2015/04/09 - 2015/04/10
737位(同エリア7332件中)
愛吉さん
旧職場一事業部のOB会で、年一回東京、大阪、名古屋の周り持ちで親睦会を開催しています。
今年は東京が当番で、開催地は鎌倉に設営しました。
集合は4月9日午後2時江ノ電江の島駅、ホテルに荷物を置き、早速江の島見物に出掛けます。
翌10日は、9時半にホテルを出て先ず駅前の竜口寺、長谷まで電車に乗り、鎌倉大仏、長谷寺と回り、再び電車で鎌倉へ、鶴ヶ岡八幡宮を見物、小町通りで昼食後午後1時半に解散としました。
1年半振りに会う懐かしい仲間達です、楽しい2日間でした。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- JRローカル
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宿を9時半に出発、先ず駅前の竜口寺を訪ねます。
ここは鎌倉時代、竜之口の刑場が有った処、日蓮法難の聖地として日法上人が建立しました。
入口に竜之口刑場跡の慰霊碑。 -
竜口寺山門。
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山門を入ると左手に、日蓮が一晩泊め置かれた石牢が有ります。
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境内全景、本堂の上には五重塔。
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江の島駅から江ノ電に乗り、長谷に向います。
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長谷駅からは道標に従い、大仏を目指します。
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高徳院、鎌倉大仏に到着。
ウイークデイなのにすごい人出、半分は外国人の様です。 -
ダダダダーン大仏です。満開の桜も出迎えて呉れます。
正確には、阿弥陀如来座像といい、高さが11.3米、重量121屯です。
吾妻鏡によると、建長4年(1252)僧浄光が勧進して建造しました、当初は大仏殿も有ったのですが1495年の津波で流失し、それ以降は露座のままです。
地震津波の後は、寺や仏も荒廃したままでしたが、江戸中期浅草の商人野島新左エ門が大仏を鋳掛け直し、また高徳院も再興しました、それが今の大仏です。 -
アップします、確かに端正なお顔ですね。
建造当初は金箔で覆われていたそうです。 -
境内の奥に入ると、観月堂がひっそりと建って居ます。
昔朝鮮王宮にあった建物で、昭和の初めに移築されました。
優雅な建物で私好みです。
ここまで来ると参詣人は、ぐっと少なくなります。 -
桜とのコラボで。
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歌人与謝野晶子氏の歌碑。
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傍らに読み下しの案内板。
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観月堂の写真を反対側よりもう1枚。
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築地塀に桜。
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境内にはこんな石碑も在りました。
元スリランカ大統領です。 -
次は長谷寺です、長谷観音の名で親しまれています。
坂東三十三観音霊場第四番札所でもあります。
寺伝によると天平8年(736)の開創、聖武天皇の御代より勅願所に定められました。
門の中では桜が満開。 -
山門です。赤い提灯が目立ちます。
記念写真の撮影スポットになって居ます。 -
本堂に向う階段、若葉が綺麗です。
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地蔵堂前の千体地蔵、参詣人がそれぞれの想いや、故人を偲んで納めた地蔵さんです。
一定の期間を過ぎるとお焚きあげになります、しかし納めた時からご本尊が一身に引き受けますので本尊にお参りする事で功徳は変わりません。 -
もう一方の壁面もお地蔵さんが並びます。
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境内の桜は満開。
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境内の宝物殿は改修中で幕で囲われています。幕をバックにこんな写真がとれました。
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経蔵、内部は輪蔵形式になって居ます。
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眺望散策路を登って来ました、下の屋根は経蔵です。
登るに連れ眺望が開けます。 -
遠くに見える海は由比ヶ浜、向う側は三浦半島。
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竹藪の小道を通り、散策路を下ります。
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野仏の道を通ります。
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六地蔵も静かに出迎えて呉れます。
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下迄降りて来ました、弁天窟です。
寺伝によると、弘法大師が諸国行脚の折り、この寺に立寄り彫った弁天を祀っていましたが、現在は宝物館に収蔵。 代わりに壁面に彫った弁天像が祀られます。 -
大黒堂に祀られる、さわり大黒。
本尊の大黒は、1412年生の銘を持ち、神奈川県最古の仏像。
宝物館に収蔵されて居ます。 -
長谷駅から電車に乗り鎌倉下車、鶴岡八幡宮に向います。
八幡宮は、1063年に源頼義が京都石清水八幡から勧請したのに始り、1180年に頼朝がこれを現在地に移転、 その後火災焼失を機に1191年現在の規模に拡張、石清水八幡から改めて勧請したのが現在の八幡宮です。
その後は源氏の守護神として崇められます。
手前が舞殿、後ろが本殿です。 -
本殿の扁額です。
八幡宮の八の字は鳩が向いあった形です、これは鳩が八幡様の使いだからで、境内には多くの鳩が住んで居ます。
鎌倉銘菓鳩サブレもこれに由来したものです。 -
本殿の前より舞殿を眺めます、遠くに三の鳥居が見えます。
ここで静御前が、頼朝、政子夫人を前に舞を舞います。
" しずやしず しずのおだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな”
吾妻鏡によると、この歌を聞いた頼朝は立腹し、政子に宥められますが、他の陪観者達は、舞の素晴らしさにも増して静の毅然とした態度に感動を受けたと記されて居ます。 -
本殿前の階段横にあった大公孫樹。
樹齢千年を超え、神奈川県の天然記念物に指定されて居ましたが、平成22年3月10日に倒れてしまいました。
今は根を残して発芽を待つのと、幹の部分を移植し根付かせる方法が取られて居ます。
実朝暗殺の現場に立ち、公暁が隠れていた公孫樹です、なんとか再生させたいものです。 -
、鎌倉宮に抜ける参道はぐっと人通りが減少し、桜も残り神域を感じます。
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白旗神社です、頼朝公と実朝公を祀ります。
小さいですが黒の神殿が爽やかさを感じます。 -
源氏池の畔には、まだ桜が残ります。
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表参道の段蔓は現在修復中で通れません、小町通りを通り駅に向います。
途中昼食を取らねばなりません。
これで楽しかった旧友との旅も終了となります、来年の再会を約しお別れです。
旅行記もこれで終了とします。
お読み頂き有難う御座いました。
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