2015/01/31 - 2015/02/11
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usan-kusaiさん
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インドに来て7日目。
アグラから特急列車に乗って、ボパールに移動した。
旅行中、一度インドの列車に乗ってみたかった。
ここでの目的はサンチーの仏塔の見学である。
翌日は時間があるのでビーマベトカの遺跡の見物。
どちらも通常の観光ルートからは外れているが、
サンチーの遺跡は見ておきたかった。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2月6日、金曜日。
6時45分朝食。
7時20分ホテル発、
7時35分にアグラ駅に到着。 -
ホームには西洋人の観光客が多い。
同じボパール行きの急行列車に乗るようだ。
ボパールは観光客に人気の場所だったのだ。
列車は定刻より若干遅れて到着した。
ガイドと待っていた場所が、乗車の
号車から離れた場所だったので、急いで
乗車の号車に向かった。写真を撮ることは
できなかった。
8時6分発が、4分遅れて発車。これはほぼ定刻。 -
列車に乗り込むとミネラルウォーターと
軽食が配られた。
インドの人が利用する三等車を見てみたかったが、
この特急列車は全席指定で、残念ながら三等車はないそうだ。
車内には中国人の団体が乗り込んで来た。
春節時期なのでしょうがない。
だが、以前よりはさわがしくない。
写真の撮りっこをしたりして和気アイアイとしている。
中国人の団体が行くくらいなのだから、ボパールは人気の
観光地なのだ。 -
ところが、11時に途中の駅で停車すると
中国人の団体はもちろん、観光客らしき団体は
すべてここで降りてしまった。
カジュラホ、
ここが目当てだったのか。 -
団体が降りたので、景色が良く見える席に移動した。
沿線にもゴミが散乱している。 -
12時近くになると昼食が配られた。
あまり美味しくはない。 -
沿線の田園風景。
-
途中、停車駅ではないがサンチーの駅に止まった。
走り出すと小高い丘に
サンチーの遺跡が見えた。 -
2時10分、終点のボパール着。定刻より10分遅れ。
外国人観光客らしき人は誰もいない。
手配した車が待っているはずだが、
1時間近く待ってもこない。
サンチー遺跡は日没で閉ってしまうので、
スルーガイドに言って、現地のタクシーを用意させた。 -
4時20分、サンチー着。
日没まであまり時間がない。 -
この遺跡を訪れる外国人観光客はほとんどいない。
インド人の観光客が何人かいた。
ここには3つのストゥーパが残っている。
一番大きなものがこの第1塔で、
高さ16m、基部の直径は37m。
アショーカ王建立と伝えられる西紀前2世紀から
3世紀ごろのものである。
ここに仏舎利が祀られている。 -
仏陀がクシナーラで入滅した時に、舎利は八等分された。
その内の七箇所の仏舎利をアショーカ王が集め、
細分して8万7千基のストゥーパに祀ったとされる。
バールフットにもストゥーパがあったらしいが、
遺跡のほとんどはコルカタの博物館に移送された。
ほぼ完全な形でインドに残る唯一のストゥーパが
このサンチーの遺跡である。
イスラム教徒に破壊されずに残ったのは、この丘が
深い森だったため見逃されたと言われている。 -
この遺跡の美術的価値はこの門柱にある。
門柱には、ジャータカをテーマとした
彫刻などが彫られている。
これは北門柱。 -
ストゥーパの中段から見た北門柱。
-
梁部分をささえる象と美女。
-
仏塔に礼拝する人達。
仏塔に向かいこちらに背を向けている人が
アショーカ王らしい。 -
東門柱。
-
右端の美女は、
山の精で守護神ともされるヤクシー女神像。 -
女神の後ろ姿。
-
東門柱の柱部分の彫刻。
テーマは分からない。 -
南門柱。
この門柱はシンプルだ。
途中で彫刻を施すのが中断されたのか。 -
西門柱
-
西門柱を支える
毘沙門天の前身とされるヤクシャ。
ホテイさんのような像だ。 -
写真の整理が悪く、どの門柱の彫刻か
分からなくなってしまった。
ジャータカの「偉大な猿王の物語」をテーマに
しているのか、または猿まで仏陀に供養している
構図なのか。左上の菩提樹が仏陀を暗示している。 -
アショーカ王の紋章。
インドの国旗にもこのデザインが使われている。 -
ストゥーパを囲む柵は欄楯(らんじゅん)
と呼ばれるらしい。
欄楯の直径は43m。 -
ここでもう一つ有名なのが、
このアショーカ王の石碑。 -
石碑の倒壊した部分。
もとは全長21メートル以上あったとされる。
柱の先端に飾られていた四頭の獅子像は
サンチー博物館に保管されているらしいが、
見学できなかった。 -
欄楯の内側に設置されているブッダ像。
-
これは後代イスラム教徒によって
首が取られてしまったのか。 -
塔の中段は回廊になっている。
-
かつてストゥーパは漆喰で固められていたが、
長い年月で風化して基礎部分の石が露出している。
漆喰の上に彩画浮彫りの装飾を加えていたと考えられている。
大乗仏教の起源は仏塔信仰にあるとされている。
平川彰が提唱した説で、仏舎利を収めた仏塔に
信者が集まり仏塔信仰が盛んとなり、
アショーカ王の仏塔建立でさらに興隆し、
この仏塔信仰から大乗仏教が発展した。 -
ストゥーパ中段から見た西門柱。
-
西門柱の先には、かつて僧院だった遺跡が残る。
-
現地ガイドからこれはローマ時代の遺跡だと教えられた。
アレキサンドロスがインドから引き上げた際に、
そのまま居残って小国の王となったギリシア人がいる。
そうした人が建てたものなのか。 -
奥に見えるのが第3塔。
第2塔は離れた場所にあるので
見ることが出来なかった。 -
小さな仏塔も残る。
-
別の角度から撮影したもの。
-
前の写真の階段を上った場所には、
仏塔や僧院の一部が保存されていた。 -
日没が近づいてきた。
ブッダガヤやサルナートと異なり、
この仏塔のそばで度経をすることは禁じられている。
入口に新しい施設があり、そこで度経するそうだ。
午後5時半、ボパールに戻る。 -
6時半、ホテルARCHMANOR着。
三つ星ホテルだが、部屋に入るなり
ゴキの出迎えを受けた。 -
洗面所とシャワーの境はない。
シャワーの上に桟があるのだが、窓がないので
そこから外気と騒音が直接入ってくる。
ここでもゴキ発見。 -
レストランには酒が置いてない。
ベルボーイにビールを買って
きてもらい部屋で飲んだ。
7時半に夕食。 -
レストランの厨房。
-
中華風仕立てのスープ。
-
ホテルは汚いが、レストランの料理は美味しかった。
他に客はいない。
部屋が寒そうなので毛布を運んでもらった。
シャワーを浴びる部分が汚く、風邪気味だったので
シャワーも浴びずに9時前に寝た。
このホテルはバスタブなし、ドライヤーなし、
冷蔵庫・ポットもなし。もちろん室内金庫もない。
おまけにトイレットペーパーなし。 -
2月7日、土曜日、晴れ。
6時、起床。
部屋からの眺めも汚い。
7時、朝食。他の客はいない。
トーストと野菜のカツレツ、オムレツ、コーヒー。 -
8時30分、出発。
-
ドライバーがビーマベトカを知らないらしく、
途中何度か現地の人に聞いていた。
現地の人も知らないらしい。 -
9時45分、ビーマベトカに到着。
ここに先史時代の壁画がある。 -
先史時代の人達が暮らしていたとされる
岩間。 -
人が岩を掘った跡が残っている。
-
こうした岩の隙間に暮らしたらしい。
-
象を狩猟する人が描かれている。
-
恐らく、身近に見たであろう
動物が描かれている。 -
こうした洞窟がいくつもある。
-
鹿や象が描かれている。
-
見晴らしのきく場所で見つけた
亀岩。 -
狩りをする人達。
-
戦いの様子を描いた絵らしい。
-
場所によっては、かなり保存状態の良い絵が残る。
-
象の絵が多い。
-
馬の絵も多い。
-
かかんで奥に入ると、
立てるほどの高さがある。 -
中の壁画。
-
牛の絵が岩の高い所に描かれている。
-
ここでは、一組だけ観光客に会った。
ドライバーは初めて来たので、
写真を撮って観光客気分になっていた。
そばのヒンドゥー経寺院を見学して、
11時、出発。 -
12時半、ボパールに戻る。
ホテル前にある近代的な
ショッピングセンターで昼食。 -
マクドナルドやピザのチェーン店もあったが、
せっかくなのでインド料理を食べた。 -
パンのようなものと、カレー。
どんな味だったか覚えていない。
13時10分、出発。 -
13時45分、空港着。
-
エアインディア634便
15時45分、定刻でムンバイにむけ離陸した。
ムンバイについては、次回アップします。
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