2015/03/20 - 2015/03/22
1368位(同エリア7746件中)
jokaさん
念願のサンライズ出雲で贅沢なオトナの時間を満喫しつつ出雲市駅に到着。
パーフェクトチケットを手にして、目指すは当然出雲大社!ではなくて出雲そばの名店…
2軒でしっかり腹ごしらえをして、向かうはもちろん出雲大社!ではなくその隣の博物館…
古代ロマンを堪能して、進むはやっと出雲大社!なのに時間切れでバタバタ参拝…
事前予想が甘かった。
出雲大社周辺だけで、食事時間を抜きにして正味5時間は必要だったな。
どうせなら稲佐の浜から歩いて参拝開始したかったってのもあるし。
そうなると6時間コースか。
まさかの次があるかもしれません……
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10時20分、サンライズ出雲は予定より20分ほど遅れてJR出雲市駅に到着。
さっそく駅構内の観光案内所に向かいます。 -
お目当てはこれ。“縁結びパーフェクトチケット”
男が口にするにはちょっとこっぱずかしいネーミングですが、JR以外の公共交通機関で出雲および松江周辺の観光を考えるなら必須と言っても過言ではないお役立ちチケットです。
一畑電鉄、一畑バス、松江市営バス、レイクライン(松江市内の周遊バス)及び出雲縁結び空港と米子鬼太郎空港とのリムジンバスが3日間乗り放題に加えて、30以上の観光施設での割引特典が付いています。
例えば、出雲空港から松江市までのリムジンバスの往復運賃が2060円、出雲大社前駅から松江しんじ湖温泉駅までの一畑電鉄の往復運賃が1620円であることを考えれば、一泊二日でも十分元が取れる計算です。なにより小銭を用意しなくていいのが楽!
ただし微妙に大きいので、財布に入れておくと端がクタクタになってしまうのが難点。 -
出雲に来たって感じがします。
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さすが祝日。なかなかの人出です。
10:30発出雲大社方面行のバスに乗車。 -
11:00(出雲大社)正門前バス停で下車。
交通量が多く数分遅れの到着です。この後もバス移動が続くので頭に入れとかないと。 -
神迎の道をまっすぐ西へ。
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歩くこと5、6分で
『かねや』0853-53-2366
9:30〜17:00 年中無休
出雲そばの有名店です。 -
三色割子3段 1100円
出雲に来たからにはとりあえず食べとかないと。
割子とは重箱の昔の呼び方で、江戸時代に野外で蕎麦を食べるため割子に入れて持ち歩いたことからこの名がついたそうです。割子ももともと四角だったものが、その形では洗いにくく衛生上よろしくないという理由で丸くなったのだとか。
一般的な割子そばの食べ方としては、そばに薬味をのせ、その上からそばつゆを直接かけます。ここの店ではあらかじめ薬味が載せられてます。 -
1段目を食べたら、残ったそばつゆを2段目にかけ、つゆが足りなければ足していきます。
正式には食べ終えた割子は下に重ねていくみたいですが、初ということで不作法はご勘弁のほどを。
食べ方とともに出雲そばのもう一つの特徴は蕎麦自体の作り方です。
一般的な蕎麦が殻をとったそばの実から挽くのに対し、出雲そばでは玄そば(殻のついたそばの実)をそのまま製粉します。そのため香り高く、風味と独特の食感のある蕎麦ができ、色も黒っぽくなります。 -
3段目もおんなじ。
この店の蕎麦はつるつるで白っぽく、予想していた出雲そばのイメージとはちょっと違います。ほぼ一般的な蕎麦という感じですね。
店の雰囲気といい蕎麦の出来(ビジュアル込み)といい、良くも悪くも観光地のお店という感じでしょうか。 -
最後に残ったつゆを蕎麦湯に入れて飲みます。
が、初心者のわたしはうっかり蕎麦湯を割子に入れてしまいました… -
『かねや』からの帰り道、出雲そば一の老舗の前を通りました。
サンライズが時刻表通りに到着した場合、10時30分に『かねや』、そのあと11時開店のこちらに寄るというのが当初の予定でした。
さすがの人気店で、行きに通った時には開店直後にもかかわらず既に20人以上の外待ち。ただし、こちらにはウェイティングリストが用意されているので記名だけして先に『かねや』で食べ、続いてこちらへ来ることも可能といえば可能でした。
悩んだ末、この後の予定も考慮して断念… -
おもてなしの心ですね。
他にもいくつか見かけました。 -
正門前まで戻り、大鳥居前の建物の二階へ。
『砂屋』0853-27-9006
11:00〜16:30 火曜日・第三月曜日定休
出雲で一番訪れたかった蕎麦屋。
つまり、もともとの計画では三連食の予定だったんですね。 -
カフェのようなオサレな店内。
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釜上げそばもいいなあ。
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長岡屋のあご野焼 480円
島根に来たら食べてみようと思ってました。蕎麦ばっかりだと動物性たんぱく質が不足するので、その点でもちょうどいい。
噛んだ瞬間、口の中にふわっと微かに酒の香りが広がります。ビール飲みたいなあ。 -
あご(飛び魚)のすり身で作った練り物だということは知っていましたが、焼酎と地酒が入っているとは初耳です。
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三味割子(十割) 1100円
こちらの売りは十割蕎麦。戸隠で戸隠そば三連食した時、あらためて自分の十割好きを認識したわたしとしてはぜひとも食べたいと思っていた一品。
釜上げもいいけど、やはりここは割子を食べ比べてみるべきかと。
配膳も美しい。 -
これこれ、この色!これこそ求めていた出雲そば。
香りはもちろん、なによりザクザクした食感がいいですね♪
やっぱり十割蕎麦は旨い(^^♪ -
デザート代わりの小豆載せそばがきも美味しくいただきました。
大満足です♪ -
後ほど地元タクシーの運転手さんに伺った話では、2013年の遷宮をきっかけに出雲大社周辺も大きく様変わりしたんだそうで。
ずいぶんこぎれいな街並みだと思いました。
こちらは大鳥居前。『砂屋』は右の建物二階です。 -
では、いよいよ参拝!
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とはいかずに、大鳥居前を右へ。
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徒歩2分ほどで、島根県立古代出雲歴史博物館。
正直言うとこれまで古代史にはほとんど興味がなかったこともあり、当初は訪問する予定ではありませんでした。
それが、計画を練るにあたりいろいろな方の旅行記などを拝見したところ、参拝前にぜひ訪れるべきとの意見が多数見受けられたため、急きょ組み込むことにした次第。 -
出雲ではあちこちで見かける(たぶん因幡の)白兎。
あとで博物館のフェイスブックを見て知りましたが、一体ずつ名前があるようですね。 -
こちらは出雲の二大スター夢の豪華共演
白兎&まが玉! -
それにしてもでっかいな。
常設展示は主に考古学的資料中心のテーマ別展示室、神話を紹介する神話展示室、古代から現代にいたる島根地方の生活ついての資料がメインの総合展示室から成っていて、さらにテーマ別展示室は「出雲大社と神々の国の祭り」「出雲國風土記の世界」「青銅器と金色の大刀」という3つのテーマに沿って分かれています。それに加えて企画展示があるというボリューミーな構成。
時間内にどこまで見られるかな? -
エントランスの“石やん”
たまにフェイスブックでつぶやいてます。
パーフェクトチケット提示で入館料が団体料金になり、610円→490円。
ただしこの時点で予定を30分オーバー。計画通りなら見学時間残り1時間しかありません。 -
館内撮影自由。
ふだん美術館にしか行かないので、最初のうちおっかなびっくり撮っていました。
入ったところにいきなりこれ!
2000年に出雲大社境内から発掘された三本一組の柱です。1248年造営の出雲大社本殿の宇豆柱(うずばしら)と推定されています。
宇豆柱とは、建物の妻側(棟に対して直角に接する壁面)中央の柱で、両脇の2本の柱よりも少し外側に張り出しているのが特徴です。
発掘時、直径が最大で6mにもなる柱穴には、柱が倒れないように人の頭よりも大きな石が大量に敷き詰められていたんだとか。
国の重要文化財。 -
直径1.3メートルもある杉を金属製の輪で三本まとめて一つの柱として使用し、この柱を田の字型に9本並べることで本殿を支えていたと考えられています。
この発見の凄い所は、そのスケールはもちろん、なにより出雲大社宮司の千家国造家に伝わる巨大本殿の設計図『金輪御造営差図』に描かれたものと酷似しているという点です。
平安・鎌倉時代のいくつかの文献資料に、出雲大社は奈良の大仏殿を凌ぐ巨大建築だということを示唆する記述があるにもかかわらず、「それはもののたとえであって、古代及び中世の出雲にそんな巨大な建造物があったはずがない」というのがそれまでの定説であり、『金輪御造営差図』も実用書ではなくフィクションとして捉えられていました。
あくまでも伝説上の存在で、ユニコーンとかドラゴンと同列の扱いだったわけです。 -
それがこの発掘によりいっぺんに覆されました。
少なくとも鎌倉時代には、日本一の巨大建造物を造営するだけの技術力と実行力が出雲の地にあったことが証明されたわけです。
また、この柱にはベンガラが付着していたことが確認されています。つまりこの時代の出雲大社本殿は朱色だったということです。
これぞ歴史ロマン!震えがきますね。
のっけから凄いもの見ちゃったな…… -
遷宮時に替えられた本殿の屋根
そもそも上記の宇豆柱がどうして発見されたのか。
実は当時拝殿準備室(拝殿に昇る前に神主達が衣服を整えたり、様々な準備を行うための部屋)の建設計画があり、地上にスペースがないためやむなく拝殿と八足門の間の地下に作ることになりました。その工事の途中で石がぎっしり詰まった一角が見つかり、不思議に思って掘り返してみると3本の巨大な柱の根元が出てきたという訳です。
そりゃこれだけ歴史のある神社の地下掘ったら何かしら出てくるに決まってるのにね。 -
檜皮葺って美しいですよね。
-
ここからがやっと展示室。
まずは「出雲大社と神々の国の祭り」セクションから。
弥生時代の土器(複製)
長大な柱と斜めに立てかけられた梯子を持つ高床式の建物が描かれています。
当時これだけ凝った建物を住居や倉庫として使っていたとは考えにくく、おそらく神殿かそれに類するものでしょう。
その時代の一般的な神殿様式なのか、はたまた古代出雲大社そのものなのか… -
(たぶん)訂正出雲風土記
中央上部に「杵築郷」とあります。
出雲大社の正式名称が“いずもおおやしろ”だって知ってました?
しかもその名称も1871年(明治4年)に改称されたもの。それ以前は古代よりずっと杵築大社(きづきのおおやしろ)と呼ばれていたんですよ。
杵築大社としての歴史の方が出雲大社としてよりも10倍以上長いというわけです。
予習が役に立ちました♪ -
古代の道具・装飾類
中央下の金属はベルトの金具だそう。そんな時代にバックルがあったなんて…
地味だけどけっこうな驚きでした。 -
平安初期、学者の源為憲が著した『口遊』(くちずさみ)(複製)
今でいう子ども向けの社会の教科書の類です。
この中に「大屋を誦して謂う。雲太、和二、京三」という一節が出てきます。“雲太”は杵築大社(出雲大社)、“和二”は奈良の大仏殿、“京三”は京都の大極殿(平安神宮)をそれぞれ表していて、要は当時の巨大建築トップスリーを覚えるための語呂合わせですね。
ちなみに、この本が書かれた当時の東大寺大仏殿の高さは15丈(45m)。よって出雲大社は16丈(48m)以上だったと推定されています。それでも十分な高さですが、古代には倍の32丈だったという説もあるぐらいです。
古代出雲大社巨大建築物説の根拠としてよく取り上げられる有名な一節ですが、わたしは井沢元彦さんの『逆説の日本史』シリーズを読んで初めて知りました。引用の仕方や検証方法などいろいろと問題点も指摘されるシリーズですが、読み物としては大変おもしろいと思います。 -
巨大神殿であった出雲大社が描かれた鎌倉時代の絵図(複製)
周囲の建物と比べると抜きん出て高いことがわかります。 -
様々な学者の推測をもとに作られた鎌倉時代の本殿いろいろ。
おおまかな形状は共通しているものの見た目は全然違う! -
平安時代の出雲大社本殿1/10模型
このくらいのスケールで見るとこの建物の歪さや異様さがよくわかります。
どう見たって不安定極まりない!
どうしてもこの高さを必要とした当時の出雲の人々の執念とか信仰の深さが強烈に伝わってきて、その迫力に圧倒される思いです。
実際、平安中期から鎌倉初期までの200年間に限っても7度も転倒したという記録が文献に残っているぐらいです。
“落雷や戦火による消失”ならまだしも“転倒”ですからね。
それでも、その都度あえてこの高さと形状にこだわって立て直していたという事実! -
25年ほど前、大手ゼネコン大林組のプロジェクトチームが、現代土木・建築学の観点から「中世出雲において高さ48mの出雲大社本殿を造営することは可能か?」というテーマに取り組み、その研究結果を『古代出雲大社の復元』という本にまとめました。この模型はその際提示された設計案に基づいて作成されたものだと思います。
大林組プロジェクトチームの答えは「可能である」というものでしたが、当時は物証が何もなかったためあくまでもシミュレーション結果という位置づけでした。
さきほどの宇豆柱が発掘されたのは、その11年後のことです。
プロジェクト参加者がその一報を耳にしたとき、どんな思いが胸をよぎったんだろう?
想像しただけでソワソワしちゃいますね♪ -
様々な神社建築の模型
こうして立体模型を並べて見ると違いがよくわかります。
大変参考になりました。 -
戦国時代、尼子氏の庇護のもと出雲大社境内に三重塔が建立されたのだそう。
江戸時代初期に今の兵庫県養父市の名草神社に移築されて今に至ります。重要文化財の指定を受けています。
機会があったら行ってみーよおっと♪ -
当時の出雲大社境内の模型
たしかにまるで寺院ですね。 -
テーマ別展示室内だけでも5〜10分程度の映像ソフトが数本あり、これを見るだけでも1時間は必要。
わたしは3本だけで泣く泣く退散… -
1881年の遷宮で用いられた本殿の千木。
左に付きだしているのが本物で、右はレプリカです。
間近で見るとその大きさに驚きます。
長さ8m30cm、重さ約500kgだそうです。
この時点で入館から50分過ぎ。計画では参拝に向かってなければいけない時間… -
けっこう駆け足で見てるつもりだけど、やっとこさ「出雲國風土記の世界」のセクションにたどり着きました。
風土記というのは地方の歴史や文化、風土、地勢などを記した書物で、その中でも出雲國風土記は奈良時代の733年に完成したといわれる現存する完本に近い最古の風土記です。
朝酌の渡し場と市の一画の復元模型
当時の渡し場と市場を原寸大で復元した気合の入ったジオラマ。こういうのって場所とお金がかかる割には安っぽくなりやすいけれど、これはなかなかの力作。 -
これは当時の漁の様子。
小枝を集めて作った長い束を水底につき刺しておき、しばらく放置してから回収し、引っかかった魚を取り出すというなかなか根気の要りそうな漁法です。 -
そりこ舟
モミの木をくり抜いて作った舟。主に赤貝漁で使用されたとか。
昭和まで現役だったそうです。 -
これだけの大きさのモミの木か。今の時代にはえらく贅沢な舟ですよね。
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続いて「青銅器と金色の大刀」セクション。
青銅器とか銅鐸とか興味ないからサッと見学して早く参拝に向かわなきゃ。 -
と思ってたらいきなりヤラレた!
23号銅鐸 加茂岩倉遺跡 紀元前2〜1世紀(弥生時代)
なに、この美しさ!!
なんたって解説の一行目が「弥生人の至宝」だもの。しかもまったく名前負けしてないのが凄いね。素っ気ない学術的な名称とのギャップがこれまた…
ちなみに国宝です。 -
アップにしても素晴らしい♪
鹿と…なんだろう? -
見事な幾何学模様。
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銅鐸(復元モデル)
つい緑青の浮いた状態を思い浮かべてしまうけど、作成当時はこんなピカピカなんですね。この写メではいかにも“銅”っぽい色に写っていますが、実物は金色に近い感じでした。 -
荒神谷遺跡から出土した銅剣(国宝)
荒神谷遺跡から出土した銅剣は全部で358本。そのうち何本が展示されているのかわかりませんが、さすがにこれだけ揃うと壮観ですね。
上部に復元レプリカ、下部に本物を配置してあります。 -
これだけの数の銅剣が一か所から発掘されたことは前代未聞で、考古学、古代歴史学の世界にも大きな衝撃を与えました。名のみ先行して今一つ実態のわからない怪しげな存在だった古代出雲が、実際に強大な力を持った巨大勢力だったことが実証されたわけです。
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加茂岩倉遺跡出土の銅鐸群(すべて国宝)
まだまだ魅せます。銅鐸の魅力♪ -
少しわかりづらいけど、人の顔が刻印されてます。
細工が細かい! -
光の使い方がナイス!
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こちらは荒神谷遺跡から出土した銅鐸(すべて国宝)
解説文の一行目は「せいなるまつりのベル」。なかなか詩的ですな。
荒神谷遺跡から出土した銅鐸はこの6個で全部です。 -
こちらはカメの模様。
出雲の浜にもたくさんいたんでしょうね。
いやはや、青銅器がこんなに魅力的なものだとは今の今までまったく思いもしませんでした。
どんなものであっても、それを楽しめるかどうかは受け取り手側の興味や知識や心境次第なんだということがよ〜くわかりました。 -
矢を射出する武器
古代にこんな複雑な武器があるとは。
今も昔も軍需産業が技術革新をリードすることに変わりなし。 -
たぶん神原神社古墳出土品の刀剣類(重要文化財)
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むろん国王クラスだろうけど、想像よりずっと立派ないでたち。
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双龍環頭大刀(重要文化財)
7世紀初頭製作と推定される大刀。
レプリカじゃありませんよ。本物です。
奇跡的と言われる保存状態。
大正時代に発見されたとき、鞘から刀身を引き抜くことができたそうです。 -
刀身は昭和30年代に研ぎ直されたもの。
ちょっと禍々しいほどギラギラです。 -
切っ先も鋭い!
1400年も前に作られたとは到底思えません。 -
古代の王の剣の複製。
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そう言われたなら
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しっかり握って浮かせてみました。
振り回せたらもっと気分出るのに。
ここでテーマ別展示室はおしまい。と同時に博物館見学も時間切れにて終了。
途中だいぶ端折ったにもかかわらず、けっきょく常設展示すらすべてを見ることができませんでした。
ちゃんと見ようと思ったら、わたしの場合最低でも3時間は必要でしたね。
よし、また来よう! -
すでに予定時間を30分以上過ぎているので大急ぎで勢溜の大鳥居前まで移動。
時間に余裕があれば、一畑電車の出雲大社前駅の先の宇迦橋にある一の鳥居からお参りを始めるつもりでしたが、ここからだと10分以上あるかなくてはいけないため今回は断念。
参拝に残された時間はあと30分ぐらい。 -
全国的にも珍しい下り参道をずんずん進む。
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祓社(はらえのやしろ)
下り参道の右側。ここにお参りして、四柱の祓戸神(はらいどのかみ)に心身の汚れを清めてもらってから本殿へと向かいます。 -
続いては三番目の鳥居、松の参道の鳥居です。
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あれっ?
今気づいたけど松の参道の鳥居を銅の鳥居と勘違いしてた……
「どなたかの旅行記に“銅の鳥居を触るとなんかいいことがある”と書いてあったような気がするなあ」と非常にアバウトな記憶を頼りにとりあえず触ってみたけれど、そもそもこれは銅色の鳥居であって、銅の鳥居ではない!
旅行記を書いているときに調べてみたら金運アップの御利益だってさ。 -
松の参道
昔は殿様や貴族だけが通ることを許されたとか。今は松の保護のために全面通行禁止。 -
左右どちらかの参道を進みましょう。
手水舎で手と口を清めたのち、銅の鳥居をくぐった…はず… -
神牛と神馬
神馬は鼻を撫でると子宝、安産の御利益があるそうです。神牛の方は「五穀豊穣の御利益がある」「頭を撫でると学力がアップする」など様々な意見があって、けっきょくどんな力を持っているのかよくわかりませんでした。 -
拝殿
参拝の際、通常の神社では「二拝二拍手一拝」であるのに対し、出雲大社では「二拝四拍手一拝」です。
『逆説の日本史』では、素直に「四=し=死」であると捉えるのが自然で、これは出雲大社が怨霊鎮魂の装置であることの証拠の一つであるという主張がなされていました。
当然ながら「そんな単純な言葉遊びが真相のわけがない」との反論があるわけですが、日本人ってそういう語呂合わせが大好きだし、ほんの一昔前まではマンションの部屋や駐車場の番号に4を避けるなんてことが当たり前のように行われていたことを考慮すると、「四拍手=死拍手」説もあながち頭ごなしに否定はできないんじゃないかと思ったりもします。 -
出雲大社名物 巨大注連縄
一般的な注連縄はむかって右側から撚り合わせていくのに対し、出雲大社のそれは左から撚り合わせていく珍しいタイプ。
理由として諸説ある中で最も有名なのが井沢元彦さんが前述の『逆説の日本史』で採用した「恨みを残して死んでいった大国主命の怨霊を社の中に封じ込めるため」というもの。
つまり、平和裏の国譲り神話なんて嘘っぱちで、実際には大国主命は武力をもって権力の座を追われた(殺された)。その怨霊を鎮めることを目的として出雲大社は造営されたため、その注連縄は外からの邪気を寄せ付けないことを目的とする一般的な注連縄とは異なり、悪しき存在を中から出さないよう逆向きに綯えてあると主張しているわけです。 -
その説に対する反証として「注連縄の向きが逆の神社は宇佐神宮、大山祇神社、大神神社、弥彦神社など他にもある」ということがよく持ち出されますが、そうした神社の多くでは、国津神(簡単に言うと土着の神。天津神(外来・新参の神)により権力を奪われ、衰えや死のイメージを内包している)が祀られていたり、本殿の背後または地下が祭神や子孫の墳墓になっていたりして、いずれも死や忌むべきものとの関連が強いといった共通点があり、出雲大社が怨霊封じ込め装置であることを否定する材料とはならないのでは、という再反論もあったりします。
元をたどれば神代の時代に行きつく論争なので確たる物証がそうそうあるはずもなく、どの説にも推論や憶測に頼らざるを得ない部分があるのは当然です。
不謹慎かもしれませんが、調べても調べてもきりがなく、実におもしろい世界だなと思います。 -
八足門
これより先侵入禁止。
原則として正月五日間のみ開放され、楼門の前まで行って参拝ができるようになります。 -
なんだか平和な光景です。
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裏に回ってみましょう。
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間近で見るとあんなに大きかった千木がこの大きさ。本殿の大きさがよくわかります。
削ぎは外削ぎ。削ぎというのは千木の先端の切り方のことで、地面に平行に切るのを内削ぎ、垂直に切るのを外削ぎと呼びます。
たいていの神社では、祀られている神が女神なら千木を内削ぎに、男神なら外削ぎにしますが、これは伊勢神宮内宮が内削ぎ、外宮が外削ぎになっていることに由来すると言われているとかいないとか。
とはいえ女神である豊受大神が祭神であるのに外宮は外削ぎで鰹木も9本だし、内宮の別宮である月讀宮の祭神は男神の月讀尊だけど内削ぎで鰹木は6本です。
要は、もともと祀られていた神の素性や別宮の取り扱いなども関係してきるため、現在の祭神の性別だけでは判断できない場合があるということですかね? -
本殿の真裏。ここにもウサギが。
-
彰古館
本殿に向かって左手奥にあります。時間がなく素通り… -
鰹木は3本。鰹木とは屋根の上に棟に直角になるよう並べられた棒のことで、一般に祭神が男神なら奇数本、女神なら偶数本です。出雲大社本殿の祭神は大国主命なのでちゃんと奇数本になっていますね。
-
西十九社
神在祭期間中の神様のホテル。今は空室。 -
神楽殿
ここの注連縄が一番でかい。
あわてんぼうな人が稀にここを本殿や拝殿と勘違いして拝んでいくという話を耳にしたことがあるけれど、それもあり得ると思わせる立派なたたずまい。
現代版『仁和寺にある法師』ですね。 -
正門前バス停まで戻るには時間が微妙になってきたので、その次の出雲大社連絡所バス停へと向かいます。
なんだか懐かしささえ覚える巨大土産物店。古き良き観光地って感じがして、これはこれでいいもんですね。
バス停へは、この建物の脇の狭い路地を抜けていきます。 -
表通りからはほんの10mほどの距離なのにびっくりするほど静かです。
森見登美彦の小説によく出てくる、京の表通りと薄皮一枚隔てたエアーポケットのような空間が頭に浮かびました。 -
バスに乗っていざ日御碕へ!
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島根
この旅行記へのコメント (2)
-
- みかりさん 2015/03/30 02:40:28
- 島根の旅に行かれたんですね!
- jokaさん、こんばんは!
サンライズ出雲で島根の旅に行かれたんですね。
自分が行った時の旅を懐かしく思い出しました。
サンライズ出雲・・・シングルの個室を見た時に、狭さに耐えられるかと
思いましたが、不思議と落ち着く空間でしたよね。
飛行機より割高になるし、移動時間を考えると一瞬悩んでしまいますが
移動も楽しめると言う点では、やっぱり夜行列車は良いですよね。
そして「縁結びチケット」あれは男性には買いずらいですよね。(笑)
出雲は「縁結び」がつくメニュー等も多いから、1人旅女性だと
いかにも的で、やっぱり口にしずらかったです。
でもいいお天気で、出雲大社を楽しめたようで羨ましいです。
「かねや」の出雲蕎麦もとても美味しそう〜。(荒木屋も美味でしたが)
お天気が良いから、灯台からの景色も最高だったでしょうね。
行けなかった場所なので、続きも楽しみにしています。
みかり
- jokaさん からの返信 2015/04/26 11:49:59
- RE: 島根の旅に行かれたんですね!
- こんにちは、みかりさん!
返信遅れて申し訳ありません。
台湾の旅行記楽しく拝見させていただいてます。
相変わらず夜遅くまでアグレッシブですね。日が暮れると途端に休息モードに入ってしまう自分からすると、一日を目いっぱい有効活用できてうらやましいかぎりです。
わたしの場合、海外だと“緊張>くつろぎ”になりそうで、なかなか手を出しずらいんですよね。これまで社員旅行で韓国に二度行っただけです…
そんなわたしですが、もし次行くなら台湾かな、と思っていて、その際にはみかりさんの旅行記を大いに活用させていただきます。
『荒木屋』行きたかったんですけどね。
サンライズ出雲とバスが微妙に遅れて泣く泣く断念しました。まあ、そのくらいのリスクは覚悟のうえ、というかそのくらいで済んで幸運だったのかなとは思いますけど。いずれにせよ、みかりさんほどのダメージはありませんでした。
個人的には古代出雲歴史博物館が思わぬヒットでした。次回出雲に行くことがあったら、雨宿りついででなくじっくり見てみてください。歴史音痴のわたしでも十分楽しめるぐらいおもしろい所でしたよ。
八重垣神社の壁画もおススメです。思わず心配になるぐらい無防備に展示されていることにある意味感動しました。それだけ見学者が少ないことの裏返しでもあるのでしょうが…
6月には礼文島で獲りたてのエゾバフンウニとトレッキングを満喫してやろうと計画中です。
「晴れろー!!!」
これだけを毎日祈ってます。
みかりさんもよい旅を♪
JOKA
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