ですね・・・18世紀フランス「啓蒙時代」の巨人です。<br /><br /> 長々と、アーレントの「革命」思想について、述べてきましたけれど、勿論、イロイロと疑問は有ります・・・中でも、「貧困」は、政治の貧しさから生み出されるものだと言う考えもあります、だとすれば、社会問題として片付けるべきではなく、政治が責任を持つべき問題であると・・・けれども、多分これは誤解でしょう・・・アーレントは、区別はしていても、関係が無いとは言っていない、彼女は政治学者であり、厳密に、政治のシステムと言う点から、有るべき「革命」を語っているのだと思います。

    イチオシ

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟 ディドロ像

     こちらは「パンテオン」の目玉、フランスの偉人たちの「霊廟」であります、入り口にあるのは「ディドロ」の像、百科全書と言うのを編纂した人ですね・・・18世紀フランス「啓蒙時代」の巨人です。

     長々と、アーレントの「革命」思想について、述べてきましたけれど、勿論、イロイロと疑問は有ります・・・中でも、「貧困」は、政治の貧しさから生み出されるものだと言う考えもあります、だとすれば、社会問題として片付けるべきではなく、政治が責任を持つべき問題であると・・・けれども、多分これは誤解でしょう・・・アーレントは、区別はしていても、関係が無いとは言っていない、彼女は政治学者であり、厳密に、政治のシステムと言う点から、有るべき「革命」を語っているのだと思います。

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> 列柱の間・・・お墓なのですけど、特に不気味な処は、全くありません。<br /><br /> だいぶ、草臥れてきたので・・・「革命」と「アーレント」の話は、そろそろお終いに致しますけど・・・・最後に、アーレントの語る「失敗した革命」である「革命」が、それでもはたしてきた役割について考えてみたいと思います・・・・「フランス革命」は、結末として悲惨な「恐怖政治」を生み出したけれど、同時に、人々に、数々の「覚醒」をもたらしたことは間違いありません。

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     列柱の間・・・お墓なのですけど、特に不気味な処は、全くありません。

     だいぶ、草臥れてきたので・・・「革命」と「アーレント」の話は、そろそろお終いに致しますけど・・・・最後に、アーレントの語る「失敗した革命」である「革命」が、それでもはたしてきた役割について考えてみたいと思います・・・・「フランス革命」は、結末として悲惨な「恐怖政治」を生み出したけれど、同時に、人々に、数々の「覚醒」をもたらしたことは間違いありません。

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> 納骨堂への階段を上ります。<br /><br /> 失敗した「フランス革命」ですけれど、その中で「自由」「平等」「友愛」の価値が覚醒し、「人権宣言」が生まれました・・・それは、「革命」が終結し、帝政から王制へと移り変わっても、決して無視できる価値では無かった筈です・・・

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     納骨堂への階段を上ります。

     失敗した「フランス革命」ですけれど、その中で「自由」「平等」「友愛」の価値が覚醒し、「人権宣言」が生まれました・・・それは、「革命」が終結し、帝政から王制へと移り変わっても、決して無視できる価値では無かった筈です・・・

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> シンプルですけれど、もう少し色気が欲しいですね・・・<br /><br /> 「ロシア革命」も同じです、労働時間が、8時間/Dayとなったのは、ロシアの労働法制のおかげですし、福祉政策が資本主義国家の中で伸長したのも、失敗した「ロシア革命」のおかげなのです・・・・

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     シンプルですけれど、もう少し色気が欲しいですね・・・

     「ロシア革命」も同じです、労働時間が、8時間/Dayとなったのは、ロシアの労働法制のおかげですし、福祉政策が資本主義国家の中で伸長したのも、失敗した「ロシア革命」のおかげなのです・・・・

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> ビクトル・ユーゴーのお墓の入口です・・・入り口は大体、何処も同じで、名前と、生きた年代が、表に書かれてます。<br /><br /> あっという間に敗北した、1968年の「パリ五月革命」もまた、その後、大学の学生自治は大幅に拡大され、大学の主体が、学生にあることが法制化されたのだとか・・・敗北した革命も、失敗した革命も、決して無駄では無かったのです・・・では、成功した「アメリカ革命」の現在はどうなのか・・・・オマケに、それを考えます・・・

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     ビクトル・ユーゴーのお墓の入口です・・・入り口は大体、何処も同じで、名前と、生きた年代が、表に書かれてます。

     あっという間に敗北した、1968年の「パリ五月革命」もまた、その後、大学の学生自治は大幅に拡大され、大学の主体が、学生にあることが法制化されたのだとか・・・敗北した革命も、失敗した革命も、決して無駄では無かったのです・・・では、成功した「アメリカ革命」の現在はどうなのか・・・・オマケに、それを考えます・・・

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> 左がユーゴーの棺・・・薔薇が一束乗ってます、誰か、ファンが持ってきたのでしょうか?<br /><br /> アーレントに「健忘症」にかかっていると言われた「成功した革命」のアメリカですけれど・・・まさしく、アメリカはその後、むしろ「革命恐怖症」と言う状態に陥っているように見えます、「マッカーシズム」は、その最たるものでしょうか、今もアメリカには「社会主義」と聞くだけで、ヒステリー状態に陥る人々が、沢山いるようなのです・・・・「貧民」に足を引っ張られることの無かった、幸運なアメリカですけれど、何故、このような「ヒステリー」が起こるのでしょうか? 多分、そこには、アーレントが書かなかった事実、豊かさの裏の、悲惨な事実「奴隷制度」が有り、ネイティヴのアメリカンを、武力で制圧して、富を強奪した過去が有るのかもしれません・・・

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     左がユーゴーの棺・・・薔薇が一束乗ってます、誰か、ファンが持ってきたのでしょうか?

     アーレントに「健忘症」にかかっていると言われた「成功した革命」のアメリカですけれど・・・まさしく、アメリカはその後、むしろ「革命恐怖症」と言う状態に陥っているように見えます、「マッカーシズム」は、その最たるものでしょうか、今もアメリカには「社会主義」と聞くだけで、ヒステリー状態に陥る人々が、沢山いるようなのです・・・・「貧民」に足を引っ張られることの無かった、幸運なアメリカですけれど、何故、このような「ヒステリー」が起こるのでしょうか? 多分、そこには、アーレントが書かなかった事実、豊かさの裏の、悲惨な事実「奴隷制度」が有り、ネイティヴのアメリカンを、武力で制圧して、富を強奪した過去が有るのかもしれません・・・

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> アンドレ・マルロー等、四人の入ってる霊廟ですけれど、何故か猫がいます?<br /><br /> リンカーンが奴隷を解放して以来、アメリカは「貧民」に怯え続けているのだと、ワタクシは思います・・・「貧民」が何時か自分たちの「富」を奪いに来るかもしれないという「被害妄想」が、「革命恐怖症」となり、常に、武装していなければ、気が休まらないと、そうした精神状態にあるのでしょう・・・

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     アンドレ・マルロー等、四人の入ってる霊廟ですけれど、何故か猫がいます?

     リンカーンが奴隷を解放して以来、アメリカは「貧民」に怯え続けているのだと、ワタクシは思います・・・「貧民」が何時か自分たちの「富」を奪いに来るかもしれないという「被害妄想」が、「革命恐怖症」となり、常に、武装していなければ、気が休まらないと、そうした精神状態にあるのでしょう・・・

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> 飾り気のない霊廟と、棺ばかり撮っても仕方ないのですけど、この霊廟では、ちょっと珍しい「棺」です・・・誰のだか忘れましたけど。<br /><br /> 「革命」から250年、現在のアメリカは、1%の富裕層と、99%の「貧民」と言う状態に陥っているようですけれど、これが「成功した革命」の末路だとすれば、あまりにも無惨です・・・・アーレントは、アメリカの「革命」への「健忘症」と、革命前にあった、「郡・区」等、各地域の自治システムを、憲法の中へ位置づけることが出来ず、国家が巨大になるにつれて、国民と議会との関係が、選挙の時だけの関係となり、「代議制民主主義」に特有の、少数支配の「寡頭制」に陥っていると述べています。

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     飾り気のない霊廟と、棺ばかり撮っても仕方ないのですけど、この霊廟では、ちょっと珍しい「棺」です・・・誰のだか忘れましたけど。

     「革命」から250年、現在のアメリカは、1%の富裕層と、99%の「貧民」と言う状態に陥っているようですけれど、これが「成功した革命」の末路だとすれば、あまりにも無惨です・・・・アーレントは、アメリカの「革命」への「健忘症」と、革命前にあった、「郡・区」等、各地域の自治システムを、憲法の中へ位置づけることが出来ず、国家が巨大になるにつれて、国民と議会との関係が、選挙の時だけの関係となり、「代議制民主主義」に特有の、少数支配の「寡頭制」に陥っていると述べています。

  •  6月3日(水) パンテオン地下霊廟<br /><br /> レオン・ガンベッタ (1838〜1882) の心臓、ガンベッタはナポレオン三世時代に共和制支持者として活躍した弁護士で政治家、普仏戦争 (1870〜1871) の最中に、共和制政府の樹立に参加し、第三共和制 (1879年〜現在に至る) の確立に資力したとか・・・・フランス中にガンベッタ通りと言うのが有ります。<br /><br /> 現在アメリカの政治システムは、より小さな、「共和制」を、より小さな、目の届く範囲の地域に「創設」しなければならないと、アーレントは語ります。<br /><br /> 本来、代議制民主主義によって選ばれた「議員」たちの役目は、あくまでも、憲法に従って、民主的政治を行う事で、民主主義を政治の場で、国民の代わりに実現する事にすぎないのですけれど、選挙の時だけの関係は、ともすれば、政治家に、この事を忘れさせ、巨大な国家を代表するというエリート意識に陥って、逆に国民を支配の対象と考えるようになります・・・これが、現在アメリカに起こっている事でしょうか・・・元々「寡頭制」の政治しか存在したことのない我が日本においては、何をかいわんやですけれど・・・それでも、今はじめて、民主主義が胎動していると、そんな気はします、その意味で、多くの日本人は、確かに今、歴史的瞬間に居るのかも知れません・・・?

     6月3日(水) パンテオン地下霊廟

     レオン・ガンベッタ (1838〜1882) の心臓、ガンベッタはナポレオン三世時代に共和制支持者として活躍した弁護士で政治家、普仏戦争 (1870〜1871) の最中に、共和制政府の樹立に参加し、第三共和制 (1879年〜現在に至る) の確立に資力したとか・・・・フランス中にガンベッタ通りと言うのが有ります。

     現在アメリカの政治システムは、より小さな、「共和制」を、より小さな、目の届く範囲の地域に「創設」しなければならないと、アーレントは語ります。

     本来、代議制民主主義によって選ばれた「議員」たちの役目は、あくまでも、憲法に従って、民主的政治を行う事で、民主主義を政治の場で、国民の代わりに実現する事にすぎないのですけれど、選挙の時だけの関係は、ともすれば、政治家に、この事を忘れさせ、巨大な国家を代表するというエリート意識に陥って、逆に国民を支配の対象と考えるようになります・・・これが、現在アメリカに起こっている事でしょうか・・・元々「寡頭制」の政治しか存在したことのない我が日本においては、何をかいわんやですけれど・・・それでも、今はじめて、民主主義が胎動していると、そんな気はします、その意味で、多くの日本人は、確かに今、歴史的瞬間に居るのかも知れません・・・?

  •  6月3日(水) パンテオン<br /><br /> 薄暗い「霊廟」から出てくると、青空が眩しいです・・・次は、「聖・ジュヌヴィエーヴ」に会いに行きます。<br /><br /> 最後に、私見を、もう一言・・・成功した「革命」の国、アメリカの現在を見るとき、政治にとって大事なことは、「理念」であるとともに、その理念を実現するための「制度=システム」である事が解ると思います・・・「民主主義」の場合も、その「理念」を実現するためには、それを実現するための、細かな「制度=システム」が必要なのです・・・・アメリカの建国の父祖たちは、相当に頭の良い人たちであったのだけれど、それでもまだまだ「制度設計」が、足りなかったし・・・・日本の場合は、問題外で、それが、決定的に存在していないのです。

     6月3日(水) パンテオン

     薄暗い「霊廟」から出てくると、青空が眩しいです・・・次は、「聖・ジュヌヴィエーヴ」に会いに行きます。

     最後に、私見を、もう一言・・・成功した「革命」の国、アメリカの現在を見るとき、政治にとって大事なことは、「理念」であるとともに、その理念を実現するための「制度=システム」である事が解ると思います・・・「民主主義」の場合も、その「理念」を実現するためには、それを実現するための、細かな「制度=システム」が必要なのです・・・・アメリカの建国の父祖たちは、相当に頭の良い人たちであったのだけれど、それでもまだまだ「制度設計」が、足りなかったし・・・・日本の場合は、問題外で、それが、決定的に存在していないのです。

  •  サンテティエンヌ・デュ・モン教会 Saint Etienne du Mont<br /><br /> 「サント・ジュヌヴィエーヴ」が眠っている教会、パンテオンの隣です。<br /><br /> またまた私見ですけれど・・・現在日本の政治の緊急の課題は、「安部政権」を打倒する事ですけれど・・・その次に大切なことは、真の「自由・民権運動」なのだと思っております・・・そして、その運動は、「理念」では無く、「制度=システム」の確立で無ければならないと思っております (理念はすでに日本国憲法の中に語られているので) ・・・具体的に言えば、民主主義とは「主権在民」であり、権力の相互監視システムとして「三権分立」が有るのですけれど、問題は、この「三権」に対し、「主権在民」が機能しているのかと言う、初歩的な課題が有ります・・・機能させるためには、その為の「制度=システム」を「創設」しなければならないのです。

     サンテティエンヌ・デュ・モン教会 Saint Etienne du Mont

     「サント・ジュヌヴィエーヴ」が眠っている教会、パンテオンの隣です。

     またまた私見ですけれど・・・現在日本の政治の緊急の課題は、「安部政権」を打倒する事ですけれど・・・その次に大切なことは、真の「自由・民権運動」なのだと思っております・・・そして、その運動は、「理念」では無く、「制度=システム」の確立で無ければならないと思っております (理念はすでに日本国憲法の中に語られているので) ・・・具体的に言えば、民主主義とは「主権在民」であり、権力の相互監視システムとして「三権分立」が有るのですけれど、問題は、この「三権」に対し、「主権在民」が機能しているのかと言う、初歩的な課題が有ります・・・機能させるためには、その為の「制度=システム」を「創設」しなければならないのです。

    サン テティエンヌ デュ モン教会 寺院・教会

  •  サンテティエンヌ・デュ・モン教会<br /><br /> 教会のファサードの「サント・ジュヌヴィエーヴ像」です。<br /><br /> では、「三権」に対して「主権在民」を機能させるという事は、具体的にどういう事なのかと言う事をよりわかりやすく書きます・・・例えば、「行政権力」、特に「警察権力」に「主権在民」を機能させるには、「警視総監」の公選制、各県警本部長程度は選挙で選ぶ必要があります、アメリカでは保安官は選挙制ですし、検察官も選挙制となっております・・・こうした制度が無いゆえに、日本の警察は、常に平気で、国民に牙をむくのです・・・・勿論、当然東京地検などは、廃止し、警察と検察は、はっきりと分けねばなりません。

     サンテティエンヌ・デュ・モン教会

     教会のファサードの「サント・ジュヌヴィエーヴ像」です。

     では、「三権」に対して「主権在民」を機能させるという事は、具体的にどういう事なのかと言う事をよりわかりやすく書きます・・・例えば、「行政権力」、特に「警察権力」に「主権在民」を機能させるには、「警視総監」の公選制、各県警本部長程度は選挙で選ぶ必要があります、アメリカでは保安官は選挙制ですし、検察官も選挙制となっております・・・こうした制度が無いゆえに、日本の警察は、常に平気で、国民に牙をむくのです・・・・勿論、当然東京地検などは、廃止し、警察と検察は、はっきりと分けねばなりません。

  •  サンテティエンヌ・デュ・モン教会 Chapelle de sainte Genevieve<br /><br /> サント・ジュヌヴィエーヴのチャペルです。<br /><br /> また「司法権」に対しても同様に「主権在民」を機能させる必要があります、最高裁の人事権は、法務官僚(行政府)から独立させなければならないし、陪審制を導入し、殺人事件だけでなく、公害等の企業犯罪や行政犯罪に対しても、「主権在民」を機能させる必要があります・・・こうした制度さえあれば、東京電力や、原発を推進してきた経産省の役人達に、当然の、責任を取らせることは、十分に可能なのです・・・この国の権力に、無責任が蔓延しているのは、責任を取らせるための「システム」が存在しないからにほかなりません・・・単に、天皇制の為でも無いし、日本人の国民性でもありません。

     サンテティエンヌ・デュ・モン教会 Chapelle de sainte Genevieve

     サント・ジュヌヴィエーヴのチャペルです。

     また「司法権」に対しても同様に「主権在民」を機能させる必要があります、最高裁の人事権は、法務官僚(行政府)から独立させなければならないし、陪審制を導入し、殺人事件だけでなく、公害等の企業犯罪や行政犯罪に対しても、「主権在民」を機能させる必要があります・・・こうした制度さえあれば、東京電力や、原発を推進してきた経産省の役人達に、当然の、責任を取らせることは、十分に可能なのです・・・この国の権力に、無責任が蔓延しているのは、責任を取らせるための「システム」が存在しないからにほかなりません・・・単に、天皇制の為でも無いし、日本人の国民性でもありません。

  •  サンテティエンヌ・デュ・モン教会 Chapelle &amp; Ch?・sse de sainte Genevieve<br /><br /> サント・ジュヌヴィエーヴのチャペルと聖遺物箱です、彼女の遺体は、フランス革命時に破壊され、現在は「指先」が残っているだけなのだとか・・・それにしては、デカい箱です・・・・この聖遺物箱は、パリに疫病が流行した時などに何度も担ぎ出され、パリに奇跡をもたらしたのだとか・・・<br /><br /> その他、前段でも書きましたけれど、国会議員への立候補に必要な、300万の供託金など、廃止するのは当然の事であります・・・国民や市民が「公的自由」を手にするために、創設すべき「制度=システム」は山ほどあるのです・・・そして、その実現こそが「革命」なのだと、ワタクシは考えます。

     サンテティエンヌ・デュ・モン教会 Chapelle & Ch?・sse de sainte Genevieve

     サント・ジュヌヴィエーヴのチャペルと聖遺物箱です、彼女の遺体は、フランス革命時に破壊され、現在は「指先」が残っているだけなのだとか・・・それにしては、デカい箱です・・・・この聖遺物箱は、パリに疫病が流行した時などに何度も担ぎ出され、パリに奇跡をもたらしたのだとか・・・

     その他、前段でも書きましたけれど、国会議員への立候補に必要な、300万の供託金など、廃止するのは当然の事であります・・・国民や市民が「公的自由」を手にするために、創設すべき「制度=システム」は山ほどあるのです・・・そして、その実現こそが「革命」なのだと、ワタクシは考えます。

  •  サンテティエンヌ・デュ・モン教会 サント・ジュヌヴィエーヴのチャペル<br /><br /> サント・ジュヌヴィエーヴの「聖遺物箱」は、20世紀の第一次大戦時にも担ぎ出され、パリに迫るドイツ軍を「マルヌ川」で食い止め、パリの人々を救ったのだとか・・・・第二次大戦のときは、どうしたんでしょうね・・・・?<br /><br /> 最初から、かなりややこしい旅行記になりましたけれど、マア、書きたいことはあらかた書いたので、次の旅行記からは、普通の旅行記に成る予定です・・・なるかな・・・? お楽しみ・・・

     サンテティエンヌ・デュ・モン教会 サント・ジュヌヴィエーヴのチャペル

     サント・ジュヌヴィエーヴの「聖遺物箱」は、20世紀の第一次大戦時にも担ぎ出され、パリに迫るドイツ軍を「マルヌ川」で食い止め、パリの人々を救ったのだとか・・・・第二次大戦のときは、どうしたんでしょうね・・・・?

     最初から、かなりややこしい旅行記になりましたけれど、マア、書きたいことはあらかた書いたので、次の旅行記からは、普通の旅行記に成る予定です・・・なるかな・・・? お楽しみ・・・

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この旅行記へのコメント (23)

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  • コクリコさん 2017/04/30 15:55:27
    パンテオン
    ももんがあまんさん、
    ご無沙汰しています。

    今年パリに行ったら久しぶりにパンテオンの中に入ってみようと思います。
    気が遠くなるくらい遥か昔に入ったので詳しく見ていなかったもので。
    サン・テティエンヌ・デュ・モン教会にも!

    去年オーセール行ったので、そのつながりでパリの守護聖女サント・ジュヌヴィエーヴにお参りを兼ねてね。
    パンテオンのサント・ジュヌヴィエーヴの生涯の壁画ちゃんと見ていなかったので今度はちゃんと見ようと思います。
    デュマさんもパンテオンに葬られたことだし!
    結構楽しみ♪

    ずっと旅行記休んでいたので、簡単な国内日帰り旅行記を書いてリハビリしています。
    ももんがあまんさんの旅行記拝見したら一気にフランスが近くなってきたわ。

    二匹の子猫ちゃん、ピートとマリー大きくなったことでしょうね。

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2017/04/30 20:12:25
    RE: パンテオン
     今晩は、ご無沙汰してます、コクリコさん。

     もうそろそろ、旅の予定を立てる時期ですよね・・・ワタクシは、未だ、老齢の身内が生きてるので・・ハハハ・・亡くなるのを望んでるわけではありません・・・一日でも長く、此処まで来たら、我が家系の、長寿の記録を更新させたいと思って、イロイロやってるのですけど・・・本人が喜んでいるかどうかは「?」ですね、殆ど、施設で寝たきりだし・・?
     おかげでなかなか、長期に、日本を離れるのも、難しいのですね・・・猫もいるし・・・でも、だいぶ暖かくなったので、そのうち、京都か南紀辺り、近場を自転車旅行でもと、考えてます・・・少し走らないと、体重が増えるし?・・・もし行けたら、旅行記にして「アップ」しますので、ヨロシク・・・タイトルは「ツール・ド・ハポン、歴史と歌謡曲の旅」かな?・・・数日間、家を空けても、猫が大丈夫かどうかも見てみたいし?・・・少しずつ日数を、伸ばして行くつもりです。

     > 今年パリに行ったら久しぶりにパンテオンの中に入ってみようと思います。
     > 気が遠くなるくらい遥か昔に入ったので詳しく見ていなかったもので。
     > サン・テティエンヌ・デュ・モン教会にも!
     > 去年オーセール行ったので、そのつながりでパリの守護聖女サント・ジュヌヴィエーヴにお参りを兼ねてね。
     > パンテオンのサント・ジュヌヴィエーヴの生涯の壁画ちゃんと見ていなかったので今度はちゃんと見ようと思います。
     > デュマさんもパンテオンに葬られたことだし!
     > 結構楽しみ♪

     良いですね〜 ワタクシも、フランスに行きたいのですけれど・・・兄弟に協力を頼めば、行けるのですけれど・・・なかなか、自分の方で、踏ん切りがつきません。

     > 二匹の子猫ちゃん、ピートとマリー大きくなったことでしょうね。

     ピート、2月8日に、死んじゃったんですよ・・・やっぱり、コロナウイルスによる「伝染性腹膜炎」と言う、猫の「死病=致死率100%」だったようです・・・発熱して、約三週間と少しでした・・・死の直前(2月1日)に、マリーに「発情」が来て、よろめく足を踏みしめては、何度も何度も頑張ってたので、せめて子供でも残して、旅立てたかも?と、思ってたのですけど・・・やっぱり「空鉄砲」だったようで、子供は生まれて来ませんでした・・・病気の上に、まだ生後七か月でしたしね、生殖能力自体、未熟だったのでしょうね・・・とっても、残念です・・・

     マリーの方は、このウイルスへの「耐性」が有るようで (このウイルスを持っていても、普通、95%の猫は、発病しないのだとか)、いたって元気なのですけど (現在の体重3.3kg、ほぼ成猫)、ピートがいなくなってからは、ニャ〜ニャ〜と、やたらと良く鳴きます・・・遊び相手がいなくなって、ワタクシに、相手をしてほしいのですね・・・ネコって、たくさんいたほうが、勝手に遊ぶので、手が掛からないという事が良〜く解りました・・・なので、そのうち、なるべく大きくなった、売れ残りの猫でも連れて帰って(あまり小さいのは、また病気が怖いので)、今度はマジで、子供を作らせるつもりです・・・数がいたほうが、楽しそう・・??

     メッセージ、ありがとうございました。

                     by ももんがあまん

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2017/05/02 16:36:14
    RE: RE: パンテオン
    ピートは短い命でしたね。

    旅行記にUPされている元気でいたずらっこで人見知りのピートの姿しか見ていないので信じられません。
    コロナウイルスによる伝染性腹膜炎は発病したら現代の医学では100%助からないのすか。
    ピート本人も何がなんだかわからないうちに身体が思うように動かなくなり衰えていったのですね。
    まだ生まれたばかりだったのにかわいそうでした。

    猫は仲間がいれば留守番させてもなんとかやってるみたいですよ。
    ただしももんがあまんさんの今までのような二ヶ月の留守はどうかわかりません。

    ももんがあまんさんもマリーもしばらくは寂しいですね。

    ツール・ド・ハポン、もし可能でしたら琵琶湖一周リクエストしまーす。
    私は電車とバスで北側と有名所は回りましたけれど北琵琶湖良かったですよ〜余呉湖も良かったし。
    天智天皇から井伊直弼まで歴史も盛りだくさん。
    「琵琶湖就航の歌」なんて歌いながら♪

    それではまた!

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2017/05/02 22:35:17
    RE: RE: RE: パンテオン
     今晩は、コクリコさん。

     > ピートは短い命でしたね。

     ホント、残念です、最後には、3.1kg有った体も2kgを切り、嘔吐したり、痙攣したり、心臓の鼓動はドクドクと、まるで早鐘の様・・・見ていて、あまりに可愛そうだったので、病院に連れて行き、安楽死させる事にしました・・・死んでしまった後は、せめて、ピートに良く似た、黒くて、チョット鼻高の子猫でも生まれてくれたらと、一縷の望みを抱いていたのですけど、それも叶わず・・・二度目のフケ(発情)がマリーに来たときには、がっかりして、体から、力か抜けてしまいました・・ハハ・・

     > ツール・ド・ハポン、もし可能でしたら琵琶湖一周リクエストしまーす。
     > 私は電車とバスで北側と有名所は回りましたけれど北琵琶湖良かったですよ〜余呉湖も良かったし。
     > 天智天皇から井伊直弼まで歴史も盛りだくさん。
     > 「琵琶湖就航の歌」なんて歌いながら♪

     「琵琶湖周遊」気持ち良さそうですね・・・奈良からなら、二泊三日か、三泊四日くらいあれば行けそう・・・さっそく、候補に入れて検討します・・・でも、その前に、マリーに新しい仲間を連れてきて、二匹が馴染むまで・・・牡一匹&牝一匹は、ピートとマリーの場合も、すぐ仲良くなったし、心配はないと思うのですけど、片方が全くの子猫の場合は、先住の猫の方が神経質になることが有るとか・・・ちょっと、時間がかかるかも?
     二泊三日から、三泊四日、更には一週間と、少しずつ伸ばしていって、猫たちが無事であることを確かめたら・・・いよいよ、「ツール・ド・エウロパ」を一月くらいと考えてま〜す。

     その時は、またよろしく、お願いしま〜す。

                    by ももんがあまん
  • マリアンヌさん 2015/12/29 11:20:55
    こんにちわ
    ももんがあまんさん、お久しぶりです。

    以前、今回の?を覗いたら、ハンナ・アーレントの名前が出てきたので
    撮りだめてあった同名映画を見てからおじゃましようと思っていたら
    こんなに遅くなってしまいました。

    ご存知かと思いますが、映画はアイヒマンの裁判を絡めたお話で彼女の不屈さや強靭な精神力を感じました。
    ユダヤ人でありながらナチスの残党アイヒマンをただの凡人と表し、人間は思考することを止め命令に従う役人になることであのような残忍な行為も罪の意識なく行う…
    世間からは、かなりの批判もうけたようですね。

    また、ももんがまんさんの丁寧な解説で勉強させていただきますね。
    そして私の行きたくていけない場所、続きを楽しませていただきます。

    マリアンヌ

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/12/29 20:26:57
    RE: こんにちわ
     今晩は、マリアンヌさん、お久です。

     > 以前、今回の?を覗いたら、ハンナ・アーレントの名前が出てきたので
     > 撮りだめてあった同名映画を見てからおじゃましようと思っていたら
     > こんなに遅くなってしまいました。
     >
     > ご存知かと思いますが、映画はアイヒマンの裁判を絡めたお話で彼女の不屈さや強靭な精神力を感じました。
     > ユダヤ人でありながらナチスの残党アイヒマンをただの凡人と表し、人間は思考することを止め命令に従う役人になることであのような残忍な行為も罪の意識なく行う…
     > 世間からは、かなりの批判もうけたようですね。

     「エルサレムのアイヒマン」ですね、映画ではどう描かれているのか、見ていないので知らないのですけれど、彼女は、この本の中で、「悪」は凡庸さの中に生まれるとして、ナチスを告発しているのですけれど、同時に、同胞であったはずのユダヤ人、特に「シオニスト」を、多くのユダヤ人を狩り出して、ナチスに協力した人々として、告発しているのですね・・・そのことが、イスラエルの反発のみならず、ユダヤ人の友人の、ほとんどを失う原因になったとか・・・死線を彷徨った人ですからね、空気を読むなんてことはしないのですね・・・ワタクシは、こういう、根性の座っている女性が、わりと好きです・・・ハハハ・・・

     > また、ももんがまんさんの丁寧な解説で勉強させていただきますね。
     > そして私の行きたくていけない場所、続きを楽しませていただきます。

     こちらこそ、よろしくお願いしま〜す。
     たくさんの「いいね!」有難うございます・・・とっても、励みになります。

                    by ももんがあまん
  • dankeさん 2015/10/05 22:55:12
    色々思いますね。。
    Bonjour ももんがあまんさん!

    フランス全体が連続猛暑でね、大変と、もももんがあまんさんのことを心配していました。やっぱり大変でしたね。

    今回は初編がいつもの最終編のような、ももんがあまんさんの思うこと、を最初に持ってこられましたね。初球直球ど真ん中(笑)。これなら皆さん避けられないでしょう。

    父がボソッとパリに今回いる時に、「ここから世界中の若者が学生運動だのに感化されたんだよなぁ」と言っていました。ネットもテレビも今ほど国際的になかった当時、翻訳だのも難しかったはず、それなのにCartier Latinがそれほど世界を揺るがしたことを、私は聞くばかりで体験していませんから、想像できないのです。

    ももんがあまんさんの言われるように、ただ果たしてその声をあげることが意味があったのか、声をあげて街を歩き同士とあうことでなんだか"何かをした気持ちで、実は何もなかった"のではないかという疑問。世界はちっとも良くなっていない現実。考えますときりがありませんね。人々は様々な発見をして便利を手に入れてきましたが、貧富の差はさらに広がり、平和とはうらはらな欲の闘いがあちこちで広がり、ちっとも大昔と変わっていないではないのかと私は思います。

    ともあれ、続編を楽しみにしています。:)

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/06 10:59:57
    RE: 色々思いますね。。
     dankeさん、Bonjour・・

      > 今回は初編がいつもの最終編のような、ももんがあまんさんの思うこ
     と、を最初に持ってこられましたね。初球直球ど真ん中(笑)。これなら
     皆さん避けられないでしょう。

     ハハ・・・変化球が投げられないんです・・・不器用なんです・・・ハハハ。

     > 父がボソッとパリに今回いる時に、「ここから世界中の若者が学生運動
     だのに感化されたんだよなぁ」と言っていました。ネットもテレビも今ほ
     ど国際的になかった当時、翻訳だのも難しかったはず、それなのにCartier
      Latinがそれほど世界を揺るがしたことを、私は聞くばかりで体験してい
     ませんから、想像できないのです。

     元々カルチェラタンは、パリの中心地のひとつですし、昔から観光地ではあったんでしょうけれど・・・ワタクシなんかの世代にとっては、やっぱり、「パリ五月革命」の記憶と結びついてるんですね・・・この翌年、1969年の3月30日には、フランシーヌと言う女性が、ベトナムやアルジェリアの戦争に抗議して、パリで焼身自殺をしました (日本でも、新谷のり子さんの「フランシーヌの場合」と言う歌が有って、当時、大流行しました)・・・彼女の行動も、「「パリ五月革命」の残照だったのかも?と思います。

     歴史の上では、あっという間に敗北してしまった「パリ五月革命」を憶えておられる、sanaboさんの父上は、ひょっとしたら、ワタクシと同世代かも・・・・?

                         by ももんがあまん
  • wiz さん 2015/10/02 21:40:29
    いよいよ!
    ももんがあまんさん、Bondoir!

    いよいよ、2015年の旅行記はじまりましたね♪
    写真整理たいへんだったと思います。
    旅の疲れもだいぶとれましたか?

    ところで、クリュヌー・ラ・ソルボンヌ駅の近くのクリュニー美術館の・・と書かれている1枚は、ガロ・ローマ時代の浴場跡ですよ〜。 (クリュニー美術館内に、冷水浴場 フリギダリウム Frigidarium 跡が残っていて、サン・ミシェル通り側は、 微温浴場 (テピダリウム Tepidarium)跡、ソムラール通り側は、 温浴場 (カルダリウム Caldarium) 跡だそうです。 私も2008年のクリュニー美術館の旅行記に1枚だけ写真を載せています^^;

    それと、「droite」は、英語で「右、右手」にあたるright。 「右」の他に、「正しさ、正義、権利」などの良い意味となり、フランス語でも「右」にあたるdroit(e)は、「正しい、権利、法律」などの意味を持っているそうで、ヨーロッパ言語では、古来、言語的には「左は悪い方向」であり、「右は良い方向」だったそうで・・ タンパンでおなじみの「最後の審判」のキリストから見て右に天国があるのはそのためだそうです。

    パンテオンのサント・ジュヌヴィエーヴの生涯の壁画の、「オーセールのサン・ジュリアンに可愛がられ」は「オーセールのサン・ジェルマン」の間違い・・?! ちなみに、ルーヴル宮殿(美術館)東隣にある、サン・ジェルマン・ロクセロワ教会は、オーセールのサン・ジェルマン(聖ジェルマン)に捧げられた教会だそうです〜!

    ももんがあまんさん、カルチエ・ラタンのお隣、サン・ジェルマン地区にあるクール・デュ・コメルス・サンタンドレ(Cour du Commerce-Saint-Andre)や医学校通り(Rue de l'Ecole de Medecine)は行かれましたか? 去年、スキピオさんとお話していたのですが、革命ゆかりの場所で・・。 前者は、ギロチンの実験部屋や、革命家マラの「人民の友」誌の印刷所があった処、後者は、コルドリエ・クラブやマラがシャルロット・コルデーに暗殺された自宅のあった通り(旧コルドリエ街)です。。。

    それでは、これからの旅行記のつづき、楽しみにしています〜♪

       wiz

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/03 00:54:00
    RE: いよいよ!
     Bonsoir! wizさん。

     もう、お休みの時間ですね・・・

     > ところで、クリュヌー・ラ・ソルボンヌ駅の近くのクリュニー
      美術館の・・と書かれている1枚は、ガロ・ローマ時代の浴場跡
      ですよ〜。 (クリュニー美術館内に、冷水浴場 フリギダリウム
      Frigidarium 跡が残っていて、サン・ミシェル通り側は、 微温浴
      場 (テピダリウム Tepidarium)跡、ソムラール通り側は、 温浴
      場 (カルダリウム Caldarium) 跡だそうです。 私も2008年の
      クリュニー美術館の旅行記に1枚だけ写真を載せています^^;
     >
     > それと、「droite」は、英語で「右、右手」にあたるright。 
      「右」の他に、「正しさ、正義、権利」などの良い意味となり、
      フランス語でも「右」にあたるdroit(e)は、「正しい、権利、
      法律」などの意味を持っているそうで、ヨーロッパ言語では、
      古来、言語的には「左は悪い方向」であり、「右は良い方向」
      だったそうで・・ タンパンでおなじみの「最後の審判」のキ
      リストから見て右に天国があるのはそのためだそうです。

     早速ありがとうございま〜す、あとで追記で書いておきますね・・・

     > パンテオンのサント・ジュヌヴィエーヴの生涯の壁画の、
      「オーセールのサン・ジュリアンに可愛がられ」は「オーセー
      ルのサン・ジェルマン」の間違い・・?! ちなみに、ルーヴル
      宮殿(美術館)東隣にある、サン・ジェルマン・ロクセロワ教会
      は、オーセールのサン・ジェルマン(聖ジェルマン)に捧げられ
      た教会だそうです〜!

     すみませ〜ん「ジェルマン」で〜す・・・訂正しときますね。

     > ももんがあまんさん、カルチエ・ラタンのお隣、サン・ジェルマ
      ン地区にあるクール・デュ・コメルス・サンタンドレ(Cour du
       Commerce-Saint-Andre)や医学校通り(Rue de l'Ecole de
      Medecine)は行かれましたか? 去年、スキピオさんとお話して
      いたのですが、革命ゆかりの場所で・・。 前者は、ギロチンの
      実験部屋や、革命家マラの「人民の友」誌の印刷所があった処、
      後者は、コルドリエ・クラブやマラがシャルロット・コルデーに
      暗殺された自宅のあった通り(旧コルドリエ街)です。。。

     いや〜、知らなかったです、マラーの殺された「コルドリエ街」、サン・ジェルマンにあったのですか・・・シャルロット・コルデー・・美人だったそうですね〜・・・ハハ・・・でも、「フランス革命」ゆかりの土地巡りってのも面白いかも? 以前、ルイ16世一家が捕まった町って、探したんですけど、良く解らなかったです・・・たぶん、来年からは、イタリアかスイス・・北欧なんかを考えてるので出来そうにないですね〜・・・・wizさん、「フランス革命」に興味有りますよね? お願いしたいです・・・ハハ、すみません催促して。

     > それでは、これからの旅行記のつづき、楽しみにしています〜♪

     よろしくお願いしま〜す。

                        by ももんがあまん

    wiz

    wiz さん からの返信 2015/10/03 08:50:09
    RE: RE: いよいよ!
    Bonjour、ももんがあまんさん!

    ルイ16世が逃亡したのって、ロレーヌ地方のヴァレンヌ(現在の正式名称はVarennes-en-Argonne)ですよね? 探したのというのは、ベルギーの方に行かれてまたフランスに戻ってきたご旅行の時でしょうか・・?

    クール・デュ・コメルス・サンタンドレ(Cour du Commerce-Saint-Andre)や医学校通り(Rue de l'Ecole de Medecine=旧コルドリエ街)の写真は、去年の城壁跡巡りの左岸6区編に載せているのですけど、前者はクチコミの中身には(革命関連のことを)書いたのですが・・旅行記に書いていたかな・・? ^^; とにかく写真は載せていて、コルドリエ街のところに城壁のコルドリエ門があったんですね・・ この「コルドリエ門」という言葉に反応されて、スキピオさんが取り上げて下さり、それについてお話していたら、医学校通り=旧コルドリエ街で(これは調べているうちに自分で発見!)、コルドリエ・クラブやマラが暗殺された家があった処なんだ、と帰国後に、分かったんですよね〜。 ともかく、クール・デュ・コメルス・サンタンドレや医学校通りの写真は、一応、旅行記に載せてありま〜す。

    来年からは、来年からは、イタリアかスイス、北欧・・のご予定・・なんですね? フランスがなくなるのはちょっと寂しけれど、ももんがあまんさんが細かく廻られるイタリアも見たいかなぁ〜。 ^^

    そういえば、ブリーヴまでの(自転車を載せての)列車の切符を買ったということは、次は、ボーリューかしらん? たのしみ〜♪

       wiz

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/03 23:03:31
    RE: RE: RE: いよいよ!
     Bonsoir、wizさん!

     > ルイ16世が逃亡したのって、ロレーヌ地方のヴァレンヌ
      (現在の正式名称はVarennes-en-Argonne)ですよね? 
      探したのというのは、ベルギーの方に行かれてまたフラ
      ンスに戻ってきたご旅行の時でしょうか・・?

     ええそうなんです、どの辺りなのかなと思って、ベルギーへ行った時に、「ヴァレンヌ逃亡事件」と言う名前だけのを覚えていたので、地図で、それらしい名前を探したんですけれど、何処だかわかりませんでした・・・ロレーヌだったんですか・・・今地図を見て、見付けました、パリからだと約200km位・・・・結構、頑張ったんだなあと確認いたしました・・・惜しい、あと一息!。

     > クール・デュ・コメルス・サンタンドレ(Cour du Commerce-
      Saint-Andre)や医学校通り(Rue de l'Ecole de Medecine=
      旧コルドリエ街)の写真は、去年の城壁跡巡りの左岸6区編に
      載せているのですけど、前者はクチコミの中身には(革命関連
      のことを)書いたのですが・・旅行記に書いていたかな・・? 
      ^^; とにかく写真は載せていて、コルドリエ街のところに
      城壁のコルドリエ門があったんですね・・ 

     旅行記、再度、拝見しました・・・確かに「コルドリエ門」、書かれてました、前にも見てるはずなんですけど・・・忘れてますね・・・やっぱり齢ですね・・・すでに「いいね!」も押しておりました。

     > 来年からは、イタリアかスイス、北欧・・のご予定・・なんで
      すね? フランスがなくなるのはちょっと寂しけれど、ももんが
      あまんさんが細かく廻られるイタリアも見たいかなぁ〜。 

     今年は暑かったですからね・・・北欧あたりの、少し涼しい処に行きたくなりました・・・でも来年の七月は確か「参議院選挙」ですしね・・・投票はしたいので、出発は遅れそうだし、何処へ行くか悩んでます。

     > そういえば、ブリーヴまでの(自転車を載せての)列車の切符
      を買ったということは、次は、ボーリューかしらん? たのしみ〜♪

     旅の前半に、「ボーリュー」と「モワサック」と「トゥールーズ」を、廻ってます、とりあえず、宿題を済ませてから・・・と言う感じですね・・・二年間グータラしてましたし、ボチボチ走ります・・ハハ。

                        by ももんがあまん

    wiz

    wiz さん からの返信 2015/10/04 08:40:35
    RE: RE: RE: RE: いよいよ!
    Bonjour、ももんがあまんさん!

    >  ええそうなんです、どの辺りなのかなと思って、ベルギーへ行った時に、「ヴァレンヌ逃亡事件」と言う名前だけのを覚えていたので、地図で、それらしい名前を探したんですけれど、何処だかわかりませんでした・・・ロレーヌだったんですか・・・今地図を見て、見付けました、パリからだと約200km位・・・・結構、頑張ったんだなあと確認いたしました・・・惜しい、あと一息!。

    ももんがあまんさんには簡単すぎて何これ?となってしまうユルイ本ですけど、図書館で「マリー・アントワネットの生涯/藤本 ひとみ著」を借りてみたら、色々関連の地図が付いていて、ヴァレンヌ付近の大まかな地図も出ていたので覚えていました! 同じ著者の「ジャンヌ・ダルクの生涯」の方にも関連地図色々付いていました。 これも図書館にあったので借りたんですけどね〜!

    >  今年は暑かったですからね・・・北欧あたりの、少し涼しい処に行きたくなりました・・・でも来年の七月は確か「参議院選挙」ですしね・・・投票はしたいので、出発は遅れそうだし、何処へ行くか悩んでます。

    たしかに、今年はフランスの暑さの(パリ40度とか)ニュース、日本でも見ていて、ももんがあまんさん、今、どこにいるのだろう・・と心配してましたよ^^; そうなるとたしかに涼しいところに行きたくなりますよね・・。 来年は少し遅めの出発予定なのですね。


    >  旅の前半に、「ボーリュー」と「モワサック」と「トゥールーズ」を、廻ってます、とりあえず、宿題を済ませてから・・・と言う感じですね・・・二年間グータラしてましたし、ボチボチ走ります・・ハハ。

    ハイ! まずは、これが楽しみ〜♪ 
    ももんがあまんさんのプロヴァンスやブルゴーニュもすごく楽しみです。

    そういえば、ももんがあまんさん、テレビの放送大学は見られますか? 以前、コクリコさんには夏の集中放送のことを伝えていたのですが、10月からまた再放送があるらしく・・毎週木曜日17:30〜「芸術史と芸術理論'10」という番組の第4回、第5回、第6回がロマネスク美術とゴシック美術、なんですが、今週10/1(木)に第1回がはじまったようです。 ポワチエやサン・サヴァン、プロヴァンスの三姉妹(シトー派)、トゥールーズ、モワサック、アルル、ヴェズレー、サン・ドニ、アミアンなどの映像が出てきます。 私は録画してあるのでたまに見返しています。

    参考まで・・10月からの番組表を。
    http://www.ouj.ac.jp/hp/bangumi/nenkan/bangumi_2/h27/pdf/bangumihyo.pdf#page=2

       wiz

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2015/10/04 13:38:53
    RE: RE: RE: RE: RE: 芸術史と芸術理論
    ももんがあまんさん、wizさん、
    横から失礼します。

    > >  旅の前半に、「ボーリュー」と「モワサック」と「トゥールーズ」を、廻ってます、とりあえず、宿題を済ませてから・・・と言う感じですね・・・二年間グータラしてましたし、ボチボチ走ります・・ハハ。
    >
    > ハイ! まずは、これが楽しみ〜♪ 
    > ももんがあまんさんのプロヴァンスやブルゴーニュもすごく楽しみです。

    宿題って、wizさんと私が課題を出した宿題?
    ボーリュは行ったことないので私も凄く楽しみにしています。
    もちろん、コルシカやブルゴーニュ、プロヴァンスも!

    > そういえば、ももんがあまんさん、テレビの放送大学は見られますか? 以前、コクリコさんには夏の集中放送のことを伝えていたのですが、10月からまた再放送があるらしく・・毎週木曜日17:30〜「芸術史と芸術理論'10」という番組の第4回、第5回、第6回がロマネスク美術とゴシック美術、なんですが、今週10/1(木)に第1回がはじまったようです。 ポワチエやサン・サヴァン、プロヴァンスの三姉妹(シトー派)、トゥールーズ、モワサック、アルル、ヴェズレー、サン・ドニ、アミアンなどの映像が出てきます。 私は録画してあるのでたまに見返しています。
    >
    > 参考まで・・10月からの番組表を。
    > http://www.ouj.ac.jp/hp/bangumi/nenkan/bangumi_2/h27/pdf/bangumihyo.pdf#page=2

    wizさん、ありがとう〜〜感謝感謝。
    実はwizさんに教えていただいた夏の集中講義(9月25日〜26日)に録画予約した時に5回を予約するの忘れてしまって物凄く落胆してたんです。
    5回はサン・サヴァン、ポワティエ、ショーヴィニーのロマネスク彫刻の講義ですよね?
    サン・サヴァンは世界遺産の番組で取り上げられていましたが、ポワティエ周辺は旅番組ではなかなか取り上げられてない(日本人観光客にとってはメジャーじゃないからなぁ)し、このような講義してくれる番組なんてないですものね。
    また再放送してくれるので良かった!
    忘れないようにしなくては。

    取り急ぎお礼のみにて失礼します。
    また来ますね!

    wiz

    wiz さん からの返信 2015/10/04 17:16:46
    RE: RE: RE: RE: RE: RE: 芸術史と芸術理論
    ももんがあまんさんのレスがある前に失礼いたします^^;

    コクリコさん、Bonjour!

    ところで、今このスレッドの頭を見たら、私、Bondoir!と書いていますね〜。 dとsの打ち間違い・・ お恥ずかしい〜!


    http://www.ouj.ac.jp/hp/bangumi/nenkan/bangumi_2/h27/pdf/bangumihyo.pdf#page=2
    > wizさん、ありがとう〜〜感謝感謝。
    > 実はwizさんに教えていただいた夏の集中講義(9月25日〜26日)に録画予約した時に5回を予約するの忘れてしまって物凄く落胆してたんです。
    > 5回はサン・サヴァン、ポワティエ、ショーヴィニーのロマネスク彫刻の講義ですよね?
    > サン・サヴァンは世界遺産の番組で取り上げられていましたが、ポワティエ周辺は旅番組ではなかなか取り上げられてない(日本人観光客にとってはメジャーじゃないからなぁ)し、このような講義してくれる番組なんてないですものね。
    > また再放送してくれるので良かった!
    > 忘れないようにしなくては。

    良かった! 平日に忙しすぎて直前にご連絡できなくて・・コクリコさん、見られたか(録画できたか)そのうち聞いてみようと思っていました!

    そうです、そうです。 今日もちょっと見なおしましたが、第5回は、ポワチエ、ショーヴィニー、サン・サヴァン、アルル、ヴェズレー、トゥールーズ(オーギュスタン美)、この順番で映っていま〜す♪

    10/1(木)から数えて4(ロマネスク)、5(ロマネスク)、6(ゴシック)週目だから、10/22、10/29、11/3でしょうか、おそらく! トゥールーズは、4回でサン・セルナン、6回でドミニコ会(ジャコバン)修道会付属聖堂が出ています。

       wiz

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/04 17:18:50
    RE: RE: RE: RE: RE: いよいよ!
     Bonjour、wizさん!

     > そういえば、ももんがあまんさん、テレビの放送大学は見られますか?
      以前、コクリコさんには夏の集中放送のことを伝えていたのですが、10
      月からまた再放送があるらしく・・毎週木曜日17:30〜「芸術史と芸術
      理論'10」という番組の第4回、第5回、第6回がロマネスク美術とゴシッ
      ク美術、なんですが、今週10/1(木)に第1回がはじまったようです。
      ポワチエやサン・サヴァン、プロヴァンスの三姉妹(シトー派)、 
      トゥールーズ、モワサック、アルル、ヴェズレー、サン・ドニ、アミ
      アンなどの映像が出てきます。 私は録画してあるのでたまに見返して
      います。
     >
     > 参考まで・・10月からの番組表を。
     > http://www.ouj.ac.jp/hp/bangumi/nenkan/bangumi_2/h27/pdf/bangumihyo.pdf#page=2

     有難うございます、放送大学は、ケーブルテレビを契約してるので。見られます・・・普段、あんまりのぞかないのですけれど・・・早速、「芸術使徒芸術理論」を「探して毎回で」、予約しておきました・・・・ついでに、「ヨーロッパの歴史」も・・・中国など東洋系も、日本の古代史も有りますね・・・まあ、これはいいか・・・キリが無いですしね。

     また宜しくお願いしま〜す。

                         by ももんがあまん

    wiz

    wiz さん からの返信 2015/10/04 17:28:37
    RE: RE: RE: RE: RE: RE: ヨーロッパの歴史
    Bonjour、ももんがあまんさん!

    今、ちょうど私も書きこんだところでした!

    http://www.ouj.ac.jp/hp/bangumi/nenkan/bangumi_2/h27/pdf/bangumihyo.pdf#page=2
    >
    >  有難うございます、放送大学は、ケーブルテレビを契約してるので。見られます・・・普段、あんまりのぞかないのですけれど・・・早速、「芸術使徒芸術理論」を「探して毎回で」、予約しておきました・・・・ついでに、「ヨーロッパの歴史」も・・・中国など東洋系も、日本の古代史も有りますね・・・まあ、これはいいか・・・キリが無いですしね。

    私も「ヨーロッパの歴史?」を予約してあります^^
    http://www.ouj.ac.jp/hp/kamoku/H27/kyouyou/B/ippan_jinbun/1118170.html
    この間第1回を録画したのですが・・なんか以前見たような・・
    中世担当の、甚野 尚志氏は、中世の異端者たち、を書かれた方ですよね。
    私、まだ読んでないんですけど、読んでみようと思っている1冊です。
    ももんがあまんさん、読まれたことありますか?

       wiz

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/04 18:02:27
    RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ヨーロッパの歴史
     Bonsoir、wizさん!

     > 私も「ヨーロッパの歴史?」を予約してあります^^
     > http://www.ouj.ac.jp/hp/kamoku/H27/kyouyou/B/ippan_jinbun/1118170.html
     > この間第1回を録画したのですが・・なんか以前見たような・・
     > 中世担当の、甚野 尚志氏は、中世の異端者たち、を書かれた方ですよね。
     > 私、まだ読んでないんですけど、読んでみようと思っている1冊です。
     > ももんがあまんさん、読まれたことありますか?

     いえいえ・・・甚野さんの名前も知らなかったです・・・授業を聞いてみて、面白かったら、本を探してみます・・・中世のキリスト教の異端って、カタリ派とか、ワルド派とか、ドイツやオランダの神秘主義(エックハルトetc)とか、思想的にも、面白そうですね・・・異端について、特に、詳しくはないのですけれど・・・昔読んだ「グノーシス・古代キリスト教の異端思想」(講談社選書・筒井賢治著)という本は、解りやかくて、面白かったです・・・古代キリスト教のグノーシス派というのが、中世のカタリ派に影響を与えているのだそうです。

                         by ももんがあまん

    wiz

    wiz さん からの返信 2015/10/04 19:27:11
    RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ヨーロッパの歴史
    Bonsoir、ももんがあまんさん!

    >  いえいえ・・・甚野さんの名前も知らなかったです・・・授業を聞いてみて、面白かったら、本を探してみます・・・中世のキリスト教の異端って、カタリ派とか、ワルド派とか、ドイツやオランダの神秘主義(エックハルトetc)とか、思想的にも、面白そうですね・・・異端について、特に、詳しくはないのですけれど・・・昔読んだ「グノーシス・古代キリスト教の異端思想」(講談社選書・筒井賢治著)という本は、解りやかくて、面白かったです・・・古代キリスト教のグノーシス派というのが、中世のカタリ派に影響を与えているのだそうです。

    ありがとうございます!
    とりあえず、amazonでチェックしておきました!

    先ほど見たかも・・と言っていたのは、「ヨーロッパの歴史と文化(’09)」という講義だったかも・・。

    去年だったか、放送大学の番組を何気なくチェックしていたんですけど、放送大学は、講義によって、現地ロケが多い講義と少ない講義とある感じなんですね・・。 その中で、先に書いた、ロマネスク、ゴシックのある講義は全15回とも現地ロケが多かったので、普通の放送ではなかなか見られない現地の映像がたくさん見られた点は良かったと思ってます。

       wiz

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2015/10/04 22:35:54
    RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ヨーロッパの歴史
    Bonsoir!

    wizさん、情報ありがとうございました。
    4回のトゥールーズのサン・セルナン見て、タンパン見てなかった!と。
    6回のジャコバンも「私たち何見てたんだろう」と思ったヶ所が多々。
    6回のサン・ドニやアミアン見たらまた行きたくなってしまいました。
    サン・ドニやアミアンならパリから日帰りできるのでまた行けそうですが、サン・セルナンやモワサックはもう行けないなぁ。

    ももんがあまんさん、私も「芸術史と芸術理論」のイタリアルネサンスの回や日本史の中世史の回など録画しましたよ。
    日本史は見ましたけれど、やはり現地ロケがあって良かったです。
    家にいながら無料で講義を聴けるのを放っておくのはもったいないですよね。

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/04 23:13:45
    RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ヨーロッパの歴史
     Bonsoir! コクリコさん。

     > ももんがあまんさん、私も「芸術史と芸術理論」のイタリアルネサンスの回や日
      本史の中世史の回など録画しましたよ。
     > 日本史は見ましたけれど、やはり現地ロケがあって良かったです。
     > 家にいながら無料で講義を聴けるのを放っておくのはもったいないですよね。

     日本史は、近・現代史が有ったら見てみたいですね・・・ややこしい、政治が絡んでいて難しいんでしょうけど・・・近・現代史を専門にしている学者もたくさんいるのですけれど、あまりテレビや、表の世界には出てこない気もするのですけど・・・気のせいでしょうかね・・・?

     「宿題」は、「ボーリュー」と「モワサック」と「トゥールーズ」の三か所、それと「美しい村」を二つですね、「宿題」を終えてから、本格的に、真夏の自転車旅行です・・・それにしても暑かったです・・・思い出すだに、熱気の記憶がよみがえります・・・ハア・・・

                         by ももんがあまん
  • たぽじいさん 2015/10/02 14:33:27
    大変勉強になりました
    ももんがあまん様

     お久しぶりです。旅行記を拝見しました。

     「革命」「主権在民」について解かりやすく説明していただき有難うございます。

     いよいよ日本も抜き差しならぬところへ来てしまったという感じですが、微力ながら「なんとかしなければ」と焦っていたところです。

     ももんがあまん様の勇気ある(こんな事を思うほど「きな臭い」世相になっています)発言に敬意を表します。

     「革命」も「主権在民」「3権分立」も日本には存在しないですね。

     次の国政選挙でどう変わるか?変わらなければもうこの国の人に期待は持てません。

     憂鬱な気分を吹っ飛ぶような旅行記を楽しみしております。

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2015/10/02 22:54:47
    RE: お元気ですか。
     お元気ですか、たぼじいさん、お久しぶりです。

     > いよいよ日本も抜き差しならぬところへ来てしまったという感じですが、
      微力ながら「なんとかしなければ」と焦っていたところです。

     ほんとに、ひどい時代になってしまいました、昔、自民党の某長老が、「安部晋三だけは、総理大臣にしてはいけない」と語っていたのを思い出しますけれど・・・・小泉によって、旧田中派が潰されたためか・・・ついに、悪夢の政権が生まれてしまったのですね・・・・

     >  「革命」も「主権在民」「3権分立」も日本には存在しないですね。

     「民主主義」「主権在民」「三権分立」そうしたことは、日本国憲法に書かれてはいるのですけれど、それを実現する為の、法制度やシステムが、この日本には無いのですね・・・・そうした制度を作ることに無関心で有ったこと、そのことの必要性に無知だったことが、今日の、急激な、阿部政権の暴走を可能にしているのだと、ワタクシは思うのですね・・・自民党の右派は、意図的にそういう制度を作らせなかったのでしょうけれど、ある意味、リベラルと言われる人々が、鈍感だったのです・・・今も、気付いているかどうか? 憲法の条文を守るだけでは、何も守れないし、必要な制度(例えば、大統領制の実現など)を作るために、必要ならば、憲法の改正もすべきだつたのだと、ワタクシは思うのです。

     > 次の国政選挙でどう変わるか?変わらなければもうこの国の人に
      期待は持てません。

     ワタクシの私見では、今の安部政権とか自公政権は、論理も無ければ知性もない、中身の空っぽの、アメリカの傀儡政権なのだと思っているので (アメリカの傀儡政権であり続けることで、独裁国家を作ろうとしているのです・・・大昔の中南米のバナナ共和国と同じですね)・・・本当を言えば、極めて脆い政権だと思っているのです・・・きちんとした論理と事実で攻めれば、こんな政権は、簡単につぶせると思っているのですけれど・・・厄介なのは、NHKを筆頭とする、巨大マスメディアなのですね・・・これが現在日本の、最大の「癌」です。

     > 憂鬱な気分を吹っ飛ぶような旅行記を楽しみしております。

     なるべく、楽しい旅行記にしたいと思いますので・・・よろしくお願いしま〜す。

                          byももんがあまん

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