2015/03/25 - 2015/03/25
383位(同エリア2114件中)
Decoさん
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熊本の「新町・古町」と呼ばれる地区。
江戸時代〜明治期には商業の中心地として栄えましたが、その後は上通り・下通りに繁華街が移動、発展から取り残された感もありましたが、最近では逆にその古い街並みやレトロ感が人気を呼んでいます。
数多くの古い建物を中心に、歩いてみました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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出発点は熊本駅です。新幹線乗り入れと併せて、駅前周辺は再開発され、すっかりきれいになりました。その反面、ローカル感は少なくなってしまったかも…
熊本駅から市電に乗車します。ICカードが使えるようになって、便利になりました。熊本駅 駅
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熊本中心街の簡単な地図です。
左下(西南)にJR熊本駅。その北東に熊本城があります。
今回歩く「新町・古町」は、JR駅と熊本城の間に位置しています。
まず、「古町」は、JR駅の北東。「新町」は坪井川を挟んで北側に位置しています。
現在の熊本市の商業の中心地の上通り・下通りアーケード街周辺は、城の南東に位置していることがわかります。 -
【古町編】
古町はその名の通り新町よりも古い町で、比較的道が狭いようでした。マンションやビルが立ち並び、その中に古い町家が共存している感じで、下町感が強い地区です。 -
●旧中村小児科医院
呉服町電停で下車し、まずは旧中村小児科医院へ。今は住宅として使用されているようです。洋館風のレトロな建物でした。呉服町停留場 駅
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【早川倉庫】
続いて早川倉庫へ。もとは「岡崎酒店酒類醸造所」で、母屋は明治10年築だそうです。 -
【河原町商店街】
白川の方に歩くと、「河原町商店街」がありました。
商店街は、二つの建物から成ります。一つは道沿い経つ三階建て細長いビルの一階に連なる商店街。(上の写真)河原町停留場 駅
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もう一つは、上記のビルに向かいあうように、ブロックと鉄筋で作られたらしい二階建て(一部三階)の市場風の建物です。
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ここはかつて、河原町繊維問屋街と言われ、その名の通り、衣料品の店が集中していたそうです。
昔の看板がそのまま残され、全店舗のおよそ半分(?)くらいが改装されて、お洒落な雑貨屋やレストラン、アトリエなどになっていました。 -
まだ、あまり改装されず、空き店舗のままのところもありますが、大通りに面した店舗跡では小演劇なども催されているそうです。
河原町商店街は、かつて戦後の闇市から発展、大変な賑わいを見せましたが、昭和33年に大火にあい、90%が焼失。新たに繊維問屋街に集約し建て直されました。
しかし、昭和60年頃には半減、ついには数店舗にまで減りました。
平成14年頃から、復興プロジェクトが始動、店舗をリニューアルして新しい店が入り、今に至っています。
見たところ、昭和30年代から営業している店舗(洋服屋)は、繊維問屋街ビルに一軒だけありました。また、表通りには老舗の和菓子屋さんが一軒あり、それ以外は新たに入った店舗のようです。
熊本の街も近代化され、ビルに建て替わる所が多いのですが、この繊維問屋街がなぜ残ったか? それは、地権者が複雑に入り組んでおり、再開発しようとしても、できなかったためだそうです。 -
【ピーエスオランジェリ(旧第一銀行)】
坪井川方面に北上します。煉瓦造りの堂々とした洋館は、旧第一銀行。大正八年に建てられたそうです。
現在は、空調メーカー、ピーエスの事務所兼ショールームになっています。重工な建築物 by Decoさん旧第一銀行熊本支店 名所・史跡
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イチオシ
【唐人町町屋】
ピーエスオランジェリの西側は、通称「唐人町町屋」の街並みが続きます。
古い町家が連なり、レストランや土産物屋、商店などが入っています。 -
唐人町町屋の西の端あたりにある古い町屋。問屋さんとして今も営業していました。
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唐人町町屋の北側は、坪井川になります。
二つの橋がかかっており、こちらは明八橋。その名の通り、明治八年にかけられたそうです。明八橋 名所・史跡
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もう一つは明十橋。明治十年にかけられました。
坪井川を渡ると、新町エリアに入ります。明十橋 名所・史跡
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坪井川を渡り、新町のエリアに入ります。
上は新町エリアの地図です。
坪井川の北側、熊本城の西側のエリアになります。
市電の辛島町方面から上熊本駅への路線が中央を走っている感じです。
あくまでも個人的な印象ですが…古町に比べて、比較的広い道が多いようでした。表通りから一歩裏に入ると、普通の住宅街になっているのも影響しているようです(古町はビルやマンションの間に町屋が残っている感じです)。 -
【長崎次郎書店】
大正十三年築での国指定登録有形文化財です。和洋折衷の建物ですが、どことなく中華風も混じっているような感じでした。今も現役の本屋さんです。
二階は喫茶室になっているようでした。 -
【新町問屋街】
長崎次郎書店から西に向かうと、「新町問屋街」があります。問屋街というより、ちょっとレトロな商店街という感じで八百屋さん、靴屋、レストランその他がありました。
写真は「むろや」という玩具屋さんです。江戸時代から続く老舗のようです。 -
【吉田松花堂】
問屋街から北に向かうと、「吉田松花堂」がありました。
広い敷地にこれまた大きく古い建物が。毒消丸で有名な薬屋さんです。
初代は、佐賀藩の御殿医で、長崎に留学、シーボルトに学びましたが、いわゆるシーボルト事件の煽りで藩を辞して熊本で町医者になり、コレラの大流行時に毒消丸が効能を示して、以来有名な薬屋さんになったそうです。 -
吉田松花堂の蔵です。
とても風格があって、歴史の重みを感じる建物でした。 -
【兵庫屋本店】
さらに北に進むと、兵庫屋本店がありました。100年以上続く味噌・しょうゆの醸造元です。
こちらも歴史の重みを感じさせる老舗です。
この兵庫屋本店、ちょっとわかりにくい場所にありました。
敷地が、通りから内側に入ったところにあり、表からは建物が見えにくいのです。
表通りから比較的狭い道を入ったところに駐車場風の広場があり、それに面している感じです。 -
【清爽園】
最後は、清爽園です。
熊本には明治以降、熊本鎮台が置かれました。鎮台の兵は、佐賀の乱、台湾出兵、神風連の乱、西南戦争と戦争に駆り出され、その戦没者を祀る記念碑が建てられました。
これが清爽園の始まりですが、以後次第に整備され、一時期荒廃したものの、昭和に入って再度整備され、今日に至るそうです。
当日は桜が満開でとても趣のある美しい庭園でした。
駆け足で、新町・古町を歩きました。
当日は暖かくて、結構な距離を歩き回り、疲れてしまいました。
途中、なかなか食事をする場所もなくて、おなかも減り、結局昼食は、熊本駅に戻ってからになりました
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