2015/02/14 - 2015/02/14
328位(同エリア817件中)
元カニ族さん
大山街道は、江戸時代「矢倉沢往還」いわれていました。
「矢倉沢往還」とは、江戸の赤坂御門を起点として、青山、渋谷、三軒茶屋より瀬田を経て、多摩川を二子で渡り、多摩丘陵、相模野の中央部を横切り、足柄峠手前の矢倉沢関所に至る街道でした。東海道と甲州街道の中間に位置する脇街道でしたが、タバコ、鮎、生糸、炭など相模地方の産物を江戸に送る重要な道路で、沿道には人馬継ぎ立場として伊勢原、厚木、国分、下鶴間、長津田、荏田、溝口、二子などがありました。
この「矢倉沢往還」は、別名西に向かっては厚木街道、東に向かっては青山街道とも呼ばれていました。また江戸時代中期以後、江戸庶民の大山詣りの道として盛んに利用され、矢倉沢往還は「大山街道」、「大山道」とも呼ばれるようになりました。
今年の目標として、この大山街道を歩いてみようと思います。最終的には全行程歩きますが、とりあえず私の住む場所に近いところから始めます。
江戸時代の五街道はいろいろな人によってスケッチされ、書物にも刊行されていますが、大山街道について書かれたもは少なく、渡辺崋山の絵入り紀行文「游相日記」が唯一のようです。彼の旅の主たる目的は藩主・三宅氏の家譜編纂のための調査で、特に崋山が近侍していた三宅友信の生母(11代藩主康友の側室)お銀様のその後の消息を、実家のある相州に訪ねることでした。
この旅行記も、関連部分をその都度、紹介していきたいと思います。
第1回は鷺沼(川崎市宮前区)から荏田(横浜市青葉区)までの4.2kmです。
図は「鎌倉・江ノ嶋・大山 新板往復雙六」北斎為一図より「荏田」を抜粋(神奈川県立博物館所蔵)
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大山街道の地図です。
甲斐の国に向か甲州街道と、太平洋側の東海道の中間に位置していることがわかります。大山街道は、江戸時代「矢倉沢往還」いわれていました by 元カニ族さん大山街道 (厚木街道) 名所・史跡
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川崎市宮前区の鷺沼から、横浜市青葉区の荏田に向かルートマップです。
「鷺沼」という地名は、「サギが飛来する沼」から付けられ、小さな池がいくつもあったといわれています。また「荏田」は江戸を朝立ちした旅人が最初に泊まる宿場として発展してきました。1966年東急田園都市線「溝の口〜長津田」間が開通するまで荏田は長くこの地域の中心でした。 -
ウオークのスタート「東急田園都市線の鷺沼駅」です。
朝の通勤時に鷺沼発の電車が出ていて便利です。 by 元カニ族さん鷺沼駅 駅
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大山街道は ①「鷺沼交番前」からスタートします。
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大山街道は、みずほ銀行隣りの駐車場を突っ切って、斜めに走っていましたが、建物を突っ切ることは出来ないので、道路を横断して、みすほ銀行の角を左折します。
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道路はすぐに急な下り坂になります。この坂を「八幡坂」といいます。
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八幡坂は曲がりくねっています。
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坂を下りると国道246号です。
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右折すると ③「阿弥陀堂」があります。
阿弥陀堂は、疫病で亡くなった子供たちの供養と子育てを願い、地元の妻達が建立しました。 by 元カニ族さん阿弥陀堂 寺・神社・教会
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「阿弥陀堂」には、二体の石仏があります。
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国道に沿って流れる「有馬川」です。
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国道の向い側には、大山街道の立場が置かれていた ④「八百国商店」があります。
現在はファミリーマートになっています。 -
鷺沼二丁目交差点で、国道を越え直進すると右に ⑤「馬頭観音」があります。
農耕や荷駄の輸送で亡くなった馬を供養するための石塔で、「右王禅寺道 左大山道 文化二年」と彫られています。 by 元カニ族さん馬頭観音 寺・神社・教会
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道標を兼ねた笠付角塔です。
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すぐ近くに ⑥「小高い民家」があります。この家の方向は道路とずれていますが、以前はこの家の向きに大山街道が通っていた名残です。
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おなかま保育園を右折して進みます。
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⑦「有馬さくら公園」の十字路に着きます。
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公園内の高圧線鉄塔がある場所は標高66mで、付近一帯の最高点になります。
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十字路を左折して進むと ⑧「川崎・横浜市境」になります。
わずかな斜面を利用して植木が育てられています。 -
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少し進むと植木屋さんの正門があり ⑨「皆川園」の表札があります。
この家には大山街道の立場が置かれていました。 -
このあたりは、大山街道の面影を残す ⑩「うとう坂」です。
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坂をさらに下ると ⑪「血流れ坂」で、現在は新興住宅街になっています。
この付近の土地が鉄分を多く含んでおり、雨が降った時に赤茶けた水が流れることから名づけられたようです。 -
大きな道路「日吉石川線」を横切り ⑫「牢場谷」(ろうばやと)に入って行きます。
「牢場」は当て字であり、「ろうば」は出入り口が狭い袋状の谷戸のことと言われています。 -
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坂を下りると「⑬横浜市営地下鉄の高架橋」に出会います。
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高架橋の下を通りぬけると、道路脇に⑭「霊泉・不動の滝」があります。
横の階段を登ると、老馬鍛冶山不動があり、その隣りに稲荷社もあります。霊泉・不動の滝といっても小さな滝で、旧大山街道沿いにあります。 by 元カニ族さん不動の滝 / 老馬鍛冶山不動堂 自然・景勝地
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雨乞い、喘息、風邪に霊験があると書かれています。
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さらに進むと早渕川に着き、関根橋を渡り、川沿いの道を歩きます。
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川沿いの緑地がありますので、これを歩来ます。
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⑮「荏田下宿庚申塔」に着きます。
庚申塔には三猿「見ざる」「言わざる」聞かざる」が彫られています。 by 元カニ族さん荏田下宿 庚申塔 名所・史跡
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江戸時代に荏田下宿の婦人たちが建てたお堂です。
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この先、国道246号の手前の民家に ⑮「荏田宿常夜灯」があります。
常夜灯のある小泉家は鎌倉時代からの旧家で、農業のかたわら豆腐屋を営んでいました。民家の庭にある石灯籠です。 by 元カニ族さん荏田宿常夜燈 名所・史跡
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渡辺崋山は1831(天保2)年9月20日、弟子・高木梧庵を伴い江戸を出発しました。大山道を西へ進み、その日は荏田(横浜市青葉区)「枡屋」に泊まりました。
図は崋山のスケッチです。 -
国道246号を横切り直進すると江戸時代に高札場のあったファミリーマート着きます。左
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左折すると旧大山街道です。右の民家の背後に ⑰「荏田城跡」の小高い丘が見えます。
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この辺りは「⑱小黒谷」で、大山街道の面影を残しています。
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道端に小さな ⑲「庚申供養塔」があります。
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東名高速道路のガード下をくぐると ⑳「小黒谷地蔵堂」があります。
通りから入った住宅地の細い路地の奥にあり、江戸中期に作られた三体の地蔵尊が祀られています。 by 元カニ族さん小黒谷地蔵堂 寺・神社・教会
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三体の地蔵尊と「左大山道」の道標があります。
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そして、東急田園都市線のガードをくぐると、この日のゴール「江田駅」です。
江戸時代から、江戸を朝だちした旅人が、最初に泊まる宿場として発展してきました。 by 元カニ族さん江田駅 駅
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